『死ねない病気』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:霜                

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 世の中にはたくさんの病気がある。その中で、ある一つの病気を挙げようと思う。
 過敏性腸症候群。
 この言葉を聞いて、あなたはどう思うだろうか? 簡単な話、腸が過敏に動くことが原因の病気である。おもな症状は下痢、便秘が激しく起こりやすくなる。それだけの、それだけと思えるだろうちょっとした病気。でも、この病気で苦しんでいる人はたくさんいる……。



 私の名前は優貴。
 今年高校一年になったバリバリの女子高生。初め、私は高校生活にすごく希望を抱いていた。高校生っていったら中学生とは格が違う。何しろ自由が多い。昼食だって給食じゃなく、自分の好きなものを食べられる弁当だ。お菓子だって休み時間食べたって構わない。喉が渇いたら校内でもジュースが買える。食べ物ばっかしだけど、それ一つをとってもこんなに自由がある。
 友達だってまたたくさん増えるだろう。
 だから、私は期待していた。


 
――でも……こんな病気になるなんて。なんで私なの? どうしてこんな思いをしなくちゃいけないの?――



 私の席は、クラスの真ん中にある。
 それだけだ。ただ真ん中にあるだけ。それでも、それだけでも、私はこの席をとても嫌悪していて、恐怖している。
 私が朝学校に来ると、急にお腹が痛くなる。私は過敏性腸症候群という病気を持っている。その症状の、下痢が原因だ。
 私はすぐに教室に鞄を置いて、それからトイレに向かう。なんて朝だろう。学校に来たとたんトイレに駆け込まなければならないなんて。本当に苦痛だ。
 私はトイレのドアを開け、中に入る。入って目に入ったのは入り口近くで顔の手入れをしている女の子。今日は風が強かったから、髪の毛を念入りに手入れしていた。
 その女の子は、私を見るなり凄く嫌な顔をして出て行った。トイレの出入り口は人二人通れる程幅が広くはない。ほとんど私にぶつかるようにして、その女の子は出て行った。
 どうしてそんなことをするのか、私は知っている。でも、そんなことを考えたくなかった。
 私はそのまま個室に入り、しゃがみこんで、中にあるものを出す。
 それと同時に、信じられない悪臭があたりに広がる。腸の中で食べたものが異常発酵しているせいだ。ちょっと出しただけなのに、トイレの中は凄まじい臭いで充満した。基本的に自分の臭いというのは感じづらいものになっている。でも、私の臭いはこんなに臭っている。明らかに異常な臭い。これのせいで、私の口臭はどうにもならないものになってしまっている。
 ちょうど、運悪く入ってきた人たちが臭いをかんで、
「うわっ! くさ!」
「何これ……もしかして、またアイツ?」
 そう言って、聞こえるように悪態を付きながら見えない二人は出て行った。この臭いのせいで、私は学年、いや学校中に知られてしまっている。「クサイ女」として……。



 この病気は精神的なもので、実際身体を病院で検査してもほとんど問題が出ることはない。実際、私も胃カメラとバリウムをやった。結果は異常なし。こんなに以上になっているというのに。
 私は、現在心療内科に通っている。そこで出される薬はオナラを少なくする薬と精神安定剤。安定剤は、病気の原因であるストレスを減らすためのものだ。おならを少なくする薬は……。私の一番の苦痛を抑えるためのものだ。



 授業が始まり、教師の蝿のような鬱陶しい声が耳に入ってくる。
 私は、自分の席で文字通り縮こまっていた。安定剤を飲んでいても、この不安はなくなることがない。死にたいと思うほど、嫌な病気だと思う。
 ボコッ。
 私は、自分のお腹が膨らむのを感じた。腸が蠢くように膨らんでいる。
 ボコッ。
 また音がした。この音は、私だけにしか聞こえないほど小さなものだ。でも、これが続くとそれだけではなくなる。
 グウゥ〜。
 お腹が鳴ってしまった……。すごく恥ずかしかった。そんなこと、と思うかもしれないけれど、静まり返った教室でお腹が鳴るというのはすごく恥ずかしい。他人はそれほど気にしていないというのに、私はこれだけでつらくなる。
 その後、私のお腹はさらに悪化し始めた。
 膨らんでいる部分が段々下のほうに集まってきている。これは……最悪だった。
 ボコッボコッボコッ……スゥ〜。
 オナラだ。
 圧迫された肛門が、耐え切れなくなって開いてしまった。本当に、これはつらい。
 同時に、すごい悪臭が周囲に広がる。周りのみんなは、慣れたように鼻をクンクンとさせて、下敷きや教科書やらを使って空中を扇ぎ始めた。
 またかよ……ふざけんなよ……くせえっつーの……死んじまえ……どうして学校くるの?……。
 私に聞こえるように、周囲の人々は囁いていた。
 これを聞くたびに、頭の中が真っ白になる。心が砕ける。傷が付くなんてものじゃない。一瞬にして、感情が剥ぎ取られる思い。
 不安と焦りが、腸の働きをさらに活発にさせる。
 薬を飲んでいても、完全な効果はない。これでも、まだマシなほうだった。ひどいときには一時間で十回以上しちゃうから。
 私はいつもこんな環境の中で生活している。誰も理解してくれる人はいない。
 先生に相談しても、たかが腹痛で済まされる。オナラがひどいなんていえるわけがない。それくらいの恥ずかしさはまだ持っていた。保健室に行くのも一つの手だけれど、高校は中学と違ってちゃんと単位を取らないといけない。休みすぎれば留年になってしまう。親だって……そんなこと、で片付けられてしまった。こっちには本当のことを話したけれど、おならがひどくて学校に行きたくない、なんて話しありえない。私だって、ここを卒業して、大学にだって生きたいんだ。この病気がなければ……。
 そんなことを毎日私は考えている。不安と緊張ではちきれそうになりながら、私は苦痛を耐えている。
 スゥ〜……。



 高校は、弁当なので何を食べてもいい。
 だから、私は何も食べないことを選んだ。断食だ。
 オナラは食べ物を発酵させるときに出る。あと、自分で空気を飲み込んだとき。臭くなる原因は食べ物のせいだから、私は何も食べなかった。
 昼食の時間は三十分。その中、私はいつもトイレか保健室でうずくまっている。
 残り三時間だから、と必死に自分に言い聞かせて、泣きたいのをこらえて我慢している。



 私は、毎日こんな生活をしています。正直、死にたい。死にたくてたまらない。でも、「オナラのせいで死ぬ」なんて絶対に嫌だ!
 だから、私はこの生活を続けなければならない。
 あなたは、どう思いますか? オナラの臭い私をどう思いますか? 授業中、平気でしているように思われている私をどう思いますか? そのせいでいじめられ、人を怖がり、たくさんの精神病を抱えてしまった私をどう思いますか?
 今だに完全な治療法はない。私は、このままこの人生を続けなければならない。
 もし、あなたたちの周りに似たような人がいたら、その人たちにこう言ってやって欲しい。「大丈夫?」と。それだけで、私たちは救われた思いになる。同情を嫌う人も入るけれど、同情にさえもすがりつくほど深刻な人だっている。
 人はみんな平等だっていうけれど、絶対にそんなことはありえない。もしそんあことがありえるのなら、この病気をみんなに持たせるか、私からこの病気を取り去って欲しい……。
 過敏性腸症候群。
 私はこの病気の持ち主です。どこにもいられない私は、この先どうなるか分からない。見えていたはずの薄いレールが、完全に見えなくなってしまった。でも、私はそれでも生きなければならない。
 生きるということはこんなにも難しいものなのか……。
 

2005/01/24(Mon)20:40:55 公開 /
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■作者からのメッセージ
短編を書いてみました(汗
ちょっとデリケートな話ですが、こういう風に苦しんでいる人はたくさんいます。
影で苦しんでいる人がいることを知らせるのも小説を書く者としてできることなんじゃないかな、と思いました(なんか文章変かも)。

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