『鬼が育つ時』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:junkie                

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0:始まり


 この夜は真夏にしてはあまりに涼しすぎた。風も無く、ジメジメとした不快な空気が体にまとわりつきながらも、辺りは異様な冷気が立ち込めていた。
 それはきっと実際に気温が低いわけではない。私の脳が主観的にそう感じているだけだ。

「――馬鹿らしい」

 誰に言うわけでもなく私は静かにそう呟いた。馬鹿らしい。そう、実に馬鹿らしい行為だ。
 真夏の森の深い暗闇の中で、足元に転がるモノを見る。
 月明かりに照らされたソレは、首もとから赤黒い液体を垂れ流しているだけでピクリとも動かない。だからソレはヒトと言うより、もはやただのニクに過ぎない。
 だから私は馬鹿らしかった。
 結局人殺しなんてヒトをニクに変えるだけの作業で、巷で叫ばれているほど劇的な事でも恐ろしい事でもなかったのだ。

 殺人と言う罪を背負ってまで犯したこの行為で得られた快楽など私には無い。あるのはただ寒いという感覚だけ。
 なら、こんな行為は割りに合わない。リスクばかりで得るものなど何もないのだから……
 もはや私は地面に伏して動かないソレに興味は無くなっていた。しかしせっかく苦労して殺したんだ、もう少し遊ばなければ私の気は済みそうに無い。

 私は近くに置いておいた工具箱を開くと、中からノコギリを取り出しその柄をしっかりと握った。
 ノコギリのギザギザとした波刃をニクの首にあてがい、力強く、ゆっくりとノコギリを動かし始める。鈍い音を上げながら肉の筋が切断され、刃で骨が削られていく。
 予想よりもずっと長い時間を要してやっと首が胴体から隔離される。

 酷くつまらない。
 私はこの行為をそう認識した。
 だけど私は止まらない。気がつけば、私の腕は依然としてノコギリを握り、肉の手足を解体していた。




1:或る日

 春の喉かな気候の中私はただぼんやりと町を散歩していた。もうすぐ梅雨入りの季節だから、しばらくはこうして安心して町を散歩する事は出来なくなるだろう。
 そんな事を考えながら、やることも無く町を歩き続ける。そういえば今日は何曜日だったのだろうか? 思い出せない。3ヶ月前に高校を卒業してから曜日の感覚と言うものが酷く薄れている。
 それもまぁ仕方が無いといえば仕方が無いかもしれない。高校を卒業してから私は大学に進学もせず、就職もせず、ただ何もしないで居たのだ。
 親の『お前は好きなように生きればいい』と言う言葉と、普通よりは裕福な我が家の経済事情に甘えた結果。
 そして生まれたのがこの延々と続く空虚な時間。
 この生活が嫌いと言う訳ではないし、今は別にやりたいことも無い。だけどとにかく暇だった。

 こんな時間がいつまで続くのだろう。

 空を見上げながら思う。
 もしかしたら死ぬまでこの時間が流れるのかもしれない。嫌な事も楽しい事も無い、ただ生きているだけの時間。


 ――永遠に満たされない、このココロ


「……ぷ」
 私はそこまで考えて、なんだかアホらしくなってつい噴出してしまった。
 一体私は何をそこまで深刻になっているのだろうか。暇だと言っても、友達も居るのだから退屈になったら遊べばいい。それに進学しなかったのも就職しなかったのも紛れも無く私自身の意思じゃないか。
 こうして生きていられるだけでも幸せなんだ。この世には生きたくても生きられない人々だって沢山居るというのに。
 私はそこで思考するのを止めた。
 町の外れの公園まで歩いてきた私の目の前にはキレイな花が咲いている。なんと言う花だろう? 私は公園の花壇の前に歩み寄ると、その花を眺めた。
「サツキかしら?」
 意識せずに頭の中に浮かんだ言葉が口から漏れる。
「それはツツジ」
 唐突に横から発せられた声に、私は屈めていた半身を起こして声のした方向に体を向けた。
 そこに居たのは一人の少女だった。少女の着ている服装から、彼女がこの近くにある中学校の生徒なのだと分かった。なにせその制服と同じものを私も数年前に着ていたのだ。
 ふと、視線を上げ彼女の顔を見る。ストレートの髪はギザギザと無造作に肩の辺りで切り揃えられている。眼を見ると酷く鋭い、そして冷たい印象を受ける眼をしている。
「これツツジって言うの? 私花に疎くて……」
 突然少女に話しかけられた事に驚きながらも、私は笑顔を浮かべてそう答えた。しかし彼女は私の言葉に特に反応を示さず、赤紫のツツジの花を静かに眺めている。
 その様子を見ると私はそれ以上何も言わずに、黙ってツツジの花を眺める事にした。

 それからどれほどその花を眺めていたのだろう。
 少女は私に振り向くと、ゆっくりと口を開いた。
「アナタには楽しい事がある?」
「え?」
 突然の言葉に私は驚いて声を上げた。
 彼女の問いは何か私の心を見透かしているような気がしたのだ。
「アナタ、生きていて楽しい?」
 少女は酷く冷たい眼で私を見る。その眼があまりにも冷たくて冷たくて、私は彼女に何も答える事が出来なかった。
 そんな私の様子を見て少女はかすかに微笑んだ。
「面白いわ。アナタならきっと良い者になれる」
 少女は一人で何かを納得したようなそんな素振りを見せる。
「私の眼と勘に間違いは無い。是非、名前を聞かせて欲しい」
 何がなんだか分からない。見知らぬこの少女は一人で訳のわからない事を言って、唐突に私の名前を聞いてきている。
 一体なんなんだろう、私は彼女に不振の眼を向ける。
 しかし彼女はそんな視線を全く気にしない。まるで感情が無いかのように私を見つめ続けている。
「白塚玲子。私の名前よ」
 そっけなく答えると、少女は私の名前を反芻した。
「白塚玲子さん……覚えた。私は山塚冴子」
 少女は無粋に自分の名前を名乗った。
 彼女、山塚冴子は私の眼をもう一度見据えると、何が楽しいのか微笑を浮かべながら「今日は良い日だ」と呟いた。


 その後、私と冴子と言う少女はすぐに別れて公園を出た。
 結局この日はそれ以外に特別な事も無く、静かに一日を終えた。











2005/06/16(Thu)18:05:25 公開 / junkie
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■作者からのメッセージ
読んでいただいた方ありがとうございます。
物凄く軽い気持ちで書いています。

今漠然と書きたいものを書いているだけですので、ちゃんとした作品に纏るかはわかりません。
それでもこの作品に興味を持って頂けてたら幸いです。

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