『俺達の青春作戦』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:7com                

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夏、午後7時半、ここからの景色は俺が見付けた青春だ。河野先輩はそう言った。その言葉が俺の中で響いた。俺も青春が欲しい。そう思った。





◆1





 季節は夏。蝉が短い命を削り、必死で鳴き喚いている。という表現をどっかで耳にした覚えがある。いや、蝉だって生きているのだ、ただ単に喚いているわけじゃない、それが彼らなりの存在証明なのだろう。
 お年頃の若者は色々と考えている。世間では近頃の若者は、と言われ肩身の狭い思いをしている……奴はそう居ないか、やっぱりみんなけっこう自由に生きている。でも、必死に考えているのだ、例えば蝉の存在理由なんかを。それから、自分の存在理由なんかも。
 時々、自分が置いて行かれる様な感覚に襲われる。みんなは今が楽しければいいと言う、俺もそうだ、今が楽しくなけりゃ生きてる意味、存在理由なんかとても見出せない。でも、何か違う。果たして今を楽しむためだけに俺は存在しているのだろうか。そう考えると、何故か自分が進んでいなくて、みんなだけが歩いている様に思う。
 答えのない問いがぐるぐると頭を駆け巡る。「我思う、故に我有り」だなんて。誰だ、そんな事を言ったのは。ニーチェだっけ。いや、デカルトか。まぁ少なくとも俺は存在していることになる。この格言が正しければの話だけど。

 なんて思っている内に気が付けばもう正門の前に来ていた。それなりに立派な門構えだけど、別段威厳を感じるわけでもない。入ってすぐ左に自転車置き場があり(教員用だけど無断で使ってる奴もいるみたいだ)、右には管理用の小屋みたいなものがある。そこから先は二十段近くの階段が三つ続く正面階段。登ってみれば結構な高さだけど、登ってる時は自分がどれだけ高い所に向かっているかは気付かないものだ。それよりも中途半端な田舎に、しかもこんな山の斜面に学校を作った事が俺は気に食わない。土地が安いのか知らないが、そのせいで学校全体が階段の多い構造になってしまっている。その中でも特別長い階段である正面階段の一番上に登り切り、振り返る。眼下に背丈の高い竹林が広がり、そしてさほど発展もしていない町並みが少し遠くの正面に見える。
 竹林の中には二つ三つ、神社の屋根が見えている。竹林の中の神社なんて雰囲気は抜群なもんだけど、肝試しは何故か禁止されている。理由は知らない、とにかくそれが決まり。
 俺の通学路は駅から住宅地を抜け、竹林の周りをぐるりと迂回し、そしてこの正面階段に来るコースだ。「俺の」と言ったのは、これは正規のコースじゃないからだ。住宅地は生徒が歩くとうるさいので通行禁止になっている、だから本当は駅から見て右の県外に抜ける大通りに一旦出て、そこから神社の正面口近くの道を入ってここまでくる。
 俺がのんきにそんな正規外のコースを歩けたのは遅刻しているからだ。もうこの時間に住宅地の見張りはない。そういえば、出席日数が危なかった気もする、もう行こう。そう思って振り返った。

「また遅刻か石南(イシナミ)、ええかげんにせんかいな」

 唐突の言葉に少し驚いたが俺はすぐに状況を理解した。なんだ、いつもの事だ。
「あっ、すません。いやー、風邪引いたんすよ、いやマジっす。」

 そういえば遅刻するのはちょっと久しぶりだった気がする。俺の言い訳テクニックも腕が落ちてたりして。適当に言ってからそんな事を考える、相手はすぐさま口を開いた。
「お前には叱る言葉も見付からんわ。はよ入らんかい」
「まぁまぁ、用務員さんの掃除は邪魔しませんて」
「はよ行け!」
 遅刻のし過ぎでもはや顔見知りの用務員。しかし彼もそろそろ本気で怒ってきたようだ。危険を察知した俺はそそくさと下駄箱のある玄関に入り、靴を履き替えた。そしてまた階段を八段ほど登る。何処まで登らせる気だ、というどうしようもない問いは高一で既に起きていた。今や高三になってはそんな初々しい問いも起こらない。いつも通りの日常、いつも通りの教室に向かう。途中、授業中の教室横の廊下を通過する時に何人かが俺の方をチラっと見て、すぐ授業に戻る。みんな、何かに必死だった。





 教室に入っていく件はそれこそ決まりきっていた。挨拶、謝罪、着席。あぁいつの間にここまで手馴れたんだ、俺は。相変わらず下らない事を考えつつ、一番後ろの席に着く。
 十分も経たない内に授業が終わって先生が出て行く、すると教室にはざわめきが起こる、いやざわめきが戻ったと言うべきか、これが本来の姿なのだ。机が四十近く並ぶ教室、夏休み中に改装して僅かに工事後の独特な匂いが漂っている。一番ドアから遠い窓側の席の俺は、その匂いが嫌と言うほど壁から漂ってきた。夏休みが終わってまだ一週間も経たない教室、その匂いだけは妙な新鮮味に溢れていた。

 俺は次の授業の用意をする。夏休み前に整理された机は開始後数日で凄い有様だった、もはや原型を留めているプリントなどない。俺は適当に探って次の授業のノートを探す。

「よう! お前、そろそろ出席ヤバない?」

 と、言いながら俺の席に近付いてきたのは喜多川(キタガワ)だ。百八十の長身にごつ過ぎない体。顔はまぁさておき、負け犬根性は俺並み。モテないのが多少謎ではあるが、赤面症なのがアダだな、と勝手に俺は思っている。
「うっさいわ痩せマッチョ、お前もヤバイやろが」
 思った事をそのまま言ってみる。
「まぁ、なんだ、似た者同士だろ。」
 いや、そこで親指立てされても困るんだけど。でもそんなマジなんだか、冗談なんだか分からない所もけっこう好きだったりする。自分に合う友達は大切にしないとな。

「そういや、昨日メールで言ってた話って? メールで言えばよかったやんけ」
「むふふ、それはな……」
 喜多川は変な意味を含んだような笑いを浮かべ、俺に顔を近づける。そして耳元でボソボソと言った。そしてそれを聞いた俺は思わず笑った。

「ええやんソレ! で、いつやんの?」
「ボケ! デカイ声出すなや!」

 周りに居た生徒が数人コチラを振り向く、喜多川はそれをいつもの変な意味を含んだような笑い(これを俺はムフフスマイルと名付けた)で誤魔化す。すると何故か納得したようにみんな振り向いた顔を元に戻していった。喜多川の特殊能力発動だ、全てをうやむやにする笑顔。
 だいたい周りが落ち着いたところで喜多川がまた顔を近づけてきた。

「とりあえず、秘密やぞ。名付けて『俺達の青春』作戦じゃい!」
「センスないやろお前……」
「うっさい、よし、また後ほどな」

 そして、俺達の青春をかけた一大計画は始まった。女も金も頭もない、それでも最高の青春。





◆2





 昼休み、喜多川に呼び出されて部室に行く。もちろん俺は部活に入ってないわけで部室も何もないが、鍵をちょこっと拝借してきたのだ。何故自分のクラブでもない部活の部室を勝手に使ってもバレないのか、それには大きなワケがある。
 この学校は大校舎三つと、新校舎一つ、そして今俺達がいる体育棟で構成されている。山をバックに大校舎が三つ並び、一番手前の校舎の横に新校舎、そして一番奥の校舎の更に奥に体育棟がある。体育棟は体育館、体育教員室、部室なんかが集まっている。そして部室の並びがあるのは体育棟三階、一階を丸ごと使ってズラリと部室が並んでいる。イコール部室に行くには、階段を最も登って行かなければ辿り着けない。
そんなわけで昼休みにも関わらず閑散とした部室棟に忍び込み、更に英会話部なんて使ってるかどうかも分からない部室に侵入できたわけだ。
 部屋の大きさは三畳ぐらいだろうか、プリントの詰まった大きな棚が一番奥に一つ、真ん中にテーブル、その上に麻雀用のマットと更にその上に牌が散らばっている。それ以外は下にカーペットと座布団が四つ置いてあるだけで何もない。

「まずは作戦の全容説明やな。目標はもちろんさっき言った通り」
 喜多川は座布団に座るなり言った。俺は続いてドアの鍵を閉め、テーブルを挟んで向かい側に座った。さすがに座ると狭さを実感する。
「おう、正面階段の上から日の出を見る! やな」
 そう、俺達の青春作戦はまさにそれだ。といってもそれだけでは何の意味も分からないだろうから、少し俺達の昔話をしなければならない。

 俺が高校一年として入学した年、同じクラスで隣の席になった喜多川とはすぐに仲良くなった。全てにやる気が無い事、大体の事はなんとなくこなす事、そして染み付いた負け犬根性、色んな所にお互い共通点を見出した。俺達はいつも一緒に居た、騒いで騒いで、その日もそんな騒ぎまくっていた日だった。
 廊下ですれ違う人が軽蔑の目で俺達を見る、所構わず騒ぎまくる俺達は迷惑な存在だったに違いない。そこで急にある人物に呼び止められた。こっちへ来い、そう言われるままついて行き、人影のない所まで来た。正直カツアゲだと思った、そしてその人は言った。『ホンマ悪いねんけど、君らライターもってへん?』
 それが河野先輩だった。俺達の三つ年上、一年留年してその時二度目の高三を迎えていた。河野先輩の目には、騒ぎまくる俺達が不良にでも映ったのか、そんな質問を投げかけてきた。タバコなんて吸わない俺達は当然『もってません』と答えた、すると『まぁタバコなんて吸うもんちゃうからな、お前ら絶対吸うなよ』などと言い出した。俺達は何故かおかしくなって、笑った。すると河野先輩は真顔で言った。『いや、タバコって体にめっちゃ悪いねんぞ?』
 俺達はすぐに河野先輩が好きになった。ごつい体にがさつな言動、ぱっと見れば不良。でも、俺達はいつも何処かに優しさを感じていた。何故この人がみんなに慕われないのだろう、そんな風にさえ思った。世の中なんて理不尽なもんだろう、なんて理解した時には既に俺達は三人でいつも騒いでいた。
 ある時、夜遅くまで学校に残って部室(もちろん例によって例の如く英会話部の部室)で三人麻雀をしていた。その帰り、正面階段に立った河野先輩は言った。  『夏、午後7時半、ここからの景色は俺が見付けた青春や』。その言葉が俺達の中で響いた。
 河野先輩と騒いだ一年も早々過ぎ、夢の現役高校生選挙権獲得はならず、河野先輩は卒業した。そしてまたつまらない日常が過ぎていった。







 あの日、俺達の中で響いた河野先輩の言葉。高三になり、ふと二人で正面階段に立った時、また俺達の中であの言葉が響いた。そして思ったのだ、俺達も青春が欲しいと。そして俺達は二人で何か青春らしいことをやろうと思い立った。
 俺達がない頭で考えた青春ポイントは三つ。まず普通ではない時間に行う、次にある程度の苦難を乗り越える、そして普通に感動できる事をする。それが今回、喜多川が考えた作戦にバッチリ当てはまっている。日の出、ということは少なくとも朝の六時ぐらいには学校に居なければならない。そして正規の入り口、全ての門には警備装置がついている。これを全て突破して正面階段の上に到達しなければならない。最後に日の出、安易な想像として、日の出は感動する……はずである。これには河野先輩の言う『景色』という青春も少し噛んでいる所はあるのだけど。
 だいたいの説明を喜多川にされて、俺は断然やる気になってきた。まさにこれこそ青春だと、確信さえ覚えていた。

「喜多川も考えたらアイデア出るんやな」
「そういうお前は何も考えてへんのかい……」
「うむ」
 そうだ、俺は結局青春っぽいものなんて見付からなかった。結局俺は青春すらも浮かばないのか、なんて自分の頭に絶望を感じながらも、喜多川の計画を聞いてテンションは上がりまくっている。

―ドサッ
 と、急に何かプリントの束でも落ちた様な音がした。俺は先程までの興奮が嘘の様に冷め、ビクリと反応してドアの方を見る。喜多川に至っては焦りの余り立とうとしてテーブルで膝を打っていた。お互いチキンハートな所もそういえば共通点だ。
「おい、ヤバない?」
 喜多川が俺に囁く。俺達はこういう緊急事態にはとんと弱い、どうすればいいかわからなくて二人とも少しだけ沈黙する。そうする内に外に居るのは誰で、何の目的でここにいるのかが気になってきた。
「よし、俺が外見たる、石南は一応隠れとけ」
 喜多川にそう言われて辺りを見回す、いや隠れられるとこなんてないだろう。

「無理っすタイチョー」
「だな……」
 仕方なく喜多川の後ろに身構える。そして喜多川が鍵を開けて勢い良くドア開けた。そこに居たのはクラスでも秀才と呼ばれる人種の生徒、蔵木(クラギ)だった。落としたプリントを焦った面持ちで拾い集めている。そして開いたドアに気付いて小さく『あっ』と声を漏らした。

「ちょ、ちょっと入れ!」
 喜多川は喜多川で意外な来訪者に驚き、とっさに蔵木の腕を掴み、部室に引きずり込んでドアを閉めた。蔵木は怯えきっている。俺も心臓の鼓動が早くなって外に漏れてしまうかと思うほどだった。
 とりあえず俺達は蔵木をテーブルを囲んで一番ドアから遠い、奥の座布団に座らせた。俺達も先程と同じ様に両端に座る。そして俺は蔵木に尋ねた。

「で、どこまで聞いた?」
「あの、その、一応全部……やけど」

 俺と喜多川は顔を見合わせた。喜多川は『やってもーた』という顔をしている、たぶん俺もそうだ。どうする、どうする、とお互い目で話し合う。たぶん一番いいのは黙らせておく事だ。バラされたら元も子もない。と、そうこうしている内に、蔵木がもう一度口を開いた。

「あの、その計画やねんけど……」
 俺らは口を開いた蔵木に顔を向けた、そして二人ほぼ同時に声を漏らした。
「な、なんやねん」
 蔵木はまだ少し脅えた様な顔をしている。俺も何を言われるのかと半ば怯えに似た感情が湧き上がってきた。そのせいか、漏らした声は心なしか小さかった。

「少し提案があるんやけど」
「え?」
 俺達は明確な反応を示せずにそう言って顔を見合わせる。俺達の青春は予想もしない方向に向かっちゃっているのであった。

2004/11/06(Sat)19:03:14 公開 / 7com
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■作者からのメッセージ
>メイルマン様
言われて読み返せばなんともあっさり、と自分でも思ってしまいました。なので物語に影響がない程度に加筆いたしました。ご指摘ありがとうございました。

>エテナ様
老いていくだけ、と言えば自分もそうですね(笑
なのでせめて小説の中で青春を謳歌しちゃいます。
上手いと言って頂けると単純に嬉しい限りです。自分で自分の評価をするのは苦手なもので、他の人の言葉は染み入ります。


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