『バレンタイン・シンドローム』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:夢幻花 彩                

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――この信号が青に変わる前に……
       

 私は……




 怖いくらいに空は澄んだ色をして綺麗だった。それとは若干対象的な射るような冷たすぎる空気。頬が感覚を失い麻痺している。無機質に蠢き続ける街が、ほんの一瞬だけ足を止めた。まるで機械的に、まるで無感情に。赤い光に行く手を遮られ、いらいらしたように腕時計に目を落として。玩具みたいな携帯電話というただの箱に向かって笑ったり泣いたりしながら独り話し続ける奇妙さや恐ろしさにも気付かないまま。
 なんてこの世界は、滑稽なの。

 私は冗談みたいな世界を直視する事に耐えられず、目を伏せた。けれど消えない。どんなに私がこの世界から背を向けたって、私はそこから逃げ出す事なんて出来ない。
 それどころか、私は私自身の呪縛からも逃れられずにいるのだから。

 この信号が変わったら、私はまた歩き出さなくてはならないと言うのに。私はまだ決められずにいる。右へ行くか、左へ行くか。
  いつから私は、こんなに汚れてしまったんだろう。


 右へ行けば、壮也先輩の家。
 左へ行けば、遼の家。

 壮也先輩は、優しい。だけど、私は彼の一番じゃない。
 私はずっと、壮也先輩が好きだった。ずっと追い続けて、とうとう去年の今日、つまりバレンタインにやっと私の想いは通じて、『部活の先輩』は『彼氏』と名前を変えた。嬉しくて恥ずかしくて、毎日泣いた。そして笑った。こんなに滑稽な世界が、その頃はきらきら輝いていた。たった一言言葉を交わすだけで心からの幸せを感じた。壮也先輩が私を見て笑うだけで、夢を見ているのではないかと思うほど有頂天になれた。
 けれど。
 壮也先輩にとっての私は例え『好き』と言う感情の対象であっても『一番』ではないと気付くのにそれほど時間は掛からなかった。壮也先輩は私を好きでいてくれる、けれど彼にとっての優先順位は私でなく別のことに向く。例えば勉強、例えば趣味、それに友達。勿論常に彼を独占したいなんて言ってない。だけど、私は耐えられない。私は大人じゃないから、我慢なんてできない、少しでも一杯一緒にいてほしい。

 そんな私にとっての遼は、必然と言えば必然な、そういう存在となっていた。

 遼は少し冷たい。なのに、暖かい。
 遼はちゃんと私が壮也先輩を好きな事も、遼の事をなんとも思ってないことも知っていた。けれど遼は私を好きと言ってくれた。壮也先輩が好きな私に、想いがちゃんと通じたのに満足できない傲慢な私に。私は遼にごめん、そういうしかなかった。それでも別にいいし、ってか友達としてならいいだろ?遼はその言葉通り、それ以降そんな素振は見せずにいてくれた。だから、私と遼はいい友達でいられた、初めの頃は。
 

 何度目かの、壮也先輩への電話。
『今、逢えませんか』
 図々しすぎて普段言えないお願い。
『……いいよ、今何処』
 彼の優しい声。作り物めいた優しさを、それでも私は愛しいと感じてしまう。
『先輩の……家のした』
『判った、今行く』
 彼の顔を見るといつも泣きそうになる。最近はよけいに。壮也先輩はこのまま私の傍から離れていってしまいそうな不安。そして罪悪感。

 壮也先輩、大好きです。だけど、私は子供だから一人ぼっちを寂しいと感じてしまうんです、ごめんなさい。


 必然といえば必然。当然といえば当然。
 だけど私は、遼を好きになってしまっていた。

 こんなに壮也先輩が好きなのに、愛しいのに。
      それとは確実に違う、もっと別な愛しさを感じてしまう……



 右へ行けば、遼はなんとも思わない。壮也先輩とも何も変わらずにいられる。
 左に行けば、壮也先輩はきっと微笑んで許してくれる。判ったって、彼は大人だから。

 だからこそ、私は……




 青い閃光。
 機械的に静止していた人混みがまた動き出した。また無機質で無感情な街が繰り返される。髪を派手な色に染めた同い年くらいの女の子が、あははって笑った。独りでいるのにも関わらずに、何処ともつかない焦点の合わない目で。楽しそうに、奇妙に小さな箱に話しかけながら。自分の気味悪さにも気付かずに。
 
 誰かが振り向いて怪訝な顔で私を見る。私の足はまるで鉛になったようで、もうびくともしなかった。




 


 青い光は、まるで私をあざ笑うかのようにさえ思えた。






2005/02/12(Sat)22:47:34 公開 / 夢幻花 彩
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■作者からのメッセージ
ちょっと早いバレンタインです。純粋系の可愛いモノは他の方が書いてくれるかなぁと思ってどろどろですっ。っていうか、どろどろは全然いつもの事ですねっ(笑)
はぁ。それではこんなですが(しかも短いしっ?!)レスいただけたら嬉しいです!!批判等も大歓迎ですっ。

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