『そして。』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:夢幻花 彩                

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笑う事さえできないでいた
ぎこちない 今日もまた 沈むほどに涙の潮
躊躇いは惑うたび大気となって私の中に

新たな風となりていざないたまえ

信ずる事すら出来ない今も 星のとばりに泣いた夜も
君あらば 輝けるように

振り返ることなく駆け抜けていける
勇気に 生まれ変われるように

なべての愛も真の愛も
君あらば 君あらば


忘れんとせざる思い出の日々
水面に揺れたあの日の瞬光
幻の花に見を焼かれては君を求むる

無に戻らざる夢も見ず
うつしよの苦よ 身体を包み

君の姿を夢見て死ぬる

躊躇いの花を胸に抱きし
時流に逆らい君を求むる

信ずる事も 涙に濡れた夜さえも

君あらば 輝けるように


  ◆       ◆        ◆


1 涙の潮


「なんかさ、インパクトに欠けるんですよね」
 私は相手の顔をおそるおそる見た。どうしても媚びるような上目使いになってしまう。
「うーん・・・・・・いや、そういう意味じゃありませんよ、判りますよ、確かに先生はこういう古臭い言葉・・・・・・もとい、昔使われていた日本語の形を使って綺麗な詩をお書きになるのが好きでしたよね。しかしねぇ、先生のファンはほとんどがこの間みたいな過激でワイルドに愛を謳った物に惹かれたんです。こういう昔の言葉の詩は難しいんじゃないすか?」
「・・・・・・文語自由詩に対する冒涜ですか」
「へ?ぼ、冒涜なんてとんでもない、今の日本人には先生のように繊細な感覚が無いわけで、何もそんな・・・・・・ただ現代の言葉で書いたほうがいいんじゃないですか?ってそれだけですよ」
 話にならない。私は編集者のにやけた顔を一瞥し、溜息をついた。
「解かりました。明日、口語自由詩で書いた詩を幾つか持ってきます。それで間に合うでしょう?」


◆       ◆        ◆


 私は日下部 凛という。これは本名でもあり、ペンネームでもある。つまり私の職業は詩を書くこと。俗に言う詩人と言うやつだ。・・・・・・といっても、それだけで生きていけるほど私の詩は売れていない。
 
 あれは、偶然できた物だった。

 3ヶ月ほど前思いつきで書いた詩が空前の大ヒットとなり、私は一躍有名人になった。「現代の与謝野晶子」なんて呼ばれたりもした。しかしそれからが、悪夢の始まりだった・・・・・・



「ね、日下部 凛って知ってる?『Doreams・Hearts』書いた人」
「あ〜、分かるワカル、で、その人が何したのぉ?」
「あたしこの間日下部 凛の詩集買ったの、そしたらほとんど超古臭いわけわかんねー言葉で書いてあってぇ、マジ最悪なんだけど〜!!」


 私は基本的に文語自由詩(現在では使われていない言葉で書かれ、字数が決まっていない詩の事)を好んで書く。しかしたまたま思いつきで書いたそれは口語自由詩(現在使われている言葉で書かれ、字数が決まっていない詩の事)だったのだ。確かに、少し難しいのかもしれない。涙の潮、これはなみだのしお、と読むのではなくなみだのうしおと読むし、なべてと言う言葉もたいてい、と言う意味。今では知っている人はほとんどいないだろう。
 しかし、私は多くの何も分からない人間に読んでもらおうとは始めから思っていない。私のように詩を心から愛する人・・・・・・つまり極少数の人に満足してもらえる詩が書きたい、それだけなのだ。
 が、それを編集者には分かってもらえるはずもなかった。



「はぁ・・・・・・だいたい何よ、あの編集者。文語とかちゃんと判ってないんじゃないの?『古臭い言葉』ってあり得ない!!口語なんて汚い表現ばかりで綺麗な日本語の形をほとんど留めていないじゃないの!!」
 あぁ、あらぬ方向に私の怒りはぶつけられていく。自分でそのことを自覚している時ほど押さえが効かない物である。
 

 ピーンポーン、ピーンポーン。

 突然チャイムの音が響いた。
「すみませーん、宅配便でーす!はんこお願いしまーす!!」
 無視してしまおうと思ったのに、反射的に返事をしてしまった。それも、大きく、愛想のよさそうな声で。

「・・・・・・」

 私は無造作に印鑑を掴みむすっとして玄関に向かった。それが、とんでもない過ちだという事には不覚にも全く気づかなかった・・・・・・。




 


氷の月が地表を照らす
あたしと君の最後の夜
馬鹿馬鹿しい君のジョークも
随分久しぶりで聞きたくて

「ただの遊び」って割り切って
くだらない事いっぱいした
だから

すぐにあたしの代わりの娘がきた

あたしの価値観と君の優先順位は
全然違う物だったから
仕方ないけど
あたしの方は馬鹿馬鹿しいくらい

やめらんなくなった

・・・・・・・・・・・・




◆       ◆        ◆


2 氷の月


「・・・・・・」
 やっぱり、駄目かな?
「先生・・・・・・」
 だよなぁ、こんなの絶対・・・・・・
「さ、最高ですよ!!」
「えっ?」

 私はかなり驚いて編集者の馬鹿笑いを見つめた。
「いやー、やだなぁ先生。出し惜しみして。昨日のより何千倍もいいですよ!!切ない感じと怒りの感情がぐるぐる渦巻いてる感じっすねー。他のもちょっとよろしいですか?」
「ふぁ・・・・・・あ、はぃ」
 気の抜けた返事をする私に構うことなく奴は絶叫を上げる。
「おお〜!!これもいいっすね!あ、これも。うぉっ!!これもなかなか」
 わざとらしいオーバーリアクションの中私はほっぺたを思いっきりつねる。
「痛っ」
・・・・・・何だか知らないが夢で無いことだけは確かなようだ。



◆       ◆        ◆


 昨日。
 
 宅配便できたやけに大きいダンボールを開けた私は一瞬固まった。
「ほへっ?」

 その中にはまた箱が入っていた。



「やっと・・・・・・」
 私はあの後とんでもない苦労をして箱の中に入っていた箱を開けその中の箱をまた開けその中の箱を・・・・・・という作業を終えたばかりだった。
 やっと一番奥の小さな箱――細長くて高さ2センチ程度しかない箱――をあけ、中身を取り出した。

「・・・・・・」
 万年筆が、一本。そして走り書きのメモが一枚。
「うわ・・・・・・汚い字。で、何・・・・・・っって、ええ・・・・・・?!」


『この万年筆で書いた物は多くのひとに受け入れられる物となるだろう。』

 また、ベタな。(作者も案に詰まったのであろう。)私は鼻で笑った。
ところで差出人は・・・・・・




 『夢幻花 彩』とだけ書いてあり、それ以上何も書いていないようだった。

「・・・・・・誰?」

 私は聞いた事も無い奇妙な差出人からのプレゼントを引き出しにしまおうとして、
「・・・・・・」
 思い留まった。


「私、一度手書きで書いてみたいと思ってたんだよね、本当に。だから、せっかくだから、使ってあげても、いいかな?・・・・・・いや、別にヒットさせる物が出来るって信じてるわけじゃなくて。うん。」
 ところで私は誰に弁解しているのだろう・・・・・・



 そして・・・・・・今に到る。

 私はいまや日本を代表する有名人、日下部 凛だ。もう詩だけにとどまらず、いろんな分野で活動している。詩なんて芸能界の楽しさを知った者にとってはくだらない文章の連なりでしかない。文語?そんな古臭い言葉、いい加減忘れて今を生きよう。流行語を使い、言葉は「ただなんとなく」可愛ければいいのだ。「言葉の余韻を大切に」なんてやってられない。

 私は人生で一番楽しい時を送っていた。


・・・・・・今日、までは。




空虚な時間
あなたの名前恋い叫ぶ

「好きだよ」
もう誰もいない教室で
制服のスカーフがふわりと揺れる
あなたは優しい
いつもこうして抱きしめてくれるわ
あなたの腕の中でときめき呟く
しあわせ‥‥‥

電話する時はいつも
耳を澄ますの
あなたの息遣いが聞こえるように

もっと近くに感じたいから

早く逢いたいよ
あなたの隣で夢を見たいの
もっとそばで感じたいから

もっとそばで私を感じてほしいから


◆       ◆        ◆


 3もっと真実を、そしてもっと大切な何か


「Lovers days」私はその安直なタイトルを見て鼻で笑った。

「やっぱシロートなんてこんなもんか。だいたい超どーでもいんじゃないっ?頭おかしいんじゃねーの?」
 私はインターネットでたまたま迷い込んだ某ポエム投稿板で聞き覚えのある名前を目にした。
「夢幻花 彩」。私に幸運をくれた大馬鹿者。だって、自分も詩を書く人間なら、自分で使った方が絶対得でしょ?なのに、私に幸運の鍵をくれた。それは、単にこの人がどうしようもない馬鹿だって事を意味している。
 私はその掲示板のポエムにレスが入れられる事に気付き、早速この馬鹿を傷付ける言葉を捜した。
<まずタイトルの付け方がいい加減。ありがち。つまらない。詩の内容も同じく、現代の恋愛では手に入れられない物、と言えば聞こえはいいがつまりはあくびのでるような古臭いイメージの詩になっている。現実と空想を下手なくせに混ぜようとするな。どーせいい物なんてかけないんだから。分かったらうせろ。この馬鹿が>
‥‥‥こんな事書いたら、ただの荒らしか。
 私はもう少し柔らかな言葉に変換し、夢幻花 彩とかいう奴を侮辱してしばらく楽しんだ。そこに自分の名前を入れなくてはならないのに気付き、日下部 凛と入れかけて思いとどまり、リンとだけ入れることにした。
 楽しい遊びが終わり、私はもっとそこに遊べる所を捜す。少し奥まったところに投稿者たちのチャットルームがあったので参加する事にした。
 が、今は午前2時。よく考えたら誰もいるはず無いじゃないか‥‥‥と、 次の瞬間画面にさっきまでなかった文字がUPされている。

『夢幻花 彩さんが入室されました』
 よりによって、なんでこいつ‥‥‥と思ったが、たまには馬鹿と話してみるのもいい。入室する。


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リン
初めましてぇ〜あたしリンです

夢幻花 彩
こちらこそ初めまして。ところでリンさんここ
ポエム投稿してない人は入室しちゃいけないんですけど。
知らなかった?

リン
は お前ウザイ死ね


『夢幻花 彩さんが退室されました』


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 今まででやったチャットの中では最短記録だ。まぁいい。私も退室する。もともとこんなのとだらだらとチャットする気なかったし。
 私はパソコンの電源を切り、冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、一気に飲みほすと翌日ののバラエティ番組の収録の事を思い、眠りに落ちた。



それが昨日。




 そこに「詩人・日下部 凛」は存在しなかった。

 いるのは、ただの「失業者」という負け犬。

 綺麗な顔をくしゃくしゃにして狂ったようにわめく、

 ただの馬鹿‥‥‥‥‥‥


 どうしてだろう。
 私は日下部 凛よ?
 あの日下部 凛なのよ?
 どうして私の詩集を新しく出す打ち合わせがないの、ねぇどうして!!

 私はいつも私の詩を大絶賛し、買ってくれた出版社へ向かった。
「すみませーん、今日って詩集の打ち合わせの予定でしたよね?」
「あ、こちらの都合でー、詩集取りやめになりましてねー。これからお伝えするつもりだったんですー」
「じゃ、それとは別にもっと豪華版のにするのね?もっと量を増やして」
「あー、先生の詩集ですかー。参ったなぁ、あ、せんぱーい!凛先生が来てるんですけどどうしましょうー?あ、はいそうです、日下部 凛先生ですー。
分かりましたぁ、やっぱそうですよねー。一応と思ってー。すみませんでしたー」
 やけに語尾を延ばす編集者の最後の言葉を聞いて私はほっと胸をなでおろした。買ってくれないはずがない。だって、私は日下部 凛なんだもの。

「すいません、お引取りください」
 これは、聞き間違いだ。
「先輩が絶対かうなっていうもんですから。悪いんですけど、ね」
 私の耳がおかしくなった。絶対絶対そうだ。耳鼻科へいかないと‥‥‥いけない。
「せんせーい。だからー、帰ってくださいってばー」
 腕が引っ張られる。そうだ、これは夢だ!!夢なんだ!!


 そう、これは夢よ‥‥‥

「‥‥‥どうやって私のメアド知ったのか知りませんけど」
 目の前でアイスティーを口に運ぶ女がぶっきらぼうに言った。
「私の事、ウザイ死ねっていってたでしょ。チャットで」
「アレは酔っててつい‥‥‥ごめんなさい」
「反省の兆しが見られない。嘘つくようじゃねぇ」
そうだった。この人は私の作者。私の行動はすべて把握している。そして、私の世界の人たちの事も。それだけでなく、私たちの未来も運命も全部全部。いわば、私にとって神様はこの人なのだ。

 私はあのポエムのサイトで管理人さんに注意を受けた。しかし、その時にたまたま私が日下部 凛であることがばれ、幸運な事に彼女は私のファンだったため、親しくなり、ある事実を知った。
『夢幻花 彩は小説を書いている』
彼女はきっと何かを知っている。そう思っていた私はそれが妙にひっかっかり、もっと突っ込んで聞いてみた。が、具体的にどこかに投稿しているとか、それが何処とかは聞いていなかったらしく、それ以上のことは分からないと告げられた。しかし、私はインターネットで1ヶ月以上もかけて探し回り、ようやくその女を見つけた。そして。
「何これ‥‥‥私と、まったく同じだわ‥‥‥」
 しかも投稿された日は私が実際にあの万年筆を受け取った次の日の事。彼女は私の事を小説にしているんじゃない。私が小説そのものなのだ。
つまり私の運命を決めるのはこの人なのだから‥‥‥

「ごめんなさい。あの時私はあなたを馬鹿にしていて‥‥‥それで」
「よし。でも、難しいなぁ。私あなたを最終的に自殺させるつもりで書いてきたのに。私の書く小説には最低一人死者がでてくるんだよねぇ」
‥‥‥悪魔だ。
「そう、ならば早速書いてくるから。あなたが高層ビルから飛び降りるシーン‥‥‥」
「すっすっすっすみませんでしたっっ!!お許しをっっ!!」
「まぁ、いいか」
 長い漆黒の髪。明らかに普通の中学生の中で流行っているものとは違う大人びた服装。さっき聞いたがいつも『OLっぽい』といわれてしまうらしい可愛いとは言い難い‥‥‥あ、いや、大人っぽい声。これらが年齢より上に見せてしまうだけで、この人はまだ13歳。実際は子供なのだ。そう思っていたのに、あまりに言っている事が脅迫めいている。怖い。
「‥‥‥‥‥‥」
あ、ごめんなさい‥‥‥

「でもなぁ」
「え?」
「ねぇ、あなた今回のタイトル読んでないでしょ」
「えっと?『もっと真実を、そしてもっと大切な何か』ですね」
 私がそう聞くと彼女は怒ったようにいった。
「そう!!じゃ、分からない?あなたにとって詩ってなんなの?お金儲けの道具?それとも得意だったから職業にした道具?」
「違う!!少なくとも小5の時友達と喧嘩してからは!!あの時誰にも相談できなくて‥‥‥」
「その子はみんなに嫌われていたから誰も相談に乗らずにそのままあなたとその子が喧嘩したままでいてほしかった。だけどあなたにとって大切な子だったから哀しかった。そしてその思いを詩にぶつけた。それ以来、ずっと詩に助けてもらってきたよね。勇気が出なくて告白できない気持ち、クラスの子全員にシカトされた時も。おかげで不登校にならなかった。そして、今も」
 そう。私は詩を愛していた。それなのにこんな事になってしまった。
「じゃぁ、もっと大切な何かってなんだろう‥‥‥?」
「私はこのタイトルを付けた時に決めたの。これから、あなたに捜してもらうって」

 
「あ‥‥‥でも仕事はどうしよう」
「大丈夫。あの編集者たちにあなたの詩を買うなって、買ったらバックスペースですべて消すって脅迫したの、私だから。取り消しておく」
「やっぱり怖い‥‥‥」
「なんか言った?」
「いえ」

 そのあと彼女は夏休みの宿題がたくさん残ってるからといって帰っていった。彼女は答えを見つけるのだろうか。

そして、私はどうするべきなのだろうか。

――決めたの。これから、あなたに捜してもらうって。

 捜そう。今まで見つけられなかった何かを。きっと見つからない。答えなんてどこにもないのだろうから。
 でも、だからこそ捜してみたいのだ。

 私は、ふっと笑うと、喫茶店をでてまぶしい光の世界を歩いていった。
 
 




  終りなき何かを探す旅は、もう始まっている。



 完(いや、ここから始まるのかもしれない)

2004/08/13(Fri)13:08:16 公開 / 夢幻花 彩
■この作品の著作権は夢幻花 彩さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
完結です。
なんか一応これショート系なのに今回3時間強かかりました。
レスください☆

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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