『口笛』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:月海                

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僕は中三になった今でも口笛が吹けないし、風船ガムも膨らませられない。
別にそれが出来ないからといって、不都合は無いと思っていた。
けれど、よく言われる。
「お前、そんなことも出来ないのか?」
その言葉を聞くたびに、無用な劣等感を感じた。
勉強も運動も、人並みに出来る。
けれど、口笛が吹けない。ガムが膨らませられない。
きっとそれが出来ないのは、自分が生きることに不器用だからなんだろう、と大人ぶってみたりした。

 校内合唱コンクールのクラス曲目で、皆が口笛でリズムを取るパートがあった。
当然僕はそのパートですることが無く、その事が影響して歌もロクに歌わなかった。
口笛が吹けないという失態を、歌で補うつもりは毛頭なかった。

 コンクールの当日、隣の男子が休み、代わりに女子が隣になった。
あまりクラスメイトとは喋らない方なので、女子の名前など記憶していない。
僕のクラスの番になった。
前奏が終わり、歌声が響く中、口パクをしながら周りの様子を伺っていた。
やる気のある者がほとんどのようだった。
例のパートがきた。
僕は黙る。
口笛の音が聞こえる。
僕とその隣の空間以外から。
隣を見る。
初めてその女子の顔を見た。
視線が重なり、彼女は笑った。
「私も吹けないの」
彼女が僕に向けたはじめの言葉。

 僕と同様あまり目立たない娘だった。
だからなのだろう。
二人で屋上へ行っても、ひやかす者は誰もいなかった。
だからなのだろう。
付き合ってるという感覚もあまりしなかった。

 屋上で弁当を食べながら、彼女に聞いた事がある。
「風船ガム、膨らませられる?」
彼女は笑った。
少し淋しい感じがした。

 彼女と行くのは、大抵が昼休みの屋上だった。
付き合い始めてから一ヶ月程経って、初めて二人で放課後の屋上に行った。

 夕焼けの色が景色を染めていた。
赤い空。
赤い街。
赤い川。
赤い山。
その景色は僕にある場面を想像させた。
小説に出てくる様なワンシーン。
夕焼けの屋上。
とても口笛が似合う場面。
とても自然なタイミングで、
口笛の音は僕の隣から聞こえてきた。
へたくそだけど、ちゃんと吹けていた。
僕は黙って聞いていた。
やがて、別れの歌は止んだ。
「私ね昨日ようやく吹けるようになったの」
彼女が僕に向けたおわりの言葉に、
「僕もね、昨日ようやくガムを膨らませられたよ。大きくなりすぎて割れたけどね」
僕はこう返した。
彼女はわらった。

 彼女がどこの高校に行ったのかは知らない。
僕はごくごく平凡なところへ進学した。

 中三のあの日。
彼女がいなくなった後屋上で、僕は口笛を吹くことができた。
彼女はああ言ったけど、きっとあの日初めて吹いたに違いない。
あの小説の一ページの様な雰囲気の時間の中でなら、きっと何だってできた。
吹けない口笛を吹くことも、
勇気を出して本心を伝えることも。

僕は高校生になった今でも口笛が吹けないし、風船ガムも膨らませられない。
口笛はあの時にしか吹けなかったし、ガムの話はその場の出まかせだ。

だから、
彼女は今でも口笛が吹けずにいる、
今ではそう想っている。





2004/11/24(Wed)03:57:02 公開 / 月海
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