『いのち』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:楓 水月                

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お郷の山は青々と茂り、涼しさを感じさせる。
流れる小川の音は、夏を感じさせてくれた。
一年ぶりのお郷の風景は、以前とちっとも変わらない。
私を心から癒してくれる。

「渚、おかえりっ!!」
「麗ちゃん!!」

水河 麗。同い年の17歳。今年高校2年生になった私達。
私の名前は小波 渚。海のように優しく、強くなれっていう、父さんの願いが込められてるって、婆ちゃんが言ってた。

「どう?東京の高校は」
「え、うん…楽しいよ…!!」

それは嘘。東京の子はみんな、私を田舎者と馬鹿にする。
実力があったからあの高校に入れたの。文句言われる筋合いはないのに。

「そっかぁ。よかった」

麗はちっとも変わっていない。中学の頃からずっと。んんん。正確に言えば、小さな頃からずっと……。

「渚、大人っぽくなったね」
「そう?」

お化粧をするようになった。髪も気にするようになった。勿論、服装だって。

「麗は変わんないね」
「あたしって、子供っぽいからねぇ」

そんなんじゃない。気持ちが変わらないってこと。
優しくて、あったかくて。私の大好きな麗ちゃん。

「薫は……変わったね」

薫。持田 薫は、幼馴染の一人。
秋、雅樹、麗、薫、私の五人。すっごく仲がよかった。

「薫、妊娠してるんだよ。東京の男とできた子で、産むんだって」
「ホント…!??」

信じられなかった。
薫は、秋と仲がよかった。友達とかそういうのじゃなくて、恋人同士として。互いに愛し合っていた。
将来結婚するって言ってたぐらいだったのに。

その秋は、半年前に事故で死んだ。

私はここには帰ってこれなかったけど、薫は帰って来た。
泣いていたらしい。ずっと、ずっと。
秋を忘れられなかったから?寂しかったから?
だから他の人と子供を作ってしまったの?

「ぎさ…?なぎさっ??」
「あ、何?」

麗ちゃんが心配そうに私の顔を覗きこんだ。

「信じられないのは無理ないよ。あたしだって信じられないもん」

秋のこと、嫌いになったわけじゃないよね?
秋のこと、まだ好きだよね?

「それにさ、なんか……様子がおかしいのよ」
「薫の?」

麗は頷く。

「子供ができたってのに、嬉しそうじゃないし、ご飯もロクに食べないし」
「…へぇ」

子供ができたのに嬉しくないなんて、変なの。
私だったら大喜びだろうなぁ。
そんなこと考えてるうちに、薫の家に着いた。

「薫〜?」

…返事はない。
その代わり、静かに一人の男が出てきた。

「麗、静かにしてくれよ。薫今寝たんだよ……」
「あら、それじゃ失礼しようかな?せっかく渚連れてきたのに」
「渚っ!?それを早く言えよ!!」

どたどたと大きな足音を立て、男が玄関から出てきた。
その人は……

「渚っ!!!久しぶりだなっ、逢いたかったっ」
「ま、雅樹っ…!!」

一年前からかなり身長の伸びた、幼馴染、そして恋人の雅樹だった。
真っ黒な柔らかい、クセのある髪に、細身だけど、ガッシリした体。
雅樹に変わりなかった。

「ねぇ雅樹。薫……」
「ん?ああ。なんかな、おなかの子供、東京のダンナのじゃないんだと」
「はぁっ!!??」

薫は、雅樹に全てを話したのだ。
おなかの子供は、七ヶ月前に出来た子だと。
相手は秋なのだと。
そして、そのことが旦那にばれたのだと。

「そんなの嘘でしょ?」
「いや、泣きながら話してた。恐らく本当だろう」

親指の爪を噛み、雅樹。
その癖は治ってないのね。

「薫……やっぱり秋のこと好きなんだ」

誰にも聞こえないぐらいの声で、ポツリと呟いた。




第二話

 流れていく時を数えるように、砂時計が落ちていく。
静かに寝息を立てる薫の頬には、涙の跡が残っていた。

「ずっと泣いてた。秋のこともだろうけど、自分がした過ちに」

薫の頬をなで、雅樹が寂しそうな顔を見せる。
変わってしまった。薫は変わってしまった。
昔はもっと地味で、大人しかった薫なのに、今は違う。
金色の髪に、派手な服装。顔も少し変わってしまったように見える。
昔の薫はもういない。

「薫、変わっちゃったね」
「ああ、もう…昔のような薫はいないんだな」

雅樹もそう思っていたみたい。
だけど……

「何言ってるの? 薫は薫じゃない。薫自身が変わることはないよ? 私達の幼馴染には違いないよ?」

麗が苦笑いして言った。
そう。確かにそうだよね。薫は薫。
外見が変わってしまっても、薫は薫に違いないんだよね。

「薫、オツカレサマ。よく頑張ったねぇ」

麗が優しく微笑み、薫の頭を撫でた。
その時、薫の閉じられた瞳から、一筋の涙が……。

「薫、本当に辛かったんだね」

私も優しく微笑み、彼女の頬を撫でた。

「渚……? 麗……??」
「薫…」

薫が目を開けた。
澄んだ瞳は、昔から変わっていない。やっぱり私達の薫なんだ。

「みんなっ…ごめんねっ、ごめんねっ」

ぽろぽろ涙を零し、必死に謝る。
私は、何を謝られているのかよく分からなかった。だけど頷いてみせた。
薫を安心させたいから? それとも、心のどこかで、薫が謝っている意味を知っていたからかな?
何度も、何度も頷いた。
何ヶ月も悩んでいたんだね。
いつもいつも、悩んでいたんだね。

「ほら、外の小川の音、聞こえるでしょ? 薫は戻ってきたんだよ、お郷に」
「そうだよ、一緒に帰って来たんだよ!! 笑おうよ?」

麗ちゃんと私の言葉に、嬉しそうに笑う。
泣きながら、微笑む。
6月の蝉時雨。早い時期の蝉時雨。
それが……このお郷の象徴。

「帰って……きたんだよ」

私は微笑んでいた。

時を刻む白い砂時計は、時を刻み終わっていた。
このまま、笑顔が続きますように……と。


第三話

突然雨が降ってきた。
蝉時雨は雨音にかき消され、雨の音のみが響く。
涼しいお郷は肌寒くなり、少しの震えが襲う。

「なぁ、腹減ったよな。何か食わねぇ?」

雅樹が天井を仰ぎ、ため息をつく。

「そうそう!! 二ヶ月前にね、喫茶店ができたんだよ!! そこに行かない?」

麗が楽しそうに騒ぐ。
この村には、喫茶店なんかなかった。それどころか、自販機すらあまりお目にかからない。そうとうな田舎。
そういえば手紙に書いてあったなぁ。
『喫茶店ができたんだよ!! 今度帰って来たとき、一緒に行こう!』
って。私も楽しみにしてたし。……でも……

「でもさ、薫はどうするの? 一人になんてしてられないでしょ?」

あれからまた寝てしまった薫。
そうとう疲れていたんだろう。ずっと悩んでいたんだろう。
きっと、生きることすら疲れていたんじゃないだろうか。

「寝てるしさ、お土産もって帰ってこれば、少しは機嫌よくなるんじゃねぇの?」
「薫って、単純だからさぁ」

二人は笑った。
確かに、この子は単純で優しくて、明るい子。
どんな困難にも負けない、前向きな子。
だからきっと大丈夫。大丈夫だね。
私もそう思った。

「そうだね。じゃぁ、行こうか」
「やりぃ!!」

私達三人は、盛り上がって薫の家をあとにした。
その時、どうして気付かなかったんだろう?
薫は薫のままってのは間違いないよ。だけど、あの子の性格は変わってしまった。
昔ほど強く、たくましい性格じゃなくなってしまったことに。


「へぇ、結構広いじゃない」
「だろ?? 東京の喫茶店と、いい勝負じゃね?」
「それはないでしょっ」

私達三人は、明るく楽しく笑い合った。
懐かしい。思い出す。あの頃の私達を。
意味もなく笑い、意味もなくふざけ合い……
あの頃が一番幸せだったのかもしれない。

「懐かしいなぁ、なんとなく」

雅樹がふと呟く。

「なんてーかさ、楽しいってよりも、懐かしいって感じじゃね? 俺らにしてはさぁ」

高い天井。天井で回る、大きな扇風機。
初めて来た場所で、初めて見るものでも、このメンバーだと懐かしく感じるのはどうして?
でも、足りない。もう、戻ることはないの。

秋と、純粋だった薫がいた頃には戻る事はできないの。

「とりあえず、何か食うベ」

雅樹がメニューを広げる。
写真のない、文字だけのメニュー表。
薄い和紙に書かれていて。

「あたし、ミートスパゲティー!!」
「あ、それ俺が頼もうとしたのに!! じゃ、俺はビーフカレー!!」

二人は楽しそうに微笑む。
みんな変わるんだよ。人は変わっていく。
どんなに純粋だった人でも、いずれは汚れていく。
いずれは離れていくんだ。

「どうした、渚? 早く決めろよ」
「え、あ……うん。じゃ、私はコーンスープとクロワッサンを……」

私も変わった。昔は大嫌いだったトウモロコシ。たった二年で好物になっていた。そしてパンも。
少しずつ、人は変わっていくのね。大人になるっていうのかな。

「へぇ〜。渚がコーンスープ!!」

雅樹が驚く。麗は微笑み、『変わったね』と、顔で言う。
私も微笑んだ。

「人は、どんどん変わっていくんだよ」

って。二人とも頷いた。分かっていたかのように。

美味しく食事を済ませ、薫にクロワッサンとドリアをお土産に、薫の家へと向かった。

「薫〜」

……返事はない。
寝ているのかな? と思い、部屋に足を踏み入れる。
そこには誰もいなかった。

……イヤな予感。

それはほとんど当るもの―――。

「薫っ……!!」

二人の間を通り抜け、玄関から飛び出した。
イヤな予感が的中してませんように。
もし当っていても、遅くありませんように―――

息を切らして走った。

自殺の名所と呼ばれる、大崖に―――



第四話

「薫、薫っっ」

突き刺さる刃のような雨を受け、ひたすら走った。
もうイヤだ。大切な人を失うのはいやだ!!
母さんは男を作って蒸発した。その後、父さんは過労死した。
大切な幼馴染も、事故でいなくなってしまった。
今度は薫なの? 
神様お願い、コレ以上私から大切な人たちを奪わないで……!!

着いた先は大崖。深い谷の見える場所。
そこに、薫がいた。生気のない顔。今にも堕ちてしまいそうで。

「薫―――!!!」

瞳に輝きが戻り、私を見る。
申し訳なさそうに見つめ続け、泣き出した。

「私、死にたいのっ!! 死なせて……」
「どうしてっ!!??」

薫に駆け寄った。
涙で濡れた頬は、荒れていた。
昔はキレイな肌だったのに。羨ましいほどの白さに艶だったのに。
今は荒れてしまった。
悲しくて仕方がなかった……。

「もう、おなかの子供はおろせないし、産めないのぉっ!!」

薫は私にしがみ付き、嗚咽をする。

「バカだよ、薫はバカだ。どうして死ななきゃなんないの?」

薫はただ泣き続けるだけで。
雨の音が響く。
夏といっても、このお郷の気温は低い。
打つ雨の雫は刃の如く、肌を突き刺す。

「……健二さんの子じゃないから……秋の子だから……」

健二。都会で知り合った薫の彼氏。
来月結婚する予定だったけど、おなかの子供が健二さんの子じゃないって知った途端、彼女を捨て、他の女と付き合い始めた。
彼は良い家柄のお坊ちゃまらしくて、わがままでどうしようもないヤツ。私は最初から気に入らなかったけど。

「どうして? どうして秋の子だと生んじゃダメなの?」
「片親だけって……かわいそうだから」

私はグッと唇を噛み締めた。
私には両親がいない。
それでも不幸とか、かわいそうとか、そう思ったことはない。

「生まれないほうがずっとかわいそうだよ! この子の運命を左右するのは薫なんだよ? 生まなきゃ可哀想だよ……」
「渚なんかにっ……分からないでしょっ!!!」

瞬間、私の右手が薫の左頬をはたいた。
腹が立ったってこともある。だけど……

「私の事も……分からないでしょ!?」

親を失くし、一人で生きてきた私の事も分からないでしょ?

「薫、生んであげて? たった一人の秋の血を受けた子だよ」

薫はハッとした顔で私を見上げる。
少し紅く腫れあったが頬に触れて。

「ごめん、ごめんね渚っ……あたし」
「いいんだよ、分かってくれたんだね。
 お願い、生んで? 秋の子供、薫の子供」

薫は微笑んで頷いた。
明るい、明るい微笑みで。

「辛かったらなんでも言ってよ、何でも……ね?」
「うんっ、うんっ!!」

雨が上がり、日が差し込んできた。
きらきら光る木々の露は宝石のようにキレイだった。

「明日も晴れるといいね」
「うん……!」




2004/08/04(Wed)22:44:48 公開 / 楓 水月
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■作者からのメッセージ
こんにちは、楓です。
これが私の限界かもですuu
いえ、一話一話の長さですよw
もう少し長く書けるように修行しますっ…

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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