『ドラキュリーナの憂鬱』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:月海                

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その手紙は私が吸血鬼になってから一ヶ月、昼と夜が逆転した生活にようやく慣れ始めた頃に届いた。素っ気無い白い封筒に差出人の名は書かれていなかったけれど、今の私の住み家を知っているのは一人だけなので問題は無かった。これは彼の手紙。私を吸血鬼にした詐欺師のものだ。私は夜の散歩練習へ行くのを中止して、これを読むことにした。封を切り手紙を取り出す。私はそこで手を止めた。読み始める前に前に彼のことを思い出す事にしたのだ。



 義母に頼まれたおつかいの帰り道、私は辺り一面の闇景色に怯え泣いていた。日は完全に落ちている。その上私が通っている道はお化けが出ると評判の林道。木々が作る影絵は巨人のように見え、吹き抜ける風は獣の声のように聞こえるのだ。義母は私が極度の暗闇嫌いだということを知っている。知った上で最も暗く恐ろしい場所を通らせているのだ。当然私は断れる立場ではない。私はあの家の厄介者なのだから。もう何度目になるだろう、義母の嫌がらせでこの道を通るのは・・・。でも決して慣れる事は無い。夜の暗闇と私は決して相容れない。いつもと変わらない闇の怖さに私は泣いていた。
「お嬢さんどうして泣いているんだい?」
「!!!?」
背後から掛けられた声。
さっき振り返ったときには何もいなかったのに・・・。
余りにも驚いたので声が出なかった。
「そう怖がらないでくれ、別にお嬢さんに悪さをするつもりは無いんだ」
私は恐る恐る声の主のほうを見た。そいつは笑っていた。
「ほぉ・・・なんとも可愛らしいお嬢さんだ。さっきから見ていたが、見つ められると格別だよ」
そいつの見た目は四十前後の男。黒尽くめの服装をしている。かなり不気味だった。
「怖がりな性格も可愛らしい」
「怖くないわ・・・」
「・・・?」
「あなたは怖くない。私が怯えてるのは夜の闇」
「私をただの臆病者と思わないで、私は夜嫌いなの。昼にでるならお化けだって怖くないんだから!」
そいつの目がひどく私を哀れんでるように見えたので、思わず言い返してしまった。けれど、しばらくして辺りの闇を再確認すると、私はまた泣き出した。驚きと怒りが一瞬だけ暗闇の怖さを忘れさせていたのだ。
「お嬢さんは本当に闇を恐れているらしいな」
「うん・・・物心ついたときからずっと・・・」
私は何故かそいつととしゃべっていた。私は闇の中で初めて誰かと話したのだ。
「だからずっと思ってた。光と闇が等しく在るなら、私は最初から世界の半
分しか好きになれないんだって・・・すごく悲しかった」
私は初めて話す相手に、誰にも話したことのない事を言っていた。
「なるほど・・・だから夜を、闇を好きになるために、こんな所を怯えながら歩いてたのか・・・」
「違うわ、これは義母の嫌がらせ。私物心ついたときから両親がいなくて知り合いの家に預けられてたの。私は厄介者なのよ」
どうしてこんなことを得体の知れない奴に話しているのだろうか。でもそいつと話していると少し夜の闇のことを忘れられたのだ。
「闇を好きになる方法を教えてあげようか?」
そいつは唐突に聞いてきた。
「教えてくれるの・・・?」
「もちろんさ。ただじゃないがね」
「なんでもあげるわ・・・暗闇嫌いが治るなら、私何も要らない」
自分でも馬鹿げてると思った。でもそれは私の本音でもあった。
「そうかい」
そいつは笑い、
「じゃあお嬢さんをもらおう」
そう言った。
「!?」
いきなり抱きつかれた後、首筋に冷たい痛みを感じて、
  ・・
私の人生は終わった。



 私は暗い火葬場の様な場所で目覚めた。あちこちにある棺桶が、その感想を持った理由だ。
(・・・私どうしてこんな所に?)
とりあえず状態を起こしてみる。すると、私が寝ていたのが棺桶だったことに気付く。
「何よ・・・これ」
「お目覚めかねお嬢さん」
聞き覚えのある声がした。
「ようこそ私の住処へ」
声の主この前と同じ格好で、棺桶の一つに座っていた。
「ここはかなり暗い。どうだもう怖くないだろう?暗闇」
言われてみれば今私がいる場所はかなり暗い。以前の私なら悲鳴の一つや二つ・・・、
「あっ、灯りつけてよ灯り!私暗いの苦手なんだから」
以前も何も私は相変わらず暗闇嫌いのままだった。
「・・・・・・」
「あぁ、そういえば暗闇嫌いを治す方法教えてくれるんでしょ」
段々と記憶が戻ってきた私はその男の言葉を思い出したのだ。
「いや・・・、もう教えた。というか、もう打つ手は打った」
「え・・・何も聞いてないわよ。それに何も変わって・・・」
おかしい、何かがおかしい。しばらくして異変に気付いた。この建物の中、かなりの暗さのはずなのに、目の前の黒ずくめの男の輪郭がはっきり見えているのだ。まわりの棺桶に刻まれた名前まで、この暗さだというのにはっきり見える。私の同様に気付いたのか、彼は言った。
「自分の胸に聞いてみろ、すぐに解る]
私は言われたとおりに胸に手を当ててみた。
「!!??」
驚愕に心臓が止まった。否、心臓が止まっていることに驚愕したのだ。
「わ、わたし死んで、るの?」
男は哂いながらグラスを仰いだ。その中身は真っ赤な液体で、
「もしかしてそれ・・・血?」
血のように真っ赤な液体で、
「何を怯えている、私が、否、私達がこれを飲むのは普通ではないか」
その事実に、私は意識を失った。



「吸血鬼になれば嫌でも闇が好きになると思ったんだがなぁ」
当てが外れたといった調子で彼はぼやいた。
「まぁ吸血鬼には吸血鬼のメリットがある。そう拗ねるな」
「ぜんぜん良くないわよ!もう私は日の光を浴びれない。ずっと怖い暗闇の中で生活しなきゃいけないんだからっ!この詐欺師!」
私は泣いていた。でも義母に苛められていた時の様に悲しくはなかった。
このやり取り自体、この住み家に来て何度となく繰り広げられているものだし・・・。確かに暗闇は怖いままで、朝昼は外を歩けなくなったけど、私はこの生活それなりに満足していた。何か今までなかったものが手に入ったような気がしたのだ。朝昼は寝て、起きた夜には彼と一緒に散歩の練習へ行ったり、彼から吸血鬼のマナーを学んだり、そんな日常がしばらく続いた。

「マスターは何で吸血鬼になったんですか?」
ある日、蝋燭をたくさん並べた部屋で私は彼に聞いた。“マスター”という呼び方は、この前吸血鬼の礼儀として教わったものだ。
「私が吸血鬼になった理由?まぁいい、かわいいお前の頼みだ。教えてあげ よう」
外は風が強かった。
「私は変わり者だったんだ。とても変わった人だった。変人とか呼ばれてい たね・・・」
「今でも十分変ですけどね」
「いいや私は今は立派な吸血鬼さ、変なのはお前のほうだ。夜が嫌いな吸血鬼などどこにいる」
「はぁ・・・」
「私の過去に話を戻すぞ。私は物心ついたときから身寄りがなくて、親の代わりをしてくれる人の下を転々としながら生きていた。」
「どこにも長く置かれたことはなく、すぐに邪魔者扱いされた。そのうち私は一人で生きていける年齢になった。住んでいた家をでて一人地下に住むようになった」 
「この頃私は神が嫌いになっていた。幸福な人の住む日のあたる場所も嫌いになっていた。ずっと穴倉に篭り暗闇の中で生活して、闇が好きになっていた」
「人は私のことを変人だと言った。そう私は人としては異常だった」
胸が痛い。
「ごめんなさいマスター。変なこと聞いて・・・」
だから私は話を止めようとした。けれど彼は聞かなかった。
「私は気付いた。こんな私が普通の存在になれるのは、神が嫌いで、日のあたる場所が嫌いで、暗闇が好きな吸血鬼の中だというう事に。そう私は普通になりたかったのさ」
突風が窓を破って、吹き込む風が蝋燭の灯を全て消した。
「!!!」
辺りは完全に闇と化した。けれど私には彼がちゃんと見えていた。彼に抱きついて言う。
「一緒に寝てもいいですか」
甘えた声、台詞。でもこの人なら許してくれる気がしたのだ。
「もちろんさ」



 次の日、夜起きると彼は私の枕元に立っていた。
「マスター・・・?」
彼はいつになく真剣な表情だった。
「残念だが、お前ともしばらくお別れだ。お前には今日からここで暮らしてもらう」
その言葉を聞いて私は部屋の景色がいつもと違うことに気付いた。窓は無いがとても明るい部屋。彼の住処とは正反対だった。
「どうしてそんなに急に。理由がわかりませんよ、マスター!」
「今はは何も言えない。いずれ解るときがくる」
「私を騙した責任とってくださいよ。このまま別れるなんて嫌です」
私は泣いていた。ようやく手に入りかけた一番欲しかったもの消えてしまう気がしたからだ。
「騙したか・・・、でもお前は吸血鬼になっていいことが無かったのか?」
「そんなこと・・・ない」
彼は笑って、
「この住処なら暗闇に怯えることは無いだろ・・・。一人でも大丈夫だ」
そう言った。
「もう私は要らないんですか・・・」
私は聞いた。怖くて彼の顔は見れなかった。
「いや、お前は今でも私の大切な・・・」
声は途中で聞き取れなくなった。顔を上げると彼の姿はもう無かった。
「・・・・・・・」
「嘘つき!詐欺師!!」
私は力一杯叫んだ。


 その後の日々は、起きて夜の散歩の練習だけをしていた。彼に馬鹿にされないようにと。・・・それでも闇は怖いままだった。



 ふぅ、とため息をつく。短い間だったけど彼との生活は楽しかった。だから正直子の手紙を読むのは怖い。夜の暗闇よりも・・・。わざわざ手紙をよこす理由が一つしか思い浮かばなかったからだ。


 この手紙は私がこの世を去った後にお前が知覚できるようになっている。
お前と別れたあの日のうちに、これはお前の住処のポストに置いた。もし返事をよこすのが遅いと思ったのなら、私がそれだけ長生きしたのだと思ってくれ。私は身寄りが無かった・・・という話は前したと思うが、前に話したのは吸血鬼になった二次的理由に過ぎない。私はね・・・家族が欲しかったのだよ。吸血鬼なら血縁関係を作り出すことができると考えたのだ。お前とすごした一週間は私が求めていたものだった。私は・・・背いた神に、その使途に消される。だが私の娘であるお前はどうか、同じ末路を歩まないで欲しい。この家にいる限り教会の人間には見つからないはずだから、どうか生き延びてくれ。
さようならわが娘


 ふぅ、とため息をつく。めちゃくちゃな文章だった。きっと彼は始めて人にものを書いたのだろう。でも彼が求めていた本当のものが私と同じだということは分かった。
「こんなことなら躊躇わずに“おとうさん”って呼べばよかった」
私は泣いていた。
「吸血鬼になって良かったことなんて、あなたといたことだけなんだからこれで詐欺師決定。絶対お父さんなんて言ってやらないんだから・・・」
一人泣きながら愚痴をこぼす。でもこんなの本音なわけが無い。もう届かないから声に出さないだけ。
さようなら、私のたった一人の・・・おとうさん。


                   fin

2004/07/11(Sun)06:24:54 公開 / 月海
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■作者からのメッセージ
棺桶の中(私は極度の閉所恐怖症)が好きになれるのだったら、私は吸血鬼になってもいいかなと思います。

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