『首の種』 ... ジャンル:ショート*2
作者:森川雄二                

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 何もかもが退屈な日々だった。高校を卒業してからというものの大学に行くでもなく、就職するでもなく、何もしない日々が続いた。親しい友人がいるわけじゃないし、何か熱中できる趣味もなかった。
 
 家ですることといえばパソコンをいじるか、本を読んだり、ビデオを観たりするくらいで、あとの時間はほとんど寝ていた。一日の半分以上を寝て過ごした。一日に八時間以上眠ると脳が腐っていくというのを何かの本で読んだ気がする。
 そんな日がどれくらい続いたのかはよく覚えていないが、そのころには僕はもうすっかり鈍化していた。憂鬱で、退屈で、何もかもをもてあましているのに何もする気がおきず、脳が日々腐っていくのを日々感じながら、ただ生きていた。

 ある日僕は一週間ぶりくらいに家をでた。べつにどこかに行こうと決めて出たわけではなく、適当に本屋やレンタルビデオ屋をまわるくらいだ。
 まず古本屋にいこうと路地裏を歩いていた。そこは昼間とはいえ、人通りがまったくと言っていいほどなく、妙に薄気味悪い雰囲気が漂っていた。そこを歩いていると、そこだけが世界から取り残されたような感覚におちいる。人ごみや雑音が嫌いな僕はこの道を通るのが好きだ。

 少し歩いていくと露店がでていた。店をやっているのは五十くらいの汚らしいオヤジで、何かの種みたいなのを売っている。こんなところでめずらしいな、と思いすこし気になって見ていると店のオヤジが声をかけてきた。
「兄ちゃん、種はいらんかね」
その声はひどくしわがれていて実際の男の年よりも年老いて聞こえた。
「なんの種ですか?」
僕がそう尋ねるとオヤジは「そいつぁ育ててからのお楽しみさ」と、ゲラゲラ笑いながら答えた。種は肌色で、手にとってみたがなんだか人間の皮膚のような感触がした。
「いくらですか?」
「千円だよ」
その値段が高いのか安いのかよくわからないが、僕は妙にその種が気になり結局買うことにした。財布の中から千円を取り出して手渡すと、オヤジはニタアと微笑んだ。
「毎度ありィ」
そのあと僕は古本屋で適当に時間をつぶしてから家に帰った。
 
 家に帰るとさっそく種を植えることにした。よくよく考えると植物を育てたことなんかないので、とりあえず母が育てている植木鉢の花を引っこ抜いてそこに種を入れた。今思い返すとなんでこんなものに千円も払ったのだろうと少し後悔したが、次の瞬間にはもうどうでもよくなってそのまま寝ることにした。
 次の日目を覚ますともう芽がでていた。その葉はやけに濃い紫色をしていて、異常なはやさで成長していった。その日の夕方には一メートルを越え、三日ほどすると僕の身長を越えていた。やがてその植物には一つの実ができた。
 
 その実は、確かに人間の顔をしていた。中学生くらいのきれいな少女の顔をしていて、寝ているように目を閉じていた。以前の僕なら少しはまともな反応……つまり驚いたり、怯えたりしたのかもしれないが、もうすっかり脳が腐って鈍化してしまっている僕は、ただ彼女の顔に見とれていた。そのまだ幼さの残しながらもどこか大人びた顔も、やわらかそうな唇も、首だけというその奇妙な風貌さえも、すべてが美しく魅力的に思えた。
 
 しばらく眺めているとやがて彼女は目をゆっくりと開いた。彼女はあたりをキョロキョロと見渡すと、怯えたような表情で何かを訴えるかのように叫んだ。しかし肺がないせいだろうか彼女の口からは声はでない。ただ金魚のように口をパクパクさせるだけだ。何を喋ろうとしているのかは僕にはわからなかったし、また興味もなかった。ただ吐き気がするような退屈な日に訪れた、このささやかな刺激に僕は歓喜し、彼女を飼うことにした。
 
 それからの僕は外にも出ず彼女の顔を眺めて、時々水をやり一日を過ごした。育てるには水があれば十分のようだった。何度か彼女の口に食べ物を与えたがすぐに吐き出してしまった。
 僕は以前から眠れる森の美女のような体温のある死体を欲しいと思っていた。もともと僕は人間に興味がなく、むしろ嫌っていた。例えば好きな女性ができたとしてもたいていの場合、その子の言動やしぐさを見て理想とのギャップを感じ幻滅してしまうのだ。だから死体という完璧な受動体は僕にとって理想のエロスなのだ。それらは反抗することも、口答えすることもない。したがって幻滅することもありえない。
 しかし死体がその美しさを保っていられるのは、わずかの時間だけだ。だから死体でありながらその美しさを保ち、なおかつ肌に触れればその温かみを感じられる体温のある死体というものを僕は欲していた。その意味でこの首の少女は理想に近い存在であるように思う。抵抗することも、僕を幻滅するような言葉を喋ることもできない。できればその表情もなくなれば完璧なのだが、そこは我慢するしかない。

 僕は彼女の頬を撫で回し、その美しい髪に触れた。彼女はビクッと震えて、すこし怖がっているようだった。その表情もとても可愛らしかった。彼女の近くにくるといい匂いがした。僕は彼女の頬を愛撫するように舐めまわしたあと、そのやわらかい唇に口づけをした。なんだか甘い味がする。僕は彼女の口の中に舌を入れた。
「つぅ!……」
突然舌に激痛が走った。何がおこったのかわからず、思わず彼女から離れて見ると、彼女の口から血が滴っているのが見えた。彼女が僕の舌に噛み付いたのだとわかった。
 
 何でこんなことをするんだこの女は? 誰のおかげで生きていられると思っているんだ。一人では生きられないくせに、たかだか舌を入れられたくらいでなぜこんなことをされなくちゃあいけない? 僕は無性に腹が立ち、また彼女が所詮その辺にいる女たちと大して変わらないのだということに幻滅して、せめて彼女を本物の死体にしてやろうと思った。
 僕は台所から包丁を持ち出して、まず甘い味がしたそのやわらかい唇を切り裂いた。すると嘘のように血が吹き出し、彼女のその白い肌と床をみるみるうちに紅く染めていった。血まみれになった彼女の顔からは涙が溢れ、その表情は恐怖と苦痛に歪み、とても美しく思えた。その唇をさらに切り裂くと、僕は彼女の唇に噛み付き、そのまま引きちぎった。
 唇は思ったよりも歯ごたえがあった。それがはたして本当の人間の肉と同じものでできていて、同じ味がするのかはわからないがとてもおいしく感じた。さらには少女の肉を自ら切り裂いて喰らうという背徳感が最高の調味料となり、形容しがたい甘美なものになっていた。
 そのあと頬を喰らい、眼球を喰らい、順番に彼女の肉を食べていった。その間も彼女は涙を流し恐怖と苦痛で顔を歪ませながら、何かを訴えるかのように口をパクパクさせていた。本来ならとっくに死んでいるはずの傷を負わせてもそれが途絶えることはなかった。
 あらかた肉を食べ終わったあと僕は次に彼女の脳みそを食べることにした。頭蓋骨を割るために金属バットで何度も彼女の頭を殴った。何度も何度も何度も何度も何度も……。その単純な破壊行動は僕を興奮させた。気がついたときにはもう原型をとどめていないほどグシャグシャになっていた。
 僕はあたりに飛び散った脳みそを貪るように食べた。それはさっきまで食べていたどの部分よりも美味しかった。あまりの美味しさと、いいしれぬ快感にまるで夢の中にいるようなどこか不安定で、心地よい感覚に襲われて、僕はそのまま眠ってしまった。
 
 目が覚めると誰かが僕の頭の中をいじっているのがわかった。まだ頭がボーッとしている。しばらくしてそれがあの露店のオヤジだと気づいた。オヤジは僕の脳みそに手をつっこんで何かを探すようにグチュグチュとかき回していた。何だかむずがゆいような気持ち良いような感じがしたが、痛くなかった。「おっ! あった。あった」とオヤジは嬉しそうに叫び何かを取り出した。それはあの肌色の種だった。僕はそのまま気を失った。

 次に僕が目覚めたのは見知らぬ部屋だった。目の前には知らない女の子がこちらをじっと見ていた。逃げ出そうにも僕にはもう体はなく、首だけしかなかった。僕は自分があの少女と同じような姿になっていることに気づいた。僕はこの女の子に食べられるのだろうかと思うと、怖くなり必死で「タスケテッ!タスケテッ!」と叫ぼうとしたが声はでず、金魚のようにただ口をパクパクさせるだけだった。

         
                           END

2005/06/05(Sun)18:22:30 公開 / 森川雄二
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■作者からのメッセージ
うーん、こんなのしか思いつかない……。ちなみに韓国の某育成ゲームを見て思いつきました。不快な表現とかあるかもしれませんがすいません。

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