『ダサいは最高の褒め言葉  (読み切り)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅い蝶                

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 カレー。元々はインドやタイなどの東南アジア発祥の料理。数多くの香辛料を使用し、肉や野菜、海の幸を使って作り上げる。今となっては日本の食文化にもすっかり定着し、母親のカレーほどうまいものはないという人まで出てくるようになった。
 だが、そんなカレーにも悪いところはある。色が悪く、そして何よりも、日本の食文化に定着しすぎたせいで一般化しすぎたこと。カレーと聞いて喜ぶ人もいれば、またカレーかよといって嫌がる人もいる。辛いなどの理由はまだわかるが、“ダサい”という人までもがいる。
 ダサいとはどういったことなのか。ダサいことの何がいけないのだろうか。
 汗を流して一生懸命に何かをがんばる人を“ダサい”という。もしそうなら、ダサいというのは最高の褒め言葉ではないだろうか。
ダサくて結構。それだけカレーが日本の食卓に馴染んだ証拠。
ダサくて結構。たとえダサくても、必死にがんばることが何より大事。何もがんばれないお前達のほうがダサい。
そういう考えを持って生きようとは思わないだろうか。ダサくても、自分が信じる道ならそれを決して疑ってはいけない。自分を信じて、未来を信じて歩いていくことが何よりも大事だ。
今挙げた二つのダサい。これがこの話の根となる。
 
これは、カレーを作ることを一生懸命に研究し、がんばって作る男の話。



 「なぁ、あいつ、知ってるか? 毎日毎日カレーばっかり作ってるらしいぜ」
 「カレー作ることの何が楽しいんだろうな。ルー入れりゃ終わりじゃねぇか」
 勝手に言ってろ。僕はカレーを作ることを恥ずかしいだなんて思ったこと、一度も無いよ。どうぞお好きなように言ってください。
 文化祭を3日後に控えた、ここ東台高校は賑わっている。お化け屋敷やクレープ屋などの準備にも熱が入り、生徒たちの目は生き生きとしている。
 そんな中、たった二人でカレー屋をやろうとしているのは清水純一(しみず じゅんいち)と秋山茜(あきやま あかね)。二人は高1の夏から付き合って、今ではもう2年近くの付き合いになる。
 カレー屋をやろうとした理由は簡単。純一の家がカレー屋を営んでおり、茜はそこでアルバイトをしている。二人の出会いとなったカレーを、最後の文化祭で作り上げてみんなに食べてもらいたかったのだ。
 だが周りの反応は予想と違った。大半の人間がそれをダサいと言う。ルーを入れれば終わりなのに、わざわざ何時間もかけて煮込むなど、時間の無駄としか言いようが無いらしい。そのため、協力してくれる人は一人もいなかった。クラス一の不良で教師達からウケが悪く、しかも友達もいない大田正信(おおた まさのぶ)。彼は人気は0に等しいのだが、どうにも喧嘩が強く、誰も逆らうことができない。その正信が色々と言ったせいで、誰も協力できない状況に陥ってしまったのだった。
 「大田のやつ……。あいつが色々言ったせいであたしと純ちゃんの二人でやらなきゃいけないじゃん。大変そう……」
 茜がたまらず愚痴をこぼす。それもそうだろう。たった一人のせいで自分たちは笑われ者だ。だいたい、一からカレーを作ることの何が悪い?ダサいって、どこがダサいのだ?一生懸命やってる人を笑うなんて信じられない。
 「いいよ、茜。うまいもん作れば誰も笑ったりしないって」
 机に向かって必死にメニューを考える純一が、ノートから目を話さずにそう言った。
 「そうだけど……。悔しくないの?」
 「悔しいさ」
 ペンを置き、ノートを閉じて振り返ってそう言った。悔しいに決まってる。自分の家がやっている職業をバカにされたようなものだ。父親を早くに亡くして、今は兄がカレーを作っている。その兄は純一にとって憧れで、バカにされたら許せない存在だ。だから、悔しい。
 「だけど、僕達がみんなを驚かせるようなうまいもの作れば誰も笑ったりしないって」
 「純ちゃん、二回目だよ」
 うっといった表情を見せたあと、純一は笑って誤魔化した。
本当にこのままで大丈夫なんだろうか。茜はだんだん不安になってきた。



3日後の文化祭当日。雲ひとつ無い晴天で、本当に気持ちがいい。絶好の行事日和だ。
学校の中庭に店を構える二人は、家からテーブルや紙皿などを持ち寄って学校で落ち合った。家庭科室を借りて早速カレーの準備に入る。一人でも多くの人に食べてもらいたい。そう思って一生懸命に作る。数種類のカレーを作り上げ、中庭に構えた店のガスコンロの上に乗せる。ライスも十分にある。あとは売るだけ。客が来るのを待つだけだ。
『営業開始時刻になりました。各店は営業を開始してください』
生徒会長の明るい意気揚々とした声が営業開始を告げる。純一と茜のカレー屋にもチラホラと客が来て、それなりに売れていた。味はどうかわからないが、何人かの人は美味しいと言ってくれていたようだ。
その後も昼になるに連れて客足が増える。そして途絶えない。不安だった茜の顔にも笑顔がこぼれ始め、純一もうれしかった。
「おっす。やってっか?」
そこに来たのは純一の兄、洋輔(ようすけ)だ。背は178センチとそれなりに高く、中々の容姿だ。純一も勝るとも劣らないのだが。
「兄貴。来てくれたんだ。店は?」
カレーの入った鍋から皿に移しながら純一が聞いた。
「臨時休業。お前らが気になってさ」
茜もぺこりと頭を下げ、軽くあいさつをした。
純一のカレーは思ったより好評で、全く客足が途絶えない。それを見て洋輔も一安心し、笑顔で純一のカレーを口に運んでいた。
そのとき、一人の生徒が店へとやってきた。
「……大田」
茜がそう呟いたのでふっと顔を上げると、そこには紛れも無くあの大田正信が立っていた。
「ダセェカレー屋、まだやってんのか? そんなもん作ったって誰も喜んだりしねぇんだよ」
相変わらずムカつく物言いだ。だったら食ってみろ。食ってから文句を言いやがれコンチクショー。
そう思ってカレーを差し出す。牛肉が入ったビーフカレーだ。純一にとって一番の自信作で、これを食えばだいたいは納得するだろうと思っていた。だが大田は、それを食わずにゴミ箱へと捨てた。何の躊躇もなしに。
「あっ、あんたね!! 何やってんの!? 純ちゃんが一生懸命作ったカレーを……!!」
茜が怒りをあらわにするが、そんなもので大田はうろたえたりしない。むしろ調子に乗って言い返してきた。
「こんなもん、一生懸命作ったってダセェんだよ。ガキでも作れんだぜ? カレーなんてよ」
そう言って今度は、必死に作った全てのカレーの鍋を蹴り飛ばした。バシャッと中庭一面にカレーが飛び散る。一生懸命に作った、全てのカレーが……。
「大田!!」
茜が形相を変えて大田に飛び掛っていく。だが勝てるはずが無い。男と女じゃ。大田がカウンターで構えた拳に茜の顔が捉えられる前に、純一が二人の間に割って入った。
「…純…ちゃん」
「いいんだ、茜。もう売れるだけ売った。暴力はなしにしよう」
笑顔でそう言う純一。茜は信じられなかった。悔しくないの? なんで?
「悔しくないの? 一生懸命作ったカレーが……」
「悔しいさ。でも、暴力はよくない」
茜は踵を返して、こぼれたカレーの掃除を始めた。辺り一面に飛び散ったカレーが無残で、悲しくて、茜の目から自然に涙が溢れてきた。
「必要な暴力も……あるんだよ」
そう呟いたが、誰の耳にも届いていなかった。次の瞬間、一人の客が席を立った。純一の兄、洋輔が大田の顔面に一撃を入れる。毎日フライパンや重たい鍋を扱っている洋輔の腕の力は凄まじく、大田の体は一撃で吹っ飛んだ。その大田の制服の襟首を掴み、テーブルへと連れて行って強引に座らせた。
「座ってろ。お前にカレーを食わせてやる」
そう言うと、洋輔は家庭科室で調理を始めた。純一と茜が予備のために持ってきた材料を使って着々と調理していく。
ローリエと赤唐辛子をサラダ油で炒め、匂いがうつったらみじん切りの玉葱を加える。狐色になったらひき肉を加えて色が変わるまで炒めると、グリーンピースなどを加えた。
調理を始めて30分。洋輔が家庭科室から出てくると、ブスッとふくれっ面をした大田がちゃんと席にいた。
「ちゃんと待ってたな。そこまでひねくれちゃいねぇってこったな。食ってみろ」
そう言って洋輔が大田の前に差し出したもの。それはひき肉とグリーンピース以外に具は見当たらなく、カレーのように見えるが大田の知っているカレーではなかった。
「んだよ、これ。ホントにカレーか?」
スプーンを手に持ってそれを覗き込む大田に対して、洋輔が説明した。
「キーマ・マタール。カレーの本場インドの代表的なカレーだ。マタールってのはグリーンピースなどの豆のことを指す。パンやナンのほうがうまく食えるかもしれないが、ライスでも十分イケル。食ってみろ」
「どっちにしたって、俺は食わないからな」
席を立つ大田に対して拳を固めてみせる洋輔。流石に大田もビビリ、しょうがないといった態度で席に着くとキーマ・マタールを口に運んだ。
二度、三度と口を動かす大田。かみ締めるたびに肉のうまみが口いっぱいに広がる。絶妙なバランスのスパイスが食欲を更にそそる。これは……
「うめぇ」
その一言が大田の口からこぼれた。そしたらもう止まらない。大田はキーマ・マタールを米一粒残さずに食べきった。
「食いきったってことは、カレーがうまいってことを認めたんだな?」
何も言い返せない大田。それもそうだ。自分はさっきバカにしていたカレーを残さず平らげてしまったのだから。
「いつでもいい。自分が素直になれるとき、純一に謝って……そんで純一のカレーを食ってやってくれ。俺ほどじゃないけど、その辺のカレーより数倍うまいからな」
こぼれたカレーを片付けていた純一と茜は、二人で目を合わせるとフフッと笑った。大田がカレーがうまいことを認めた。それでもう十分だ。作り直せば、それで済む。
「茜、僕、またカレーを作ってくるよ」
「うん」
二人の顔に笑みが戻ったのを確認して、洋輔はその場をあとにした。途中大田の肩をぽんと叩き、一言。
「カレーがダサいのは、ガキでも作れるのはそれだけ大衆化したからだ。それがダサいってんなら、ダサいって言われるのはちょっとうれしいかもな」


その一週間後、大田は純一のカレーを食べてうまいと言った。
そして大田と純一が和解し、そしてお互いを友と認め合うようになるのは、もっと先の話だ。

2004/06/06(Sun)19:03:00 公開 / 紅い蝶
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■作者からのメッセージ
今さっき考え付いた読みきりです。完全オリジナルのつもりですが、もし何か似通った作品がありましたらご一報ください。
あまり面白くないかもしれませんが、感想とかいただけたらうれしいです。
ちょっとセリフが多いような気もしれませんけど^^;

批評は歓迎しますが、あまり傷つくような発言はやめてくださいね^^;

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