『この名は、私がつけるものではない』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ベル                

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夜の空気が漂い、冷たい夜の風が吹く。私の体は、それらの前にさらけ出され、とても体温が下がっているのが自分でも分かる。ソレは多分、高さ100メートルのビルの屋上という事もあるかもしれない。何せ私は高所恐怖症だから。

何故こんな所にいるって?
……諸君はもう分かってるだろうが、私はこれから、この高層ビルの屋上から身を投げ出し、百メートル下の車が我が物顔で走っていく道路へと落ちるためだ。

それも何故か?
……簡単に言えば、太陽がクシャミをしたんだ。ただそれだけだ。
今の状況ならば、永遠の命。永遠の金。永遠の娯楽。永遠の権力。全てがなくならない。だけど、私にはそれがとてもたまらない。何せ、ソレと同時に次へと動けないのだから。

まあ、死ぬ前に、何故こんなことになったのか、教えてあげようじゃないか。
諸君らも、同じような状況になったら私と同様、死にたくなるだろうね。





気持ちの良い朝が、始まりを告げる。私の疲れた体を、フカフカのベッドがやわらかく包み込んでくれる。が、もう耳が張り裂けるんじゃないか、というほどの騒音が、私の耳を貫いた。
それまで意識の無かった私は飛び起き、耳を押さえながらもその騒音の正体。
――目覚まし時計の頭を大きく叩いた。
すると、目覚まし時計は先ほどの騒音とはウラハラに、今度は静寂を私の耳にくれた。さて、もう一眠りしよう。そう思った矢先。叩いた目覚まし時計を眼を凝らしてみると、それは7時をさしていた。

出勤時間は8時。もう寝る時間なんて何処にも無い。急いで着替えないと。
私は布団の中から這い出て、傍らにおいてあったメガネをかけ、ぼやけていた視界がはっきり見えてくるのを確認してから、パジャマのホックを外した。

朝ごはんなんて食べている時間は無い。私はその場にパジャマを脱ぎ捨てて、クローゼットのトビラを引っつかんで中のハンガーにかけてあったカッターシャツにスーツ。そしてズボンに急いで自分の体を通すと、脱ぎ捨てたパジャマを掴んで、走りながらその場を去る。

階段を音を立てながら大急ぎで駆け下りる。音を出さないというマナーを頭の中から完全に消し去っていた私は、よろけて最後の一段で足を滑らし、前のめりに倒れそうになったが、今このまま前に倒れればメガネが割れる。それだけは絶対イヤなので、私は倒れる瞬間、背中を床に向けた。後頭部、それに背中と腰に凄い激痛を感じる。思わずその場でのた打ち回ったが、時間が無いのを思い出す。痛みを我慢しながらも私は兎に角大急ぎでパジャマを洗濯機に放り込み、栄養剤を水と一緒に飲み込むと、カバンだけを持ち、すぐさま玄関のドアを開け、車へと入り込む。

「早くしないと……」

焦りのせいか、車のキーが中々入らない。何度刺そうとしてもすぐ横に当たったり、しまいにはカギを刺そうとするとき、ハンドルに引っかかって落としてしまう始末。カギを拾い上げながら、兎に角冷静を取り戻そうと深呼吸をして、何とか私はキーを差し込むことが出来た。カギを回してエンジンに火を入れようとしたころ。ふと目に入った自分の腕時計が、せっかくカギを差し込んだ私を絶望的状況下に叩き落した。

――7時50分。本来ならば、既に会社に到着している時間だった。

それからというもの、渋滞に巻き込まれる、救急車が通り、強制的に止らせられる。パトカーまでもが緊急事態で救急車と同様に止らせられる他。とにかく天が私を恨んでいるのか。思わずそう思いたくなる出来事が起こり、私が会社に到着した時間は8時50分。約一時間の遅刻だった。

「はあ……またしぼられるのか」

車のドアを壊れるぐらいに押し、カギを閉める。俯いたまま私は自動ドアをくぐった。

ああ、今月も減給かな

「減給」不吉な言葉が私の脳裏をよぎった。コレまでにも私は会社にギリギリで通勤するたびに、これらの不幸に見舞われ、減給されることが度々あった。いや、度々と言っても殆どなのだが。
「総務課」と書かれた表札が私には死神からの不幸の手紙に見えた。この先で私を待つのは、私をしぼる課長。そしてその私をクスリと笑う同期たち。いやだ、入りたくない。だが、コレに入らなければサボリとみなされ、減給どころか全員分の残業のスペシャルコースだ。
私は散々悩んで、私にとっての地獄へと続くドアのノブを取って、ゆっくりと回す。そしてドアに隠れるようにドアに体を押し付けながら私はそれを引いた。

「おはようございま……」

しかし、そこで私を待っていたのは、私をしぼる課長でもなく、いやな目で笑う同期でもない、地獄でもない。
迎えてくれる笑顔の数々。飛び交うクラッカー音。そして紙ふぶき。何だ? 何が起こった? 何かの祝いの最中だったか? 誰の祝いだろうか。まあ、大方同期の誰かが昇進したんだろうが。

「やー、いい所にきてくれたねー!」

……は?

思わず私は満面の笑みで私を迎えてくれた課長に失礼な言葉を吐きかける所だった。一体なんなのだろうか。誰かの祝いにしても何故私に向ってクラッカーが放たれているのか。

「あのー、誰か昇進でもしたんですか?」

ニコニコと、普段からはとても想像できないような笑顔を見せる課長に尋ねてみた。

「何言ってるんだ? 君が昇進したんだよぞーッ!!」

一瞬、聞き間違いかと思った。
もしかしたら私と同様、遅刻して来た人が私の後ろにいて、その人に言ってるんじゃないかと思った。が、後ろには誰もいない。課長はただ笑みをくずさぬまま、私の肩を掴んで、部屋の中へと招きいれてくれる。
私が昇進? 何故? 不幸に見舞われ、遅刻ばかりしてきた私が? ……おかしい。

「えーと……何故私――」
「松山 悟 貴方は、一度も会社を休むことなく、かつ、一度も失敗をしないと言うすばらしい働きをしてくれました」

問いかける私の言葉をさえぎるように、課長は何かの賞状のようなものを手に取り、ソレを私の目の前で読み始めた。周りでは同期たちが、目を輝かしながら私を見たり、舌打ちするものたちがいた。

「――以下の働きを賞し、貴方を「副社長」の座に任命する! ……だそうだよ」
「え? え?? 副……!?」

何が何だか、これは夢か、はたまた幻か。眼を白黒させた私は、自分で自分のほっぺたをつねってみた。

――いたい

ヒリヒリと私のほっぺたが、痛みを感じ取る。夢じゃない。幻じゃない。ならコレは本当に現実なのか? 私が副社長? そもそも何故副社長なのか?

「君は、遅刻ばかりしてたが、一回も休んだ事が無かっただろう。それに、君は人のサポートがとても上手なんだよ。だから社長も自分を援助してくれる副社長に選んでくれたのさ!」
「え……いや……きょッ、恐縮ですッ」


――気がつけば、私はものすごく厚いお札の入った袋を持って、ビルの自動ドアをくぐっていた。私はただ何も信じられず、流されるままだった。
目の前で横へと走り去っていく車の行方を眼で追う。そして新しい車を見つけては眼で追う、の動作を繰り返していた。
そして私の後ろをキャアキャア言いながらついてくる女社員達。

「え……と、お酒でも飲みに行く……?」

今の状況を整理しきれない私は、ついてきた社員たちに気を利かせ、とあるBARへと向った。

とても高いお酒を目の前にして、私はますます夢、幻なのか、と考え込んでしまう。
でもそれが当然の反応なのかもしれない。私にとって。今まで、こんな大金を手に持ったことも、生で見たことも無かったし、ましてやあからさまに何10万はしそうなお酒を、目の当たりにした事は無かったのだから。

「副社長ッ! 飲んで飲んで!」

無理矢理手に握らされたコップに注がれたお酒を、ただ飲みもせずにボーっと眺めていた。が、いつまでも流されっぱなしにされる訳にも行かなく、私は思い切ってそのお酒を口に含んだ。

「おいしい」

どんなやすっぽいお酒に対する感想も何も出てこない、ただの「おいしい」
コレが、本当に美味しいお酒なのか。いや、それよりも。今私はこんなに高いお酒を飲んでいる。
何杯も何杯も、社員たちにつがれて。そうだ、今私は俗に言うお金持ちで、さらに権力も持っているんだ。
そうだ、これからは残業もしないですむし、怒られる事も殆ど無い。さらに、給料も今までの非ではない。

そうだ! 私は今! 副社長なのだ!

すっかり高揚感に包まれた私は、我を忘れて、ただひたすら酔いにまかせて遊んだ。飲んだ。食べた。
かすんだ眼が捕らえてくれるのは、アスファルトと、眩しく光る看板と、目の前に差し出される料理と酒だけ。
朝の不安感と絶望感とは全く違う、娯楽の楽しみと言うのを私は覚えた。

――いつからいたのか、私は家の前で、片手に土産を持って、倒れこんでいた。
社員たちは何処に行ったのか、あれからどれだけ時間が経ったのか。何も分からない、兎に角家に入ろうと立ち上がるが、足腰にまるで力が入らず、頭痛が襲う。フラフラになった私は、玄関まで歩くと、足を足で引っ掛けて、玄関に思い切り倒れこんだ。
倒れこんだ玄関が、大きく軋む。痛い。何の感覚も無いが、ただ痛覚だけが存在する。ある意味地獄だ。

「それにしても、良い日、だ、った……明日も、おな、じ日常が、続いたらいいんだけど、な」

三つに見えるドアノブを、何度か掴み逃し、10回目あたりでようやく掴んだ。震える手に力を込めて、私はドアノブを押す。
そして向こう側へと遠ざかっていくドアを追いかけるように、私の体はそのまま靴置きへ倒れこんだ。

あ、あ――ちゃん、と――ベッドまでいか――ない――

そこで、私の思考は停止した。


――そして、太陽は大きくクシャミをした


気持ちの良い朝が、始まりを告げる。私の疲れた体を、フカフカのベッドがやわらかく包み込んでくれる。が、もう耳が張り裂けるんじゃないか、というほどの騒音が、私の耳を貫いた。
それまで意識の無かった私は飛び起き、耳を押さえながらもその騒音の正体。
――目覚まし時計の頭を大きく叩いた。
すると、目覚まし時計は先ほどの騒音とはウラハラに、今度は静寂を私の耳にくれた。さて、もう一眠りしよう。そう思った矢先。叩いた目覚まし時計を眼を凝らしてみると、それは7時をさしていた。

出勤時間は8時。もう寝る時間なんて何処にも無い。急いで着替えないと。
私は布団の中から這い出て、傍らにおいてあったメガネをかけ、ぼやけていた視界がはっきり見えてくるのを確認してから、パジャマのホックを外し――

――昨日も、確か?

何だ? 確か私は昨日、靴置きで眠りこけてしまったはず。それが何故ベッドに? いや、それよりも何故昨日と同じ状況? デジャビュ? 夢? それとも昨日の出来事が夢なのか?
分からない。何故、今私は昨日と同じ状況で慌てている? 何故、昨日起きた事がまた起っている?
あまりの不思議さに、私はほっぺをつねる。

「ちゃんと、痛い……」

それに、昨日の事が本当だったのならば、今頃は二日酔いでろくに動けないはず。それに昨日は仕事着のままで眠ったはずだ。なのにパジャマ?

「……」

私は暫く考え込んだが、あまりに気にしないで、身支度を整えた。


そして私を迎えたのは、昨日と全く同じセリフを言って、笑顔を絶やさない課長。

痴呆か。そろそろ私もボケが進行して来たのか? 今日当たり、病院にでも行くか……。

昨日と同じ一日。チヤホヤされる一日。そして社員たちにお酒を奢る一日。
目の前に出されたのは、昨日とまるで同じお酒。社員たちも昨日と同じセリフ。
時計が指す時間も、社員たちの笑い声も、他にいた客も、バーテンダーが次々に出してくるお酒も、使い果たしてしまったはずのお金も。
何もかもが、全てが、無かったかのように。復活……はおかしいか。まあ、何か知らないけどここにある。

そして私は、その次の日も、また次も。一週間。一ヶ月。一年と、同じ日を過ごした。
何一つ変わらない毎日。通ってくるパトカー、救急車。雲の動き、形。
減らないお金。変わらない日常。動かない日常。

何年も過ごすうちに、私は全てを堪能しつくした。
マージャン、パチンコ、ビリヤード、今までした事の無いボーリング。風俗。
全てが思い通りに、お金があれば意のままに動かせる。

だが、そのうち、全てがつまらなくなった。
一日一日に、何の変わりも、何の進展もなく。ただそこに、お金と――死んでしまった私がいる。
一体これはなんなのだろうか。全てをして、全てに面白みを感じなくなった今こそ分かる。

これは変だと。

いや、最初から変だと気付くべきだったのだろうが。私には気づく事が出来なかった。
日常が、楽しくて。飲んできたお酒も、食べてきた料理も美味しくて。

ただ、私は、動かない日常の中を、さまよい続けた。休む間もなく――


「一体、どうなってしまったんだろう?」

とある小さな酒場で、チビチビとやすっぽい酒を飲んでいた私は、誰にも信じてもらえなかった話を、ただ呟いていた。
ただ不思議だけが頭の中に残り、しまいには不安や、恐怖さえも感じてしまう。

もしも、もしも――

自分がこの先一生死ぬ事無くこの日々を過ごすのだとしたら?

考えただけで、思わず体が震える。
永遠。深く考えた事もなく、ただ、あればいいな、ぐらいにしか思っていなかった言葉。
だが、それはあまりにもつまらなかった。
時間は動く事無く、日々に動きは無く、進化も、退化もなく、かといって、止る訳でもない。
動き続ける。同じレールを、同じ日々を、同じ人生を。

永遠、ソレはあまりにも酷な物だった。

静かな音楽が流れる中、私はコップの中に入っていた酒を、一気に飲み干した。
ダン、と。コップを机に叩きつける。不快で、不安で、いやで。
その八つ当たりか、私は何か心の中にムラムラをかんじることもあり、ものに良く当たった。

「大分あれてるねえ」

コップをたたきつけ、思わず握りつぶしてしまいそうになった瞬間。私の横から、一人の男が声をかけてきた。
ボロボロの服装で、不衛生なひげを生やした男。アル中なのか。とてもその男の目はやばかった。

「ふん、アンタになにがわかる」

男に向けた顔を、店の主人に向け、「もう一杯」と叫び、その場でため息をつく。

「わかるさ、何せ、俺もアンタとおなじだからねえ」
「!」

私と同じ。
その言葉を聞くや否や、私はいきりたって席を立ち、男の下へあゆみより、その男の胸倉を掴んで、思い切り引き寄せる。

「なんだ!? アンタは何を知っている!? なら教えてくれ! この世界はなんなのか、何故変らないのか……逃げ出せ、ないのかどうか」

胸倉を掴む力は弱り、私は気付かぬうちに、その男から手を離していた。

「ま、一杯おごってくれや。話はそれからだね」

力なく頷き、私は「彼にも同じのを」と、店の主人に小さく呟いた。



「で、早く教えてくれ……一体何が起きてるんだ」

悲鳴の様な情けない声を上げる私を、男は、さらに絶望的にさせるかの様なことを口走った。

「……永遠さ、文字通り」
「それは分かってるッ、私が知りたいのは――」
「――太陽がくしゃみをした」

最初、この男の言っている意味が、私には良く分からなかった。

「それと、今のアンタは言って置くけど……もう生きちゃあいない。無論、俺もな」

全く分からない、理解できない。したくもない。この男が言う事が本当なら、今ここで話しをしている私は何だ?

「まあ、上手く伝わらないだろうが、全部話してやる、今。何が起きているか……」





「なんだって?」

私は、思わず怒鳴り上げそうになった。当たり前だ、こんな話、誰が信じる?

「私は……もうこの世に存在しなくて、それに、地球も消えているだって? じゃあ? ここにいる私は?」
「……残留思念、か。コイツは幽霊のモトでもある。人の願い、思い――それらの集合体なのさ、俺とお前は」

男は、私がおごった酒を口にすると、静かに天井を見上げる。

「じゃあ、地球が消えているのは?」
「……さっきもいっただろ。太陽がくしゃみをした。つまり、昨日……即ち、この永遠が起きる前の日。いや、正確には今日と昨日の狭間。丁度午前12時。太陽が爆発を起こした」

タバコの煙で作ったドーナツを口から吐き出して遊んでいる男は。短くなっているタバコを灰皿に押し付け、またもコップに口をつける。

「光、いや、それ以上の速さで宇宙全体が消失。そして何も残らなくなった」
「じゃあ、なんで私は!?」
「残留思念。人の思いや願い。お前、この永遠が続く前日。「今日がまた続けばいい」……そう思わなかったか?」

男の言う事は図星であった。そう、意識が落ちる直前。私は、今日が続けばいいと願った。

「お前の脳裏にこびりついた記憶が、今、その起きて欲しかった情景を永遠に見せているんだ」
「な、なんだって……」

私は、手に持ったコップを上手く持つことが出来ず、その場に落としてしまった。
ガラスの割れる音がなり、こぼれた酒が私のズボンをぬらすが、突きつけられた真実に、あまりにも驚きすぎて、気にも留めなかった。

「つまり、地球はもう無くて、今ここにいる私は、ただ続いて欲しい記憶を見せられているだけの残留思念……? ハッ、ハハ……」

どういう笑いか、あきれたための失笑か、それとも自分自身が壊れてしまったのか。私はただ、笑う事しか出来なかった。

「もっ、戻る方法は、あるのか……?」
「ないね。一つ意外」
「一つ? 一つあるのか? 言ってくれ!!」
「……死ね」

私の目の前に置かれた、助かるための一つの希望。それは、死。
男は、何のためらいも無く、その希望を口にする。思わず私はキレそうだったが、それが唯一の助かる真実なんだ、と心の中で自重し、何とか握った拳を解く。

「死んでも、戻れる所なんてないけどよ、この永遠から開放されるには、もう死ぬしかない……まあ、俺は今日、死ぬつもりだけどな」
「……」

なんて事だ。もうイヤでいやでたまらなかった永遠を、止めるために言い渡された希望が、死?
はは、皮肉なもんだな。希望を掴むために死ぬなんて。

私は一人、その場で笑ってしまった。誰が言った言葉のせいでもない。何か笑えるものを見たわけでもない。ただ、笑いがこぼれて。

「んじゃあな。俺と同じヤツがいて少し気が楽になったよ」

男は少し微笑んで、空になったコップを置くと、その場を立ち去ろうとする。
私は、すぐに二人分の勘定を机の上において、男の後を追った。
酒屋の先で立ち止まっていた男は、鉄鋼が重ね上げられているビルの真下。上を見上げて、何かを呟いていた。

「……今日午後11時59分57秒。今この場所に鉄骨が落ちてくる。何度も、何度も俺は躊躇した。死ぬのが怖かったから……けど、お前の見本になってやるよ。明日、同じ時間にここに来い。そのとき、俺はきっといないだろうからな」
「待ってくれッ!! アンタは一体……何者なんだ!? 教えてくれ!!」
「俺か? 俺は……お前の、腕時計さ――」
「待――」

午後、11時59分57秒。私の目の前で、一人の人間が、醜い紅い肉片と化した。

勢いよく飛んできた血を拭い、私は腕を見る。
無い。つけていたはずの腕時計が。無い。
昨日確かに見た、カギを刺す瞬間に。確かに私の腕についていた。

あの男が、私の腕時計とするなら、どうして私に色々と教えてくれたのか……。
男に聞いた話によれば、午前12時。全ての時間はさかのぼり、また同じ日常を繰り広げるらしい。

……思い出した。私の腕時計は、私が眠りにつく直前、私が自分の体で押しつぶして壊してしまった事を。
少なくとも、あの時間帯、唯一つ、私の腕時計だけがその時間を止めていた。
そして世界は消え、丁度午前12時。その時私の腕時計は何秒か遅れていた。

なら、その時間の狂いが、消えてしまった現実と、記憶の世界に、ひずみを作ってくれていたのかだろうか。
私の為に、そのひずみから記憶の世界に入り込み、私に全てを教え、死んだ。そう言うことなのだろうか?
自分でも何を言っているか分からない。理解できない。けど、一つ分かる。
あの男は、私に希望をくれた。今なら、私も、消える事が出来る?

はは、自分でも何わけの分からない事を言っているんだか。

けど――


――夜の空気が漂い、冷たい夜の風が吹く。私の体は、それらの前にさらけ出され、とても体温が下がっているのが自分でも分かる。ソレは多分、高さ100メートルのビルの屋上という事もあるかもしれない。何せ私は高所恐怖症だから。

何故こんな所にいるって?
……諸君はもう分かってるだろうが、私はこれから、この高層ビルの屋上から身を投げ出し、百メートル下の車が我が物顔で走っていく道路へと落ちるためだ。

それも何故か?
……簡単に言えば、太陽がクシャミをしたんだ。ただそれだけだ。
今の状況ならば、永遠の命。永遠の金。永遠の娯楽。永遠の権力。全てがなくならない。だけど、私にはそれがとてもたまらない。何せ、ソレと同時に次へと動けないのだから。

男が死んだ次の日。私はあの酒屋へと向ったが、あの男の言ったとおり。男はいなかった。どれだけ待っていても。
だが、あの鉄骨が地面に落ちる瞬間。誰もいないのに、紅い液体が、鉄骨と地面の間から吹き出るらしい。

さあ死のう。流石に鉄骨は怖すぎる。この高さから、アイマクスでもして背中から飛び降りればさほど怖くないだろう。

私は、一歩ずつ、ゆっくりお屋上の端へと歩み寄った。
今の時間は11時。もたもたしている暇は無い。早く動け、私の足。
震えて上手く動かない足を殴りつけ、それから2度3度、足を出し、殴りつける。動作を繰り返して、私は屋上の端へとたどり着いた。
100メートル先は、死の世界。私はその世界を見下ろし、思わずクラクラとした。
ダメだ、気をしっかり持て、私。

手に持った黒色のアイマスクを、ゆっくりと眼前に近づける。
私の視界を、世界を、黒が埋め尽くし、やがては無となる。
私は、背中を向けて、ゆっくりと、その体を後ろへ倒し――

今こそ、私は永遠から逃れる。この記憶の世界から――

――カチッ

音が、する
針の進む、時計の音が
聞きなれた、私が愛用した、あの銀色の腕時計の針の進む音が

カチ、1秒。カチ、2秒。カチ、3秒。カチ、4秒。カ―――



星も、地球も、火星も、水星も、ブラックホールも、太陽も、宇宙も――

全てが無くなり、真っ白となった、上も下も右も左も、何も無い世界で。

一つの壊れた時計が、その音を鳴らした――


2004/09/19(Sun)18:28:41 公開 / ベル
■この作品の著作権はベルさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

……お早うございます。ベルです。
また何か書きました。
……この作品自体には、自分ではどうも言えないものです。

ただひたすらボーっとしながら書いた作品故、皆さんからどんな感想、批判が来るか。まるで予想がつきません。真剣に考え、ボーっとして書いた作品です(何

まだコレはアクマで試作段階なんですけどね。
将来、自分の能力が、ここの常連さんたちまでなれた時、思い返して書きたいと思います。

ですが、正直描写が今回とても危ないくらいヘタな故、描写面でなく、内容を見ていただけたら嬉しいです。ワガママを、失礼しました。

ではでは……

(もし、こうなったらどうするよ?)
(……)
(……)

最近誤字しか見つからない罠;;
ゴメンナサイ;;

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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