『星に願いを。(第一話)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:林                

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「はぁ……、はぁ……、はぁ……、はぁっ!」

息がきれる。
足が動かない。もう感覚は殆ど残ってなかった。
かろうじてビルの壁にてをついて、体を引きずるように歩く。
右の脇腹から命が流れ出ていくのが分かる。赤く、なま暖かい、「血」という名の命だ。
左腕で、右脇を押さえて、左手で壁に手をつく。もはや左手が壁を押す力で進んでいるようなものだ。
しかし、夜というのは皮肉だ。
こんな裏路地のビルには街灯も届きはしない。まるで真っ暗な夜の闇は、自分の心情を具現化しているように思えて仕方なかった。

足音が聞こえる。

うまく闇に紛れたつもりだったのだが、やはり血を流しているのはマズい。嗅ぎつけられてしまう。

「……っく!」

長く暗い通路をぬけて、突き当たった扉を寄りかかるようにして開けた。
扉に寄りかかるようにしていたものだから、開いたと同時にそのまま地面に倒れ込む。
一度だけ荒い息を吐いて、冷たいコンクリートの地面から、顔だけ上げた。
いきついた先は、夜の闇が一番近い場所だった。

眼前に、都会の夜が広がる。
ここはビルの屋上のようだ。空が近い。

……自分でここまで来ておいてこんな事言うのもおかしいが。

右脇腹を庇いながら、立ち上がる。
屋上なら、どこへ逃げろというんだ、という少し冷静な判断が殆ど反射的に働いたが、ふるふると首を振って打ち消した。
別に、ここでも良い。星が綺麗だから。

ふらふらと屋上のへりまで歩いたところで、いくつもの足音が後ろが聞こえた。
自分があけた扉からそれは出てきて、一定距離離れたところで止まる。

その気配を背中で感じて、俺は立っていた。眼下に広がる無数のネオン煌めく街を見ながら。
一つの、ざっ、ざっ、と質の良い革靴がコンクリの床に擦れるときの足音が前に出た。足音が止まる。

「もう逃げられんぞ」

何だそのセリフ。刑事ドラマの見過ぎだぞ。

そんな事思いながら、不快な低い声に舌打ちする。
下から風が吹いた。結構強い。
だが、心地よかった。

くるりと、景色を見ていた体を反転させる。
外側にむいた背中に、ビル風が下から吹き付けた。

「……まさか。ここまで来て逃げねーよ」

がちゃり、がちゃり。
標的が自分たちのほうを向いたのがよほど嬉しかったのか、何なのか、追っ手達が一斉に銃を構えた。

銃口はもちろん、俺の心臓をぴたりと狙って。

うす笑いをうかべてやる。
今日は本当にいい夜だ。

「……Have a Good Night」

ビルの屋上のヘリを蹴る。
一瞬の背中からの浮遊感。

まわりの景色がすごい勢いで流れていくのがわかる。
急速に世界が縮まって、頭から縮まった世界の始点へと落ちていく。




今日は星が綺麗だ。

























星に願いを。



























ぶっちゃげ、私みたいなヒトの良い奴はほとほと居ない。

優衣はそう常々思っていた。
自己過信とも思われるが、これはこれで事実なんだから仕方がない。

今年の六月で19になる、朝倉優衣はとにかくお人好しだった。
頼まれれば請け負い、どんなに自分が潔白であろうと他人を庇って罰を受け、困っている人がいたらどうしても何かしたくなる。

自覚のあるお人良しというのもなかなか数奇だが、優衣はそうだった。

そして、かなり皮肉なことに、彼女はその「自覚のあるお人好し」のお陰で約19年間の人生はあまりうまくいってない。

両親が早世し、親戚の援助をうけてアパートで一人暮らしをするものの、現代の戦争のような就職先争奪戦で、優衣はいつも脱落してしまうのだ。
よって、彼女の質素な生活費は、常に内職でまかなわれている。
当然、カレシなんてご大層な方も居らず、趣味も無く、親しい友も無く、携帯なんて持っている筈もない。
毎日はたまらなく孤独で寂しい。「何で私だけこんなに不幸なんだ」と時々理不尽さを叫びたくなるが、それでも困った人がいるとやっぱり助けてしまう。自分の生活を省みずに。

そんな不幸で平凡な生活を脱するために、と買う就職誌の束は哀しいことにあまり利用されず、だいたい資源ゴミ行きになる。
今日も、アパートの裏の、日の届かないビルとビルの隙間にあるゴミ捨て場に、優衣は就職誌の束を積み重ねに行った。

あたりはもう深夜だった。
ビルに縁取られた狭い空には、星が輝いている。
素敵な夜だ。空を見上げて優衣は思った。

素敵ついでに何か良いことでもおきれば良いのに。

優衣は顔だけ上にみけたまま、瞼を閉じた。右手に持った雑誌の束が重い。
何となくそんなヘンな気分になって、優衣は呟いた。

「……神様、神様、……どうか、寂しく、なくて、暖かい毎日をお与え下さい」

呟いてみてから、優衣は馬鹿馬鹿しいと自嘲した。
星に願いをささげるだけで、幸せになれるなら、自分はとうに大屋敷に住んでいる。友達もたくさん居る。寂しい筈も無い。

優衣は閉じていた目を開けた。

……ところで、一つ、気になる点がある。

……夜空から星が降ってくる。



「………は?」


優衣が随分間抜けた声を出す間に、「降ってきた星」は優衣の鼻がしらをカスって、ゴミ置き場に墜落した。
ドシャン、と激しい音と共に、ホコリやら破けた雑誌のページが飛ぶ。
優衣は咳き込みながら、もやが晴れるのを待った。

崩れたゴミ山の中に埋もれる様に、「流れ星」は堕ちていた。

比喩だ。きらきら光るお星様があったワケではけして無い。
その「流れ星」は、黒いスーツを着た青年だった。

優衣がおそるおそる覗き込む。
青年はぐったりと目を閉じていたが、ちゃんと息はしている。荒い呼吸だったからすぐ分かった。
衝撃でずれた細い今風のサングラスの後ろの瞼が苦しそうにギュッと閉じられている。年は優衣よりは上に見えた。二十代前半あたりだろうか。
「流れ星」…否、黒スーツの青年は、脇腹を庇っているように見えた。

自称他称お人好しの優衣は、この展開云々よりもとにかく目の前にいる人か「困っている人」の部類であることに動かされて、手にしていたゴミを置いて、青年に駆け寄った。
そっと青年を揺り起こそうと彼の肩に手を掛けようとして、優衣はハッと息を呑んだ。

暗くて見えなかったのだが、脇腹を押さえる青年の手は勿論、そこから下衣にかけての部分がドス黒い血でべっとりと濡れていた。
小さく悲鳴を上げて、優衣はこんな裏路地に有るはずの無い公衆電話を探して慌ててあたりを見回した。
もちろん、救急車を呼ぶためだ。

そしてもちろん、公衆電話は見つからない。
一旦家に帰ってそこからかけようか、でもこの青年を置いていくのは心苦しいし、かといって家まで大人の男性一人を担いでいける自信は無い。
おろおろと頭の中で収束の付かない思考を繰り返す優衣の目に、青年の傷口が止まった。

「……?」

それは薄く光っていた。
まるで蛍が発光するように、小さく、柔らかく、青年の傷口が光っているのだ。

優衣がなんなのかとおろおろとしていると、やがてずるりと青年の手が、傷口からずり落ちた。
黒いスーツのそこだけが血で奇妙に変色していたが、何故か穴の開いたスーツから見える肌色の部分…つまり、青年が怪我をしていたと思われる部分は、何も無かった。

そう、怪我をしていた痕跡が残っているのに、怪我がきれいさっぱり消えていた。
今の今まで血が流れていたにもかかわらずだ。

暗い夜のビルの隙間で、優衣は首を傾げて、目の前の「流れ星」を見つめていた。



























綺麗な、夜の、海だった。月が真上に浮かんでいる。

いや、海じゃない、ここは空だ。
まるで水の中にいるみたいだ。ここの海は夜空なんだ。

沈んでいく。そこなしに深い夜空の海を。


流れ星だ。


流れ星が堕ちてきた。
それは俺の胸に堕ちる。


――ヨコセ

「!?」


夜空の空間がぐにゃりとゆがんだ。
手が伸びてくる。無数のの手が。

それは俺の体に巻き付いた。首が絞まる。苦しい。苦しい。怖い。

浮かんでいた丸い月が、ぐにゃりとゆがんだ。そこからまるでスピーカーを通したみたいに声がこだまする。

『何で――お前が――”星屑”――を!』


『殺せ――殺せ――奪え――!!』


『お前が――そんなものを――持ってるから――!!!』




        殺 し て し ま え  、  奪 っ て し ま え









「――!!!」

がばっ、と。
青年は跳ね起きた。暫く遠くを見つめ、荒い息を吐いてから、苦しそうに心臓に手をやり、長い黒髪を掻き上げる。
また、あの夢だ。

苦しさが収まらない。もう一度青年はぎゅぅっ、と胸を押さえる手に力を込めた。

「……大、丈夫………。……じゃない。……ですか?」

ぱたり。

青年は片手で胸を押さえ、もう片手で額を押さえた状態で停止した。

一方、声をかけた途端に停止された優衣は、聞こえなかったのかと思ってもう一度言った。

「大丈夫、ですか?」

青年はゆっくりと顔をあげた。
今の今まではっきりしなかった視界が開けてくる。小さな、可愛らしい部屋だった。
寝起きでがんがんする頭はまだ視神経からの情報をうまく体に伝えない。ぼーっと前だけを見つめる青年に、もう一度優衣は声をかけた。

「あの……、お腹の傷、……あ、薬なんてあんまり無いから、傷薬塗って、包帯して、……それだけなんだけど、あ、痛いですよね?お医者さん呼ぶ、呼ぼうと……」

見事に会話として成り立って無い言葉に……あくまでその声だけに、青年はゆっくりと横を向いた。
優衣がやっとこちらを向いた青年を見て、ぱっと笑顔を見せた。

青年は、ゆっくりかさついた唇を開いた。

「……俺、あの夜、……」
「あ!ごめんなさい、まだ警察とかにも、何も言ってないの! つ……通報しなきゃ駄目ですよね……っ!
 あと、あの、お医者さん! 呼ぼうと思ったんだけど、その、あの、……傷口が治っちゃって、もう大丈夫かな……、て。スイマセン、そんな事ないですよね、今呼びますね!」

言いかけて、口ごもった青年に、わたわたと優衣はとりあえずの状況を説明した。
青年は、まだ本調子そうでないように、ぼーっと優衣の方を見つめていたが、だんだん頭が冴えてきたようだった。半目だった目が開く。(でも元々眠そうな目つきをしてる)
自分が寝かされていた薄い布団をのかし、青年はいきなり立ち上がった。

あの夜。
空に堕ちて。
起きて。
女の子。助けてくれたみたいな。
…見ず知らずの。

(しまった……! 巻き込んだ……!)

やっと冴えた頭にさっそく、後悔の念が浸透し始めた。
だが、次に耳に聞こえたおろおろとした声に、もう一度現実に引き戻される。今後悔していたのも厳しい現実のようなモノだったが。

「え?! あの、どうした……」
「……貴女が、助けてくれたんですか?」

すっと座り込んで言った、青年の声は、何だか慣れた感じだった。
見知らぬ場所で寝かされていたのに、大して気にしている様子がない。
優衣はコクン、と頷いた。

「ええ、昨日の夜に、あなたが上から降ってきたの」
「……あー……、落ち方が悪かったなァ……」
「落ち方?」
「あ、いや…、……何でも。……でも、こんな見ず知らずのけが人、助けてくれるなんて」

優しいッスね、と青年は肩を竦めて微笑んだ。
青年の軽く肩まで伸びた黒髪が揺れる。優衣はボッと顔を赤らめて、青年を見ずに殆ど手探りで、脇にたたんであった青年のスーツを掴んで差し出した。

「あ、……コレ! あの! 少し汚れちゃってるんですけどっ! スイマセン、私、男物の服なんて持ってなくてっ!」
「ン、良いんスよ。どーせいつもこうやって汚すから」

青年は苦笑した。
優衣は首を傾げる。……こうやって?
その優衣の疑問を見透かしたように青年は微笑んで、たたんであったスーツを広げた。
脇腹に開いた穴から、パサパサになった血の痕が残っている。普通に水洗いするだけじゃ絶対におちそうにない。

青年は少しだけそれを眺めると、くるっと丸めて腕にかけた。
そしてそのまま立ち上がる。

「……ども。お世話になりました、優しいお嬢サン。迷惑かけてスイマセンでした」
「……え? え、もう動けるんですか? あの、怪我したのに? 堕ちたのに?」

優衣は急いで立ち上がって、青年に聞いた。

「……もう、治りましたから。……スンマセン、お礼はまたいつか」
「でも、そんな、病み上がりで……! どこに行くんですか!」

優衣のとっさの問いかけに、踵を返し掛けた青年は、ふっと動きを止めた。

あ、と優衣は口をつぐんだ。聞いてはいけなかったんだ、きっと。
青年はほんの少しの間視線を上に上げてから、ゆっくり優衣に振り返り、静かに微笑んで言った。

「星が、よく見える所へ」


その時、突然、優衣の小さな部屋に爆音が轟いた。






next to be .....











2004/10/11(Mon)10:18:47 公開 /
■この作品の著作権は林さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
おはようございます、昔一度だけ投稿したことのある林と申します。此度は短編らしきものを書かせて頂きました。
因みに「優衣」、読み仮名は「ゆい」です。
皆様からたくさん感想を頂いて、勉強していきたいと思います。宜しくお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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