『鎖 姫(微グロ注意) 17〜』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:光歌                

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#17


...Felix qui potuit rerum cognoscere causas...


 脳裏だけに染込んでいる、吐き気のするほど甘い匂い。
 自分の周りだけが嫌なほど深紅に染まり、その色に横たわるかのように、ただの残骸となった人間達が埋もれている。
 嫌な笑みを浮かべる見知らぬ女と、桃色の花を手に取る仮面の男。
 そして、手を差し伸べる、何か。
――覚えていてほしいのは、今から言うことだけだ……いいかい?
 自分に何かを言い聞かせようとするその人物の手が自分の頭に軽く置かれ、気味悪く生温い人間の温もりを、ソレの手から感じてしまう。
 突然、ソレは飛び散る。
 一瞬だけ嫌な音を奏で、真っ赤な衣装に身を包まれて。
――……アアアア……アアア……
 遠くで聞こえるあの音は……悲鳴?


「……痛」
 突然、足首にちくりとした痛みが走った。
 上半身を屈ませて見ると、自分の足首に付けられている血痕付きの金の足枷に、罅が入っている。きっとこれの破片が刺さり、少年に一瞬痛みを与えたのだろう。
「ギャア」
「え? ああ」
 エーシャは、肩に止まるアディスの少し耳障りな鳴き声に間の抜けた声を返した。
 目の前に広がる景色に驚いたのだろう、その小さな白竜は落ち着き無く翼をばたつかせている。
 その様子を無言で見ていたエーシャも、目前の景色に視線を移した。
 彼らは今、もはや完全なる廃墟と化した砂漠の国オティアにいる。
 此処に来れば何か思い出せる、と、エーシャは強く信じ、真っ直ぐに此処に向かってきたのだ。
 錆びた鉄の匂いと、砂漠独特の乾いた土の香りが鼻を突く。
 干からびきった死体達は、もはや肉片でも塊でもなく、ただの罅割れた骨にすぎなかった。
「……俺は、此処で生まれたんだと思ってた」
 エーシャは、俯き加減で呟いた。
「でも、誰かわかんないけど――」

――……いいかい?
 自分の頭に手を乗せた彼は、まるで生まれたばかりの子供に話しかけるかのように、とても優しく囁いた。
 ……優しく。
――……君は、此処で育ったハーフエルフの竜術師……名前は、エーシャ。
 自分は、此処で育った、ハーフエルフの竜術師……エーシャ。
 此処で育った、エーシャ。
「……遺言はそれだけか」

 乾いた風が吹く。
 赤黒い砂を巻き上げながら、それは元は人間だった残骸達を、干乾びだけでは飽き足らず、更に風化に追い込んでいるようにも見えた。
 まるで、この地から、忌々しきものを消し去るかのように。
「ギャアア」
 アディスが耳元で鳴く。
 青く見える羽根を懸命に羽ばたかせ、まるで何かを阻止するかのように、鳴く。
 何かを阻止するかのように……鳴く。
「……そうだ……」
 熱い風に、赤い髪が僅かに靡く。
 長めの前髪が揺れ、暗い色をしたエーシャの瞳を隠す。
「俺は――」
 瞬間、という言葉がとてもよく似合う、それはまさに一瞬の出来事だった。
 耳障りな音が僅かに響き、エーシャの肩が瞬時にして軽くなる。
 粘り気のない砂に嵌るように、ボスッという鈍い音をたて、何か――赤い物体が崩れ落ちた。
「……ギッ」
 深紅に染まりながら最後の声を出したそれは、つい先ほどまで忙しく鳴き、何かを訴えていた白竜だった。
 無惨に切り裂かれた胴体からは、砂漠の砂の色よりも赤黒い液体が、まるで開放されたかのように飛び散る。
 足元で動かなくなるそれを気にも留めず、寧ろ今にも踏みつけそうな勢いで、エーシャは廃墟に向かって進んだ。
 死を間近に控えたアディスの小さな目には、異常に冷たい雰囲気を出す彼の肩に、光のような影のような、不気味だがどこか神秘的な、そんなモノが見えた。

「……あ」
 気が付けば、エーシャは唯一人、何も無い砂漠に佇んでいた。
 建物の形跡はあるものの、その残骸は全て粉々に砕け、砂に埋もれている。
 先ほどまで有り余るほど転がっていた、干乾びきった人間の骨も、もう何処にも見当たらない。
「……あれ……」
 何もない、という表現の方が、寧ろ正しいかもしれない。
 赤黒い砂に埋もれたその残骸達は、風で巻き上がる砂に覆いかぶされることによって、徐々に姿を隠しつつある。 
 砂漠の国が砂漠に還っていく……その光景は、何処か神々しくも見えた。
 ピシリ、と音を立て、再び金の足枷に罅が入る。
 美しい色をした足枷に、傷跡のように刻まれたその罅の先端は、乾いた血の跡に届きつつある。
、エーシャはそれに気が付いていなかった。

 水晶玉を両手に持ち直し、一歩赤黒い砂漠に足を踏み入れ、瞳の無い小柄な老人はそっと呟く。
「見つけた」

◇◇◇

「ねぇ」
 静かなる城の、薄暗く冷たき地下室。
 思わず微笑みが零れそうになるほど幼い声で、フレインは言った。
 彼女は自分の背より二倍近くある白い木の枝を右手だけで掴み、大きな瞳を何度か瞬かせ、まるで幸せな家庭の子供であるかのように微笑んでいる。
「全部、フーの占いどおりになったよ」
 屈託の無い笑みを浮かべ、フレインは無邪気に話し始めた。
「だって今、こっちに……ルーセに逃げてきてるもん」
「逃げて?」
「うんっ」
 フレインは元気良く頷き、それから室内の微かな風に揺れる、可愛らしい服の左袖を、白い木の枝で軽々と持ち上げる。
 瞬間、室内に肌寒い風が通り抜けた。
 フレインの髪が揺れ、左袖が揺れ、そして無邪気に輝いていた瞳の色も揺れ、たった一瞬で全てが何処か暗くなってしまった――何処と無くそんな雰囲気が齎された。
「フーの腕をこんなふうにした姫のお姉ちゃんも、じきに来るし……」
 静かに自分の話に聞き入る団員達にそう告げる少女の、今は前髪に隠れてしまっている瞳の色は暗く、先ほどまでの純粋な光が失われ、まるで小さな虐殺者のような澱んだ色を宿していたことを、誰も知る由は無い。
 しかし暗い瞳も顔を上げると同時に前髪から開放され、そのときにはもう元の無邪気な光の色が、フレインの大きな瞳に戻っていた。
 あはは、と澄んだ声で笑い、子供特有の頬を桃色に染めた幸せそうな微笑を浮かべ、心の底から楽しむように、フレインは呟いた。
「とっても楽しい国になるかもね、ここ」

2005/07/05(Tue)17:26:39 公開 / 光歌
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■作者からのメッセージ
17話です。
物語は順調ですが、パソコンは不調です(汗
インターネットに繋ぐのも一苦労……。
物語の方、もう少しでクライマックス突入です。
一応微グロ注意報出ましたが、今回はそれほどじゃないですね。
では。

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