『Little love』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:渚                

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「ただいまぁ…」
つかれきった気分で戸を開ける。ふるい日本家らしい、ぎぎっという音。もともとこの家は、祖父母が住んでいたものだった。5年前に祖父がなくなって以来空き家になっていたので、高校に入学した時に俺が住み込んだのだ。まあ、仕送りはしてもらってるし、実家も近い。その上、一人だという開放感がついていて、ここのでの生活はなかなか快適だった。夕菜と沙良、弘樹の3人もよくここで寝泊りした。4人で同じ部屋で、雑魚寝したこともある。今思えば、夕菜が死んでしまった以上、もうあんな時間は戻ってこないんだな、と少し悲しくなる。
「お帰り〜叶」
奥のほうから沙良の声がする。と、同時にパタパタと廊下を走ってくる小さな足音が聞こえた。ユナは、俺の姿を見つけると、うれしそうにぱあっと笑い、駆け寄ってきた。
「かなう、おかえり!!」
「あ、うん、ただいま」
俺は驚いた。家をでたときより、ユナはずっと表情豊かだった。ユナはうれしそうに俺の手を握り、奥へと引っ張ろうとする。
「さら、かなう、かえってきた、よ!!」
「はいはーい」
おくから沙良も姿を見せる。そして、ぽかんと口を開けている俺を見て、楽しそうに笑った。
「すごいでしょ」
「…ああ」
「ユナ、チョー覚えいいんだぜ」
弘樹もひょいと顔を覗かせる。ユナはそれを見て、うれしそうに弘樹に駆け寄る。頭を優しく撫でながら、弘樹が話した。
「お前が出かけてた一時間ぐらいの間に、急成長してな。どんどん言葉覚えて、ちゃんと単語つなぐこともできるし…」
「まあ、まだちょっと片言だけどね、ユナ?」
「まだ、かたこと、です」
ユナはご機嫌そうにぴょんと飛び上がった。弘樹はユナの腕を引っ張り、宙ぶらりんにする。ユナはきゃっと笑い声をあげ、足をばたばたさせる。
「…ユナのつくりって、どうなってるんだろうね」
沙良が静かに言った。俺はうなずきながら、じっとユナを見つめていた。
「自分で作っといて言うのもなんだけど、俺自身いまいちわかんないんだよな。体のつくりは多分、普通の人間と変わらないんだろうけど…頭のつくりばっかりはなぁ…」
「あの子本当に、ユナ…」
そこまで言って沙良は、少し苦笑した。
「同じ呼び名だとややこしいね」
「ああ。前に…死んだほうを夕菜って言えよ」
死んだ。その単語を口にするだけで、胸がきりっと痛んだ。夕菜の笑った顔が頭に浮かぶ。
「えっと…ユナは、本当に夕菜なのかな。夕菜が幼くなっただけ、そういうことなの?」
「俺もそれはずっと考えてた」
逆さまにされてきゃっきゃ笑うユナを見つめながら話し続ける。
「多分…夕菜とユナは、まったく別人だと思う。同じ外見ってだけで」
「じゃあ、どうして同じ外見なの?」
「俺が、ユナに夕菜の情報を組み込んだから。もちろん、ほんのちょっとだけど。だからなんというか…ユナは夕菜の、クローン、なのかな」
「説明してんだか悩んでんだかわかんない」
沙良は軽くため息をついたが、その目は穏やかだった。別に、そんなことはどうでもいいのだ。夕菜がいなくなって寂しい。ユナという妹のような存在ができてうれしい。それだけで別にいい。沙良はきっと、そう思ってるのだろう。正直言って、俺もそんな感じだった。いくら冷酷人間の俺でも、恋人の死は俺にかなりダメージを与えていた。疲れてしまった、いろんなことに。難しいことを考えられるほど頭が動いていないのだ。ただ、ユナがいる今の生活はとても心地がいい。今はただ、その心地よさに流されていたかった。
「さて、そろそろいくかぁ。沙良、着替えさせてやれよ」
「あ、うん。…これでいっか」
沙良は俺が持ってかえってきた服の中から一枚を選んでユナを連れて奥のほうへ行ってしまった。弘樹はその後姿を見送ってから、俺を振り返った。
「…さて、お前に言っとくことがある」
「なんだよ」
「…夕菜を殺したヤツが捕まった」
「え……!?」
絶句。それが一番しっくり来る言葉だった。俺の大事な人を奪った、世界一憎いヤツ。
「ホントか!?いつ!?」
「今朝。夕菜の両親が俺んちに電話してきたんだ」
「どんなヤツなんだ?」
「高校生だとよ」
「は…?」
「驚きだろ」
俺は素直にうなずいた。俺らしくもないと思うけど、本当にそうとしか思えなかった。俺より年下…?
「親との関係がうまくいってなくてさ、イライラしてたらしい」
弘樹はすっとうつむいた。顔に影ができる。その顔に、明らかに怒りが浮かんでいた。
「ホント腹立つよ。そんなことで全然関係ない人を殺すなんてさ。ぶん殴ってやりたいぜ」
「…俺は、殺してやりたいぐらいだ」
「やめとけよ。夕菜は喜ばないぜ」
俺の言葉に本気さを感じたのか、弘樹は俺の肩に手を置いてなだめた。俺はぐっとこぶしを握り締めた。昔から思う、神様なんていない。もしいるなら、夕菜は死ななかっただろう。一生懸命、前をむいて歩いていた夕菜が死に、八つ当たりに人を殺す様なヤツが生きているようなこの世の中の、どこに神様がいるのだろうか。俺は怒りを押さえて、静かに言った。
「…沙良は?」
「まだ知らない。教えてない」
弘樹は小さくため息をついた。
「ユナといるあいつ、あんまり楽しそうだからさ。言い出せなくて」
「そうだな……」
「きっと、また泣くぜ。なんか、あいつが泣いてんの見ると、バツが悪ぃんだよな」
「わかる。あいつが泣いてんの見たのなんか、夕菜の葬式のときが初めてだ」
本当にそうだった。おとなしくてすぐに泣いてしまう夕菜、気が強くて人を引っ張っていく沙良、二人は姉妹のようだった。そんな沙良が泣いているのを見るのは、本当にあのときが初めてだった。弘樹の腕にすがり付いて、身も世もなく声を上げて泣きじゃくる沙良。あんな沙良の姿は、もう二度と見たくない。
「…言うなよ。まだ時期じゃない。…ま、そのうちニュースで言うから知っちまうだろうけどな」
「…じゃあ、それまで待とう。俺、正直言って、沙良に言うのなんか嫌だ」
「俺もだ。さあ、そろそろ沙良戻ってくるぜ。普通の顔してろよ」
言葉どおりだった。10秒もしないうちに、まずユナが勢いよく障子を開けた。なんだかご機嫌だ。その後ろから沙良が出てきた。
「じゃ、いこっか。この服、なんか使い古してるしさ」
「大きなお世話だ」
沙良は少し笑ってからユナの手を取って玄関のほうに歩き出した。俺と弘樹は沙良の後ろでそっと目配せした。




「叶、弘樹、ちょっと先行っててくれる?」
デパートのエレベーターの中で沙良が言った。ユナは珍しそうにエレベーターのボタンを何回も押している。壁にもたれたまま、弘樹は不満そうに行った。
「えーなんでだよ、俺たち女物の服のセンスなんかないぜ」
「そんなの百も承知よ。男物でもセンスないじゃない」
ちょっとすましていってから、沙良はそっぽ向いて話し始めた。頬に少し赤みが差している。
「…下着、買ってくるから」
「え、何、沙良のヤツ?ヒラヒラスケスケ?」
「違うわよっ!!」
俺はため息をついた。弘樹はどうしてこうもくだらないことばっかり言ってるのか。エレベーターの中なんか他にも人がいるのに。二人に会話させたらキリがないので、俺が間に入った。
「ユナのだな?」
「うん。だから、先に行ってて。ユナもつれてさ」
「ま、センスないけど適当に選んどくわ」
弘樹はユナの手を引いてエレベーターから降りた。俺もあとに続く。ドアが閉まる前に沙良がため息をついたのが聞こえた。






子供服の売り場に来たのなんて、何年ぶりだろうか。小さい子供の手を引いた母親が服を見ている。俺と弘樹とユナは、なんとなく浮いていた。ユナは物珍しそうにきょろきょろしている。
「んー…女の趣味はわかんねえよな」
弘樹はやれやれといった表情だ。俺は弘樹を無視して、並べられた靴を見ていた。ユナは今、大きすぎる俺の靴をはいて、かぽかぽ言わせている。靴ぐらいなら、まあある程度かわいらしいのを買ってやればいいだろう。ユナも俺の隣に立って、じっと靴を見ている。
「ユナ、お前どれがいい?」
聞いても無駄だろうとは思ったが、一応聞いてみた。案の定、ユナは俺を見て首をかしげている…と思ったら、ユナはひとつ、黒に白いラインがはいった靴を手にとって、俺に見せていた。目が丸くなる、とはこのことだ。ユナの会話能力の進歩の速さに、改めて驚く。
ユナのあしに合うサイズの靴を棚から取った。手のひらに乗るほど小さい。ユナに履かせて、サイズがあったのを確認してから、その靴を買った。あの靴じゃ歩きにくいだろう。店員に頼んでタグを取ってもらい、ユナを座らせて靴を履かせる。ユナは靴を履いた足をまじまじと見て、一度ぴょんと飛び上がった。それでもまだ靴が自分のあしにくっついてるのを見て、ユナはうれしそうに何度も飛び跳ねた。
「よう叶、ずいぶんご機嫌じゃん?」
弘樹に声をかけられてはっとする。いつの間にか、顔が微笑んでいた。あわてて引き締め、いつものような、不機嫌そうな顔を作る。
「別に」
「はは、ばればれ。ま、わかるぜ。ユナ見てたら、なんか和むよなぁ」
「…ん」
罪悪感がおそってくる。これが、つい最近恋人と死別したばかりの男だろうか。なんだか夕菜を裏切っているような気がした。夕菜にそっくりの形をしたユナに気をとられて、失くしてしまった恋人を見失ってしまったような気がした。
「お、沙良だ」
隣で弘樹が立ち上がるのがわかった。俺も右にならって立ち上がる。小さな紙袋を持った沙良がいた。ユナが喜んで沙良に飛びつく。沙良は頭を撫でてやりながら、ユナの足元に目を落とした。
「あれ、靴買ったんだ」
「ん。いつまでもあれじゃ動きにくそうだしさ」
「そうね。ユナ、どんなの買ったのか、あたしに見せて」
「あのね、くつ、これ、かった、の」
ユナはうれしそうに片言でしゃべる。沙良も微笑んでユナの靴を見たが、途端に、顔色が変わった。それに気付いた弘樹が沙良に声をかける。
「沙良、どうしたんだ?」
「…叶、この靴、あんたが選んだの?」
「え?いや、ユナがこれがいいって」
ますます沙良の顔から血の気が引いた。ユナは怪訝そうに沙良を見つめている。沙良は何かをいおうとしたが、ユナを見てまた口を閉じた。それを見て何かを察したのか、弘樹はユナの手をとった。
「ユナ、あっちの服見に行こうぜ」
「みに、いきます、ふく」
弘樹は俺をちらっと見てから、ユナを連れて向こうへ歩いていった。俺はそれを見送ってから沙良に視線を戻した。沙良はうつむいて何かを考えているようだった。
「…で、どうしたんだ?靴になんか問題あったか?」
「…ねえ、叶。夕菜とユナは多分、まったくの別人だって、あんた言ったよね」
「ああ」
「あの靴、あのぐらいの子供にしては、ちょっと変わった趣味だと思わない?」
俺はユナが買った靴を思い浮かべた。黒い生地に白いラインが3本ほど入ったシンプルなデザイン。確かに、その周りにおいてあったピンクや黄色の靴に比べれば、ちょっと大人っぽいデザインだろう。
俺の表情を見てある程度を読み取ったのか、沙良は口を開いた。
「…あの靴のブランドね」
沙良はそこで一度言葉を切った。大きく息を吸い、思い切ったように口を開いた。
「夕菜が好きだったブランドと、同じなの。それに、夕菜って、あーいう感じのデザイン、好きだったと思わない?正反対の色だけで構成されてるみたいな…」
沙良はそれだけ言うと、またうつむいてしまった。俺は黙っていた。何もでてこなかったのだ。
二人の人間、同じ外見、同じ趣味。
向こうのほうで弘樹にはしゃいで話しかけているユナを見つめた。あの子がなんなのか、わからなくなってきていた。










「ふーん…そういえば夕菜ってあーいう感じの服とかよく着てたっけなぁ」
俺の話を聞いて、弘樹はつぶやくようにいった。ユナは沙良に外で遊んでもらっている。その機会を使って、弘樹にさっきの話をしたのだ。
「なんなんだろうなぁ、ユナは」
「俺はもしかして、クローンかなって思ってるんだけどさ」
「クローン!?おいおい、叶ぅ、それはちょっと見込み違いだぜぇ」
弘樹は小さく吹き出し、ちっちっちっと舌を鳴らした。俺はため息をついた。弘樹は昔からこういう風に格好をつける。まあ、実際にかっこいいのだが。
「なんで見込み違いなんだよ」
「だってよ、叶。お前が作った装置は、死者をよみがえらせるものなんだろ?クローンを作るために装置じゃないだろ?」
「そうだけど」
「だからだよ。ぜんぜん違うじゃん」
「なんだよ、それ。俺の手違いかもしれないじゃん」
俺は呆れて弘樹を見たが、弘樹は首を横に振った。うっすら微笑んでいる。
「お前がそんなに大きな失敗をするとは思えないね。お前ほどの天才がサ」
「…………」
俺は少し顔をしかめた。天才。小さいときから、一体何回こう呼ばれただろうか。言葉を話すのも、ひらがなを全部かけるようになるのも、九九を覚えるのも、コンピューターを自在に操れるようになるのも、英語の長文を暗記するのも…勉強に関することなら、周りの誰にも負けたことがなかった。そんなに努力しなくても、2,3度見れば暗記できた。頭の中に電卓があるように、一瞬で数式が解けた。夏休みや冬休みの宿題は1週間で終わった。成績は小学生のときは「よくできました」、中学に入ってからあとは「10」以外の評価を、体育や美術以外でとったことはなかった。定期考査でも学年で1位以外はまれだった。体育や美術でも8以下をとったことはない。その上、まあ、自分で言うのもなんだが、俺はそれなりにかっこいい。ナルシストみたいなことを言うが、自分の顔がかっこいいか悪いかぐらい、誰でもちゃんとわかったるだろう。


「叶君はかしこいね、すごいね」
「みんな、村尾君を見習いなさい」
「叶君は我が校始まって以来の天才ですよ。これならどこの大学でも問題ないでしょう」
「ねえ、村尾君て非の打ち所がないってカンジじゃない?かっこよくて天才で」




かしこいね、すごいね、かっこいいね……。
こんな環境で育った所為だと思う。俺がこんな、愛想がないかわいらしくない人間に育ったのは。人はみんな、力のあるものにつき従う。俺は人を従える立場だった。何もしなくてもみんなが集まってきて、自分はその中心にいる。小さい頃はそれが快感で仕方なくて、何人もの「家来」を従わせ、我が物顔で歩き回った。でも、大きくなるにつれた、だんだんとわかってきたのだ。みんなは村尾叶という「人」に惹かれているんじゃない。村尾叶が持つ「力」を後ろ盾にしようとしているだけなのだ、と。俺は失望した。人という生き物の意地汚さに。俺は自分の中に引きこもった。その所為か、いつもぶすっとした不機嫌そうな表情が顔に張り付き、ほとんど笑わなくなった。中学3年間をほとんどそれで通した。これからもそれが続き、やがては人と接しなくてもいいような仕事に就くだろう。自分の力だけを頼りに生きていこう。そう思っていた。
だが、俺の高校生活は、予想とははるかに違うものだった。
夕菜、弘樹、沙良…。彼らに囲まれた生活は、人生のどの部分よりも充実していて、楽しかった。






高校生活初めの日。俺は特に何の感動もなく、自分の席に座っていた。地元の中学が近いこの高校には、すでに明るい話し声が響いていた。だが、俺の周りにはそんなヤツいない。中学の間まったくの人付き合いを絶ってきているからだ。俺を指差してひそひそと話す女子の声も聞こえていた。
「ねえ、あの人、ちょっとジャニーズ顔じゃない?」
「確かに、かっこいいよねぇ」
「あ、村尾君?だめだめ、あの人は」
「え〜、なんでぇ?」
「だってさぁ、村尾君てね…」
俺と同じ中学校だった女子が回りの女子たちにひそひそと話している。もう慣れっこだった。特に嫌な思いもせず、机に顔を突っ伏させ、顔を伏せる。あと3年。あと3年もすれば、こんなばかばかしい世界から出て行ける。力さえあれば生きていける。高校の間は、中学よりも更に勉強に打ち込もう。まあ、そんなに打ち込まなくても苦労はしないのだが。
ぼんやりと考えていると、高等部に何かが当たる感触がして、思わず顔を上げる。どうやらジュースのパックを投げつけたようだ。俺はそれを投げつけたであろう男をじろりとにらんだ。まず、明るい茶髪が目に飛び込んできた。背が高いそいつは、ニヤニヤと笑いながら俺に近づいてくる。見慣れない顔。同じ中学ではないようだ。そいつは俺の目の前まで来ると、俺の机にひじをついて体をかがめた。
「よう」
「…………」
俺はぷいとそっぽ向いた。どうせ面白がって近づいてきたんだろう。少しはなれたところに2,3人仲間がいて、笑いを押し殺して俺を見ているんだろう。
「なんだ、つれないなぁ。そんなに美人なのにサ」
「…あっちいけ」
ぼそりとつぶやくような低い声で脅す。でも、そいつはお〜、こぇ〜とおどけただけで、ちっとも引かない。それどころか、そいつはにっと笑った。
「俺島田弘樹ってんだ。最近引っ越してきたとこでサ、ぜんっぜん知り合いいなくてさ、もう寂しくてよぉ」
んなこと知るか、と心の中で悪態を付きながらもう一度そいつをにらむ。鼻が高くて、よく見ると結構男前だ。髪に隠れてよく見えないが、時折のぞく耳には銀色のピアスが見えた。
「だからサ、お友達になりませんか?」
「…なんで」
俺なんだよ、という言葉は言わなくても伝わったようだ。島田弘樹はもう一度にっと笑った。
「だって、お前が一番孤独っぽいからサ」
こいつの「さ」の発音がいちいちむかついた。軽い感じで、どっちかって言うとカタカナ発音だ。
「お前、名前は?」
「…村尾叶」
「村岡ナウ?お前ナウって名前なのか?」
かなりカチンと来た。変わった名前だってことぐらい自負していたが、ここまで派手に間違えたやつは初めてだった。かなり軽蔑したカンジで弘樹を見る。
「叶だっ。村尾、叶!!」
「ああ、叶か。わりいわりい、切ること間違えた」
弘樹はけろけろと笑っている。俺はますますいらついた。なんなんだこいつは。
「なんだ、お前、大きい声もでるんじゃん。ずっとぼそぼそしゃべってるから、声帯かなんか破れてんのかと思ってたぜ」
俺ははっとした。確かに、こんな風に声を荒げたのなんか久しぶりだった。ついむきになってしまった。
こいつといると調子が狂う、と悪態を心でつぶやきながら、もう無視を決め込むことにした。また机に顔を突っ伏させる。弘樹があれ、とつぶやくのが聞こえた。
「お〜い、叶?かーなーうー」
気安く呼ぶな、と思いつつ、無視し続ける。弘樹はしつこくとなりにいたが、やがていなくなった。諦めたのかな、とそっと見ると、いつの間にかみんな席に座っていた。どうやら担任が来たようだ。けだるく思いながらも体を起こす。担任は眠そうな声で話し始めた。
「えーと、キミたちはこれからこの高校で3年間生活を送るわけだが……」
俺はひじを突いたまま、ぼんやりと話を聞き続けた。弘樹が一度振り向いてウィンクしてきたが無視した。



「かーなーうー君。一緒に帰りましょ…ってあれ」
俺はカバンを引っつかみ、さっさと教室を出た。後ろから弘樹がおいかけてくる。俺はうんざりしながら振り返った。嬉しそうに弘樹が笑う。
「ついてくんなよ」
「そんなこというなよ。友達だろ?」
「ちがう」
俺はさっさと階段を下り始めた。
「じゃあ、友達になろうぜ」
「なんで俺なんだよ」
「だから、一番孤独そうだから」
「もっとまともな友達探したらどうだ」
「まともな友達、ねぇ。俺があんまりまともじゃないからなぁ」
弘樹がのどだけでくっくと笑う。まともじゃない、という意味が引っかかって、思わず聞いた。
「どういう意味だよ?」
「ん〜…まあ、見た目でもわかるだろうけどサ。俺、中学のとき、あっちの人だったんだよな」
弘樹はさらりと言ってのけたが、俺は驚いた。確かに見た目は派手だが、そんな風なやつにはあまり見えない。
「…意外だな」
「あ、マジで?」
弘樹は少しおかしそうに笑った。俺はまたむっときて弘樹をにらんだ。
「何がおかしいんだよ」
「いや、叶のことだから『やっぱりな』とか言うのかと思ってサ」
俺はまたむっときてそっぽを向いた。本当にうっとうしいやつだ。いらいらしながら歩いていると誰かとぶつかった。きゃっと言う小さな悲鳴と一緒に女子がひっくり返り、その前にいたもう一人の女子もわっと言って一緒に転んだ。俺はあわててはじめにひっくり返った子に目を落としたが、弘樹はもう一人の子を見ていた。そして、にやっとする。
「白〜」
何を言ってるのかと思いながら、俺はまだひっくり返っている子に誤った。
「ごめん」
「あ、いえ、あたしもよそ見してたから…」
と、彼女はそこでやっと、自分が他の人を下敷きにしてひっくり返っていることに気付いたらしい。あわてて立ち上がる。
「ご、ごめんなさい!!あの、怪我してませんか…?」
下敷きになっていたほうの子はひょいっと身軽そうに起き上がり、ポニーテルにした髪とすっとなびかせた。自分の上に乗っていた女の子ににっと笑いかける。
「平気平気。こっちこそゴメンネ」
ポニーテールは俺を見るときっと目つきをするどくした。腰に手を当てて俺の目の前に立つ。
「ちょっと、気をつけてよね!!こんな人が多いところでぼさっと歩かないでよっ」
俺は女の子の剣幕にちょっとたじろいだ。と、隣から弘樹がひょいと顔をのぞかせ、にやっと笑った。
「今日のパンツはホワイティ〜」
「……!!」
女の子はたちまち真っ赤になった。きっと、さっきひっくり返っている時に見たんだろう。弘樹が白だとかつぶやいてたことを思い出して、ほとほと呆れる。
「何なのあんた!!初対面の女の子のスカートの中見るなんてサイッテー!!」
「いや、お前がひっくり返ってるときに見えたんだよ」
「何!?そっちのあんたもグルってワケ!?わざとぶつかって、そっちのこのパンツも見るつもりだったの!?」
「え!?いや、俺は……」
濡れ衣を着せられて俺はあわてる。もう一人の女の子はおろおろしている。ポニーテールの子の剣幕に何人かの生徒たちは立ち止まってみている。彼女は目尻をきゅっと吊り上げて怒鳴り散らしている。だが、弘樹はのらりくらりとそれをかわして、女の子をからかっていた。
「ホント、信じられない!!あんた、どこ中出身なの!?」
「ザンネン、俺、転校生でサ。この辺の中学の出身者じゃないんだよねぇ〜」
「あら、じゃああんたのいた県は、よっぽど知能指数が低いのね!!」
「あれ、俺、県内から引っ越してきたんだけど?じゃあお前もよっぽど知能指数低いんだ」
「なっ……」
女の子は悔しそうにぐっと唇を噛んだ。
「だ、だいたいっ、お前お前って言わないでよ!!あたしには谷沙良っていう名前がちゃんとあんのよ!!」
「へー、わざわざ名前言うってことは、沙良って呼んでほしいんだぁ」
弘樹がニヤニヤしながら沙良に近づく。沙良は真っ赤になって弘樹の顔に一発張り手を入れた。弘樹はそれをひゅっとかわし、ひぇーっと声を上げる。
「バッカじゃないの!!なんで名前のほうに目がいくのよ!?普通苗字でしょ!!」
「そうか?俺は名前で呼ぶほうが好きなんだけどなぁ。あ、俺は島田弘樹。以後よろしく」
「よろしくしたくないわよっ!!」
「んー、俺、気が強い女って結構好みだぜ」
「あんたの好みなんか興味ないわよ!!そっちのあんたはなんていうのよ!?」
「え?あ、俺は……村尾叶…」
なんで俺はこんなヤツに名乗ってるのだろう。というか、なんでこんなところに巻き込まれてるのだろう。
「は!?村岡ナウ?ナウとか、もう死語よ!?」
弘樹がブッと吹き出した。沙良がすかさずきっと弘樹をにらみつける。
「なによ!?」
「は、はは、俺と同じ間違いかたしてらぁ」
「間違い方?」
「そいつの苗字、村岡じゃなくて村尾だよ。村尾、叶ってんだよ」
「叶?ヘンな名前」
ちょっとカチンと来た。というか、さっきから言いたい放題言われて結構頭にきてるのだ。俺はけして、おとなしいわけじゃない。ずいと沙良に近づく。俺の好戦的な目に気付いたのか、沙良も警戒して俺をにらみつけた。
「なによ」
「お前、さっきから勝手なことばっかり言ってんじゃねぇよ。ぶつかったことは誤っただろ?それに、今のは事故だよ。大体、お前にぶつかったのは俺じゃないだろ」
「あ、それはあたしで…ごめんなさい」
ずっと黙っていたもう一人の女の子がおずおずと沙良に謝った。沙良は女の子をちらりと見て、俺をにらみつけた。
「何、あんたこの子に責任擦り付けんの!?」
「だから、事故だったっていってんだろ!?しつこいんだよ!!」
「なんですって!?元はといえば、あんたが不注意だからでしょ!?」
「まあまあ、叶も沙良も落ち着けよ……」
「頭くるくるパーのバカは黙っててよっ。派手な茶髪にしちゃってさ、脳みそまで茶色くなってんじゃないの!?それとっ、沙良なんて呼ばないでよ!!」
「おいおい、くるくるパーはちょっとひどいぜぇ」
「おいお前、弘樹、お前ちょっと黙ってろっ」
「あ、弘樹ってはじめて呼んでくれたぁ」
「大体、俺はこの子にぶつかっただけだろ!?お前がボーっとしてるからこの子がぶつかってドミノ倒しになんだよっ」
「あんたがぶつからなきゃいいだけの話でしょ!?それを人の……」
「こらっ、おまえらっ」
沙良はそこで口をつぐみ、声のほうを振り返った。俺たちもそれに習う。頭が薄くなった教育指導の教師が鬼の形相でこちらに向かってきている。弘樹がげっとうめいた。と、沙良は一番近くの窓を開け、俺たちを呼んだ。
「叶、弘樹、早く、こっから出て!!」
「へ?」
きょとんとした弘樹がマヌケな声を上げる。沙良がいらいらしながら弘樹の腕を引っ張った。
「早く!!ここそんなに高くないからっ。つかまったらめんどくさいよ!!」
「お、おう」
弘樹はようやく窓に片手をかけ、ひらりと外に消えた。沙良はちらりと俺を見て、沙希にふわりと華麗な動作で降りていった。俺はもう一人の女の子を振りかえった。彼女はきょろきょろと辺りを見回してあわてている。俺はぐっと彼女の腕をつかんだ。彼女は目を見開いて驚いた。もともと被害者なのに怒られてはかわいそうだ。
「え、あの……」
「行けよ、はやくっ」
「は、はいっ」
彼女は少しもたつきながら窓によじ登ると、外に下りていった。教師はもうすぐそこまできている。俺は彼女に続き、外に飛び降りた。
沙良が言ったとおり、下に屋根があり、1,5メートルほどで足がついた。夕菜がまだすぐそこにいた。あまり運動が得意じゃないらしく、ふらふら走っている。俺はすぐに彼女を抜かし、彼女の腕をつかんで走った。彼女がびくっと驚くのがわかった。が、何もいわずに走り続ける。彼女はやがて、小さな声で言った。
「ありがとう……」
「…いや、もともと俺がぶつかったんだし」
「あの、あたし、木内夕菜っていいます…」
「そっか」
「はい」
それ以上会話はなかった。手首をつかんでいたはずが、いつの前にか手のひらになり、手をつなぐような形になっていた。夕菜の手を握る自分の手が、なぜこんなに汗ばんでいるのかわからなかった。





「ったく、窓から飛び降りさせるなんてよ……」
学校の裏門の前で、弘樹がぶつぶつ文句を言った。沙良がじろりと弘樹をにらむ。
「仕方ないでしょ。高校生活の初日から怒られるのなんてごめんだもの」
「なら自分だけ逃げりゃいいじゃん」
「あんたたちが捕まれば、あたしのこともばれちゃうでしょ」
沙良は事も無げにいい、夕菜に顔を向けた。
「ゴメンネ、なんか、巻き込んじゃったみたいで」
「ううん、そんな」
「敬語はやめてよ、同じ一年でしょ。木内夕菜ちゃん、だっけ」
「はい。…あ、うん」
「何組?」
「2組なの」
「嘘!!同じだよ、あたしも2組なの」
「えっ、お前ら2組なのか!?」
弘樹が驚いて声を上げた。俺は実はずっと気付いてた。はじめにちらりと目を通した名簿に二人の名前があったのだ。
「俺と叶も2組なんだぜ」
「げっ、サイテー」
沙良が本気で嫌そうに顔をしかめる。が、弘樹はにやりと笑った。
「あれ、その割には、さっき俺たちのこと名前で呼んだよなぁ?」
「そっ、それはっ」
沙良は明らかにあわてたようだ。
「あ、あんたたちの苗字なんかいちいち覚えてらんなかったのよっ。ただ、なんか名前は覚えてたから……」
「へーえ?」
俺も思わずにやりと笑った。夕菜も楽しそうにニコニコしている。
「なんか俺たち、いいオトモダチになれそうじゃん?」
「そうだね」
夕菜は弘樹の言葉を真に受けたようだ。俺はちらりと沙良を見たが、彼女は諦めたようにため息をついていた。
「夕菜ちゃん、かぁ。なんか呼び名がほしいなぁ」
「あ、中学生のときは、ユナって呼ばれてました」
「お、じゃあ、それできまりっ」
弘樹と夕菜は楽しそうに話している。と、隣で沙良がふっと笑った。俺が驚いて沙良を見ると、沙良はあわてて真顔を作った。それがおかしくて、俺は思わずブッと吹き出した。夕菜と弘樹も俺を見る。沙良は真っ赤になってわめいた。
「な、なによっ」
「い、いや、べつに」
「え?何々、沙良がなんかしたの?」
「してないわよっ!!くるくるぱーは黙ってて!!」
「あ、沙良ちゃん、落ち着いて…」
「あ、沙良でいいよ。あたしもユナって呼ぶから」
沙良はユナに笑顔を作ったが、またきっと俺に向き直った。







「おい叶、何ニヤニヤしてんだよ?」
「え?いや、高校のときのこと思い出しててさ」
「ん〜、高校生のときはたのしかったなあ」
弘樹は懐かしむように遠くを見た。
「かなり衝撃的な出会いだったよなぁ?」
「ああ。沙良の第一印象強すぎ」
「白パン?」
俺たちは顔を見合わせてにやりと笑った。

2005/01/11(Tue)21:06:35 公開 /
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久しぶりの更新です。前の分が流れてしまったので、新しく立てました。はじめの分はその6、その次のはその7にあります。

今回は4人の高校生のときの話です。叶と弘樹は結構美青年なんですよ?んで、なぜか弘樹がもと不良って言うのははじめから決めていました。もちろん、バイクも乗れます。しょっちゅう叶と二人乗りして、補導されかけてます^^;

私は大まかな筋は思いついてるんですが、そこに肉付けするのに時間がかかってしまって、なかなか話が進みません;読んでくださってる方、こんな更新ペースですが、良かったら最後までお付き合いくださいm(__)m

意見、感想等お待ちしております。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。