『ダブル・ペナルティ』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:イルネス                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142



・プロローグ   幻想世界は今夜も踊る





「―――――――、!」



 暗い、暗い闇のなか。
 夜の中心で淡く輝く満月が浮く下で、大都市を見下ろす少女はピクリと反応する。
 高層100メートル以上は当たり前のビルが密集する巨大都市。
 出来るだけ高いビルの屋上の端っこに座っている少女は、そよ風に髪をなびかせてボーっとしていた。
 やがて形のいい唇を動かす。

「メア、今………起きてる?」

 そこには少女ひとりだけ。
 それでも少女は質問の言葉を、ソプラノに乗せて呟いた。

――はい、ここに。

 どこともなく、ピアノ程度には高い音のよく通る声が答える。

「やっぱり凄いね、ココ♪。昼も普通じゃないぐらいだったけど、夜になると更に匂う≠ヒぇ〜」

 少女が明るく、幼い顔を楽しそうにする。
 ついで、短い両脚をパタつかせる。

――そのようですね。流石は世界最高先進国家日本国の、それも最大都市だけのことはあります。

「昔のとうきょう≠フ、ぉぉぉぉぉ…………………」
口を『お』の字のまま、硬直する。

――…………………………、

「………えっと、何倍だっけ?」

――約2,23倍です。これで四度目です、憶えて下さい。

「ふぇ〜ん……むずかしいよぉ〜」

 どうも数字が絡む会話は弱いらしい。
 女性の呆れた声に薄くため息が聴こえたのに気付いて、少女は両手を振る。
 容姿も手伝って、駄々をこねる子供だった。

「と、とにかくぅ………!」

 半ば逃げる要領で少女は立ち上がる。


 少女の着ている服は、世間一般で言われるゴスロリ≠ニ呼ばれる黒がベースで白いヒラヒラをつけたお嬢様ワンピースの黒バージョン。
 腰を超え、膝まで伸びてそうな髪は快晴の秋空のように水色の長髪。
 両サイドを紅いリボンでツインテールにして、後ろと前髪とを垂れ流す。
 ポニーテールぷらすツインテール。といった感じの髪型。
 その双眸の中心で、血よりも紅い灼熱色の瞳が、大都市を展望していた。



 7,80メートルはある高層ビルの屋上の端っこ。
 落ちれば砕けたスイカ決定の高さ。
 ついでに朝刊の見出し決定の高さ。
 それでも少女は気にも留めない。

「ココでいっぱい、いぃぃっっっぱ〜い喰べ≠ト、早めに力をつけておかなくちゃ」

――良き御決断で御座います。

 うん、と女性の声に少女は笑って応えた。

――では、まずはどのような作法をお考えで御座いましょうか?。

 少し期待を込めた女性の声に、少女は笑って、

「えっと、まずはぁ…………………」

 口を『あ』の字のまま、硬直する。
 なにも考えていなかったらしい。

――…………………………、……。

 沈黙の最後のほうで、ため息が聴こえた。
 少女が焦る。

「うぅ〜、だってさぁ〜っ……こっち側≠ノ来るのに、頭いっぱいだったんだもん!!」

 弁解のつもりだが、女性が黙らせる。

――多々ある反対を押し切って、こちら側≠ノ行きたいと仰られたのはアナタで御座います。

 う、と押し黙る少女。
 まるで大人と子供の会話だった。

「もぉ……!。とにかく〜」

 懲りずに可愛らしく怒る(本人はそのつもりはないだろうが)少女は地団駄を踏みながら眼下にそびえ立つ高層ビル群を見つめた。
 夜も真夜中だというのに、眠ることを忘れたように明かりの絶えない視界のなかの情景に魅入るでもなく、少女は呟く。

「まずは人選だよ。こっち側≠フ……しかもあっち側≠ノ詳しいヒトを見つけなくちゃ」

――懸命かつ妥当な判断と思われます。しかし、人選条件はそれだけ≠ナは御座いません事を御思考に。

 現代の少女ぐらいの年頃なら、ここで反発の言葉でも発するのだろうが、

「うん、そうだね。わかった………」

 素直に答える。
 女性もそれが分かっているからこそ余計な補足をしなかった。
 少女は振り返ろうとして、煌びやかな喧騒の情景などに目も暮れず、見上げる。
 ぽっかりと浮かぶ月白の円形状。

「そういえば………」

――はい?。

「そういえば、キミの『かがみな』は……お月サマが由来なんだよね?」

――…はい、左様で御座います。

 一瞬、女性の返答が遅れたのを見逃さなかった。

「あっ……ゴメン」

 ふ、と女性は落ち込む少女を笑って許す。

――いえ、構いません。私は自分の『鑑名』を誇りに思っております。

「……そう、ゴメン…………………行こっか」

――仰せのままに。

 少女は、形の素晴らしい満月を見て、その場を後にする。

「…………………メア」

――はい?。

 歩きながら少女は小さく呟いた。

「ボクは…………ボクは、キミの『かがみな』……好きだよ?」

――…………………、

「キレイなお月サマ……。メアも、キレイなヒトだから」

――……それは、

「……え?」

――あ…い、いえ……何でも御座いません。

「………?」

 首を傾げながら、少女は光の届かぬ闇へ溶けていった。










・1st judge   日常世界の非日常





 第5・新東京都市。


 四度に亘る都心崩壊によって、繰り返された都市再生計画の集大成。
 世界≠ニいう大規模な情報を総て収め、戦争にしか使われることのなかった軍事力は国同士のいがみ合いのタネではなく、いつしか知る≠アとへの材料とされた。

 科学都市・東京=B

 そう、呼ぶ人間は少なくない。
 実際は他の都市とも変わらない都市構造である。
 電車もあるし、公衆電話もある。手間暇を考慮するからといって、電話ひとつの出前だって数秒で来るわけじゃない。
 基本的に経済レベルを視れば、世界最高を誇るには少し頼りない。
 だが、第5・新東京都市は世界で最も発展された空間として、注目の的である。
 それは何故か、答えは至極簡単。



 この都市は………異能≠研究する、唯一の異能力#ュ展国だった。



 異能=Bと一口にいっても種々様々だ。
 超能力。霊能力。妖僧術に果ては気孔術や占術といった、本来なら人外の特殊能力=B
 それを研究し、学業を生業とする子供達の教育の大部分をこれ≠ナ占めてカリキュラムを一新している。
 人々はそれを受け入れ、いつしか第5・新東京都市の住民は異能を日常≠ニして生きるようになった。



 ただ、

 ひとつだけ。
 異能≠ニ共に生きながらも、ひとつだけ信じることを許されないもの≠ェあった。

 それは―――――――















 昼とも夕方ともつかない時間帯。
 寒くはないが、程よく清涼な風が右から吹いて左へと旅立つ。
 駅のホームに備え付けられている青い椅子の列。
 の、右端。

(やっべぇぇ〜……………)

 そこに座っている黒いボサボサ頭の青年は、本日5度目の遭遇≠果たして、同じく5度目の単語を思考した。


 第一印象は『気の強そうな女が男子学生の制服を着ている』といった感じの風貌。
 そこまで女っぽいわけではないが、どことなく綺麗な顔立ちが女と思わせる。
 が、思わせるだけで留まるのは、着ている服がスカートではなく、紺全般に黒いラインが1本ないし2本入った男子高校生の制服を着ていることと、その綺麗な顔を眉をひそめた苦悶の表情に変えていることが、『男っぽいイラつき方』に見えるからだった。


 青年はおそるおそる左を見る。
 自分と同じ列の椅子の左端に座る女性を視界が捉えた。
 すぐさま首を右へ方向転換。
 その女性を見つけた≠アとが、不幸でどうしようもなかった。
 もう一度、確かめる要領で、左へ。
 やっぱり、いる。
(……勘弁してくれよぉ)
 心の中で嘆く青年の隣りに座る女性は、



 頭から血を流し、何より両足はくるぶし辺りから先が透けていた。



(うぅ〜わぁ………どう思えばいいのやら…)
 視線を再度右へ戻し、青年はあらゆる可能性を推測した。

 1.同じ学園のクラスメート(あるいは知り合い)のホラードッキリ。
 2.知らない人の無差別ドッキリ。
 3.そういうタイプの『出逢い』というヤツ。
 4.ホンモノ≠ナある。

(いや、1.と2.はネェだろ…まぁ、今の時間帯は人少な過ぎるぐらいだけどさ……、っつか3.とかフザけんなよ、あんな推理ゲームのやられサブキャラみたいなヒロインの素敵フラグ立ててどーすんだよ……)
 悶々と思考に耽った先、結果として強制的に4.を選ぶ破目に陥った青年は、視線を左へ。

 歳は判らないが(それ以前に失礼だが)どうやら未成年ではないことが、会社用みたいな薄い紺のレディスーツで判る。
 ただ、俯いているため、長い栗毛の髪で隠れて表情が読み取れない。
 顎先から滴り落ちる鮮血が、膝の上に乗せた両手を紅く染める。

 視線を右へ。
(あ〜……どうしよ、昼までのと違って霊圧はめっちゃ薄いな…出来たての地縛霊か?)
 そういえば、前にこの駅で自殺した独身女性の事件でホームの3分の1が封鎖されてたことがあったなぁ、と青年は思い出す。
(………アレか…)
 とりあえず、青年は周りに人がいないことを確認して、「んんっ…!」と喉の通りも確認。
「………なぁ、アンタ」
 右ではなく、左でもなく、正面を向いて青年は声をかける。
 ビクン、と女性の肩が震えた。
 女性は首を少しだけ右に捻る。
 当然、青年はこっちを見てはこない。
 ただ、口だけ動かす。
「アンタ、いつからそこにいるの?。いつからそうなった<純P?」
 傍から見たら、怪しい独り言と思われそうで怖い。青年は周りをもう一度確認する。
 女性は黙って見ていたが、やがて口を動かした。

――………アナタ……ワタシのこと……………見え、る…の?。
 ボソボソと囁く声を聞いて、青年はあっけらかんと対応する。
「そ。俺、視える人≠ネんだよ。アンタにひとつ訊きたいけど、話しかけられたのって初めて?」
――………、
 コクリ、と頷く。
「ふぅ、ん………あのさ、ちょっと立ってみてくんない?」
 確かめる為の頼みだったが、女性は首を横に振った。
――出来ないわ……後ろの鎖が邪魔で、立ち上がることも出来ないの。
 言われるままに青年は視線を女性の後ろへ、
「………あぁ」
 納得の声が漏れる。
 気付かなかったが、女性の栗毛の髪の垂れる背中から、細めの鎖が伸びており、椅子の背もたれと繋がっていた。
 確かにこれでは立つこともままならない。
「……やっぱアンタ、地縛霊だったか」
 青年の一言に、女性は怪訝そうに聞き返す。
――じばく…れ、い?。………ワタシ…が?。
「あぁ、その鎖は………って、俺しか呼んでない言い方だけど、四戒の糸≠チて言ってな、幽霊はみ〜んな持ってるもんなんだよ」
――しかい…の、糸=c……?。
「そ。で、アンタの場合後悔や喪失感があったんだろうな。四戒の糸≠ェここで繋がっちまった、そのせいで今アンタは地縛霊になっちまってるのさ」
――………そう。
 女性は俯く。
――…………………ねぇ、ワタシ…ここから離れたいの。ワタシが見えるならお願い、ワタシのこと…助けて。
 弱々しく哀願する女性に、
「断る」
 きっぱりと答えた。
――………そんな…。
 信じられない、という眼でこっちを睨む女性を青年は制止させる。
「落ち着けって、言い方が悪かった。正確にはしない≠じゃなくて出来ない≠だ」
――出来ない…?。
「四戒の糸≠チつーのはな、死んだ人間の負の感情でデキてるんだ。だから、それを無理矢理壊すと、精神の反動が起こる」
――壊れたら………どうなるの?。
 青年は数秒置いて、
「幽霊にだって意思はある。それが壊れちまうってことは幽体のまんま自我なくして、生きてる人を無差別に襲うようになる……………いわゆる悪霊になるのさ」
――……………っ!!。
「だから落ち着けって………悪霊になるにはいくつかの条件が必要だ」
女性は安堵半分、硬直半分で首を傾げた。
「一つは、生前に既に地獄行きが決まってるほどの罪を背負って死んだとき。もう一つは死んだときの負の感情が強すぎて四戒の糸≠ェ綱ぐらいの大きさで壊れたとき、あるいは自分から壊したとき」
――じゃあ、ワタシは…?。
 青年は鎖を見る。
「片手で隠せるほど細い。そんなじゃ、壊れたって悪霊にはなりにくい」
 女性はホッと胸を撫で下ろす。
 だが、青年は追い討ちをかけておいた。
「安心するのはまだ早い。なりにくい≠チてだけで、精神の反動に呑まれたら悪霊決定だ。しかも、四戒の糸≠ヘ別の負の感情を憶えても次第に太くなる、気を抜いたらアッという間に綱ぐらいの太さになんぞ〜?」
――え…えぇ………気をつけるわ。
「………っつ〜か、視たところアンタ随分と意識がはっきりしてるな」
――おかしいの…?。
「いや、おかしかないが…普通はおぼろげに浮遊しててな。死んだ理由なんかを呟くだけだったりすんだが、アンタは死んで間もないのにシッカリしてんじゃん」
――そ…そう?。
「あぁ、それだったら椅子のほうにくっ付いてる四戒の糸≠゙しって、ココから離れられるぞ?」
――でも、どうやって…?。
 青年は指で宙に何かを描きながら、
「簡単だ、アンタがここで縛られている『理由』≠解消すればいい」
――……………、
「………言いにくいのは判るけどさ、それがある限り…アンタずっとここで縛られたまんまだよ?」
 女性は俯いていたが、不意に首を上に向けた。

――………フラれたんだぁ、ワタシ。
「へぇ…」
――そいつ、ワタシの同僚だったんだけど、なんて言ったと思う?。
「なんて?」
――『お前なら、もっといい男と逢えるから』……だってさ。信じられる?、自分から告白してきたクセに…。
「うへぇ〜…最悪だな、そいつ」
――ホントよ、全く。結局は別れたかっただけなのよ。
「どうしようも無い野郎だよ、そいつ」
――そうね………。
「?」
――告白してきた時は…すっごく真剣な顔でさ……ワタシ、嬉しかったのに。
「変わっちまうモンさ、生きてる人間ってのは…」
――そういうもんなの…?。
「そういうモンさ…」
――…………………………。
「…………………………」
 沈黙が、ホームに染みていく。
――………これからどうしよう…ここから離れたって、何かすることがあるワケじゃないし。
「………じゃあさ」
 青年はあっさり言った。

「イイ男捜せよ。今から」

――………は?。
「だぁからよ、イケ面の幽霊野朗でも逆ナンして、そいつと成仏すればいいじゃんかよ」
 青年のあっけらかんとした提案を、女性は考える間もなく喜ぶ。
――それはいい案ね………!。
「だろ〜♪」
――そうか………そうね、うん…イイ男、捜そうかしら。
「そうこなくっちゃ、そうと決まればこんな鎖は邪魔なだけだ」
 青年は椅子の背もたれから生える鎖の付け根を掴んだ。
――な…なに!?。
「な〜に、ちょっとした手向けだよ。じっとしてな………よし、これなら」
 鎖を軽く揉んで、指先でつまむと、



「―――――――《刀途》…」



 呟いた瞬間、

ビギィィン……!!。

 という金属音を放って、鎖はスッパリ切れた。
――……………!?。
「ほい、切れた。立ってみ」
 女性は頷いてゆっくりと下半身に力を込めた。
 何気なく立ち上がる動作に、女性は大喜びする。
――す……すごい!!。
「さて、あとはアンタの彷徨うままさ」
 女性は振り返る。
――………アナタ凄いわね、何かやってるの?。
 青年は眼を細める。
「単なる独学だ………」
――ふぅん………とにかく、助けてくれてアリガト。
「これからどうすんだ?。この都市で捜すなら、おススメだぜ。イケ面幽霊を何度も除霊してきたからな」
 無邪気に笑う青年に、女性も笑う。
 ただ、
「………う〜ん………今のアンタが笑うと血だらけで怖ぇよ」
 はは、と女性は声を強くして笑った。



『間もなく、二番線に電車が参ります………黄色い線の内側で、お待ち下さい』



 ホームに響く男の声の放送。
「ん、来たみたいだな」
――そうみたいね。逢えて嬉しかったわ。アナタ…名前は?。
 青年は視線を合わせた。
 生きてすらいないその女性を、恐れることなく真っ直ぐと。
「俺はサラト…。早乙女 沙羅斗だ。沙羅双樹の沙羅≠ノ北斗の斗≠ナ、沙羅斗」
――………アナタ男の子よね、なんか女の子みたいな名前ね。
 ぴくり、と青年は反応したまま沈黙する。
――…………………もしかして、気にしてた?。
「………いいけどさ、別に………気にはしてるけど」
 女性はバツが悪そうに舌を出した。
――ごめんなさいね………あ、ワタシは佐渡 瑞樹(さわたり みずき)よ。縁があったらまた逢いましょう。
「………あぁ」

 徐々にホームへやって来る、8両編成の電車。
 青年は座ったまま女性に手を振った。
「じゃ、ここでおサラバだ。しっかりイイ男捕まえてこい、ハネムーンは当然、天国への片道永住切符だ」
 女性は何も言わず、口元に薄く笑みをつくって改札口のほうへ歩いていった。



 プシュゥゥゥ、と小気味良い何かが吐き出されるような音と共に停まる電車。
 やっと、青年は立ち上がる。
 1回、ぐぐぅ〜っと伸びをしてから、
「く〜〜〜っっっ、っはぁ〜………さてと、これにて除霊完了っと」
 ひとり、そう呟いてから乗車した。










・2ed judge   出逢いという名の異質世界





 夕暮れが眩しい時間。
 駅を降りて財布の中身を確認して、沙羅斗は家路へと足を運ぶ。
 さすがは第5・新東京都市。どの駅から降りても目の前にはビル、ビル、ビル。
 一軒家自体が無いこの近辺は、まだマシなほうではある。
 少し歩けば商店街がある。その先にはちゃんと住宅街がある。
 だが、住宅街といっても実際は高層マンションの連なった地域であるのだが……。
 かくいう沙羅斗もその学園の寮用マンション(14階建て)住まいであるのだが……。



「しっかし………今日はズイブンと遭遇≠キんなぁ〜」
 駅のホームでの除霊の後、実の所をいうと電車の中でも6度目の遭遇≠果たしていた。
 座っている人と人との合間に空いたスペースにそれ≠ヘいた。
 対向席にいるその小学生ぐらいの少年の霊は左側頭部がごっそりと削ぎ落とされていた。虚ろな眼で視線を落とす血まみれの少年は誰にも視られることなく、黙ってすわっていた。
 何が悲しくて真っ正面に座んなきゃならないのか、沙羅斗は全力で視えること≠ノ気付かれないように専念した。
「あれコワかったなぁ………時たまコッチ見るから、すっげ焦ったぁ〜…」
 歩いていくうちに、高層ビル群を抜けて一気に庶民的な家々の連なりに差し当たった。
 商店街である。
 幅30メートルの道路を二分に、左右に立ち並ぶ建物。
 八百屋だの本屋だの、昔の東京≠セったころから140年経っても変わらない懐かしい景色だ。
 ………という。
 沙羅斗の年代では、高層ビル群の印象が強すぎて懐かしさというものが分からない。
 確かに、下手なコンビニよりは品揃えも品質も文句の付け所がない。その上、コンビニのように『入って物色してレジに持っていき金と交換して店を出る』だけの機械的な簡易交易は、違和感こそなかれ、そこには商店街のような温かみ≠ヘない。
 そういう点では、沙羅斗の好きな場所ベスト3入りの場所でもあった。
 が、生憎と今日は定休日であるため、24時間体制のコンビニ以外は、シャッターを降ろしていた。

 沙羅斗は商店街の左側の歩道を歩いていた。
 普段は八百屋の勝好さん(48歳、子持ち)との値切り抗争をして、勝利の笑みの元に帰宅する予定なのだが、今回は定休日を利用して第5・新東京都市の隔壁≠フ外へ珍品探しに出歩くような話を聞いた。
「いいよなぁ……『学生の隔壁£ハ行禁止法』なんてなきゃ、俺も一緒に行ってたのにな」
 学生は異能力≠フ教育対象であるため、ちゃんとした通行許可書がなくては通れない。
 その所為で、沙羅斗も生まれてまだ3度しか外へ行ったことがない。
 しかも最後に出たのは中等学の時だ。
「ま、しゃーないか………コンビニでなんか夜食でも買って我慢―――――――」





 ――――――――――、
「………っ!?」
 異質を感じた。
 ふたつ。道路を挟んだ反対の歩道からだった。
 ただ、沙羅斗には異様すぎる感覚の存在に、首を捻りたくなった。
(なんだ、霊圧が一つ……………もうひとつが、……なんだこれ≠ヘ?)
 振り返る反射を抑え、思考する。
 精神を鋭利にしていく感覚のなかで、ふたつの気配を読む。
(霊圧じゃない……妖圧の類でもない………まず、人間の気配じゃない≠チてのはどういうことだ…?)
 眼で視なくては分からない異質を右に感じて、沙羅斗はゆっくりと振り向いた。



 一瞬、

 沙羅斗は自分の視界に入ったモノ≠信じられなかった。

「………………………………………」
 まず、少女だということは、理解……出来る。
 ただ、
「………………………………………」
 ただ、格好≠ニ行動≠ニ相手≠ェ異常だった。

 まず、格好。
 なるほど、アレは俗に言うごすろり≠ネる装備品だろう。黒を基本にしたフリフリ付きの簡単なドレス風ワンピースは小柄な少女を包む。
 しかもかなり長い髪の色は染めたのか分からないが、水色という突拍子もない色だった。後ろに縛ったポニーテイルと、両側を紅く細いリボンで結わえたツインテールがミックスされた異様な髪型。
 一言。『あの髪型とか服とか、セットすんの大変だろうなぁ…』。

 次に、行動。
 その未知のゴスロリ生命体は沙羅斗とは反対の歩道で、しゃがみこんで話をしていた。
 といっても何か楽しい話をしているのか、話している相手≠ヘ笑っていた。
 一言。『楽しそうに話すなぁ…』

 最後に、相手。
 これが一番異様だった。
 なぜなら、その12,3歳に見える少女は薄い白いパジャマを£て、真っ赤に染まっていた。
 首筋から止めどなく溢れる鮮血で、右半身が完全に紅い。
 どう見ても重傷の少女は笑顔で話していた。



「………まじ…か、よ…」
 心情を隠すことなく口に出してしまった沙羅斗は凝視する。
 別に信じられないということはない。現に自分だって視える$l間だ。
 容姿がどうあれ、少女もそのテの人間≠セってだけで、比較的稀な種類であるだけ。

 沙羅斗は幽霊の方を見る。
 どうも幽霊の類を見るとまず観察する癖がついてしまっている。
 パジャマ姿の少女には脚がある。
(…地縛霊じゃないな、つっても浮遊霊に逢うのは珍しいことだしな……)
 何より気になるのは傷だった。
 首から流れ出る血の量は半端じゃない。
(殺されたのかもしれないな………それにしても、あの不思議生命体は何を話して―――――――)


 不意に、ゴスロリ少女がこっちを振り向いた。
「―――――――…っっっ!!!」
 バッチリ眼が合ってしまった。
 一気に合わさった視線を引き剥がす沙羅斗。
 今更すぎた。
 静かに、ゆっくりと視界のギリギリ端を使って向こうを見る。

 何故か、未知の生物がこっちに小走りで寄って来ていた。

(や……やっべぇぇ〜……………)
 逃げ出したい衝動に駆られた。
 なんでかって、どう考えてもその容姿の少女と平気で会話してるとこを知り合いの誰かに見られたら、誤解どころの騒ぎじゃない。
 下手をすれば、洒落じゃ済まない称号を授かりそうで、背筋が凍った。
(来るな…来るな、来るな来るな来るな…いや、来ないでクダサイぃぃぃ〜……!!)
 別に敬語に直したって、今更少女は停まらない。
 そして、ついに少女は沙羅斗の前に躍り出た。

「…………………………」
 ついには無言に徹することを選んだ沙羅斗。
 蒼い髪をなびかせて、少女は満面の笑みで口を開いた。
「あの、ひとつ訊きたいんだけど」
 いきなりタメ語かい、と心の中でツッコむ沙羅斗に気付かず、

 衝撃発言。
 いや、まだその程度で済むならよかった、と沙羅斗は思った。
 少女はその形のよい桃色の唇から、異質を唱えた。



「キミは、【オカルト】について何か知ってるかな?」



「…………………は?」
 何を言ったのか、沙羅斗は一瞬理解できなくなりかけて、やっと意を解した。
 【オカルト】。
 確かに、頭一つ分は小さいこの少女はそう言った。
「おか……ると?」
「うん、【オカルト】。…あ、でもさっきの子も詳しくは知らないけど『学校に行けばわかるかも』って言ってたから、学校の場所教えてくれるだけでもいいんだけど……」
 さっきの子、というのは間違いなく対向道路側に今も立ち止まってるパジャマを鮮血で彩る小学生ぐらいの幽霊少女だと思う。
 四戒の糸≠ナ縛られていないのに、その場に佇むということは、やっぱり彼女は浮幽霊の類だったようだ。
 顎に人差し指を置いて、ねだるような仕草をする少女に沙羅斗は少し迷った。
「…いや、知ってるっちゃ知ってるけど」
「学校?」
「違うし………その【オカルト】をだよ」
 言った途端、少女は煌めいた。
「ホントぉ!!?」
 ズイッと身を寄せる少女に、沙羅斗は腰が引けた。
 少女の瞳は鮮血よりももっと輝かしい紅色をしている。
「あのさぁ、じゃあこっち側≠ゥらみた【オカルト】のことを詳しく―――――――」
 言った途端、少女は両手で口を押さえた。
「………こっち、がわ?」
 当然、怪訝そうに眉をひそめる沙羅斗に手を振ってあわあわ言う謎のゴスロリ生命体。
「………もしかして、お前…隔壁≠フ外の人間…か?」
 おそるおそる訊く沙羅斗の問いに、ピタッと硬直。
「…………………………」
 何かを考えているのか、沙羅斗の顔を見つめて数秒後。
「……………そ、そうそれ。そうなんだよね〜」
「……いま何か、間がなかったか?」
「そ、そんなことないよぉ〜、変なヒトだな〜…おに〜さんは♪」
「………、」
 今の発言に色々ツッコんでやろうと思った沙羅斗は、一刻も逃げたいので軽く流すことにした。
「………まあ、いいけど。なんで【オカルト】なんか知りたいわけ?」
「え………?。う〜ん、それはぁ………訊かないでくれるとウレしかったり、しなかったり」
「しないんかい」
 反射でツッコんでしまった沙羅斗にアハハ、と笑う少女。
 いい加減、和んでる場合じゃない沙羅斗は少しイラついた。
「………別にいいけど、その前に訊きたいことが」
「ふぇ…?」
 眼をパチくりさせる少女をよそに、沙羅斗は対向歩道を指差す。
 その指の延長上には、さっきゴスロリ少女と楽しそうに話していた鮮血まみれのパジャマ少女。
「問一、俺は一体ナニを指差しているか?」
「………向こうの歩道の電柱に背もたれてフツ〜は外に出るときは着ないパジャマ姿でフツ〜はソクシ決定の血ダルマ状態でフツ〜は遠慮するハズだけど気軽〜にコッチに手を振って応え―――――――」
「いやいい、モウイイデス…」
 視えてる、ということが判ればよかったが、ついでに沙羅斗はゴスロリ少女のキャラを理解するハメになって後悔混じりに制止させた。
「一応視えてるってことは判った。で、学校教えりゃいいんだろ?」
「へ?。キミが教えてくれるんじゃないの?」
「っざけんな、ウチの学園までわざわざ戻る資金なんて持ち合わせてねぇよ、こちとらセレブじゃないの」
「せれ…?」
 首を捻るゴスロリ。
 正直アタマが痛くなってきた沙羅斗は黙って車道を歩いて向こう側へ行く。
 慌ててゴスロリは追ってくる。
 沙羅斗は左半分が白(元々)、右半分が赤(あまり見たくない)という一見奇抜そうなパジャマの少女に声を掛けた。
「おい、お前」
 その幽霊少女は黒のショートカットの髪で、意外と大人っぽい顔つきの中学生の女の子だった。
 幽霊少女は笑う。
――あれぇ?、ミユに何かご用、おにいちゃん?。
 容姿に違わぬ可愛らしい声で尋ねる鮮血まみれの幽霊少女に、沙羅斗はため息混じりで口を開く。
「お前、コイツに【オカルト】のこと訊かれたんだって?」
 後ろに立つゴスロリ少女を見て、幽霊少女は少し苦笑気味になった。
――おねえちゃん、また人にいきなり【オカルト】のこと訊いたの?。
 対するゴスロリ少女は渋ってみせた。
「うぅ……だって、キミも知らないって言うしさ、【オカルト】のこと詳しいヒトにどうしても逢っときたいんだよね〜」
「………逢っときたい=c?」
 沙羅斗が首を捻る。
――おねえちゃん、『【オカルト】のこと詳しいヒトと一緒にいたい』って言ってるんだよね…。
「…………………はぁっ!?」
 沙羅斗は驚いた。ついでに青ざめた。
 何故なら、沙羅斗はついさっきゴスロリ少女のとある質問に答えてしまっていた。

『…いや、知ってるっちゃ知ってるけど』

 やっべぇ〜〜、の顔で後ろを振り向く沙羅斗。
「………!、………………♪」
 不意に向けられた視線に、眼を細めてゴスロリ少女は笑った。
「っっっ!!」

 要はついてくる=Aということだけは分かる沙羅斗は突如ダッシュした。
 時間も時間。そろそろ部活動帰りの生徒でこの道は溢れかえる時間だ。
 そんななかでヤバ気(死語)な格好の少女と【オカルト】について語る姿は、まず100%そのテの称号をゲットすることになる。
 「あぁっ!!」、という少女の声すら無視して全力で商店街を出るために疾走した。

「ふぇ〜ん、逃げられたぁ…!」
 涙目のゴスロリ少女に幽霊少女は笑った。
――大変だね〜、おねえちゃん。まぁムリもないと思うよ。
 急にピタリと泣き顔をやめ、キョトンとする。
「………ムリ?」
――うん。だって、この都市で【オカルト】のこと話する人なんて、まずありえない≠ゥらね。
 ゴスロリ少女は更に首を捻る。
「でもキミ、ココだと超能力とか霊能力とか、フツ〜に勉強してるって」
 そこで、「えっ?」という顔をして、幽霊少女は納得した。
――あぁ〜……そういうことか〜。おねえちゃん、やっぱり知らなかったんだね。ミユ達はねぇ―――――――





「…………………………それ、ホント?」
 驚愕の表情のゴスロリ少女に、幽霊少女は答える。
――そうだよ。…っていうか、その話する人のこと嫌いな人もいるぐらいだからね〜。
 顔面蒼白(いや髪の色からして蒼いが…)のゴスロリ少女は、なんでか地団駄を踏む。
「そんなっ!。じゃあ、こっち側≠ノ来た意味がないよっ!!。ちょっと、今のヒト、あっもういないぃ!?」
――話してる場合じゃないんだけどね……でも、今のおにいちゃん、多分ミユの知ってる寮用マンションの人だと思うけど…。
「ホントぉ!?」
――うわっ…!、う…うん。アッチのほうに14階建ての茶色いマンションがひとつ目立って建ってるんだけど、多分それ。よく見るからね、学生の人があそこのマンションに行くとこ…………………って……あれ?。
 気が付くとそこには幽霊少女しかいなかった。
 どうやら要所要所を聞いてさっさと行ってしまったらしい。
 ひとり取り残された幽霊少女は頭を掻いた。
――なんだ行っちゃったんだぁ…せっかちな二人だったなぁ……。
 幽霊少女は歩き出す。
――でも、今ドキめずらしい二人だったな〜…ミユのこと見れるなんて、ビックリしたよ……。
 歩いていき、やがて自分が何をすればいいか分からずに、分かれ道で悩みながら呟いた。
――…………………名前……きいとけば良かったかなぁ…。
 とりあえず、右にしようとして、
――………こっち側≠チて…なんだろ?。
 やっぱり、左の道にした。










・3rd judge   理解に苦しむ珍妙世界





「くはぁっ……はぁっ、はっ……はぁ…はぁっ………!!」
 突然の出逢いから数分後。
 沙羅斗は心臓が止まらんほどの速度と距離を全力疾走していた。
 なにしろ寮用マンションまで数百メートル+8階到達と同時にスタート&ダッシュを果たし、沙羅斗の疲労はピークへ達していた。
 最終的な非難壕の0811号室を目指す現在。
 いい加減歩けばいいのだが、そんな余裕があるならエレベーターの扉にぶつかることはない。
 肩にかけていたショルダーバックを右脇に抱え込み、さながらアメフト選手のように疾走していく先に、固く閉ざされた扉の列。
 その、左から数えて11個目の扉の前で急停止し、鍵を突き刺す。
ガチャン。
 という音と共に滑り込んで閉めると休む暇もなく鍵を掛ける。
 タッチダウン。一気に脱力する沙羅斗。
「ふぃ〜〜〜………な、なんだったんださっきのは…」
 疲れきった顔で玄関で靴を脱ぎ、リビングへ。
「ったく………除霊除霊で疲れてんのにあんなヘンなのに遭遇≠キるとは、どこまで俺は不幸なん―――――――」



 リビングのテーブルの上にゴスロリ少女がいた。
 椅子があるのにテーブルの上に乗っかる失礼極まりない少女は笑う。
「あ、おかえり〜。早かったね」
 沙羅斗は口をパクパクさせながら仰天する。
「あ、そうそう。気配たどってて、ここかな〜って思って入ってみたらビンゴだったんだよ」
 いや、あてっずっぽうだったんかい。
「あ、それとね。なんかソッチの扉、カギかかってたから窓から入らせてもらったよ?」
 いや、ここ8階だし。
「あ、あとね〜。さっきテーブルの上に置いてあった甘いパン、食べちゃった。ゴメンね♪」
「―――――――っ!!!」
 予想外の新事実。
 そういえば、今朝置いておいたベーカリー時田のクリームパン入りの袋が見当たらない。
 ギチギチと、少女の手元を見やる。
 死角になっていた左手には、しっかりと握られた蛇の皮の如くのビニール袋がクシャク―――――――、
「うっわテメェ!!。ナニしてくれてんだっ、6個入り814円(税込み)はするんだぞ……ってか、あと4つあったハズだぞ!?。全部食いやがったのかぁ!!!」
 ぐぎゃあ、と喚く沙羅斗をまじまじと見て首を捻る。
「そんなに大事なモノだったの?」
「………く……………、…」
 もっと言ってやろうかと考えたが、パン如きで取り乱すほど子供というわけではない。
 ふ〜、と呼吸を整えて悩ましげに首を振った。
「もういい、パンはいいから………とりあえず訊きたいことがいくつか」
「はいはい、なんでしょ?」
 と、聞きながらもテーブルから降りようとしない少女を沙羅斗は睨んだ。
「………なんでお前、俺の部屋にいるワケ?。ってかどうやって入ったワケ?。というよりなんで俺について来るワケ?。むしろなんで【オカルト】のこと気になってるワケ?。っつーかなんでお前は人様の食料に手を出してるワケぇ!?」
「一問一答で質問すると思ってたら、一気に訊いてきたね…。っていうか、やっぱりパンのこと根に持ってたね…」
「口を挟むの厳禁!!」
 ビシィッと指を差す沙羅斗。コントになっているが、一番訊きたいのはそういうことじゃない。
「っていうかお前一体ダレだ!?。霊圧もねぇ妖圧もねぇ、もしかして新手の神様とかいうんじゃねぇだろうなぁ!。ってか天使か、いや色的に悪魔とかか?。そんな王道モノの突然の出逢いから生まれた、人種を超えた恋愛ルート∴齟シ線のフラグなんて洒落になってねぇよっ!!」
「……………おーどー、の下りからよくわかんないんだけど。神さまじゃないよ、近いけど」
 テーブルの上の黒い水色生命体(パッと見)はコロっと答える。
 ただ、返答の内容がいまいち不理解半分イラつく半分なのが、眉をひそめる要素になった。
「はぁ?。近いってなんだよ、近いって………じゃあ何か?。お前みたいなのが=A死神だってオチか?」
 少女はビックリした表情をした。

「ふわぁ……すごいね!!。こっち側≠セとやっぱりそうなるのかな♪」

「………………………………………」
 沙羅斗は何も言えなくなった。
 二つのツッコみ所があった。そのどちらも冗談ではない受け取り方になるのだが、少女は気付かない。
「………お前…マジで言ってんの…?」
「うん、まじまじ〜♪。というよりあっち側≠セと正確には≪断罪者≫って呼ばれてる職種なんだけど」
「ちょっと待て、マテ…」
 手を上げて制止させる沙羅斗。さすがに頭が痛くなってきた。
「そのダンザイシャって何だ?。あと、さっきからこっち≠セのあっち≠セの、なんのことを言ってるんだ?」
 少女は首を捻り、やがて左の手の平の上に右のゲンコツを乗せて「あぁナットク」と呟く。
「≪断罪者≫っていうのはね、あっち側≠ナの死神のことなんだけど、罪≠喰べて生きるヒトのこと。ボクはその見習いなの」
「……なにを……言って…」
「あ、そういえば、自己紹介もなにもしてなかったね」
こほん、と小さく咳払いをして、超がつくほどのスマイルで、



「ボクの名前はパンドラ。≪断罪者≫の見習いで、【オカルト】からきたの♪」



「………………………」
 沙羅斗、思考停止。
「………えぇっと…」
 やがて戻ってくる。
「………この際、そのお前の名前と仕事の名前は置いとこう………いま、【オカルト】って言った?」
「うん。いったよ」
「………あのさぁ……本気で言ってんの?」
 少女はまたも、別の意味での理解を口にする。
「あ〜……そういえば、さっきの子から聞いたよ?。信じられないのはこっちのほうだよ。【リアライズ】のヒト達は【オカルト】のことそう思ってたんだってね」
(………?)
 更におかしな単語を耳にしたが、沙羅斗はあえて口をはさまなかった。
「キミ達は、超能力とか霊能力とか勉強してるわりに、【オカルト】のことは信じてない≠だって?」
 だんだん理解してきた沙羅斗は怪訝そうに首を縦に振った。
「………あぁ。だって、俺らは【オカルト】のことを知ってるけど、信じちゃいない=c……なんせ、俺らから見た【オカルト】ってのは―――――――」



ピンポーン。



 突如部屋に鳴り響くインターホン。
「………!?」
 ビックリするふたり。
 沙羅斗が振り返るよりも先に奇怪な声が轟いた。

「お〜い、サオトメ〜ン。まぁた霊研ケムに巻いてショートホーム前に逃亡したんだってぇ〜?。ハルコ先生うっすらと怒ってたぞ〜♪」

 カナキリボイスの聴き慣れた声に沙羅斗はビクリと肩を震わす。
 この嫌に馴れ馴れしい口調の持ち主は、沙羅斗の隣りの0812号室。つまりお隣住まいというヤツで出来た友人のものだった。
 少女はおずおずと訊いてくる。
「あ、あの……自分のこと棚に上げるけど………キミ、サオトメーンって名前―――――――」
「違うわっ!!」
 ビシィッとツッコみをいれて、この少女の存在の危険さに気付く。
 やばい、という単語で沙羅斗は焦りに焦っていた。
 こんな髪といい、服といい、何よりも自分のことを【オカルト】から来たとかホザキヤガル脳内奇天烈生命体を自室に連れ込んでいることがバレたら、それこそ悲惨な通り名を背負うことになる。
加えて、この寮用マンションは異性の同居侵入禁止である。
沙羅斗の通う、清涼学園の生徒以外は許可なしだと違法でもある。
 やばいやばいやばい、とパニくる沙羅斗はとにかくもう一人の奇天烈を追い出すべく玄関へ向かった。それはもう、全速で。

 ガチャン、と音がする。
 出来る限りほっそ〜く扉を開けて、外を覗き込んだ。
 が、扉の開いたタイミングを見計らって、隙間に足を突っ込んで閉められなくする。
「な〜に警戒しちゃってんのさぁ。用心しなきゃいけないのはラヴゲーの選択がどっちつかずな時だけだっぜ〜♪」
「恋愛ゲームを『ラブゲー』と略する男の来襲なんて警戒して当然だ…って、足ぃ抜けよ、手ぇ滑りこませんな…っ」
「だぁから〜いっつも言ってんだろ〜?。ラブじゃなくてラヴだよラ・ヴ=E♪。滑舌に注意〜☆」
「黙れ異質のカタマリめっ………危険単語に酔いしれるのは結構だが、俺を巻き込むなっつの」
 傍から見れば仲の良い二人のやり取りだが、沙羅斗と同じ体格同じ格好同じ年代同じクラスと、同じ続きをぶち壊すゲーム好き(主にラヴ=jなツンツン頭の赤髪青年は扉をじわじわと開けていく。
「くっ……てめ、さりとなく異能力℃gってねぇか!?」
「にゃ〜はは〜ん♪。馬鹿力はオレっちの異能力≠カゃねぇべよぉ?」
 気持ちの悪い猫撫で声で、尋常ならぬ力を発揮する青年はついに扉を空けきる。
「というかサオトメン、おまいはナゼにオレっちが入るの困んのさ?」
 ギクリとした。
 だが、一瞬の反応を隣室の住人は『しめた』とばかりにニヤけた。
「おんやぁ…?。もしかしたりしちゃったりすると、部屋になんかアレなものでも放置してあったり〜?」
 一歩、入り込んでくる青年。
 当然のように身体で遮る沙羅斗。
「なんもねぇし。つかお前じゃないから、んなモン買わねぇよ二次元ドリーマー……!」
「んん〜?。な〜んかアヤしいなぁ〜……そんな取り乱す早乙女 沙羅斗君のプライベートを一挙に暴きましょう。というワケで、特っ攻〜☆」
「うわっ!。テメェ、なに、あ…待てテメ、ちょっ」
 素早い動きで沙羅斗をかいくぐり、リビングへ向かう青年。
 完全に青ざめた沙羅斗は、バレー選手もビックリのジャンピングタックルを青年の腰辺りに喰らわした。
「っうわ…っ!?」
「勝手に入るなって言って、わっ………!?」
 あまりの自体に体勢を崩したふたりがリビングに入ると同時に、どさっと倒れこむ。
「いってて〜……おいおいサオトメン、さすがにヲトコに押し倒されんのはちょっと―――――――」
 青年は上に沙羅斗が乗っかってる為、とりあえず視線を上げた。



「……………」
「……え、と…お客さんかな、おに〜さん?」
 案の定、沙羅斗と青年の視線の交わる先に、ゴスロリの水色ヘアの少女はまじまじとこっちを見下ろしていた。
 硬直に言葉を失くした青年。
 青年の上で「もうイヤ」、と呟く沙羅斗。
 そしてテーブルに乗っかって、何故か冷蔵庫に入れておいた餡蜜堂のプリン(1個500円)を食べている少女。



 史上、これほど無いほどの異空間が生まれた瞬間だった。










・4th judge   魔導世界のとある会話





 カタカタカタカタ。

 画面が放つ淡い発光だけが、暗くただっ広い空間を照らす。
 一体なんのためか判らない無数のコードが網羅し、円盤状ディスクやフロッピーなどが、冷たいフローリングの床にぶちまけられている。
 この部屋には蛍光灯自体が付いておらず、本当にその持ち主が操るコンピュータの画面だけで光を得ていた。

 カタカタカタカタ。

 まるで停まることを知らないキーボードのメロディ。
 閉め切った暗い部屋に、広いとはいえよく響く。

 カタカタカタカタ。

 無機質的な調べを演奏する、一人の女性。
 自然な茶髪の髪をポニーテールに縛り、黒いジャケットと黒いレディスカートをきっちり着こなす、20前後の美貌を持つ。
 大人の雰囲気がある。というのもそうだが、どこかしら『社長の秘書』みたいな印象を与える切れ長の双眸が、淡く輝く画面を食い入るように見つめる。

 カタカタカ………、

 不意に、キーボードの無機質的な演奏が止んだ。
「………貴女は……妙ですね、いくら仲間内とはいえセキュリティが働いている筈なのですが?」
 振り向かずに、眼鏡をかけた秘書風の女性は、後ろの気配に問いかける。
「何を言うのかと思えば………ワタクシの能力≠フ前では、あの程度のノロマな装置は反応すらしなくてよ?」
 返す言葉はいかにもな貴族口調の女の声。
 綺麗なソプラノボイスの返答に、秘書風の女性はやっと椅子ごと回転して振り返る。

「……そうでした。そのような場合の対処も組み込んでおかなくてはなりませんね」
 優しい、とは違う義務的な敬語の女性に、少女は「フン……」と鼻で笑ってかえした。
 上からモノを見る少女の姿は、一言で表すなら『結婚式場から一人脱走した西洋かぶれの花嫁少女』、というものだった。
 ハニーブロンドの艶やかな髪を垂れ流し、白いレースの付いたウエディングドレスのような華やかな服。
 だが、履いている靴は髪の色と同じ配色のアサルトブーツ。下に視線をズラしただけで、一気にお嬢様から西洋風ガンマンにかけ離れるといった奇抜なファッション。
 それでも、やたら素っ頓狂に感じないのは、少女の顔のつくりがそれ≠凌駕していたからだった。
 トップモデルも裸足で逃げ出す、その洗練された端整な顔は、幼さを残してなお意志の強い眼をしていた。

 少女は口を開く。それひとつ取ってしても上品な感じがした。
「で、先日よこした連絡の内容は、本当なのですわね?」
 まぁ、結局偉そうな口振りは変わらないのだが……、
 女性は気にせず画面をチラリと見て、
「間違いないですね…。【リアライズ】の最大都市で、魔力の反応が微弱ながら計測されました」
 少女は口元に手を添える。
「【リアライズ】に魔力の類は本来は存在しません≠……おそらく【オカルト】側の人間が、なんらかの『魔導錬金法』でこちら側に来たのですわね」
「えぇ、しかも【リアライズ】と【オカルト】との間を通るだけの膨大な魔力を必要とする行動をしておきながら、私の情報網に捕まったのはほんの小さなモノです………おそらくは、相当の使い手か………」
「宝珠<Nラスの死神が来た、ということですわね」
 少女が続けるように口を挟んだ。
 ただ、少しだけ言葉のなかに喜びの色が混じっていた。
 しかし、
「死神………?。≪断罪者≫の間違いでは…?」
 社交辞令で注意した女性の指摘に、少女は冷めたような表情をした。
「ワタクシに意見なさるおつもりですの……?」
「失礼。貴女はそちらのほうが言い易い≠フでしたね」
 馬鹿にしたわけではない、素の心情を口にしただけの女性の物言いに、少女はざわついた。
 えもいわれぬ異質な感覚が、暗い一室に広がり、重圧を増していく。
「このワタクシを、馬鹿に、するのかしら……?」
 ひとつひとつ区切った口調の中に、怒気が満ち溢れている。
 聴く者の心を押し潰すプレッシャーを前にして、女性はため息をついた。
「………そうではないですが…確かに、率直な意見を軽はずみに口にした私の所為でしょう。それは謝ります……ですが、ここで暴れられて、コンピュータに傷をつけて困るのは私だけではない筈です」
 あくまで下からモノを言う女性。
 だが、その言葉の意味の重さが、少女の重圧よりも上回った為か、少女は押し黙った。
 漲らせた殺気が消えてゆく。
 さして驚きも恐怖も感じず、女性は再び振り返る。

 カタカタカタカタ。

 再び開始される無機質的なソロ演奏。
 そのままに、女性は問いかけた。
「これ≠ノついて、他の面々は……?」
 まいった、という顔に歪めた少女は大仰にため息を吐く。
「おそらくはアナタの思っている通りの結果ですわ。スロゥスは当然のこと、エンヴィとルストも面倒臭がっていましたわ……」

 カタカタカタカタ。

「……………、あのお二人は?」
 あの、という言い方に意を察した少女は見ているわけでもないのに首を横に振る。
「ラァスとグラトニィですわね?。あの二人ならば、『用事があるから出掛ける』だそうですわ………まぁ、大体察しがついてますけど…」
「大変ですね……常時発散させなければ≠「けない方は…」
「何を言ってますの?」
 少女は、またも見ているわけでもないのに女性を指差した。
 なんとも意志の強さを誇示した、手の甲を下に向けた指差し方だった。
「アナタもその一人ではなくて?」
 少し意地の悪さを込めた言葉を投げかけられた女性は、何事もなかったかのように提案を勧めた。
「………所は変わりますが、この件についてはどうするのですか?」
 無視されたと思い、怒気を込めて睨みつけてやろうかと考えた少女は、確かに大事な質問であるために渋い顔をした。
 プリンセスフェイス丸潰れの渋顔だった。
「……仕方がありませんわ、こうも手が足りなくて出向けば、返り討ちどころではなくなる……」
「今回は眼をつぶる、と?」
「保留……としておきますわ」

 カタカタカタカタ。

「……………、」
「……?」
 少女は何故か黙った女性の様子が気になり、問いただそうとして、
「……!」
 女性の黙り込んだ意味が分かった。
「…と、いうわけで…ワタクシ達は出る幕なし、ということですわ」
 少女は踵を返し、部屋を出れば明るい世界へ通ずる重い扉へ歩き出す。
「……………グリィド」
「…、なんです?」
 立ち止まる少女の気配を背に、まだ女性はキーボードを叩き続ける。
 ほんの少しの間を空けて、少女は呟いた。
「……保留…とは言いましたが、『手を出してはいけない』とは一言も言ってなくてよ?」

 カタ………、

 手がピタリと停まる。
 部屋を支配していた音色が消え、暗闇は無言となる。
「ただし、良からぬ失態を経るような無様な真似は絶対厳禁でしてよ、啜りゆく欲望=cグリィド……?」
「…………………………」
 一瞬の思考の後、
 フッと笑う声が漏れた。
「何を言うのかと思えば………七人委員会≠フ一角を担うとしての責務は忘れてなどいないですよ?」
「フン……だといいですわ」

 ガコン。
 という、扉としてはどうかと思う機械的な音を出して、鋼の戸は開かれる。
「以上。報告確認と打ち合わせの合意を持って、『高慢』と『強欲』による簡易会議を終了しますわ」
 挨拶に近いその言葉を耳にして、女性はもう一度笑みを零した。
「こちらこそお疲れ様です………瞬閃の陽炎<vライド」
 そして、返ってくる言葉はもうなく、扉は閉められた。





 ……………カタカタ。

 そして、調べは3度目の復帰を果たす。
 眼鏡の奥の双眸は画面を見つめる。
「………さて、どれほどの宝か………願わくば、私の欲を満たしてくれれば良いのですが…」

 画面に映された情報。
 そのデータのタイトルは、『第5・新東京都市 【オカルト】探索系統図全容データ』と、書かれていた。





続く。

2005/03/15(Tue)01:08:58 公開 / イルネス
■この作品の著作権はイルネスさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
またまた更新で御座います。
4話目追加です。
ちらちらと敵さんっぽいのでてきた頃です。
まぁ行き当たりばったり≠ェモットーなので、どういった展開になるか…まだウチも予測がつきません(おい…)。
夜行地球様、レスによる感想ありがとうございます。
これからもご愛読のほど、よろしくお願いいたします(三つ指?)。



感想、指摘、辛口も上等です♪。
かしこ。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。