『職業殺人【読みきり】』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:夜行地球                

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 プルル、プルルル……
 穏やかな夕暮れ時、呼び出し音が静寂を破る。
 受話器を取ると、俺への仕事の依頼だった。
 ここの依頼を受けるのは二度目だ。
 どうやら、三ヶ月前の俺の仕事振りを向こうのお偉いさんが気に入ったらしい。
 今は別に金に困っているわけじゃないが、今後のことを考えて仕事を引き受けることにした。
 それに、定期的に仕事を引き受けていないと、こっちの勘も鈍ってくる恐れがあるしな。
 胸ポケットから煙草を取り出して口にくわえ、ライターを右手に持つ。
 カチ、カチッ
 ライターの蓋を開閉させながら考える。
 どこで殺すか?
 今までに使った場所だったら、すぐに手口がばれてしまう。
 頭に幾つかの地名を思い浮かべる。
 くわえていた煙草に火をつけ、大きく煙を吸い込んだ。
 すうっと思考がクリアになる。
 上野にしよう。
 吐き出す煙の中、俺の目には倒れこむ可哀想な被害者の姿が見える気がした。

 翌朝、俺は上野に向かう電車の中にいた。
 同業者の中には場所の下見なんてしないって奴もいるみたいだが、俺は違う。
 自分の目でしっかりと確かめておかないと不安になる。
 仕事が終わった後に下らないボロが見つかったりしたら、今後の仕事に対する信用ががた落ちになってしまう。
 こんな仕事だからこそ、信用は大事なんだ。
 ガタン、と電車が揺れた。
 俺の座っている座席の前に立っていた背広姿の男が、バランスを崩して俺の足を踏んだ。
「すみません」
 謝る男の顔は酷く疲れているように見えた。
 特に特徴の無い中年のサラリーマンらしき男。
 俺も真っ当に就職していれば、この男のように平凡なサラリーマンになったのだろうか?
 毎日同じ電車に乗って、同じような仕事をして、徐々にに年老いていく。
 俺はそんなのはごめんだ。
 だからこそ、俺は皆とは違うレールを進もうとした。
 そして、気がつけばこんな仕事に就いていたってわけだ。

 上野駅のホームについてから、俺が真っ先に向かった場所は動物園だった。
 パンダもいる日本最古の動物園だ。
 こういう場所は人を殺すには適してないと思うかも知れない。
 ところがどっこい、ここに来ているような連中は、動物か自分の家族や恋人の事しか目に入っちゃいない。
 他人が何をしているかなんて見ちゃいないんだ。
 物陰でこっそりと人が殺されても、しばらくの間は誰も死体に気付かないだろう。
 死体が見つかるまでの間に、こっそりと動物園を抜け出しさえすれば良い。
 音を出さずに相手を殺す方法なんていくらでもあるんだから。
 まだ朝早いからか、チーターもゴリラもパンダもみんな眠りこけていた。
 こいつらには殺害現場を見られても大丈夫だ。
 警察に喋ることは絶対にないからな。
 なんて、つまらない事を考えながら動物園を出た。
 
 一日をかけて上野周辺を歩き回った俺には確信が出来ていた。
 今回の仕事はバッチリこなせる。
 明かりを落とした部屋の中で、俺は漏れる笑いをかみ殺していた。

 仕事は実に順調に進んでいく。
 被害者を動物園に誘き寄せる下準備までが終了した所で、自宅を出て散歩に出かけることにした。
 都心にあるマンションは近所付き合いが無いんで助かる。
 もう少し郊外だったら、昼間に近所をふらつく事なんて出来やしない。
 噂好きのオバサンがたの格好の餌食になって、犯罪者予備軍みたいに思われるに違いない。
 別に悪い噂を立てられること自体は大して気にしてはいない。
 その噂によって、俺の正体に気付く奴が現れるのが怖いだけだ。
 家賃の高さでも有名な高層マンションの近くを通りかかる。
 ここは、芸能人とかIT成金とかが好んで住んでいるらしい。
 なんで金持ちは高いところに住みたがるんだろうか?
 そんな事を考えながら最上階を眺めていると、背後から誰かにぶつかられた。
 幸い軽くバランスを崩しただけで済んだが、文句の一つでも言ってやろうと振り返ると、スーツ姿をした女が尻餅をついていた。 
「すみませんでした」
 女は俺に頭を下げると、高層マンションの入り口に現れたサングラスをかけた男の元に走っていった。
 カメラのフラッシュがたかれ、その男は立ち止まる。
「俳優の鏡野京介さんですよね。先日の不倫騒動についてお話を伺いたいんですが」
 さっきの女が声を張り上げる。
 男は迷惑そうに顔をしかめて駐車場へと向かっていった。
 写真週刊誌の記者か?
 あんなのに追いかけられたら大変だろう。
 心の中でそっと同情して、俺は自宅に戻った。

 結局、依頼を受けてから全ての後始末をつけるまで三週間ほどしかかからなかった。
 この早さは今まで仕事をしてきた中でも最高記録だ。
 依頼主も俺の仕事の成果に満足していた。
 すぐにでも次の仕事を頼みたいと言っていたが、流石にそれは断った。
 俺は人間で、マシーンなんかじゃない。
 ベストの仕事をするためには、適度な休養が必要なんだ。
 俺は依頼主から受け取った金を懐に入れて、夜の街へと繰り出した。

 馴染みの飲み屋に行くと、明らかに管を巻いている女がいた。
 見ると、その女は前に俺にぶつかってきた写真週刊誌の記者らしき女だった。
 何となく面白そうだったんで話を聞いてみることにした。
 その女の名前は吉沢奈津子。
 職業は思った通り、写真週刊誌の記者だった。
 彼女は上司への不満やら使えないカメラマンへの愚痴やらを散々言いまくった挙句、『絶対にスクープをものにしてやる』の一言で全てを締めくくった。
 その後、俺らは色々な話をした。
 『ペットにするなら犬派か猫派か』とか『お好み焼きとご飯を一緒に食べるのは邪道かどうか』とか下らない事ばかりだったけど、妙に意気投合してしまった。
 酒の力は偉大だ。
 その日俺らはメールアドレスを交換し、再会を誓い合った。

 それから三ヵ月後、俺と奈津子は時間を見つけて一緒に夕食を食べるような仲になっていた。 
 奈津子に俺の職業はばれていない。
 今の俺は親の遺産で食いつないでいるプータローという設定になっている。
 何しろ相手は写真週刊誌の記者だ。
 下手に偽の勤め先を言って、嘘だとばれたら後が怖い。
 知られなくても良い事まで知られてしまうかも知れない。
 この三ヶ月で変わったことがもうひとつある。
 それは、俺の仕事が『上野動物園殺人事件』として知れ渡ってしまった事。
 ワイドショーなんかでも取り上げられてしまった。
 このままでは今までのスタイルで仕事を続けるのが難しくなってくる。
 俺は内心焦っていた。
「……でね、私も『上野動物園殺人事件』について追うことになったの」
 突然の奈津子の告白。
 それに対して俺は、
「そうか、頑張れよ」
 と、心にも無いことを言うしかなかった。
 奈津子とは、もう会わない方がいいみたいだ。

 翌日、ソファーに横たわってうたた寝をしている所をピンポーンという間抜けな音に起こされた。
 玄関を開けてみると、奈津子が立っていた。
「奈津子、どうしたんだ?」
 俺の問いかけに奈津子は寂しげな表情で答えた。
「私、言ったよね? 『上野動物園殺人事件』について追うことになったって。本当は二週間前から追ってたんだ……昨日まで言わなかったのは、もしかしたら貴方の方から何か言ってくれるかも知れないって期待してからなんだよ」 
「何を言ってるんだ?」
「とぼけないで、御堂幸一さん」
 奈津子は俺の仕事用の名前を言った。
 ソレを知っているという事は、俺の正体を知ったということでもある。
「貴方と『上野動物園殺人事件』の関係くらい、もう分かっているの。だから、大人しく私に協力して」
 奈津子はいつになく真剣な目をしている。
 その目を見ているうちに抵抗する気が失せていった。
「スクープを掴むっていうのが奈津子の目標だもんな。いいよ、協力しよう」
 驚きで奈津子の目が丸くなる。
 情報が漏れたのなら、もう逃げても仕方がない。
 どうせ誰かに話さなければいけない事なら奈津子に話したい。
 そう思っただけ。
 奈津子が後ろに向かって何やら手招きをした。
 隠れていたカメラマンがこっちに向かって走ってくる。
 パシャ、パシャ
 連続的にたかれるフラッシュ。
 眩しくて思わず目を閉じる。
 そのせいで、奈津子の嬉しげな声がやけにはっきりと耳に届いた。

「それでは、今から色々話して貰いますよ。『上野動物園殺人事件』を発表して一躍有名になった覆面推理小説作家の御堂幸一さん」


   <終わり>

2004/09/28(Tue)22:06:53 公開 / 夜行地球
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■作者からのメッセージ
飽きることなくショートです。
今回も割とありきたりな感じで。
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