『キツネ(ショートショート)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ささら                

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キツネ

 私とキツネは、長い一本道を歩いている。それは砂利道。田舎道。見渡す限りの田んぼが両脇に広がっていて、遠くに麦藁帽子を被って農作業をしているおじいさんの姿が見える。そんな田舎にありきたりな風景が続いている道。きっと一年前から、いや、十年前から変わらない風景。同じ道。
「この道は誰のもの?」
 突然、キツネは私に尋ねた。つい、私はびくり、と過剰に反応してしまう。だって、キツネはいつもなんの前触れもなく突然口を開くものだから。
 キツネは丸くてくりくりした瞳を私の方へ向ける。
「この道はみんなのものよ」
 私は何となく、しどろもどろしながら答える。
 キツネは長い鼻をくん、と軽く持ち上げる。
 キツネは道をまっすぐに見詰めたままなんだか惚けている。
「それでは、僕のものでもあるという訳だね」
「え、ええ、そういうことになるわね」
 私は頷く。キツネは嬉しそうにコン、と鳴く。何がそんなに嬉しいのかな?と私は少し不思議に思った。キツネはたまにこういう突拍子のないことを突然言い出す。
 私達は、また無言で歩き続ける。
 キツネは何が言いたかったのだろう。
「僕が何を考えているかって?」
 キツネはまた突然私に語りかける。私はまた、びくりと体を震わせてしまった。そうだ、キツネは私の心が読めるのだった。何故だろうか、いつもその事を忘れてしまう。
「うん」
 私は何故か少し照れながら肯定する。
「僕はね。いつも、まっすぐなものを好きになるんだ」
「まっすぐなもの?」
 キツネは頷く。
「ずっと前、僕は君がくれた定規を好きになった。あれは、今では僕の宝物だよ。ひげの長さを測るのにすごく重宝している。おかげで、今も僕の髭はばっちりきまっているだろう」
「う、うん、そうね」
 私はあいまいに答える。キツネは多分私の心を読んで、少し渋い顔をした。私は気づかなかったことにする。キツネは話を続ける。
「今度は、この道を好きになった。ずいぶん前から気づいていたけど、この道にはいっぱい僕の好きなものが詰まっているんだ。それが、僕の髭をさっきからくすぐっているんだ」
 ふーん。と私はあいまいな相槌を打つ。キツネはさらに話を続ける。
「君は、僕が何をおかしなことを言っているのだろう、と考えているね」
「ええ、まあ」
 私は正直に肯定する。キツネは目を少し細めた。
「分かってもらえないのは少し悲しい。だけど、僕は分かってもらおうとは思ってないよ」
 私は、怒らせちゃったかな、と不安げにキツネの顔をうかがう。
「怒ってないよ」
 また心を読まれた。私はなんだか少し泣きたくなってきた。
 ふと、キツネは、少し申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね。君を困らせるつもりはなかったんだ。そうだね、心を読むのを今は止める事にするよ」
 私は一言ありがとう、とつぶやく。私は、以前心を読まないようにするには結構神経を使うんだよ、とキツネに聞いたことがあったので、なおさら申し訳なくなった。
 キツネはもう私の心は読んではいないようだった。
「それでね。君はもし、まっすぐなものが君を嫌いだったら、何て考えたことはないかい?」
「え?」
「曲がったものはいいんだ。まっすぐなもの。例えば、この道とかね」
「どういう事?」
 やばい、だんだんそっち系の話に入ってきた。このあたりまで来ると段々私はついていけなくなってくる。それでも、私は、キツネを理解したいから話に必死でついていこうとする。
「もし仮に、この道が生きているとしたら、という事だよ」
「道は道。生きてはいないよ」
「例えば、の話だよ。それに、僕のような存在がいるんだから、何が起こっても不思議ではないとは思わないかい」
 私はどう対応していいか分からず、答えるべき言葉を捜す。
「ごめんね。今、ちょっと君の心の中を除いちゃった」
 何だか、キツネは複雑そうな表情でつぶやく。
 私はさらに言葉を見失う。キツネは、そんな私を見かねてか、話を進める。
「僕達が、もしこの道に嫌われているとしたら。多分、今、こんなに気持ちのいい気分にはならないと思うんだ」
 キツネは嬉しそうに顔を緩める。
 私は、キツネがいまいい気分でいることが、素直に嬉しかった。
「たまに、どうしようもなく、鬱陶しい気分になるときもある。そんなときは、ああ、僕はその道に嫌われているんだなって思っちゃうんだ」
 キツネは一転して悲しそうな顔でうつむく。キツネの表情はころころ変わる。
「君は僕が好き?」
 え?突然の問いに私は、一瞬言葉を失う。好きだよ、と小さな声でつぶやく。
「ありがとう。僕も君のことが好きだよ」
 心臓がドキドキしていた。キツネは、照れている私の方を見ながら、髭を優しくなでる。
「君も僕も、すごく今幸せな気持ちでいるね」
「そうね」
 私もこっくりと頷く。
「誰かに好かれているとやっぱりとても嬉しいよね。だからね、何だか僕たちは今、この道に歓迎されている気がするんだ。だって、歩いていてこんなんに気持ちいいんだもの」
「そういうものなのかな」
「そういうものさ」
 キツネはそれきり黙った。いつもの無表情な顔に戻った。話したいことが浮かんで、それが話し終わると、キツネはしばらく口を開かない。キツネには私からは話しかけない。キツネが私に話しかけてくるのをただ待つだけ。別にそれが不快だとは思わない
 私は、キツネの話はよく分からないが、何となくいつも納得してしまう。
 もし本当に道が私のことを好きならば、私も道のことを好きになろうかな、とも思う。
 だけど、大気も、水も、空に浮かぶ雲も、もし誰かを好きになるとしたら、それはやっぱりキツネのような人なのだと思う。私は、何も感じないから。何も考えないから、いつも簡単に見逃してしまうけど。キツネはいつも色々見ている。なんということのないことで、幸せを感じられるキツネが心からうらやましい。

 私とキツネは歩き続ける。何もない一本道を。砂利道を。田舎道を。

 こうして、また、キツネと私の時間は過ぎていく。いつまで続くのかな?とふと思う。いつまでも続いてほしいな。キツネはどう思っているのだろう。私はキツネの方をちらりと伺う。
 キツネは私の心の声を聞いているんだか、いないんだか、相変わらず無表情なキツネ面でまだまだ終わりそうもない道の先を見つめている。私が何だか少し疲れて、ふう、と息を吐き出す。
 ふと、後ろから一台の軽トラックが走ってくる音が聞こえた。はっとして、足を止め隣を見る。キツネの姿はすでになかった。
 軽トラックが私の隣を通り過ぎていく。
 今、この道に立っているのは私一人。
 私は、キツネという存在について考えてみた。キツネは私にしか見えない。私にしかキツネの声は聞こえない。キツネは突然いなくなる。ガラスのコップが割れた音。突然の通り雨。公園で遊ぶ子供を迎えに来た母親の声。軽トラックのエンジンの音。そしてまた突然現れる。明日か。明後日か。もしかしたら、一週間後か。それは分からない。
 私は、今、キツネの顔を思い出すことができない。さっきまで、話していたはずなのに、今はもう夢の中の出来事のようだった。それでも、悲しいとは思わない。何故だろう。

 何となく、私は空を仰ぐ。空は赤く染まり始めていた。最近は、日が落ちるのが早くなってきたとしみじみ思う。もう、夏も終わりなのだろうか。
 私は、夏は、キツネの好きな季節だと勝手に思っているので、今度は少し悲しかった。

2004/10/16(Sat)03:00:04 公開 / ささら
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■作者からのメッセージ
ささらの稚拙なショートショート第二段。
ある田舎道での話。
何分、技術がつたないため読み苦しいとは思いますが、ご感想いただけたら嬉しいです。

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