『カンガルゥー』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:シヅ岡 なな                

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チィちゃんは、小柄だけど、女のわりには筋肉質な身体で、ロケットみたいに前に突き出たでっかいおっぱいをもってて、もともと色が黒いのに、この夏は海の家でバイトしてたとかで、ますますこんがりと黒くなった。
出っ歯じゃないけど、ちょっとだけ長い2本の前歯と、ちょっとだけつり上がったでっかい目が、なんだかリスみたいで、俺はチィちゃんを可愛いな、と思った。

俺とチィちゃんが出会ったのは中学の時で、その時から俺はずっとチィちゃんのことがなんだかんだ言っても大好きで、チィちゃんも俺のことを、けっこう大好きでいてくれて、だから俺とチィちゃんは恋人同士で、もう今はチィちゃんも俺も18になったけど、まだずっと恋人同士で、きっとこれからも、ずっと恋人同士。





チィちゃんの夢は看護婦さんになることらしい。
高校を卒業したら、看護婦さんになるための専門学校に行くらしい。
チィちゃんは高校も行ってるし、バイト2つもかけもちしてるし、いつも忙しい。
だから俺はあんまりチィちゃんと会うことができない。
男は寂しさに強くなくっちゃ、ダメよ、と、チィちゃんは言うので、俺は寂しくても寂しいなんて言わない。

俺は、高校は、ちょっとだけ行ったけど、全然面白くなかったから、もうずっと前に行かないことにした。
翔ちゃんの学ラン姿、男前だったのになー、と、チィちゃんに言われたので、もうちょっと行っとけばよかったかな、と思う。

もうすぐチィちゃんの誕生日だ。
「何欲しい?何でも買ってやる」
「ちー子はなんにもいーらなーいよー」
「服は?」
「制服あるもん」
「かばん」
「紙袋で事足りる」
「ペアリング買おうか?2人でおそろいのやつつけよう」
電話で話してるから、顔見えないけど、チィちゃんが笑ったのが俺にはわかった。
「うん」

金が無い。稼がないといけない。さぁどうやって稼ごうか。
ふらふらそんなこと考えながらバイクで夜道走ってたら、初心者マークつけて、やったらとろとろ前走ってる車を見て、俺ひらめいた。



ちょっと当たって吹っ飛ぶぐらい、なんもこわかねぇなぁ。
ほんのちょっと、いてぇだけだ。

すりむいたとこは、未来の看護婦のチィちゃんに、手当てしてもらおう。

俺、これ、本職にしようかな。
泣きながら何度も頭下げるおっさん見ながら俺そう思った。




チィちゃんは、久々のデートに、Tシャツ短パンビーチサンダルでやって来た。
前髪を頭のてっぺんで結んで、ちっちゃい噴水みたいだ。うなずいたり、首をふったりするたびに、ぴょんぴょんと、動く。
「可愛いヘアースタイルですね」
「ありがちょん」
にぱっと笑って俺の手を引いて、俺よりちょっとだけ前を歩く。
ぴょん。ぴょん。ぴょん。

今日は平日の真昼間で、人もあんまり歩いてなくて、百貨店もガラガラだ。
「ゴールドはやだ。シルバーもやだ。ちー子ピンクゴールドがいい」
「えっと、ピンクゴールドの、男性用はございませんので、ペアになさるんでした ら、男性は同じデザインのシルバーかゴールドになりますけど、よろしいでしょ
 うかぁ?」


帰りにケーキ買って、スキップしながらチィちゃんの家に行った。
「えーそんなん無理だってぇ」
「なんで?無理じゃない」
「あーもーほらー、せっかくのデコレーションがめちゃくちゃじゃんかぁ」
俺は何が何でもケーキの上に18本、ろうそくを立てたかった。
だから、立てた。
「これ火つけたらさ、ろうが垂れてケーキについちゃうよー絶対」
「ライターライター、チィちゃん一息で消してね。あと、ちゃんとお願い事もしろ
 よ」
「せっかく可愛いケーキだったのになんかろうそく刺さり過ぎてて変なの」
「チィちゃん、電気消して、電気」
ハッピバースデー、トゥ、ユー、ハッピバースデー、トゥ、ユー。
ハッピバースデー、ディア、チィちゃん。
暗い部屋の中で、オレンジのろうそくがゆらゆら、18本も刺すとけっこう明るくて、正面に座ったチィちゃんがにぱぱぁっと笑うと、チィちゃんの長い前歯が唾液で濡れて光る。
ハッピバースデー、トゥ、ユー。



真っ暗。
チィちゃんは、何をお願いしたんだろう。



誕生日おめでとうチィちゃん。




「翔ちゃん。まだ電気つけないで」
「なんで?」
「翔ちゃん。子供、好き?」
「なんで?」
「好き?」
「チィちゃんの産んだ子供だったら、好き」
「ちー子赤ちゃん産めないの」
「なんで?」
「しきゅう、とっちゃったの」
「しきゅう?」
「赤ちゃん育てるふくろだよ。それないと、赤ちゃん産めないの。下腹あたりに、 女の子には、みんなあるんだよ」
「なんでとっちゃったの?」
「お医者さんなんか色々ゆってたけど、ちー子なんかよくわかんなくて、悪い細胞 が、しきゅうの中に、できちゃいけないところに、できちゃったから」
「ふぅん」
「半年ぐらい前に、とっちゃったの。ごめんね翔ちゃん。黙ってて」
部屋は真っ暗だけど、チィちゃんの目には涙がいっぱいたまってる。
俺は、見えなくてもわかった。

電気をつけた。
チィちゃんはぐしゃぐしゃに泣いてて、しゃっくりあげるたびに、チィちゃんの肩はびくんびくんと大きく上下する。ちっちゃい噴水も、それにつられて上下する。ひいっくひいっくっていう音が、たまらなく苦しそうで、俺はどうしようもなくて、とりあえず目の前のケーキどけて、チィちゃんを俺の胸の中にぐぐっと引き寄せて、チィちゃんの口の奥の奥まで舌を入れた。
チィちゃんがぐふっとむせたから俺は舌を抜いた。
チィちゃんの部屋見渡して、机の上に油性のマジックペンを見つけた。
チィちゃんのはいてた短パンずらして、チィちゃんのパンツもずらした。
「んなにすんの翔ちゃん」
俺はチィちゃんのへその下あたりに、マジックで、ふくろをかいた。
しきゅう、というものが、一体どんな形をしているものなのか、俺は知らないけど。
「なにこれ」
「ふくろ」
「えぇ?」
「泣かないでチィちゃん。ふくろ、とっちまったんなら俺が書いてやるよ」

チィちゃんはえっふ、えっふとまた泣き出した。
「しきゅうはねぇ、こんなドラえもんのポケットみたいな形じゃないのぉ」
すっぴんでえっふえっふと泣くチィちゃん、涙も鼻水もいっしょになってチィちゃんの顔を濡らす。蛍光灯の光は泣き濡れたチィちゃんの顔を光らせる。
俺はチィちゃんの顔を舐める。
べろべろ舐める。
「翔ちゃん動物みたい」

なぁチィちゃん、俺この前NHKのテレビで見たんだけどさ、カンガルーの子供はさ、ふくろの中で育たないとダメっぽいんだけどさ、俺とチィちゃんの子供は、生まれるとしたら人間じゃん。だからべつにふくろなんていらねぇよ。
子供なんかさ、いてもいなくても別にどっちだっていいや。チィちゃん産んだ子供はきっと可愛いけど、この世で一番可愛いのはチィちゃんだから。俺そう言ったら、チィちゃん泣きながら笑った。

俺はチィちゃんの顔べろべろするのをやめて、チィちゃんのでっかいおっぱいに顔をうずめた。
「一応、油性マジックで書いたけど、風呂入ってごしごしこすったら消えちゃうだ ろうから、そしたら俺に言ってね。また書いてやる」






ケーキの上の方にはいっぱいろうがついてて食えなくて、だからケーキの真中と底のほうだけ食べた。
翔ちゃんは色々バカなところがあるから、やっぱり高校に行きなさい、ってチィちゃんが言うから、俺はちょっとだけ、行こうかな、と思う。

















2004/08/22(Sun)23:13:07 公開 / シヅ岡 なな
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題名つけるのに悩んじゃった。

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