『窓を開ければ空が見える 序 〜5』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:九邪                

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ある時代、ある場所の事。世は乱れ、腐りきっていた。貧富の差は広がる一方。
一部の貴族のみが華やかな暮らしをし、身寄りのない貧しい少年達は悪事のはびこるスラムで盗みなどをして生きていた。
これは、ある時代、ある場所、ある男の子についてのお話し――




ボロボロに荒れた家。カベには無数の新しい傷痕。所々に咲く鉄の味の赤い花。その中で、何も知らない男の子は動かない父と母の前で笑いながらずっと喋っていた。

――お父さん、お母さん、どうしたの? なんで起きないの? お仕事は? この赤色のは何? あ! 判った。お昼寝してるんでしょ? エヘヘ、じゃ僕も寝ようかな。

男の子は父と母の横に寝転がった。あたりはまだ明るい。当然だ。今は、昼。太陽が最も輝く時。空には雲ひとつなく、青い青い空が広がっている。当然、男の子は中々寝付けない。

――なかなか、寝れないよ……。う〜ん、そのうちお母さんたちも起きるよね。それまで、外で遊んでこようっと

空には雲ひとつなく、青い青い空が広がっている――……


                            「晴れた空」


「――あ……。寝てた……のか?」
少年は大通りの隅にある樽の中で目を覚ました。見たくない物を見た。気分は最悪のようだ。端正な顔立ちに、空を思わす青い髪。美しいと言ってもいいくらいの顔だ。
「夢か……。」
少年はまだ寝ぼけ眼で辺りを見回した。よく見れば少年は、りんご、オレンジなどの果物や、パンやジャムなどが入った袋を持っている。なぜ、少年は樽の中にいるのかというと
「どこに行きやがった! あのクソガキ!!」
目の前を大柄な男が大股で走っていいた。見るからに憤慨している。顔にはぴくぴくと青筋を立てている。少年はそ〜っと、樽から顔を出し、男が通り過ぎるのを見送った。
「よし。行ったかな?」
少年は袋を落とさないように気をつけながら、樽から飛び出た。
「これも、俺たちが生きるためだ。悪くおもわねぇでくれ、おっさん」
少年はもう、小さくしか見えないほど遠くに行った男に向かってポツリと言った。


そう、もうお気づきかもしれないが、少年はあの男の店から食べ物を盗んだのだ。
少年はスラムに住む、子供たちのグループの一員だ。食料を調達――盗む――するのが彼の仕事だ。
少年が盗みを「悪い」と思わなくなったのはいつからだろう?
大人たちはご飯を食べるために、働き、お金を稼ぐ。それと同じだ。貧しい子供たちは盗む事でご飯を食べ、生きる。そう割り切ってから……生きる為なんだと思うようになってから、盗みを悪い事と思ったことはない。
「俺とした事が盗みの途中に眠るなんて……。あの親父に捕まったらひどいからなぁ……。おぉ、くわばらくわばら」
事実、あの親父に捕まったスラムの少年を見たことがある。何人か大人を呼んで、殺さない程度にボコボコにした挙句、警察に突き出すのだ。絶対、捕まりたくない。しかし、あこの店は品揃えがよいから、ターゲットにしているのだ。ハイリスク・ハイリターンだ。
「お、ここだここだ。」
少年は複雑な迷路のような路地裏を行き、黄色い看板のある所をを左に曲がり、その突き当りの壁を乗り越える。壁の向こうのマンホールに入り、4つ横ののふたを開けると――
「お帰り兄ちゃん!」
そこは、スラムの子達の隠れ家だった。4人のグループだ。スラムでは、何人かの子供たちでグループを作ることが多い。皆で協力して物を盗んだりなど、仲間が多い方がよい。しかし、多すぎると分け前が減るため、あまりにも多くてもよくはない。多すぎず、少なすぎずが鉄則だ。
「ああ、ただいま」
「ソラ兄ちゃん。どうだった?」
少年は――ソラは食べ物が入った袋をみんなに見えるように、高く上げた。
それを見て、歓声が巻き起こる。
「ダイ、今日は大漁だぞ。」
「わぁ、さすが兄ちゃん。やった、お腹すいてたんだ」
ダイと言う名の茶髪の男の子がうれしそうにお腹をさする。笑うと歯の抜けた部分が目立つので、本人は意識して極力笑わないようにしている。この子は最近拾った仲間だ。
ソラは真ん中にある、小さな机に食べ物を広げる。みんなはそれに群がる。
「ソラ。ロスのおっさんに見つからなかったか?」
パンを咥えて、黒いローブの黒い髪、鷹のように鋭い目の少年が、パンにジャムを塗っていたソラに話しかけてきた。
「あぁ、大丈夫だったよハレ。」
ハレと言う名の少年は、ソラの昔からの仲間で親友だった。
スラムに入り、行き倒れていたソラをハレが拾ったのが6年前の事。スラムに来たばかりで、生きる術(すべ)を何も知らないソラに生きる術を教え込んだのがハレだ。外見は黒尽くめで怖そうだが、根は優しく仲間から心の底から信頼されてる。
スラムではこういう何も知らない子を助け、育てるなど珍しいことだ。もし、ハレに会わなかったら、ソラは身包みをはがされ、のたれ死んでいたかもしれない。
ハレはソラにとって、命の恩人であり、師であり、兄弟であり、親友だった。ハレはソラより少し年上で、ソラの事をまるで本当の弟のように見ている。だから、色々とソラのことを心配するので、樽の中で眠っていたことをソラは言わなかった。
「いくら仲間内で1番身が軽いといっても気をつけろよ。お前が捕まったら俺たちが困るんだから」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
ソラはパンに淡々とジャムを塗りながら気楽に答えた。
「ま、いいがな。お前が捕まっても食い扶ちが減ってかえっていいかもしれんな。」
「あ、本気で言ってんの? 俺が捕まったら、お前ら食べる物すらなくなるんだぞ?」
「ハハッ、冗談だよ。」
などと、笑いあっているとグループの男の子がよってきた。
「ソラ兄ちゃん、遊んでー」
「遊んでー」
「よっしゃ、今日は何して遊ぶ?」
「え〜と、鬼ごっこ」
「わかった。よ〜し。」
ソラによく懐いているこの子はリー。遠く、東洋から売られてきた男の子だ。東洋訛りの言葉を話し、東洋の服「チマ・チョゴリ」なる物を着ている。髪はハレと同じく黒いが、ハレよりももっと濃い黒だ。常にニコニコと笑っている、ムードメーカーだ。
人買いからソラとハレが救い出してやり、それ以来仲間に加わっている。
『スラム』といえば聞こえは悪いが、何もそこにいるのは悪人ばかりではない。
ソラ達の様に明るい少年たちも、少なかれどいる。ソラはハレに助けられ、育てられたため、そこいらにいる薄情な者にはならなかった。だから、助けられる子供は助けるし、できるだけ悪事はしたくない。そんな甘い考えはスラムでは命取りになるのだが、ソラは自分の信念を曲げなかった。
ソラがする悪事といったら、盗みくらいだ。といっても、さっき言ったように生きるためと割り切っているため、悪いとは思っていない。
殺しや、強盗、恐喝などは絶対にしたくない、というのが彼の考えだ。
スラムにいる、わずかな心優しい者は皆ソラたちの力になってくれている。
ソラはまだ若いが人望もあるのだ。だからこそ、子供もよく懐く。
「捕まえたッ!」
いつの間にか、ソラたちは隠れ家を出て他の子供も誘い、大人数で鬼ごっこをしていた。
スラムは彼等の、遊び場であり、家であり、故郷なのだ。
「あいつはすぐに人に好かれちまうなぁ。それもあいつの人柄のおかげか……」
ハレはソラたちが楽しく遊ぶ姿を、遠くから見ながら微笑んでいた。


                          「少女と少年」


「お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「判ってます。無理言ってごめんなさい爺や……」
爺やはきれいな服を着た、いかにも身分の高そうな少女を玄関で見送っていた。
「いえいえ、お嬢様のためならば」
爺やは照れたように手を頭の後ろに回した。
「では、いってきます。」
少女はきれいな金髪をたなびかせ、護衛と共に街の方へ歩き出した。


「捕まえたッ!!」
「ちくしょー! お前ら俺ばっかり狙ってない?」
ソラは今、スラムの子供たちと鬼ごっこの真っ最中。これで、通産の8回目の鬼だ。明らかに狙われている。
「あ、ハレもやらない?」
木陰に座ってこっちを見ているハレに気付き、ソラは声をかける。
「遠慮しておくよ」
「そう? ならいいけど」
ソラは子供たちを追って、街の方へ行った。今や、子供たちは町のほうにまで行って、ソラから逃げている。
「よ〜し、狙うはリーだ!!」
ソラはターゲットを決め、リーの方へ一気に向かっていった。


「ここが、『街』ですか……」
少女は何の変哲もないこの場所に来て、豪く感動している。
ふと見ると、目の前には露店があった。少女はそこに並んでいる数々の品物に触れようとする。
「いけませんぜ、お嬢様。こんな所にある汚らしい物に触れると、せっかくの美しい肌が台無しになりますよ」
この言葉を聞いて露店商は怒る
「ケッ、汚くて悪かったな! あんたみたいなゴツイのがいると、商売の邪魔だ! とっととどこかへ行きな!」
少女の護衛はギロリと露店商を睨む。露天商はおびえて小さくなる。少女歯慌てて護衛に言った。
「いけませんよ、そんな風に睨んだら。」
「しかし……」
「元はこちらが悪いんですから。さ、謝って」
少女に言われ、護衛はしぶしぶ頭を下げ、謝る。その様子を見て、露天商がニヤニヤと笑っていたので、また睨むと、露天商もまた小さくなった。
少女と護衛はその場を後にした。


(いたいた、リーだ。)
ソラはターゲットであるリーを見つけた。屋根の上に登っていた。あそこなら見つからないと思ったのだろうが、甘い!!
ソラは気付かれないようにそろそろと後ろから忍び寄る。
もう、射程距離だ。ソラは一気にリーに飛び掛った。
「リー、捕まえ……たっ!?」
リーは飛びかかってきたソラをひょいと避ける。どうやら、最初から計算していたらしい。リーのが一枚上手だった。
ソラは屋根から勢いよく落ちていく。
「ウワーーー!!」
ドスンという鈍い音がして、地面にぶつかった。幸い屋根が低かったので、大怪我はしていない。もし、これで大怪我をしたらリーを仲間から外すつもりだった。
「イテテテ……」
頭にこぶが出来たようだ。周りにはいつの間にか人垣が出来ていた。とはいっても、ボロボロの服を着ている見るからにスラムにいそうな少年に手を差し伸べる人などいない。
ソラは恥ずかしくなって、顔を赤くして立ち上がろうとしたときだった。
「大丈夫ですか?」
人垣の中から、一人の少女が手を差し伸べてくれた。金髪碧眼の美しい少女だ。整った顔に、白い肌。ほのかに香る香水の匂い。高貴な匂いを漂わせている。恐らく身分が高いのだろう。少年が見たこともないようなきれいな服を着ている。少し、おびえているが本気で心配してくれている顔だ。ソラは別の意味で顔を赤くして、その手を取ろうしたときだった。
「いけませんお嬢様!!」
少女の隣にいた厳つい男に手を払われた。
「見ず知らずの者に触れようとするなど、お父様にしかられますよ?」
「しかし……」
「しかしもヘチマもありません! さ、行きますよ」
ソラは感じの悪いその男をじっと睨んでいた。護衛の男はそれに気付き睨み返してきた。
「薄汚いドブネズミが……」
ソラは男がそう言ったのを確かに聞いた。
「さ、お嬢様。……あれ?」
少女は護衛の目を盗みもう一度ソラの所に来た。そして、少女はソラにハンカチを差し出した。
「これ……使ってください。」
ソラは気付いた、さっき打った頭から血が流れていることを。ソラはハンカチを受け取り、にっこり笑って言った。
「ありがとう」
少女も笑った。ソラが何か言おうとした時、また護衛の男が来て、今度こそ少女を連れてった。
ソラは少女が帰る姿を黙って見ていた。
「あ、名前……聞きそびれた……」


ソラは隠れ家に帰ってもずっと上の空だった。リーが必死に謝っても、ハレが食料を盗って来なかった事の文句を行ってもソラは黙って星空を見ていた。
おかげでリーはソラがかなり怒っていると思って、シュンとしていた。
「ん? 何だそのハンカチ?」
ハレがソラの持っているハンカチに気付いた。キレイな柄なので、とても彼らが買える値段ではない。
「あ、これか? 実は――」
空はさっき遭ったことを話した。
「フ〜ン、で、お前、その子に惚れたわけ?」
むきになって反論すると思っていたハレはニヤニヤ笑いながら言った。しかし、ソラは
「そう……なのかな……?」と、顔を赤くしながら正直に言った。
「ったく、ほんとに素直な奴なんだから。少しは反論ぐらいすれよ」
暫く二人は横に座って、星を見ていたが、ソラは急に立ち上がった

「このハンカチ返してくる……」
「そうか、気を付けてな……。ってハァ? なに言ってんの?」
「じゃあ、行って来る」
「バカヤロウ! 場所も知らないくせに! それにいけたとしても中に入れるわけないだろ!」
ソラはハレの言うことも聞かず暗闇の中へ走り去って行った。もう足音も聞こえない
「ったく、ほんっとにバカ正直なんだから……」
その日の晩は満月だった。


                        「満月の夜に・前編」


「さて、と。ここまで来たのはいいけど……これからどうしよう……」
泣きそうな目をして、ソラは途方にくれる。今彼がいる場所は、今日少女にあった、街の一角。ここから先は一つも判らない。
「……とりあえず「金持ち」っぽい家を片っ端から回りますかな」
ソラは気の遠くなるような事を言い出し、それを実行すべく駆け出した。


「おかえりなさいませ、お嬢様」
行きと同じく、爺やが少女を玄関口で出迎えた
「ただいま。……お父様は?」
少女は怯えたような顔で爺やに尋ねる
「もうお休みになっております」
少女は安心したのか、ホッと肩を降ろす。その様子を見て爺やは優しく言う
「お疲れになられたでしょう? さ、今日はもうお休みください」
「……ありがとう。そうします」
少女は家に入っていった。後ろから付いて来た護衛は門の所で警備に戻る。


「はい、ここも外れ、と」
ソラは8件目になるお屋敷を後にする。正直に玄関まで行き、「ここに金髪のお嬢さんは住んでますか?」とバカ正直に尋ねる。たいてい、そう尋ねた瞬間に門の外に放り出される。「おりません」と普通に答えてくれたのは2件だけだ。
「ここで、最後にしよかな。もう夜も遅いし」
最後と決めた屋敷はいままでの屋敷の中でも1,2のでかさで、ソラも少々呆気に取られる。ふと、横を向き、ソラの目に入ったのはそこに少女がいると確信させる“もの”だった。
「あ! あのときのいけ好かない護衛の親父じゃねぇか」
まさしく、門の所に居たのはあの時少女についていた護衛だった。いびきを立て、豪快に寝ている。少々蹴っても起きない。
「警備がこんなのでいいのかよ……。よく潰れなかったなこの一族」
昼の時の恨みも込め、近くに落ちていた石灰で顔に落書きをする。眉毛を白くしたり、頬にファンデーションみたいに付けたり。
「さて。入り込みますか」
少年は門の脇にある木に登り、屋敷の中へ飛び降りた。


「……寝れない」
少女は布団から身を起こし、蝋燭をつけ、本を読み始めた。
「今朝あった男の子。大丈夫だといいけれど……」
本を読んでも気が散り、一向に進まないので、少女はドアの鍵を開け部屋の近くにある庭に出た。
その晩は満月だった。


「満月か。おかげで明るくて歩きやすいよ。狼男は……いないな。」
などと、一人でボケ、少年は木陰から出て歩き始める。今歩いているのは庭のようだ。辺りにはきれいな花がたくさん生えており、昼間だとさぞ美しいのだろう。
「ん? 何だ?」
ソラは人の気配を感じ慌てて木に登る。木体と誰が来たか見にくいので、身をかがめ隙間から見ようとする。
「誰かな? といっても、俺はこの家の人なんか知らないけどな」
と、ソラの手に何かが当たった。鳥の巣だ。しかも、ソラに起こされた所為かかなり不機嫌なようで、ソラに飛び掛ってきた。
「いて、いててて!! うわ!!」
最悪の事態。ソラは木からまっ逆さまに落ちた。ちょうど、誰かの前に。
ソラは絶体絶命と思い。覚悟を決めた。
「キャ!」
下に居た人は小さな可愛い悲鳴を上げる。恐る恐る顔を上げると、それは今日あった少女だった。何たる幸運!!
少女はあまりにも驚き、助けを呼ぶことすら忘れている。しかし、少女は我に返り、助けを呼ぼうと大声を――
「ちょっと、待った! ほら、俺だよ、俺。覚えてない? 昼間あった」
少女は少し考え、アッ! と思い出す。
「な、何しに来たんですか?」
少女は少し怯えた様子で聞く。ソラはにっと笑い――満月の明かりで多分笑ったのはわかっただろう――ハンカチを出す。
「借りたハンカチを返しに来たんだ」
その晩は満月だった。

  
                         「満月の夜に・後編」


ソラは自分なりに一生懸命洗ったハンカチを少女に渡す。少女は呆気にとられた顔で、それを受け取る。
「ありがとう」
少女はニコッと笑いかける。ソラは赤くなる。
「昼間は、大丈夫でしたか? 屋根から落ちたなんて……」
「ああ、大丈夫だよ。丈夫さと足の速さは取り柄なんだ」
ソラもにっこり笑って、答える。
「きれいな庭だね」
ソラは屈み込み、地面に咲く花を一本取る。その花は真っ赤なバラだった。ソラはもともと花は好きだ。しかし、幼き日の記憶から、赤い花は好きではなかった。
だからソラは、すぐにバラを地面に戻した。
「本当ですか!? ありがとうございます。この庭を誉められたのなんて、初めてだわ。」
少女は嬉しそうに、顔を輝かせて言う。軽く言った一言が、こんなにも少女を喜ばせられたので、ソラは少し嬉しくなった。
「友達の女の子に言われたことはなかったの?」
ソラの何気ない質問に、少女は急に動きを止める。なにやら悲しい顔をしている。
「私、友達がいないんです……」
「……え?」
少女の一言に、ソラもまた動きを止める。こんなに美しく、スラムの少年に手を差し伸べるような優しい子に友達がいないなんて、思いもしなかったから。 
「私の母は、私が小さいときに死んだんです。交通事故でした……。
父は母をとても愛していました。そして、その母が生んだ私も。そのため、父は私を病的に溺愛したんです。父は私が母の様に事故に遭わないように、私を屋敷から出ることを禁じたんです。だから、私はこの屋敷の者以外と話したことは今が初めてなんです。」
「じゃあ、今日の昼間は?」
「あれは、一度でも外の世界を見たかったので、父に無理を言って出してもらったんです。説得するのに、丸半年も掛かりましたが」
この少女とソラとは完全に正反対だ。ソラは、貧しいが、スラムに住み何よりも自由な暮らしを過している。一方、少女は裕福だが、屋敷から出てはいけない。つまり、自由がまるでなかった。
「今度は私が質問をしていいですか?」
ソラはうなずく。少女は初めての同い年くらいの子に会って、興味津々なようだからだ。
「あなたはどこに住んでるんですか?」
「『スラム』っていう、貧民街に住んでるんだ。盗みとかをしなきゃ生きてはいけない、厳しいところさ」
「どうして、そんなところに住んでるんですか?」
この問にソラは答えるかどうか迷った。しかし、この少女も自分の境遇を語ったのだから、自分も語らねば不公平と思い、ソラは言った。
「スラムには親に捨てられたり、売られたりして行き着いた奴が多いんだけどね。俺は違う。」
ソラは暗い顔をして、言った。
「親が殺されたんだ……。10年前にね……」
少女は当然驚いた顔をしていたが、ソラは続ける。
「俺の家は貧しかったんだけどさ、両親は優しくて、温かくて、とても幸せな生活だったんだ。けど、10年間のある日、家に帰った俺が見たのは家の中で血を流して死んでいる親の死体だった。そん時の俺は小さかったから、親が死んだなんて気付かず、死体と2週間も生活していたんだ。」
少女の顔は段々と青ざめていく。しかし、ソラは尚も話し続ける。
「2週間後、仲の良かった隣の人が、家に来て死体を見つけ警察に通報したんだ。その時になって俺はやっと両親は死んだと知った。俺には身寄りがなかった。仲の良かった隣の人も、死体と2週間も暮らした子供なんて、と不気味がって受け入れてくれなかった。そして、俺はスラムに行き、今の仲間に拾われ現在に至るわけさ。」
話し終えたソラはポケットをガサゴソとあさり、何かを取り出した。その取り出したものを少女に見せる。
「これは、俺の家に落ちていた指輪さ。多分、両親のだろうけど。なんか、文字が彫ってあるんだけど、俺は字が読めないんだよな〜。」
ソラが取り出したのは金の指輪だった。かなり高価な代物だ。売れば、1年は暮らしていける、金にはなる。しかし、ソラは売らなかった。どれだけ、生活が苦しい時も。そして、ハレたちもソラの気持ちを察して、売ろうなどとは一度も言わなかった。
「あの、私に見せてくださいませんか? 一応字なら読めますので……」
ソラは素直に少女に指輪を渡した。確かに文字が彫られている。少女は月明かりに照らし、文字を読んだ。
「!!」
少女は書かれていた文字に驚いた。少女は危うく指輪を落としそうになった。
「ごめんなさい。暗くてよくわからないわ……」
「いや、良いんだよ別に。」
もう、あたりは真っ暗だ。相当な時間になっているに違いない。ソラはそろそろ帰ろうと、踵を返した。
「じゃあ、俺そろそろ帰るよ。皆が心配するといけないからさ。」
「あっ、ちょっと待って」
少女はソラを止めた。
「あのできれば、また話に来てくれませんか……?」
ソラは突然の事に心底驚いた。
「いえ、無理ならいいんです。すいません勝手な事を――」
「俺なんかでいいの?」
「ええ、私は今まで同じ年の人と話した事がなくて。だから……」
「俺みたいなスラムの小汚い奴で本当にいいの?」
ソラは尚も信じられずに聞く。
「はい。スラムだとかそんなこと何も関係ありません。」
ソラは嬉しかった。こんな風に言われたのは初めてだから。
「じゃあ、また来るよ! ええと、君の名前は……」
「シエルです。」
「俺はソラ」
二人は手を差し出し握手をした。
「きっと、また今度来るよ」
「はい、楽しみに待ってます。」
二人は手を振って、分かれた。ソラはすぐに辺りの闇にまぎれ、見えなくなった。


「フンフンフフ〜ン♪」
鼻歌を歌いながら上機嫌でソラは隠れ家に向かっていた。
「何だソラ。やけにご機嫌だな」
突如、どこからともなく声が聞こえた。辺りを見回すと、男性が一人立っていた。初めは誰か判らなかったが、目を凝らしてみると
「カイト! カイトじゃないか! 久しぶりだなぁ」
カイトというのは、ハレと共に昔いたスラムのチームのメンバーだ。スラムにいる子供の中では恐らく1番頭がいい。ソラたちは彼に盗みだけではなく、勉強も大事だと、勉強を教わった事がある。ソラはすぐ飽きたが、ハレは暫く教わっていたらしい
「鼻歌を歌いながら、スキップだなんて。そんなにいい事があったのか?」
「ああ、実は――」
ソラは今日あったことを話しはじめた。カイトは黙って聞いていた。
「へぇ、お前中々やるじゃないか」
「だろ? あ、そうだ」
ソラは思い出したように、ポケットをあさり指輪を取り出した。
「これなんて書いてあるか読める?」
ソラはシエルの前では「いいよ別に」といったが、実はかなり気になっていたのだ。そこに、スラム一賢い男が来たんだから、ソラは聞いてみた。
「え〜と……」
カイトは月明かりにあて、文字を読んだ。
「何々……『From Eric to Caren《エリックからカレンへ》』って書いてある」
聞き覚えのない人の名前が出てきて、ソラは首をかしげる。少し、ガッカリしたようだ。
「はぁ? なんだそりゃ?」
「知らねーよ。お前の両親の名前じゃないか?」
なるほど、確かにありえる。
「エリックとカレン、ねぇ……」
「じゃあ、俺そろそろ行くわ」
「おう、ありがとよ」
カイトはどこかへと消えていった。ソラは、今は亡き両親を思いながら、さっきより遅いペースで隠れ家に向かった。


その頃、シエルはまだ庭にいた。初めて出来た友達がうれしくて、更に眠れなかったのだ。
「こんな所にいたのか。」
シエルは声のするほうを向いた。そこにいたのはシエルの父親だった。
「部屋にいったら居なかったので、心配したんだぞ。いくら屋敷の中だからといって、絶対に安心とは言えんからな」
確かに、今さっきここに侵入者がいたのだ。
「いいか、私はもう休む。お前も早く休むのだぞ」
「はい、判りました……」
シエルの父親は部屋に戻っていた。振り向き様に一言「お休み」と言った。
「お休みなさい。“エリック”お父様……」


                          「スラムの日常」


「う〜ん、いい天気だなぁ……」
ソラは赤く燃える太陽を見ながら、大きな伸びをした。彼は今とてもご機嫌だ。理由は簡単。一目ぼれしたこと一日でトモダチになったからだ。
「今日も一日ブイッと行こう!」
そう言いながら始めたのはラジオ体操。ソラの一日はラジオ体操から始まる。これがソラの日課だ。
「っふぁ〜……。昨日あんだけ遅くに帰ってきたくせに、元気だねぇ」
大きく欠伸をしながらハレがやってきた。昨日、ソラの帰りを遅くまで待っていたのだが、我慢できず寝てしまったのだ。そのため、目にはクマができ、眠たそうな顔をしている。
「俺は体内時計がバッチリだからな。どんだけ遅くに寝ても、ちゃんと同じ時間に起きれるのさ!」
「得というか損というか……」
ふと、二人のお腹がなる音がハモった。
「腹減ったな」
「そろそろ調達に行きますか」
「今日は俺も着いていくぜ。ガキ共がいなくて暇だからな」
今日リーやダイは他のスラムの奴のところに泊まりに行っている。いつも、ソラがいない間はハレが子供たちの相手をしているのだ。
ハレと供に盗みを働くのは久しい事である。
「じゃあ、狙うのはもちろん……」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑い、二人同時に言った。
「「ロスのおっさん!!」」


ロスのおっさんは眠っていた。最近盗みがあまり来ないから安心して。
この店は品揃えがよいため、盗みの対象になっている。しかし、このおっさんに捕まると半殺しにされるため、スラムの中でも盗みの腕の立つ奴等しか来ないが。
その時、店の前に二人組みの小さな子供が通ろうとした。店の前に並べられたりんごの山に手を伸ばしそれを盗ろうとする。
しかし、その子がりんごを掴もうとした瞬間、毛深い大きな手がガシッと子供の手を掴んだ。子供はサッと青ざめ、恐る恐るその手の主を見上げた。
「坊主〜。おいたが過ぎるなぁ?」
猫なで声でその人は言った。子供は泣きそうな声で大人に言う。
「ごめんなさい……。ゆ、許して……」
「ゴメンで済んだらケーサツはいらねぇんだよ」
その人は、ロスを含めたほかの大人を呼び、子供二人を円になって囲んだ。


「ん? 何だ?」
ソラとハレは遠くに大勢の大人が円になっているのを見て、不思議に思った。
「なんかあったのか? 他の奴等が盗みをしくじったとか?」
二人は数秒考えたが、その方向へ駆け出した。
そこに近づくにつれ、大人たちの怒鳴り声がハッキリと聞こえる。
「盗みなんて太ぇ野郎だ!」 「やっちまおうぜ!」 「ガキだからって気にするこたぁねぇ。犯罪者には罰を、だ」などと罵声が飛び交っている。
二人は誰がしくじったのかと思い、円の中に入り見てみる。もしかしたら知っている奴かもしれない。
「! あいつら……」
「ったく、馬鹿な野郎だ」
中にいる二人の子供を見て、ソラ、ハレは驚愕した。なんと、中にいたのは昨晩友達のところに泊まりに行くと出かけた、リーとダイだった。
二人は円の外に出て話し合う。
「どうする?」
ハレがややあきれた声でソラに尋ねる。
「どうするもこうするも助けるしかないだろう」
ソラは溜息をつく
「ただし、その後はお仕置きだけどな。」
二人は変装用に持ってきたサングラスなどを装備する。変装するのは、ロスのおっさんには度々見られているから、今出て行ったら二人まで巻き添えになるからだ。
そして、二人はまた円の中に入る。今まさに隣地にしようかとしている。急がなければ。ハレはロスのおっさんに近づき、目にも留まらぬ速さで財布を掏る。そして、それをソラに渡す。ソラは円の中心に入った。
「まぁまぁ、皆さん。落ち着いて。何もこんな小さな子供に手を挙げなくても良いじゃないですか」
ソラは声色を変え、大人全員に話しかける。
「そのガキは俺の店の商品を盗んだんだ! 許しておけるか!」
ロスが怒鳴る。ソラはわざとらしく溜息をつく。
「では、僕がその賞品のお金を払いましょう。それも3倍の額で。これで許してもらえますか?」
ロスのおっさんは渋い顔で考えるが、頷いた。こいつらをボコボコにするより、3倍の額の金を払ってもらったほうが得と考えたのだろう。
ソラはロスに金を渡す。もちろん、その金はロスから掏った財布の金だ。ロスはそうとも知らずに金を受け取る。
その後、円は解かれ、二人は解放された。


「まったく。なんでこんな事をした?」
ソラは二人に少し怒った口調で言う。二人は下を向いて、中々答えない。
「黙ってちゃ判らないだろう?」
二人はようやく口を開いた。
「兄ちゃんたちに一人前だって認めてもらいたくて……」
「迷惑ばかりかけられないと思って……」
二人は小さな声でそう言う。ソラはその答えを聞いて溜息をつく。
「まったく。そんな理由だったのか……。いいか? お前らはまだ子供だ。まだ一人前には程遠い。判ってるのか? 危うく半殺しにされるところだったんだぞ? お前らが一人前になるまで、俺たちがちゃんと育ててやるから。な?」
二人は小さく頷いた。ソラはそれを見て満足したのか優しい口調で話す。
「スラムは怖い。だからこそ本当に一人前になるまで、あんなことはしちゃ駄目だ。もう二度とするなよ?」
二人はまたも頷いた。しかし、今度は知育ではなく、大きく確かに頷いた。
「よし、じゃあ帰ろう」
4人は沈む夕日を背に隠れ家に向かった。






続く→

2004/06/10(Thu)21:02:49 公開 / 九邪
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■作者からのメッセージ
こにゃにゃちわ〜。九邪でっす。
今回はシエル登場しませんでした。彼等の日常を少し書いてみました。
ソラ、ハレの盗みのシーン書きたかったんですが何となくこんなストーリーに……
いつも思いつきで書いてるなぁ……(-_-;)
では、感想をくれた方へのお返事をば。

ねこふみさんへ>
確かに、子供時代に親は重要ですよね。僕は二人ともいてよかったなぁ(笑
ぜひ後編も読んでくださいね。続きも頑張ります

DQM出現さんへ>
お久しぶりですね。猫と.からずっとボクの作品を見てくださるDQMさん。こういう方がいると励みになります。毎度ありがとうございます。
死のうとした男〜はですねぇ、ここ一時閉鎖になった時に消えちゃったんですよぉ(泣
あれ、かなりの自信作だったのになぁ……。まだ奈美恵、清弘の過去も明かしてないのに……
まぁ、今度はこちらで頑張ります。
これからもよろしくお願いします!

蘇芳さんへ>ほのぼのシーンを誉めて頂いて嬉しいです。あこは、結構力入れて書きましたから。
少し、用紙についての描写を追加しました。ご指摘ありがとうございます。

この作品を読んでくれた方は感想を下さると嬉しいです。
では皆さんまた会いましょう。See you next time. (^_^)/~


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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。