『[掌編] Smile』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:覆面レスラー                

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 まぁギターなんて弾けなくとも一生生きていくには困らない。ギターなんて表現方法、先進国が生み出した飽食の汚物だしな。強いて良識的な言い方をするなら楽しく生きるためのオマケみたいなもんだ。素敵に表現するなら、当たりクジ付のアイスバー。当たるも八卦当たらぬも八卦。そんなもんでも付いてれば多少は嬉しいだろ? 当たりが無くても当たるかもしれない、そんな期待が持てるから。
 そんな斜めから見た物言いをするならば、わざわざペ×スをしごく必要は無いし、捲った腕に注射を打たなくても大丈夫だし(俺は大丈夫じゃないけど)、狂犬みたいに喚きたてるガキを殴って回らなくてもオーケーだ。
まぁ、多少神様に祈るぐらいは必要かもな。

「オーケー、オーケー。焦るな俺。取り敢えずは――だ」
 俺は足元に横たわる彼女の死体を爪先でつつく。彼女の身体は小さくゆさゆさ揺れると停止する。
「まったく。ちょっと殴っただけだろ」
 俺は右手に握り締めたクソ重たいポールリードスミスを目元にまで上げる。頭が悪くなりそうな番組ばっかり放送してるクソチャンネルの、あのクソくだらないコメディドラマならここは馬鹿笑いが起こるシーンだ。けど笑いは起こらない。空気が最悪に重たいだけだ。
「どうすんだよ、コレ」
 呟いてもどうにもならない。最初に彼女がヒステリックを起こして切れた。彼女の悲鳴だかなんだか良く解らない怒声を笑い流してた俺も、俺のギターと腕一本で食っていくライフスタイルが《一銭の価値》にもならないヒッピーもどきのクレイジースタイルと一緒だ、と罵られてとうとう切れた。手元のグラスを彼女の頭に投げつけ、頭蓋骨が勝ち割れるような鈍い音をさせてよろめいた彼女の前頭葉に傍に持たせ掛けてあったギターでボンズみたいなパワースイングをかましてやった。バットは見事にジャストミート。ボールが場外に飛んで行く代わりに彼女の身体は半回転して頭から床に叩きつけられた。ここでも鈍い音。最低二回、彼女は頭をぶつけたわけだ。
「さすがに運が良くても死ぬよな」
 ハッハー。
 俺の中の悪魔めいた馬鹿な俺がげひた笑い声をあげる。
 死んだ、死んだよ。どうすんだよ、俺。
 もう一人の理性派の俺も、現実を肯定しつつ動揺する。
 二つに割れた脳みそ中で、その二人の俺がバラバラのグダグダに忙しなく動き回って鬱陶しい。
 ひとまず落ち着こう、俺。
「……あーあ」
 俺は力無く傍の椅子に凭れ掛かると、無意識に溜息を吐きながら天井を見上げた。ほとんど距離は無い。間近と言ってもいいぐらい低い天井に備え付けられた安物の蛍光灯がジジジと蝿が飛ぶような音を立てている。
 手持ち無沙汰な俺は、座るときに抱え込んだギターをジャカジャカ鳴らす。醜い和音の群れが、乱れ飛ぶ。酷く耳障りな音響。果てしなく近所迷惑だ。気にしない。そのままジャカジャカやってみる。と、《うるせぇぞ!》と玄関のドアを激しくノックする音。
 ああ、やっぱ近所迷惑だったんだ。
 俺はこの日思いついた最高のジョークでノックの主に答えてやる。
「すまねぇな! 今日は便秘だからアレの出具合が悪いんだ!」
 俺は自分で言って自分で受けて、一人死体の真横でゲタゲタ楽しそうに笑う。
《ふざけてんじゃねぇぞ!》ドア向こうの扉を殴る手の持ち主はより一層激しくドアを叩く。
 俺はそのノックの音に合わせて全身でリズムを取りながら立ち上がる。ギターを肩から提げて戦闘準備は完了だ。
「オーケー! オーケーサムシング! 俺と勝負がしたいんだな!」
 アンプに先端が錆びたシールドを乱暴に差し込んで電源オン。30$中古のアンプから飛び出した音は安物らしく、激しくひび割れて歪み捲っていたけど、それぐらいが丁度良い。俺にはお似合いだろう?
 ガン、ガン、ガン。
 憎悪に満ちたあのノック音に勝つためにはもっと爆音、轟音の武器が要るぜ。ニューヨークメトロの脳みそが足りないガキ共がリズムもクソも何もかも無視で、自由とは良く言ったもんだ、ただの騒音でめちゃくちゃにバカバカ慣らすアジア楽器みたいなあの、隣か、上か、下か、ともかく誰だか知らないが、ドアをドン!ドン!ドン!と定期的なリズムで素敵に鳴らすのに負けないようにしなくちゃ。
「ヒャッホー、のってるね!」
 俺のヘンドリクスばりの超速ギターリフはどうだい? お気に召さない? ならペイジだ。ブルースが足りないならコップ一杯のクラプトンをどうぞ。
百本の弦の上を芋虫みたいにのた打ち回る左手指先の動きが早すぎて自分の目でも追えない。やけくそだ。こうなりゃフィーリングだ。でも、それ以前に世界がぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる回ってるせいで何もかもが素敵なマーブル模様にしか見えないんだけどな。
 窓の外からじっと黒猫が覗いてる。睨み返す。微動だにしない。態度のデカい野郎だ。しかも覗いてるだけじゃ飽き足らず俺の部屋に入ってくるじゃないか。一匹じゃない。一匹だと俺が思っていただけだ。固定観念に囚われていただけだ。ソイツは大量に。大量に。大量に夜と同じ色して入って来るんだ。ぞろぞろぞろぞろ。俺は一々ソイツらをバット代わりにしたギターで薙ぎ払っていく。それなのに、あのドアをノックする血液を沸騰させるような振動音も、ギターの激しいかなきり音も鳴り止まないんだ。
 スゲエ夜だ!
 猫は俺に踏んづけられて内臓を飛び出させたり、吹っ飛ばされて大の字になって壁にへばり付いたり、と散々な目にあってからようやくここは入ってはいけない場所だと分かったんだろう、ぞろぞろと、侵入してきたときと同じスピードで撤退していった。
そういや、最後の一匹が俺に素敵な捨て台詞を吐いたね。
「オマエは死んだ方が良い」
 うるせぇ! 俺はギターを弾くんだ。お前等に指図は受けない。合理性よりは不可能性だし、ビリーバーよりはドリーマー。正直者より虚言症。喉がガラガラに枯れて擦り切れて言葉の端から血が噴出しても俺は嘘を付くね。嘘を語るね。
 それがロックだろう? 
 虐げられた人間が、虐げられることを拒否して立ち上がるなんて無理だね。虐げられた 人間は虐げられたままだ。一生虐げられたまま死ねばいい。 
 それを俺は唄うんだ。
「さぁ立ち上がれ! 今こそオマエの最大の敵をぶっ潰すときだ!」
 無理だ! アハハー!
 俺はゲタゲタ笑いながら床にギターを叩きつける。ひざまずいてうなだれる。ヒュー! ロックンロール。ブリッジから何から何まで豪快に真っ二つになったギター。弦が千切れた電線みたいにぐちゃぐちゃに飛び出してる。
 そして、俺は対抗する術を失った。
 ドアは未だドスドス殺意の篭った音で殴られてる。

 うるせぇ! パレードは終わったんだよ! それに、さっきからオマエが一番うるせぇんだ!
 ドアを蹴っ飛ばすと、その反動でドアの向こうで醜い男の悲鳴。アハ、もしかして顔面にぶち当たったのか? 間抜けな野郎だ。それ以上、叫ぶんじゃねぇ。殴るんじゃねぇ。ドアは殴るためにあるんじゃねぇんだ。ドアは殴るためにあるんだ。解るかい?
 ドアを叩いてた男は、俺の腕に襟元を捕まれたままブンブン首を振る。
 オーケー仕方ない。もっと簡単に説明してやろう。
 男は我慢しなきゃならないから、悲鳴をあげちゃだめなんじゃなくて、ただ単に悲鳴をあげると生理的にキモいから上げちゃ駄目なんだ。
 って、茨の冠を被った申し子も言ってたぜ。
 なのに、お前はその戒律を破った。
 よって破門、後、処刑。
 俺は拳をふりあげる。
 両手で額を押さえて顔面を覆い隠す男。
 掴んだ胸倉をさらに捩じ上げて首を絞める。
 男は顔面を真っ赤にさせて、うーうー唸って我慢してたみたいだが、我慢できずに、喉元に手をやる。
 オープンザドア〜♪
 ガードが下りた顔面に思いっきりバックスイングをとった拳をめり込ませる。めり込ませる。めり込むたびに男からひしゃげた悲鳴が出てきてうるさい。うるさい。うるさいから止めるために音が出なくなるまで執拗に繰り返す。繰り返す。繰り返すと声が出なくなったけど、また声が出るとうるさいから暫らく殴れるだけ殴って、声がちゃんと出なくなったことを確かめてから、玄関先の廊下に男の身体を転がした。
ん? これマズくねぇか?
 干しぶどうみたいにへちゃむくれた顔を晒した男の喉に手を当ててみる。脈動が無い。胸板に耳を押し付けて鼓動を確かめてみる。無い、無い、無いぜ。

 アウチ! また殺しちまった。死体が二つになっちまったぜ! どうすんだ、俺?
「オーケー、オーケー。焦るな俺。取り敢えずは――だ」

 あのドアの隙間からこっそりと一部始終を目撃してた二つ隣に住む婆さんの眼球から殺していかないと。

 な。


2005/04/14(Thu)15:44:13 公開 / 覆面レスラー
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