『デブゴン(読みきり)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ささら                

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デブゴン 




 どちらかといえば、仏教国家のこの日本国にキリスト教徒なんていったい何人いるんだろうか。お前らは聖書を読んだ事があるのか? まったくクリスマスなどと浮かれやがって。お前らは本当にイエスさんの誕生日を祝う気があるのか? 

 こんな風にクリスマスに対して暗々とした感情を抱いている人間が、今この瞬間に、俺の他に地球上で何人ぐらいいるのだろうか。南アフリカの国々や、インドなどクリスマスに縁がなさそうな国々は別としても、多分、子供と呼ばれる温かくてもこもこの羊の毛皮を剥ぎ取られて、素っ裸になった大人と呼ばれる寒空の下、孤独に打ち震えている者たちの何人かが、俺と似たような感傷を持っているかもしれない。クリスマスなんて、商業戦略の一環に過ぎないんだ!! と半ば自暴自棄気味に主張する奴もいるが、結局それは、恋人のいない孤独な男女の、見苦しい負け犬の遠吠えである。


 イブの日のさらに前日、例年通り、光り輝く聖なる夜に誰ともアポイントメントのない俺――神崎誠也は、寺鐘のごとく金属的に重く孤独に沈んだ気持ちで、一人都会と呼ばれるジャングルの中でほんの一週間前に始めたコンビニのバイトに勤しんでいた。
 ぼんやりとレジに商品を持って客が訪れるのを待ちながら、俺からしてみればささやかなクリスマスに対する復讐のつもりで、『クリスマスセール』と称され、全品半額となっている『おでん』をこっそりとつまんでいると、
「店長、このオニギリ腐ってるんじゃないかなぁ。何だか、変な匂いするしぃ。私が味見してあげるわー」
 女性の雄叫びのようにい甲高い声が、夜九時、人気がまばらになった店内に響き渡った。どこか怪獣の叫びに似た、周波数五百ヘルツはあろうかという声に反応して、お、始まるのか、と一斉に客の好奇の目がある一点に集まる。俺も、ここに雇われてから三度目の光景であるので、またか、と半ば呆れ気味に視点を移す。
 一人フードバトルクラブの始まりである。
 ――包装されているのに匂いなんてするわけないだろ……。
 俺のささやかな心の中での突っ込みは当然届かず、花咲美雪、たぶん二十歳ぐらい、独身、体重が百キロはあるであろう肉の塊は、コンビニの主戦力、弁当コーナーのオニギリ群にぽっちゃりと肉付きのいい手を伸ばし、その包装をはがし始めた。
「ちょ、ちょっと、美雪ちゃん。困るよぉ!! ああ、お願い、止めて!!」
 悲痛な叫びと共に、美雪の以上行動を止めようと店長が駆け寄った時には、既に手遅れであった。巨食怪獣デブゴン(俺的通称)は『シーチキン』と、百七十円と通常のレベルのものよりはかなり高い『いくら』のおにぎりと、他にも数種類を手に取って、それをこの世のものとは思えないスピードで胃袋という名の無限の大宇宙の中に吸い込ませた。
「ごちそうさまー!! うわぁ、やっぱり腐ってたよぉ。よかったね、店長!! もしこんなのお客さんに出してたら、大クレームだよぉ。私のお陰で、また店長救われちゃったね!!」
 そう言って、歯の隙間に海苔が挟まった醜い大口でげらげら笑っている。客も、この光景には慣れっこなので、指を刺してくすくす笑ったり、常連の母に連れ立った子供などは、また『でぶらー』が食べたー、と囃し立てている。そして、店長は明らかに楽しんでいる様子のお客さんの手前、卑屈な愛想笑いを浮かべるしかないのである。
 バイトの契約時間が終わって、俺が帰り支度をまとめていると、
「ああ、神崎君!! ちょっと待ってくれよ!!」
 と半泣きの店長に呼び止められた。俺は、まあ、その気の毒なほど悲痛な顔を見れば店長が言おうとしている事は薄々分かってしまうのだが、
「何すか?」
 とあえて気がつかない振りをして尋ねる。店長は今しがた狼に尻を噛まれたような声で、
「美雪ちゃんの、あれ、どうにかならないかなぁ。まったく、食欲が抑えられないほど暴走してしまう人間がいるなんて信じられないよ!!」
 俺は、はあ、と帰宅準備を続けたままで相槌を打つ。店長はじれったそうに、
「店内のものに手を付けるのはまずいんだよ!! そんな事、小学生だって知っている。いい加減に自制してもらわないと、僕も彼女をクビにしなければならなくなる」
 そう言って、店長は難しい顔をする。俺は店長の方を向いて、
「クビにすればいいじゃないですか」
 自分もたまにこっそり商品に手をつけているのはおくびにも出さずにしれっと言った。。
 店長は困った顔をして、そして小さく頭を振った後、
「それができりゃぁ、苦労はしないさ!! でも美雪ちゃんさあ、その、あれだよ、格闘技とかをやっているらしいんだよ!! ほら、あの巨体だろ?」
 なるほど、と俺は思う。そう言われると、彼女の体はデブではあるが、どこか引き締まっているように感じられた。
「報復が怖いんですか?」
 俺がはっきりとそう言うと、店長はぶるっと体を震わせて、そういうことだよ、と小さな声で呟いた。話を聞くと、美雪は大学で、女子プロレスリング同好会なるものに入っているそうだ。まあ、だとしてもプロレスとあの巨体は実は余り関係ないのでは、と俺は考えるが、実際あのアントニオ猪木顔負けの極太の二の腕でトールハンマーなんかを食らわされた日には、やせ細った店長の体など、南の彼方エロマンガ島まで吹っ飛ばされてしまうかもしれない。
「だからさぁ。今から、君の方から美雪ちゃんにそれとなく言っといてくれないか。君達、歳が近いんだよ。あれさえなくなくなってくれれば、美雪ちゃんも良い娘なんだからさぁ。今日はもう美雪ちゃんも上がりにするからさ」
 俺はまた、はあ、と曖昧に答えるが、内心それが徒労になるであろう事は分かっていた。
 数日前、バイトの先輩から聞いた事がある。彼女がなぜコンビニのバイトを選んだのかといえば、余り物を譲ってもらえるからである、と。まさしく、文字通り食欲のためだけに労働しているのである。そして、それが実際思い通りにならないであろう事が分かってから、どのくらいぶっ壊れた計算機を使ったのかは知らないが、彼女の中にはじき出された計算結果に基づいて、すきっ腹になると、『これ、腐ってるよぉ』などと奇声を張り上げ『毒見』と称してその場で食事を始めたらしい。これが、うちのコンビニの『パフォーマンス』として認識されているのだから、世も末である。実際、そのパフォーマンス? の甲斐もあってか、客足は以前よりも結構増しているという事だ。名師、諸葛孔明も真っ青である。
「まあ、一応言っときますけど、あまり期待しないでくださいね?」
 一応、対面上は前向きな返事だけはしておく。店長は本当に頼むよ、と言ってレジに戻っていった。
 まあ、地球という巨大鍋の中のちっぽけなしらたきの一本にも満たない、一大学生のこの俺に、いつか地球全てを食いつくすであろう巨食怪獣デブゴンをどこまで食い止められるかは言わずもがなだけど……。
 ――ウルトラマンにでも頼んでくださいな。
 俺は心の中でごくごく小さな声で、呟いた。


 とはまあ、心の中では言ったけれども、人情味溢れた律儀(自称)な俺は、対面上でも引き受けたからには美雪にびしっと言ってやろうと、こうして、夜の街を美雪と共に歩いているわけで。本音を言うと、これといって帰ってからやることはないであるが故の暇つぶし半分、美雪の以上行動に対する興味本位半分なのだけれども。
「どうしたの? 急に一緒に帰ろうなんて」
 美雪は、何となく注意深げに俺の方を伺ってる。
「ああ、美雪先輩とは、一度こうしてちゃんと話してみたかったんですよ」
 と、俺は笑みを浮かべて爽やかに答える。こうみえても、大学では演劇部に入っている俺は、害のない良い人を装うなど朝飯前である。
「そおなの? てっきり、店長さんに頼まれて私に一言、言いたいことがあるのだと思ったけど……さっきの私の行動について」
 突然の発言に俺は思わず表情を引きつらせてしまう。
「ど、どうして分かったんですか?」
 俺はなるべく動揺を顔に出さないようにして、恐る恐る尋ねる。
「分かるわよぉ。それで、何? 私くびなの?」
 やけにあっさりしている。どういうことだ?
「あのぉ、どうして美雪先輩はあんなことするんですか? その、さっきの面白い行動を」
 俺はどもりながら尋ねる。
 なんでかしらねー、と彼女は一言つぶやいた。
「初めはね、やけくそだったの」
 彼女は少し声のトーンを落とした。
「やけくそ?」
「そう。何だかむしゃくしゃしてたの。色々嫌なことがあったの。それでね、怒ったリ泣いたりしてたら、私無性におなかがすいちゃって、目の前にあるおにぎりをついつい手にとって食べちゃったのね」
 俺は、彼女の仕事場とは違う何だかしおらしく感じられる雰囲気に少し違和感を覚えた。
 彼女はさらに言葉をつなげる。
「そしたらね、それを見ていた一人の子供がね、私のほうを見て、指をさして笑ったの。ほら、私ってでぶじゃない。それで暗かったら、救いようがないでしょ? それでね、その頃、学校で結構人に色々言われてたの、私って地球の害虫みたいだって。生きていて何の価値もないって」
 俺は何と言っていいかわからずに、言葉を見つけられずにいると、
「でもね、その子は、そんな私のほうを見て笑ってくれたのよ。私って暗かったから、今まで人を笑わせた事なんてほとんどなかったから、凄く嬉しかった。大げさだけど、救いようのないデブの私に光明が差し込んだ気がしたの」
 嬉しかった? 恥ずかしかったの間違いじゃないのか?
 話を聞きながら、俺は彼女に対する何だか釈然としない気持ちが沸き起こるのに気付いた。
 何故だろう。彼女の話は、何だかイライラする。
 そんな俺の変化にも気付かず美雪は話を続ける。
「だからだと思う。こうすれば、人は笑ってくれる。それが分かっちゃったから……止められなくなっちゃったの。快感ってやつ? 今まで私がどんなに頑張っても得られなかったものがそこにはあったのよ」
「でも、それって、ただの道化なんじゃないすか?」
 しまった。思わず、本音を口にしてしまった。
 当初の予定ではやんわりと説得していくはずだった。しかし、俺はどうしてもこらえられなかった。強く思ってしまったのだ。彼女の言っている事は絶対におかしい、と。
 俺が自分の口に出してしまったセリフに後悔をしていると、美雪は一瞬、悲しげな表情を見せて、
「その通りよ」
 そう一言呟いて、それきり黙ってしまった。
 それからしばらくの間、無言で二人で夜の街を歩いていた。
 何だかばつの悪いまま、駅前の分かれ道に差し掛かったとき、
「バイトは今日で辞めるわ。というより、いつ止めてもいい覚悟だったの。御免なさい、あなたにまで余計な心配かけて。それにね……」
 そう言ってからしばらくの間の後、
「私、格闘技なんてやっていないわ。ただの噂。体だってべつに引き締まってないし、私は本当にただのおでぶちゃんなの。あなた達が、影で私の悪口を言っていたのは知っているわ。でもね、私はどうしようもなかったの。だって、デブなんて、直そうと思ってもそう簡単に直せるものじゃないでしょ。きっと、私太りやすい体質だから仕方がないって分かってる。でも、やっぱり悔しいじゃない。だから、少しだけ抵抗してみただけ」
 そう言ってはにかんだ笑顔を見せて、夜の闇の奥深くへと駆けていった。
 ――俺と店長の話、聞いてたんだ。
 一人、何となく切ない気分で呆然と立ち尽くす俺を残して。


「いろいろな事を考える人がいるなぁ……」
 自然と出てしまう深い深いため息の後、取り残された俺は柄にもなく天を見上げた。
 空には一面に宝石のような星が輝いている。
 この空はクリスマスイブの日まで繋がっている。
 俺の口から自然と呟きが漏れる。
「サンタさん。今はまだ、どこか遠い空にいるんだろうけど。もしも、俺の声が聞こえてるんだったら、どんなに小さなものでもいいから、明日の夜、美雪さんにプレゼントでも運んであげてくれないか。そうだな、綺麗な銀色の手鏡でも贈ってあげたらいいかもしれない。彼女が自分の姿をよく見て、自分の顔もよく見て、それで、少しでも彼女が自分の間違いに気づいてくれるように」
 そして、今はぺっちゃんこになった自分の腹をさすりながら、
「大切なのはピエロになることなんかじゃないんだよ、デブゴンさん」
 俺は、かつて自分が百二十キロのデブで馬鹿にされていた時代を思い出した。あの頃の俺は、苦労して、本当の本当に苦労して、ひたすらに汗を流し続けた。自分の肉が削ぎ落ちるまで走り続けた。馬鹿にしていた奴らはみんな見返してやった。馬鹿にされたままでいるのは誰にだって出来る。大切なのは、その状況を改善しようとする努力だと。
「そうだなぁ。この前、俺、彼女いない事を馬鹿にされたから……」
 そして、今、強く思う。
「来年こそは彼女作ろう」
 星が一粒流れた気がした。





2004/12/03(Fri)20:43:20 公開 / ささら
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■作者からのメッセージ
お読み下さりありがとうございました。何となく、ほんじゃまかの石塚を見ていたら、ふと考えついた作品であります。言うにも及ばず稚拙ですが、御意見、御感想いただけたら嬉しいです。

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