『名も無き少女の歌 〜風〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:夢幻焔                

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 時が経つのも忘れ、日が昇り、日が沈むまで、私は夢中で詩を書いていた。
「ふぅ、もうこんな時間か…」
 私は一息つき、時計を見た。
 机に向かったのがお昼前、それから時間は止ることなく時を刻み、今は深夜一時をさしていた。
(いかんな… このままでは身が持たん)
 そう思った瞬間、私はどっと押し寄せてきた疲れに負け、そのままベッドに倒れこんだ。



 私は窓から差し込む日の光に目が覚めた。
「ん… 今一体何時だ?」
 時計の針は朝の十時をさしていた。
「少し、散歩でもしてくるか…」
 私は眠気を覚ますため、動きたくないと言っている体を無理やり家の外へと引きずり出した。
 散歩のコースはいつも決まっていた。近くにある、小高い丘の上までだ。
「うん、今日もいい朝だ」
 普段から家に篭りっぱなしで、あまりに外に出ることのない私が言うには、似つかわしくない台詞であった。
 爽やかな日差しと風を浴びながら、私は詩の材料となるものを探しながら、歩道を歩いていた。
 しばらくすると、私は目的の丘の上へと辿り着いた。
「ふぅ、あれからもう何年も経つが、ここは変わらないな…」
 そう言って、私は丘の上でもお気に入りの場所へ行き、そのまま寝転がる。
「風が気持ちいい… もう春だな」
 小鳥がさえずり、丘一面に生える草花は新しい芽を出し、春を迎える準備をしていた。
 そのまま目を瞑り、春の息吹を感じながら、詩を考えていた。
 
 そして数分の時が流れた――

「さて、そろそろ行くかな」
 私は立ち上がり、家に帰るべく、来た道を戻り始めた。
「おっといけない、忘れるところだった」
 散歩でここへ訪れたときは、必ずやっていた用事を思い出し、慌てて丘の上へと戻る。
 そこには小さな十字架が立てられている。少女を弔うため、私が立てたものだ。
 だが、その下には小さな花束が添えられていた。
(何故花束が? 誰かが供えてくれたのだろうか? しかし誰が――)
 私は供えられていた花束に疑問を感じたが、さほど気にはしなかった。
「ふふふ、久しぶりだね。君は今頃何をしているのかな? また私に歌を聴かせてもらいたいものだよ…」
 私は十字架の前で、晴れ渡った空を眺め、思わず微笑んだ。
「私もそれなりに仕事をもらえるようになったし、なかなか忙しい毎日を送っているよ」
 その言葉と共に、十字架に向き直り手を合わせた。
(君の歌に負けないような、良い詩を書き続けるよ…)
 心のなかで祈った後、仕事に戻るため、来た道を再び歩いて帰る。
 立ち去っていく私の袖を、「もう少しそばに居て――」と、引っ張られたような気がした。
 だが私は、それに振り返ることなく、その場を後にした。
 その十字架には文字が刻まれている。
 『名も無き少女』と―――



 それからも、私はまた机に向かい、作詩に没頭していた。
「あぁ… またやってしまった。今、何時だ?」
 壁にかけてある時計を見た。短い針は夜八時をまわっていた。
「しまった、もうこんな時間か… 夕食でも食べるか」
 私は、あらかじめ買ってきておいたパンと牛乳を腹の中へと流し込む。
「ふぅ、ごちそうさま。今日は疲れたな。この辺で切り上げよう」
 食後、一服してから、私は街にある銭湯に出かけた。
 そこは連日繁盛しており、私もその常連客の中の一人であった。
「おっ、いらっしゃい。今日は早いね」
「ええ、仕事も一応ですが一段落着きましたので」
 景気よく話しかけてくる番台のおじさんと軽く挨拶を交わし、脱衣所へと向かう。
 脱衣所には、風呂場からあがってきた老人や、これから入ろうとしている親子など、様々な客がいた。
「おっ、あんたは!? 詩集、読ませてもらったよ。また次もがんばってくんな」
 私が出した詩集を読んでくれたと思われる人が話しかけて来てくれた。
 一応、作者として名前と顔は載せてあったので、それなりに知られているのであろう。
「あっ、どうも。また近々出そうかと思ってるんで、よろしくお願いします」
 私は宣伝も兼ねて、軽く挨拶をしておいた。
 そして、私もその中に混ざり、服を脱いで風呂場へと入った。
「ふぅ、いつ来ても良い湯だ。仕事の疲れが吹き飛ぶよ」
 事を済ませた私は、湯船に浸かり、今書いている詩の構想に耽る。
(いかん、このままではのぼせてしまう…)
 私は湯船から上がり、脱衣所へと向かった。
 着替えを済まし、番台のおじさんに料金を支払って銭湯を後にする。
「長湯しすぎたか… 少し冷ましていくかな」
 そして私は、いつもの散歩コースである丘の上へ行くことにした。
「少し、肌寒いな…」
 まだ春を迎える前である。夜風は冷たく、私の背中を押してくる。
 昼間とは違い、人通りの少なくなった歩道をしばらく歩き、私は丘の上に着いた。
 いつもの場所で少し休んでいると、頂上からガサガサと風が草木を揺らす音とは違った、小さな物音が聞こえてきた。
 気になった私は、暗闇に目を凝らして音のする方向を見てみると、丘の上に立てた十字架の前に、人影が見えた。
(誰だろう? こんな時間にここへ来る人なんて…)
 疑問に思った私は、その人影へと近付き、声をかける。
「どうかされましたか? こんな夜分に…」
 突然声をかけられ、驚いたのだろう。その人影はビクッとしてから、こちらのほうに顔を向けた。
「あっ、あなたは!?」
 その人影は、私のほうを見て声を上げた。
 暗さに目が慣れていたのだろう、近付けば、その人影は女性だということが分かった。
「私を… 知っているんですか?」
 何処かであったのか、と思い、つい聞き返す。
 だが、詩集に名前と顔を載せていたことを思い出し、「あ、知られていてもおかしくないか」と思ってしまった。
「もしかして、ここに十字架を立ててくださったのは、あなたですか?」
(『くださった』って… どういうことだ?)
 私は彼女の言葉遣いが気になりながらも、その問いに答えた。
「ええ、私が以前立てたものです。昔ここで出逢った少女を弔うために…」
 私は彼女の言葉に、つい昔を思い出してしまい、言葉を詰まらせた。
「そっ、それではあなたが―――」
 その女性の言葉で、ピンと来た。
「もしかして、あなたは…?」
「はい。数年前、貴方に手紙を差し出した者です」
「じゃあ! あの少女のお母さん…!?」
 思わぬ出逢いに、私は驚きの声を上げてしまった。
 彼女はその言葉に静かにうなづいてくれた。
 それが分かったとき、私は、昼前に来たとき、供えられていた花束のことを思い出した。
「それでは… ここに花束を供えていてくれたのは…」
「はい、私です。娘から聞いてたイメージどおりの場所を探していたら、ここがそうでしたので…。それで見てまわっていると、『名も無き少女』と彫られた十字架が立てられていたので…」
「そうだったんですか… とりあえず、私の家に来ませんか? ここでは冷えますし…」
 そう言って、私は少女の母親を連れ、自分の家へと帰ってきた。
「どうぞ、狭くて汚いところですが…」
 私は思わぬ来客に、「普段から部屋を片付けとくんだった…」と少なからず後悔した。
「いえっ、どうぞお気遣いなく」
 私の気持ちを察してか、苦笑交じりで気遣いの言葉をかけてくれた。
「その節は、娘をありがとうございました」
「いっ、いえ。こちらこそ、娘さんには感謝し尽せないほどの元気をもらいましたので…」
 私は、慣れない空気に戸惑い、言葉が詰まった。
「貴方の出された詩集、読ませていただきました」
「あ、どうも。ありがとうございます」
「その中の詩、どれを見てもとても素晴らしいものばかりで、感動いたしました」
 私の出した詩集はそれなり売れ、街でも声を掛けられる事は増えたが、「がんばってください」などの応援の言葉ばかりだった。ありがたい事には違いなかったが。
 だからこうして直に読者の感想を聞くのは初めてのことで、思い切り照れてしまい、何も言えなくなってしまった。
 そんな私に、少女の母親はさらに言葉を続けた。
「全ての詩を見させていただいて一つ、感じたことがありました」
 私は、突然彼女の声のトーンが、幾分か下がったのに気が付いた。
「と、いいますと?」
 私は少し気になり、うつむいている彼女に聞き返す。
「私は… 貴方の詩の中に、娘を感じました。貴方の書かれた詩、一つ一つに娘の魂が宿っているかのように…」
 彼女はひざの上のこぶしを握り締めていた。
 そのこぶしの上には、彼女の目から零れた涙が揺らめくランプの炎に照らされ、きらきらと輝いていた。
「………」
 そんな彼女の言葉に、私は返す言葉が見つからずにいた。
「…これからも、貴方が書かれる作品は、全て読ませていただきたいと思っています。貴方の書かれた『詩(うた)』という形で、貴方の中で生きている娘に会うために――」
 その言葉を聞いた瞬間、私の目から止め処なく涙が溢れた。
「ありがとう… ございます」
 私は、ただその言葉しか返すことしか出来なかった自分が情けなかった。
「それでは、どうもお邪魔しました。また次の作品を楽しみにしています…」
 その言葉を残し、少女の母親は家の外へと出て行った。
 彼女が帰ってからというもの私は眠ることが出来ず、ただひたすらに、このどうしようもない想いを一冊のノートに詩として書き連ねた。



 眠ることなく次の日の朝を迎えた私は、再び丘の上の十字架の前へと来ていた。
「昨日の夜、ここで君のお母さんに会ったよ。君は幸せ者だね、あんな良いお母さんがいて…」
 そう言って私は、一冊のノートを十字架の下にそっと埋め、手に持っていた花束を供えた。
 そこに埋められたノートは、昨夜、少女の母親が帰ってから、その時の言葉では言い表せないほどの複雑な想いを詩として、延々と書き連ねたものであった。
「これは君だけに読んでもらいたい。他の人に読まれると恥ずかしいからね…」
 私は照れ笑いを浮かべた後、何処までも澄みきった青空を仰いだ。



 ―――そして春の丘の上には、名も無き少女の『風の歌』が流れていた―――




〜〜〜終〜〜〜

2004/10/30(Sat)12:19:50 公開 / 夢幻焔
■この作品の著作権は夢幻焔さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、紅蓮改め夢幻焔ですm(_ _)m
 今回は、前作の後日談、という形で『名も無き少女の歌』の続きを書いてみました。
 自分的には「前回の世界観を壊してしまうのではないか?」と思いつつも、やはり書きたいという欲望に負け、あっさりと書いて投稿してしまいました(汗)
 これを読んで、『前作の世界観が壊れた』という人も、そうでない人も合わせて、感想や評価を頂けると幸いに思います。それではこの辺で(o_ _)ノ

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