『『月灯り』1』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:満月                

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『月灯り』




――もう、ここには月の灯りは届かない……



――もう、俺には君が好きだった月の灯りを見る事が出来ない……



 ネオンの明かりに包まれた夜の街に、かわいた音が鳴り響いた。その音はと言うと、俺の目の前に涙を流して立っている女が俺の頬を引っ叩いた音だった。
「――ってぇ……何すんだよ」
「殴られて当然でしょ!? どうして幸と寝たの? どうして私の親友と……」
 ボロボロと大粒の涙を流しながら、俺の前に立っている女は叫んでいた。
「俺が何をしようと俺の勝手だろ」
「…あなた自分が何言ってるか分かってるの? あなたは私と付き合ってるのよ? それなのに私の親友と寝るだなんて……酷すぎるよ……」
「酷いも何も、俺別にあんたと付き合ってるつもりねぇし。あんたが誘ってきたから俺は仕方なくあんたを抱いただけだし」
「ひ…どい…じゃあ、好きでもないのに私の事抱いたの!?」
 女の質問に俺はこくんと首を縦に振った。そんな俺に対し、女はますます憎しみのこもった目で俺を睨みつけてきた。
「あんたには人を好きになる資格なんてないわ!! ううん、人間としての資格もないわ! 」
 そんな言葉を残して、女は俺の前から走り去っていった。そんな女の後ろ姿さへ、俺は見ようとしなかった。右ポケットに手をつっこんでクシャクシャになったタバコの箱を出し、その中から一本乱暴にタバコを取り出した。
 ユラリと火をつけたタバコから一筋の煙が夜の空に広がった。女に言われた事を思い出しながら、俺はその一筋の白い煙を眺めた。


――人を好きになる資格がない……か。


 確かにそうかもしれない。だって俺には人を好きになるなんて気持ちがこれっぽっちも分からないから……
 美人な女を見たらただ美人な女だと思うだけ。不細工な女を見たらただ不細工な女だと思うだけ。それ以上は何も思わないし、何も感じない。
 容姿が人よりいいらしいから、今までに何度も色んな女が俺に声をかけてきた。その中には、体の関係をもった女も何人かいるけどただそれだけ。
 はっきり言って俺は今俺の頬を引っ叩いて走り去って行ったあの女が羨ましい。あいつは、こんな俺に対してだけど恋愛感情を抱いた。多分きっと、あいつは俺と体を重ねた事によってもっと俺の存在を感じ、前よりも愛情の重さが増した……なんて思ったんだと思う。
 でも、俺にはそんな感情や重さなんてまったく感じられない。
 だから何となくあいつを抱いた事やあいつの親友を抱いた事に関して、俺にはまったくと言っていいほど罪悪感なんてものはない。
 今までにも何度かこういった事があったけど、どれ一つ俺は罪悪感を感じた事がない。
 そんな事を思いながらも短くなったタバコを地面に投げ捨て、肺の中に溜まったタバコの煙を一気に外へと吐き出した。その煙の向こう側をあるカップルが歩いていった。そのカップルは誰が見ても「あぁ」って思うものだった。実際、俺もそう思ったからだ。
 中年の親父に派手で露出度の高い服を着た若い女……とくれば一つしかない。
「おっさんもいい年こいてよくやるぜ……」
俺はまたタバコの箱から一本出してそれを口に持っていこうとしたその時だった……中年の親父と一緒に歩いている女と一瞬目が合ってしまった。




――ザワメキが走った……




 俺はタバコを口に持っていく途中でそれを落としてしまった。そして、気がついた時には、俺の足はあのカップルの後を追っていた。

――何故?……分からない……

 その二人の後をついて歩いてどれくらいたったのだろうか俺自身にもよくわからないでいた…… 大通りに出た処で、中年の親父はヘラヘラと笑いながら手を振り、女の前から去って行った。俺は正直その姿に少々気色悪ささへ感じた。
 そんな親父の姿を頭の中から消し去るかのように俺は何度か首を横に振り女の方へと視線を戻した。その時、また俺の中にさっきの感覚が走った。


――ザワメキだ……


 その女は手を振って去っていく親父の姿を悲しそうな目でいつまでも見ていた……
 姿が見えなくなるまでずっと……
 そして、親父の姿がなくなると肩を落としてまた歩き出した。俺もまた、誘われるかのようにその後をついて歩いていった。

 

2005/03/14(Mon)21:23:35 公開 / 満月
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