『黙示録の獣 1〜2』 ... ジャンル:ファンタジー ファンタジー
作者:月海                

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1: 

 手持ちの武器は全て使い切ってしまった。
剣や、斧が、まるで使い捨ての道具の様になくなっていく。
刃毀れし、使い物にならなくなっていく。
その表皮の堅さは竜種以上だ。
「やばいなぁ、こいつラグーンより強くないか?」
逃げたほうが良いのかも知れない。
だが数週間前の映像がよみがえる。
あの時俺は、信じられないほどの大金を手に入れた。
それも一晩で。
研究費が一年は浮くほどの金だ。
そしていま戦っている生物は、ラグーンと同等かそれ以上。
仕留めれば前以上の金が期待できる。
そうすれば村に残してきた家族にも楽をさせてやれるはずだ。
「ここが踏ん張りどころだな」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
手持ちの武器は使い切ったが、まだ策はある。
堅い表皮を持つ生き物は大抵中身が脆い。
それを利用するのだ。
ただ闇雲に逃げ回っていたわけでは無い。
俺は見晴らしのいいその場所に立つと、振り向きその生き物が来るのを待った。
数刻の後、俺の視界に、漆黒の肌と白く子供の背丈ほどある角を持つ獣が入った。
「まさか俺の知らない生き物がいるとはね。いずれ研究させてもらうよ」
そいつは俺めがけて突進してきた。

 
 崖下に落ちたその生き物は自らの装甲のために、内臓破裂で死んだ。
足が止まらないように透明な樹液を一体に塗ってはおいたが、危険な賭けではあった。
一歩間違えば俺が落ちていたのだから。
死骸に他の獣が群がってくると厄介なので、俺はさっさとそれを回収することにした。
「しかし、こんなでかいの持って街に戻れるだろうか」
自分は今丸腰である。
しかもこの死骸を運ぶのに両手を使う。
帰り道で襲われたらアウトである。

 
 この国には治安維持協会と呼ばれる施設がある。
そこには腕利きの狩人達が毎日自分が仕留めた生き物を持って集まってくる。
この国に生息している生き物には危険な種が多く、協会はそれらを倒した者に治安維持費として金を払っているのだ。
生き物は、腕力、硬度、俊敏性、知能、などが数値化されていて、その平均値の優劣によって、1〜100までレベル分けされている。
当然、レベルによって治安維持費大きく異なり、下はガキの駄賃並みのから、上は宝くじ程のものまである。
俺が数週間前仕留めたラグーンはレベル60に指定されていて、380万ジュエルスもの治安維持費が貰えたわけだが、

「一銭も出ないだとぉ!!」
「あなたの持ってこられた生き物はこの国の生物には該当しません。まことに残念ですが治安維持費が定められていない種には」
「アリータちゃん、俺がどんな想いでこいつを仕留めたと思う? 倒せば天国、逃せば地獄。俺をそんなに地獄へ落としたいのか?」
「うぅ」
こんな調子で小一時間、俺は協会グランザ支部の看板受付嬢にくってかかった。


 協会から出た俺は、途方にくれていた。
両手は無価値な死骸を引きずっている。
「はぁ、絶対レベル65はありそうだったのに」
巨大な死骸を何処に捨てようかと迷っている時、背後から声を掛けられた。
「おいオマエ」
低い男の声だった。
俺は振り向いて相手と向き合った。
「行く場所を間違っているぞ」
その男はじっと俺が仕留めた生き物を見ている。
一銭の価値も無いこの死骸が欲しいのだろうか? 
ならくれてやる、と俺は思った。
だが次に発せられた男の言葉は俺の予想とは大きく外れていた。
「協会にも認知されていない生き物ならアカデミーに持っていけばいいろう。上手くいけば新種の第一発見者になれるかもしれんぞ」

 アカデミー。
総合学術機関であるそこでは、あらゆる研究が行われているらしい。
当然、生物学の範囲も含まれていて、生き物達にレベルをつけ、危険種に認定するのもここの仕事だそうだ。
田舎者の俺は、あの男の言葉を聞くまでその考えが抜け落ちていた。
確かにアカデミーに新種を認めてもらえば、協会から治安維持費は貰えるだろうし、新種の発見者として俺の名も上がるかも知れない。

「ありがとう、助かった。あんた名前は? その体格からして武道家かなんかかい?」
俺に助言をくれた男は、右腕に包帯を巻きローブの様なものを着ていた。
ゆとりのある服の上からも鍛え上げられた肉体の迫力は隠しきれていなかった。
「ウィンザー・アルマティア。魔術師だ」
その体格には合わない職種だが、ローブは魔術師風にも見て取れる。
「魔術師ウィンザーか、俺の名前は」
「レリック・シーハーツだろう」
「何故俺の名を?」
「協会グランザ支部ではかなり有名な奴だぞオマエは。何しろ数週間前初めてここを訪れ、いきなり仕留めた獲物がレベル60・ラグーンなんだからな」
ウィンザーは意味深げな笑いを浮かべながら、そう言った。
「礼がしたいが、ラグーンの時の治安維持費はもう」
「金は要らない。礼が要らないという訳じゃないがな」
「金以外ならできるだけのことはするが?」
俺の言葉を聞くとウィンザーは再び笑みを浮かべた。
「今はいい。オマエとはまた会う事になるだろうからな」
俺も本能で感じていた。
数奇なる運命によって、この魔術師と再び出会わされるであろうことを。
「先を急げ、レリック・シーハーツ」




 最近現れたそいつは、協会グランザ支部ではかなり有名になっていた。
悪名高い存在として。
僅か数週間でかなりの数、人の命を奪っている。
俺にきた依頼内容はそいつを仕留めること。
「魔術師ウィンザー!あんたレリックを倒せる自信がそんなにあるのか?」
依頼主の小男は縋るような声でそう言ってきた。
「一度だけ見たことがある。それだけだが、それで十分だ。レリックを倒せる人間は俺しかいない。夜が明けるまでに片をつける」
声に凄みをきかせて、俺はこの無意味な会話を終わらせた。

 宿から出て、空を見上げる。
星一つ無い夜空。
これで森の中なら、視界は閉ざされたといってもいい。
「さてこの闇が、吉と出るか凶と出るか」
周りには誰も居ない。
言葉は俺だけに届いた。

 

 闇は凶と出た。
レリックは闇でも目が利くらしい。
森に入るまでに出会い、その時光印を目印として奴につけた。
闇の中でも狙いを外さぬ様にと。
だが実際、俺の魔術はことごとくかわされている。
奴の動き、光印の動きを見ればわかる。
明らかに見てかわしている。
俺の姿をもう捉えているのだろう。
視界ゼロの闇の中、目印の光印が描く道は、確実に俺へと迫っている。
「やりたくは無かったが。仕方ない。この森ごと奴を消し炭にするしかないようだな」
だが詠唱は間に合うだろうか? 
レリックの動きは早い。
俺の喉笛が食いちぎられるのが先かもしれない。
 

 不意に光の進行が止まった。
レリックが動きを止めたのだ。
森の中の第三者。
その人影が俺とレリックの戦いに割り込んできたのだ。
そいつは言った。
「本当にまた会ったな。魔術師ウィンザー」
レリック・シーハーツ。
一度だけ聞いた事のある声だった。
「あの生き物倒し方をオマエは知っているのか?」
俺が問いかけると、そいつは自身ありげにこう答えた。
「崖から落とすんだよ」



 
 
 夜が明ける頃、協会に向かう二人の人影があった。
ローブを纏った巨躯の男と、薄汚れた服を着ている若者。
このあたりでは割と有名な顔だ。
巨躯の男をウィンザー・アルマティア、若者の方をレリック・シーハーツといった。
彼らは二人で巨大な屍を運んでいる。
漆黒の肌と大きな白い角を持つ生き物。
最近レリック・シーハーツによって発見された新種で、発見者本人の希望もあり、レリックと名づけられた生き物である。
「この数週間の間何処へ雲隠れしていた?」
ウィンザーが問いかけた。
「生まれ故郷に戻っていたのさ。家族に金を渡して、置きっ放しだった研究道具、及び資料を回収してきた。この街で本格的に活動するためにな。で? どうだ俺のいない間に、駆け出しの生物学者レリック・シーハーツの名はこの街に知れ渡ったかい?」
一気にまくし立てる陽気な声。
「今この街でレリックといったら、オマエよりこの怪物の方が有名だ。無論悪名高いほうでな」
対照的な低い声でウィンザーは答え、それを聞いたレリックは決まりが悪そうに頭を掻きだした。





2:



 
 
 “明日死ぬかもしれない”
リーガルドに生きるものなら一度は目に、または耳にするフレーズだ。
この言葉が書かれたポスターは、必ず治安維持協会の入り口に貼ってある。
それは協会グランザ支部においても同様だ。
負傷した片腕を苦しげに抑えている、やたらイイ男の絵。
絵の上には“明日死ぬかもしれない”という例のフレーズが、格好良い書体で書かれており、下には細かい事項が記載されている。
協会側としては、治安維持費を求めた無謀な狩りを抑制し、その犠牲者を減らすためのポスターらしい。
しかしこのデザインが与える印象は、民衆に狩りへの羨望を抱かせるだけだ。
一部そうでない人間もいるわけだが。
「なんだぁ、このポスターは」
正面玄関周り、無機質な白い壁に貼られたそれを見て、若者は大きな声を上げた。
「“明日死ぬかもしれない”? 縁起でもねぇ事いうなよ」
ぐるりと辺りを見回して、人がいないことを確認すると、彼はポスターを剥がし始めた。
「なっ、何やってるんですか!?」
その声を聞いて彼は決まりが悪そうに頭を掻き出した。
彼の行為は、協会の裏手の掃除を終え戻ってきた少女によって見つけられたのである。


 少女は協会のある一室に若者を連れて行った。
無論、説教をするためである。
だが、
「あの、わかってます? あなたのやったことは一応犯罪なんですよ」
叱っている少女の方が困った顔をしており、
「田舎者だから知らなかったよ」
叱られている若者の方は我関せずといった感じで、まったく効果が無い。
「……とにかく、もうやっちゃだめですからね」
事の無意味さを悟ったのか、少女は子供に使う様な台詞を用いて会話を終わらせようとした。
「あんた良い人だな」
「!?」
会話は終わらなかった。
若者の方が少女に興味を持ったのだ。
「協会の人だよね。何の仕事してるの? さっき掃除してたみたいだし、もしかして用務の人?」
一気にまくし立てる陽気な声に、
「あ、受付の仕事をしています」
少女もついつい若者のペースにはまっていた。
「あのポスター、もっと何とかならなかったのか!? あれじゃぁ何を伝えたいのかが分からないぜ!」
今はもう紙屑と化したそれを指差しながら、若者はその存在を力強く弾劾した。
「あれにはいろいろと込み入った事情があるんですよ。……そんなことより」
弁護の言葉をいったん切って、少女は懐中からとあるものを取り出す。
それはブロマイドだった。
「そのポスター、役者さんがカッコいいと思いませんか? リドリー・クインテット。私ファンなんです!」
熱っぽく語る少女。
話が完全に脱線し始めた。
「はぁ!? そんな奴の何処がいいんだぁ。俺の方がイイ男だろ。時間があるなら俺と……」
若者の言葉は少女の逆鱗に触れたらしい。
さっきまでの三倍に声のヴォリュームを上げ、少女は叫んだ。
「お・こ・と・わ・り・します!! 私のリドリー様をけなす人なんかとは例え時間があっても」
怒声はそこで止まった。
自ら口にした“時間”という単語が、少女の頭の中で警報となり、鳴り響いたのだ。
「時間!? あわわわわ、とっくに仕事、始まってる頃です!」
くるりと反転し、即座に走り出す。
その見事なまでの狼狽振りは若者大いに楽しませた。
「ははっ、あんた面白いなぁ! 名前は?」
「アリータ・リークス。グランザ支部の協会で、受付のお仕事をしています」
180度向き直り、明るいヴォイスで少女は答えた。
最後のスマイルも欠かさない。
まさに受付嬢の鏡だった。
「アリータちゃんね。いい名前だなぁ。俺はレリッ」
「あ、お客様のお名前は結構です」

  
 その先に紡がれるであろう言葉。
それは極自然な会話のはずだった。
しかしアリータはその先を許さなかった。
若者の表情や声は冷め始めている。
それを見たアリータは、
「あ……気を悪くしたなら謝ります。でも、私には……いえ協会には、お客様の名前を覚えないっていうポリシーがありますので」
少し悲しそうな表情を交えながらもハッキリとそう言い切った。
若者は決まりが悪そうに頭を掻き出す。
困った時の彼の癖だ。
「悪かったな時間とらせて。これで最後、お客様の質問だから答えてくれ。アリータちゃん、そのポリシーの理由はなんだ?」
純粋なる興味の視線。
若者は学者の様な瞳をしていた。
「ここに訪れる方々は皆、明日死ぬかもしれない人ですから」
少し笑いながら彼女はそう答えた。


レリック・シーハーツが初めて協会を訪れた日のことである。



 
 “ティーダス・スネイク、ティーダス・アント、ティーダス・ラグーン。”
“全てレベル90以上に該当する生物であるが、外見も、種族も、性質も全く違う。”
“これらの共通点はただ一つ。”
“高名な生物学者でありながら最高の狩人ともいわれた男、ティーダス・カーストンによって発見されたという点である。”
レリックは、この論文のこの文章が好きだった。
いつか自分もこんな風に記される学者になりたいものだと、憧れているのだ。
「17番でお待ちのお客様、ロビーまでお越しください」
協会の中で流れたアナウンスは彼を呼んでいた。


 協会は清潔な、言い方を変えれば無機質なつくりである。
歩くたびに景色は変わっている、しかしレリックにはどこも同じに見えるのだ。
白い壁、白い床、白い天井。
田舎で暮らしてきた自分とは合わない、というのが彼の正直な感想だ。
特にこれ。
四角い箱が並んで置いてある。
「パソコンはいつまでも慣れないなぁ……」
思わず口に出てしまう。
それほどまでに彼はパソコンが、機械が苦手なのだ。


 協会では必ず、生物のDNAを確認している。
生物の死骸を加工したり、使いまわしたりして、高額の治安維持費を手に入れようとする不届きな輩への対策だ。
プレパラートに生物の血液を乗せ、パソコン脇の機械にセットするだけで、その種の名前、レベル、ステータスなどが表示される。
とても簡単な作業。
レリックはそれすら出来ない。


「あなたが倒したのは、レベル26サモウ・スネークだと確認されました。治安維持費として二万ジュエルスが支払われます。あとこれ控えです」
「あぁ毎度悪いねアリータちゃん」
レリックは苦笑いを浮かべながら受付嬢にそう言った。
グランザ支部の看板受付嬢アリータ・リークスとレリックの間には多少特別な面識がある。
その時以来、レリックは彼女に馴れ馴れしく話し掛ける様になった。
「そろそろパソコンの使い方も覚えてくださいね、レリックさん」
アリータの台詞は、レリックにとって耳が痛くなるような類のものだ。
だが、レリックは笑った。
その言葉の中に喜ばしい事実を発見したからだ。
「名前……覚えてくれたんだな」
初めて会った時、アリータはレリックに客の名前は覚えないと言った。
にもかかわらず、彼女は今“レリックさん”と彼を呼んだ。
「あ、私今お客様を名前で呼んだんですか?」
しまった、という表情である。
それを観察するレリックの眼は、学者のというより、悪餓鬼のそれだ。
「なっ、なんなんですか!? そのしてやったりって感じの眼は! レリック・シーハーツはここでは有名な名ですからね。たまたま覚えちゃっただけです」
初めての獲物レベル60・ラグーンであり、
狩りを始めて数週間で新種を発見し、それに自分の名前をつけ、
今のところハンティング・アベレージ(仕留めた獲物のレベルを平均した値)が45を示している男。
グランザ支部及びその周辺地域において、確かにレリックは有名人であった。
そんな彼も男であるから、可愛い女の子が自分のことを気に掛けてくれていると思うと嬉しいのである。
「ははっ、じゃあな、アリータちゃん」
いつも以上に陽気な声がロビーに響いた。


 協会から出たレリックは、アリータから渡された控えを確認してみた。
協会でもらう控えというのは、仕留めた生物の情報が記載された薄い紙切れのことだ。


“レベル・26
サモウ・スネーク
腕力 58
硬度 55
俊敏性 76
知能 48
分布 グランザ地方の湿原地帯一帯
備考 牙にある神経毒と、巻き付かれた際の瞬間的な力には注意が必要。
ハンティッド・スコア Today 4 Yesterday 6 Total 386”


「はぁ」
溜息が漏れた。
昨日六匹、今日も既に四匹狩られている。
サモウ・スネークは狩られ頃の生物だ。
レベル25〜30は、中堅クラスの狩人にとっては手ごろな危険度。
たいした額の治安維持費はでないが、ローリスク・ローリターンというやつで、よく狩られる。

 
 レリックは狩人ではなく生物学者の青年だ。
協会で人とすれ違う時いつも思う。
自分は彼らのように、獲物に飢えた眼をしていない。
あれは野性的な眼光だ。
生物学者とは、理性を以って野性を観察する者のことをいう。
誰かが言う。
理性的な者は弱い、と。
身体つきも人並み以下ではないが、屈強という表現からは程遠い。
協会に集まる腕利きの狩人達と比べると、貧弱な方である。

 
 そんなレリックがどうしてハンティング・アベレージ45なのか?
当然、大物を仕留めているからだ。
彼は人並み外れた観察眼を持っている。
調子が良い時は、一回の観察で生物の行動パターンや弱点を見切るほどのものをだ。
それを利用して、ラグーンやレリックといったレベル60台の大物を仕留めてきた。
「レベル26か……調子ワリィな、最近」
彼が普通の狩人の様に、力任せに戦った結果がこれなのである。
レリックはもう一度控えを見た。
根本的な力不足を指摘された気がする。
「少し身体でも鍛えるかな」
忠告の主を片手で丸めながらレリックは呟いた。
「よし! 狩りにおいて理想的な体型を考えてみよう」
独り言を始める。
困った時にでる、レリックの癖の一つだ。
「筋力は必要だが、つけすぎると足が遅くなる。何事も限度が大切だよなぁ……お?」
思考を経て理想を見つけた気がした。
目の前に明確なヴィジョンが現れたのだ。
「そうこんな感じだ! 均整が取れていて、それでいてパワフルな肉体。生物学的に美しい!」
感嘆の声を上げるレリック。
「褒め言葉として受け取っておくぞ」
それを聞いて理想像は答えた。
「うわっ!!」
レリックの心臓が大きく跳ね上がる。
理想的体型はレリックが幻視したわけではなく、実際にその場所にいたのだ。
「ま、魔術師ウィンザー」
レリックはその男の名を呼んだ。
「覚えていたようだな」
巨躯の男は低い声でそう応じた。
「いきなり目の前に立つなよ! 驚くだろ、普通!」
動悸がまだ治まっていない所為か、レリックの声のトーンは高い。
「正面に立たれても気付かないなんて、普通じゃないよオマエ。別に俺は忍び足できたわけではない。そんな鈍い感覚でよくここまで生きてこれたな」
対照的な低い声でウィンザーは淡々と答える。
「さっきは考え事をしていたんだよ!」
レリックはムキなって反論した。
痛いところを突かれた時、彼は必ずそうする。
「考え事をしていたか、さすがは学者だな。だがそれは自分の家でやれ。俺が来なかったら、ここに潜んでる連中に命をやる結果になっていたぞ」
「!?」
感覚を研ぎ澄まし、レリックは辺りを注視した。
教会周りの森の中に二、三人の気配を察知し、その方向を睨む。
気配はざわつき、そして消えた。
「ウィンザー……これはどういうことだ?」
レリックの表情はいつに無く真剣である。
「田舎育ちはこれだから困る。人を疑うということを知らない。……いいか、自覚は無いかもしれないが、オマエはグランザ支部ではトップのハンティング・アベレージだ」
「俺が?」
信じられない、という表情のレリック。
彼はその事実を知らなかった。
「そうだ。考えても見ろ、一ヶ月と少し前に現れた若造が一番優秀とされてるんだ。古参の狩人達がオマエに良い感情を抱くわけがないだろう」
ウィンザーは話しながら、終始冷たい視線を投げかけていた。
レリックもそれに気付かないほど鈍くは無い。
「ウィンザー、あんたもそうなのか?」
声のトーンを下げてそう言った。
「まさか、それだったら出会い頭にやっている。隙だらけだったからな今日のオマエは」
意味深げな笑いを浮かべつつ答える魔術師。
レリックはそれで納得した。


 協会の近くには殆どの施設がそろっている。
二人は飲み屋に場所を変えた。
「で、俺に何のようなんだ?」
まだアルコールを一滴も口にしていない、素面の顔でレリックは問う。
「なんだ、酒は嫌いか? まぁいい、では本題に入ろう」
ウィンザーは飲みかけのグラスを静かに置いた。
「俺と組まないか?」
単刀直入な台詞。
相手の反応を待たずウィンザーは続けた。
「さっきも言ったように実力のある古参の狩人達は、信用という点が欠けている。奴らと比べるとお前はかなり信用でき、且つ実力も備わっている」
「要するに人を疑わない田舎者と言いたいんだろ、あんたは」
ウィンザーの言葉に対してレリックは皮肉を飛ばしたが、
「否定はしない」
それは軽く流された。
「わかったよ。あんたには借りがあるからな。ただしこれでチャラだぞ」
レリックは嫌々ながらも承諾の意を示す。
「いいだろう。だがここから先を聞けばオマエの方から、仲間に入れてくれと言うだろうな」
ウィンザーは言葉を止め、少し間を置いた後に、
「俺が狙っている獲物はティーダス・アントだ」
ハッキリとそう言った。
「……冗談だろ」
レリックはそう言うしかない。
信じられないことを目の前にいる男は言ったのだ。
「悪いが冗談は好きじゃない。昨日見つけて、見失わぬように発信印はつけておいた」
レリックの心情お構い無しにウィンザーは続ける。
その声にも眼にも、ふざけている様子は無い。
「今は北西の乾燥地帯ヴィーシャにいる」
それどころか居場所まで断定して見せたのだ。

 
 レベル94 ティーダス・アント
この種に限らず、レベル90台の生物は殲滅指定危険種と呼ばれている。殲滅指定危険種は、発見すること自体が困難であり、仮に発見したとしても、生きて帰るのはそれ以上に難しいと言われているものが殆どだ。
「一体どの位の治安維持費が出るんだ?」
思わず口をついて出た疑問。
「12億7000万ジュエルスだ」
ウィンザーはさらりと、それに対する驚愕の回答を与えた。
「じゅっ、12億!?」
「騒ぐな」
レリックの驚嘆の叫びを、覚めた声で止めるウィンザー。
「で、どうする、いつそこへ向かう?」
彼はレリックの答えを、半ば予想して言ったに違いない。
「今すぐに決まってるだろ!」


 
 突然、立ち上がった若者。
それを追って立ち上がる巨躯の男。
酒場に訪れていた客達は、酒もろくに飲まず早々に立ち去る二人組を、訝しげな眼で見ていたことだろう。
彼らは知る由も無い。
この数時間後にその二人組が巻き込まれる運命の事など。











2005/03/17(Thu)23:50:36 公開 / 月海
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