『Lunatic Boys 〜月少年〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:青空                

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何処か、いつかもわからない頃。
その頃は月にも命溢れていた頃。
月が破滅の道を辿っていた頃。
月では反乱が起きていた。
「ビュルク」の民が反乱を起こし、「ヘルクレス」を攻撃した。
幸いにも「プラナ」、及び「メースン」の軍隊がかけつけ、「ヘルクレス」は侵略を免れた。
首都「ニコライ」では軍会議が開かれた。
よって、全世界は「ビュルク」へと兵を送りだし、「ビュルク」の侵略、制圧、及び破壊を試みた。
この時の15代目将軍、玉鏡の演説は有名




月全土に住まう民よ。
この度は「プラナ」、「メースン」の助けを借り、見事「ビュルク」の「ヘルクレス」侵略を防ぐ事ができ、我は多いに安堵しておる。
しかしながら、まだ「ビュルク」の企みをすべて潰したわけではなく、安心してはいられない状況に我々は在る。
(中略)
油断できぬ状況である事を肝に命じておいて欲しい。
我が軍は、今後も「ビュルク」へと兵を送り、制圧を試みている―――

(ニコライ歴史書「戦争においての資料」286ページ 75章 「ビュルクの制圧について」)




第一話:楽






「あーあ、つまんねえ」
瞬間、その歴史書は中空を舞い、あっけなく床に音をたてて落ちた。
少年はつまらなさそうに鼻を鳴らし、寝転んだ体勢で床に転がった歴史書を足で蹴った。

ここは市が運営する図書館だ。
いつからここにあるのかは分からないが、最低でも100年前に作られたのは確かだった。
建設当事は清楚に輝く白めの大理石も、今となってはすっかり削れ、清楚というか雑然というかどう表現すればいいのかが分からない。
本も相当昔のシロモノで、字が雨か何かで滲んですっかり読めなくなってしまったものや、どうやら古文書のようで字は読めないし絵が不気味だったりしているなど、結構見ていて面白い。

少年が読んでいたのは10年前ほどに出版された歴史書だった。
少年は多少歴史に興味があったのだが、数百ページに及ぶ歴史書を見ていればいくらなんでも放り投げたくなるのは分かる。

と、その時ぱたぱたという足音が聞こえ、少年の体がこわばった。

「こらー! シン! また本投げてたでしょ!」
聞きなれた声が向かってくる。
「げ! ナナ!」
ナナと呼ばれた少女は銀色に光る髪を左右に動かせながら走ってくる。
ナナという少女の髪は綺麗な銀色で、肩よりもう少し長い髪は2つに括られていた。
シンと呼ばれた少年は後ろで1つに括られた銀の髪を揺らしながら大急ぎで体勢を立て直し、近くにあった窓に足をかけていた。
しかしナナの方が圧倒的に足が速く、シンが窓から身を躍らせる前に床にあった歴史書を掴み、シンにめがけて投げていた。
「いでっ!」
頭に分厚い歴史書(ちなみに総ページ数563)を食らい、シンは窓から転げ落ちていた。
ばふっ、と下草が揺れ、まだ青い草の匂いが鼻を付いた。
窓枠に足が引っ掛かったままという、なんとも奇妙な格好で、シンは窓からぶら下っていた。
手を草原について足をはずし、シンは下草にやっとのことで着地した。
しばらくして、ナナが窓から顔を出した。
「ナナ! てめえ……なんてことしやがる!」
「本を大切にしないのが悪いんでしょ!?」
「てめえだって俺に向かって本投げただろうが! てめえだって本を大切にしやがれ!」
シンは窓枠に飛びのる。ひび割れたレンガが足の裏で小さく砕けた。
「てめえが人のこと言える立場か!」
「シンよりましだからいいの!」
「んだとてめえ!」
ナナに向かって飛びかかったが、ナナは先ほどの歴史書を手に持っており、無抵抗な顔面に向かっていきおいよく押しつけた。
次こそは完璧に窓から落ちた。背面草原飛びこみ。
「い………でえぇえ!」
「やっぱりシンは面白いねっ!」
窓枠から身を乗り出し、ナナは笑い出した。
「て……め、頭と顔に本当てられる身にもなれや……」

「やーだ! あたし女の子だもん」

べ、と舌を出すナナに、シンは何も言えなくなる。
それはナナに対する好意のためだった。もうこうなってしまってはナナには勝てない。
「……たく、次からはやめろよ。バーカ」
シンは起きあがって頭をかく。
「ん、分かってる。…今日は図書館の清掃日でしょ? 頑張ってしなきゃ」
シンは窓枠に飛びのる。
「……お前も手伝うんだろうな」
「もちろんだってば。ね、早くしようよ!」
ナナはシンの腕を引っ張る。シンは床に足をついた。
そして、ナナに促されながらも、白い清楚な図書館の廊下を、走り出した。





まだここは平和だった。
ここは首都「ニコライ」の側の国、「レイタ」。
「レイタ谷」が西に位置し、北には「メティウス」がそびえていた。
「ビュルク」の軍隊はだんだんせまってきているはずだった。
たしかもう「サバイン」を通り過ぎたと新聞が一面を飾っていた。
幸いにも侵略はされていないので、新聞を見るたびにほっと息をつく。
多分「ビュルク」の軍隊は「ニコラス」だけを攻撃するという予測が新聞の片隅に書いてあった。
『ほかに無駄な犠牲は出さない』のが「ビュルク」の宗教の方針らしい。
無駄な犠牲を出さず、中心核を潰すのが「ビュルク」。
ここには戦火は広がらないと、思ってる。

「おーい! シン、ナナ!」
「何やってんのー!」

遠くから声が聞こえた。
見れば親しい友達が二人、岡の上から手を振っていた。
「あれ、アピスとトートじゃない?」
「アピスー! トート!」
アピスとトートはすぐに岡の上から走ってこちらにきた。毎度思うのだがの脚力は常人を遥かに凌いでいる。
さすが地元レイタから全国大会(首都ニコライで開かれる月最大の大会)に出場した最強の選手だ。ちなみに言えばアピスは走り幅跳び、トートは走り高跳びが得意だ。

「アピスったら、また谷を飛び越えようとしてたんだよ」
トートが口に手を当てて笑いながら言う。

谷というのは近くにあるレイタ谷のことで、けっこうな深さと幅で他の国の旅人をビックリさせる。
ちなみにレイタ谷の一番深い場所には共同墓地があり、そこによく2人は遊びに行っているようだった。

笑うたびにトートの薄い水色の髪が小刻みに揺れる。
「…ったく…トート、余計なことを言うなよっ」
アピスがトートの頭を軽く小突いた。アピスの金髪が日の光が当たって美しく光った。
「飛び越えられるわけないじゃないの。落ちて死んじゃうよ?」
ナナが諭すように言う。
「ふん! いつか飛び越えてやるんだ! 俺だったらできる!」
アピスは腰に手を当てて顔を背ける。
ナナが笑った。そしてトートもシンも、最終的にはアピスも、笑い出した。
広い草原の中で、4人はいつものように、笑っていた。





「………そうなんだよ。…ん、だけど……。そうだな…、だけどな、俺、あいつにどう言えばいいか―――…。…あ!? はっきり言えってか!? あいつが俺のことそんな風に思ってるわけねえだろ!!」
シンは家中に響き渡るような怒声をあげた。ただでさえボロッちい梁はシンが叫んだりするたびに埃を落とした。

シンの家は街の片隅にあった。木とわらで作られた簡単な家は、すでに崩壊寸前だった。それは電話をするたびに柱を蹴ったりじだんだを踏んだりするシンのせいだった。

『…知らないよぉ! そんなあたしに怒鳴ってもさあ…。知らないもん。そういう気持ちははっきり伝えた方がいいよ? あたしだったらね』
電話口の相手はトートだった。麻で作られた電話の握りは少し汗で湿っていた。
「…じゃあよ。はっきり言うとするぜ? それで「いや」とか言われたらどうなんだよ」
少し間をおいて、トートが言った。
『それはしょうがないと思うよ。ナナの気持ちは誰も知らないもの。―――あ、シンってさ、心の中読めるんじゃなかったっけ? それ使って除いてみたら?』
「……だから。それじゃ意味がないんだよなー。……ちっくしょ! なんでいつもうまくいかねえんだ!」
『だからあたしに文句言われても〜!』
トートが困ったように言う。
「…じゃあ、お前はどうなんだよ」
『え?』
「お前はアピスに、なんて言ってほしいんだよ?」
『なんでそこにアピスが出てくるの!!』
思わず受話器から耳を離した。耳がキンキンする。
「…え、お前アピスのことスキなんじゃねえの?」
『スキって…スキって……え? 知ってるの!?』
半分裏返った声でトートは返事をする。
「…見てたら分かるって。おまえのアピスに対する態度がなあ…」
『じゃあアピスは知ってるの!?』
「知らねえ…って。アピスに聞いといてやろうか?」
イタズラっぽくシンはトートに問う。
『…わかった。かわりにナナにも聞いといて…でしょ?』
「そゆこと。お前は物分りがいいな」
『知らないもんっ!! もうバイバイ!』
「バイバイ」
プツッ、と電話が切れた。シンは受話器を置く。
はあ……、とシンは息を吐く。
どうすればいいのか、シンには全くわからなかった。
シンが畏れているのは、想いを伝えてナナとの関係が崩れてしまうことだった。
ナナとはずっと一緒だった。生まれた時から、ずっと。片時も側にいて離れたことがない。
気が付いたらスキだった。いつも目で追ってしまっていた。
いつも一緒にいることが、当たり前になっていた。
だからこそ今の関係を望んでいるのだろうか。想いを伝えて関係が崩れ、今までのように笑って過ごすことをできなくなるのが、一番怖いことだった。
今まで通りの方がいいのだろうか……シンには分からなかった。
「ちくしょう…………」
シンはまた、溜め息をついた。





翌日は晴れていた。
空は突き抜けそうなほど青く、雲はなかった。
「……あー」
シンは小さくうめいた。
ナナの事を考えていたら眠れなくなってしまったのである。
少し赤くなっている目を擦りながら、シンは家中を歩き回る。
そしてフライパンを火にかけようとして―――
……と、その時。

「シン―――――!」

悩みの種の声が聞こえて、思わずシンは飛びあがる。
「………!?」
窓から顔を出す。と、下にはその悩みの種、ナナがいた。
「おっはよー!」
いつものような元気な声だ。
「………よぉ」
それとは対照的な暗い呻き声。
「…元気ないね。どうしたの?」
「いや……、眠いだけ。今何時?」
ナナは回りを見渡して―――公園の時計をしばし見つめてまたシンの方に向き直った。
「9時だよ」
「あー…、マジ?」
シンは頭をかく。そこまで寝てしまったとは気付きもしなかった。

「ねえ、今日どこか遊びに行こうよ!」

「………は?」
思いもよらぬ言葉に、シンは一瞬顔を赤くする。
遊びに行くなんて、久しぶりのことだ。どうしよう、と心の中でシンは絶叫する。
「トートとか、アピス誘ってさ! それでもいいでしょ?」
2階と1階での会話なので、どうしてもナナは上目遣いになってしまう。
ということなので、シンはそのナナの上目遣いを見なければいけないわけで。
「いいけど……」
「やったぁ!」
ナナは飛びあがって喜んでいた。
「あたしね、皆で遊びにいってみたかったんだ。だってこの頃皆と遊びに行くことなんて、ないじゃない?」
「…だって俺達もう14歳だぜ?」
「14歳でも子供じゃない? それにあたしとトートは遅生まれだから13歳だよ?」
「…………」
これ以上は何もいえない。上目遣いはシンにとって相当キツイ。
「分かったから、そこで待ってろ。今からいく」
うん、とナナが頷いた。
窓から顔を引っ込めた途端、シンを脱力の波が襲った。
「あ―――――」
シンは頭をかく。
―――あんな上目遣いで見上げられちゃあな…。
赤くなる顔を隠すようにシンは蹲る。
とにかく大急ぎでシンは服を着替えて歯磨きして顔を洗って、1階に下りていった。
「久しぶりだよね、皆で遊ぶの」
「そうだな」
「何する?」
「…谷でも行くか?」
「そうする?」
ナナは目を輝かせた。本当にうれしそうだ。
「じゃあお弁当作んなきゃね! シン手伝ってくれる?」
また上目遣いでナナはシンを見つめる。
……次も断れなくなった。



その頃………


「隊長。ここは……」
「ここは谷だ」
「……谷ですか」
「そうだ」

黒い戦闘服に身を包んだ女が問う。
しかしその女は12、3に見え、女というより少女に見えた。
少女の問いに同じような戦闘服の男が答えた。しかし男の戦闘服には階級を示すかのようにマントが付いており、それが歩くたびにゆらゆらと揺れる。
男の顔は兜で隠れており見えない。
少女は手に地図を広げており、その地図の中の土地には大きな×が描かれていた。
「隊長…、なぜここを攻撃なさるのですか」
「必要なことだからだ」
はあ、と少女は軽い返事をした。
必要なこと? 何なのだそれは、と女は心の中で問うた。
この頃隊長はおかしい、と少女は思っていた。会議中の発言も支離滅裂で、全く根拠もないことで無関係な国を破壊するというのも気になっていた。
『無関係な国こそ、関係が深いのだ』
この言葉が、いつまでも少女の中に引っ掛かって取れない。
しかも将軍や准将が、その発言に対して何の疑問も感じていないのもおかしい。そしてこの国を侵略、破壊を承諾したのは言うまでもなくおかしい。
「………では、どこから侵略を……?」
「もちろん城壁を崩す」
「…はあ」
「そしてこの国の城主の首を討つ。無関係な民衆は皆殺しだ」
「そんな……!!」
少女は叫んだ。ぐしゃ、と手の中で地図が潰れる。
男は少女のほうを向き、兜から唯一見える目で女を見据えた。
「何か問題があるのか」
男の声がだんだん無機質に聞こえてきたように、少女は感じた。それは感情のこもっていない、いや感情を持ち合わせていない、機械のような声だった。
「……私は…皆殺しという計画に…疑問を覚えますが……」
少女はやっとのことで声を絞り出し、それだけを言った。
「なぜだ?」
しかし男は冷徹な態度で、少女の発言を一蹴した。
「皆殺しに躊躇があるのか?」
「……いえ」
「今まで散々お前は人を殺してきた。子供も殺しただろう? 幼くまだ罪も何も無い子供を、お前は平然を切り捨てた。泣き叫ぶ子供を、剣で抉ったな?」
まざまざと昔の記憶を穿り返され、少女は拳を握り締めた。
心に封じておいた記憶が溢れてくる。
忌々しい。
「……はい」
女は覇気のない声で呟く。
「しかし何故今更、躊躇が起きるのだろうな」
「…………」
男の一言一言はまるで蛇の生殺しだ。
しばらく沈黙が降りた。
「躊躇は、無いな? セレネー?」
「……はい」
セレネーと呼ばれた少女は、固く握り締めた拳をゆっくりと解いた。
「隊長の言葉を聞いたな」
セレネーは顔を上げ、覇気を込めた声で言った。
「これより我が軍は、侵略を始める。問答無用だ。女子供みな切り捨て、この国の城主の首を討つ。泣き叫ぼうが命乞いしようが、関係の無いことだ。殺せ」
無機質で冷徹な声を出そうと、セレネーは努めていた。
心を読まれまいと、必死にセレネーは耐えていた。
―――ごめんね、ごめんね。あたしは違うの。本当は、違うの…。
泣きそうになるのを必死に堪えながら、ただセレネーは謝っていた。
……セレネーが、もう少し夜目が良ければ、気がついたであろう。
兵士の誰も、セレネーを見ていなかった。
いや、見るべき目が、なかったのだ。
ただひとつ、セレネー以外に目を持つ者がいた。
それは冷徹な、隊長であった。
しかし隊長の、兜の闇に埋もれた目は、白く曇っていた。
そして目のまわりにある皮膚はどす黒く変色し、ある部分はすでに腐敗していた。
それをセレネーは気付かずに、ただ死体の兵士たちに、語りかけていた。
セレネーの手の中の地図が、風になびき、はためいた。
大きく×のつく土地が、目に付いた。
月面地図の左上の土地に、大きな×。




“レイタ”

2004/09/06(Mon)19:35:18 公開 / 青空
■この作品の著作権は青空さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
なんだか久しぶりの投稿です。
中学2年生ではやっぱり限界がありますね(汗
でも頑張りますのでよろしくお願いします☆

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