『だから今日も僕らは踊る』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:俊坊                

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 今日も僕らは踊ってる
 たくさんの人の心を癒やすために
 今日も僕らは笑ってる
 たくさんの人が笑顔でいられるために
 
 僕はタキシードで、彼女はドレス。
 優しく包み込むようなメロディーは僕らが一番好きな曲、『パッヘルベルのカノン』。
 そして今日のお客さんは、たった一人の女の子――

 僕ら――僕と彼女は、物心ついた時からいつも一緒だった。幼馴染という奴だ。
 小さい時から、一緒に踊りの練習をして、一緒に歌や夢を語ってきた。
 そして僕らの夢は、小さい時から同じで今も変わらない。
 たくさんの人の心を僕らの踊りで癒やすこと。そのためにずっと、僕らは踊ってきたんだ。だから僕にとって、一緒に踊るパートナーは彼女しかいない。
 他の誰かと踊るなんて、考えたこともない。
 彼女も同じだろう。僕と話すとき、踊るとき、彼女はいつも笑顔だ。僕自身も、それを見ていると自然と綻んでくる。
 僕は彼女が好きだった。
 彼女も僕が好きだった。
 そして今日も踊りは大成功。観てくれていた女の子は、優しげな笑顔を咲かせいた。
 この笑顔を見られた時は、僕らの心も温まる。
 踊りが終われば、今度は秘密の部屋で反省会。この部屋は、他の人は入れない密室だ。だからこのときは本音で何でも言い合える。
「及第点はいってるけど、終盤に、ちょっとミスがあったわね」
「むぅ」
 そしていつものように、彼女の愚痴が始まった。まぁもう慣れてはいるけど。
 そんな感じで会話が続き、でもそんな話題も時間が経てば変わってくるものだ。気付いた時にはとりとめもない話に変わっていた。そして終盤はいつものように、
「今度こそは、俺のダンスで観客を魅了してやるよ」
「どうだか」
 彼女の挑戦的な笑み。これもいつものことだ。
 いつものように踊り、いつものように歓談して、いつものように笑いあう。
 そしていつものように、僕達には次の舞台がある。


 ――はずだった。


 しかしてそれは、何の前触れもなく訪れたー―
「え?」
 認識できたのは、僕の視界が大きく傾いたことだけ。それ以外は突然のことで何も分からない。次に気付いた時には、大音声が僕達の世界を震わせ、僕は限界まで顔を歪めていた。足の先から、激痛が駆け巡ってきたのだ。
 混乱していた思考はしかし、ここで一つだけ命令を出してきた。彼女を守れ。
 そうだ。僕を何をしてるんだ。彼女を守らなければ。考えるより先に、手はのびていた。
 なのに、届かなかった
 そして、
 僕らの世界が光に満たされた――次の瞬間、僕の身体はその光の中へと吸い込まれていた。
 それはまるで、世界が崩れ去るような感覚だった。



「あ!!」
 観客の女の子――アヤメは咄嗟に大きな声をあげていた。でも肝心の身体は全く反応できず、逆に眼をつぶってしまった。
(やっちゃった……)
 今は、ちょうど夕方の五時を過ぎたあたり。さっきまで一階に降りていたけど、親に言われて、置きっぱにしていたランドセルを二階の自分の机の上に戻そうとしていたのだ。
 そこまではよかった。でも一階に降りる前に、その机の上にあれを置いたままなのを忘れてしまっていた。加えてすぐに一階に戻るつもりだったから、それに眼がいってなかった。 
 それはランドセルとぶつかってしまい、机の上から落ちてしまった。
 床に落ちた音が聴こえ、しかしその後に続いたのは、温かみのあるメロディー。
『パッヘルベルのカノン』 
 でもその暖かさとは逆に、顔には冷たい色が浮かんできた。眼を開くとそれは、開いた状態で止まっていた。
 オルゴール。
 蓋を開くと、中にいる男女のお人形が踊り始めてメロディーが流れるタイプだ。
「あ〜あ……」
 でも今、上の中で一つだけなくなっているものがある。
 タキシードを着た男の子の人形がない。
 ゆっくりと周りに眼を馳せると、それは少し離れて転がっていた。しかも足の部分が変に曲がっている。一目で分かる。壊れた、と。
 なのにそれは――
 笑っている。
 そういう表情の人形なのだから当たり前だ。でもアヤメにはそれが急に気味悪げに見えた。買ってから一階に降りる前に見ていた時まで、ずっと優しげに見えていたのにもかかわらず。
「ミク、これいる?」
少し考えた後、同じ部屋にいてこれを見ていた妹に聞いてみた。
 もともとアヤメは潔癖性とまでは言わないが、人形とかオルゴールとか、どこか欠けたりしたら急に冷めてしまう性格なのだ。加えて男の子の人形が急に気味悪げに思えたせいか、一気に冷めてしまった。
 それに、
 新しいのを買ってもらえばいい。
「うん。ドレスの女の子がかわいいからもらう!!」
「男の子の人形はどうする?」
「う〜ん……別にいい」
「そう」
(じゃあこの子はどうしよう――)
 アヤメは気味悪げに人形を少し見つめた後――
 ためらいもなくゴミ箱に捨てた。
 そして彼女は、何もなかったように一階に降りていった。
 人形は、それでもなお笑っていた。

  *
 
 なんでこうなったんだろう
 もう全てが泡になった
 僕は人形でしかないから
 笑うことしかできない
 僕は人形でしかないから
 泣くこともできない
 僕は人形でしかないから
 もう踊れないー―――――


2004/10/29(Fri)22:23:14 公開 / 俊坊
■この作品の著作権は俊坊さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして俊坊というものです。今回が初投稿です。
 二千文字におさめようと少し悪戦苦闘しました。
 追記:少し修正しました

 さて、みなさんはどう思うでしょう。
 モノが溢れかえってしまった日本
 皆さんはモノを大切にしているでしょうか。皆さんはモノとヒトとの区別ができているでしょうか。
 
 子供の心というのは、難しいものです。いろんなことに敏感で。あれ、っていうことに意外な反応を見せます。
 主観的な善悪の基準も曖昧です。
 だから、モノとヒトとの接し方の違いが分からなくなる時もある。
 モノをぞんざいに接する子供は、人に対してもぞんざいにあつかってしまうかもしれません。
 
 みなさんはどうでしょう。

 皆さんはどうでしょう。
 

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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