『雪夜-yukiya-』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅月薄紅                

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 時は平安。
 夜毎、密やかな逢瀬が溢れ、牛車の音、甘く涼やかな香が立ちこめる京。
 一人の女はため息をつき、一人の女は甘い声をあげ、一人の女は袖を濡らす。
 朝を恨む言葉には、明日の夜の期待と不安が混じり、去っていく男の背にぶつかる。
 今日は冬の日。
 一年の終りも近づいてきた、雪の降る寒い日。
 暗い空から降る雪を見つめる女が、いた。

「どうして、今宵は来てくださらないの?」
 不安を含んだ声は、音のない雪に消されてしまう。
「姫様、お体が冷えます。中へ」
 側仕えにそう言われても、冷たい空気に当たる身体は動かない。
「姫様」
 少し口調を強くし、動かせようとする。
「いいの。大丈夫だから」
 振り向かずに、女は言い返した。
「退っていて。私のことはいいから」
 奥に温かい火があるというのに、女はいっこうに動かない。
 御簾の前で外をじっと見ている。
「……わかりました」
 どうかお体のことを考えて下さいね。
 そう言い残して、側仕えは去っていく。
「どうして。どうして来てくださらないの?」
 いつもなら、空が暗くなったら直ぐに来てくださるのに。
 毎夜やってくる、愛しい男のことを考え、女は静かに瞼を閉じた。
 昨日の夜を思い出す。その前の夜を、その前の夜を。
 どんなに時をさかのぼろうと、愛しい人はいた。
 それなのに。
「どうして今日は……」
 涙がつぅっと頬を伝う。
 それは外からの冷たい空気にふれて冷たさを増し、頬から顔全体までもを冷やす。
 雪のように冷たい。
 そう。雪のように。
「きゃっ」
 小さな悲鳴を上げて、瞼を開ける。
 涙ではなく、雪のように冷たいものがその頬に触れたのだ。
「ははは」
 楽しそうな男の笑い声が横から聞こえる。
「あっ……」 
 冷えた頬を手で暖め、ばっと声の下方を見る。
「遅くなってすまなかったな」
 いつの間に入って来たのか、優しい香りを身につけた男がしゃがみこんでいた。
「雪夜様……」
 この夜の間、いや。今朝からずっとずっと待ち焦がれた人。
 やっと。来てくださった。
 安堵の気持ちが身体中に広がる。
「見てみろ」
 男はすっと手に乗せてある何かを差し出してきた。
「あ……」
 乗っていたのは小さな雪ウサギ。
 赤い目ではなく、小さな石ころの黒い目だったけれど。
「こいつを作っていて遅くなったのだ」
 ほら。と女の手に、その雪ウサギを乗せる。
 それは男の手なら片方の掌に乗ってしまうのだが、女の手では、両の手に乗せなければいけない大きさだった。
「かわいい……」
 女は幸せそうに、真っ白なウサギを見つめる。
 冷たさなど感じなかった。むしろ温かさを感じるほどだった。
「名前は……“雪”ね」
「雪か……」
 クスクスと女は笑う。
「雪夜様の名前と一緒」
 今までにないほど幸せそうな女を見つめ、男は微笑んだ。
 そうして女の名を呼ぶ。
「櫻姫」
「なぁに?」
 女はまだ、ウサギを見つめながら首をかしげる。
 雪が解けて、手が濡れることなど、微塵も気にしない。
「いつまでも」
 ウサギの乗るその冷えた手を、ウサギごと両の手で暖める。
「いつまでも、共にいよう」
 そう言って、女が返事をする前に口を塞いだ。
 女の体温が、温かさが、身体中に広がる。
 長いのか、短いのか。 
 ただ今までにないほど愛を確かめ合った口付の後、女は頬を赤らめ頷いた。
「……はい」

 雪の降る今夜。
 それは長くて短い時を経て、“クリスマス”と呼ばれるようになる。
 
 始めての贈り物は、小さな黒目の白ウサギだった。


2004/12/25(Sat)22:16:53 公開 / 紅月薄紅
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■作者からのメッセージ
はじめまして。紅月薄紅というものです。
まだまだ未熟ながら、投稿させて頂きました。
一応、クリスマスネタということで…。。
これからも色々と書かせて頂くと思います。どうぞよろしくお願いします。

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