『Die Krankheit (SS)』 ... ジャンル:未分類
作者:上下 左右                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 


 僕は土砂降りの雨の中、傘をさすこともなくなっていた。頭は髪を洗ったあとのようにずぶぬれで、灰色のシャツは色が変わってしまっている。
 周りに人は居らず、街灯の下に一人の女性が立っているだけだった。誰かと携帯電話で話している途中らしく、それが見えなければただ独り言を大きな声で言っているだけのように見える。
 誰かを待っているわけでもなく、どこかに行こうというわけではない。ただ、手に持っているものだけを強く握りしめる。標的を決めた。あの女にしよう。
 一ヶ月前、親が交通事故でこの世からいなくなった。
 悲しかった?そんなわけはない。むしろ喜んださ。僕はあの腐った親の呪縛から解放された。いつも俺を家に拘束し、自分達のわがままで僕を困らせたあの腐った人間がいなくなったのだ。僕はもう自由だ。何をしたって親に怒られることはない。
 親戚同士で僕をどうするのかという話をしていた。そのとき、きっぱりと僕はここで一人暮らしをするといったのだ。誰も反論することなく僕がここに住むことが決まった。
 親は生命保険に入っており、死んだことにより大量の金が入ってきた。これだけあれば生活には心配ないだろうというみんなの意見だった。本当は、僕を引き取る人に保険金を持っていかれるのが嫌だったという理由もあった。
 雨はいっそう激しくなり、傘を持っていない僕を容赦なく濡らしていく。この距離だと、あの人から僕の姿は見えない。暗いほうから光の下にいる人間はよく見えるが、その逆はほとんど見えにくい。ぼんやりとはわかっても、僕が誰なのか、ましてや男か女すらわかることは無い。おまけにこの雨だ。いるかどうか疑問を感じるぐらいだろう。
 それに、僕と彼女の距離は二十メートルは離れている。
 女性は楽しそうに笑っている。自分が今からどうなるとも知らずに・・・。
 一週間目。僕は飼っていたインコの首を折ってやった。まるで、体の中を電撃が走ったかの様だった。今までに味わったことのない快感を覚えたのだ。
 二週間目。庭で鳴いていた猫がうるさかったので、机の中に入っていたカッターナイフでその首を切ってやった。猫は傷口から血を噴水のように出しながら暴れまわっていたがすぐに動かなくなった。そのときの光景をもう一度見たくてその五日後、近所のおばさんが飼っていた猫を殺した。その死体はもちろん、誰にも見つからないところに隠した。今でも、ところどころに「猫探しています」という張り紙が張られている。
 それからも何匹もネコを殺した。おかげで、家の中はネコの死体が散乱している。床や壁は赤黒いシミばかりだ。
 しかし、ここ最近はネコなんか殺しても楽しくなくなってきた。殺された時はまったく同じ反応なのだ。切りつけられた瞬間はこちらに攻撃をしようとするのだが、すぐに事切れる。
 そこで標的にしたのが犬だった。それも大型犬。あれだけ大きな物だとちょっと切ったぐらいじゃ死ななかった。むしろ、僕に噛み付いてきたやつまでいた。まだ、そいつの歯形が僕の腕にくっきりと残っている。もちろん、噛み付いたやつはほかのやつよりも苦しみながら死んでもらったけどね。
 僕は、血を見るのが好きなんだろうか。それとも肉を切り裂くのが好きなんだろうか。こんなことをしていてそのとき初めてそう思った。でも、すぐにそんな考えも吹き飛んだ。
 僕は病気なんだろうか。いや、違う。楽しいからするんだ。病気なんかであるはずが無い。
人間、ひとつの欲望がかなえばまた次の物を求めるものだ。
 僕は鳥を殺し、猫を殺し、犬を殺した。次に身近にいる動物といえば、人間しかいない。そう考えると、いてもたってもいられなくなった。犬を殺した時以上の面白さがあるんじゃないかという思いに胸を膨らませながら。
「うん、それじゃぁねぇ。バイバーイ」
 女は話し相手にお別れの挨拶をすると、携帯電話をポケットにおさめる。誰かと待ち合わせでもしているんだろう。時計をチラチラと見ながら、キョロキョロとしている。
 こんな雨の中、屋根のある場所ではなく何故電柱の下なのかはわからない。ただ、標的になった時点で彼女に運は無かったんだ。あきらめてもらおう。ここにいた彼女が悪い。
 僕は走った。逃げられないようにというのもあるが、早くこの刃物で柔らかそうな肉を引き裂きたかったというのもあった。後一分でも彼女が電話を切るのが遅れれば、途中でも襲ったに違いない。
「!?」
 女はこっちに気がつき、必死に逃げようとした。あまりにも急なことで悲鳴も出せないようだ。しかし、もう遅い。気が付くのが遅すぎた。僕と彼女の距離はすでに、一メートルも開いていない。どれだけ足の速い選手でもこの状況で逃げられるはずがない。
 僕は、包丁を持っている方の手を思い切り振り下ろした。
 狙いは首だ。声を出すことができなくなるうえに、一撃でしとめることができる。これなら人通りのほとんどないこの道で目撃者は出ない。
 この辺はあまり治安がいいところではない。若い女性が一人で歩くには危険すぎる場所だ。襲われても文句は言えない。
 狙い通り、見事包丁は喉元を切り裂いた。
 傷口からは猫や犬の時と同じように大量の血が文字通り噴出した。
 相手は倒れ、真っ赤な血が新たな水溜りを作る。これだけ雨が降っていれば血が止まることはない。
 やはり、間違いではなかった。犬や猫のような下等な生物を殺した時なんかよりも何十倍も楽しい。これほど楽しいことをどうして法律で禁止されているかが疑問になるぐらいだ。たぶん、僕の顔は今までの中で一番の笑顔かもしれない。
 雨にさらされながら倒れている女性はまだ生きていた。喉元からは血が流れ、呼吸をするたびに風が通るような音がする。
 僕は容赦なく顔や胸元、腹部を切り刻んだ。そのたびに体中のモヤモヤが消え、快楽へと変わっていくようだ。
 あら、原型がわからなくなっちゃった。これだと、DNA鑑定でもしないと誰か判断するのは難しい。顔なんかとくに、もうこれじゃぁ人の死体とは言えないな。
「きゃぁぁぁぁ!!」
 なんなんだ。人がせっかく楽しみに浸ってるっていうのに。
 叫び声がしたほうを見てみると、制服を着た女の人が立っていた。あの制服は確か、この近くにあるS高校の物だ。僕も来年、あそこに受験する予定だった。
 気が付けば雨は少し弱まっている。
 僕の楽しみ邪魔したってことで、今度はあの人に楽しいことさせてもらおう。
 元人間だった物をその場に置き去りにし、女子高生にゆっくりと近づいていく。
 彼女はその場にしりもちをつき、必死になってさっき落とした携帯を拾い上げた。
 ボタンを三つ押す。
「こっ、ここで、今、さっ、さっ、さっ」
 かなり動揺しているらしく、まともに話すことができていない。この様子だと、相手は何が言いたいのかもわからないはずだ。もちろん、彼女がこの状況を見て連絡する場所などひとつしかない。警察だ。
「人、人殺・・・」
 女性の声はそこで途切れた。相手は人殺という単語をきき、すぐにそれが人殺しだと気がついたのだろう。かなり真剣になにかを言い返している。そんなことをしても無駄。だって、この人はもうしゃべれないもん。僕が喉元を切ったからね。
 再び地面に携帯を落とし、倒れたまま声を必死にだそうとしている。そのたびに風が通る音が聞こえるだけ。僕も勉強したからね。どこを切れば致命傷になるのか、声が出なくなるかってね。
 いったい、どのぐらいの時間こうしていただろう。あまりにも楽しいことだったからつい夢中になっちゃった。さっきと同じように相手の体中に包丁を振り下ろし、もうひとつ元人間が出来上がった。
 今日はこの辺で帰ろうかな。ずぶぬれになっちゃったし。服の色が変わっちゃった。もう、これは捨てないといけないかな。人の血ってたしか、落ちにくかったから。
 遠くのほうでパトカーの音が聞こえる。それはだんだんとこちらに近づいてきた。近所でなにか事件でもあったのかな?
「そこの少年。武器を捨てておとなしくしなさい」
 新米の警察なのか、言い方がどこかぎこちない。近くに住んでいる人が通報したのかな。さっきこれがしていたあれだけの情報じゃぁここはわかんないだろうし。
 警察官は片手に拳銃、片手にはハンドマイクのようなものを持っている。こういう危険なものを持っている相手には警棒で立ち向かうよりも拳銃で脅せ、とでも上の人に言われているに違いない。じゃないと、あんなに震えながらこちらに向けはしない。自分の意思で狙っているのだとしたら、もっと堂々としているはずだ。
 もぉ、今日は十分に楽しんだからもう帰ろうと思ったのに、あの人のせいでまた楽しみが増えたじゃないか。
 僕はそう思い、すでに固くなりかけている肉から包丁を抜いて、今度は警察官に向かっていく。包丁は数多くの肉と骨を切ったことによりぼろぼろになり、切るというよりものこぎりのように削るといったほうが正しいかもしれない。
 相手はどうやら僕自身に震えているようだ。一歩一歩近づくにつれて、心なしか後退しようとしているように見える。
「とっ、止まれ!!」
 本当に打つことなんかできるわけがない。あんなに震えていたら狙いを定めることができない。
 相手の脅しにまったく動じず、どんどん進んでいく。
 警察官の震えはさらに悪化し、歯がガチガチいう音が聞こえてきそうなほどだ。
 しばらくの沈黙の後、どこからか銃声が聞こえたような気がした。僕の目の前は真っ白になり、気が遠くなっていく。なんだか気持ちがいい。もう、さっきの警官の声も雨の音も聞こえない。ただ、目の前に広がる白い空間と無音の世界。なぜか、この場所はとても落ち着いた。うるさく説教を言うやつだけじゃなく、俺に命令してくる人間もいない。
 なんなんだろう、命を奪うという行動が馬鹿らしくなるぐらいこっちのほうが気持ちいいじゃないか。
 この際、どのようにしてここに来たのかなんてどうでもいい。これだけ何もなく、気持ちのいい世界を見つけることができたのだから・・・。

2005/05/07(Sat)23:16:57 公開 / 上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
近頃いろいろと調子にのっている上下です。

今回の作品は特になのも考えずに書いたのでいろいろと変なところが多いと(いつもより)思いますが、意見などをお聞かせくださればうれしいです。
そして最後に言わせてください。私は精神障害者などではありません。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。