『名も無き少女の歌(改名後 修正)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅蓮                

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 私は小高い丘の上に来ていた。
 仕事を放置し、何をする訳でもなく、ただ寝転がっていた。
 清々しい春風に吹かれ、「この時がずっと続けばいいのに…」と思っていた。
 そんな私の耳に、美しい声が聞こえた。
 私は目を閉じて耳を澄まし、その声を聞いた
 その声の正体は、歌だった。
 その歌声は、大自然の中をさらさらと流れる小川の水のように、清らかで、どこまでも透き通っていた。
 歌が終わると、私は立ち上がり、歌の聴こえた方向を見た。
 そこには歌と同じように、透き通るような白い肌をしており、白いワンピースを着た少女が立っていた。
 私はその少女の元へと歩み寄っていく。
「君がさっきの歌を歌っていたのかい?」
「………」
 彼女は私の質問に、言葉ではなく、首を縦に振って答えた。
「いい歌だった… 心の奥底まで、自然と染み込んで来た…」
 私は、感じたままの感想を言うと、彼女は頬を赤らめ、にっこりと微笑んだ。
「君は… この近くに住んでいるのかい?」
「………」
 少女は、また無言のまま首を横に振った。
「そうか… 君は、よくここへ来るのかい?」
「………」
 私の質問に対し、今度は首を縦に振って答えてくれた。
「私もよくここへ来ては、何もしないで無駄に時間を過ごしているんだよ」
 私は自分の言葉に、思わず苦笑を漏らしながらも、言葉を続けた。
「またここへ来れば、君の歌を聴かせてもらえるのかな?」
「………」
 立て続けに質問する私に、彼女は嫌な顔一つ見せず答えてくれた。
 そしてこの質問の答えは、首を縦に振って答えてくれた。
 すると少女は、突然走って丘を下り始めた。
「あっ、待ってくれ。せめて名前だけでも…」
 私は慌てて彼女の後を追ったが、一瞬にして消えたかのように、彼女の姿はなかった。
 次の日、私はまた、その丘へと足を運んでいた。
 そう、昨日出逢った、少女の歌を聴くために。
 そして、昨日と同じ場所でまた横になっていた。
「しかし、不思議な女の子だ…」
 私は、ぽつり、と言葉を漏らした。
 その時、私が求めていた歌声が聴こえてきた。
 昨日と同じように、私は目を閉じ耳を澄ます。
 前とは違うメロディーであったが、それでもやはり心に響く、いい歌だった。
 歌が終わり、私は立ち上がって少女の歌が聴こえてきた方向を見渡した。
 だが、そこに彼女の姿はなかった。
 すると、私の服の袖を何者かが引っ張ったので、慌てて振り向くと、そこには少女が立っていた。
「なんだ、君か。驚かさないでくれよ…」
 私は、ほっと息をついて、彼女の頭を優しく撫でた。
「………」
 彼女は照れくさそうに、私の顔を見て微笑んだ。
 それからというもの、私は暇なときには、彼女の歌を聴くために、その丘へと通い続けた。
 彼女と出逢った春も、日が燦々と照りつける夏の日も。
 私と少女はいつも丘の上に来ていた。



 そして、秋が訪れた。
 丘に生える草花も、茶色く枯れ、木々は冬を迎える準備として紅く葉の色を変え、中には既に葉を落としている木まであった。
 そんな段々と肌寒くなってきたこの季節、少女はあまり姿を見せなくなった。
 それでも私は、彼女の歌を聴きたいがために、この丘へと通い続けていた。
「今日も… 来ていないのか…」
 そう言って、立ち上がろうとした瞬間、少女の歌声が聴こえてきた。
 しかしその歌声は、いつものように透明感に満ち溢れていたのだが、私には何故か物悲しく聴こえた。
 そして私はいつものように、彼女へ話しかけた。
「久しぶりだね… なんだか今日は少し、元気がないように感じたけど?」
 私は、あえて歌が悲しく聴こえたことは伏せ、平静を保って少女に話しかけた。
 いつもなら、首を振って答えてくれるはずの彼女だが、今日は何故か答えてはくれなかった。
 そんな彼女を心配な目で見つめていると、彼女は突然走り出し、私の前から姿を消した。



 そして秋が終わり、、冬が訪れた。
 雪が降り積もり、辺り一面白銀の世界となっていた。
 その雪は、日光を反射し、眩しいくらいに輝いている。
 私は少女が突然走り去っていった日からも、時間を作っては、この丘へと足を運んでいる。
 しかし、物悲しい歌声を聞いたあの日を最後に、少女の姿を見ることはなかった。
(やはり今日も来ていない… どこかへ引っ越したのか? それとも病気で外へ出られないのか?)
 色々な不安が、私の中を駆け巡っていた。
 だが時々、この丘へ来ると、少女の歌声が聴こえるような気がする事があった。
 無論、彼女がこの場所へ来ているわけではないのだが。
「さて、今日はそろそろ帰るかな…」
 辺りは薄暗くなり、冷え込んできたので、私は家に帰ろうと歩き始めた。
 すると突然、歌声が聴こえてきた。
 まさか、と思った私は、慌てて丘の上へ戻った。
 そこには、私が会いたかった少女の姿があった。
 だが、様子がおかしかった。というよりかは、あり得ない格好をしていた。
 雪が降り積もる真冬の夕暮れ、彼女は出会ったときと同じ服装、白のワンピースを身に着けていた。
「おいっ! 何でそんな格好をしてるんだっ!?」
 私は慌てて着ていた上着を脱ぎ、彼女にかけてやった。
「最後に… おじさんに言いたかったから…」
「そんな格好で一体何を…? って、え?」
 私は突然の出来事に、目を丸くした。
 今まで、何度となく会ってきたが、彼女が口を開いたことは、一度もなかったのだから。
「えっ、どうして… 」
 喋ろうとする私の口に、彼女は人差し指をそっと当て、言おうとした言葉を止めた。
「お礼を言いに来たの… 歌を聴いてくれてありがとうって…」
 彼女はにっこりと微笑み、私の目の前で、いくつもの光となって空へと舞い上がり、消えていった。
 私は何故か、涙が止まらなかった。
 地面に落ちている彼女にかけてあげたはずの上着を抱きしめ、ただその場で泣いていた。



 冬が終わり、少女と出逢った季節、春が訪れた。
 私はあの少女が消えた日以来、必死になって彼女の情報をかき集めていた。
 だが一向に手がかりは掴めずにいた。
 そんな中、一つの手紙が届いた。
 そこには隣街の病院からという風に印されてたので、私は慌てて手紙の封を切り、中の手紙を読んだ。


”突然のお手紙、申し訳ありません。
 ですが、私は貴方様にお礼を申し上げたく思い、この手紙を出させていただきました。
 これを読んで、もしも人違いだったのならば、焼いて捨てて下さい。

 私の娘は、この病院に入院していました。
 病名は不明で、治療の施しようがなく、ただ娘が痩せ衰え、死を迎えるのを見ているだけでした。
 ところがそんなある日、娘が不思議なことを言い出したのです。
「私が歌ってたらね、知らないおじさんが『上手だね』って褒めてくれたの」と。
 私は娘が夢でも見たのであろうと思い、その話を聞いているだけでした。
 しかし、それから娘は毎日のようにその話をするのです。
 その話をしている時の娘の表情は、とても明るく、生き生きとしていました。
 歌を褒めてもらったこと、聴いてくれるおじさんの姿、答えてくれた感想、それら全てを、実際に体験したかのように話してくれるのです。
 しかし、娘は日に日に衰弱していきました。
 そんなある日、娘は絵を描いたのです。
「この顔は、歌を聴いてくれるおじさんの顔なの」と言いながら…。
 そして、去年の冬、娘は息を引き取りました。
 ただ、その表情は、とても安らかなものでした。
 娘が書き残した絵には、娘から「おじさんの顔はこんな顔なの」と教えてもらっていたとおり、口元の右下に、ホクロが描かれていました。
 私は娘の話と、その似顔絵と描かれていたホクロを手がかりに、必死で調べました。
 そしてその似顔絵と話に一致する人物を見つけたのです。それが貴方様でした。
 この手紙を、娘がイメージして描いた似顔絵の方に読まれていることを願います。

 たとえこの手紙が違う方に読まれていたとしても、後悔はいたしません。
 最後まで娘を見て頂き、本当にありがとうございました。

 〜追伸〜 娘の描いた似顔絵を一緒に入れておきます。”


 その封筒に、差出人の名前は書かれていなかった。
 私は一緒に中に入れられていた似顔絵を見た。
 その似顔絵は紛れもなく、私の顔だったのだから。
 まだ幼い少女の絵だ。他人が見れば、誰の似顔絵かなど分かるはずがない。
 だが私には分かった。その絵には、しっかりと口元のホクロが描かれていたのだ。
 私は泣いた。日が沈み、月が夜空に輝くまで。
 泣かずにはいられなかった。
 彼女は夢で出てきた人物として会っていたであろう私の似顔絵を、私そっくりに描いてくれていたのだから。
 彼女に対する様々な思いが胸に満ち溢れ、涙となって零れ落ちていた。
 

〜数日後〜

 私は放置していた仕事を再開した。
 その仕事とは、詩を書くこと―――
 私は手紙を読んだあの日以来、何かに取り憑かれたかのように、ひたすらに詩を書いていた。
 そして、完成した詩集とは別に、一つの詩を書き上げた。


   私はあなたに歌を送ろう。

   あなたが私を忘れていても

   私はあなたに歌を送ろう。

   あなたは私に歌以上の気持ちをくれたから。

   その恩を決して忘れぬように…。


   ならばわたしは詩(うた)を書こう

   君がわたしを忘れていても

   わたしは君に詩(うた)を書こう。

   君はわたしに詩(うた)を書く力をくれたから。

   その恩を決して忘れぬように…。


「ふふふ… 結局、最後まで名前を聞けないままだったね…」
 悲しく微笑みながら、私はこの詩を書き終えた。
「久しぶりに書いた詩だが、今までで一番よく書けたよ…」
 この詩は彼女に捧げよう。
 詩を書くことを辞めそうになっていた私を、蘇らせてくれたのだから。
 弔いの言葉として、そして再び私に詩を書く力を与えてくれた彼女の歌へ、いや、彼女自身への礼として…。




〜〜〜終〜〜〜

2004/10/30(Sat)03:32:31 公開 / 紅蓮
■この作品の著作権は紅蓮さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
紅蓮改め、夢幻焔ですm(_ _)m
 作者名が変更されないようなので、一応こういう形でお知らせしたいと思います。
 内容のほうも、改めて読み直し、文法的に引っかかった点、情景描写の不備、等々を修正しておきました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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