『貪り(むさぼり)』 ... ジャンル:ショート*2
作者:さるお                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 ある寒い国でのことだ。
必死に追っ手から逃げ回る親子がいた。真っ白な雪の上を器用に走っていく。息を切らして、坊やが言う。
「ママぁ。もう大丈夫じゃないの? あいつの姿、いつのまにか見えなくなったし。 僕、もう疲れちゃったよ」
ママは辺りを注意深く見回し、坊やの意見を聞き入れることにした。
「じゃあ、坊や、あの木の下で休みましょう」
ママが一本の木を指差し、坊やが頷いた。親子は、急ぎ足を緩め、ゆっくりと木の方へと歩いていく。その木は、この辺り一番の大きな木で、葉は雪で白化粧をしていた。木の下へ着くと、ママは坊やを抱きしめながら、幹に寄り添って坊やより大分大きい体を休めた。
 パパが撃たれたのはつい三十分前だっただろうか。家族水入らずで、寒中水泳を楽しんでいたところを撃たれた。住んでいる場所から歩いて五分にある、川だった。水はとても冷たくて、初め、坊やは水に入るのを頑なに拒んでいた。だけどパパがそんな臆病者は男じゃないって言うから、仕方なく入ってみた。あまりの冷たさにしばらく坊やは水しぶきをあげて、体を絶えず動かしていた。そしたら段々と体が暖まってきたもんだから、パパとママとで無我夢中で遊んでいた。だから周りの状況に気付かなかったのも無理はないだろう。
坊やがバンって銃声を聞いた時、パパは水の中でうつ伏せになって倒れてた。水は血の色ですぐに染まっていった。坊やとママは気が狂ったように泣き叫んだ。しかしママは、パパを撃ったやつの銃口が坊やに向こうとしているのを見て、急いで坊やを抱えて水の中から這い上がった。そして一目散に駆け出した。目的地もないまま駆け出した。そいつも追ってきたから、坊やはママの胸から飛び降り、自分の足で懸命に逃げた。

 「ねぇ、ママ。なんで、パパは殺されちゃったの?」
坊やが声を荒げ、泣きながらママに尋ねた。
「ママもわからないわ! 彼らには理由なんてないのよ。きっと楽しいだけなのよ」
ママも泣いて、坊やをいっそうきつく抱きしめた。
「そういえば、最近、友達のカールが言ってたっけ。この頃、悪いやつらがうろついてるから気をつけなって! 僕、そのことパパにも言えば良かったんだ。そしたらこんなことにならなかったかもしれないのに」
坊やはいっそう大きな声で泣き出した。ママは涙を止めて、きりっとした優しい目で、坊やを見つめて言った。
「坊やは全然悪くないわ。罪の意識をもたないでちょうだい。悪いのはあいつらよ! 命を何だと思っているのよ!」
坊やがママの大きな声でビックリして、体を大きく動かした。すると、その動きが幹に伝わって、木の白化粧が少し落ちてしまった。代わりに、坊やとママが雪化粧した。坊やはくすくす笑って、ママにもようやく笑顔が戻ってきた。
「僕、笑ったらお腹がすいちゃったよ。またこれから移動するんだから、何か食べておこうよ」
坊やが雪を顔から払いながら言った。
「そうね……そうしましょうか! パパの分も私達が生きてあげなきゃね。ママもお腹減ったわ。なにか食べ物を探しましょう!」 
ママの目にはうっすら涙がまた見えたが、坊やは見なかった振りをした。それから暫く食べ物を探していたが、近くに川はないし、何も見つからなかった。坊やはお腹がすき過ぎて動けなくなり、また座ってしまうと、あるものを見つけた。
「ねぇ、あそこに家があるよ。あそこの人に何か食べ物もらえないかな?」
坊やが、座っている場所から二百メートルほど離れた小さなログハウスを指差した。
「そうねぇ。これだけ探してもないし、坊やはこれ以上動けそうもないみたいだから行ってみましょうか。凶暴な人じゃなければ良いんだけど……」
ママは坊やを自分の背中に乗せて、ログハウスを尋ねた。コンコン、コンコンとママはドアを叩いた。
「はいはい!」
とドアの奥のほうでしなびた男の声がして、少ししてドアが開かれた。
「急にすみません。わけあって、遠い所から来たものなんですが、途中でお腹が減ってしまい、坊やが参ってしまったんです。こんな所ですから、食料も見つからず、お宅に寄らせて頂きました。よろしければ、何か食べるものを頂けないでしょうか?」
ママが話し掛けると男は驚愕して、急に家の奥へと走っていった。
「どうしたのかしら? 何か食べ物を持ってきてくれるのかしらね、坊や」
坊やとママが安堵して、ドアの前で和んでいると、男が手に何かを持って戻ってきた。バン、バンってさっき聞いた音がしたかと思うと、坊やとママは血を流しながら倒れてしまった。男の手には猟銃が握られている。男が言った。
「白熊二匹を狩ったぞ!」

2005/06/02(Thu)01:02:28 公開 / さるお
■この作品の著作権はさるおさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
SS投稿三作目です。お読み頂き、ありがとうございます。パッと思いついたものをスラスラと書いてみました。辛口の評価をお待ちしております!

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。