『バランサー・オン・デッド』 ... ジャンル:アクション アクション
作者:貴志川                

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 真実。誠実。正解。仁義。最適。
 この世にいくらの肯定の言葉が出てきたのだろうか。私は知らない。興味も無い。
 ただ
 一つだけ。疑問がある。
 『私の正しさは、私以外の誰にとっての正しいことになりうるのか』
 
 決して答えなど、期待しないが。






 夜、喧騒が響く都市・東京
 
 車のクラクションが遠くから静かに響き、暗い夜空にキラキラとしたイルミネーションたちが美しく夜景を彩る。高低まちまちなビルたちの窓から漏れる光と、白く光る街灯が待ち行く通行人達の顔を照らし出した。
 いつものように人工的ながら美しい、イルミネーションの世界は、別段何の問題がないように静かに夜を迎えているはずだった。
 しかしながら、いつもとは僅かながら雰囲気が違う。道行く人々の足取りは心なしか早足だ。……いや、目に見えてはっきりと小走りに走る者もいる。皆、なにかにおびえるように、顔に不安を貼り付けていた。
 
  バラバラバラバラ………

 
 その上空を断続的に空気を切り裂く音が通り過ぎた。 
 夜景を作り出すビルや、看板のイルミネーションの間を音の主……ヘリが切り裂くように空を飛び去った。ヘリの内部では美しい夜景とは対照的な真っ黒な格好をした男達がうごめいていた。
 そのうちの一人が、無線を耳に押し付けた。
 
 『国営放送ビル内部でビルジャックテロ発生、事件システム関係者および対テロ部隊は即座に現場に向かい……』

イルミネーションは、いつものように美しい。


■『口』-the mouth-

 大体からおかしな話だったわけだ。

 そんな、曲がりなっても一国の政府が一民間企業に取引を持ち込むなんて。
 私たちの仕事を理解しているとはとうてい思えなかった。最初に呼ばれたときはあまりの混乱から「我々の仕事は……」と何十分も語った挙句
「ええ。それは理解していますから。どうぞ、お座りください」
 と突っ込まれてしまった。日本の総理……初の女性総理…に、だ。
 そうしてなんとか依頼を受け、初任務を仲間達に持っていくときにコレだ。
 依頼変更。
 ホントはこんなことはOK出すべきじゃない。なめられるのが関の山だからだ。だが相手が違う。取引相手はそこいらの……まだ大戦のくすぶりをひきずってるようなレジスタンスとはわけが違うのだ。一国の政府だ。当然OKぐらいいくらでも出す気でいた。

 そうして今、変更手続きに内閣官邸にきた私に
「来てくださってありがとう。どうぞ座ってください」
 またもあの時の様に椅子を薦められた。私は素直に「はい。ありがとうございます」と返事をして一礼と共に座った。私だって文明人としての礼儀くらい持ち合わせている。
 ……取引先になめられないように覚えたのだが。
「硬くならなくてもけっこうですわ。……ではブリーディングを始めましょう」
 総理はまだ生暖かい書類をにらみはじめた。
 周りをみるとココには電子装置はなにもない。3Dホログラムも、チャット装置も無い。それを見る限りどうも口頭で行うつもりらしい。
「……では説明しますと……。2204年2月24日。 現在から二四時間前に国営放送局をジャックしたグループがあらわれました。彼らは『真実の探求者』と名乗っており、グループについても、目的についても何一つわかってはいません。これに対し我々内閣府は十二時間前JSPAテロ対策本部設置をおこない、情報収集及びグループとの接触を開始しました。しかし先程申しましたとおり目的、グループについての情報は何一つ掴めず、停滞状態が続いています。」
 ここで総理が一区切りおいた。いっぺんに喋ったのでのどが渇いたらしい。お茶に手を出した。
 と、そこに防衛課課長が手を上げて申し訳なさそうに口を挟む。
「ちょっとすみませんが……君たちは……WMCと名乗っているそうだが…。実はこちらも調べたのだが君たちについての情報が一切無いんだよ。君たちは……そうだな、いわゆるルーキーと捉えていいのかな?つまり……」
「傭兵部隊としての、ですね。」
 わたしは先回りして言ってみた。これもなめられないための防衛ラインといったところか。
「……そうか」
 防衛局課長……課長といってもJSPAという大きな改革があった今ではこの役職が最高の肩書きであるが……は「フム……」と黙った。
「防衛課はこの事件に集中しなさい」
 自分の話が無視されたと思ったのだろうか、総理がむっとした顔で言った。防衛課課長は「すみません」と小さくなって頭をさげる。
 ……どうやらこの総理は女性という一点に置いてコンプレックスがあるようだ。男のなめた態度は気に入らないらしい
 さすがに女性はなめられそうだしな。私たちと似ているところもある。
「話を戻しましょう」
 総理は咳払いと共にまたも書類をにらみつけた。
 わたしはその書類の厚さを確認した。そう枚数はない。一日たっても何もでないようなグループだ。書類も少なくて当然だろう。
「いえ、もうけっこうです。事態は掴めました」
「おい、話はまだついてないぞ。」
 警察課の課長が立ち上がったが私はきにせず、もう動きだそうとしていた。なんといったってこの仕事は行動力だ。少しでもためらう姿はクライアントに悪印象である。
 さっさと椅子から腰をあげた私はコートを手に取った。そして一礼。

「まちなさい」

 いきなり総理が凛とした声を上げた。その声は澄み渡るようでいて、しかし澄み渡ったそこを冷ややかに凍らすような…そんな人をピタリととめる声だった。
 そうして私は聞いた

「……ここまでが一般のマスコミに流れた情報です。」




 ヒトという一種の種別の思考源と思われる「脳」を、ITのように「情報化」することにより情報伝達などを高効率化する、と言うややこしい発想を計画に移したのは2126年。
 
 「脳内情報化計画」によって生み出されたそれは、名称を『脳内サプリケーション』。別称『脳内IT』という。
 脳内に直接干渉するため、顔、声、抑揚などをデータとして他人に送ることが出来き、さらにパーソナルコンピューターシステムを導入されているため人類の大改革ともいえるそれを、簡潔に言い表すなら「通信映像を視界に出現させる事ができ、パソコンの能力もかねそろえた人間となることができる」と言うこととなる。
 大戦が始まって以後2126年以降軍事利用が考えられていたが、2315年、終戦間近の完成となった。しかしながら日本が大戦を沈静化できたのもサプリケーション化によるものが大きい。
 そして終戦後2352年、一般解禁となった。
 人間の原始的かつ効率的な「会話」をしなくても情報伝達が行うことができ、世界各国どこでも通信が行えるため大きな「人間改革」となった。
 しかし現在、サプリメーション化は賛否両論であるため、一部情報によると国民の35%程度で増加に歯止めがかかっている状態とされている。
 
 だが、そんな問題を残すシステムを導入した機関があった。
 警察、自衛隊を始めとする治安関係者達だ。
 脳内サプリケーションを全職員に義務的に着用させ、それを利用して命令系統などの並列化を図ったのだ。単純に言い表すなら「『課』や『署』が関係なく、治安維持に関する情報交換できる」というところだ。
 そしてその大改革計画により、2497年の治安維持部隊集隊法施行が施行、2498年 警察、自衛隊、保安 庁、公安調査庁、公安、がJASPとして統括された。

 JSPA(Japan Security Police Authorities) 日本治安当局の略称。 「ジャスパ」と俗称がついている。
 
 しかし情報のサプリケーション化によって 治安維持に貢献するはずだったJASPは開始当初に不具合が続発し、日本の治安は悪化の一途をたどることとなった。
 
 現状況2452年には治安は安静化してきているが、予断が許されない状況が続いている。
 
 それと同時に、大戦の傷跡は世界各国に残され続けていた。



■『行動』-the movement-

『二四時間前電波ジャック事件が発生。犯人からの要請はいまだ出ていない。我々WMCのチームリーダー、中島静は先程、日本政府からの要請で対テロ対策本部に出頭した。つまるところ我々の初任務は取り消しになったようだ。
だが今後の発展しだいでは任務がいくらでも加算されることが予想される。全員気をぬかずに待機せよ』

 との伝令が入ったのは何時間前か。というか三時間前の話なんだが。
 傭兵部隊に入ったのは今の日本に失望したからだってのにまだ俺は日本という国が捨てきれないらしい。……いや、『俺』というより『俺の人生』が、か。
 治安は悪化してきたからな、食いぶちはなくなる心配が無いからいいがそれだけでは少々人生というものにも失望してしまいそうだった。
 昨日の伝令通りこうして皆で押しなべ並べて回収車に偽装した軍用車に乗っているにもかかわらず何も行動を起こせない…苛立ちとはこのように殺意へ変わるのかと理解した。

「おい。あまり気追うなよルーキー?」

 肩に手を置かれた
「あ、……ああ…爺か」
 俺は少しびくりとしてそちらを見た。
 爺だった。年老いたふいんきをかもし出すその風貌を見ると爺は強い笑顔で俺を見返してきた。……殺意はすっと解けていくようだった。
 俺はこの爺……柴山のことは尊敬と親しみをこめて『爺』とよんでいる。その報復にか俺のことはいつからか『ルーキー』と呼ぶようになった。中曽根 想という名前は持ち合わせているが呼ぶ気はいないらしい。すくなくともここでは。
「ルーキーはみんな一緒だろうが……それよりまだか?隊長殿は」
「さあ?……うまくやってくれればもうけもの……ですかね」
 運転席から落ち着いた感じの茶髪男が顔を出した。整った顔立ちがガキっぽい性格に妙に似合ってないような気もする……と俺は少し前から思っている。この間爺にもその話をしたとき爺も同じ考えだったし、他人から見た印象=俺たちの考えで合ってるに違いない。
 そしてそんな男の名は
「山田 良治。作戦行動中は私語を慎め。」
 いたって普通だった。気づいたときは大爆笑したものだった。
 俺たちはいつもそれをからかってこんな風にフルネームで呼んでやる。すると奴は
「……フルネームやめてもらえますか?」
 こんな感じ。

「立てこもってる連中はもしかして軍事関係者なんでしょうか?」
 すみに座った優江が銃の点検をしながらつぶやいた。ショートの髪を赤く染めている。 正規軍なら殴っても文句言われないような姿だがそこは傭兵の甘さといったところか。
「さあな……ま、もしそうだとしても隊長は引き受けるだろうがな……ルーキーの宿命って奴だ。」
 爺が少しめんどくさそうに答える。
 軍事関係者なら戦うことに長けている分、ただのテロ犯とは一線を画す。特に接近戦などでは都市傭兵のような遠距離戦術をつかう部隊とは比べ物にならない。
 ここでいう「ルーキー」とは俺のことではなく、WMCのことだ。傭兵隊の中ではまだまだ駆け出しの位置だろう。
「そうですか……」
 優江は少し身震いしたらしかった。
「そんなにビビんなよ。始まったら、すぐ終わるって」
 俺の言葉にも優江は
「…………」
 無言で返した。 
 …無理もないか。良治や柴山は退役軍人、俺は元警察特殊急襲部隊隊員。
 人は……まあそれなりに殺してきてる。
 優江は何でか知らないがWMC結成時、志望傭兵として入ってきた。
 元音大生…らしい。


 車内の暗闇はいっそう増していた。昼間に起きたこの事件はこのまま夜までもちこまれるようだ。どうも行動は夜になるらしい。
 これは狙って行われたことなのか、政府側の調整の失敗のせいか、わからないが腹立たしいことこの上ない。
 少し外を運転席を通してみてみた。
冬が過ぎた世界には少しばかり闇は遠ざかれ、夕暮れの光と影が交錯する美しい世界が広がっていた。
「(あ………)」
 その夕暮れの景色が妙に美しく見えてつい声を上げそうになってしまった。
 苦笑して、なんだか自分が感傷的になってるな。と少し笑ってしまう。

「『私の正しさは、私以外の誰にとっての正しいことになりうるのか』」

 爺がヘルメットで顔を隠しながらつぶやいた。正直寝てたと思っていたので少し面食らった。
「……あ?爺…なんだって?」
「この間読んだ本に書いてあってな。少し思い出した」
「世の中都合のいい正義があふれてるってことですかね?」
 良治が車内TVを見ながらつぶやいた。TVには『首都テロ!標的は国営放送局!?』というテロップが踊っている。
「こういうマスメディアも……『真実』とか『正義』とか、肯定の言葉を使って自分勝手な正しさを主張してるんでしょうね」



「……国営放送会長が…ですか?」
「ええ。彼がこのテロの首謀者、ということだそうです」
 首相は両足を組んで横柄な態度で話し始めた。
「我々はこの事件についてこれらの事実をつかみました。」
 書類をWMC会長、兼隊長…片見 静に渡す。その薄い書類には静が思った以上にびっしりと字が埋められていた。……静はそれをゆっくりと読み進める。
「……つまり『この事件は国営放送局会長によって起こされた事件で、彼は一部の部下を使って放送局をジャック、自分たちの要求…というか主張を流した。しかしそれは政府の公安部の手によって阻止される。…だがそれも裏目に出て、犯人たちは放送されたかどうか政府に情報を要求。会長たちが放送されていないことに気づくのも時間の問題…』ということですか?」
「そうです。付け加えるなら『会長は政府側にとっては都合の悪い主張をしようとしている』といったところですね」
 そんな首相の態度に静は少しあきれて
「自分で言いますか……」
「事実は正確に掴んでもらいたいので」
 首相は悪びれずに答えた。
「……」
 静はさらにあきれた。

 しばらく静は書類を読み、その間にぼんやりとつぶやいた。
「……しかし最近では会長も色々不祥事が続いてましたからね、このような結果になったのも理解できないでも…」
「いえ、それも彼にかぶってもらったものです」
「……は?」
 静は一度書類を落としそうになりなった。
「内閣関係者が起こした癒着事件を彼にかぶってもらっただけです。彼は何もしてませんよ。…公務員ですからね、首にしなくていいですし、かぶってもらうには最適な役でしょう?」
「……私は公務員だけにはなりませんよ」
 静はそういって書類を置いてかえした。少し疲れている顔だった。
 首相はそれを別に気遣うこともなく、それと交換してROMディスクをわたす。
「これが彼らの、『放送した』と思っている犯行声明です」
「ディスクですか……一応持ってきておいてよかった」
 静はディスクを、持ってきたROMリーダーに差し込んで、映像をサプリケーション化が可能にした、脳内ITを通して視界に写す。
ついでにいい加減飽き飽きしているであろう、彼の仲間兼部下たちに通信を入れた


「『全員いるか?今から任務に関係する映像を流す。情報が少しはあるかもしれない。しっかり見ろ』」

「やっとだぜ。こっちは任務の前に一杯やりたいくらいだ…」
 いい加減、話す話題がきれて沈黙が続いていた暗い車内に、やっと言葉らしい声が出た。
 視界の端に現れたなつかしの隊長の姿を見て、想はぼんやりとつぶやいていた。もちろん通信は切って。
 そんなさっきまで「あー」とか「うー」と落ち着かなかった想に
「そうとう難航したのか………ルーキーは一人で十分なんだがな」
 爺はのんびりと、タバコをつぶしながらつぶやいた。
 そしてそれに賛同するようにウンウンうなづく山田と優江。
「オイ。………ルーキーって俺のことか?俺のことなのか?お前らな、俺は前から思っていたんだが最近俺に対する――――」
「静かに聴けよ、『ルーキー』」
 ……立ち上がりかけていた想は『がんっ』と座り、閉口した。ちっとつぶやき、顔もそれに合わせて渋くした。


 映像は会長のアップから始まっていた。随分太った中年男は口を、ゆっくりと開く。
『……我々は真実を知っている。政府による国民への『ブラフ』、世界情勢の『ウソのODA報道』、大戦に消えた『無名の戦士達』!そして私に対する『あるはずの無い不祥事』……』
 中年の男はさすがに映像関係者なだけに、動きが大げさながらもそれに不自然さを感じさせない。手を上げたりふったりしながら、激しく主調を繰り返した。
 『……我々は義勇軍だ!民衆のために立ち上がった『本物の真実』と『正義』の兵!
もうこの放送局にいるほとんどの者は我々の理解者となった!残ったものは『自分勝手な真実』を信じ続ける『真実』を直視しない腐った反乱分子だけだ!
もう国営放送局はそれではない!』
 そこまで一気に言って、しばらく息を継ぐために黙り込む。顔を下げた。
 そしてスっ……と息を吸った。
 目が真剣みを帯び、アゴを軽くひいて深く重みのある声で叫んだ。

『我々は!『真実の探求者』!!!』


 しばらくの沈黙の後、想はあくびをした。表情をなんともいえない顔にしてため息をついた。
 
 そしてぼそりとつぶやいた
「正義……だとよ」



「『作戦コード「フラッシュ」』だ」
 静はゆっくりとブリーディングをはじめた。WMC隊員達の脳内映像に背の高いビルの立体映像があらわれる
「『まずは我々が専攻して通風ダクトを利用して内部に進入する』」
 ビルの映像が表玄関を写した映像から回転して、裏口へと回る。その大して大きくない裏口の少し上の部分が赤く点滅した。人一人やっと入るような通風孔だった。
「『進入後、我々はまず一階からエレベーターを使って人質の居ると思われる24階へ移動して、人質の有無確認。あくまでも確認であり、救助しようなどとはしないこと。この際、テロリストたちが赤外線爆破装置を使用している可能性もあるため二人をダクトに残し、赤外線の有無の確認をする。そして確認後24階へ移動した二人に続いて階段で18階まで上がる。』」
 赤く点滅していたダクトから矢印が二つ進み、しばらく進んだところでそのうちの一つがダクトから脱出、のこった方がエレベーターの上にある通風孔にダクトから進入。「レーダー検査」の文字が出るとダクトからでた矢印がエレベーターに乗って24階へ、残ったほうがダクトを脱出し、階段で18階まであがる。
 「随分な肉体労働だ」と爺がつぶやく。
「『これは先に潜入した二人がエレベーター内、もしくは24階到着後に攻撃を受けて全滅した際の保険のようなものだ。18階には会長がいる。そちらの暗殺が我々の最優先事項だ。」
 「縁起でもないや……」と山田。
「『人質がいる場合は確認直後に統括局に連絡。その後ヘリでくる警察課特殊部隊「sit」の突入と同時に18階の二人も会長潜伏先に突入する。すぐさま射殺。その後全員が外にある水道用パイプにワイヤーを引っ掛けて降下。警察関係者にばれないようにしろ』」
 24階に居る矢印の上に「確認」の文字が出ると、18階の矢印が、ビル外から24階へ入ってきた青い矢印と同時にすすんで、それぞれ18階の矢印は一番大きな部屋にはいり「射殺」、青い矢印は24階で「救出」の文字を掲げた。
 「注文が多いですね…」と優江が二人に釣られてつぶやいた。
「『警察官関係者にはこの作戦は極秘事項だ。一部の上役が知っているだけで現場の人間は全員独自の判断で動くぞ。…当然いきなりぶっ放されても文句は言えないわけだ…ついでに彼らの最優先事項は「人質の救出」だ。内部で銃撃戦なんか起こしたら…わかるな?』」
「人質救出のために突入……テロリストと警察、そして俺たちの大銃撃戦…てところか」
「『そうだ……柴山の言うとおりの事態となれば今度はその収集に陸自が動き出すことになる。それだけは避けたい』」
「つまり……」と想が立ち上がり、銃身に弾創を叩きつけていれる。
「『俺たちはダクトから進入して二部隊に分かれる。一つは人質の確認をし、一つは会長襲撃のために備える。そして人質の確認がなされた場合は警察特殊部隊と同時に突入。確認されなかった場合は直後に襲撃、その後速やかにワイヤーで脱出……これを警察、テロリスト双方にばれないように行う』っと。こんなもんか?」
 山田がそこまで聞いて頭を抱えた。ついでにかきむしる。
「ハードにもほどがありますよ……これ初任務ですか?」
「『そうだ』」
 静はしっかりと、脳内映像でうなずいた。


 しばらくの詳細なブリーディングの後に静が「よし」といった。
「『……作戦は以上だ。コード『フラッシュ』の宣言と同時に開始しろ』」
 静の言葉に全員が「了解」と応えた。
「『少々緊張している奴も居るが……頼んだぞ。……死ぬな』」
 全員がその言葉には反応せずに小型のアサルト銃を紐で肩掛けサックのように肩に担ぎ、車を出るためにコンテナの出口に向かった。
 その顔に何らかの意思は読み取れない。読むものも居ない。

「さてと……少々疲れそうだなだな」
 爺がつぶやく
「爺……腰が痛ぇならここに残っててもいいんだぞ」
 想が憎まれ議とを叩き
「中曽根さんも残ってもいいんですけどね」
 山田が笑う
「……私残っていいかな?」
「……」「……」「……せっかくだから一緒に行こう」
 全員がなんともいえないオチを優江をつけた。


 コード『フラッシュ』
 その一瞬の輝きは、命の輝きか


 それとも、『死』のともし火か

■『接触』-Killing one another-


 正義とやらが定義づけられたのはいつだったのか。
 というかまず正義ってなんなのか。
 正義とは悪の反対。義を持って正す。それで正義。少なくとも俺の中ではそれだ。さらに言うなら善とは「よいこと」極限まで持ち越せば、それはつまり人が定義づけた『正義』のラインを越すことだ。それの使い手は誰であれ、なんであれ関係ない。
 とにかく『正義』のラインを越せばそれはもうその時点で『正義』なのだ。
 ……あれ?それじゃあ正義って…なんだ、つまりあれか?人によって変わるんじゃねぇか?
 なんだ。じゃあそれって人の勝手じゃねぇか。ビバ、俺正義。フィーバーお前正義。
「ルーキー。今度は何考えてやがる」
 横を見ると爺がアサルト片手に俺を胡散臭そうに見ていた。
 事件発生から四十八時間以上。俺達はビル潜入の為にビルの背面の排気口の前に体をピッタリへばりつけていた。
「ビバ正義」
 俺はピースをしながら、カチャリとアサルトを握り直した。
「ああ、そぅ」
 爺は実にのんびりと頷き、彼も銃をカチャリと動かした。
 俺達の姿は着ている都市迷彩の、濃紺と黒を基調にした潜入服のお陰で闇にしっかりと紛れ込んでいた。明かりさえなければ誰も俺達には気付く事ができないだろう。迷彩とはよく出来ているものだ。
 さてと……そろそろか。
 俺は唯一隠れていない顔を地面にむけた。
 脳内ITを起動する。そしてすぐに通信ソフトを開始した。
 視界の端に僅かな作動音と共に、黄緑色の枠が現れた。通信をいれる。
『中曽根、柴山、作戦開始エリア設置完了』
 黄緑色の枠の中にゆっくりと人間の顔が現れた。険しい顔をした、しかしながら若く、精悍な顔をした人間だと爺は評している顔だ。俺はそのあたり頓着しないからどうとも思わないが、他人から見たらそうなのかもしれない。
 静はその精悍な顔をピクリとも動かさずに、俺の視界の端で口を開いた。
『わかった。混乱を避ける為に五分間空けて山田と優江を投入する』
『了解』
 返信した俺に『よし』、と静は満足そうに頷いた。
『コード『フラッシュ』だ』
 その言葉と同時に俺と爺は暗視装置を着けて通風孔に潜り込んだ。人一人がやっと潜り込めるような狭い場所だ。先頭が俺、爺が後ろで前へ進む。通風孔の中は真っ暗で、暗視装置がなければ一センチ先すら見えないんじゃないかと思うくらい暗い。
 そして脳内ITに地図を映し出しながらホフク前進を急いだ。なんと言っても任務だ。仕事と行動は迅速に行うに限る。

 がさがさがさがさと服と壁が擦れて音を立てた。

 無言でホフクを繰り返す。話すべきことは話したし、やるべきことは決まっている。話す必要はない。と爺なら言うだろう。
 と、明るい緑色の視界の端の静が、僅かに眉を寄せた。「ん?」となんとなく頭の思考が止まる。
 疑問を持ったのは俺だけじゃない。当然通信は全員の脳内ITに表示されているからだ。
 爺が無表情に通信へ介入してきた。
『……どうした。何かあったのか?』
 静はしばらくの後、そらしていた(おそらく違う通信を受けていたからだろう)顔を正面に見据えた。
『連絡が入った……警察が動き出そうとしているかもしれない』
 まずいな、と表情をへこませて少しの間思案顔になり、アゴに手を置いた。「なにぃ…」と爺まで渋い顔をしだす。
『……どうも作戦が上手く行かない気がしてきた』
 俺は表情をゆがませてそれにあわせた。どうもヤバそうな気がしてならない。まだセンサー確認すら行ってないのに、コレだ。いやなジンクスが働いているとしか思えない。
 映像の中の静はフッと小さくため息をついた。そしてしょうがなさそうに顔を上げる。
『起きてしまったものは仕方がない。とにかく作戦は進める。……センサー確認を急いでくれ』
 おいおい、強行かよ。
 俺は後ろにいる爺とリアルで顔を合わせた。爺は方眉を上げただけで、さあゆけ、と俺のケツをアサルトでつつく。ウゲゲとしょうがなくホフク再開。
 俺が動き出すと映像の中の爺は静にうなずいた。
『……了解。とりあえずわかり次第警察の動いている場所を逐一報告してくれ』
 爺はそれだけで済ます気らしく、静もそれが当たり前のようにうなずいた。
 ……大丈夫なんだろうな。どうも雲行きが怪しいぞ。通風孔の中でばったり、なんてあったりしたら洒落にならないんだけどな。
 とはいえ他に方法が在るわけがないのも確かだ。
 しょうがなく黙って進むと、明かりの漏れるエレベーター前のダクト口が見えてきた。
『よし』
 静は俺達が到達すると準備していたらしく、優江と山田の投入を告げた。
『……想、柴山のグループはアルファ、優江、山田のグループをベータとする。アルファ 部隊はそのまま北に向かってセンサーを確認しろ』
 映像を静へと『うん』とうなずかせて、俺達はさらにスピードを上げてホフク前進を続けた。
 少しずつ通風孔の壁が広くなってきた。エレベーターを移動させる空間が近づいているということだろう。そろそろ調べてもいい頃だ。
『爺、確認するぞ。相対センサーをよこせ』
 脳内ITで要求すると、後ろからゆっくりと銃口の先に拡声器をつけたようないびつな形の機械をよこした。
 俺はそれを片手に持たせて、拡声器のようなその口を上に向けた。引き金状になっているスイッチを引いた。調査には少しばかり時間をくう。
 相対センサーは赤外線などの爆発物に付属される誘発センサーのみに反射して帰ってくる特殊な超音波を照射し、赤外線爆破装置の有無を確認するものだ。基本的にコンクリートなどの音を反響させる材質は貫通するので、室内でもかなりの範囲に渡って調べることが出来る。便利な代物だと思う。
 いくら科学が発達しても、やはり便利なものが不思議なものになる感触はたしかにある。子供の頃見たアニメや映画では、当たり前のように使っていたからそんなこと思いもしなかったのだが。
 

 俺は引きつづけていた引き金から指を離した。
 いつまでたってもセンサーは鳴らなかった。 

『そうだベータ部隊そこで……』
『了解、飛び出すタイミングは……』
 脳内ITの通信では山田、優江のベータ部隊はエレベーター前のダクト口にすでに到着したらしかった。
 俺は通信を入れる。
『いいぞ。センサーは反応しない』
『了解。ベータ部隊、行動開始だ』
『了解』
静の言葉に優江の映像がうなずき、ベータ部隊を表す青い点が、脳内ITが作り出した地図上を動きだした。
 ……ダクト口から外へ飛び出した様だ。
 しばらくその場の安全を確保するためにうろうろと二つの点は動いた。きっと銃を構えて警戒しているに違いない。
 しばらくすると、二つの点はエレベーターに近づいた。
『ベータ部隊エレベーターに乗ります』
今度は山田が緊張の表情で通信に現れた。その言葉通り、俺たちの前を通り過ぎた(俺達は未だ通風孔から移動していなかった)エレベーターに点は乗り込んだ。
 それを確認した静は優江達に向けていた顔を戻して、俺達に向き直った。
『よし、アルファ部隊は階段へ移動しろ』
『了解』
 爺は答えて後ろへと後退、俺もそれに続きダクトの口へ戻った。
 俺は暗視装置に付属させていた小型カメラを伸ばして、エレベーター前を確認した。
 提灯アンコウの提灯部のようなカメラが送る映像には、閑散としたエレベーター前のフロアが映し出されているだけだ。
 配置を確認していくと、エレベーターは西から東へと延びる通路の真ん中に、横へぽっかりと空間をさくようにフロアを使ってそこにあった。
 俺は爺へと顔をむけてうなずいた。
 爺はそれで大体のことを理解したらしく、体を丸めて外を覗く。
 目と顔を円を書くように一通り動かすと、ダクト口を塞ぐ柵を取り外し、外に飛び出した。
 肩にかけていたアサルトをすばやく構えて自分を狙える各所を確認し、周囲の安全を確保する。
 爺の脳内ITの映像がゆっくりと口を開いた。
『……クリアだ』
 俺は爺に続き外に飛び出し、同じく銃をかまえた。警戒する爺の後ろを通ってエレベーター横にある階段へと進む。
 静が動く。地図を拡大表示させてきた。
『18階までランだ。地図にある程度の生命反応は示す……赤い点だ。近くに来たら表示されるはずだ』
 俺たちはうなずき、無駄な動きなど少しもせずに、階段を駆け上がりだした。
 地図を確認しながら走るのは訓練でも行ったことだが、やはり難しいことに違いはない。
 走りこみ、曲がり角では壁に張り付き、一人が地図を確認。そしてもう一人が銃を構えてまた走りこむ。
 明かりはついているが、それでもやはり少々暗い階段に、音を立てることを極力避けた
足音が硬質的に響いた。
 張り付き
 走りこむ
 『クリア』
 『クリアだ』
 『クリア』
 『クリアだ』
 ……
 ………
 …………

『まて!』
 そんなことが何度も続いたとき、いきなり静の顔と共に通信が割り込んできた。
 俺はいきなりの出来事におどろく声を抑えるのに必死になってしまう。
 すぐに立ち止まり、壁に張り付いた。銃を回りに向けて警戒する。……とりあえず大丈夫なようだ。
 俺がクリアを出すと、なんともデジャブではないかと思う口調で爺が返した。
『どうした? 何があった』
 ……通信の表情は真面目な顔をしているが…爺、リアルでは目をカッ開いている。やはりビビッたらしい。口調はその反動って奴か。
 まあその辺り俺も一緒だ。息が上がり、鼓動も激しくなっているから余計にビビッてしまっている。
『まずいぞ』
 そんな爺と俺に静は額を押さえてつぶやいた。
 ……あきらかにまずそうな雰囲気だ。とんでもないところに、自分ではどうにもならないところに足を踏み入れたような、背筋を駆け上がるそれが這いずり回っているような感覚が俺を襲う。
『なんなんだよ……なにがあったんだ』
 俺はそれに背を押されるようにつぶやいてしまった。答えるように静は16Fと表示された地図をアップで俺の視界に表示する。ついでに監視カメラの映像も。
 俺はそれに注視した。

『……確かにヤバそうだ』
 爺は銃を握りこんだ。体を少し、身震いさせる。俺もぼんやりとその地図をみて呟いた。
『……ここ何階だった?』

 カメラには16階のエレベーターへと向かう重装備の警察官達が映し出されていた。

『15階から16階へ続く階段だよ』
 爺はまったくもって切迫感がある声で答えた。





 狭いエレベーターの中、二人はいた。エレベーターといっても今は動いていない。何か問題が起きたらしく静がシステムに強制介入して停電させたのだ。建物の中は自己発電によって明かりがともっていたが、エレベーターは建物内とは別の自己発電に頼られているため、動かないようになっているのだ。言い方によってはただの箱の中に二人はいたのかもしれない。
 ただ中にいる二人にそんな言葉遊びをする余裕などなかった。残念ながら彼らは、与えられた任務……つまり『暇をつぶす』ことにあまりに忙しかった。
 その暇つぶしにいそしむ良治は、残念ながらその任務に非常に適していない人物とチームを組まされたことに正直困っていた。困りきっていた。
「……こんな事を言うのは不謹慎だとは思うけどね」
「…………」
「暇だよね。正直」
「…………」
「結局輸送車の中とかわりばえしないんだから……まぁ、なんというか…」
「…………」
「……聞いてる?」
「…………」
 少しだけこくり、と頷いた。
 良治は渋い顔を優江に向けた。作戦開始から数十分経っているのにも関わらず、彼女はずっと口を開いていない。ムッツリと口をつむぎ、『私はそこしか見えません』と言外に主張するかのようにエレベーターの入口を見つめていた。
 ため息をつきたくなる。なんでここまでだんまりを決め込むのかさっぱりわからない。入隊直後はまだ「かわいいなぁ」程度の認識だったのだが、これではあまりにもひど過ぎる。彼女が入隊してもう半年。いつまでこの調子なのか……
 ため息ついでに見た彼女の横顔はエレベーターの中の微妙な光暗に照らされて、妙に端麗に見えた。日本人とは思えない程白い肌に、ほっそりとした首すじや肩のライン、ショートの髪を赤く染めたのもあいまって実に……その、なんというか
「…………」
 うん。まあ、あえて言わないんだけどね。
 彼女の場合性格がそれを破綻させてくれてるのだが。
 うまいコミュニケーション方法はないのだろうか。しばしの間思考する。
「……何が好きなの? 食べ物とかさ」
「…………」

 シカトされました。

 頭をフルに回転させてもう一つ質問する。
「リンゴとか? 優江暇なときよく食べてるよね」
「…………」
 コクリ。
 お。反応した。……『YES or NO』なら答えられるわけらしい。
「チームの仲間とはどうかな。そろそろ仲良くなれた?」
「………………」
 しばらく沈黙してから、コクリ。
 本人は仲の良いつもりらしい。周りはコミュニケーションに必死なのだが。
「よく柴山さんと話してるよね」
 今度はすぐにコクリ。
「おじいちゃんみたいですきなんでしょ?」
 コクリ。
「やっぱりなぁ。僕もそうなんだよね。……じゃあさ、想は? 想ともよく話してるよね」
「…………」
 ……あれ。黙っちゃったぞ。しまった、もしかして禁句か?
 彼女は黙り込んだまま、少しだけ髪をかきあげた。かなり小さな動作だが、なんだろうか……動揺してるのか? 目をキョロキョロさせ始めた。
「ごめん、話したくなければいいんだ。それじゃあさ、静はどう?」
 今度はすぐにかぶりを振った。目を細めて、口をへの字に曲げる。……うわぁ、嫌そう。
「どうして? 怖い?」
 フルフルと首を振る。違うらしい。
……それにしても表情が険悪になってきてる。この話題はよそう。
「あ、それじゃあさ……」
 そうだ一番聞きたいことがあるじゃないか。なぜか少し緊張しながら聞く。
「……僕はどう?」
「…………」
 しばらく沈黙が続いた。彼女ははたり、とその動きを止めて視線をまたエレベーター入口へと固定する。なぜか顔は無表情だ。

……ど…どうなんだろ……?

 表情からは何も読めない。思案顔で少し人指し指をアゴ置く。
 そしてチラリと困ったように良二を見た。
「………」
 ど、どうなんだ?
 いや、できればハッキリ……あ、でもこんな所で……いやいや、場所など関係ないじゃないか……そうだ気持ちだ……ハートが
「…………」
 あ、顔あげた。
 彼女の顔を見る。相変わらずエレベーターのドアを見ているが、少しだけ表情が固い。
「…………」
 ど……どうなんだ……??

 彼女はゆっくりとこちらを向いた。





………


…………ハハハ


……………首傾げちゃいましたよこの娘。


 そして流れる沈黙。なぜか彼女も首を傾げたまま硬直している。
 あー早く行動開始にならないかな……
 想達はなにしてんだろう……


■『格技』-the Fist-

「爺…どうすんだ? もう時間がないぞ」
カメラの映像は確実に階段へと近付く特殊部隊を映し出していた。目的は同じく階段だろう。ということは当然鉢合わせすることになる。
 残念ながら警察のようにちんたら隠れながら進む暇は無い。
 柴山はこめかみに人差し指を当てて、脳内ITから通信ソフトを起動した。
『静』
『……なんだ』
 思案顔の静が通信に再び現れる。
『何か解決策はあるのか?』
『……銃殺はだめだ。その瞬間政府との協定は切れてしまう。……それから、発砲音も、 最初に説明したとおりだめだ』
 その言いように想は通信に介入して眉根を寄せる。
『だったらどうすんだよ』
『殺さないように黙らせろ……それしか方法は無い』
 柴山は小さく舌打ちをして銃に安全装置をかけた。しゃがんで壁に貼付けていた背中を立ち上がって離す。
「いくしかねぇな」
 はぁ?と想もしょうがなく、といった感じで立ち上がった。
「マジかよ……二人対四人だぞ…」
 柴山は階段を音をたてずに上がると、エレベーター前のフロアからギリギリ見えない位置に身を隠した。少しだけ顔をだす。
「奴らがエレベーター前に来たら合図する。前二人が俺、後ろ二人がお前だ」
「俺の話きいてんのか?」
 その後ろに想がはりついた。二人並んでしゃがみこむ。
 そして映像に集中する。地図に表された点と映像。それはもう目の前に来ていた。
 柴山は顔をすばやく引っ込める。それはもう敵が近づいてきている合図だった。


……カチャ……カチャ……カチャ……


……銃の音だ。構えるたびに引き金に指が接触するからこういう音がするのだ。間違いない、もう目の前だ。少し、心臓が飛び跳ねる。

カツカツカツカツ………

 音は確実に近づいてくる。すこしずつだが、通路を移動してきて、このエレベーターへと。
 さらに汗まで噴出してきた。


カチャ
カチャ
カチャ


『ソース監視カメラから通路からのフロア入室確認。四名。警察特殊部隊』
 静の報告からもう見なくても中にいることがわかる。
 と、静かだったフロアに低い声が響き渡った。

「……クリアだ」

 完全に想達の真横、つまりエレベーター前に到達したらしい。声がそのまま聞こえる。
 想はゆっくりとしゃがんでいた体を立たせた。銃をなるべく音を立てないように胸に寄せてすぐさま攻撃に移れるようにかまえる。

「……よし、エレベーターに乗り込むぞ」

……どうやら目的は階段ではなかったらしい。スイッチを押す音が聞こえた。
『……どうする? やりすごすか?』
 視界の端の通信枠で少しだけ顔を緊張させた柴山に想は話しかけた。顔を緊張させたまま柴山は何を言うでもなく様子を伺っているようだった。
『……回避できるのならそうしてもらいたい。戦闘は君たちが危険になるだけだ』
 想はゆっくりと通信にうなずいた。
『爺、ここは――』


「……階段を見張って来い」

「……!?」
『相手はそういう気はないらしいぞ。できれば戦いたいらしい』

カツカツカツカツ……

――まずいっ 近づいてきている!
 想は銃を握り締める。……撃ってはいけない。それならばこの銃で殴るしかない。
 柴山にそのあたりのことは教えてもらったが、どうもできるかどうかも自信がない。
『ビビるんじゃない』
 そんな状況にもかかわらず、脳内ITで柴山は少し笑っていた。
『合図で飛び出すぞ。近づいてくる二人はお前が始末しろ。俺はその後ろでエレベータいじっているやつらを始末してくる』
 その言葉の直後、実に間の抜けたエレベーター到着音がフロアに響いた。



ちーん


「いけぇぇぇぇッ!!」
 柴山は階段の影から飛び出した。
 正面には二人、柴山の大声に驚いた特殊警察。一瞬だけビクリと体を動かして、しかしすぐさま目の前の標的、柴山へと銃を向ける。
 柴山は彼らに一気に走り寄った。素早くしゃがみこむ。二人の男が構えている銃の銃口の下、ちょうど銃身の部分を立ち上がりながら思いっきり持ち上げる。
「うおあッ!」
 それだけで銃をしっかり握り締めていた彼らは、バランスを失ってうしろに倒れこみそうになる。
 柴山はバランスを崩した彼らの腰の上に飛び乗り、一気に跳躍した。
 まるでスローモーションのようにその映像を見ていた、エレベーターに乗り込むように動いていた男達が、ここでやっと銃を構えだす。
 しかし僅かに遅い。完全に老人の姿である柴山に銃口を向ける前に、柴山は目前に着地していた。
「ごへガッ!!」
 そして、しゃがみから立ち上がるばねを利用して、右フックを向かって左側の男の首に殴りつけた。硬いこぶしが炸裂して、頚動脈の血液を完全に止めてしまう。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 しかし、もう一人に背を向けた形となった彼は、後ろから銃座で殴りつけられそうになる。

ドグゴッ

 しかしながら残念なことにそれが当たる前には柴山のひじ打ちが、銃座で殴ろうと高く掲げた彼のアゴに平行に入っていた。

「ルーキー!!」


 柴山が駆け出したときに同時に出ていた彼は、出た瞬間、普段は爺と呼んでいる彼が見事な跳躍をかましているのを見た。そしてその下で踏み台になって、崩れ落ちる特殊部隊の男達。しかしそこは特殊部隊。すぐに立ち上がって銃を柴山に向ようとする。

「元同業者ながらなさけねえ!!」
 その彼らの注意をひきつけるために、大声を張り上げながら想は突っ込むように走りこむ。
「!?」
 振り返った彼らはそれを見ると、一瞬躊躇して、だが素早く銃を向けた。
 しかし振り返るだけのタイムラグがある彼らは、想が彼らの引きが引かれるか引かれないかの瞬間で懐に入るのを許してしまう。
 想はまず右側の男の銃を上から押さえつける。こうなるとテコの原理で銃口が下に向かざるを得ない。
「この!?」
 そして何とか銃口を上げようとする彼の力を利用して銃座を一気に上へと引っこ抜いた。

ゴッ

「げあッ!!」
 銃座は当然その先にあった持ち主の彼のアゴに直撃する。
「この!」
 その瞬間、流れ上、想の後ろに立つこととなった男は素早く銃を構えられるだけの間をとって銃口を想に向けていた。
 しかし僅かに間が足りない。
「っらあッ!」
 想は奪った銃を、殴った動きで上から下へ、今度は銃口のほうを先にして、後ろの彼を見ることもなく突き刺した。
「ゲッはッ!」
 当然それが後ろの彼に深々と刺さることはなかったが、男のみぞおちを銃口は重く、深くねじり込んだ。
 想は振り返って銃口を今度はアゴへと突っ込ませる。
「ぐがあッ!!」
 ガキリッという固いもの同士がぶつかる音をたてて、男は地面から軽く浮きながら吹き飛んだ。
 倒れこんだ彼がもだえるのを確認すると、走り寄った想は最後に、彼の首を踏み潰した。
「グエァァァァァァァァァァァァッ!!」
 人とは思えに様な叫び声をあげながた彼は、ガクリと力を抜くと白目をむいた。

「ルーキー!!」

 振り返ると、柴山がエレベーター前の二人を倒して、こちらを見ていた。その前で見事に伸び上がった二人は、だらりと開いた口から涎すら垂れ流している。
「…ハア……ぐっ…ハア………だ…大丈夫だ。何とかなった」
 そうか、それは良かった。と柴山は不敵に笑った。……息一つ乱していない。
「……ハア……クソッ……爺…元気だな、ちくしょう…」
 柴山とは打って変わった荒い息で想が睨むと、柴山は、今度は嘲笑するかのように鼻で笑った。渋い白髯の口元をニヤリと意地が悪そうに口元をゆがませる。
「若けりゃいいってもんじゃないってことだ」
 何か憎まれ口でも返してやろうと想が息を吸い込んだ。
 しかしその息は柴山に吐くことができず、視界に通信タスクが現れた。静だ。無表情な顔を想達に向ける。
『よし、よくやった。すぐに18階へ向かえ。β部隊が足止めを食らってる』
『……さっきまで頭抱えていたくせしてよく言うぜ』
 吸い込んだ息をそのまま静にぶつけてやると、静はすこし苦々しい顔をした。……どうも怒ったらしい。
 柴山はそれを見てまた笑った。通信に介入する。
『そんなことはいいからさっさと行くぞ』
「へーいへいっと……」
 想は置いてきた銃を拾って、肩に担いだ。そして通信と同時に動き出していた柴山についてまた、階段を駆け上がっていった。



「……それでさ、優江はどう思う? 僕は正直想の意見は」

ガタンッ

「わッ」
 エレベーターの中で延々と続いていた独り言のなかで、いい加減限界に達していた良治に、何の神のおかげかはわからないが、エレベーターが動くという贈り物が与えられた。
 おかげで彼の表情に安堵が浮かぶ。
「動いた……よかった」
「…………?」
 優江は少しだけ首をかしげた。
 それは疑問からだったのだが、その疑問と言うのはつまるところ
『なんでよかったのだろう』
 と言うことだったのは、良治は知る由もなかった。



 暗い部屋の中で彼はつぶやいた。
「おい」
 同じく暗い部屋の中にいた男……アサルトライフル、『AK』をもった若い男は答えた。
「はっ」
「今の停電はなんだ?」
 若い男は少しだけ眉を寄せた。しかしすぐに機敏に答える。
「わかりません」
 彼はその答えに不満だった。だから不満をあらわにしてつぶやいた。
「…………無能が。調べて来い」
「…………はっ」
 若い男は一礼すると部屋を出た。
 そして彼は銃を片手に向かうのだ。
 

 上がってくるエレベーターへと



2005/03/29(Tue)00:36:14 公開 / 貴志川
■この作品の著作権は貴志川さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
アクションきましたよ〜やっと(笑
アクションが書きたくてしょうがなかったのにかけなくて「あああああ!」という感じだったのですが……あーすっきり(笑
そして優江ですが……確実に電波系狙ってますから(笑 プロットの上では一番生き生きしてます。


頑張って更新するぞ〜と。
あと言い忘れていましたが、コレは一話完結形式で書いていこうかと思っています。まだ一話も終わっていないと言うのに言うのもアレですが、ドンドン話を追加していくつもりです。はい。

コメントを下さった皆様、本当にありがとうございます。こんな駄文ですが、もう少し付き合ってくださると、とてもうれしいです。

辛口コメントお待ちしています。


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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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