『真っ白な世界 ※white worldを修正』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:シヅ岡 なな                

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美野里は飛び降り自殺ごっこが大好きだ。
「ねぇもう一回」と何度も僕にねだる。
僕にねだらなくても、美野里、一人で飛び降りてごらんよ。
「いやだよぅ。一人はとってもこわいもの」
美野里は僕の手を、力を込めて握り直す。
触れ合っている僕と美野里の肌と肌の間に、汗の粒が膜を作る。
僕は美野里の手を握り返さない。
美野里の手を振り解いて、僕はフェンスから一人飛び降りた。
アスファルトに着地した足の裏に、すぐに消える炎が灯る。
「いやだ、いやだ」
震えながらその場にしゃがみこむ美野里に、僕はもう一度、一人で飛び降りてごらんよと言う。
うつむいて激しく首を振り、両手で必死にフェンスを掴む。
風が吹いた。
耳の上で高く結んだ、二つの長い薄茶の毛の束が、美野里の頭上で舞う。
美野里がいる場所が、学校の屋上ぐらい高い所ならいいのにと思う。
美野里の心を無視したとてつもない強風が、今、どうしようもなく吹き荒れてはくれないだろうかと願う。
アスファルトに叩きつけられるよりも痛切に、僕がまばたきをしている間に、どうか美野里を連れ去ってくれ。








小学生の時母親に殴られ続けた、掃き出したはずの記憶のほこりが、まだほんの少し残ってる。
腕の力が僕に敵わなくなった瞬間、彼女は僕を殴るのを辞めた。
良い時期の決断だったと思う。
もしも彼女が自分の非力さに気づかないふりをして、同じような事をやり続けようとしていたなら、僕はとっくに殺ってたから。

彼女が僕を産んだのは、馬鹿げた幼い家庭への憧れ。
彼女が美野里を産んだのは、身体だけしか好いてもらえなかったやるせなさを、男に当て付けた結果。
不器用な自分のこれまでの生き様の後始末を、するためだけに今生きてる、可愛そうな人。

ねぇお母さん、僕は一つ恨んでることがある。
僕を産んだなら美野里は産んで欲しくなかった。
美野里を産むのなら僕を産んで欲しくはなかった。
あの時、僕がまだ無抵抗でいることしか出来なかった時、どうして殴り殺してくれなかったんだ?






毎日毎日味の無いファーストフードばかり食べていても、僕らの身体はそれなりに、成長することができている。
「にぃたん食べないのぉ?」
僕の分まで食べていいよ。
美野里は少し申し訳なさそうな顔をするけど、食欲には勝てない。
第二次性長期真っ盛りの美野里の身体は、日に日に変化している。
妙に肉感的な体に、童顔と耳上の二つ結びの髪は、まるでとってつけたみたいに不自然で、美野里はきっとその手の奴等にはウケるだろう、なんて考える。
その上美野里は頭が弱いから、やりたいようにやれて、もってこいなんだろうね。
「おいしいなぁーおいしいなぁー」
くちゃくちゃと汚い音をたててハンバーガーを咀嚼する美野里を見て、僕は泣きそうになりながらタバコに火をつけた。
そんな様子を見ていた中年の店員がやってきて、怯えながらも仕方なく、僕のタバコを注意する。
制服だったことを忘れていた。
店員の泳いだ目が無償に頭にきた僕は、店員の顔に唾を吐きかけて、美野里を連れて店を出た。

中学生の僕がタバコを吸うのは世間では悪いことで、注意をした店員は何も悪くないんだ。
そんな簡単な常識が、僕には簡単に理解出来ない。
身体は成長しても、頭はスポンジのようにスカスカで、吸っても漏れる、限りなく無意味。
僕だって、頭が弱い。

早足で大通りまで出て、美野里の荒い息遣いに振り返る。
片手に食べかけのハンバーガーを持ったまま、涎と鼻水を垂らしながら泣いている。
唇に付いたトマトケチャップが、涙と混じって、制服の白いシャツの襟に落ちる。
汚ねぇなぁ、吐き捨てるようにそう言うと、「ごめんなさい」が返ってきた。



「公園に行こう美野里、お兄ちゃんなんだか寒いよ」
汚いのは僕。
僕なんだよ。


フェンスの前で立ち止まる美野里の手を引いて、公園の中にある公衆トイレに向かう。
「今日は飛び降り自殺ごっこじゃない方の遊びだ」
「あぁ、あたたかい方ね」
自分で理解出来たことが嬉しそうな顔。





蝿が飛び交う異臭がする、肌寒い季節なのに生暖かい空間、便器には誰かの排泄の跡。
美野里の身体を壁に押し付けて引きちぎる勢いで脱がせる制服からは、ケチャップの匂いに混じって、甘酸っぱい体臭がする。
笑顔で首を傾けている美野里の、首筋にたてた歯に長い髪が絡まる。
「ちょっと、痛いよぅ」

あぁ、絞め殺して自分も死のうか。

この世に好きになっちゃいけない人なんていない、そんなよく耳にする奇麗事は、血の繋がりを本気で呪ったことがない人間が想像する、蜜の味的な娯楽。
理性が崩壊する音を、一度も聞いたことが無い人間が、僕の地獄を分かったようなふりしてなだめる。
血が逆流しそうな程に苛立つよ。

何時だったか、ふと気が付いた。
僕は妹が好き。
そんな漠然とした、けれど動かしようの無い確信を、消してしまいたくて泣けてくるんだ。
僕は妹がとても好き。
自分の存在を呪いながら、けれどその呪いの裏には、自分でも呆れるほど透明な恋しさと、どろどろに濁った醜い性欲が同居してるんだ。

やっぱり、ハンバーガーばかり食べるんじゃなかったんだ、もっとマシなもの食べてたら、僕は心身共に健全な十四だったかもしれない、そんな風に、もういっそのこと笑ってみようとする自分に、抱く感情は紛れもなく殺意。

自分死ね自分死ね自分死ね。
呪文のごとく叫びながら、学校の屋上から見下ろすアスファルトに青ざめて、僕はあの日美野里の手を、潰れるほど強く握った。
「いっしょだったらいいよぅ。一人は怖いけれど」
僕らの背中を揺さぶる強風が、吹いてくれればよかったんだ。
僕の心を無視して、二人で世界から飛び降りられたら。
ごめん美野里。
例え二人一緒でも、僕は死ぬことが怖いんだ。


「痛くない、気持ちいい、痛くない、気持ちいい」

一つ年下の妹の身体の、痛みを快感にした。
あぁ、どうして僕は男なんだろう。
どうして美野里は女なんだろう。
どうして美野里は妹なんだろう。
どうして僕は兄なんだろう。
無実の罪にしてしまいたい。
僕は悪くない、僕らは悪くない。
僕は悪くない。


美野里の中に差し込んだ、僕の一部から溶け出す。
僕が疎ましいと感じる全てのものを、見えないようにしてくれる。

あぁ、世界が真っ白だ。

































2004/11/02(Tue)22:45:27 公開 / シヅ岡 なな
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