『テルテルボウズ』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:渚                

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雨。すっごい雨。もう二度とやまないんじゃないかと思うぐらい、激しい雨。なんかやだ、気分沈んじゃう。
「ねぇ、コウちゃん。テルテルボウズ、効かなかったね」
「ん〜、そうだな。七瀬が不細工な顔書くからだよ」
「ひっどーい!!」
あたしは頬を膨らませる。コウちゃんはくすくす笑ってる。手の中に握り締めたテルテルボウズの顔をそっと見る。黒いマジックで書かれた顔があたしに微笑みかけていた。けっこーかわいいじゃない。あたしはテルテルボウズの頭につけた輪ゴムをカーテンのホックにひっかけた。
コウちゃんはごろんと横になってアンパンなんかかじってる。コウちゃんの大好物だから、いつもたくさん買ってあるんだ。コウちゃんがいつでも食べられるように。
「七瀬」
ん〜?といって振り返る。コウちゃんはまだ口をもごもごさせながら、テレビを指差す。見てるわけじゃないけど、なんとなくかけてた。本日の降水確率90パーセント。
「…絶望的ぃ…」
「はは、だな。こいつ、役立たずだなぁ」
コウちゃんは指でピンとテルテルボウズをはじく。あたしはあわててテルテルボウズをホックからむしりとった。
「やめてよ!!へそ曲げられたら晴れにしてくれないでしょ!!」
「大丈夫だって」
「だめっ!!あたしのテルちゃん!」
あたしはテルテルボウズを抱きかかえる。コウちゃんは困ったようにため息をつき、あたしの頭にぽんと手を置いた。
「わかったわかった、悪かったよ。もうしないから、そこにかけときな」
「…絶対?」
「ああ、絶対だって。ほれ、貸してみ」
コウちゃんはひょいとあたしからテルテルボウズを取り上げた。テルテルボウズはあっという間にあたしの手が届かないぐらい高いところにいく。あたしは154.3センチ。コウちゃんは176.6センチ。あたしよりも22.4センチも大きい彼。あたしより482日も年上の彼。
「そういえば、七瀬。さっきてるちゃんって言ってたけど、こいつ女?」
「ん?多分そう」
「じゃあ、あーした天気になーあれっと」
コウちゃんはあたしがマジックで書いたテルテルボウズの顔にそっと口付けした。
「あーーーーっ!!!!!」
思わず絶叫したあたしにコウちゃんはびくっとなって振り返る。
「な、なんだよ?」
「ひどいっ!!あたしにもめったにキスしてくれないくせに、そんなティッシュで作った人形には簡単にキスするの!?」
あたしは頬を膨らまして、コウちゃんの胸板を拳でたたいた。コウちゃんは困ったようにあたしの肩をつかんだ。悔しくて涙が出てくる。テルテルボウズなんかに嫉妬してるあたしもあたしだけど、コウちゃんも悪いのだ。あたしにはめったにキスしてくれないくせに。
「そんなにおこるなよ、な?」
「じゃあキスして今すぐに!!」
「いや、それは…」
「できないの!?」
「また今度だ、な?」
コウちゃんはあたしの頭をぽんとたたくと、窓から外を覗き込んだ。その横顔は、どこか遠くを見つめている。
あたしはコウちゃんが大好き。コウちゃんもあたしのこと、とても大切だって言ってくれる。でも、コウちゃんは本当にあたしのことが好きなのか、不安になることがある。今もそう、こんな風にさらっとあたしを受け流す。
あたしなんか要らないんだろうか。それとも、他に自分を受け入れてくれる女でもいるんだろうか。こんなチビでガリの女じゃなくて、もっと背が高くて巨乳で腰なんかキュってくびれてて、真っ赤な唇で笑う素敵な女の人なんだろうか。光平、なんていって真っ赤な爪の手でコウちゃんを優しく抱いてそっと口付けして、そんな風にしてるんだろうか。あたしの妄想はどんどん膨らむ。妄想だとわかっていてもすごく不安になって、思わずコウちゃんに後ろから飛びつく。コウちゃんの肩に顔をうずめる。コウちゃんのにおい、コウちゃんのぬくもり。
「コウちゃん、あのね」
「ん?どした?」
コウちゃんのおなかに回したあたしの腕を、コウちゃんはそっと大きな手の平で包み込んでくれた。あったかい。
「最近、よくコウちゃんがいなくなる夢を見るよ。とっても悲しい夢なの」
そっと目を閉じる。コウちゃんの背中がどんどん遠くなっていって、目覚めると、あたしはいつも泣いている。
「コウちゃん、どこにも行かないよね…?」
怖い。彼を失うのが。彼の愛があたしに向かなくなるのが。好きだよって言ってもらえなくなるのが、すごく怖い。一人でお化け屋敷に入るより、ずっと怖い。
「行かないよ?そんなの、悪い夢だって」
コウちゃんはそう優しくいってくれる。それでもまだ不安で、小さい声でコウちゃんに尋ねてみる。
「ねぇ、コウちゃん。コウちゃんの彼女は、あたし一人だよね…?」
「へ?」
コウちゃんは怪訝そうな声を出す。あたしは不覚にも涙ぐんちゃった。鼻をすすりながらもう一度たずねる。
「他に女の人なんか、いないよね?」
コウちゃんから返事が来ない。怖い。「ごめん、実は…」なんていわれたらどうしよう。と、コウちゃんがふっと笑った。
「いないよ、そんな人。彼女はお前だけだって」
「ほんとに…?」
「ほんと」
「絶対?」
「あーもう、信じろよ」
コウちゃんはあたしの腕を強く引き寄せて、あたしを抱きしめた。コウちゃんの腕の中で、あたしは嗚咽をあげて泣く。あったかくて、いいにおいがする。あたしが大好きな、コウちゃんのにおい。
「なんだよーなくなよぉ」
「ひっ…ひっ…だってぇ…」
「ほら、鼻かめ」
「うん…ズズッ」
「うわ、きたねぇ」
「ひっ、ひどいぃ」
「また泣くぅ。ほら、こっち向け」
コウちゃんはあたしの肩をつかんで自分のほうに向かせる。あたしがコウちゃんの目を見るより前に、コウちゃんの顔がどアップになって、あったかいものが唇に触れた。それが彼の唇だと気づくまでにちょっと時間がかかる。
やがて、コウちゃんは唇を離し、にっこりと笑った。
「これでテルテルボウズと同じだな」
「ひどい、あたしってテルテルボウズと同じなの?」
「またそうやって拗ねる」
窓辺でコウちゃんと向かい合って話す。幸せ。でも、あたしは欲が深いよ。
「コウちゃん」
「ん?」
「コウちゃん」
「なんだよ?」
「こーうちゃーん」
「なんだよ、七瀬?」
七瀬。コウちゃんがあたしの名前を呼んでくれることが、幸せ。彼の声が、あたしをつつみこんでくれる。
「おい、七瀬?なんだ?」
「ううん、なんでもなーい」
あたしはいたずらっぽく言ってから、彼にもたれかかった。彼はまだ不思議そうな顔をしていたが、優しく肩を抱いてくれた。あったかくて、優しくて。お母さんのおなかの中ってこんな感じなのかな?もしそうだったら、あたし、ずっとお母さんのおなかの中にいたかったかも。あ、でもそれじゃコウちゃんと会えないからやだ。前言撤回。
「お、見ろよ、七瀬」
コウちゃんの言葉に、あたしは顔を上げる。窓の向こうで、雲の切れ間からお日様が見えた。幼稚園児がクレヨンで書いたみたいな、おっきな太陽。
「わぁ、テルちゃんが効いたね」
「あっ、虹だ」
「えっ!?どこどこ!?」
「はーい、ここでもんだーい」
コウちゃんは窓の前に立ちふさがって、あたしが外を見れないようにした。
「虹の七色の色は何色でしょー?七色全部言いなさい」
「えーっ!?そんなのわかんないよ、意地悪いわないで見せてよ」
「だぁめ」
「えーと、えーと…」
あたしは必死で虹の色を思い浮かべた。コウちゃんが楽しそうにくっくと笑う。
「えっと、赤青緑黄色、えーっとあとオレンジでしょ、紫でしょ…」
「ハイ、あと一色」
「えーっ、もうまけてよぉ」
「あーっ、もう消えそう」
「えー、やだやだ」
あたしはただあわてまくった。コウちゃんはあははと笑い、やっと窓の前からどいてくれた。
「ほら、サービスだ。もう一色は藍色だよ」
「へーえ。あ、あれ?きれーい」
雲の切れ間から、まるで橋の様に虹がかかっていた。きれい。
「ねぇコウちゃん。虹の根元ってどうなってるんだろうね?」
「さーな。いつか行ってみたいな」
「二人で行こう、ねっ?」
「はは、そのうちな」
幸せだな、あたし。この幸せが、一生続けばいいな。
「ねぇ、コウちゃん」
「ん?」
「あたしたち、結婚しようね」
「はぁ〜!?」
「あ、何よ、いやなのっ!?」
「いや、そうじゃないけどさ、あんまり急だから…」
「あたし、コウちゃん以外と結婚しないよ。結婚したら、毎日アンパン買っとくからねっ」
幸せなあたしたちを、テルテルボウズはただ笑ってみていた。

2004/09/02(Thu)20:27:27 公開 /
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■作者からのメッセージ
こんばんわ。ようやく宿題が終わった渚です(死
今日雨が降っていたので、ふとこれを思いつきました。しっとりとした純愛が書きたかったんですが・・・まだまだ未熟です;

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