『勇者と魔王と プロローグ〜第3話』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:深鳥港                

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   プロローグ


 突然ですが、僕は勇者です。
 勇者、と言っても何だか解らない方もいると思います。実際、僕もよく解ってません。
 ただ、父さん達の話だと、魔王を倒す人、のことらしいです。
 そうなんです。僕、魔王を倒す旅に出たんです。
 それが、一年前の話。
 魔王というのは、その名の通り魔族の王のことで、目的は様々ですがしばしば魔界から人間界へとやってきて、人間界をおびやかします。
 なので、僕は勇者として、人間界側の根城として建てられていた魔王の城へと、単身乗り込んだのです。
 それが、一ヶ月前の話。
 そして、僕は今、魔王の城から僕の生まれ育った懐かしき故郷へと――


 ――魔王と共に、帰っているのです。



   一.勇者と魔王


 ……ガタン、ゴトン。
 僕をまどろみから引き戻したのは、機関車の小さな揺れだった。
 目を開けると、向かいの座席に座っている少女の小さな足が目に入った。
「……あ、ゆーしゃさん……起きた」
 僕は目を上げ、その少女の顔を見る。まだまだ女性とは呼べそうにない幼い顔に、小さな笑みが浮かんでいる。
 僕もつられて微笑み、その少女に言った。
「……おはよう」
 すると、その少女は少し困ったような顔になった。
「……どうかした?」
「……今、昼なの」
「う」
 ちょっと引きつった僕の顔を見て、その少女は何故か満面の笑みを浮かべた。
「……ゆーしゃさん、おっちょこちょいなの」
 何がそんなに嬉しいのか。僕にはよく解らなかったが、彼女につられて僕もまた、彼女に笑いかけていた。
 その時だった。
「っく!」
 突然、胸に錐で刺されたような痛みが走った。僕は思わず、彼女に向けていた顔を下げ、胸を握る。
「……!? ゆーしゃさん、大丈夫?」
「だい、じょうぶ……いつものやつだから……すぐに、治るから……」
 そう。僕は、しょっちゅうこの胸の痛みに遭遇しているのだ。
 昔は年に一、二回程度だったのだが、最近は一週間に二、三回は痛む。
 一体何が原因なのかは、全く持って解らない。恐らく、持病なのだろう。
 そうこうしているうちに、先ほど言ったように痛みはすーっと消えていった。痛みはかなりのものだが、継続はしない。すぐに終わるのだ。
「ふぅ……」
「……大丈夫? ほんとに、大丈夫?」
 彼女が本当に心配そうな顔で、僕の具合を訊いてきた。僕はそんな彼女を安心させるため、できるだけ笑顔で言った。
「うん、もう大丈夫。ありがと」
「…………」
 すると、彼女は安心したのか、糸が切れたようにその場に崩れてしまった。向かい合って対になっている座席の、丁度真ん中に、すっぽりと収まっている。
「……本当に、子供だよなぁ……」
 そう、彼女はまだ子供なのだ。外見も、中身も。
 一体誰が信じるだろう。そんな彼女が、内にとても常人のそれとは思えないほどの魔力を秘めていると。
 一体誰が信じるだろう。そんな彼女が、――

 ――魔王、ラクリマ = アル = トライデューレであると。


   *


 僕らは機関車を、大都市コミルケで降りた。そこはとても大きな商業都市で、機関車の線路も色々な方角へ延びているのだが、生憎僕の故郷の村方面へ延びる線路は無かった。なので、ここからは徒歩となる。
「さて……」
 大きな町に来たことが嬉しいのか、数時間も乗っていた機関車から降りられたことが嬉しいのか。どちらなのかは解らなかったが、とにかくはしゃいでいるラクリマをちらりと見た後、僕は駅の左手にある大きな建物に目をやった。
 それはとても大きな時計台で、なんでも都市の中央に建てられているそうだ。それが近くに見えるということは、今僕がいるこの駅は比較的都市の中心に近いということだろう。
「えーと……げ、もうこんな時間か……」
 時計台の最上層に取り付けられた、街外れからでも見えそうなほど大きな時計の針が、既に夕方であることを示していた。
 僕の生まれた村は、ここからまだまだある。その上、ここから先は村や町が極端に少なくなってしまう。今から歩いていくとなると、一番近い村でも到着は明け方になってしまうだろう。僕は夜の怖さは十分知っていた(獰猛な獣や、魔物が出るときさえあるのだ)し、長時間座席に座っていたので、正直結構疲れている。それに何より、彼女が、ラクリマがいる。彼女の戦闘能力を見たことは無いのだが、危険を避けるに越したことはないだろう。
 僕はこの街で宿を取ることを決め、その旨をラクリマに告げた。彼女は初め辺りを物珍しそうに眺めていたが、僕が声をかけるとすぐにこちらを向き、「……うん、いいよ」と二つ返事で了解してくれた。
 そういうわけで、僕らはその街を出発することを諦め、宿を探すことにした。


 意外に早く宿は見つかった。「エスカ」とかいう名前の、大都市にしては珍しい、こぢんまりとした宿だ。
「ふぅ……」
 僕は誰もいない部屋で、長いため息をついた。宿を取ってから一騒動あり、ここまでやってきたことへの疲れと相まって、僕は肉体的にも精神的にも疲れていた。
 僕は、ベッドにはいるために鎧を脱ぎながら、宿を取ることを決めてからの出来事を思い出していた。
 宿を取ることを決めた僕らは、当たり前だがまず宿を探した。宿、と一口に言っても色々あるが、その中から僕の路銀で賄えるほどの宿を探さなくてはならなかった。幸いそれは少し街を外れた場所にすぐ見つかったが、問題はその後だった。
「……やだ」
「そこを何とか……」
 毎度のことなのだが、部屋を取る段階になってラクリマが一緒の部屋がいいと駄々をこねた。だが僕だって健全な男子。幼子とはいえ異性と同室は自分のためにも相手のためにもご遠慮願いたい。そこで毎回何とか別の部屋にしてもらっているのだが、ラクリマが
「……今日こそは、一緒」
 と一歩も譲らない。僕は困ってしまい、どう言ったものかと思案しているところへ、
「すみませんが、今日は一人部屋しか空いていませんので……」
 と宿の人が助け船を出してくれた。だがしかし、するとラクリマは
「……じゃあ、一緒に寝る」
 と更に凄いことを言ってのけた。これには僕も宿の人も困ってしまい、とにかく一緒の部屋じゃ駄目だと思い切り言ってやったら今度は泣き出してしまった。それをどうにかなだめすかして、それでも部屋は別々にすることに納得してもらって、ようやく自分一人の部屋で一息ついた頃には辺りがすっかり暗くなっていた。
「本当に、子供だよなぁ……」
 仮にも、あれで魔王だったのだから、威厳の一つくらいあっても良さそうなものなのだが、彼女を見るとむしろ魔族であることすら疑わしい。
 と。そこまで考えて僕は、ある違和感に気付いた。
「……あれ……?」
 腰に手をやる。……無い。
 胸に手をやる。……無い。
 ズボンのポケットに手をやる。……無い。
 脱ぎ捨てた鎧をどけ、その下を確認する。……無い。
「……!?」
 もう一度、腰に手をやった。
 いつもそこにチェーンで繋いであるはずの、中央に大きな宝石がはめ込まれた、真っ黄色に輝くアクセサリーが、今はそこに存在していなかった。
 それは僕にとってとても大事な、母さんの形見だった。



   二.勇者と形見


「ラクリマっ!」
 僕はラクリマの部屋をノックもせずに開け放った。丁度寝ようとしていたところだったらしい、寝間着に着替えたラクリマがベッドの上でこちらを見ていた。その顔には、見るからに驚きの色が浮かんでいた。無理もない、いきなり大声で名前を呼ばれ、しかもノックもせずにドアを開けられたのだから。
「っ……ごめん、ラクリマ、僕のこのくらいの黄色い宝石、知らない?」
 そう言って僕は、右手の人差し指と親指で丸を作って見せた。
「……ゆーしゃさんがいつもここに付けてるやつ?」
 そう言ってラクリマは自分の腰の、少し下を指さした。腰からずれた分は恐らくチェーンの長さの分だろう。
 だがそれより僕は、ラクリマが僕の身につけていたものを位置まで正確に覚えていたことに驚いた。
「……うん、そう。知らない?」
「……知らない」
 ラクリマは力なく首を横に振った。その目に嘘は見られない。そもそも、一ヶ月共に過ごして解ったことだが、ラクリマは嘘をつける性格じゃない。
「……そう。……ごめんね」
 そう言って僕は部屋を出ようとした。その時、困ったようにラクリマが言った。
「……ゆーしゃさん、宝石なくしちゃったの? 一緒に探そうか?」
 見ると、彼女は既にベッドを降り、こちらへ向かってきていた。
「……いや、大丈夫。君は、しっかり寝ていて。明日は早いよ?」
 僕は大丈夫だと彼女に示すため、少しおどけて言った。
「……うん、わかった。私、しっかり待ってる」
 待っててほしいんじゃなくて寝ててほしいんだけどなぁ……と僕は苦笑しつつ、寝間着のラクリマに、おやすみ、と言った。
(大丈夫……か)
 部屋のドアを閉め、自分の部屋に戻り、鎧を着直した。さっきは突然のことだったので、鎧を着るヒマもなかったのだ。
 鎧を着終えると、僕は部屋を出、宿の一階へと階段を下りた。
(大丈夫だよね……母さん)
 嫌な胸騒ぎは、消えなかった。


「あー、それは、やられましたねぇ……」
「やられた?」
 宿の受付で、宝石を無くしたことを告げると、受付の人は開口一番、そう言った。
「最近この辺りにですね……出るんですよ」
「出るって、何がです?」
 宿の人の、まるで怪談でも話しているかのような話しぶりに、少し腹が立った。
「盗賊です」
「盗賊?」
「ええ、スリからでっかい盗みまで何でもやるような悪党でしてね。詳しいことはほら、そこに」
 宿の人が示した方を見ると、確かに壁に張り紙がしてあった。
 そこには、何枚かの写真の下に、こう書かれていた。
『近頃、ガルフ盗賊団と名乗る者がここ、コミルケ周辺に出没しております。彼らは悪人から善人まで無差別に襲う凶悪犯であり、非常に危険ですので、戸締まりはきちんとし、外出の際は細心の注意を……』
「盗賊……か」
 僕は立ち上がり、宿を出ようとした。
「お客さん、まさか取り返しに行くつもりですか?」
「……はい。とても大切な物なので」
「悪いことは言わないから、止めといた方が賢明ですよ。奴らは強い上に、狡猾だ。大人しく警備団の連中に任せておいた方が――」
「すみません」
 僕は宿の人の言葉を遮るように言った。
「訳あって、警備団には頼れないんです」
 警備団のお世話になったとなれば、いつラクリマが魔王だとバレるか解らない。さすがにあの外見で彼女を魔王だと判断する人はいないと思うが、名前――特に苗字――は一般に知られている。バレない保証は、無い。
 僕は、訝しむ宿の人を尻目に、宿を出た。
 ――母さんの形見……絶対に、取り返す。


   *


 とは言ったものの。
 特に当てがあるはずもなく、僕は盗賊の出そうな場所を一人、ぶらぶらしていた。
 宿を出てから、既にそこそこの時間が経っていた。
(……仕方ない、あれをやるか)
 僕は、意識を集中し、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……風よ、光よ、大地よ。我が望みに応え、我に力を貸し給え。我が望み、それは我の探しし物の発見。我の探しし物を見つけ、我に教えよ。我を導け」
 僕は、掌に魔力が集まるのを感じつつ、呪文を完成させ、「魔法」を放つ。
「……捜索(インダーガー)」
 その言葉を放った瞬間、周囲の風が、光が、大地が変化する。動いていたりはしていないが、風は風で、光は光で、大地は大地で、それぞれが僕の「探し物」についての情報をバケツリレーのように先へ先へと伝えていっているような、そんな感じだ。
「……っく」
 僕の頬に、汗が一筋流れる。
 僕はあまり魔法は得意ではなかった。その代わり剣はそこそこ得意だった。まだ僕が勇者のゆの字も知らなかった頃、父さんが教えてくれたのだ。
 父さんの話では、僕の母さんは魔法が得意で、子供が産まれたら父さんが剣を、母さんが魔法を教えよう、ってことを決めていたらしい。
 だが、その母さんは、僕に基本的な魔法をいくつか教えてくれたきり、ある日魔物に襲われて……
(……駄目だ、駄目だ)
 僕は思考を切り替えた。今はそんなことを考えている時じゃない。何せ、この「捜索」でも見付からなかったならば、今度こそ本当に、母さんがいなくなってしまうのだから……
「……!」
 その時、僕は風がわずかに変化したのを感じた。間違いない。この感じは……風が、導いてくれている。
 僕は迷うことなく、風の導きに従った。


 風の導きが強くなってきている。
 そろそろだな、と僕は感じた。風だけじゃなく、大地、光も僕を導いてくれている。
(この辺りか……っ!)
 そう思ったとき、僕はまさに風の指し示す方向に、一つの人影があることに気が付いた。
 暗くてよく見えないが、背はやや低く、恐らく一人。
(例の盗賊か……?)
 考えていても仕方がないと思った僕は、ためらうことなくその人影に声をかけた。
「すみません。あなたは……盗賊ですか?」
 僕の声に、その人影は一瞬ぴくりと動き、やがてゆっくりとこちらに振り返った。
「……そうだ、と言ったら?」
 僕は少し驚いた。返ってきたその声が、男性にしては高すぎる声だったのだ。
 ――まさか、女性……?
 だが、今は驚いている場合ではない。僕は極力驚きを声に出さないようにし、言葉を続けた。
「銀色のチェーンの付いた、トパーズのはめ込まれたアクセサリーを知りませんか?」
「……!」
 僕の言葉に、その女性と思しき人影は明らかに反応した。
 ――当たりだ。
「知っているのなら、今すぐ――」
「よかった!」
「は?」
 僕は、その人影が発した言葉に面食らった。人の物を盗んでおいて、見付かったときの第一声が「よかった」?
 僕のその疑問を打ち消すかのように、その人影は続けた。
「これ、悪い奴らから奪ったんだけど、誰のかわかんなくてさ……まさか、こんなに早く持ち主が見付かるとはね」
 そう言いながら、彼女は闇から現れた。
 やはり、女性だった。
 だがそれより僕は、彼女の脳天気な言葉に怒りを覚えていた。
「よかっただって……? 悪い奴らから奪った……? よくそんなことが言えるな……人の物を、盗んでおいて」
「なっ……違う違う!」
 彼女は、心底驚いたように言った。
「本当だって。これは悪い奴らから奪ったの。それにあたしは悪い人間からしか盗まない、義賊。あなたみたいなみすぼらしい人からは盗まないって」
 みすぼらしい、というところに少々怒りを覚えたが、それは今僕が抱いているそれとは別の怒りだった。
 それにしても、彼女が義賊?
「嘘だ。悪人からも善人からも盗むんだろう? 無差別に」
 僕の言葉に、彼女は一瞬目を丸くすると、はぁー、と大きなため息をついた。
「だからそれは違うんだって……いい? あたしは一匹狼で、悪人からしか盗みをしない、義賊。あなたが言ってるのは、とにかく善人から金品を巻き上げまくる、ガルフとかいうしょぼい盗賊団。一緒にしてもらっちゃ困るの」
「……え……?」
 僕は、彼女の言葉に耳を疑った。
「何だって……?」
 彼女は、ふん、と煩わしそうに言った。
「だ・か・ら。私は悪人からしか盗まないの。あいつらは善人からしか盗まないの。あなたは大方張り紙でも見てきたんでしょうけど、それは警備団の馬鹿達があたしとあいつらを一緒くたにしてくれちゃった間違った情報で、あたしはあいつらとは別!」
「……それが正しいという、保証は?」
 僕は慎重に、そう訊いた。もしかしたら彼女の言うことは全て嘘で、彼女はそのガルフ盗賊団とかいう奴らの仲間、という可能性も十分にあり得るからだ。……ただその場合、彼女の目的と利益が解らないが。
 彼女は手に持っていたアクセサリーを持ち上げ――それは確かに僕の探していた物だった――僕に示した。
「……これでどう?」
 そのアクセサリーを返す代わりに、自分を信用してくれ、と言っているのだ。もしかすると、信用した挙げ句、見逃してくれという意味も含まれているかもしれない。
「……解った」
 だが僕はそれを呑んだ。彼女を信用するということは彼女はこのアクセサリーを盗んでいないということであり、更に義賊というのなら僕が警備団に彼女を突き出す理由はない。
「……あなた、いい人ね」
 そこまで解ってか解らずか、彼女はそう言った。
 そして、僕の手にアクセサリーが渡される……
 ――刹那。
「!?」
「っ! しまった!」
 彼女の手から、アクセサリーは消え失せていた。
 僕はあわてて辺りを見る。と、彼女がある一点を見つめていることに気が付いた。その視線の先には、新たな人影が、二つ。
「ひゃーっはっは! こいつは返してもらうぜぇ……元々、俺達のもんだしなぁ?」
「そうそう。それじゃ……おさらばだ!」
「あ、待てッ!」
 僕がそう言ったときには、既に二人の姿は闇へと溶け込んでいた。
「く……ッ!」
(逃した……あと、ちょっとで母さんが戻ってきたのにッ!!)
 僕は、空中を殴りつけるように拳を振った。
「ごめん……あたしのせいで……」
 そこで僕は、彼女の存在を思い出した。今の今まで、さっきの奴らに気を取られて彼女のことをすっかり失念していたのだ。
 彼女は、とてもすまなそうな顔でそう言っていた。
「……一つだけ訊かせてほしい。……君は、あいつらの仲間か?」
 そう言うと、彼女は思いきり頭を横に振った。
「違う! あいつらは……あいつらがガルフだよ! あたしは違う!」
「……ならいい。あれは油断していた、……僕のせいだ」
 心の中の、彼女を疑い、彼女を責め立てる部分を無理矢理抑えつけ、僕はそう言った。
「……一つ、訊いてもいい?」
「……何」
 控えめな彼女の問いに、僕は不機嫌の塊のような声を返した。
「あのアクセサリー……そんなに、大事な物なの?」
 その一言に、僕はカッとなり、拳を握った。だが、必死に抑えつけ、そこまでにとどめた。
 彼女は知らないのだし、彼女は悪くない。彼女は悪くないのだ……
 自分の中の、今にも彼女を殴りかからんばかりの暴走する感情に、僕は必死にそう言い聞かせた。
 僕は、一つ深呼吸をし、言った。
「あれは……母さんの、形見なんだ」
「……!」
 彼女の、息を呑む音が聞こえた。
 大層な演技をしやがって。本当はやつらとグルのくせに。今すぐこの場で殴りかかって、切り刻んでやる!
 ……うるさい、黙れ、黙れ……
「ごめん……あたし、何も知らなくて……」
「……いや、いいんだ。君は、悪くないんだから」
 ……後半部分は既に、彼女に言っているんだか、自分に言っているんだか、判らなくなっていた。
「ううん、でも、そんな……」
 彼女は真っ青になって、俯いた。その間に僕は、自分の中の暴れる感情を必死で静める。
 しばらくして、彼女は顔を上げ、決意したように言った。
「決めた。あたし、あなたに着いていく」
「は?」
 突然の言い出しに、僕は言葉を失った。
「あたしを疑ってるんでしょ? まだ、あたしがあいつらの仲間だと思ってるんでしょ?そうなんでしょ?」
「……そりゃあ、まあ……」
 暴走していた感情が、僕の吐くつもりの無かった台詞を吐かせた。
「でしょ? それに、あれを……あなたのお母さんの形見なんていう、すっごく大切な物を奴らに盗まれてしまった責任はあたしにもある。だから……」
 彼女は一呼吸おいて、言った。
「あたし、あなたに着いていって、形見を探すの、手伝う」
 その瞳にはいやと言わせない迫力があり、そして、……

 ……どこまでも、真っ直ぐだった。

「……解った。ただし僕には一人、連れがいる。それでもいい?」
 もちろん、ラクリマのことだ。一応言っておかないと、後々支障が出るかもしれない。
 ……ラクリマにも後で言っておかないとな……
「もちろん! 責任はあたしにあるんだし、不満は言わないよ」
 ここで「いや、責任なら僕にも……」と言うと無間地獄へ行ってしまうので言わない。
 彼女は満面の笑みでこちらへ右手を差し出した。
「あたし、エリシア! よろしく!」
 微笑みを浮かべながら、僕も、エリシアへ右手を差し出した。
「僕は、アストル = ラフィーナス。こちらこそ、よろしく」



   三.勇者と露顕


 あの後、僕は宿に戻り、ラクリマの部屋の戸を叩いた。ラクリマは、まあ半ば予想通りというか何というか、彼女の言葉通り、僕を待っていた。ただし、半眼でだったが。
 船をこぐラクリマに「ただいま」と言うと、彼女は一瞬間をおいた後ぱっと飛び起き、「おかえりなさい」と言った。
 僕は一通り、ラクリマにエリシアのことを――船をこいでいて聞いているのかすら疑わしかったが――説明した。
 一通り説明し、僕が「おやすみ」と言うが早いか彼女はその場で座ったまま寝てしまい、僕は彼女をベッドまで運ぶ羽目になった。彼女の体は小さく、しかも既に着替え後だったので手間はかからなかったが。
 彼女をベッドに移し、その寝顔を見――僕はまた、微かな胸の痛みに襲われた。ズキン――と、一瞬だけの微かな痛みだった。
 僕は部屋に戻り、改めて鎧を外しベッドに入った――
 そして、朝。

「おっはよー!」
「えっ、エリシアっ!?」
 身支度を済ませ、ラクリマを起こし、宿を経つべく向かったロビーにいたのは、他でもないエリシアだった。
「なっ、何でここに?」
「ふっふーん。あたしをなめちゃいけませんぜ? 宿くらい、ちょちょいのちょい♪」
 朝だというのに彼女のテンションはとても高かった。
「あたしに隙を見せたらそこで終わりなのよ、勇者さん?」
 意地の悪い笑みを浮かべてエリシアは言った。僕が勇者であるということは彼女には言っていないはずだけど……さすが、盗賊と言ったところか。
「よく知ってるね」
「ふふん。表の世界でも有名な、勇者の名前くらい、あたしが知らないわけないでしょ? まあ、初めは驚いたけどさ。それにしても……」
 エリシアが、そこで僕から視線を外した。そして代わりに視線が向かった先は、僕の腰の少し横――
「……アストル、そういう趣味だったんだ」
 彼女は驚きと呆れと嫌悪を混ぜたような顔で、僕と僕の側を交互に見る。
 彼女の見ているのは僕の側で、そこにはラクリマがいるわけで、つまり彼女の意味するところは……
「ちっ、違っ! 違うって! これには事情が……」
 必死に否定すると、彼女は表情を一変させ、
「あっはっは! 冗談だって、冗談! 誰にだって事情はあるもんねぇ?」
 そう言いながら彼女は僕の方へ近づいてきた。そしてすれ違いざまに一言。
「……ロリコンとか」
「だから、違うって!」
 そして彼女はなおも笑う。
 ……本当に違うんだって……
「ん?」
 と、そこで僕は服が引っ張られていることに気が付いた。見ると、ラクリマがぽけーとした顔で僕の腰辺りの服を掴んでいた。
「ん、何?」
「……ゆーしゃさん、あの人、だれ?」
 よく解らないといった顔で、ラクリマはそう言った。
「昨日言った人だよ。ほら、一緒に着いてくるって言ったろ?」
「…………」
 ラクリマは僕の言葉にもまだぼーっとしていた。やっぱり、昨日の話は覚えていないのだろう。
 仕方なく、僕は再度ラクリマに説明することにした。
「ラクリマ、彼女は僕の宝石を探すのを手伝ってくれるっていうんで、僕らと一緒に来ることになったんだ。名前はエリシア――」
 そこまで言って、僕は彼女の下の名前を知らないことに気付いた。
「エリシア、下の名前は――」
 言葉が止まった。エリシアが、ラクリマを鋭い表情で見つめていたのだ。
「……エリシア?」
 呼びかけても反応はない。
 と、そこで僕は、彼女が突然何の反応も示さなくなった、ある一つの、最悪の原因に気が付いた。
 ――まさか、バレた?
 僕の頬を汗が一筋流れた。
 彼女は盗賊だし、裏の世界には詳しいのかもしれない。ならば、魔王の外見くらい、知っていても不思議ではない――?
 いや待て。魔王の外見なんて、そうそう知られているものじゃない。勇者を名乗る僕だって、魔王の城に行って初めて知ったくらいだ。ならば――
 そこまで考えて、僕は先程彼女の名前を口にしていたことに気が付いた。……まずい。魔王の外見は知らなくとも、あまり一般には知られていないがファーストネームくらい知っているかも知れない……
 だが、さっきの声はラクリマに聞こえるくらいの小さな声だったはずだ。彼女には聞こえていないはず――
「ん、あ、何?」
 そこでエリシアがようやく、僕が声をかけたことに気付いたらしい。とっさに先程の表情をごまかしたような顔でこちらを見ている。
 なので僕も一旦先程までの考えを隅に置いておくことにした。どんな理由で彼女を見ていたにせよ、今話題にしないならそんなに深刻な事態にはなっていないはずだ。
「えーと……エリシアの下の名前、まだ訊いてなかったよね?」
「あ……」
 一瞬、彼女が嫌な顔をした。……ような気がした。しかしそれは気のせいだったのかもしれない。彼女はさっきまでと、全く同じ顔をしていた。
「えっとね……秘密♪」
「は?」
 彼女の全く予想していなかった返答に、僕は一瞬、固まってしまった。
「秘密って……」
「まあいいじゃない。それでそっちの子、……名前は?」
 何故か少し間をあけて、彼女は訊いた。僕は一瞬、どきりとしたが、できるだけ平静を装って答えようとした。
「えっと……」
 彼女はもしかすると魔王のファーストネームを知っているかもしれない。ならば正直に名前を答えるのはまずい。でも答えるまでに間が空きすぎるのはもっとまずい……!
「彼女は――」
「……ラクリマ」
 だが、当の本人に先を越されてしまった。しかも、彼女が口にしたのは本名。
 く……ここからじゃごまかすのは無理か……?
 そう判断した僕は、いつもの手、この状況では次善の策を取ることにした。
「……そう、ラクリマ。ラクリマ = ディルトレイっていうんだ」
 僕は彼女が本名を言ってしまわないうちにあわてて言った。ディルトレイというのは、宿帳に名前を記すときなどに使う偽名で、彼女の本当の苗字、Tlaidyreのアナグラムだ。スペルは、Diltraye。
「ふぅん……ラクリマちゃん、かぁ……」
 そう言う彼女の表情は、まるで機械のような無表情だった。
 その顔を見た瞬間、僕は何故だか、ぞわり……という感触と共に、背中が急激に冷えていくのを感じた。
「さて、自己紹介も済んだことだし、とりあえず外に出よっか」
 そう言った彼女の顔は普段のそれと何ら変わりは無かったが、何故だか僕の背中は、冷たいままだった。


「さて、アストル。ちょっといい?」
「え?」
 エリシアはそう言うが早いか、僕の腕をつかんで僕を引っ張っていく。彼女の握る力は強く、僕に逃げることを許さない。
「ちょ、ちょっ……」
 視界の隅で、どうしていいかわからずおろおろしているラクリマがいた。
「ラクリマちゃん、すぐ戻ってくるからちょっと待っててくれる?」
 振り向きざまにエリシアはそう言った。ラクリマはよく解らないながらもこくりとうなずき、僕はむなしくもそのまま引きずられていった。
「ちょっ、ちょっと……待っ……」
 しばらくして僕が連れてこられたのは、人通りの少ない、裏路地だった。誰にも聞かれたくない話をするのに良さそうな、そんな場所だった。
「エリシア! 何がしたいのさ!」
「アストル」
 彼女は僕の怒声を一言で遮った。反論を許さない、そんな迫力が彼女の声にはあった。
「真面目に答えて。彼女は……ラクリマは、“あの”ラクリマ?」
「……!」
 ぎくりとした。抽象的な質問だったが、彼女の言わんとすることが何なのかは明らかだった。
 だが僕としては、ここで素直に首を縦に振るわけにはいかなかった。
「あのって……何のことさ……」
「真面目に答えてって言ったはずよ」
 彼女の眼光が鋭さを増した。
 間違いない。彼女は、解っているのだ。
「もっと直接的に言った方が良かった?」
 解っているのだ。彼女が、ラクリマが――
「あなたが連れていた、ラクリマっていう女の子は――」
 ラクリマが――
「――魔王、ラクリマ = アル = トライデューレなの?」
「っ!!」
 もう駄目だ。僕はあからさまな反応をしてしまったし、何より彼女はラクリマが魔王のファーストネームであることを知っているようだった。
「知って……たんだ、名前……」
 僕のその言葉は、彼女が魔王であることを肯定していた。
「裏の世界をなめないで」
 彼女は、冷たい眼差しで僕を見ている。
「……?」
 ふと、その眼差しが、緩んだ。
「何で……? 何で、魔王と勇者が、一緒にいるの……?」
「そ……それは……」
「何で、勇者なのに魔王を殺してないのッ!?」
 彼女の突然の激昂に、僕はびくりと震えた。
 魔王を殺す……それは勇者の役目であり、当然のこと。だから彼女がそう言うのも無理はなかったが、彼女の口から“殺す”という言葉が出てきたことに、僕は何よりも驚いていた。
 それは人々の魔王への怒りを感じさせるのに充分過ぎて、僕に僕が勇者であることを思い出させるには不足過ぎた。
「彼女は……彼女は悪くない。彼女は悪くないんだ……!」
 僕の言ったことは断じて嘘ではない。彼女は、人に危害を加えられるような性格などでは決してないのだ。
 だが、事情を――彼女のことを全く知らないエリシアに、信じてもらえる道理など無く。
「嘘! あいつは沢山の人を殺した! 全く罪のない人達を!」
「それは彼女がやったことじゃない! 信じてくれ!」
 彼女のことを人より多く知っている僕としては、ここを譲るわけにはいかなかった。
「じゃあ誰がやったっていうのよ!」
「それは……」
 僕は口ごもった。答えが出せなかったわけじゃない。誰がやったか? そんなの魔物達に決まってる。
 だけど……それを言うには、説明しなければいけないことが多過ぎた。
「言えないんでしょ!? やっぱりあいつがやったんでしょッ!?」
「違う!」
 僕は力一杯否定した。
「彼女は……魔王だった。それは確かだ。だけど……魔王じゃなかった」
「……は?」
 僕の言ったことは、自分でも呆れてしまうほど、矛盾だらけだった。
「……あなた、あたしをからかってる?」
「違う、彼女は、彼女は魔王じゃない! 魔王というのは名前だけで、彼女は何もしていないんだ!」
 そう。彼女は何もしていない。人を殺すことはおろか、殺せと命令することさえ。
「……どういうことよ?」
 僕は彼女のその問いに答える前に、自分にしか判らないほど小さな深呼吸をした。
 落ち着け……これに答えるには、説明すべきことが多過ぎる……
 ……よし。
「……エリシアは、魔王がどうやって決められるか……知ってる?」
「は? 何言って……」
 彼女はそこで言葉を止めた。
 僕の話は先程までと話題が大きく異なっていて、彼女が訝しむのも無理はなかった。だが、それでも彼女が言葉を止めたのは、僕の表情が真剣であることに気付いたからだろう。
 そう、僕はこの話をおふざけで流すつもりは毛頭無かった。
「……そうね。よくは知らないけど、戦って決めるんじゃない?」
 彼女の顔と口調からは、早く話を戻せ、という気持ちがありありと感じられた。
「そういうときもあるらしい。けど、基本的には違う」
「じゃあ……何?」
 彼女が先を促すように訊く。
「……世襲制だよ」
「世襲ぅ?」
 僕はこくりと頷いた。突拍子もない話に思えるかもしれないが、これは真実なのだ。
「魔王の血、というものがあって、それが代々受け継がれていく。そして、血を受け継いだ者が魔王となる……という仕組みらしい。ラクリマのときも……そうだった」
「…………」
 話しながら僕は、胸に微かな違和感を感じた。
「ラクリマは15歳という若さで、元魔王である父親を亡くし……そして、魔王を継いだ。……いや、継がされたんだ」
 説明しているうちに、微かに感じた違和感はどんどん大きくなっていった。それは痛みだった。僕の、持病とも言うべき、胸の痛み。
「そして、幼さ故に魔王の役目を果たすことはおろか、善悪の区別すらまともに付けられなかったラクリマは……魔王となって早々、魔族の邪魔者となった」
 僕はそこで、一旦話を切った。無論、落ち着くためだ。感情的になりながらでは、うまく説明する自信がない。
 落ち着くために、今度は大きく深呼吸をしていると、胸の痛みはだんだん消えていった。
 と、そこで僕の話の切れ目に入るように、エリシアが言った。
「……一つ、質問いい?」
「……何?」
「さっきあなた、あの子が善悪の区別すら付かなかったって言ったけど……15歳なら、善悪の区別くらい付くんじゃない? そもそも、それ去年の話でしょ? なら尚更、あの子はそんな歳には見えな――」
「……魔族は、成長が遅いんだ。寿命が短い代わりに」
 そう、だから彼女はあんなに小さく、あんなに幼い。僕と、同じ歳であるというのに。
 もっとも、これは一般どころか裏の世界でもほとんど知られていないことで、彼女が知っていなくても無理はない。この事実を知っているのは、人間の中では僕くらいだろう。
「……説明を、続けて」
 僕は軽く頷いてから、話を再開した。
「魔王就任早々、邪魔者となったラクリマは……何をしていいか判らなかったラクリマは、配下の魔物達に、ただ黙って頷けばいいと教えられ……」

「人間襲撃の許可を出すだけの、人形になった」

「ッ!」
 彼女は目を見開いた。声は殺していたが、先程のことが僕の話した内容の中で一番彼女に衝撃を与えていたのは明らかだった。
「だから、ラクリマは魔王だっただけで、実際には何もしていないも同然なんだ」
「だから……彼女は悪くない、って?」
 僕は頷いた。
「……今の話、本当?」
「本当だよ」
 僕がそう言っても、彼女はまだ怪訝そうにしていた。
「それが本当なら、あの子には罪はない。あなたが彼女と行動を共にしてるのも、解らなくもない」
「……?」
 僕は、彼女が何を言いたいのかが解らなかった。彼女の話しぶりはまるで、僕の話が嘘だとでも言わんばかりで。
「でも正直あたしは、あなたの話は嘘だと思ってる」
「えっ!? ちょ、ちょっと待っ――」
「理由は二つ」
 有無を言わさぬ口調で、彼女は続けた。
「まず、あの子が邪魔者になって、それで魔物があの子にただ頷けばいいと教えた……って言ったけど、もっと手っ取り早い方法がある」
 彼女は右手の人差し指を立てながら話した。
「それは、クーデター。戦って魔王を決めるときもあったっていうなら、クーデターだってあるんでしょ? 何でそれをしなかったの? それを説明して」
 彼女は命令するようにそう言った。それを説明できなければ僕の話は嘘、ということか。
 だけど、僕はその理由も知っている。
「彼女の――ラクリマの父親は、とても凄い魔王だったらしい。慕う者も多かった。その関係で、ラクリマを慕う者も、父親ほどではなかったけど、多かったんだ。だから――」
「クーデターを起こせば、その慕う魔物達にやりかえされる危険があった、ってことね」
 彼女は納得してくれたようで、僕はホッとした。だがそれもつかの間、彼女は中指を立てて言った。
「次。こんな情報は表にも、裏の世界にすら流れていない。そんな情報を、あなたはいつ、どこで知ったの? これがあなたの話を嘘だと思う、一番の原因」
「ああ……そのことか」
 その時、僕の脳裏に一人の老人が浮かんだ。否、人型の老魔族、と言うべきか。
「ラクリマには一人、身の回りの世話を焼いてくれる人がいてね。ガウスっていう、人型の老魔族なんだ。彼はラクリマの父親に仕え、ラクリマを慕う魔族の一人で、何よりも彼女を大事に思っている。でも、彼女が魔王になり、魔族の邪魔者となったとき……彼もまた、邪魔者となった」
「…………」
「そして、ラクリマに、他の魔物達の言うことが間違っているということを伝えられる、唯一の魔族だった。そのせいで……彼は、地下牢に幽閉された」
「幽閉? 何でまた?」
 彼女はそう訊いてきた。殺せば済むじゃない。そう言いたいのだろう。
 何となく、彼女にその言葉を言わせたくなかった僕は、すぐに質問に答えることにした。
「さあ……彼はラクリマの父親の代から魔王に仕えるほどの魔物だからね。戦力として、欲しかったんじゃないかな。多分、洗脳しようとしたんだろうね、彼の体には拷問の痕があったよ」
 彼のその傷がとても痛々しかったことを、僕は未だに憶えている。
「そう……で、今までの話はその魔族に聞いたってわけ?」
「うん。魔王の城に行ったときに、たまたま見つけてね。助けてあげたら、切羽詰まったような顔で今話したようなことを説明されてね。泣いて懇願されたよ。『ラクリマ様を助けてやって下さい』……ってね」
 変な話だ。僕は勇者なのに……
 そう思っていた。だけど、実際にラクリマを見たら……放っておけなくなった。
 僕が玉座へ行ったとき……そこには、虚ろな目でそこに座る、ラクリマの姿があった。恐らく他の魔物に腹いせで殴られたのだろう、彼女の体にも、至る所に傷痕があった。
 それを思い出したとき、僕はまた、ズキン……という、胸の痛みを感じた。
「……なるほどね。魔王の城に行った人だけが知ることができる、ってことか……」
 エリシアはそうつぶやいたかと思うと、突然僕に向き直って言った。
「解った。あたし、あなたの話を信じる。よく考えたら、あなたもあたしの話……信じてくれたしね」
 僕はその言葉を聞いたとき、全身の力が抜ける思いになった。
 ようやく、苦労が報われたのだ。
「だから……ゴメン!」
「へ?」
 彼女が突然、頭を下げて謝った。僕は一瞬、何で謝られたのか解らなかった。
「あたし、なんにも知らないで色々言っちゃって……ほんとゴメン!」
「あ……ああ、そのことか。別にいいよ、昨日説明しなかった僕も悪いんだし……適度に警戒してるのは、いいことだと思うよ」
 僕がそう言うと、彼女はすまなそうにしていた顔をふっ、と緩ませ、そして僕に笑いかけた。
「じゃあ行こっか! ラクリマちゃん、待ってるよ!」
 彼女の、ラクリマに対する呼び名が、「ラクリマ」や「あいつ」から、ちゃん付けへと戻っていた。きっと、これが彼女の素なのだろう。
 僕も、先程までの嫌な空気を一掃するため、彼女に向かって笑いかけた。
「うん、そうだね。……ラクリマが、待ってる」
 僕らは、日の当たらない裏路地から、朝の光のあふれる表通りへと、歩いていった。

2005/07/03(Sun)20:57:44 公開 / 深鳥港
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■作者からのメッセージ
続きまして第三話更新です。
今回はかなり理屈っぽく長いという嫌な話ですが……まあ色々な説明ということで(何)

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