『Into your heart 「花梨エンド」』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:金森弥太郎                

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 青空に白雲が浮かび、風は春のにおいをほんのりと漂わせる。
白い校舎のキャンパスを背景に、桜の花びらが舞い踊る。
校舎の時計は楽しそうに時を刻み、鳥たちは楽しげに歌いだす。
今日は晴れの入学式。
新入生たちは明るい笑顔と共に、それぞれの春を走りはじめるスタートラインだ。
そして今ここに、それぞれの春を迎えようとした男女がいた。
 「鐙ちゃん、また一緒の学校だね」
真田鐙、唯一の肉親だった兄が所在不明になったので一人暮らしをしている高校生だ。
そして、その鐙に話しかけた少女は幼なじみの永瀬花梨。
幼稚園の時から、二人はずっと一緒だった。
 「なあ、花梨。そろそろちゃんって止めないか?」
花梨は困惑したように言った。
 「鐙でいいよ。俺も花梨って呼んでるんだし」
 「鐙……。でも、私の中では鐙ちゃんで……えーと」
鐙は少しため息をついてから言った。
 「いいよ、鐙ちゃんで。花梨らしいし」
二人で一緒に歩いていると、後ろから間の抜けた声がしてきた。
 「おーい、花梨とミイ!」
 「ミイじゃなくて、俺は鐙だ!」
 「どっちでもいいでしょ?」
間の抜けた声の主は、幼なじみの黒雨吹雪。
吹雪という名前にしては、夏という印象が強い元気少女だ。
俺と花梨、吹雪は今日から憧れていた桜風高校の一年生だ。
校舎をくぐると、もう一年生になったような気がしてくる。
入学式らしく校長の無駄話があり、俺はそれを寝ながら聞き流した。
帰ろうとすると、早速吹雪が俺に話しかけてきた。
 「ミイ。あんたねえ、また寝てたでしょ!」
 「いや、だから俺鐙と呼んで欲しいんだけど」
 「はいはい、ところでまた寝てたんでしょ?」
受け流そうとしたが、さすがの吹雪は攻撃の手を休めない。
そんな質問攻めに花梨はナイスフォローをしてくれた。
 「でも、吹雪ちゃんも寝てたよ」
驚いたような顔をしながら、吹雪が花梨に聞いた。
 「か、花梨、見てたの?」
 「うん」
吹雪はかーっと顔を赤くして、そのまま去っていってしまった。
それを見ながら、花梨は小さく笑った。
この風景は、前にも見たことがある光景だと俺は思った。
 「やぁ、鐙と花梨。俺早速これ読んでみたんだけど、結構面白いよ」
このさわやか高校生は、幼なじみの夏山宗治。
勉強熱心な上、スポーツもできるという万能人間だ。
ただ、少しだけ短所があった。
それは、宗治はいつも微笑んでいるということだ。
その笑顔のせいでいつも何を考えているか分からない。
これが宗治を知る人なら誰でも思う宗治への感想だった。
そんな宗治が俺たちに見せた本は、「魔術IB」。
パラパラとめくってみると、「中学魔術」よりも難しい教科書だった。
 「どう、面白いでしょ?」
 「あ、ああ……。そ、それよりも、体育の教科書ってやっぱあれか?」
宗治は微笑みながら言った。
 「うーん、鐙が望んでいるようなものじゃなかったよ」
 「そうか……、だよな。期待していた俺がばかだった、ははは」
花梨はわけの分からないような顔をしながら俺に聞いた。
 「鐙ちゃんの望んでたのって何?」
 「う、うーんと……」
俺が答えに困っていると、宗治がまた微笑みながらストレートに言ってしまった。
 「ほら、鐙の好きそうな絵や写真が載ってるってことだよ」
花梨はかーっと顔を真っ赤にすると、そのまま立ち尽くしてしまった。
そして、宗治は微笑みながら立ち去っていった。
ぎくしゃくしながら、花梨が俺に聞いてくる。
 「あ、鐙ちゃん、本当?」
俺はできるだけ冷静な口調で言った。
 「いや、冗談だよ。ほら、宗治だって微笑んでただろ?」
花梨はなーんだとほっとため息をつくと、また俺のとなりを歩き始めた。

 家に帰ると、俺はかばんを投げ出した。
――トゥルルルル、トゥルルルル……ガチャ!
 「はい、こちら真田です。ああ、兄さん?」
 『元気か、鐙?』
 「うん、元気だよ。それで、なんか用事でも?」
 『いや、特にない。仕事まだ終わらないけど、寂しがるなよ』
 「寂しくなんかねえよ、高校生だからな」
 『ははは、じゃあな』
――プツン! トゥートゥートゥー……ガチャリ
兄の名前は、真田雅文。
日研製薬会社に勤めていたのだが、突然姿を消して家にも帰ってこなくなった。
そして、このように用も無しに突然電話をかけてくる謎多き兄となった。
俺は特にやることもないので、少年漫画誌を読みはじめた。
――ピンポーン、ピンポーン!
 「鐙ちゃん、いないの?」
俺は居留守を使おうとしたが、何度も大きな声で人の名前を呼んでくる。
 「鐙ちゃん、いるんだったら開けて」
俺はしかたなく一階に降りていくと、玄関の扉を開けた。
 「花梨、大きな声でしかもちゃんづけで呼ばないで欲しいんだが」
 「だって、鐙ちゃんが答えてくれないから」
そう言いながら、花梨はお気に入りのトートバックを持って入ってきた。
 「はい、これ私が作ったの。今日の夕飯に食べて。それと、これなんだけど」
 「忙しいやつだな……」
花梨が冷蔵庫に包みを入れている間に、マーカーの引いてあるところを読んだ。
表紙を見ると、「魔術TB」。
さっき空が楽しいよ、と俺たちに薦めていたやつだ。
俺はとりあえずマーカーの引いてある所を読んだ。
 「地術には、風術が有効である。だが、地中からの術には効果が無い」
花梨は不思議そうな顔をして聞いてきた。
 「鐙ちゃん、これなんでだか分かる?」
 「風化できないからだろ?」
風化とは、土をもろくする事によって土の魔術を封じる方法である。
 「風化っと……。ところで、なんで鐙ちゃんはいつも術使わないの?」
花梨はまた不思議そうな顔をして聞いてきた。
この世界では術が生活必要道具として使われている。
そのため、必要最低限の術は使えなければいけない。
だが、俺は電気、ガスに生活を頼っていた。
 「ああ、めんどっちいからさ」
そう言うと、花梨は小さく笑いながら言った。
 「ふふ、鐙ちゃんらしい」
 「そうかぁ? ま、花梨がそう言うならそうかもな」
俺はぼーっと窓越しに空を眺めた。
今まで白かった雲が、夕日に照らされて紅色に染まっている。
 「なぁ、花梨?」
 「何?」
 「送っていくよ」
花梨は少し驚いたような顔をしながら言った。
 「え、いいよ。だってすぐそこだから」
 「いや、送ってく。俺も外に出かけるしな」
そう言って、俺は花梨といっしょに外に出た。
空を見上げるときれいな夕日が出ていた。
花梨と俺は何も言わずに、空を見上げながら歩いていった。
 「じゃあ、また明日ね」
 「おう、また明日」
俺は花梨と家の前で別れると、そのままゲームセンターへ行った。
新学期というのに、なぜかあまり心が躍らない。
多分それは俺の生活がいつもと変わるわけがない、そう思っていたからだろう。
俺は軽くため息をついてから、ゲームセンターへと入っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 第一話:「はじめての授業」

 「私が君たちの担任、黒釜ミサだ。よろしく」
予想していた担任とは大きくかけ離れた担任。
短髪で男物のスーツを着た背の高いその姿は、男よりもカッコよく見える。
あいさつをしたぐらいで、生徒の中でファンができてしまうほどだ。
俺があくびをしていると、ミサは俺に向かって言った。
 「君、青春を寝過ごすつもりかい? もったいないよ」
一気に視線が俺のほうを向いてくる。
俺はしかたなく教科書を開いた。
 「ほう、感心だ。では、君の要望に答え、すぐに授業を開始しよう」
なぜか一時間目から体育だった。
体育と言っても、魔術訓練の方で俺が望んでいたスポーツとは違った。
がっかりしていると微笑み宗治が俺の元へやってきた。
 「スポーツじゃないから、体育の教科書が鐙の要望に答えてないんだね」
 「頼むから、そう返事のしようが無いことを言わないでくれ」
えーっと空は言いながら、元いた場所へと戻っていった。
ミサが俺たちにルールを説明する。
 「まずは、仲の良いもの同士でタッグチームを組め」
花梨は無理やり吹雪にタッグを組まされ、宗治が俺の元へとやってくる。
だが、俺は一人集団の端っこでおどおどしている少女に誘いに言った。
 「俺と一緒に組んでくれないかな?」
少女はおどおどしながら言った。
 「え、でも私……ヘタなんです」
 「いや、俺も魔法ヘタなんだ。だから、一緒に組もうぜ」
少女は小さくガッツポーズを作ると、満面の笑みで言った。
 「がんばります!」
 「おう、がんばろうな! ところで、俺鐙って言うんだけど君の名前は?」
少女はにこにこと微笑みながら、元気な声で言った。
 「私の名前は、エアルです。よろしくお願いします」
俺はエアルとタッグを組み、ミサの前に並んだ。
 「では、この箱から一枚のカードを引きなさい。対戦相手を決めます」
俺が引いたカードに書いてある番号は、十八番。
そして、相手は見ず知らずの男二人組みだった。
 「よろしくな、二人とも」
男二人はひひひと笑いながら、俺たちに言ってきた。
 「ひひひ、カップルでタッグかよ。馬鹿じゃねえ、くくく」
エアルは少しおどおどしながら、俺を見つめてきた。
 「ま、俺に任せてな。少しむかついたし……」
ミサの合図と共に、模擬戦闘が開始された。
じりじりとにらみあった後、片方の男が棒を呼び出した。
そして、もう片方の男はトンファーを呼び出した。
男たちはぶんぶんと武器を振り回すと、俺たち目がけて襲いかかってきた。
 「ひひひ、すぐに終わらしてやるよ」
エアルは震えながら、俺の後ろに隠れてしまう。
俺はぽきぽきと指の関節を鳴らした後、足を思いっきり高くあげた。
 「エアル、ちょっと離れてろ」
エアルが言われた通りに後ろに下がり、俺は足を地面にたたきつけた。
――ガガガガ
男たちは地割れの恐怖で顔が歪み、その場に立ち尽くしてしまった。
俺がやったのは、雅文直伝グランドスラムである。
ミサは俺たちの戦闘を見て、すぐに赤旗をあげた。
 「十八番、勝利!」
俺はエアルを連れて、男たちから離れた。
吹雪達も勝ったらしく、俺の元へ自慢しにやってきた。
ただ、一番まずかったのは宗治だ。
 「救護班、十四番の手当て急いで!」
ミサの指示で、救護班があわただしく宗治のもとへとやっていった。
救護班たちは宗治が倒した相手の治療を必死になって行っていた。
そして、その間ミサは宗治をがみがみとしかっていた。
昼食の時間になり、俺と宗治は一緒に屋上で昼食を食べた。
 「俺も勝ったよ。でも、先生にしかられたよ。なんでだろ?」
 「当然。あれはあまりにもひどい術だからな」
宗治が使った術、それは直接肉体内部への攻撃を行う術「気」だった。
宗治の得意魔術ではあるのだが、あれを食らってまともに立てるのは数少ない。
俺のど根性、吹雪の体質、花梨のミラクルパワー、そんなものでしか対処ができない。
それほど危険な術なのだ。
 「ひどいと言われても俺がおじいさんに習ったのはあれだけだし」
 「普通に学校で習ったのを使えよ……、危ないから」
 「うーん、じゃあこれから気をつけるよ」
俺たちが話しながら昼食を食べていると、急にバーンと屋上の扉が開いた。
 「鐙さん、私に術を教えてください」
エアルはおじぎをしながら言った。
俺はうーんと頭の後ろをかいてから、冷静な声で返した。
 「花梨から習うか、こいつから習ったほうがいいぜ」
 「鐙さんに習いたいんです!」
強い調子で言ってくるエアルの声に、俺は少しびくっとした。
 「し、仕方ねえな……。でも、俺ぼんくらだぜ。いいのか?」
エアルは満面の笑みと共にガッツポーズを小さく作りながら言った。
 「はい、がんばります!」

俺はいつものように花梨と帰り道を歩いていた。
今日一緒に話している内容は、エアルのことだ。
 「ってなことがあったんだよ。俺が師匠になるなんて、変わってるよな」
俺がそう言うと、花梨は微笑みながら言った。
 「でも、鐙ちゃんは強いからね。私のは、ミラクルパワーだけだもん」
 「ミラクルパワーだって、立派な物だぜ。少しは自信持てよ」
花梨のミラクルパワー。
それは意味不明な点において、恐ろしい代物だった。
自爆する時もあれば、相手が吹っ飛んでいくこともある。
まさにアットランダムな能力が、この花梨のミラクルパワーだ。
 「ありがとう、鐙ちゃん。じゃあ、また明日ね」
 「おう、また明日」
俺は家に帰り、ひと通り教科書を読みはじめた。
さすがに吹雪見たくウソ情報をエアルに教えるわけにはいかない。
そう思って、俺としては珍しく勉強をはじめたのだ。
そして、俺は自己ベスト一時間を塗りかえる二時間の勉強をした。
 「ふぅ、疲れるな……」
俺はベッドに横になりながら、目を閉じた。
携帯電話を見ると、一通の新しいメッセージがきていた。
その宛先から判断するに、差出人は吹雪だった。
 『はーい、ミイ。ちょっと話があるんだけど、聞いてくれる?』
 「聞いてくれると聞くなら、メールよこすな」
俺は一人でそうツッコミを入れながら、いいぜと返信した。
 『明日の体育、私と組まない?』
俺はため息をつきながら、断ると返信した。
それ以来、返事が返ってこなかった。
俺は携帯をベッドの隅に置き、目を閉じた。
ふーっ……、今日も疲れたな。
俺は今日一日の充実を感じながら、深い眠りへと入っていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 第二話:「久々のタッグ」

 今日も体育の授業が一番最初にある日だ。
あの日以来、エアルに少しずつ術を教えながら自分自身も術を覚えてきた。
この数週間で、「魔術TB」はすべて読破したのはエアルのおかげだろう。
今日の授業では、エアルは吹雪とタッグを組み、俺と花梨とでタッグを組んだ。
花梨は少し嬉しそうに言った。
 「久しぶりだね、こうして一緒に戦うのって」
 「ああ、でも相手がな」
今回の相手は、宗治とミサだった。
ミサは宗治を抑制する監視役と言う名約でタッグを組んでいる。
 「では、はじめ!」
そのかけ声と共に、宗治が必殺の掌で俺を狙ってきた。
必殺の掌が俺の体をかすめる。
 「普通の術使えよ!」
俺は体を転がす瞬間に、空の足の間に自分の足を差し込んだ。
そして、手を軸にしてぐるりと回転をかける。
宗治は俺の足がくりだす内股がけに耐え切れずに、横転した。
その隙を突いて、俺は宗治の体に直接新魔術を唱えてみた。
 「ヌイヌイ、ヘキサ!」
ババババと宗治の体にスパークが走る。
宗治が気絶してしまうと、今度は監視役であるはずのミサが襲いかかってきた。
 「ロイロイ、ヌーカ……」
ブワワワとなにやら波動じみたものが、俺の体目がけて襲ってくる。
しまったと思った瞬間、俺の前に花梨が立ちふさがった。
花梨がミラクルパワーを引き出すと、俺たちの前に謎の光の壁ができあがった。
そして、ミサが放った波動はミサの元へ打ち返されていった。
そのチャンスをついて、俺はミサに飛びかかった。
 「先生、あんたは監視役だろ!」
波動に包まれるようにして繰り出した俺のパンチは、みごとミサに直撃した。
そして、ミサは五メートルも後ろに飛んでいった。
 「ナイス、花梨。助かった」
花梨は嬉しそうに微笑みながら言った。
 「ミラクルパワーが成功してよかった。ところで、宗治ちゃん大丈夫?」
 「うん、大丈夫だよ……」
花梨の呼びかけに、宗治はゆっくりと立ち上がった。
少し足元がおぼつかないので、俺は宗治に肩を貸してやった。
 「それにしても、鐙。よく新しい魔法を覚えてたね」
 「まぁな、弟子一名いるわけだし。ところで、弟子は勝ったのか?」
俺は吹雪たちの様子を見た。
すると、エアルはなにやら意味の分からないことをして、吹雪一人が戦っている。
大きな声で遠くから吹雪のわめき声が聞こえてくる。
 「エアルー、私の後ろから攻撃しないでよ!」
 「す、すみませーん! き、気をつけまーす!」
なぜか二人の様子を見ていると、縄跳びを思い出してしまう。
もちろんエアルが縄で、吹雪が飛ぶ人だ。
そして、対戦者二人はエアルの攻撃でパニックを起している。
あれはあれで、なかなか強いのかもしれない。

 昼休みになり、俺と花梨は屋上で昼食を食べている。
 「エアルちゃんと吹雪ちゃんの戦い、楽しそうだったね」
 「うーん……、何をもって楽しいとするかってところかな」
俺はエビカツサンドを腹に収めると、フェンス際に行ってみた。
なぜか食事をしないエアルが、一人校庭で練習をしている。
 「なぁ、花梨。ミサ先生にはまんまと騙されたな」
 「うん、そうだね。監視役のはずだったのにね」
グラウンドでエアルが後ろ向きにこけるのを見ながら、俺はため息をついた。
 「ところで、どうだ最近?」
 「うーん、あまり変わらないよ。鐙ちゃんは?」
 「俺は人生初めて教科書を読破したぜ、といっても魔術TBだけなんだけどな」
花梨はびっくりしたような顔をしてから、小さく笑いながら言った。
 「エアルちゃんのおかげだね」
 「ああ、そうだな」
俺はゴミ箱目がけてゴミ袋をシュートした後、深呼吸をしながら空を見上げた。
まだ残っている桜の花びらが、蒼天の中に桃色に輝きながら漂っている。
そろそろ夏が来て、夏の若葉が輝きだす時期だ。
予鈴がなり、俺と花梨は一緒に教室へと戻っていった。
俺が一番嫌いな授業は、今まさに行われている「国文法T」だ。
助動詞、助詞など暗号じみてよく分からない言葉が羅列している教科書。
俺はしかたなくノートを取るふりをしながら、他の事を考えていた。
俺はまだ帰宅部だ。
そろそろ部活に入ろうとは思うのだが、まだ踏み出せずにいる。
宗治はすでにテニス部に所属し、吹雪は剣道部に所属している。
残るは、俺と花梨だけだった。
 「鐙、この用法は何だ?」
俺は国語の教師に指示され、立ち上がるも答えがなかなか浮かばない。
俺はしかたなくカンを頼りに言った。
 「ラ変変格活用です!」
 「そうだ、これはラ変変格活用だ。座っていいぞ」
俺は座りながら、安堵のため息をついた。
適当に言ったのが当たる感覚は、まるで命拾いしたような感覚とよく似ている。
授業終了のチャイムが鳴り、俺はゆっくりと片付ける準備をした。
吹雪が俺に放課後の予定を聞いてくる。
 「ミイ、今日あいてる?」
 「ああ、あいてるけど。なんかあるのか?」
吹雪は何かを持つような仕草をしながら言った。
 「皆でカラオケ行こう」
 「分かった。で、何時だ?」
 「今日の六時頃、駅前で」
そう言うと、吹雪は竹刀を背負ってどこかへ行ってしまった。
俺は帰り道花梨に部活の事を聞いてみた。
 「花梨、なんかの部活に入らないのか?」
花梨はうーんと考えてから言った。
 「入らない、と思う。家庭科部は、今考えてるんだけど。鐙ちゃんは?」
 「うーん、俺は入るのやめたよ」
花梨は、じゃあ私も入らないと微笑みながら言った。
結局中学生まで続けてきたサッカー部も、中学までで終りになった。
未練があるか、と言われればあると答えるかもしれない。
けど、俺にとってはこの一日一日こそが充実しきっているものだ。
エアルに術を教え、吹雪たちとカラオケをしたり無駄話をする毎日。
この繰り返しが、今の俺にとってはなんだか心地よい物だった。
変わらないと思っていたものが、自然と少しずつ変わっていく。
これが、春というものなのかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 第三話:「筆記試験」

 「それでは、学期末考査を開始する。魔術、その他のカンニングを行った時は容赦なく失格だ。それでは、はじめ!」
配られた問題用紙を見て、俺が最初に思った感想はこうだ。
わ、分からねえ。この問題、難しすぎ。
今受けているのは、俺の苦手な「国文法T」。
 『この文法について、以下の説明の中から正しい物を一つ選びなさい』
俺はカンを頼りに、解答用紙に三と記入した。
この手が使えないものも当然ながら出題されている。
 『将門はこのときどう思ったのか、四十字以内で説明しなさい』
将門がどう思ったか? 知るか、そんなもの。
俺はこういう問題を飛ばしていった。
その結果、時間終了後の解答数は全体の八割でしかなかった。
俺がやばいなぁ、と凹んでいると、吹雪が俺に聞いてきた。
 「ミイ、何割答えた?」
それを聞いて宗治は、微笑みながら言った。
 「質問違わないかな? 普通何割取れてそう、と聞くとおもうんだけど」
 「宗治は黙ってて。ミイ、何割答えたのよ?」
俺が素直に八割と答えると、吹雪は笑いながら言った。
 「また、ミイは説明かっ飛ばしたでしょ?」
 「しかたないだろ? 番号じゃ無いんだから。で、お前は何割?」
俺が聞くと、吹雪はふんっと鼻で笑いながら言った。
 「天才剣道美少女のこの吹雪様は、なんと百割も解きました!」
それを聞いて、俺と宗治、そして花梨までもが笑い出してしまった。
 「すごいな、百割かよ」
 「吹雪ちゃん、十割が最高だよ。百割なんて無いよ」
 「ははは、百割はすごいね」
俺たちが揃って言うと、吹雪はかーっと顔を紅くして言った。
 「間違えたのよ、百パーセントと!」
俺は吹雪のおかげで、次の得意教科「魔術TB」を冷静に受けることができた。
俺が吹雪に礼を言うと、吹雪は何を勘違いしたか偉そうに言った。
 「天才剣道少女吹雪様の答えをカンニングするとはね」
 「ちげぇって。冷静に受けられたってことだよ」
そう言うと、吹雪はわけの分からぬ顔をしながら首をかしげた。
花梨はくすくすと小さく笑いながら言った。
 「鐙ちゃん、うまい」
 「も、もう、何がおかしいのよ、花梨まで」
吹雪はよくこうして皆にからかわれる。
ストレートに言えば、お調子者なのだ。
俺たちが談笑していると、エアルがひょこっとクラスに顔を出した。
隣のクラスにいるエアルは、こうしてときどき俺のクラスに顔を見せる。
すっかり仲良くなったらしく、吹雪はエアルに同情を求めに行った。
 「聞いてよ、エアルー。ミイたちが……」
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと吹雪が話している間に、俺たちは変えることにした。
夏が近づいてくるにつれ、日増しに夕方までの時間が長くなっていく。
花梨は空を見上げながら言った。
 「鐙ちゃん、飛行機雲が出てるよ」
空を見上げると、飛行機雲が一本の白い線を青い空のカンバスに描かれていた。
そろそろ夏の香りが匂いだす頃だ。
俺は小さく深呼吸をしてから、花梨に言った。
 「もうそろそろ夏か。今年も行くか、みんなで海に」
花梨はにこにこと微笑みながら言った。
 「うん、一緒に行こうね」
それから俺と花梨はいつもの道をゆっくりと歩いていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 第四話:「魔術TB実技試験」

 俺はスケジュール表を見て、あれっと思った。
指で明日のテスト科目を何度辿っても、三限目は「魔術TB」と書いてある。
俺は体操服をかばんの中にいれ、何があってもいいように準備をしておいた。
翌日、二限目が終わるとともに、みんなが体操服を持って更衣室に行った。
俺は男子更衣室で着替えながら、宗治に聞いた。
 「今日のテストはバトルか?」
 「うーん、意外と違ったりして」
宗治は何か分からないという困ったような微笑みをした。
俺はしかたなく何があるのか分からぬまま、校庭に出た。
校庭のど真ん中に、魔方陣が描かれていた。
 「それでは、魔術TBの実技試験を開始する。ルールを説明しよう」
ルールは随分と簡単な物だった。
魔方陣によって召喚したゴーレム一体をより早く倒すこと。
ただし、術は魔術TB教科書範囲内に限る。
これが、この実技試験のルールだった。
ピーッという笛の音とともに、ミサがゴーレムを召喚した。
全身四メートルの巨大なゴーレム。
俺はその巨大さから、とろいやつかと思った。
だが、予想に反してこのゴーレムはすばしっこかった。
ミサは悪魔のように笑いながら言った。
 「ははは、とろいとろい。人形よりも遅いよ、それじゃあ」
人形か。なるほどね。
俺はミサに向けて、気を溜めた。
宗治も同じことを考えたらしく、花梨に耳打ちをしていた。
 「ねえ、花梨。俺が思うにさ、ミサ先生を倒せばいいんじゃないかな?」
 「え? 先生を倒すの?」
宗治はこくりとうなずくと、ミサ目がけて電撃を放った。
――パーン!
光の壁が、電撃を弾き飛ばす。
 「光の壁、これは魔術TBの後半に載っている術よね?」
宗治はめずらしく真剣な顔になると、気を溜めはじめた。
俺は宗治の先手を打って、大地の術アースクエイクを放った。
――ゴゴゴゴ!
地面がゆれたが、ミサは宙に浮かんでいる。
 「レビデド、これも魔術TBの後半に載ってるわ」
俺は気を溜めている宗治に言った。
 「なぁ、ナックル系の魔術はTB範囲内か?」
 「うん、たしか『なぜなに魔術』というコラムに載っていたような気がする」
 「そっか、サンキュー」
俺は自分の拳に大地の術サンドウェイブもどきをかけた。
そして、ミサに殴りかかった。
――ババババ! 
光の壁と俺の拳が衝突した時を見計らい、俺は拳からサンドウェイブを解放した。
凄まじい振動とともに光の壁をつきやぶる俺の拳。
そして、俺はミサの腕に一撃を食らえた。
ミサの光の壁が破れた瞬間、宗治はソニックブラストを放った。
――シュシュシュシュ、ドカーン!
「気」を得意とする宗治のソニックブラストがミサに直撃した。
それを食らったミサは、おもいっきり音を立てて地面に衝突した。
ミサが気を失うと、ゴーレムもホログラムのように消えていった。
花梨は俺と宗治に聞いてきた。
 「あのゴーレムは、なんだったの?」
 「あれは、ホログラミング。魔術TBの中盤で出てくる中級魔法だ。」
俺がそう言うと、宗治はにこにこと微笑みながらうなずいた。
 「ということは、ミサ先生を倒さない限り終わらなかったというわけ?」
 「そういうことだ。ったく、宗治君。少しは力を抜いてくれ」
ミサの方を振り向くと、いつのまにか意識を取り戻していた。
ピーッという笛の音ともに、ミサは試験終了の宣言をした。
 「よくやった、君たち。では、試験をこれにて終了とする」
ミサは平然とした顔をすると、教室へ戻っていった。
放課後、吹雪一人が文句を言っていた。
 「ホログラムなら、戦う必要なかったじゃない!」
宗治は微笑みながら言った。
 「でも、ミサ先生は俺たちに言ったよ。魔術TBの範囲内だって」
うぐーっと頭を押さえながらうつむく吹雪。
そんな吹雪を見ながら、花梨が言った。
 「ドンマイだよ、吹雪ちゃん。元気出して?」
 「吹雪、お前は元気だけが取柄だろ?」
吹雪はきーっと騒ぎ声を上げると、俺に突っかかってきた。
 「だけって何よ、だけって! 天才剣道少女吹雪様に向かって!」
 「はいはい、剣道だけは天才な吹雪様」
 「きーっ、ミイの生意気!」
俺と吹雪が口げんかしていると、花梨はくすっと小さく笑った。
 「変わらないね、鐙ちゃんと吹雪ちゃん。いつまでも、いつも変わらないね」
 「そうかぁ? どう思う、吹雪?」
 「さぁ、私に聞かないでよ、ミイ」
俺と吹雪は顔を見合わせたが、すぐに吹雪が顔をそらせた。
俺は花梨に帰ろうとさそうと、嬉しそうにうなずいた。
変わらないもの、たしかにそれはあるかもしれない。
そう思った時、俺はふと春って難しいなぁと思った。

2004/12/25(Sat)01:06:18 公開 / 金森弥太郎
■この作品の著作権は金森弥太郎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
タイトルの「花梨エンド」とは、この話の分岐点を花梨との親密度をあげていく過程で進んでいったストーリーということを示しています。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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