『復讐の炎』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:イヨ                

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自分の弱点を言っていこうよ。怖いものでもいいからさ。
そう言い出したのは誰だっただろう。春花はすでに限界に達していた。
気を緩めれば、目を瞑って眠ってしまいそうだった。目蓋が重い。
「あたしは世界が怖いなー。どうなるかわからないじゃん?戦争とか」
紗江子が耳元で言ったのが聞こえる。声の調子から彼女も眠いのだとわかった。
「…春花は?」
「………」
想也に名前を呼ばれても、すぐに返事をすることが出来ない。
彼はわたしが眠ってしまったのだと思ったらしい。突然、強烈な光を浴びせられる。
ぎょっとして目を見開いた。
「寝ない約束だろ春花ぁ!!一番に寝たりしたら月曜日からいじめられるぞ」
見ると、いたずらそうな笑みを浮かべ、立っている想也がいた。手にはわたしの使い切りカメラを持っている。それで眠りそうなわたしの顔を真上から激写したらしい。さっきの光はカメラのフラッシュだったのか。春花は苦笑した。
今は何時だろう?部屋の時計を目を擦りながら見る。2時45分。
眠いはずだ。実を言うとわたしは、12時には必ず寝るという今時の中学生にしては珍しい子供なのだ。
この部屋には4人の中学生がいる。わたしたちはみんな幼馴染だった。たまにこうして誰かの家に集まり、【お泊り会】をする。
男女混合で雑魚寝をするという非常識な会も、多分小学生までなのだろうと、なんとなく春花は想像していた。しかしその考えは数日前の想也の発言できれいに吹き飛ぶ。
土曜日は俺んちな。中学生になったんだから、寝たらだめだぞ。
そう言われて三人とも、不思議と違和感は覚えなかった。こうして当然のように集まっている。
「で?なんなの?春花の怖いものって」
周平がわたしの顔を覗き込んで言う。
『おばけ』と言おうとしてわたしはやめた。やる気のなさが伝わってしまいそうで、想也に申し訳ないと思ったからだ。
そう考えなおしたとたん、言おうと思ってもいなかった本音が口をついて出てきた。
「道にいる男の人が怖い」
瞬間みんな黙った。わたしが今言ったことについて考えているのが顔を見ないでもわかる。
ややあって紗江子が問う。
「特定の誰か?」
心配そうな声だ。
「違うよ。男の人なら誰でも。人が少なかったり、日が暮れてたりすると駄目。後ろを歩かれたりすると、本当に心臓がばくばくいって生きた心地がしなくなるの」
みんな真剣に聞いていた。最後のは少し大げさかとも思ったけれど、実際そんな感じなのだ。
落ち着かなくなる。あの日、あの男を見てから――
先生には言った。
委員会で帰るのが遅くなって、暗くなった通学路を歩いていた時だった。後ろから誰かがついてくる。別に最初は怪しいと思わなかった。ただ行く方向が同じなのだと。
春花は昔からいやに感覚がいい。目も、耳も、鼻もよく利く。当然気配も。
そのため後ろにある気配が異様だと気づくのにそう時間はかからなかった。後ろを歩いている人間は、挙動不審だ。見なくてもわかる。視線を感じて振り返る。腕を大きく広げた大きな男。いや、大きくはなかったのかもしれない。異様で、その変質ぶりに恐怖を感じて、恐怖のせいで大きく感じたのかもしれない。人は、得体のしれないものを大きく感じる。背中を掴まれそうになって、わたしは短く悲鳴をあげた。一目散に走り出す。後ろは見なかった。
「クラスの男子とか、先生なんかは大丈夫。だから男性恐怖症じゃないよ。ただ道にいる男の人がだめなの。前に何度か変質者にあったから」
「大丈夫だったのか?」
想也が即座に聞いてきた。大丈夫ではない。なんとか逃げおおせた…というよりもあの男は追う気がなかったのではないだろうか。悲鳴をあげて逃げる子供が見たいというだけかもしれない。春花は後から考えてそう思った。実際変質者の被害は珍しくない。うちの学校からも今年の秋から被害者は続出している。それに比べて不審者が捕まる確率は極めて低かった。
「もう大丈夫」
これは嘘だ。今でも思い返すと背筋が寒くなる。同時に別の感情も。
けれどわたしがそれに気づくのは少し後のこと。
「それならいいけど、気をつけて春花。最近の変態って何考えてるかわかんないんだから」
紗江子が憤慨したように言う。
「あ、ごめん。こういう時にマジな話するのはよくないね」
わたしは慌てた。みんなに心配をかけたらいけない。気のせいか空気が重くなってしまったようだ。





***





「一緒に帰ろうか、春花」
月曜日の放課後。部活が終わり、玄関で靴を履き替えていると声を掛けられた。
誰もいないと思っていたから、正直びっくりした。
顔を上げると想也が鞄を持ってわたしの正面に立っている。
変な子だ。そんなこといちいち言わなくったって――
そう考えて彼が何を思っているのかがわかった。【お泊り会】でわたしが言ったことを気にかけての行動だろう。
いつも誰かしらと下校時に会って帰る。この日、春花はつい遅くまでサーブ練習をしていた。
下校時刻はとっくに過ぎている。他の生徒はいない。想也は待っていてくれたのだ。
寒くて暗い玄関で彼が待っている姿を想像する。わたしはその細やかな心遣いに感謝した。お礼を言わなきゃ。
「ありがとう」
そう言って立ち上がる。想也と目線を合わせようとして気がついた。
彼の身長は高くなった。前はわたしと同じくらいだったのに。
違う。身長だけじゃない。体力も、彼のほうが上だ。成績は…わたしの方が勝っている?
小さな時から一緒にいる想也を、わたしは誰か別の人を見るような目で見上げた。
わたしの住んでいる所は田舎町だった。畑と民家。車道が歩道を兼ねている。わたしの家の近くには小さな神社がある。そこの脇の道は、変質者の出没スポットだった。
わたしは家に帰るときそこを通らなければいけない。
「じゃあね、想也。また明日」
いつもの分かれ道。想也は右の道を行くはずだった。だけどついてくる。
「想也のうちはあっちだよ」
わたしは冗談交じりに笑って言った。反対の方向を指さす。
「送っていくよ」
街頭に照らされた彼の顔は真剣だった。その表情を見て春花は嬉しくなる。心の底がぽっかりと暖かくなった。だが、その反面迷惑をかけてはいけないという思いが膨らんでいった。
「いいよ、一人で帰れる。そんなことよりテストもうすぐだよっ!早く帰って一分でも長く勉強しなさい」
そう言って私は駆け出した。想也に送ってもらうのは心強かった。
けれど困惑する。わたしを送り届けたあとに、一人で帰る彼を思うと、そっちの方が危ない。背が高くなったとは言え、綺麗な顔をした彼はわたしなんかより変質者のターゲットにされる確率が高いんじゃないだろうか。
想也の申し出を断ったのは今日のわたしのした、一番の大きなミスだろう。走りながら思った。
二番目は体育館に残ってサーブ練習をしてしまったこと。
想也からわたしの姿が見えなくなると走るのをやめた。持久走は苦手だった。
空を仰ぎ見ると、星が一つも出ていなかった。ひかえめに据え付けられた街頭は鈍い光を放っている。
こんな日に変質者は出ないだろう。なんとなくそう思った。何かと心配をしている時には変質者は出てこない――これは最近わたしが思い込んでいる法則だった。
なんて根拠のない、そして都合のいい法則だろう。
帰ったら勉強をしよう。想也にせめて勉強では負けないように。
例の神社の前に差し掛かる。ほら、何もでないじゃない。大丈夫――
――と、まさにそう思った瞬間だった。枯れ葉を踏み進むわたしの足音の他に、もうひとつ。
心臓が止まりそうになった。
後ろを振り向けない。
いや、まだ変質者と決まったわけではない。女性かもしれない。きっとそうだ。
もしかしたら想也が黙ってついてきているのかもしれない。わたしを驚かすために。
でもわたしは振り返れない。驚くほどの速さで心臓が脈打つ。その鼓動は頭にまで響いてきた。
足音は、近づいてくる――
すぐ近くで、枯れ葉を踏む音がした。
わたしは発作的に後ろを振り向いた。振り向いてしまった…とうとう。
あの時と同じ、大きな男が立っている。そいつが腕を伸ばすのが視界の隅に映った。
いやだ。悲鳴も出ない。恐怖に直面すると声が出なくなるのだ。
走り出そうとしたが腕を掴まれた。ぐっと引き寄せられてわたしは不自然な位置に立ちすくむ。すぐ傍に男の顔がある。その顔を見てわたしの心臓は再び停止しそうになった。
男が、おぞましい笑みを浮かべている。
あたしは世界が怖いなー。
紗江子の声が甦る。彼女の言う通りだ。本当に怖いのは、幽霊なんかじゃない。
おばけなんかより怖いのは人間だ。
核爆弾をつくるのは人間だ。戦争をするのも人間だ。木を伐採するのは人間。環境を破壊するのは人間。猟奇的な事件を起こすのは――
恐怖でがたがたと体が震えた。手首を強く握られている。痛い。
いよいよ喉の奥底から悲鳴があふれ出した。今日の音楽の時間にやった、発声練習みたいに一定した音程で。
怖い!怖くてたまらない。
わたしが悲鳴をあげている間も、そいつは笑っていた。無言で。ぞっとするような暗闇の中に、そいつの笑顔はあった。
その時わたしの中には恐怖とは別の感情があった。
怖くてたまらなくなるのと同時に、わたしの中でちらちらと音をたてて燃えていた炎。
それはいつもわたしが燃やしてきた炎だった。
許さない――
強い憤り。怒りの炎が燃え広がる。なんでわたしが――なんでわたしがこんなやつに!
腹の底から怒りがこみ上げてきた。
なんでわたしがこんな変態にびくびくしなきゃならないの?
何故おびやかされるの?
そう思った瞬間にわたしの中で細い糸がきりりと締まって、切れてしまった。
掴まれていないほうの腕を思いっきりやつの前に突き出すと、見事な正拳突きが男の顔面に食い込む。
予想外の反撃にそいつはのけぞった。隙を与えずに急所を蹴り上げる。
悲痛な呻き声。
長いこと醜い悲鳴を上げながら、やつは仰向けに倒れた。
わたしは走り出した。逃げよう!早く家に帰りたい。
ふとウィンドブレーカーのポケットに、ごつごつとした感触を感じる。
使い捨てカメラだ。なんて素敵な物が。なんて絶妙なタイミングで。
わたしは走るのをやめた。おぞましかったが、それ以上に復讐心がわたしの中で燃えていた。これであいつを写真に収めてやろう。
あれが、わたしたちの日常を写しこんだ隣に横たわるのかと思うとあまりいい気分ではなかったが、仕方ない。
やつの倒れている場所まできて、わたしは用心深く本当に男が失神しているかどうか調べた。
気を失っているとわかって、わたしはあらゆる方向から写真をとり始めた。
顔のアップ。全身の様子。髪の生え際。必要性のないところまでわたしは撮っていった。
あっという間にフィルムがなくなった。
これで帰り着いた時に、人に知らせたとき、警察が来たとき、男がもうここにこうしてのびていなくても逮捕することが出来る。
わたしは心の底から安堵した。
が、たちまち一時忘れていた恐怖を思い出す。
こいつがいつ目を覚ますかわからないということを思い出す。
わたしはカメラを強く握り締めて全力疾走した。
やはり後ろは見なかった。今にもあいつが起きて、あの不気味な笑顔を浮かべてわたしを追いかけてくるような気がしたからだ。





***





家に帰ってからもしばらく心臓は鳴っていた。
けして走ったからではない。それだけではない。先ほどの恐怖が、時間がたつにつれて大きくなったためだ。手の中で、強く握り締められた撮りきりカメラを確認する。あいつに強く握られていた手首が、赤くなっている。
確実に時間はたっているのに体の震えは治まらない。
わたしが帰りついた時、家には誰もいなかった。
両親は、共働きなのだ。
誰かに抱きしめてもらいたかったが、連絡をして急いで帰ってきてもらうのは気が引けた。そんなことをしたら、彼らはどれだけ心配をするだろう。
何をするにもとろくてどんくさいわたし、いつも誰かの足を引っ張っているわたし――
中学に入って、バレー部に入部した。一年生の中で、サーブを入れられないのはわたしだけだった。それが悔しくて今日も残って練習をしていた。すっかり遅くなってしまって、一人で帰ることを覚悟していたときに、待っていてくれたのが想也だ。
彼の声が聞きたくてたまらない。
そうだ。明日の時間割りがわからないということを口実に、電話をかけよう。
それなら大丈夫だ。声を聞ければいいのだから。心配をかけずにすむ。
わたしは震える指で彼の短縮を押した。
コール音がして、想也の声が聞こえる。

『もしもし、春花?』

「…………」

その声に救われた。

『なぁ、春花なんだろう?』

「……うん」

ようやく搾り出せた声がそれだけだった。
力が抜けていくのがわかる――
わたしの時間が戻り始めた。





***





警察の調べによると、犯人は近くの工場に勤める26歳の男性だった。
それも、わたしの家からそう遠くないところに住んでいる。
そいつの頭はどこまでもおかしいらしく、わたしのことをいつも見ていたそうだ。
自宅には隠し撮りをしたわたしの写真が貼ってあった。
あの日も、わたしが通るのを待ち構えていたと言っている。一緒に暮らすために、迎えにきたと――
わたしはその言葉の意味するところに気づいて、ぞっとした。
警官はわたしのことを褒めてくれた。
『犯人を逮捕できたのは、勇気のある君のおかげだ。だけどもう暗いところを一人で歩いちゃだめだぞ』
わたしはそう言われて曖昧な笑みを返した。
『大丈夫ですよ』
心細くなったときには、彼がついていてくれる。
今度はわたしがその広い背中に言うのだ。

一緒に帰ろう――と

2004/11/27(Sat)14:42:42 公開 / イヨ
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