『誰も知らない戦士の名(読みきり)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:渚                

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「おばあちゃん、おばあちゃん」
「なんだい?」
「ねえ、大戦記のお話して」
「リシュは大戦記のお話が好きなんだねぇ」
老婆は目を細めて孫を見た。孫もうれしそうにうなずく。
「だって、最後はルブンクーヴァの大勝利で終わったんでしょ?自分の国が強いんだって、すごくうれしいじゃない?ラフィルストなんか目じゃないよ!!」
「…でもね、リシュ」
老婆は孫をひざに乗せて微笑んだ。
「ルブンクーヴァが勝ったのは、実は、一人のラフィルスト人のおかげなんだよ」
「えー!?嘘だー」
孫は頬を膨らませて足をばたばたさせた。老婆は困ったように笑い、目を閉じた。
「じゃあ、おばあちゃんがお話してあげようね。戦士セディルのお話を」















刹那。この瞬間。引き金を引き、銃声が鳴り響き銃弾が人の体に当たり、血が飛び散る、この瞬間。この一瞬、なんだか、俺が俺じゃなくなるような気がする。今まで俺が殺してきた人たちが、俺の魂を俺から引きずり出そうとする。俺はされるがまま。撃った人が倒れて、やっとそのときに我に返り、魂をあわてて体の中に引き戻す。そんな感じ。
敵の返り血を身に浴びて帰還した俺を見て、不憫そうに司令官が声をかけてくる。
「…悪いな、セディル。こんな役目を押し付けて…」
「いえ」
そっけない答えに、司令官が少し怖気づくのがわかった。声なんかかけてほしくない。血にまみれた俺の手が怖いなら、媚なんか売らずに俺から離れればいいのだ。
「…と、とにかく、お疲れ様」
「司令官殿こそ。じゃ、俺はこれで」
司令官に背を向けて歩く。人を殺す勇気がないなら、なぜ軍にいるのだ。殺せないがために、プライドを捨ててこんな若造に馬鹿にされなければいけないのに。



いつになったら、こんな争いは終わるのだろうか。俺はまだ硝煙のにおいが残る焼け野原に立った。つい1週間前まで、ここは街だった。だが、敵軍が押し寄せて来て、人々を殺して回った。だが、それだけなら、少なくとも街は残るはずだ。でも、街ももう残っていない。敵を殲滅させるために、軍が、自国の街に火を放ったのだ。そうされると思っていなかった敵軍は、瞬く間に消し炭になった。そして、この町の人間も。
怒りがこみ上げてくる。そこまでして、領地がほしいのか。自分の国の国民を大量に殺し、街を焼き払ってまでして、領地とは価値があるものなのだろうか。
今、俺たちの国ラフィルストと、隣国、ルブンクーヴァは激しい戦争の最中だ。お互いに領地を巡り、毎日のように小さな戦が発生し、正面衝突も近いといわれている。そして俺は、ラフィルスト軍所属の兵士だ。この手で、何人ものルブンクーヴァ軍の兵士を殺した。そして時には、ルブンクーヴァから移住してきた一般人も。
軍の中には、人を殺すのが楽しくて仕方がない、というものもいる。そういう連中が、街に火を放ったりするのだ。普段は許可が下りないためしないが、もし許可が下りれば、一体いくつの街が消えてしまうだろう。
俺は、決して人を殺すのは好きじゃない。どちらかというと嫌いだ。でも、国の人々を殺しているルブンクーヴァの兵士を殺すときは、あまりためらわない。ルブンクーヴァ国には少なからず恨みを持ってる。まあ、それが普通だろう。家族や仲間を殺されているのだ。俺は腕につけた銀のブレスレットを見た。殺された母の形見だ。母を殺したルブンクーヴァを殺すのは、ほんの少し、快感だ。だが、兵士以外を殺すのは嫌だ。今国は、ラフィルスト在住のルブンクーヴァ人の抹殺令を出している。そのため、ルブンクーヴァ人は隠れ住んでいる。見つかれば、即刻死を意味している。ラフィルスト政府は、こうすることでルブンクーヴァに揺さぶりをかけているのだ。これ以上攻めれば、そちらの国民が更に死ぬぞ、と。だがそれは、ラフィルストが押されていることを意味している。ルブンクーヴァに攻め込まれれば、必ず負けることがわかっている。だからこんな風に脅して、それを食い止めているのだ。だが、こんな状態も長続きしないだろう。そのうちルブンクーヴァが割り切って攻めてくるだろう。そのときラフィルストは、必ず滅びるだろう。
こんな話をすれば、人々は、なぜ俺が軍にいるのか、不思議に思うだろう。俺が軍にいるのは、別にラフィルストを勝たせたいわけじゃない。もっとも、ルブンクーヴァに一矢報いたいというのもあるが、一番の理由は、ある人のためだった。




「あ、セディル、いらっしゃい」
シェリルは俺を見ると、にっこりと微笑んだ。俺も少し微笑む。シェリルはゆっくりと立ち上がり、俺の手をとり、その手を自分の顔の高さまで持っていった。目を閉じ、やがて、悲しそうな顔で俺を見上げる。
「…また、人を撃ったんだね」
「ごめん」
シェリルは首を振り、俺の手をそっと撫でた。なぜ、シェリルはわかってしまうのだろう。俺が人を殺すと、すぐに見破ってしまう。そして、こういう風に俺の手を撫でる。慈しむように。
「仕方ないよ。セディルは兵士だもん」
「…ごめんな。嫌だろ、自分の親父さんを殺したやつらの仲間なんか」
「そんなことないよ。セディルの所為じゃないもの。悪いのは…政府だよ」
シェリルは悲しそうに目を伏せた。
「きっとあたしも…その内殺されちゃうんだろうね」
俺はそっと彼女を抱き寄せる。
「大丈夫。政府はハーフの抹殺令は出してない」
「でも、時間の問題だよね…?」
「……それまでには、きっと戦争が終わるよ。ルブンクーヴァが攻めてきて、ラフィルストが負けて、それで終わりだ」
「うん……」
シェリルは不安そうにうなずいた。俺はいっそう強く彼女のか細い方を抱きしめる。
シェリルは、ラフィルスト人とルブンクーヴァ人のハーフだ。ラフィルスト人の母親はルブンクーヴァの兵士に殺され、ルブンクーヴァ人の父親は、抹殺令によってラフィルストに殺された。そして二人の間に生まれたシェリルも、生死の狭間に立っている。ルブンクーヴァ人をほとんど殺してしまった今、政府はルブンクーヴァとのハーフの者を殺すかどうか検討しているのだ。
まだ生き残っているルブンクーヴァ人はどこか、ほこりっぽくじめじめしたところにすんでいる。今はハーフの者も抹殺令を恐れ、そんな風に隠れ住んでいる。だが、シェリルは体が弱く、今でもたまに発作のようなものがでる。そんな生活をすれば、すぐに体調を崩してしまう。だから、もし抹殺例が出た場合、俺が守らないといけない。そのためには、抹殺令が公になる前に知っている必要があるのだ。政府お抱えの軍には、大量に情報が流れ込んでくる。俺が軍に入ったのは、ハーフ抹殺令の情報をいち早く手に入れるためだ。銃の腕だけは確かな俺は、瞬く間に高い地位を手に入れ、上の者ともつながりができた。情報は早くに手に入れることができる。
シェリルを守るためには、この手を血で汚すしかなかった。





小さいとはいえ、戦場はやはり、独特の雰囲気がある。何かが焦げるにおい、銃声、悲鳴。こんなところに放り込まれたら、一般人は狂ってしまうだろう。
「…なあ、セディル」
俺の隣で銃を構えているジーンが声をかけてきた。俺は銃を構えたままなんだ、と聞き返す。
「俺のお袋さ、昨日、ルブンクーヴァ軍に殺されたんだ」
「…そうか」
「殺したの、誰だと思う?」
ジーンの声は涙で曇っていた。俺は答えなかった。幼なじみの彼もまた、ルブンクーブァ人とのハーフなのだ。離婚して母とジーンだけがラフィルストに戻り、父親はルブンクーヴァに残ったと聞く。そして…軍属だとも。
「嫌だよ、もう。ちょっと生まれが違うからって親が殺しあうなんてさ…」
ジーンは銃を下ろし、身を隠したまま話し続ける。
「ジーン、銃を下ろすな。司令官に見つかったらうるさいぜ」
「司令官なんかが言わなくても、そのうち政府がハーフ抹殺令を出すさ。そうしたら、俺も終わりさ。今まで軍に尽くしてきてても、きっと、ためらいもなく殺すんだろうなぁ…」
銃声が鳴り響き、俺は頭を引っ込めた。すぐ頭上を銃弾が飛んでいったのがわかった。炎は更に燃え上がり、火の粉を撒き散らしている。
「なあ、セディル。もし抹殺令が出たら…シェリル、どうするんだ」
「どうするって…」
「殺すのか?」
俺は銃を構えたまま、ジーンを見た。銃弾がかすったのか、頬から血を流している。涙で濡れた瞳は、じっと俺を見つめている。そこから、深い悲しみが感じられた。俺は静かに答えた。
「…殺さない」
「お前が殺さなくても、誰かが殺しに来るぜ」
「俺が守る」
ジーンは静かに笑った。その顔は、なんだかとても嬉しそうだった。
「お前、いいヤツだな」
「なんだよ、急に」
「この国の人間が、みんなお前みたいなヤツだったら、きっと、こんな戦争起こらなかったのにな…」
ジーンはもう一度お俺に微笑みかけ、すっと立ち上がった。止める間もなく、ジーンの体に大量の銃弾が当たった。血が飛び散る。俺は思わず幼なじみの名を叫んだ。彼の体がゆっくりと倒れてくる。
その途端、また、あれが起こった。体から魂が引きずり出されそうになる。相変わらず俺は、それに抵抗しなかった。ジーンが見えた。俺の魂を引っ張っている。どうしてだ、俺が殺したんじゃないじゃないか…。
どさりと音がして、はっと我に返った。ジーンが倒れている。だが、まだ息をしているのがわかった。目をうっすらと開け、腹が上下している。俺は何とか魂を引っ張り戻し、大声で叫んだ。
「医療班!!来てくれ!!撃たれたヤツがいる!!」
程なくして医療班が来た。だが、撃たれたのがジーンだとわかると、途端に顔をしかめた。俺はいらいらとせかす。
「何してる、手遅れになるぞ!!」
「…こいつ、ハーフだろ?」
「だからどうした!!早くしろ!!」
地位が高い俺に怒鳴られ、医師は少しひるんだようだったが、気まずそうに話し続ける。
「治療しても無駄だ。ついさっき、政府がハーフ抹殺令を出すことを決めたそうだ」
「な……」
絶句した。目の前で倒れている、仲間の兵士を見捨てるのか?殺すのか?
「明日中に公にするそうだ。だから、もし助かっても、またすぐに殺されちまうだろうよ」
「そんな……」
「気の毒な話だ。ここまで戦ってきたのになぁ…」
医師は苦しそうな表情のジーンの前髪をかき上げ、そっと立ち上がった。
「…もしできるなら、お前、楽にしてやれよ。苦しむぐらいなら…」
その言葉を背中に受けたまま、俺はジーンを見ていた。傷口からは血があふれ、顔は真っ白だ。
まだ助かる。俺は何とかしようと必死だった。袖を破り、傷口に固く縛る。だが、傷が多すぎて、それじゃ到底間に合わない。
「っくそ……」
悔しくてこぶしを地面にたたきつける。と、ジーンが口動かしているのに気がつく。何かを言っているようだ。俺はジーンの顔に耳を近づけた。切れ切れに言葉が聞こえてくる。
「…シェリル…まも…て…」
「ああ。大丈夫、絶対守る。お前もだ。だから、しっかりしろ」
ジーンは笑い声のようなものをかすかに上げた。
「俺は…いい、よ…うんざ…だ…」
ジーンはまるで重たいものを持ち上げるようにして自分の手を上げ、銃を握っている俺の左腕をつかんだ。そして、銃を自分の額に当てさせる。俺は驚いた。ジーンはかすかに微笑んだ。
「お前に、なら…ろされても…い…い…。たの…む…」
いやだ。心はそう叫んでいるのに、指はゆっくりと引き金を引こうとしている。頭ではわかっているのだ。生き延びても、苦しむだけだと。
「あ…りが…と…」
ジーンは今度ははっきりとわかる微笑を浮かべた。
銃声が鳴る。その途端、また俺の魂は激しく引っ張られ始めた。だが、ジーンはもうすでに倒れている。俺は抵抗した。ジーンや、殺してきた人々が強く引っ張っている。俺も引っ張り返す。逝くわけにはいかない…シェリルを守らないと…。
その間にも銃弾は飛び交い続けた。






結局、ラフィルスト軍は徐々に押され始め、撤退した。最近は、こんな小さな戦でも勝てない。だんだんと力が弱まってきているのだろう。
俺はふらふらと歩いた。殺した。この手で、大事な友を。体は、癒しを求めていた。足は自然と彼女の元へと向かう。
「セディル、いらっしゃ…セディル?どうしたの、セディル!?」
シェリルの声が、遠のいていく意識の中に響いた。




『嫌だよ、もう。ちょっと生まれが違うからって親同士で殺しあうなんてさ…』
『政府がハーフ抹殺令を出すことを決めた』
『明日中に公にするそうだ』
明日中に…明日までにやらないと…明日までに…あと何時間だ…?


飛び起きた。今はいつだろう。もしかしたら、もうハーフ抹殺令は公になっているかもしれない。ベットから飛び降りて階段を駆け下り、下のソファーに座り込んでいるシェリルに駆け寄った。シェリルは俺を見ると何か言おうとしたが、俺が肩をつかむと、驚き、おびえたような表情になった。だが、今の俺には、相手を思いやる余裕はなかった。
「今何時だ?俺は何時間ぐらい寝てた!?」
「い、今は8時よ…あなた5時ぐらいに来て、倒れて……」
「政府は!?何もいってないのか!?」
俺は彼女を揺さぶった。彼女が激しく急き込みだす。俺ははっとして彼女を離した。発作がでてしまったのだ。口に手を当て、苦しそうに急き込んでいる。俺はあわててコップに水を入れ、彼女に飲ませた。俺の手を駆りながら、シェリルは苦しそうに水を飲み干した。ようやく発作が止まり、彼女はほっとため息をついた。
「…ごめん、俺…」
「ううん、いいの」
彼女はやわらかく微笑んだ。発作の所為で涙目になっている。俺は思わずシェリルを抱きしめた。自分が恥ずかしかった。精神的に限界が来て倒れた俺を介抱してくれたシェリルを傷つけた、自分が。
腕の中で、シェリルがつぶやくような声で言った。
「政府がどうしたの?何があったの?」
「…いや、なんでもない。ごめん、ちょっといろいろあって、混乱してたんだ」
シェリルは俺の腕の中からそっと抜け、いつものように俺の手を取った。そしてまた悲しそうな顔をして、俺の手を撫でる。俺は泣きたくなった。なぜ、こんな戦争があるんだろう。ジーンは、この世界に失望して、命を捨てた。そんな風になるまで、追い詰められていた。ハーフ抹殺令が出れば、シェリルや、他にもたくさんのハーフたちは苦しみ、自ら命を絶つ者もでてくるだろう。それだけは、絶対に避けないといけない。
「シェリル」
ん?とシェリルが顔を上げる。その瞬間に、俺はシェリルに口付けした。シェリルは驚いたようだったが、抵抗はしなかった。お互いに抱き合い、長い間そうしていた。永遠にこうしていたかった。シェリルのそばにいたかった。そうできるような世界であってほしかった。俺はずるずると残りたがる心を引っ張って、唇をシェリルから離した。シェリルは赤くなって俺を見、はにかむように笑った。
「…びっくりした。初めてだね、キスしたのなんか」
「ん。どうしてもしときたかったんだ」
「いつでもできるじゃない」
「あ?あ、ああ…そうだな、うん」
あわてて笑う。もうできない。もう二度と会えない。
「じゃ、そろそろ帰る」
「え?泊まっていったら?もう遅いし」
「いや、ありがとう。どうしても、今日やらなきゃいけないことがあるんだ」
俺はゆっくりとドアのほうに歩いていった。ここに来るのは、もう最後。ドアの前で振り返る。シェリルは心配そうに俺を見ている。
「もう大丈夫なの?」
「ああ。ごめんな、迷惑かけて」
「ううん、迷惑なんか」
二人でドアの外に出る。思い切り抱きしめたい衝動を抑える。そうすれば、この決意は壊れてしまいそうで。
「じゃあ、ここで……」
「うん、またあしたね」
シェリルはにっこりと微笑むと、俺に背を向け、家の中に戻ろうとした。俺は思わずシェリルの名前をよんだ。シェリルが振り返る。愛しい、彼女の姿。
「…大好きだ」
思わず口を突いてでた言葉。こんなこといえば、怪しまれるのは当たり前なのに。シェリルはやはり、困惑した表情だ。
「ええ…あたしも、好きよ」
にっこりと微笑む、シェリル。これ以上に大事なものはないと、はっきりそう言える。
「どうしたの、急に。何があったの?」
「いや、なんでもないんだ、ちょっと、言ってみたかったんだ」
心配そうな彼女に、俺はあわてて答える。と、ふっと思いついて、腕につけたブレスレットをはずした。
「シェリル。これ、もらってくれるか?」
「え…?」
シェリルは驚いたようだった。ぶんぶん首を振る。
「だめよ、お母様の形見なんでしょ!?」
「ああ。いいんだ、もらってくれ」
「いや。だめ」
激しく首を振る彼女の腕をつかみ、無理やりブレスレットをつける。それは彼女の細い腕の上で銀色に輝いていた。
「いいんだ。…母さんも、きっと喜ぶ」
「セディル…」
覚えていてほしい。将来平和な世界で幸せになっても、シェリルを愛していた、セディルという男がいたことを。その証を残しておきたかった。
シェリルは不安そうに尋ねた。
「ねえ、セディル」
「ん?」
「…また、会えるよね?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ」
「ほんとに?」
「ああ。約束する」
「うん…ありがとう。これ…大事にするね」
シェリルはようやく安心したように笑い、そっとブレスレットに触れた。胸が痛んだ。この約束は、守れない。本当のことを言いたいのを押さえて笑顔を作る。せめて最後ぐらい、笑顔で…。
「じゃあ…また明日」
「うん。おやすみなさい。」
シェリルはそういうと、そっとドアを閉めた。俺はしばらく、その場に突っ立っていた。






「一機借りる」
「はい、どうぞお使いください」
軍の飛行場の男は、すんなりと言った。身分が高いものには逆らわないのだろう。一人乗りの小型飛行機に乗り、離陸させる。
ハーフ抹殺令を止めるためには、戦争を終わらせるしかない。そして、そのための方法はただひとつ。軍の大総統を殺す。大総統自らが政府に申し出たのだ。もし自分が死ねば、勝てる見込みはない、降伏しろと。確かに大総統はかなりの切れ者で、実力もある。あの人が死ねば、ラフィルストの負けは確実だろう。無駄な死者をださないための、賢明な判断だ。
夜の空を飛行機は飛んでいく。大総統府に向かって。このまま突っ込めば、大総統は確実に死ぬだろう。そして、そのことは今日中に政府に伝わり、ハーフ抹殺令どころではなくなる。
大総統府が見えてきた。もちろん、ガードが固く、大総統を殺して帰ることは不可能だろう。…そう、帰ることは。片道ならば可能だ。案の定、俺を怪しいと見たのか、ガードのものが銃撃を仕掛けてくる。大量に十案を受けながら、飛行機はゆっくりと高度を落とし始める。大総統府に向かって。
俺は目を閉じた。
シェリル。
愛してる――














「大総統は死に、その翌日、ラフィルストは降伏したわ。そしてラフィルストはルブンクーヴァに取り込まれ、滅亡した」
「じゃあ、セディルはシェリルを守るために死んだの?」
「ええ、そうよ。結果、ハーフ抹殺令は出されず、大規模な戦もおこらず、多くの人が死なずにすんだわ…」
「でも、僕そんな話し始めて聞いたよ。すごい人なのに」
「だってね。ラフィルストはルブンクーヴァには大総統が戦死したからってことで降伏したの。ラフィルストの兵士が殺した、なんてことは、ルブンクーヴァには伝わってないのよ。それに、ラフィルストの人々にとっては、セディルは恨むべき人なのよ」
「どうして?」
孫は老婆の顔を見上げ、問いかける。
「だって、セディルが大総統を殺した所為で戦争に負けて、結果、ラフィルスト国は滅亡したでしょ?だから、セディルの話はあまり伝えられていないのよ」
「ふーん…じゃあ、なんでおばあちゃんはその人を戦士だって思うの?」
「私たちハーフのものにとって、彼は英雄よ。もしあの時セディルが大総統を殺さなければ、私たちは死んでたわ」
老婆は目を細めて孫に言った。孫は納得したようにうなずいた。
「シェリルはそのあとどうなったの?」
「結婚して、今は孫もいて、幸せに暮らしているそうよ」
「え〜!!セディルは命がけでシェリルを守ったのに、シェリルは他の人と結婚したの!?」
ひどい、とわめく孫を見て、老婆は優しく微笑んだ。
「でもね、リシュ。シェリルはセディルが死んだと聞いて、後を追おうかとも思ったそうよ」
「そうすればよかったじゃん」
孫は頬を膨らませている。
「でもね、そんなことしたら、命をかけてシェリルを守ったセディルの死は、無駄になっちゃうでしょ?それにきっと、セディルはシェリルが幸せになることを望んでいたわ」
「…まあ、そうかもしれないけど」
「そうでしょ?」
老婆は微笑み、孫をひざから下ろした。
「さあ、もう遅いわよ。寝なさい」
「はーい」
孫は部屋から出て行こうとしたが、ふと、老婆を振り返った。
「おばあちゃん、ずいぶん詳しいんだね。シェリルって名前も同じだし」
「あら、そうねえ。偶然ねえ」
「ほんとだね。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、リシュ」
老婆は孫の背中を見送ったあと、暖炉の火を見つめた。
「…ねえセディル、私達、今の時代に生まれてくれば、もっと幸せだったでしょうにねぇ…」
老婆はそっと目を閉じた。その腕には、銀のブレスレットが輝いていた。

2005/01/03(Mon)10:25:04 公開 /
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
珍しく一気に書ききることができました。普段はなかなか書き終わらなくて、結局投稿せず、見たいなモノも結構あるのですが、この話はどんどんアイディアが浮かんできて書き終わることができました。なんだか、私は悲恋物ばっかりかいてる気がします;たまには幸せな話も・・・と思うんですが、連載も両方恋人死んじゃってますしね^^;
国の名前が長くて、自分で書いたのになかなか覚えられませんでした;もし間違ってたらご指摘お願いします;

ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。m(__)m

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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