『彼との時間(修正版)』 ... ジャンル:未分類
作者:上下 左右                

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 なにげなくカレンダーを見た。あの人が私の前からいなくなって一週間が経過した。まだ、ショックから立ち直ることができない。
 まだ、部屋の中は薄暗い。家具があることは分かるが、それがなんなのか具体的に認識する事はできない。
 食事もほとんど喉を通らず、この一週間で水しかろくに飲んでいないような気がする。まぁ、そんなことはどうでもいいや。
 ここは自分が住んでいるマンション。あれからは何事に対してもやる気というものが沸いてこない。生きるという事に対しても・・・。
 学校も、あれから一度も通っていない。
 涙なんてとっくの昔に枯れ果ててしまっている。
 私はまた一人ぼっちになってしまった。
 そんなことばかりが私の頭の中に浮かんでくる。
 あの人が現れるまで、私の心は暗闇が広がっていた。金持ちの娘と噂が広まり、それにより人は集まってきた。
 だが、全て金目当ての人達だった。家出をして、無一文に近い状態だとわかると、その人達は私の周りから姿を消してしまった。
 元々、私はあの家にいらない人間だった。だから、家族に探される事もなかった。その代わりに、学費は自分で稼ぎ、自分で払わなければならなかった。
 学費は、一生懸命アルバイトをしてなんとか家計をやりくりしていた。土日は、一日中働いていたこともあった。
 当時、中学生であっただけに雇いては少なく、探すのだけでも苦労した。
 昔から人付き合いは苦手で、恋人どころか、友達を作ることができない。アルバイトでも、仕事仲間と呼べる人は誰一人としていなかった。
 私が何か悪いことをしたのならあやまる。だから、放れていかないでほしかった。
 その願いもむなしく、みんな私の周りからいなくなってしまった。
 だから、私は高校生になってからそのような心は捨てた。
 お金が無いだけで離れていったあいつらを見返してやるために。友達がほしいという感情、恋人がほしいという想い。自分の欲を叶えたいとする素振り。
 ただひたすら復讐のためだけに勉学に励んだ。そのこともあって、周りの人間は私を避けるようになった。その代わりに、東大に主席で合格することができた。私は、復讐のための第一歩を踏み出したのだ。
 バイトをしながらの生活で、よくあれだけ勉強することができたものだと自分でも思う。人間、集中すればなんとかなるとはよく言ったものだ。
 主席で合格したということで、大学の学費は免除ということになった。
 それが決まった瞬間、バイトをやめ。勉強にだけ集中した。
 大学になっても、私はトップを維持し続けていた。
 周りからの誘いも断り、人と一緒にいることをかたくなに拒んできた。
 そして、あるとき気が付いた。私はいったい何をやっているのだろうか。毎日毎日、面白くも無い日々を送っている。
 人はみな、大学に入れば楽しいといっている。だが、私はそんなことを微塵も感じたことは無い。ただ単にトップを維持することしか頭になく、勉強だけしかしない毎日。
 そんな時、彼が現れた。
 大学から帰っている私に声をかけてくれた。
 その時、真っ暗だった私の心に一筋の光が差し、凍りついた感情を溶かしてくれた。
 それから私は彼とよく会うようになった。
 自分でもわかるぐらいに明るくなり、友達もたくさんできた。
 彼のおかげで私は日の当たる場所に出ることができたのだ。
 大学での順位は下がってしまったが、そんなものよりも大切なものを見つけたような気がした。
 ある日、私は彼に聞いたことがあった。あの時、私に始めて会ったとき、どうして声をかけてくれたのかと。
 すると、彼はこう答えた。
「ただ、君が寂しそうに歩いていたからだよ」
 だって。こんな台詞、今時どんなドラマでも使わないよ。
 彼の顔がとても赤くなっていたのでそれが冗談ではないことがわかった。その顔は男と思えないほどにかわいく、大学生とは思えないほどに幼いものだった。
 だが、そんな表情も二度と見ることはできない。
 私の目に焼きついている最後の笑顔。口からは少し血が出ていたが、苦しみも無いような顔をしていた。
その人に取ってみればほんのちょっとしたミスで、私の人生の全てが奪われてしまったのだ。
 酔っぱらい運転を行っていた車に私がひかれそうになった。そこを、彼が身代わりになってくれた。
 ドラマや映画でよくあるような話だ。それが現実に、しかも私自身に起ころうなんて思いもしなかった。
 その瞬間、私の心にあったこれからの人生設計が崩れ去り、またも暗闇の世界が現れた。
 今度は、どんなことをされても光が入ることができないほどの深い闇。
 あの時が幸せすぎた。だから、気がつかなかったのかもしれない。
 あれは偽りで、これが普通の姿。ただ、昔に戻っただけ。
 何度も自分にそういったが所詮は無理な話。人間、一度覚えた快楽を忘れることなんかできない。
 私はどうすればいいんだろう。
 考えたって、答えは一つしか出てこない。
 あの人に会うこと。ただそれだけが、私の救われる方法。
 この一週間で、私はなんでも死ぬ事を考えた。しかし、彼がまだ来てはいけないと、止められる気がしてそれすらできなかった。
 でも、もういいよね。あれからだいぶ時間がたったし、あなたもきっと許してくれるよね。もう、一人でいるなんて我慢できない。
 閉ざされたカーテンの隙間からはわずかに光が漏れている。夜が明けた。その光景はまるで、彼にであった時のようだった。
 少しずつ部屋の中を照らしていく光り。ついには、カーテンを無視するほどに光が強くなってきた。
 さてと、そろそろ行こうかな。
 私はそう決心すると、マンションの屋上に向かう。
 螺旋状の非常階段を力なく、ゆっくりと上っていく。ここからしか、屋上に出る事はできない。
 ここは毎年、近くで行われる花火大会を見るには絶好の場所だ。その時期になればマンションに住んでいる殆どの人がここに上がってくる。
 今は、そんな姿を想像する事ができないぐらいにみすぼらしい。
 中央に、昨日降った雨で水溜りができていた。
 私は靴が汚れる事も気にせずにそこを横切る。
 屋上には、何処にでもあるようなフェンスを乗り越えて、わずかにある隙間に立つ。
 これで、あの人の元にいける。これで、一人ぼっちじゃなくなる。
 飛び降りるという行動に対して全くの恐怖心というものが存在しない。あるのは、あの人に会う事ができるという喜びだけが私の心に広がる。
 私は、軽く前に体重をかける。すると、何の障害もなく頭が水平になり、百八十度回転して落ちていく。
 まだ、彼がこの世にいた頃の記憶が次々に脳裏へうかんでくる。人間、死ぬ寸前になると、今までの記憶が走馬灯のように蘇ってくる。あの話は本当だったんだなぁ。
 見る見るうちに地面が近付いてくる。
そこには彼が立っていた。
 普通、この速さで人の姿が見分ける事などできない。これは、彼はこの世の人間ではないということを物語っている。ただ、私の心が作り出した幻なのかもしれない。
 その彼が、私を見て微笑みかけてくれた。
 目からはとっくに枯れ果てたと思っていた涙が頬を伝って上っていく。
 私は、うれしさのあまりそんな声をあげた。
「私、やっとあなたに・・・」






2005/05/12(Thu)23:09:23 公開 / 上下 左右
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■作者からのメッセージ
こんばんわ〜。おひさしびりです〜(そうでもない)

え〜、昔皆さんにいただいた感想や指摘を元に修正を施したものです。ちなみに、これはここの掲示板へのデビュー作品でした(どうでもいい)
初めて読んでくださった方、二度目読んでくださった方。簡単な感想から厳しい指摘まで幅広く待っています〜♪

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