『俺の名は・・・』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:K                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
「ずっとずっと好きでした。」

高校の卒業式の時に、俺が先生に最後に言った言葉。
先生はビックリしていた。
俺はいてもたってもいられなくなったので、礼をすると走って逃げた。

あれから4年。

俺は、大学で教育学を学んでいる。
教師になるのは先生に影響されたからではなく、幼い頃からの夢だった。
先生のことは、相変わらず好きだった。

高1の入学式。俺と先生は出会った。
先生の名前は川上海。高1、高3と俺の担任をしてくれた。
みんなは海先生、海ちゃん。なんて下の名前で呼んでいたけれど、俺はいつも川上先生だった。
高1の終了式。先生は俺に言った。

「あなたは偉いわね。この1年間私のことをずっと川上先生って呼んでいたでしょ?」
「はい。そうですけど・・・。」
「下の名前で呼ばれるの、私だめなんだよね。なんか、教師と生徒の境目が分からなくなっちゃうじゃない。」
「はぁ・・・。」
「注意しても治らないし。どうしたらいい?」

いきなりの質問に、俺は答えられずにいた。
別に俺はなんとなく川上先生と呼んでいたわけで・・・。

「先生が先生らしくいれば、みんな自然と上の名前で呼ぶんじゃないですか?」

と適当にアドバイスした。
すると先生は目をキラキラさせて

「そうだねっ。そうだよねっ!うん!ありがとう!」

と言って、スキップしながら廊下を走っていった。

しかし、その何気ない俺の一言で先生は変わってしまった。
本当に先生らしくなっていった。
今まで笑いながら注意していた先生が、冗談抜きで本気で怒るようになった。
生徒が違反物を持ってきても見逃していた先生が、見逃さなくなった。
けれども、生徒から相談されるとどの先生より熱心に話を聞いてくれていた。

高3の個人面談の時、先生はまず最初に俺に礼を言った。

「ずっとあなたにお礼が言いたかったの。」
「え?」
「あなたのアドバイスのお陰でね、ほとんどの人が『川上先生』って呼んでるのよ。」
「あぁ・・・。よかったですね。」
「私、あの時あなたに冗談半分に聞いたのよ。でもあなた真剣に考えこんじゃってさ。それでいてまとをつくようなアドバイスだったから、焦ったよ。」
「焦った?」
「自分でも分かってたからね。なんで下の名前で呼ばれちゃうか。
でも、気づかないふりしてた。本気で生徒を怒ること私にはできなかったの。」
「なんでですか?」
「・・・・生徒に嫌われるのが怖かったから。」
「そんな。。。」
「うん。情けないと思う。けれども、それが昔の私の姿だったから。」

先生はまっすぐな目で俺を見た。
俺はなぜか目をそらす。

「じゃぁ今の先生の姿は昔の先生にとって理想だったんだ。」
「どうだろう。私の理想は大きいからね〜。」
「まぁ、いいじゃないですか。少しづつ近づいているのなら。」

先生は黙る。

「あなたはまじめなの?」
「え?」
「いつも真剣に答えてくれるじゃない。」
「え?今冗談で返す所でしたか?」
「そうじゃないけどさ。」

また黙る。

「・・・あの時あなたにあんなこと言われなかったら、今の私はいないかな。
なんかいい感じに背中が押されたのよね。焦ってたからかもしれないけど、あなたのアドバスが、私の背中を押したの。ありがとう。」
「いえいえいえいえいえ。そんな。」
「あはは。」

俺は、その時から、先生を気になりだしたんだと思う。
なぜだかは上手く言えない。上手く言えないけれど、あの個人面談で心がぐちゃぐちゃになりそうな感覚を受けたのだ。

それからというもの、俺と先生はお互いを少しづつ理解していった。
廊下で偶然会ったりすると、5分は立ち話をしたりしていた。
悩み事があると、先生の家に電話した。
先生は仕事で疲れているくせに、「大丈夫。」と言って俺の話を聞いてくれた。
先生のまっすぐな目と、笑顔を見るたびに俺の心はあの個人面談で受けたときのような感覚をうける。
これはなんなんだと考えたとき、答えが一つしかないことに気づいた。

「恋か。」

割とあっさりとそのことを受け入れた。
恋と気づくと、俺はたちまち欲張りになった。
先生をもっと知りたい。もっと仲良くなりたい。もっと俺に頼って欲しい。
今まで近いと思っていたお互いの距離を、とても遠くに感じる。
「先生」と「生徒」という壁が俺の前にたちはだかる。
俺は怖くて崩すことができない。
先生は壁の向こうにいるけれども、決して俺を呼ぼうとはしなかった。

気がつけば、俺は先生をちっとも知らなかった。。。

知っているのは、「自分の下の名前で呼ばれることが嫌だった。」ということと「生徒を怒ることが怖かった。」という2つだけだ。
お互いを理解している?まさかそんな、俺の勘違いだった。
先生は俺のことはよく知っているかもしれないけれど、俺は先生を全く知らなかった。

そう気づいたとき、「俺はもう先生と関わるべきではない。」と思った。
卒業式、俺は先生に告白をして、それ以来先生とは関わらなくなった。
友達に学校に行こうと誘われたがなぜか怖くて行けなかった。



俺は今、母校に向かっている。
なぜ向かっているか、教育実習の下見だ。
俺の通っている大学は、原則として教育実習の場所は母校になっているのだ。
これはさすがに断るわけにはいかない。
この4年間。俺は先生を考えない日はなかった。
彼女も作らなかった。

「先生は、本当は俺を頼ってなんかいなかったんだ。。。
きっとこの先先生は、俺なんかよりも全然いい人に出会って、結婚して、幸せな家庭を築くんだ。
俺が好きになった先生には、やっぱり幸せになってほしい。
だから、俺は今先生と連絡をとるべきではない。
連絡をとってしまったら、俺の心はもう止められないだろうから・・・。」

そんな考えがずっと頭の中にめぐっていて、結局連絡はとれなかった。
本当は連絡をとりたくてしょうがなかった。
メールを送ろうとしては、消す日々が続いた。

「懐かしいなぁ。」

母校の前で一言呟く。
4年前となにひとつ情景は変わっていない。
1本だけ立っている桜の木は、ますます太くなって一回り大きくなっている気がした。緑のはっぱが風になびいて気持ちよい音を出す。
ここで、俺と先生は出会ったのだ・・・。
俺は思いっきり深呼吸して校門をくぐった。
時計を見ると11時半。まだ授業時間だ。
俺はとりあえず校長室に行こうとした。

「あっ!」

俺は思わず声を出す。
目の前に、沢山の教材を抱えて倒れそうな女の先生が一人。

「大丈夫ですか。」

俺は教材の半分を持つ。
すると女の先生の顔が見えた。



「・・・川上・・・先生。」

先生は俺を見る。次の瞬間

「あぁああああああああああああああああああああ!」

と叫ぶような声を出すと先生は自分で持っていた教材を落として俺に抱きつく。

「会いたかったよぉっ!!連絡くれないから心配してたんだっ!」
「え!?」
「私携帯間違えて洗濯機に入れちゃって全部のデータが消えちゃったのっ!だからあなたから連絡くるかなぁって思ってたらこないからさ。もう心配して心配して。」

先生の笑顔も、まっすぐな目も、変わっていない。。。
俺の心臓は狂ったように速くなっていた。

「・・・教材、落とさないで下さいよ。」
「あ、ごめん、、、、」

先生は慌てて拾う。

「元気そうで良かった。来週から実習生として来るんでよろしくお願いします。」
「あぁ。えっと国語科だよね。話は聞いてた。こちらこそよろしく。」
「話は聞いてたんですか?」
「うん。先週から校長にあなたを私が指導するように頼まれているの。んじゃ、私次の授業の準備があるから。あなたが持ってくれてる教材は高校職員室の私の机に置いといてくれる?近くの先生に聞けば分かるから。」

先生はそう言ってフラフラしながら歩き出す。

「待てよっ!」

俺は自分が持っていた教材を地面に置くと、先生に近づいて持ってる残りの教材を無理矢理とりあげる。

「フラフラしすぎ。危ないから俺が全部置いておきます。」
「・・・あなたは、変わってないねぇ。」
「え?」
「先生嬉しいなぁ。」
「・・・。」
「・・・いつまでも、私の好きなあなたでいてね。」

先生はそう言うと、今度はしっかりとした足取りで歩き出した。
俺は、先生の背中を見ることしかできなかった。

2004/06/14(Mon)00:56:04 公開 /
■この作品の著作権はKさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
短編にしようと思ってたのが、長くなりそうです。(汗
頑張って書きたいと思います。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。