『−紅い満月− 第1章〜第5章』 ... ジャンル:ホラー ホラー
作者:るきあ                

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 第1章            
 
 −真紅の月の夜に
  「惨劇」への序章は完成した。−

 2005年 10月 6日
「ついに出来た」
 彼は、月明かりしか入らない薄暗い実験室の中で手に持った2本の試験管を愛おしそうに見つめた。
 そして、その1本をジュラルミンケースの中に静かに入れ、もう1本を手に取った。
 すると、実験室のドアが開き1人の若い研究員が入ってきた。
「如月先生、日本政府の方がお見えです」
「今から大事な用があるから会えないと言ってくれ」 
 研究員はうなずくと、実験室を後にした。
「くく…・今更政府が何を言おうともう遅い。日本は…・終わる」
 如月は手に持っている試験管を放り投げた。
 ガシャンという音と共に中の紫色の液体と、得体の知れない物体が出て来た。
「くくく…はーっはっはっは!」
 彼はジュラルミンケースを手に取り、実験室を後にした。
 「惨劇」が始まる3日前の事である。


 2005年10月 7日
 その日、こんなニュースが流れてきた。
「今日未明、大阪府の山中で4人が顔や腹部を喰いちぎられると言う猟奇殺人が発生しました。警察は、4人の身元を確認すると共に…・」
「恐いわね〜。大阪だって? たしか明後日悠輔の修学旅行の行き先だったわよね? 気をつけなさいよ? あんたボーっとしてるから」
「分かってるよ」と呟きながら俺は母に返事した。
 そう。俺、萩原悠輔は明後日修学旅行で大阪に行く事になっている。
 ふと、時計を見るとPM9:30を少し過ぎていた。
「母さん、ちょっと早いけどもう寝るね」
「あんた勉強は?」
「…・・さぁ。おやすみ」
 と、俺は曖昧に返事をして部屋に戻った。
 ベッドに入る前に、少しゲームでもやるかと思ったがやめて横になることにした。何故かそんな気にならなかったのだ。


 次の日、学校に登校していると後ろから
「悠輔〜〜!」と呼ぶ声がした。
 振り向くと、桜井圭太が走って向かってきていた。
 桜井圭太はクラスは違うが小学校からの友達で、親が裕福だが、彼はそんな親を嫌っている。
「どした?」
「お前、昨日のニュース見たか? 猟奇殺人のやつ!」
「あぁ。見たよ」
「明後日俺らが行く所じゃん。大阪」
「そうだな」
「それでさ、殺人があったところ泊まるホテルの近くなんだって!」
「へぇ〜何でそんなこと知ってるん?」
「ネットだよ」
 それから圭太は、学校に着くまでずっとその話をしていた。
 俺は別に嫌ではなかったが聞きたいとも思わなかった。
 俺と圭太は別のクラスなので、玄関のところで別れた。教室に向かっていると、俺の教室に人集りが出来ていた。
(どうしたんだ?)と思いつつ、教室をのぞき込んでみる。
 すると、教室の中でなにやら喧嘩が起きているようだった。
 俺は出来るだけ近づかないようにして教室に入り、自分の席に着いた。
「おはよ。萩原君、朝からうるさいね。ここ」
 隣の席から、倉野美紀が話しかけてきた。
「そだね。ところで、和彦いる?」
 美紀にそう問いかけた。
「如月君?え〜と…・まだ来てないみたい」
「そう。アリガト」
 
如月和彦とは中1の時からの友達で、大阪から転校してきた。よく学校が終わったら一緒に遊んだり塾に行ったりする仲だった。

「いいえ。どういたしまして」
「あいつら何やってるの? 喧嘩?」
「そうみたい。先生が来たらやめるでしょ」
 美紀は別段なにも気にしてないようだった。
 それからしばらくして、担任が来てホームルームが始まった。
「え〜と、今日、如月は風邪で休みです」
 最近太り気味の担任が言った。
{あいつが風邪引くなんて珍しいな}
 俺が小声で美紀に話しかけた
{そうね〜}
「今日は、緊急で職員会議が開かれることになったので昼間での授業です」
 教室が歓喜で一気に騒がしくなった。
「では、これでホームルームを終わります」
 担任は、騒がしい教室からそそくさと出て行った。
「今日、帰りに如月の家に寄ってみるか」
 何気なく俺はそう呟いた。
 それからふつうに授業を受け、帰り際のホームルームもぼんやりと聞き流し、帰り支度を仕始めたとき、ふいに担任から呼ばれた。
「萩原、お前如月と仲が良かったよな?」
「はい」
「じゃぁ、如月に渡す物があるからこれを如月の家まで届けてくれないか?」
「分かりました。いいですよ」
 担任は、学級通信と集金袋を俺に渡すと、職員室に戻っていった。
「どしたの?」
 と美紀が問いかけてきた
「別に…何でもない。担任から如月に渡してくれって頼まれただけ」
「ふ〜ん。そういえばさ〜今年から修学旅行って私服でもいいんだよね」
「そうらしいね」
「萩原君どんな服着てくるのかな〜〜楽しみ。じゃ、またね」
 美紀は楽しそうに笑った
「うん。バイバイ」
 美紀と別れて、如月の家へ向かった。


 学校から、まっすぐ如月の家に行こうかとも思ったが、1度家に寄って行くことにした。この動き難い制服を着替えたかったのだ。
 家では、母がお昼の準備をしていた
「ただいま」
「あら、早かったね」
「昼から緊急の会議が入ったんだってさ」
「ふ〜ん。あ、そうそう「倉野」って女の子から電話があったわよ」
「美紀から?」
「そう。あんたもそんな年になったのね〜」
「そんなんじゃないって」
「お昼食べる?」
「いや、和彦まで届けなきゃいけない物があるから」
「そう。じゃ外で食べるのね?」
「うん」
 俺は部屋に戻って着替えを始めた。
(あ、そういえば…美紀に電話かけなきゃ)
 俺は、美紀の携帯の番号を押した。
 トゥルルルル…・トゥルルルル…・
 ピッ
「もしもし美紀です」
「もしもし悠輔だけど。どうしたの?何か用事?」
「あ、あのね…もし良かったらさ」
「うん」
「如月君の所いった後で、公園まで来てくれる?」
「いいけど」
「アリガトじゃ6時でいい?」
「分かった」
「じゃあね」
 ピッ
 6時か…ま、公園近いしだいじょぶだろ。
 俺は着替えをすませて家を出た。
 如月のマンションまでそう遠くはない。家から歩いて15分位の所にあるこのあたりじゃ結構有名なマンションに如月は住んでいる。
「じゃ、行ってくる。晩ご飯までには帰るから」
「あんまり遅くならないようにね」
 家を出て、しばらく歩くと如月の住んでいるマンションに着いた。
 インターホンを押す。
「はい」
「あ、和彦?」
「お〜悠輔どうした?今ドアあけるからちょっと待ってて」
 ガチャリと音がして和彦が顔を出した
「さ、上がれよ」
 俺は和彦に促され和彦の部屋に上がり込んだ
「お前が風邪引くなんて珍しいな」
「あぁ…実はな、風邪なんてひいてない」
 和彦はうつむきながら話した
「サボリか?」     
「違う…」
「どうしたんだ?」
「親父から…小包が来たんだ」
「?」 
 そう言って和彦は机の下から小包を出した。
 小包は多分、郵送じゃないだろう。住所や印が押してない。
「その中に、手紙が入っていたんだ」
 そういって和彦は手紙を差し出した。



 和彦へ

 私はもう長くない。
 大阪の私の研究所に大事な物がある。
 それを、処分してくれないか?
 これが、他人の手に渡ると危険だ…・
 出来るだけ早く処分してくれ
 1人じゃ危険かもしれない、だから…・
 小包の中に入っている物と、信頼できる人と
 一緒に来てもいい。頼む。早くしてくれ 
  
                和也

「小包の中身って?」
 和彦は小包を差し出した。
 中には、コルト・ガヴァメントが2丁と、弾薬、研究所の鍵が入っていた。
「こ…これは拳銃!?」
「俺は、無理を言うつもりはない。だが、出来れば一緒に行って欲しい」
「いつ、行くんだ?」
「1日目の宿泊場所が父の研究所の近くだから、その時に」
「明日まで…・考えさせてくれるか?」
「あぁ、いいとも」
 俺はふっと時計に目をやった。
「5時40分…」
「あ、すまなかったな帰らなきゃだろ?」
「あぁ」
「じゃあ、考えておいてくれ」
「分かった」
 俺は如月のマンションを後にした。
 そして、そのまま家の近くの公園に歩いていった。
「5時56分か…・少し早かったな」
 俺は、公園のベンチに座り、和彦との会話を思い出していた。
 なぜ…・和彦に? そして…あの拳銃…・・
 猟奇殺人への対策か? いや、それに拳銃はやりすぎだろう…・
 その時、ふいに後ろに気配を感じて振り返った
「美紀…・」
「こんばんわ、隣いい?」
「ああ。いいよ」
「今日、呼び出しちゃったのはね…・」
「…・」
「私、悠輔君のことが好き!」
 (は?)いきなりで俺は混乱した。
 美紀は、じっと俺のことを見つめている。
「……えっとさ」
「うん」
「もう少し時間を貰っていいかな」
「…・・分かった。ごめんねいきなり…・」
 照れたように笑う美紀
「いいよ」
「じゃ、私帰るね」
 走り去る美紀の後ろ姿を見送りながら俺は、途方に暮れていた。
「ただいま」
「お帰り」
「俺、ご飯いらない」
「え〜? ご飯炊いたのに食べないの?」
 俺は、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。
「明日の準備しなきゃ…・」
 俺は、バッグに持ち物を入れながら考えた。
 俺は…・美紀のことは好きだ。でも、今それを考えてる暇はない。
 最後の持ち物をバッグに入れた時、決心がついた。
「和彦…・俺…・行くよ」



 次の日、
「おはよう」
「具合は大丈夫?昨日ご飯食べなかったけど」
「うん、平気。行ってきます」
 俺は、集合場所に急いで向かった
 すでに、集合場所には沢山の生徒が集まっていた。
「おはよ」
 和彦に声をかけた
「うん…・。考えてくれたか?」
「あぁ。お前だけ危険な所にいかせるわけにはいかない」
 和彦は、驚いたように顔を上げると笑みを浮かべて、
「ありがとう!」
 と、言った。
 そして、彼らはバスに乗り込み出発した。



              いざ惨劇の舞台へ。
  




第2章

「おはよう。ドクター如月」
 …何処だ…ここは…?うっ体中が痛くて…動かせない。
「ふふ…まだ体が痛むようですね」
「…・うっ…・誰だ…・貴様は」
「さぁ? 強いて言えば…あなたの研究している「生物兵器」を欲している者…とでも言いましょうか」
 男はさぞ楽しそうに言った。
「ま、名前だけは教えてあげましょう。初めましてドクター如月。私は、エドガー・クリザリッドだ」
「なぜ…・私にこんな事をする!」
 如月は、自分の体を見回した。
 手には手錠をかけられ、足枷もされている。まるで囚人な格好で椅子に座らされている
「さぁ、今度は私が聞く番だ」
 エドガーは如月の質問を無視して続けた。
「ドクター。あのジュラルミンケースの中にあなたの作った細菌兵器「ω(オメガ)」が入っていましたね?」
 エドガーは、ジュラルミンケースの中からあの試験管を取り出して如月に見せた。
「…・それが欲しいのか?」
「ノン,ノン」
 エドガーは指を振りながら答えた。
「もう、このウイルスのデータは貰いました。だからもう必要ない」
 エドガーはその試験管を特殊な注射器にセットした。
「ドクターも酷いことをする。大事な息子さんを「実験台」にするなんてねぇ」
 エドガーはその注射器を持って立ち上がった。
「このウイルスは、寄生した宿主の進化を早める作用がある。しかし、その作用に耐えれる人間は僅かしかいない。耐えられなかったら、圧倒的な細胞分裂についてゆけず、体は腐敗し、本能…つまり食欲に突き動かされ動く。作用に耐えられない理由は他にもあるが、1番は…DNAや、血統の関係。このウイルスは血液感染もすれば空気感染もする。状況に応じて何にでも変化する画期的な細菌兵器…・ですね?」
 エドガーはこの生物兵器についてまくし立てた
 如月はじっと自分の足下を見つめている。
「ドクター。あなたこのウイルスに「自分のDNA」を使いましたね?」
「…・!!」
「そう、このウイルスの作用はDNAの構造が似ていれば似ているほど耐えやすい。だからあなたの息子を実験台にしようとした。息子なら願ってもない存在」
「違う!私は…・」
「そんな事は別にどうでもいいのです。でも…・」
「…・?」
「このウイルスのことを知っている人間が私たちの他に居てもらっては困りますからね!」
 エドガーはそのまま持っていた注射器を如月の腕に突き刺した!
「ぐぁぁっぁぁああああ!! 貴様いったい何を…!!」
「あなたにも実験台になって貰いますよ」
 エドガーは不気味な笑みを浮かべてそう言った
 如月は、そのまま気を失った。





 2005年10月 9日
「今から自由行動だ。買い物に行くなり、部屋でゆっくりするなり好きにしなさい。6時に、ここのホテル食堂前集合だ。わかったな? はい解散」
 生徒達が仲の良い友達と一緒に散らばり、ホテル前の観光街に姿を消した。
「悠輔」
 如月和彦が俺、萩原悠輔を呼んだ。
「何処行く?」
 和彦が俺の横を歩きながら聞いてきた
「今晩の事について話し合いたい。何処か喫茶店でも入ろう」
「分かった」
 俺達は、近くの小さな喫茶店に入った。
「和彦、もう一度聞くが場所は?」
「このホテルの近くの山中。殺人事件があったろう?あの近くだ」
 和彦が、ココアを飲みながら答えた。
「だから、あんな物送ってきたのか?」
「分からない。使ったことないけど、これと同じモデルガン持ってるから、弾の装填とかぐらいなら出来る」
「あぁ。しかし…・・やりすぎだとは思わないか?」
「? 別に…・危険とか書いてたけど。2人居れば余裕余裕」
 和彦がのんきに答えた。
「そう…・ならいいけど」
 そう答えてはみたが、やはり引っかかる物があり何だかすっきりしない感じだった。
「じゃ、一足先にホテル戻るかな。和彦は?」
「俺も戻ろう」
 俺たちは、早めにホテルの部屋に戻ることにした。
 俺たちが泊まるホテルは、結構な広さのホテルで他にも他校の修学旅行の生徒が目についた。
「和彦、俺疲れたからちょっと眠ってもいいか?」
「時間もあるしいいよ。俺はテレビ見とくから」
 俺はそのまま眠りに落ちた。





「悠輔…・悠輔! 集合時間だぞ?」
「あぁ、悪い行こう。和彦」
 俺たちがロビーに降りていくと、生徒達が整列しながら人数を数えていた。
「おう悠輔!」
 桜井圭太が声をかけてきた。
「和彦、先並んでてくれ。」
 俺は、和彦の方を向いてそう言った
「分かった」
「圭太、どうした?」
 圭太の方に向き直った
「今日な、殺人現場行ったんよ。何だかでっかい建物…研究所かなんかの近くだったな」
「それから?」
「そしたら、黄色いテープで囲まれて、ビニールシートで囲んであったから中まで見えなかった」
「そりゃそうだ」
「でもな、何かそのあたり一帯生臭いにおいでもう耐えられなくって帰ってきたって訳」
「そうなんだ」
「だからな…」
 圭太が声を潜めてこう言った
「今夜また、見に行くつもり」
「やめとけ! 殺人現場だぞ?」
「何だ?お前恐いのか?」
 圭太は、バカにしたように笑った。
 俺も心配してやったのに、この反応には流石にムッとして
「じゃ、勝手にすれば?」と、言って自分のクラスの列に戻った。
「どうした?」
 と和彦が聞いたが
「何でもない」と、無理に笑って誤魔化した。
 その日の夕食は豪華だったが、俺はあまり手を付けなかった。
 何故か食欲がわいてこない。
 その理由は明確であった。
 
 
 
 
 
 ぜったいにあの場所には何かある。
 




 俺は確信した。何故だか分からないが同時に恐怖心と好奇心も生まれた。
 夕食が終わると、各クラスで分けられた大部屋に戻っていった。
 今更ながら俺と和彦は桜井圭太や倉野美紀と違い、クラスの連中とはあんまり絡まない。
 どっちにしろ俺も、和彦もそんな事はどうでも良かった。
 みんなが大部屋で騒ぎながら色々やっていても、
 俺達は隅に陣取って一緒に今日のことについての話し合いに没頭していた。
「拳銃撃つなんて一生に1度あるかないかだぜ?うわー楽しみだな」
 と、和彦はのんきにそんな事を言っている。
「ってか、本当に必要じゃなかったら撃たないんだぞ?和彦」
「えー?何でだよ」
 和彦が子供みたいに駄々をこねる
「警察来たら俺らただじゃ済まないだろ?何しろこの国じゃ拳銃は禁止だからな」
「確かにそうだけど…・」
「そういえば着替えていくんだろ?」
「まぁな。山の中だし動きやすいジーパンとか履かないと」
「予定は何時だ?」
「12時決行」 
 時計を見ると、今PM7:30だった目覚ましを12時にセットして、
「和彦、俺寝るよ12時になったら起きる。お前も寝たら?」
「うん。そうしよう」
 そう言って俺たちは早々と床についた。





 ピピッピピッ
 目覚ましが鳴ったので、真っ暗な中眠い目をこすりながら俺は起きて着替えだした。
「そうだ。和彦!」
 俺はそう言って和彦の布団の所へ行った






「いない」





 
 和彦の布団の上に拳銃と弾が置かれていた。
 俺は嫌な予感がして、とにかく着替えた。
「よし。行こう」
 俺は拳銃と弾を取り、弾を自分のサイドバッグに詰め込み拳銃を手に持ち、
 部屋を出た。
 観光街なのに、夜は暗く、明かりも少ない。
 俺は、嫌な予感がしたが、階段を駆け下りロビ−に着いた。
 ロビーで、少し迷ったが、足は止めなかった。
 和彦の事で頭が一杯だったのだ。
 



 後ろを美紀が着いてきているのにも気付かないくらいに…・





 第3章
 そのころ和彦は…・
「ここのトイレ遠いな〜」
 などと呟きながら、用を足していた。
 ふいに彼は、窓の外を覗き込んだ。
 ホテルの外は、濃い霧が掛かっていて人影もなくシーンとしている。
 のんきな和彦もだんだん不安になってきた。
(昼間の内に行っとけば良かったな…・)
 すると、その霧の中を疾走する1つの人影が目に入った
(誰だろ? こんな夜中に…・)
 その人影を見て、ますます和彦の不安は広がった。
 用を済ませ和彦は部屋へ戻り着替えを始めた。
「悠輔まだ起きないのか…・」
 そして、和彦は悠輔を起こすために布団に近づいた。






「いない」






 そこには、脱ぎ捨てられたパジャマが無造作に落ちていた。
 和彦は、急いで自分の布団を確認した。
 やはり、布団の上に置いていた拳銃と弾が無くなっていた。
「まさか…・!!」
 その時和彦は、暗闇の中疾走していく人影を思い出した。
「悠輔…・」
 今や和彦の胸は不安ではち切れそうだった。
「こんな事してる場合じゃない」
 和彦はあらかじめ用意していたウエストポーチに弾と拳銃を押し込んだ。
 ウエストポーチの中には、研究所の鍵,傷薬,包帯,脱脂綿,冷却スプレーなどが入っている。
「行こう!」
 自分で自分を励まし、和彦はホテルを飛び出した。



 5分ほど走っただろうか。だんだん目的地の山が大きくなってゆく。
 相変わらず、道には霧がでていて暗い。
 明かりと言ってもぽつん、ぽつんと慰み程度に今にも消えてしまいそうな街灯が立っているだけだった。
 ホラー映画でよくあるシーンなのだろうが、やるのと見るのではギャップの差が激しすぎる。  
「和彦の奴…・なんで居なくなるんだよ」
 と、居ない和彦にぶつぶつ文句を呟いてしまう。
 普段ならそんな事しないが、何かしゃべっていないと
 この町の異様な雰囲気にのまれてしまいそうになる。
 そう。
 今から起こる事への恐怖。
 もう、今にも俺は、恐怖で足がすくんで動けなくなるような状態だ。
 唯一、俺を動かしている原動力…・
 親友の危険を見過ごすわけにはいかない。
 今まさに、俺の心は、恐怖と正義感の織りなす混沌の中に取り残されている状態だ。


 それからしばらく走っていると、山の遊歩道の入り口が見えてきた。
 入り口には、小さな街灯が寂しく立っていて、その近くに遊歩道の地図が設置してある。
「研究所、研究所っと…・」
 少しでも、自分の気持ちを盛り上げようと明るい声で言ってみるが
 空しくあたりに響くだけだった。
「? …・これか?」
 この入り口からそう遠くないところに閉鎖した病院の建物が残っているらしい。
 研究所とか、そう言う類の建物は、その病院以外に立っていなさそうだ。
「…・行くか」
 俺は、勇気を振り絞りその足を遊歩道の入り口へと向けた。
 だが、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 と言う悲鳴で
 その小さな勇気は、ことごとく破壊された。



「あれか…! ハァハァ…・っ親父の研究所のある山は!」
 息も絶え絶えに、和彦は呟いた。
 悠輔を追いホテルを飛び出して、5分程経っただろうか。
 和彦は、霧が掛かった道を全速力で駆け抜けた。
 すると、前方の街灯の下に人影が見えた。
「…・? 誰だ?」
 和彦は思わず、拳銃を握りしめた。
 近づけば近づく程形がはっきりしてきた。やはり…・人だ。
「…・バカか俺は。ピリピリしすぎだ」
 和彦はそう言って拳銃を腰に差した。
 街灯に寄りかかるようにして顔を伏せた男が立っていた。
「あの…・すみません。さっき、俺と同じぐらいの背丈の男の…うっ?」
 和彦は、「彼」の足下を凝視した。
「腕?」
 そう。喰いちぎられた人間の腕が、「彼」の足下に転がっていた。
 和彦は思わず後ずさった。
 「彼」は、もたれていた街灯からゆっくりと離れ、和彦の方へ歩いてきた。
「ヒ…・ト…・ニ…・ク…・血…・チ…・ち…・」
「来るなぁぁぁ!!」
 和彦は、足下の石を「彼」目掛けて思いっきり投げた。
 ぐちゃ…・と言う音と共に石は「彼」に命中した。
「…・ハ…・ラ…・ヘ…・タ」
 痛みを感じないかのように「彼」は尚も和彦に近づいてきた。
「くっ!」
 和彦は意を決して「彼」の顔を殴り飛ばした。
 いくら中学生とはいえ、大人の体に近づいてきている。顔を殴られたら無傷じゃ済まないはずだ。
 予想通り「彼」は、後ろに吹っ飛んだ。
 予想を超えるのはここからだった。
 「彼」は尚も立ち上がった。まるで何のダメージも受けてないかのように。
「くそっ! 何なんだこいつは!」





 叫び声は、遊歩道の奥からだった。
「な…・なんなんだ! この町は!」
 俺は、サイドバッグから拳銃を取り出し、腰に差した。これなら、いざという時も反応しやすい。
 だが、俺は『1歩』を踏み出すことが出来なかった。
「うわぁぁぁ! 誰か! 誰かぁぁぁ!!」
 2度目の悲鳴で、俺は気がついた。
 助けを求めているのは、



 圭太だ。




「俺は…・友達も救うことが出来ないのか…・!!」
 俺は、決心した。
 −みんなで、このおかしい町を脱出してやる−
 そう決心したとき、俺の足は、遊歩動を疾走していた。
 
 
 何分走っただろうか。道の真ん中に、小さな人集りが見えた。
 目を凝らすと、 その中に、圭太が見えた。
 圭太は、数人の「化け物」に取り囲まれていた。
「圭太!」
 俺は、走った勢いで、1人の警官を殴り倒した。
「ゆ…・う…・す…・け?」
 圭太は、土埃と涙と鼻水で顔がグチャグチャになっていた。
「それより、早く立て!こいつら…・警察!?」
 警官は、ゆっくりと俺の方を向いた。
 新たな獲物に血だらけの顔を歪ませながら。




 「彼」は尚も立ち上がった。まるで、指令を出されたロボットのように。
 和彦も息が上がってきていた。すでに数10発もの拳を「彼」の体に叩き込んでいるのに、「彼」はびくともしない。
 和彦は、最後の手段に出た。
「…・親父。使わせて貰うよ」
 和彦の手が、冷たい金属質のグリップに触れる…・。
 銃を「彼」に向ける。
 パンッ
 乾いた音と、衝撃が和彦を襲った。
「ぐっ!!」
 「彼」と和彦は、互いに後ろによろめき、倒れた。
 和彦は、呆然と銃を見つめた。
「衝撃はすごいけど…・慣れれば大丈夫かな…・」
 和彦は、思わず笑ってしまった。
 だが、それもつかの間だった。
 「彼」はまた起動した。
 腐りかけた体を引きずり、尚も和彦に近づく。
「銃も効かないなんて…・!!」
 和彦の撃った弾は、発射した衝撃で弾道がずれ、「彼」の肩に命中したのだった。
「今度こそ…・」
 和彦は、銃を構え「彼」の頭に銃口を向けた。

 パンッ

「手応え…アリ」
 「彼」は、血と脳漿をまき散らしながら倒れた。
「うっ…」
 和彦は、その場にしゃがみ込んだ。
 無理もない。彼の目の前にあるのは、『死体』。
「ぐっ…」
 和彦は、我慢しきれず嘔吐した。
「げほっ…」
 和彦は、しばらくうずくまっていたが立ち上がり、悠輔の元へ急いだ。





 きりがない。
 俺は、荒い息の中でそう思った。
「くそっ!」
 ドゴッ
 俺が放った蹴りで1人の警官が吹っ飛んだ…が、また、何事もなかったかのように立ち上がる。
「悠輔! これ使え!」
 圭太が、道に落ちていた木の棒を投げてよこした。
「あぁ。分かった」
 俺と圭太で3人の警官と戦っているのだが、奴らは全然ダメージを食らったようには見えない。
 むしろ、平然としている。
「はぁ…はぁ…」
 運動は不得意な方じゃないが、数10分間も走った後この化け物達と戦うのは、リスクが高すぎる。
 しだいに俺の動きが鈍ってきた。
 頭がガンガンして、脳が酸素を求める。
「こいつらの…餌になって…たまるか…」
 俺はそう言って、近くにいた警官の顔を木の棒で殴りつけた。
 
 ボギッ
 
 と嫌な音がして、その警官は倒れた。
「脆い…・?」
 殴られた警官の首からは、折れた骨が皮膚を突き破って飛び出し、どす黒い血が流れ出ていた。



 第4章
「ここが入り口…か」
 和彦は、遊歩道の入り口に着いた。
 高ぶる気持ちを抑え、まず銃の弾の装填を始めた。
 カチャカチャと弾を装填する音が、やけに町に響いた。
 ガチン! と最後の弾を入れ終え、マガジンを銃(コルト・ガヴァメント)にセットした。
「あっ…」
 和彦は、勢い余って弾丸を落としてしまった。
 あわてて、弾丸を拾っていると、ある物が手に触れた。
「ペンダント…? 悠輔の物じゃなさそうだ」
 女性物のペンダントが和彦の足下に落ちていた。
 落ちてから、間もないようだ。汚れもついてないし錆びてもいない。
 何気なく、それをポケットにしまい、和彦は弾丸を拾い集めた。




「脆い…・?」
 俺は思わず呟いた。
「悠輔後ろ!」
 振り向くと、すぐ後ろに、汚いよだれを垂らした警官が立っていた。
「くそっ!」
 俺は、奴の体に木の棒を突き立て、よろめいた隙にやつの頭部を蹴った。
 すると、予想道理に首が変な方向に捻じ曲がり脇道に飛んでいった。
「圭太! その化け物は、骨がもろい! 首を狙え!」
 圭太は、うなずくと化け物の顔を木の棒で殴りつけた。
 呻き声を上げて、化け物は倒れた。
「はぁ…とりあえず終わった」
 俺は、思わずそう呟き、その場に座り込んだ。
 圭太も、ペタンと力なくしりもちをついた。
「悠輔…」
「…?」
「あん時は、悪かったな」
「…ぷ…ははは」
「笑うなよ」
「いい。気にしてない」
「んでさ、お前何しに来たの? 自分で危ないとか言っときながら」
「あ…」
 どうしよう……。何か言い訳を……。
 すると、後ろのほうから足音が聞こえてきた。
「またか!?」
 俺は、後ろを振り向き、立ち上がった。
「誰だ!」
 後ろの人影が止まった。
「俺だ」
「俺? 誰だ!」
「友達の声も忘れたのか。和彦だよ」
 そう言って、和彦は俺のほうに走ってきた。
「お前、俺置いてどこに行ってたんだよ!」
 俺は、安堵から大きな声を張り上げた。
「トイレだよ」
「トイレ〜?」
 俺は脱力した。常識的に考えれば、それが普通だ。
 すると、和彦はポケットから何かを取り出した。
「それはそうと、お前、このペンダント誰のか知って…」
「あっ!」
 …と後ろの茂みから声がした。
「!!?」
 俺より、和彦の反応の方が早かった。
 和彦は、銃を取り出し、後ろの茂みに向けた。
「誰だ。町にいた化け物だったら撃つ。出て来い」
 俺は、腰に差してある銃の事を思い出した。これを使えば苦労せずにすんだのに…・。
「わ〜! 待って待って撃たないで。私! 倉野美紀!」




 「『ω』20%,『ω』抗体10%投与」
 薄暗い研究室の中に無表情な声が響き渡る。
 研究室の中には、大きなカプセルが1つあり、そのカプセルの周りを白衣を着た研究者が数人取り囲んでいた。
 その中に、エドガー・クリザリッドは居た。
「ふふ…あれがドクター如月…いや、クリムゾンキラー・プロト1…」
 エドガーは、謎の微笑を浮かべながら呟いた。
 それに応えるように、カプセルの中に眠っている、『紅い殺戮者』は気泡を吐いた。
「エドガー博士」
 1人の研究員がエドガーの元へやってきた。
「ヘリの用意が出来ました」
「わかった」
 エドガーは、もう1度カプセルの方を振り返った。
「いいデータを期待しているよ。ドクター如月」
 エドガーは、そう言ってヘリポートへ向かった。




「ん? ヘリコプターか?夜中に妙だな」
 和彦が、銃を腰にしまいながら言った。
「この町自体が妙なんだから別に気にすることもないと思うけど?」
 俺は、立ち上がってズボンの汚れをはたき落としながら言った。
「そういえば…・何で倉野がここに居るわけ?」
「それはね…・」



 数十分前にさかのぼる…・




「のど乾いたな…・」
 そう言うと美紀は、財布を持って廊下へ出た。
 もう、そのホテルも消灯時間が過ぎていて廊下も足下が見えるくらいのランプがついている程度で薄暗い。
 ふと、美紀は窓の外の景色に目をやった。
「霧が出てる。ここ夜景が綺麗らしいのに残念だな・・・・」
 窓を開けて、外を覗くとひんやりした空気が頬を撫でる。
 霧が出ていて、辺りはよく見えないが、町は人気が無く明かりも乏しいことはすぐに分かった。
 美紀は、ただ漠然とした怖さを感じて窓を閉め、美紀は歩き出した。
 フロントも、自動販売機の明かりしか無い状態で薄暗かった。
「どれにしよう・・・・」
 美紀が、自動販売機のボタンを押そうとした瞬間!
 タッタッタッタ・・・・
 と、遠くから足音が聞こえてきた。
「あ、いけない! 消灯時間を過ぎたら部屋からの外出は禁止だったんだっけ」
 美紀は、あわてて辺りを見渡し、とりあえず近くの机の陰に隠れた。
(誰だろう・・・・? こんな夜中に)
 美紀は、机の影から顔を覗かせ、やって来た人物の顔を見ようとした。
(あれって・・・・桜井君?)
 そう、圭太だった。
 彼は、辺りを見回し、誰もいないことを確認して外へ飛び出していった。
「ふぅ・・・・とりあえず大丈夫かな・・・・?」
 すると間もなく、また足音が聞こえてきた。(美紀も仕方なくまた机の陰に隠れた)
 走ってくる人は、立ち止まりこそしなかったが顔は深刻そのもので周りになど気にとめてもいない。
(あれ? ・・・・って萩原くん!?)
 美紀は、驚きで声を上げそうになるのを必死でこらえて、悠輔の行く先を見ている。
 ゴクッ・・・・っと唾を飲み込み悠輔の走り去った方向を見つめる。
 汗が、整った美紀の顎を伝い、流れる。
「付いてってみようかな・・・・?」
 一晩で2人も違反を顧みず外に出るのだ。
 必ず何かあるはず。
 美紀は、悠輔の後を追ってホテルを飛び出した。





 第5章
「ってな感じで付いてきました」
 と、一通り話し終えて美紀は口を閉じた。
 思わず、和彦と目を合わせる。
「倉野、ちょっと和彦と相談させてくれないか?」
 



 ヘリポートに立ちこめる、血と硝煙の臭い。
「どうなってる!」
 エドガーは、目の前に倒れている『人』の死体を見るなりこう叫んだ。
 皮膚が剥がれかかり骨が露出しているその死体は衝撃的なことを物語っていた。




 「ω」の流出。





 何故・・・・。この言葉しかエドガーの頭には浮かばなかった。
「ウイルスの管理は完璧だったはずだ! 何故だ! 何故ウイルスが流出した!」
 誰もいないヘリポートでエドガーの叫びは空しく響いた。
 エドガーは死体に目をやった。
 頭を銃で打ち抜かれ顔は原形をとどめていない。(元々腐っていたので顔は分からなかったが)
 エドガーは、急いで近くの内線電話に向かった。
「おい! 実験室! 実験室応答せよ! 何をしている!!」
 エドガーは電話に怒声を浴びせた。
 すると不意に受話器が上がる音がした。
「博士・・・・ゲボッ・・・・プロト1が・・・暴そ・・・・」
「おい! どうした! 何があった!」
 ブツッ・・・・という音がして電話が切れた。
 エドガーは受話器を投げ捨てた。
 早くここからでなければ・・・・・。
 エドガーは辺りを見回した。
 ヘリコプターがあるが、天井が閉まったままで動かすことが出来ない。
 二階モニター室から操作して天井をあけなければヘリコプターを動かすことは出来ない。
 しかし、「ω」の流出が明らかになった今、研究所に戻るのは賢明な判断とはいえない。
 エドガーの顔に焦りと恐怖の色が浮かび上がったのが防犯モニターに映った・・・・。





「よし。わかった」
 俺は立ち上がると、美紀の所へ行った。
「倉野、今から言うことをよく聞いて欲しい」
 俺は、これまでの経緯を美紀に説明した。
「と、言うわけだ」
「如月君・・・・」
 美紀は、不安そうな顔を俺と和彦に向けた。
「行こう。時間がない」
 俺は後ろを振り向き、圭太を呼ぼうとした。
「圭太。行こ・・・・」



 いない。




 そこに圭太の姿はなかった。
 あったのは、短い文章だけだった。

 ごめん。
 先に行く。

「何で・・・・!!」
 俺は、不安と苛立ちを同時に覚えた。
 だが、今は一刻を争う。
「倉野・・・・和彦・・・・絶対このイカレた町からみんなで脱出するぞ」
 2人は無言でうなずいた。


 目的地の研究所(建前は廃病院だが)は、今居る山道からでも少しだが見える。
 円柱状の建物で、結構大きそうだがこの山の鬱蒼とした木のおかげで街からは見えていないようだ。
 そして俺たちは、
 その研究所目指して、霧が掛かった山道を走っていた。
 10月の山中なのに、秋の夜の涼しさはなく、
 むしろ8月の熱帯夜のように生暖かい風が吹いていた。
 
 そして、

 山のあちこちから不気味なうめき声が聞こえていた。
 
 美紀は耳を押さえ、生きる屍の断末魔を聞くまいと必死に走っていた。
 俺たちも、法が警察がと言ってる余裕は無く、
 常に拳銃を手に握りいつでもおそってくる化け物達に対応できるようにしていた。
 だんだん、研究所近づくにつれ生暖かい空気と共に、濃厚な血の臭いが混じってきていた。
 あまりの臭いに目眩がしながらも、懸命に走った。

 生き延びるために。

 目の前に広がる、黒い死の巨塔。
 鬱蒼とした木もだんだん少なくなり、視界が開けてきた。
 が、
 血の臭いは濃くなるばかりだった。
 すると前方に、『立ち入り禁止!』の立て札が先の方だけ折れて転がっていて、道の端から黄色と黒のロープが張ってある。 
「なるほど・・・・」
 俺は、思わず呟いた。
「うん」
 和彦も同じ事を考えていたようだ。
「え? 何が?」
 美紀が何が何だかという顔で聞いてきた。
「猟奇殺人のニュースは見たか? ま、言うまでもないがここの先が現場みたいだ」
 鎖の先を顎で指した。
 すると、俺たちの真後ろで木の枝を踏み折るバキバキっという音が聞こえた。
「う゛ーがあ゛ぁぁぁぁ」
 と言ううめき声と共に、数体のゾンビが現れた。
 俺は、反射的に折れた立て札を拾い上げ、ゾンビの群れに投げつけた。
「走れ!」
 和彦は、ロープをくぐりながら俺たちに言った。
 俺と美紀がロープをくぐり終えると和彦は2,3発銃を撃ちすぐに俺たちの後に続いた。
 しばらく走ると、目的地に着いた。
 心なしか、この周りだけ一段と霧が濃くなっているように思える。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
 息が切れ、思わず膝に手をつき呼吸をする。
「ったく・・・・油断も隙もあったもんじゃねぇ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
 和彦も、思わず座り込む。
「何なの・・・・?・・・・あれ・・・・」
 美紀が、顔を引きつらせて問いかけてくる。
「ゾンビ・・・・」
 荒い息の元でポロッと言葉が出た。
 その言葉で、もう美紀には説明はいらないようだった。正直・・・・ありがたい。
「あれ・・・・! 誰か倒れてる!」
 和彦が、指さした先に人が倒れていた。
「ゾンビじゃないのか・・・?」
 俺は疑ったが、和彦は聞かず走り出した。
「悠輔! 手を貸せ! 圭太だ!」
 !!? 俺は、無我夢中で走り出した。


 第6章

 倒れている人を見た瞬間、信じられない光景に目を疑った。
 肩がパックリと割れ、大量の血が流れ出している。
 辛うじて息はあるものの、放っておけば30分持たないだろう。
 すでに、和彦はバックから消毒薬と包帯を取り出していた。
「悠輔! この消毒薬を傷口にムラ無くかけろ・・・・早く!」
 俺は、和彦から渡された消毒薬を圭太の傷口にぶちまけた。
「ぐぅっ!」
 圭太が悲鳴を上げる。
「我慢しろ! 消毒している」
 和彦が、今までに彼の口から聞いた事無いような語気の強い言葉で言った。
 消毒が終わると和彦は、タオルで傷口を縛りその上から包帯を巻いた・・・・がすでに包帯にもうっすらと血がにじみ出ていた。
「すまない・・・・」
 圭太は消え入りそうな小さな声で言った。
「いいからもう喋るな」
 出来るだけ優しく言った。
「ここは、建前だけでも病院だ。薬や輸血剤ぐらいなら置いてあるだろう」
 和彦は、そう言って銃を構えた。
「行こう。取りあえず1部屋は確保しなきゃならなくなった」
 俺は、圭太を背負い、和彦が斥候をする事になった。
 和彦を先頭に、美紀、俺という順番で研究所内に入っていった。
 ギイイイイイという音と共にガラス張りの二枚扉の玄関が口を開いた。
 案の定、そこはまさに地獄絵図だった。
 体の至る所が喰いちぎられた死体。
 それに群がる死体。死体。死体。
 和彦は、それにひるむ様子も見せずに引き金を引いていく。
「倉野、目ぇ閉じてろ」
 俺は、圭太をおろすと和彦の援護をしに行った。
 パンパンという爆発音が鳴りやんだとき、美紀はそっと目を開けた。
「よし・・・・取りあえず、1階ホールは確保した」
 俺は、圭太を背負って立ち上がった。
 すると、和彦が戻ってきて
「運が良い。薬品庫があった取りあえずそこへ運ぼう」


 1F−薬品庫−
 
 薬品庫の扉を開け、4人は中へ入った。
 中には、ゾンビどころか生物の気配すらしなかった。
 俺は、薬品庫のベッドに圭太を寝かせた。
「運が良い。輸血パックも消毒薬も注射器も血止めもある。これで何とかなるだろう」
 残念だが、和彦の予想は大きく外れる事になる。
 そう言って和彦は、圭太の包帯を解いた。
「どうなってる・・・・」
 圭太の肩の傷が赤黒く変色し始めている。
「クソッ!」
 和彦は、消毒薬を肩にぶちまけた。
「熱い!!ぐあぁぁぁぁ」
 今や圭太は貧血と、傷の痛みで顔が真っ青になっている。
「取りあえず輸血を・・・・」
 ゴム管で圭太の腕を縛り、血管を浮き出させそこに針を入れる。
「良し・・・・」
 徐々に圭太の顔がに血の気が戻っていく。
「うぅ・・・・ここは・・・・?」
 圭太は目を覚ました。
「お前は、先に廃病院に行って大ケガして倒れてたんだよ」
 俺が簡潔に教えた。
「得体の知れない化け物に襲われて・・・・気が付いたら・・・・本当に済まない」
 圭太が申し訳なさそうに言った。
「いや、もういいっ」
「良くない」
 俺が、和彦の言葉を遮った。
「何故だ! 何故先に行った!」
「すまない・・・・」
 それから、圭太はうつむいたまま何も言わなくなった。
「悠輔、そのくらいにしてやれ。圭太にも何か理由があってやったんだろう。それより、考えなければ行けない事はこれからの事だ」
 和彦が続ける。
「小包に入っていたのは3階にある研究所の鍵らしい。地図と一緒に入っていた」
 和彦が鍵と地図を見せながら、不意に笑った。
「この野暮用が終わったら、どうやらこのイカレた街から脱出できそうだ」
 和彦以外の全員が疑問を浮かべた表情をした。
「なぜだ?」
 俺が、和彦に問いかけた。
「ここを見てくれ。屋上にヘリがある」
 みんなの顔が綻んだ。
 そして、和彦はもう一度地図を示した。
「しかし・・・・だこの1階を確保した事で弾丸が残り僅かになった。そこで、2階モニター室横に武器庫がある・・・・と書いてある」
 俺も、銃の弾の確認をした。銃に装填されている弾数は4発。予備が15発。1階ホールであれだけの数のゾンビが居たのだこれじゃあとうてい足りるまい。
「そして、この薬品庫に、ワルサーPPKと言う小型の拳銃が置いてあった。これは、倉野が持つべきだろう」
 和彦は倉野にワルサーを渡した。
 美紀は、不安そうな顔を和彦に向けた。
「これは、女性が護身用にバックに忍ばせたりする銃で初心者でも扱いやすい」
 そう言って、和彦は立ち上がった。
 圭太も、ほとんど空になった輸血パックを捨て、松葉杖を取り立ち上がった。
「立てるか?」
「大丈夫だ」
 圭太は、立ち上がると傷口が痛いのか顔をしかめた。
「よし。行こう」


 1F−ホール−


「エレベーターを呼ぶか」
 和彦は、エレベーターのボタンを押した。
 が、エレベーターは作動しない。
「・・・・?どうなってる」
 カチカチとボタンを押すもののエレベーターは作動しない。
 ふと見ると、ボタンの下に鍵穴があいている。
 和彦は、何気なくその鍵穴に研究所の鍵を差し込んだ。
 カチリ
 すると、間もなくしてエレベーターの扉が開いた。
「ガァァイエオァァァァ・・・・」
 と言ううなり声と共にゾンビが出てきた。
 銃を構える和彦を制し、俺はゾンビの首目掛けて蹴りを放った。
 ボギッと言う音の後、ゾンビはうつぶせに倒れた。
「こいつらも一応人間だったんだから頭からの信号を途切れさせりゃ動かなくなるだろ」
 と、言ってゾンビを引きずり出した。
 あり得ない方向に向いた首が、こっちを見ていた。
 俺たちはエレベーターに乗り込むと2Fのボタンを押した。


 2F−L字廊下−


 ウィィィィンと言う音と共にエレベーターの扉が開いた。
 1Fの病院案内には2Fは関係者以外立ち入り禁止になっていた。
 エレベーターから降りると、2方向に道が分かれていた。
 エレベーターから見て正面にまっすぐ行く道と、右側に行く道。
 和彦の地図で確認すると、このフロアの廊下は『L』の形をしている。
「えっと・・・・正面にある道をまっすぐ行くと、突き当たりがモニター室。で、その向かいが武器庫・・・・ってなってる」
 話し合いの結果、先に武器庫に行き、その後3F研究室に行く・・・・と言う事になった。
 1Fとは違い、廊下にゾンビは居なかった。
 そのまま、真っ直ぐ歩いていくと武器庫に着いた。
「ちっ・・・・カードキーが必要みたいだ」
 武器庫の扉の横にカードリーダーが備え付けてある。
「1部屋1部屋回ってみるか?」
 俺が提案した。
「みんなで回ってたら時間がない。手分けしよう」
 俺と倉野がこの階の部屋を回るようになった。
「んじゃ、とにかくモニター室に入ろう」
 ガチャリ・・・とノブを回し俺たちは、モニター室に入った。


 2F−モニター室−


 モニター室とあって、沢山のモニターが備え付けてある。
 和彦は、使える物がないかロッカーなどを物色した。
 あまり気持ちの良い物ではないが、生きるためには仕方ないだろう。
「あ、悠輔!」
 和彦が、俺を呼んだ。
 その手には、トランシーバーが握られている。
「何かあったらこれで連絡を」
 と言って、1つを俺。もう1つを和彦が持った。
「この部屋にはもう何もなさそうだ」
 俺は、和彦にそう言った。
「じゃあ、2Fにある部屋の数を教える。全部で7部屋ある」
 和彦は言った。
 モニター室、武器庫、休憩室、司令室、培養室、3F電源供給室、実験室
 の7つの部屋があるらしい。
 今居るモニター室の前、(エレベーターの正面廊下)には、(奥から)モニター室、武器庫、3F電源供給室、休憩室が、エレベーターの右廊下には、実験室、培養室、司令室と言う部屋の配置だそうだ。
「じゃあ、悠輔と倉野がエレベーター右廊下の3部屋を、俺と圭太が正面廊下の行っていない2部屋を探索する。くれぐれも油断、無理はするな。ヤバくなったらすぐ無線でしらせるんだ」
 確認すると俺達はモニター室を出た。



 その時、ちゃんとモニターを確認していれば悲劇は起きなかったであろう。
 3階の研究室から、紅き殺戮者が起動したのを確認していれば・・・・ 



 2F−司令室前廊下−
「まず、ここからだな」
 そう言って俺は、司令室のノブに手をかけた。
 美紀が慣れない銃を構え、俺の後ろに着く。
 ガチャ・・・・
 扉を開け、中を確認する。
「前に2体、右に1体! 俺が前をやる!」
 俺は、美紀に指示を出し、前の2体のゾンビに銃口を向けた。
 ドンドンンドン!!
 1体のゾンビは、1発で頭を破壊できたが2体目は2発弾道がずれ、肩に当たり2発目で仕留めた。
 急いで美紀の方を見たが、まだ仕留められていないようだった。
 やはり、女の子だ。
 初めて撃つ銃のショックに、体がしびれているようだった。
「くっ・・・・」
 俺は、ゾンビに向かい蹴りを放った。
 ゴキッ
 ゾンビは首が折れて、後ろの壁に吹き飛んだ。
「ふぅ・・・・!!」
 戦いが終わって気を抜いた瞬間、肩をものすごい力でつかまれた。
「ぐぁぁ!!」
 そう、2体目のゾンビは機能停止はしていなかったのだ。
「カハァァァァ・・・・」
 生臭い息を吐きながら、口を首元へ持っていこうとする。
 必死に抵抗したが、後ろから捕まれているのでふりほどく事が出来ない。
 万事休すか・・・と思ったその時!
 ドン!
 と言う音と共に肩の激痛が無くなった。
「萩原君大丈夫!?」
 美紀だ。
 美紀のワルサーPPKが火を噴いたのだった。
 荒い息の中、俺は頷き立ち上がった。
「ありがとう、助かった」
 美紀は、うれしそうに笑うと銃を仕舞った。
 俺は、改めて司令室を見回した。
 モニターがいくつかあり、マイクも付いている。
 モニターの横にメモが置いてあった。

2005/04/01(Fri)09:39:42 公開 / るきあ
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■この作品の著作権はるきあさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めてで、あまり巧く表現できませんでしたがこれを書くのは楽しかったです。
出来れば、アドバイスなども頂けたら光栄です。
えと、こちらの不注意で、よく注意事項を読んでいませんでした。すみません。
と、言うことでレスをいただいた方には申し訳ありませんが紅い満月の1章に続きを書き入れていくという方法をとらせて頂きます。
感想、アドバイスを頂いた皆様、ありがとうございました。

3月2日    続き書き足し
3月3日      〃
3月5日      〃
3月31日     〃

更新遅くなってすみません。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。