『HERO U     完』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:紅い蝶                

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                           「HERO U」




【前編:3ヶ月目のデートの前に日に】


 半年前のあのハイジャック事件。俺、秋山隆一(あきやま りゅういち)は一躍時の人になった。確かに気分はいいけど悪いこともある。あることないこと言われるし、どこに行くにしても誰かに見られている気がしてたまらない。
 最近はそんなこともめっきり少なくなって、普通の高校生活を送っている。
水鳥がいなくて席が一つぽっかりと開いてしまった教室を見るのは寂しくて、悲しくて、もどかしかったけど、土屋摩奈(つちや まな)ちゃんが俺を救ってくれた。
もともとよく二人で話すからそのおかげで、寂しい気分を紛らわせることができた。
 ハイジャック事件から3ヵ月後、俺は摩奈ちゃんに告白された。一年生のときから好きだった・・・・・・と。
 明日で摩奈ちゃん・・・・・・いや、摩奈と付き合って3ヶ月になる。普通は半年や一年のときに祝うものなのだろうけど、俺は水鳥に注いでやれなかった愛情をできるだけ摩奈に注いであげたいと思ったから毎月祝うことにしていた。
 今回は絶叫マシンで有名で、富士山のふもとにあるあの遊園地へ。
まさかこのデートで、あんなことが起こるとは思ってもいなかったんだ・・・・・・。
またじいちゃんが・・・・・・・・・夢に出てくるまでは。


「隆一!歯みがいたの?」
――――――またかよ。
隆一は高校三年生になった。大学進学を目指して日々勉強中の学生だ。
(そういえば半年前のあの時も、母さんに同じこと言われたような・・・・・)
何か不吉な感じがしたが、隆一は考えすぎだと割り切って階段を登って部屋へ入り、ベッドに敷かれた布団に身を包んだ。
半年前とは違って、すぐに眠りにつくことができた。
「隆一・・・・。聞こえてるか〜〜?」
 最悪だ。聞こえてきたのは老人とは思えないほど明るい声。最近のしゃべり方。・・・・・・・・じいちゃんだ。
「またまた登場秋山茂(あきやま しげる)享年76歳〜。愛しの孫、隆一にお知らせに参りました〜」
若者に憧れ、自らも若者と勘違いしてそのまま心臓麻痺で死んでいったじいちゃん。なんで夢に出てくるのかわからないけど・・・・・・。
 とにかく、ここまでの展開が、あの忘れたくても忘れられない半年前と酷似していた。気持ち悪いくらいに・・・・・。
「なんだよ、じいちゃん。頼むから不吉なことだけは言わないでくれよ?明日は摩奈と遊園地に行くんだからさ」
 今までと今回の夢は少し違った。いつもはじいちゃんの顔は見えないのに今回は見える。なんで??
「残念・・・・・。明日のデートには行かないほうがいいぞぉ〜」
「無理だっつの・・・・。もうチケット取ってるし、高速バスにも乗るんだからさ・・・・・。で、今回は何?」
腰に手を当てて隆一が聞く。もう慣れた感じだ。だが、それとは正反対に祖父の顔は厳しくなった。
「なら午後2時前に必ず遊園地を出なさい」
普段ここまで会話はできない。一方的に祖父がお告げをして勝手にどこかへ消えていく。
とにかく今回は、今までと違いすぎた。
「なんでだよ?」
「午後3時。その遊園地を中心に四方3キロが爆弾の炎に飲み込まれる・・・・・。死にたくないなら1時間前の2時に遊園地をでるんじゃ。いいな?」
そう言って消えた。今までになく厳しい言い方。今までと違いすぎる夢。
夢が終わって目が覚めると同時に隆一は不安でたまらなくなり、再び眠りつくことができなかった。
半年前と同じように自分が全てを無かったことにする。事件が起こらないようにする。それが一番の方法なのかもしれない。
自分に爆弾処理の技術も知識もない。ハイジャックのときは自分の運と周りの手助け、そして体育の評価満点の自分の運動能力が全てだったからいい。
 だが、今回ばかりは違う。完璧に専門技術の問題だ。隆一に出る幕もなければ、できることもない。
「だからって・・・・・・・罪もない人がたくさん死ぬのを、放っといていいのか・・・・・?」
自分に問いかける。今自分には大切な人がいて、その人の命を守るのが最優先だ。そうだ。そうなんだ。
摩奈を守り抜くこと・・・・・それが正解だ。2時前に遊園地を出よう。
隆一はそう決めて、眠ってくれない自分と格闘しながらそっと目を閉じた。
それが正しいんだと、自分に言い聞かせて・・・・・・。


 次の日の朝早く、携帯電話と財布、そして半年前に活躍してくれた腕時計を持って家を出た。
 摩奈との待ち合わせ場所、そして高速バスの出発地点である品川駅。摩奈の笑顔を確認してからバスのステップを登って乗車した。
 
現在の時刻は午前6時30分。爆発予定の午後3時まで、あと8時間29分と37秒だった。








【中編@:決断】


 心地よく揺れるバス。高速道路のつなぎ目でカタンと上下するのが揺り篭のようでたまらない。いやホントに。
 朝が早かったせいか、隆一の肩に頭を預けて眠る摩奈。スースー聞こえる寝息とかわいい寝顔が本当に愛しくて、失いたくない。この人とずっと一緒にいたいと、そう思える。そのためには遊園地を午後2時までに出なければならない。摩奈にはなんて言おうか。親が遅くなるなって言っていたとでも言っておけばいいだろうか。
 そんなことを考えながら、隆一はボーっと窓の外を眺めていた。バスの横を駆け抜けていく乗用車。あれは確か・・・・・、ホンダのオデッセイだったか・・・・。そんなに急いでもいいことはないぜ若者よ。
 
 

 バスは静岡県に入ってどれほど経っただろう。いつの間にか高速道路を降り、今は一般道を走っている。6月も半ばだというのに、外はそれなりに寒そうで雪もチラホラ見かける。今の時間は9時ちょうど。今から6時間後にはこの風景ももしかしたら爆弾の被害を受けて炎に包まれているのかもしれない。そう考えると、なんだか放って置けるような問題じゃないんじゃないかと考えてしまう隆一がいた。
そんなことはない。元々は知らなかったはずのことなんだ。摩奈と二人で楽しく遊び、帰ってきてからニュースで爆破事件を見る。それが元々だったはずだ。深く考える必要はない。そう、これは知っているほうがおかしいことなのだ。気負う必要はない。それが当然の成り行きだ・・・・・。
 そこでふっとあることを思い出す。
 半年前、自分はどう考えて行動しただろうか。自分が死にたくなかったのもあるし、友達を死なせたくなかったということもある。だが、知らないはずのことだったんだ・・・・・と簡単に諦めていただろうか。
―――――違う。俺はそんな人間じゃなかった。少なくとも、何とかしてやろうと考えてたはずだ。俺は・・・・・・・・
「りゅうちゃん・・・・。もう着いたぁ?」
 眠たそうな声で摩奈が言った。片目を手で擦りながら愛らしい笑顔を浮かべる。
何度も言うが・・・・・・・・失いたくない。同じ失敗は二度も繰り返したくない。
 半年前、隆一は自分の本当の気持ちに気付いた。それを伝えたいと思った。だけどそれを伝えられなかった。水鳥は死んでしまったから・・・・・・。
二度も、愛する人を死なせたくない。今回は死なないかもしれない。摩奈に命の危険はないかもしれない。だけど、“もしかしたら”がある。100%ないとは言い切れないのが現実だ。
「もうちょっとで着くと思うよ。もう少し・・・・・寝てな」
 優しく語り掛ける。「うん」と言って摩奈がそっと目を閉じる。すぐにスースーと寝息が聞こえる。可愛い。正直、可愛い。誰かに言ったらノロケだと言われるかもしれない。でも、本当に愛らしくて、愛しくて、可愛かった。水鳥にあげられなかった愛を摩奈に注いでいる分、その思いが強いのかもしれない。
 隆一は唇を噛み締めた。血が出るくらいに。そして一つの決断を下した。
――――――摩奈だけじゃない・・・・。全ての人を救ってみせる・・・・・。絶対に・・・!!
 HEROになりたいわけじゃない。褒められたいわけじゃない。でも、思った。同じように愛しい我が子や恋人を失った人が、その人を失ったらどう思うだろうか・・・・。
 愛する人を失いたくないのは自分だけじゃない。誰だってそうだ。そして、そのかけがえのない愛する人の命を救える人物はただ一人。秋山隆一だけなのだ。それを自ら放棄したとき、どれだけの人が涙を流すだろうか。どれだけの人が悲しむだろうか。
 そう考えたら、自分たちだけ助かればいいなんて考えはどこかへと吹き飛んでいった。
(俺は俺にできることをやろう)
ハイジャック事件で学んだことの一つだった。
 変えられない運命なんて・・・・・・ない。勇気を持って一歩を踏み出せば、きっとなにかが変わってくれる。
――――――やってやろうじゃねぇか・・・・・。
 隆一は固く拳を握り締めた。

 時計は9時23分を指している。爆破予定時刻まで、あと5時間37分。








【中編A:爆弾】


 遊園地に着き、バスから重々しい足取りで降りる。摩奈が心配して声をかけてきたので、車に酔ったと告げておいた。
 本当は酔ってなどいない。これからどうするか考えていたのだ。だが、考えはまとまらないまま遊園地に到着してしまった。
 バスを降りると遊園地の目玉ジェットコースターから絶叫が聞こえる。キャーキャー騒いで、あんなもののどこが楽しいのだろうと物思いにふけってみる。そういえばジェットコースターの悲鳴で男の声はあまり聞こえない。遠くから聞こえるとなおさらだ。男のほうが低くて通る声のはずなのに聞こえない。怖くないからか?ただ単に叫ばないだけか?自分だったらきっとジェットコースターの滑車の音よりもでかい声で叫ぶだろうな・・・・・。
 摩奈と手をつないで遊園地の入場ゲートをくぐる。目の前には先ほどのジェットコースターに並ぶ長蛇の列とゴーカートが見えた。
「何から乗る?」
隆一の問いかけに摩奈を迷いもせずに指差した。
「・・・・・・ゲッ」
――――――ジェットコースターだ・・・・・。
「お・・・・・俺、ちょっと高いところは・・・・・・・」
額から冷や汗をダラダラと流しながら隆一は優しく否定する。
無理だ。乗れるわけがない。家のベランダから真下を見ただけで足がガクガク震えるんだぞ?それくらい苦手なんだぞ?それを無理矢理なんてことはないよな・・・・・・・。
「行こうっ」
隆一の腕を引っ張って、目をキラキラさせながら摩奈はジェットコースターへと駆け出した。
・・・・・・無理矢理かよ。
目を輝かせている摩奈とは逆に、隆一の目は今にも涙がこぼれそうなほど潤んでいた。


「♪〜〜♪〜〜」
 遊園地の名前が入った従業員服に身を包んだ若い男。鼻歌を歌いながら電気コントロールパネルをいじくる。その部屋の入り口には関係者以外立ち入り禁止の注意書きがしてある。基本的に誰も入ってこないようなところなので、男、坂下健二(さかした けんじ)は何の恥ずかしげもなく鼻歌を歌う。ノリノリだ。ピッピッという音が心地よいリズムを刻んでくれる。一秒間隔のミディアムペースだ。
「・・・・・・・・・えっ?」
 今、気付いた。等間隔で流れる電子音。自分の後ろのほうから聞こえてくる。こんなところに料理用タイマーなんてあったか?いや、あるはずない・・・・・・。
 振り返って音のするほうへと歩き出し、音源を探す。
『高電圧・注意』そう書かれたボックスの中から聞こえる。そっと・・・・・そ〜っとふたを開けてみる。そこには・・・・・・。
「お、おい・・・・・。これって・・・・・もしかして・・・・・!」
ピーーーーーッと先ほどより長い電子音。いや、警告音だった。その原因は、タイマーの秒数にあった。
「え・・・・?あと、3秒!!?」
坂下の額から大粒の汗が一滴、床に落ちた。



カタカタとジェットコースターが登っていく。現在の高さは30メートルらしい。どこまであがってくんだよコンチクショー。
「来た来た来た〜」
摩奈がうれしそうにはしゃぐ隣で、隆一は冷や汗でダラダラ。唇は真っ青だ。
―――――――――ドォォォンッッ!!
 ジェットコースターが40メートルの高さまで来たとき、どこかで大きな爆発音が聞こえた。
ざわつく客達。もちろん隆一と摩奈も例外ではない。
ジェットコースターは緊急事態を察知したからか、停止した。
「な・・・・何?今の音・・・・」
さっきまではしゃいでいた摩奈の顔が一瞬にして暗くなる。
隆一には一つ心当たりがある。それは・・・・・・。
「・・・・・・・爆弾だ」
 3時に爆発するんじゃなかったのか?周囲3キロが炎に飲まれるんじゃ?今の爆発は明らかに規模が小さすぎるんじゃないのか?
色々な疑問が隆一の頭をよぎった。そしてもう一つ、一番気になること・・・・・・。
―――――誰か死んじまったのか?
高所恐怖症だということなど忘れ、シートベルトを勢いよく外してコース横の狭い通路を歩いてジェットコースターを降りる。その後ろを摩奈をはじめ客全員も怯えながら続いていく。

祖父の予言が外れたわけじゃない。遊園地全体が爆破されるのが3時であって、それまでにも爆発は起こるのだ。
そこまで言ってくれなかった祖父に対し、隆一は心の中で叫んだ。「バカヤロウ」と・・・・・。
 大本命の爆発まではあと4時間19分。それまでにいくつも爆発は起こるだろう。
知識もない。どれくらい爆弾があるかもわからない。隆一は新しい恐怖を覚えた。どうしようもない現実という恐怖を・・・・・。









【後編@:電話と警察と誓い】


 舞い散る灰と煙。園内の一箇所には人込みができ、有名アトラクションなんかよりたくさんの人がいる。火薬のにおいがつんと鼻を突く。爆竹を使ったあとのあのにおいだ。
「・・・・・・・りゅうちゃん」
隆一の後ろからここまでついて来た摩奈が隆一の腕にギュッとしがみつく。怖いのだろう。そりゃそうだ。隆一だって怖いのだから・・・・・。
「心配すんなって・・・・・・。大丈夫だから」
無理して笑顔を作って摩奈を安心させようと試みるが、今にも泣きそうな顔をしていて安心させるのは無理そうだった。
 
正午を知らせるチャイムが鳴る。今、12時だ。爆発の時間まであと3時間。
―――――ジリリリリ!
近くの公衆電話が鳴った。誰からかはわかるはずもない。とにかく鳴った。その受話器を従業員の一人が取った。恐る恐る話すその表情から、あまりいい話ではないと思った。最近は携帯電話を持っていない人のほうが少ないだろう。個人に用があるならその携帯に連絡をよこすはず。その人の携帯番号を知らない限りは・・・・・・。そして公衆電話と言うからには、誰が電話に出てもおかしくはない。つまり電話の主は“誰が出ても構わない”ということだった。そして・・・・・・・
「秋山隆一さんはこの中にいらっしゃいますか?・・・・・・お電話です」
隆一の名が呼ばれた。誰だ?隆一は携帯を持っている。最新式のテレビ電話搭載型だ。隆一に用があるならなぜその携帯に連絡しない?答えは簡単。電話の主は隆一の携帯の番号を知らないからだ。そして、今この爆破現場にいることを知っている。つまり・・・・・・・どこからか見ているのだ。
「・・・・・・もしもし」
先ほどの従業員と同じく、恐る恐るしゃべりかけてみる。相手の反応はない。何秒経っても・・・・・。
(おいおい、呼んでおいて用件なしかよ・・・・)
「切りますよ?」
試しにそう言ってみた。すると電話の主は反応を見せた。「切るんじゃない・・・・」と。
「だったら用件を・・・・・」
その言葉をきっかけに、電話の主が話し始める。爆発のこと、これからのこと、爆弾の残り数は全部で10個だということ、何もかもが爆弾に関することだった。間違いない。こいつが爆弾魔だ。隆一はそう確信した。声はボイスチェンジャーで変えられており、それ以外のことはわからない。テレビ電話ならわかったんだが・・・・・・・。犯人は最後に驚くべきことを言った。
「このまま行けば、お前の彼女が100%死ぬぞ」
額から汗が流れて落ちる。胸に何かを突き立てられた感じだ。ここで屈したら・・・・・負ける。こいつの思い通りになってしまう。
「んなこと・・・・・させるかよ」
犯人は笑って電話を切った。その反面、隆一の顔に笑顔はない。駆け寄ってくる摩奈に合わせる顔がない。このままだと彼女が死んでしまう・・・・・・。だが、どうやって?ピンポイントで爆発させることができるのか?それともまた別の何かが?

 隆一がそう考え込んでいるときに、警察がやってきた。ぞろぞろと100人以上はいるだろうか?まぁ当たり前か。爆弾テロなのだから・・・・。
「静岡県警の沢松警視です。詳しい状況の説明をお願いします」
警察の中でもっとも偉そうな人物が口を開いた。実際一番偉そうなのだが、どうも隆一は気にくわない。自分が一番偉いんだと誇示するようなその態度が・・・・・。黒い髪をちょうどよい長さで切りそろえて眼鏡を掛けている。ピシッとしたスーツを着て、偉そうな態度で手帳に聞いたことをスラスラと書き留めていった。
「警視さん」
隆一がそう話しかけると警視はチラッと隆一のほうを向いてから、また手帳に視線を落として言った。
「何の用だい?ハイジャック事件のヒーロー君。いや、今はただのいちゃつく高校生か・・・・」
隆一の腕にしがみつく摩奈を見てそう皮肉を言ってきた。ぶん殴ってやろうかと思ったが、それじゃあ今度は隆一も犯罪者になってしまう。公務執行妨害と暴行罪。それは・・・・・ちょっと勘弁。
「まだ・・・・・爆弾はある」
殴れ殴れと叫ぶ心の中の悪魔を必死に押さえつけながら、隆一は落ち着いて話した。ハイジャック事件のときも、実は祖父が夢の中で言った予言が当たったんだ・・・と。そうでなければ電動ガンなどの準備はできなかったとも言った。それだけ聞けば、少しは信じてみようかと思うだろう。だが、沢松は断固として信じなかった。
「あの事件のときは君の運がよかっただけだ・・・・・。君がすごかったわけじゃないだろう?全て回りの人間のサポートだ。全て聞いた話だからよくわからないが・・・・・、佐伯水鳥・・・だったかな?」
水鳥の名前が出てきた瞬間、隆一の心臓がバクンと大きく動いた。横にいる摩奈は泣きそうになりながら、必死に泣くのをこらえていたのに水鳥の名前を聞いた瞬間泣き出してしまった。そういえば仲がよかったんだっけ、摩奈と水鳥は・・・・・・。
「水鳥が・・・・・・・・なんだ?」
手帳に何かを書き込むのをやめて胸のうちポケットに手帳をしまう。そして腰に手を当てると沢松が言い出した。
「君なんかを生かして何になったんだろうな。死んだ人間だからといってコロッと忘れ、新しい女とデートか・・・・。佐伯くんも浮かばれないんじゃないかい?聞いた話によれば付き合ってたらしいじゃないか、君と佐伯くんは」
その言葉を聞いて、隆一の中でなにかが吹っ飛んだ。頭の血管が1,2本切れたかのような感覚がすると同時に、自分の怒りの抑制が利かなくなった。俗に言う“キレる”といったやつだろう。隆一は思いっきり固く握り締めた拳で、思いっきり沢松の頬をぶん殴ってやった。息が荒くなった隆一を、必死に他の客や従業員、警官が止める。沢松の眼鏡には軽くヒビが入り口元が切れて血が出ている。相当ダメージが大きかったのか、沢松はやっとのことで立ち上がった。
「私を殴ったところで・・・・・どうにもならないぞ。とにかく君の意見は聞かない。黙って帰れ」
隆一は摩奈を連れて入園口へと向かった。そのまま帰るとでも思ったのだろうか、沢松はフッと笑って事情聴取を再会した。



「おいコラ、クソ警視!」
その声に振り向く沢松。振り向いたその視線の先には、階段を登った上にいる隆一の姿があった。
「運じゃねぇってことを教えてやる!そうやって馬鹿にしてやがれ。ほえ面かかせてやっからな!!」
そう言って隆一は摩奈に「ごめん、一緒に付き合ってくれ」と一言謝罪した。もちろん摩奈は笑顔でOKしてくれた。「いつも一緒にいるよ」と言ってくれた・・・・・・。

 あと2時間45分。隆一は一つ誓った。
―――――絶対にじいちゃんを嘘つきにはさせない。
 隆一と摩奈は、爆弾の脅威に立ち向かおうとしていた。









【後編A:爆弾探し】



 隆一に爆弾解体はできない。どうやったってできないだろう。爆弾解体は完璧な専門技術で、赤や青の導線をただ切ればいいわけじゃない。まぁ運でどうにかなる場合もあるが・・・・・・。そのため隆一は“爆弾を探す”ことにした。見つけたら警察の爆弾処理班に連絡する。あのクソむかつく沢松はもう爆弾がないと踏んでやがる。だが爆弾処理班はとりあえず形だけでも来てくれている。それに頼むしかなかった。
「どこにある・・・・・?俺が爆弾魔ならどこに仕掛ける?」
 自分に問いかけて必死に探す隆一。摩奈もそれに続いてキョロキョロして怪しそうな場所を探す。
2人はこの時点ではまだ気付いていなかった。自分たちが今現在、最大級の爆弾を持って移動していることに・・・・・・。


沢松の事情聴取はまだ続いていた。従業員一人一人に質問し、犯人を捜すのと同時にそのときの状況を聞いていた。一緒に来た警官は基本的に一般客の誘導を行う。今現在園内にいる者の中に犯人がいる可能性があるため全員を一箇所に集まらせ、これから入ってこようとする人たちを制止した。
「なるほど・・・・・・・。どうもありがとうございました。事情聴取はこの辺で結構です。我々は園内を今日一日パトロールしますので、怪しい人物がいましたら我々にお伝えください」
その場にいる全員にそう言って、沢松は携帯灰皿とマイルドセブンのスーパーライトを取り出し、火をつけた。
フーッと息をはくと煙が一緒に出てくる。沢松はタバコを吹かしながら考えをまとめていた。
 電圧室にあったと見られる爆弾が爆発。そのとき電気コントロールパネルをいじくっていた坂下健二という若い男性が爆死した。秋山隆一が言うにはまだ爆弾が残されている。わかっているのはそれだけだ。隆一の言うことを信じるつもりはさらさら無いが、どうも気になる。
 沢松はタバコの火を消して携帯灰皿へ突っ込んだ。


「あった!!あったぞ!!」
隆一がうれしそうにそう叫ぶ。爆弾は静かに鼓動していて、爆発までの時間はあと1時間10分だ。摩奈に頼んで爆弾処理班を呼んでもらった。
爆弾があった場所は売店のぬいぐるみの山に隠れた場所だった。売店で摩奈が「人形が山盛りになっているって不思議。もっと見やすくすればいいのに」といったのが救いだった。摩奈が気付いてくれなければ通り過ぎるところだった。
爆弾処理は専門の人に任せ、残り9個の爆弾を探しに向かった。





あれから一時間程度の時間が経った。爆弾は様々なところにあり、売店のイスの下や誰も入っていないマスコットキャラの気ぐるみの中などに仕掛けられた8個を見つけ出し、残り1個とせまった時だった。残り時間は30分。
―――――ジリリリリリ!
 公衆電話がけたたましく鳴り響く。その公衆電話の目の前にいるのは隆一だ。それ以外に近くにいるのは小さな子供と、その子供を捜しに来た親だけだ。
摩奈を残して一人ボックスの中に入り、受話器をとる。
「もしもし・・・・・・」
静かな声でしゃべると、相手の鼻息のようなものが聞こえた。全てのアトラクションが止まっており、静まり返った園内に隆一の声だけが響いた。
「・・・・後ろ。見てみろ」
ドキッとする。・・・・・後ろ?何があるというのだろう・・・・・。そっと振り返る。そのときに汗が頬から口へと入ってきた。
 警官が一人、後ろを向いて立っていた。どこにでもいそうなあの警官の服。
――――誰だ・・・・コイツは・・・・。
 警官が振り向いてニヤッと笑う。その手には携帯電話・・・・・そして腕には・・・・・・・
「摩奈っっ!!!」
眠らされた摩奈が隆一の声に気付くことは無い。電話ボックスを勢いよく飛び出すが、奴のほうが先に動く。何やら小さな塊を隆一に向かって投げつける。・・・・爆弾だ。隆一の5メートル手前でそれが爆発した。殺傷力や威力は無いに等しいが爆風がすさまじく、隆一の体を電話ボックスへ向かって吹き飛ばした。
「うっ・・・・・!」
電話ボックスに勢いよく叩きつけられ、一瞬息ができない。
「この女を助けたければ観覧車まで来るんだな」
奴はそう言って摩奈を連れ去っていった。
「・・・・待て!・・・・・っつぅ!!」
立ち上がろうとすると右足首に激痛が走った。見てみるとくるぶしの少し下が青く腫れ上がっている。さっきの爆風で捻挫でもしたようだ。しかも重度の・・・・・。
「くっそぉ・・・・」
眠った摩奈を連れて走って奴は姿を消した。


半年前のあのハイジャック事件。あの時と同じように、また隆一は大切な人の命を危険にさらされた・・・・・・。
―――――――大本命の爆発まであと26分。







【後編B:佐伯水鳥】


 右足に電気のような痛みが走る。たまらず声が漏れた。爆発まであと26分。ここで足が痛いからといって投げ出すようじゃ、一生後悔するし、したくもない。隆一は足首の激痛に耐えながらなんとか立ち上がり、電話ボックスを離れてあるところへと向かった。そこは観覧車ではなくて、沢松たち“警察”がいるところだった。

 山のふもとのきれいな空気に、一筋の白い煙が流れる。その煙は沢松の口から出たもので、すぐに消えた。愛用のマイルドセブンのスーパーライトは残り2本となっていた。
「・・・・・・クソ警視・・・・。いや、沢松警視・・・・・」
タバコの火を消し終わったところで誰かの声が聞こえた。半年前のハイジャック事件で一躍時の人となり、下手な芸能人よりよっぽど騒がれたあの秋山隆一の声だ。正直、いけ好かない。自分たち警察は何度も何度も難事件と呼ばれるものを解決してきた。それなのに一度だけ・・・・・たったの一度だけハイジャックを懲らしめただけで警察より有名になってしまった秋山隆一は、沢松にとってムカつくだけであった。
「今さらなんのようだ?まさか力を貸してくれとでも言うんじゃないだろうな」
 その言葉に隆一はハッと息を呑む。自分で言ったのだ。「ほえ面かかせてやる」と。だが今はそんなことを言っている場合ではないことぐらい、隆一にはわかっていた。・・・・・・悔しい。腹立たしい。だが隆一は右足の痛みをこらえながらも沢松に深く頭を下げた。
「・・・・・・・頼む。いや・・・・・・頼みます。摩奈が警察の格好をしたやつにさらわれて死ぬかもしれないんです・・・・・・。力を・・・・・貸してください」
 先ほどの隆一からは想像もできない態度。それに対して沢松が言ったことは、隆一にとって最悪としか言いようが無かった。
「警察をなめてるのか?君自身が私達警察を見下したんだぞ?あの時私を殴った時点で君の事は全く信用しないし協力もしない。諦めるんだな」
・・・・・・殴ってやりたかった。もう一発・・・・。いや、10発くらい。
「・・・・・・・・・・お願いします」
それでも隆一はこらえた。どんなに悔しくても、どんなに頭にきても、今は摩奈の命が最優先。ここで殴ってしまったらどうにもならない。怪我をしている自分ひとりだけの力ではどうしようもない。頭を下げたまま次の言葉を待つ隆一の耳に誰かの声が入ってきた。
「警視・・・・・・。今はそんなこと言ってる場合じゃないんじゃないですか?人の命が懸かってるんですよ?ここまで頭を下げてお願いしてきてる彼に対して、それじゃあんまりです」
若い声。警察の誰かが言ってくれたのだろう。その言葉に続いて他の警察、捜査員、爆弾処理班など、全ての人が隆一の味方をしてくれた。
「みんな・・・・・・・」
頭を軽く上げてみんなの顔を見る。若い人もいれば年配もいる。間違いなく全ての人が隆一の味方だった。
 ぼりぼりと沢松が頭を掻く。そして・・・・・・・
「しょうがない。力を貸そう。だが勘違いするなよ?君に強力するわけじゃない。警察としてこの事件に取り掛かるだけだ」
沢松は隆一に目を合わさずにそう言った。なんだか・・・・・・わかった。照れてるんだな・・・・・と。本当は警察として取り掛かるのではなくて、純粋に手伝おうとしてくれてるのだろうな・・・・・と。
 沢松に事の成り行きを全て話し、隆一は観覧車へ向かおうとした。
「静岡県警の誇りをかけて、この事件を解決するぞ。犠牲者は一人で十分すぎる」
後ろで沢松の声がした。それに続けて全警官の声。青く晴れ渡った空が、これから起こることの成功を暗示してくれているようで、隆一はなぜか安心できた。
爆発まで、あと20分ちょうどと迫っていた。


―――――ジリリリリ
観覧車の目の前の電話ボックス。けたたましく響く呼び出しベルの音。犯人からの電話だ。恐らく最後の・・・・・・。摩奈が死ぬか、全員が死ぬか、もしくは犯人が捕まるか。この3つ以外の未来は無いはず。
隆一はそんなことを考えながら電話に向かう。沢松たちがじっとこちらを見る。捻挫した右足を軽く浮かせて左足だけで立ち、受話器を耳に当てた。
「お前の彼女は一番高いところにあるゴンドラにいる。爆弾はあと10分で爆発するぞ。急ぐんだな」
そう言って電話は切れた。今回の電話で隆一は一つ確信した。犯人はまだこの遊園地の中、しかもすぐ近くにいる。そうでもなければ、隆一たちが観覧車前に着いた瞬間にタイミングよく電話できたりするはずが無い。
 そのことを沢松に告げると、早速沢松は周辺の捜索に入った。沢松を残して全ての捜査員が付近を捜索する。
「・・・・・あと10分か。どうするかな」
観覧車は停止している。操作盤を見ると電源コードがズタズタに切られていた。恐らく犯人は摩奈をゴンドラに乗せたあと、そのゴンドラが頂上まで行ったのを確認して観覧車を停止。隆一たちが摩奈の乗ったゴンドラを一番下まで動かせないようにコードを切ったのだろう。
付近を見回す。全てのアトラクションは停止していて、ジェットコースターからの悲鳴も聞こえない。頂上まではおよそ50メートル。捜査員全員で肩車でもすれば難なく届くが、それを支えられるようなバカ力は確実にいない。恐らく熊でも無理だろう。
「やっぱり・・・・・あれしかないか」
隆一の視線の先には鉄柱が二本立っていて、その鉄柱にゴムのようなものが吊らされているものがあった。
「逆バンジーか・・・・・・?」
沢松の質問にコクリと頷く。正直怖いが、やるしかない。逆バンジーで思いっきり上まで跳びその勢いを利用して観覧車に飛び移る。そこから観覧車の入り乱れて交錯している鉄柱をよじ登り、摩奈のところへと行く。
「無理かもしんない。でもこのままじゃみんな死ぬんだ。だったら、賭けてみるしかないだろ?」
逆バンジーを見つめたまま隆一が静かにそう話す。隆一の運動能力は恐ろしいものがある。スポーツテストではほとんどが県一位。体育の評価はいつも満点。だが今回は少し違う。右足を捻挫しているのだから・・・・・。
「馬鹿げてる!そんな怪我した右足でそんな芸当ができるか。死ぬだけだぞ!」
「やってみなきゃわかんねーだろ!このまま何もしねぇで摩奈が死ぬのだけは・・・・・ゴメンだ!」
沢松の言葉のあと一拍もおかずに隆一は怒鳴った。何もしないで諦めるのだけはいやだ。
 隆一は腕時計を見てあと7分であることを確認し、逆バンジーへと走った。従業員を連れて。
沢松はただ見守るしかできなかった・・・・・・。


逆バンジーとはそもそも何なのか。バンジージャンプは知っているだろうか。高いところからゴムを体につけて飛び降りるあのバンジージャンプだ。“逆”バンジーというからには・・・・・読んで字の如く、地上から高いところへ向かって飛び上がっていくのだ。機械の力を利用して。
「上に上がりきる直前にゴムを離すんだぞ?」
男の従業員はもう3度目になる確認をした。今回は飛び上がって観覧車に飛び移るということで、ゴムを体につけたりはしない。しっかりと手に握り締めるだけだ。離すタイミングを少しでも間違えたら地上に叩きつけられる。逆バンジーのところにはふかふかのエアーマットが敷かれているから平気だが、それ以外のところはまずい。そして何より・・・・・・・時間が無い。失敗は許されない。
「OKだよ。いつでも来い・・・・」
ゴムを握り締める手に力が入る。目標地点は観覧車の真ん中よりも少し上辺り。失敗する確立のほうが高いが、やるしかない。
「行くぞ・・・・!3・・・・2・・・・・」
従業員の声がマイクを通して聞こえてくる。
「・・・・・・1」
汗が額から頬へ伝って落ちた。
「0!!」
途端にゴムが引っ張られる。肩が外れるかと思うほどの力だ。腕と肩の筋肉と骨が悲鳴をあげる。自分の耳にミシミシと音が聞こえてくるかのようだ。手の平が痛い。ゴムで擦れている。
「離せ!!!」
その声に反応してゴムを離す。隆一の体は飛び上がった勢いで空中へと高く放り出された。
「・・・・やっべぇ・・・・。観覧車まで・・・・・・届かねぇ・・・・!」
隆一の右側に観覧車が見える。距離は10メートルくらいあるだろうか。観覧車に飛び移るためにバンジーのゴムの端につかまっていたのだが、それでも届かない。
「うっそ・・・・・だろぉ・・・!?」
真下を見るとエアーマットの位置からずれている。落ちればコンクリートに直撃だ。
 そのとき、隆一の左側から右側へ向かって強風が突如吹いた。隆一の体がみるみるうちに観覧車へと近付いていく。
――――――隆一。・・・・・・がんばって。
 風の中で隆一には確かにそう聞こえた。優しくて透き通った声。半年前から聞けなくなってしまった、あの声だ。
「・・・・・・水鳥、ありがとう」
そう呟いたときにはもうすでに、観覧車に着地していた・・・・・。







【後編C:観覧車崩壊】


観覧車の鉄柱を必死に登る。右足がずきずき痛む。だがもしここで諦めたら、自分は愚か摩奈も、みんなも死んでしまう。電流のような右足の痛みを必死にこらえてよじ登っていく。歯を食いしばりすぎて唇からは軽く血がにじみ出るほどだ。
高さにして数十メートル。下を見たらめまいがしそうな高さだ。隆一はなるべく下を見ないようにして進み、何とか摩奈のいるゴンドラへとたどり着いた。
「摩奈!!」
勢いよくゴンドラの扉を開けると、そこには眠った摩奈と、ちょこんと置かれた爆弾があった。残りカウントはあと23秒。間に合った。などとうつつを抜かしている場合じゃない。隆一は最後の力を振り絞ってゴンドラに乗り込むと爆弾を手に持ち、開いたままのドアから下に呼びかけた。
「あと10秒しかない!宙に投げ捨てるから・・・・・・全員伏せろぉっ!!」
そう叫んだときはもうすでに5秒しかない。下にいる全員が言葉の意味を理解して伏せた瞬間、隆一は思いっきり宙へ向かって爆弾を投げた。流石というべきか、スポーツテスト一位の肩の強さは半端じゃなくて、ぐんぐんと爆弾は飛んでいく。そして・・・・・。

――――――ドゴォォォンッッ!!

摩奈の頭をゴンドラの床に押さえつけて、自分も体勢を低くした。
 爆弾の威力はすさまじく、観覧車だけでなく園内全体に轟音と振動が響き渡る。プールの水は大きな波紋を作り出し、売店のテントやイス、テーブルなどは吹っ飛んだ。
そんな爆風の中でも眠ったままの摩奈を庇いながら、隆一は大きく揺れるゴンドラの中で観覧車が崩れないことだけを祈っていた。だが・・・・・
その祈りも虚しく、爆風を横っ腹に受けた観覧車は音を立てて崩れだした。ゴンドラの止め金具が外れ、鉄柱同士を止めてあった金具も外れて、バラバラに崩壊した。
 爆風が止んで一段落。身を屈めていた沢松はゆっくりと顔を上げた。そこにあった光景は、にわかには信じがたい光景で、開いた口が閉じなかった。
「秋山・・・・隆一・・・・」
全てに絶望を感じたような声でそう言い放つと、その場にぺたりと腰を下ろしてしまった。
「警視!そんなことしてる場合じゃありません!彼が死んだって決まったわけじゃないでしょう?今僕達にできることは、真犯人を見つけることじゃないんですか!?」
若い捜査員が沢松に近寄ってそう言った。その言葉に反応して沢松が立ち上がる。「新米のくせに」とだけ言って・・・・・。だが不思議なことに、その言葉には全く嫌味っぽさが含まれていなかった。若い捜査員は微笑んでから沢松の後ろに続いた。
「秋山隆一は人の命を救った。そして、犯人を見つけるのは私達の仕事だ」
捜査員全員が協力して、今までのことを整理しながら捜査に移った。


「・・・・・っつぅ・・・」
そっと目を開けるとそこは瓦礫の山。自分たちはその中に閉じ込められてしまっていた。隆一の額からは血が流れ出していて、頭がクラクラする。その横では摩奈が横たわっており、無事に息をしている。
 よかった。後はここから出してもらえれば全てが終わる。
フゥと一息ついて横たわるとき、自分のポケットから落ちたであろう携帯電話のディスプレイが目に入った。
日本中を感動の渦に巻き込み、超ヒットした映画【春に咲く菜の花のように】の待ち受け画像。そして黒い字で書かれた時間。14時52分・・・・・・とあった。
 隆一の額や鼻の頭に冷や汗が滲み出す。思い出した。祖父の予言では“午後3時ちょうど”に“遊園地を中心とした四方3キロ”が爆発に飲み込まれるとのことだった。さっきの爆発がもしそうなら、とっくに隆一たちは死んでいるはずだ。だが隆一はおろか、ほとんどの人が生きている。ということは・・・・・・。
「大本命はまだ・・・・・・ってことか?」
 予言通りならあと8分で大爆発が起きる。隆一はあせる気持ちを必死に抑えて冷静に物事を掘り返してみた。
 最初の電話。奴は・・・・・・・犯人はこう言った。
―――――このまま行けば、お前の彼女が100%死ぬぞ。
その言葉が物語っている事実。それは、摩奈自信が爆弾を所持している、ということだった。
 急いで摩奈のバッグを漁る。隆一が一ヶ月前の摩奈の誕生日にバイト代をはたいて買ってあげたブランド物のバッグ。あのときのうれしそうな顔が浮かび上がるのを無視してとにかくバッグを漁る。出てきたものは4つ。財布、手鏡、クシ、そして携帯電話。
財布の中に四方3キロを巻き込むほどの爆薬を仕掛けられるだろうか?無理だ。手鏡、クシももちろん無理。薄っぺら過ぎる。
「携帯か・・・・・」
 電池パックのカバーを外しても何も無い。だが、音は聞こえた。ピッピッと時を刻む電子音。爆弾だ。
「摩奈、ごめん。テレビ電話付の最新機種、買ってやるからな」
 携帯電話を分解し始める。すると出てきたものは・・・・・・・・。
「こんな小せぇ物が、たくさんの人の命を奪うことになる爆弾なのか?」
正しく手の平サイズ。持ち運びに便利で邪魔になりません。商品化したらそんなキャッチコピーがつきそうなくらい小さい。ライターより少し小さいくらいだと思ってほしい。
 隆一は自分の携帯電話を手に持って、先程緊急の場合に連絡するために教えてもらった沢松の携帯番号にダイヤルした。
「もしもし」
電話の受話口から聞こえた沢松の声。不幸中の幸いだろう。携帯電話は壊れることなく、そしてガレキのせいで圏外になることもなく繋がった。
「沢松のおっさん!俺、隆一!まずいことになった。大本命の爆弾は摩奈の携帯に仕掛けられてたんだ!」
「生きてたのか・・・・。良かった。爆弾が仕掛けられてた携帯はどこにある?」
「今、俺が持ってる。ここはガレキの中だ。爆弾処理班は来ることはできない。・・・・・・・俺が、解体する」
「無茶だ!そんな簡単なことじゃないぞ!」
「やるしかねぇだろ。俺と摩奈しかこの場にいねぇんだから。爆弾処理班の人に代わってくれないか?」
沢松は爆弾処理に精通した桑田という男に電話を代わった。隆一はその人にアドバイスをもらいながら、生まれて初めての爆弾解体に取り掛かった。

携帯の中に爆弾が示すタイムリミットまで、あと3分。










【エピローグ】


 刻一刻と時間は過ぎる。秒単位で刻まれる電子音。もしこれが爆弾じゃなければ心地いいのかもしれない。だがこれは爆弾が時を刻む音。爆弾がたくさんの命を奪うまでのカウントダウン。隆一は汗をだらだらと垂らしながら、爆弾処理班の桑田の指示を受けながら爆弾を解体していった。摩奈が持っていたアルミ製のクシを観覧車のものだと思われる金属の欠片で研磨し、それで導線を一本ずつ切っていく。
 導線は全部で6本だった。赤、青、黄、緑、白、そして黒だ。爆弾処理を始めてから1分。クシを研磨するのにかかった時間が50秒。残り時間は1分と少しだけだ。隆一は焦る心を抑えて慎重に導線を切っていく。もし間違えたら・・・・・・と何度も思ったが、桑田を信用して着々と作業を行う。
「・・・・・・・OK。白の導線を切った。残りは2本。赤と黒だ」
電話の向こう側の桑田にそう告げたところで、爆弾とはまた別の電子音が瓦礫に包まれた狭い空間に響き渡った。
 携帯の画面を見る。そこに写っていたのは春に咲く菜の花のようにの壁紙でもなく、通話中画面でもない。真っ白な中に黒い文字の羅列。

―――――充電してください

 もうこれ以上は汗が流れないだろうというほど汗をかいた額から、更に汗がにじみ出た。
 携帯から発せられる電子音が鳴り止むと同時に画面がフッと真っ暗になる。
「うそ・・・・・・・・だろ?」
 隆一は手に持った携帯電話の真っ暗な画面を見つめたまま、動けなくなってしまった。





「兄さん、聞こえるか?今から俺は・・・・・・・ハイジャックする。もうこれしかないんだ。銀行強盗やっちまったからさ。アメリカにでも高飛びするよ。じゃあな」
電話の向こうから聞こえる声は、一方的にそう言って電話を切ってしまった。
半年前のハイジャック事件。死にはしなかったが、乗客の一人の高校生が持っていた電動ガンによって永遠に光を失ってしまった人物。名前は・・・・・・・・・
「沢松幸平(さわまつ こうへい)。私の弟だ」
 全ての客を避難させながら沢松は、先程自分に意見した若い捜査員の一人に話していた。
「弟は、犯罪者だ。だが私はどうしてもその高校生が許せなかった。弟の目から光を奪い取った秋山隆一を・・・・・!」
沢松の拳はガタガタと揺れるほど力が入っている。今にでも血が出てきそうなほどだ。
「警視・・・・・・・」
若い捜査員が小さな声でそう言った。同情するような、そんな声で。
 沢松は拳からゆっくりと力を抜き、空を見つめた。先程の突然の強風は、自分の弟が殺してしまった佐伯水鳥によるものなのであろうか。神や迷信などは信じない。だが、そう思えてしょうがなかった。まるで秋山隆一に生きろというようだったからだ。
「秋山・・・・・・・・。もし神がいて、お前に生きろと言うなら・・・・・・・・絶対に死ぬんじゃない。私にも一発、殴らせろ」
青く晴れ渡った空を見上げながら、誰にも聞こえないような小さな声で沢松はそう呟いた。





赤か黒。どちらか一つを切って、それが正解ならばタイマーは止まるはず。その根拠は特に無い。そう考えないとやってられない。隆一は爆弾とにらめっこをしていた。
爆弾が示す残り時間は37秒。のんびりにらめっこをしている場合じゃないのはわかってる。だが、生きるか死ぬかの確率が50%というのは、実際かなりのプレッシャーだ。隆一はその押しつぶされそうなプレッシャーと必死に戦っていた。
「・・・・・・りゅう・・・・・・ちゃん?」
 爆弾の電子音だけが鳴り響く静かな空間に、摩奈の声が響いた。
「・・・・・・起きたのか、摩奈」
あと30秒と迫る中、隆一は安堵の表情を見せた。
「ここ・・・・・・どこ?」
目を擦りながら周囲を見回す摩奈。その表情は、今のこの状況をわからないからなのであろう。隆一とは正反対の優しく緩やかな表情だった。
「もしお前が赤と黒の服を持っていたとするだろ?」
摩奈の質問には答えずにそう言い出す。クシを手に持って、爆弾と向き合いながら・・・・・。
「どうしたの?いきなり・・・・・」
困ったような笑顔を見せて質問を質問で返す摩奈。それもそうだろう。いきなりそんなことを聞かれたら、気でも狂ったかと思うに違いない。
「いいから答えてくれ。もし捨てるならどっちを捨てる?赤か?黒か?」
「黒」
 間髪入れずに返ってきたその言葉に、一瞬戸惑いの表情を浮かべて聞き返す。
「なんで?」
 あと13秒。
「だって赤を捨てたら・・・・・・」


 あと7秒。クシを持つ手に嫌でも力が入る。あと7秒で死ぬかもしれないと考えたら・・・・・。
 客は避難しただろうか?いや、客だけじゃダメだ。周囲の住民も全て。避難してなくて、もし自分が間違ったほうを切ってしまったら何人の命が奪われるんだろうか?おい、爆弾犯。そうなったらぶっ殺すからな。
「赤を切ったら、あたしとりゅうちゃんの赤い糸、捨てちゃうような気がするもん」
 なるほどね。確かにそれは嫌だよな。うん、嫌だ。摩奈、サンキュ。



―――――――プツン



 目の前にある爆弾。カウントは残り1秒。お決まりって言ったら・・・・・・お決まりだ。
 とにかく、隆一と摩奈は・・・・・・・・・生きた。切ったのは黒。赤の導線は繋がったままだ。
「へっ、ばーか。俺達の勝ちだ。残念だったな、爆弾犯」




それから3時間後、隆一たちは瓦礫の中から救出された。幸い酸素不足になることも無く、二人はいたって健康な状態で外に出ることができた。隆一の足はやはり捻挫で、全治一週間と告げられた。
とにもかくにも、隆一は半年前と同じくマスコミに取り上げられて、またHEROとなった。望んだわけじゃなくても、その勇気ある行動が称えられHEROと呼ばれる。今度ばかりは、沢松も他の警察たちも認めざるを得なかった。

隆一は空に向かって一言、大きな声で叫んだ。
「水鳥!ありがとなー!!」
 水鳥がそっと・・・・・・・微笑んだような気がした・・・・・・。





爆弾の脅威は去った。この話は“エピローグ”だ。
だが、これで話が終わったわけでは・・・・・・・・・ないのだ。








【HEROは永遠に・・・・・・】


 爆弾の脅威は去った。被害者は従業員の坂下健二ただ一人だった。一人の被害者が出ただけで十分残念なことではある。坂下の家族や恋人、友人などがどれだけ悲しい思いをしただろうか。そう考えると、爆弾があると知っていたにも関わらず救えなかったことに、隆一は悔しさを感じた。
まず事件のことを最初から整理してみる。自分の部屋のベッドの上でゆっくりと考え直す。
第一に、犯人はいつどうやって摩奈の携帯に爆弾を仕掛けることができたのか。それがわかればだいたいの見当はつくはずだ。摩奈のバッグに近寄るチャンスがあった人間なのだから。摩奈をさらったときに仕掛けたという考え方もできるが、最初の電話ですでに摩奈を殺すと予告していたので、あの時点ですでに爆弾が仕掛けられていたと考えるのが普通だ。
そして、摩奈がバッグを手放した時が一度だけある。ジェットコースターに乗っていたときだ。ということは、あの時あの場所にいた人間の誰かが犯人。乗客には無理だ。ジェットコースター乗り場と並ぶところにはゲートがあって、許可が出るまでは入ることができない。そのため、摩奈のバッグに近寄ろうものならすぐに誰かに見られ危険すぎる。そんな危ない橋は渡れない。つまり犯人は・・・・・・
 「・・・・・・・・まさか従業員か?」
 隆一は契約して半年の携帯電話に手を伸ばし、ある番号へとダイヤルした。“沢松警視”と、画面には表示されていた。



 3日後。隆一は警察へと来ていた。入り口に立っていた警官に沢松に指定された部屋へと案内してもらう。署内はやはりきれいで、新しい蛍光灯がこれでもかというほどに光を放っている。広い廊下の突き当りを右に曲がり、階段の横の細い廊下を通って一番奥。ドアを開けると、そこは何も置いていない8畳程度の部屋だった。中には沢松と、3日前の電話で頼んだとおり、事件当日のあの時間にジェットコースターを担当していた従業員2人が立っていた。
 隆一から見て右に立っている小柄な女性は宇梶美穂(うかじ みほ)26歳。おとなしそうな女性で、第一印象からは爆弾など仕掛けるはずが無いように見える。肩までの髪の毛は茶色く、どこにでもいそうな容姿だ。
 左に立っているのは隆一より少し身長の高いスッとした顔立ちの男性。名前は原田正敏(はらだ まさとし)といって22歳。モデルでもやれそうなほど格好いい。少し悪ぶっている感じで、ジーパンを腰まで下げたりしている。まぁ最近の若い男はみんなこんな感じだろうが・・・・・・。金髪のロン毛をうっとうしいようにかきあげていた。邪魔なら切ればいいのに・・・・・・・。
「君の言ったとおりに、2人とも呼んでおいたぞ」
腕組みをして事件のときと同じ服装で、首だけ隆一のほうへと向けてそう言った。
 「サンキュ。さて・・・・・・と。お二人にちょっと聞きたいことがあるんですよ、俺」
隆一がそう言い出したことに原田はムッとして言い返してきた。
 「は? お前に聞かれるのかよ。お前警察じゃねぇだろ? なんでお前なんかに・・・・・」
 隆一にガンを飛ばしながら一歩ずつ威嚇するように近付いてくる。その行く手を沢松が阻んだ。
 「黙って質問を聞いてもらおうか。彼には彼なりの考えがあるし、何より彼は君達の命を救ったんだぞ? まぁ君たちどちらかが犯人じゃなければの話だけどな」
ちっと舌打ちをして渋々元いた場所へと戻る。そのときも隆一へと向けた睨むような目はそらさなかった。
 「じゃあ質問しますよ。爆弾はいくつ仕掛けられていたか知っていますか? 摩奈が持っていたものも含めて」
 「知るかよ。そんなこと知る暇なんてなかったんだからよ」
 「あたしも・・・・・・・知りません。全く。あの時は逃げることで精一杯でしたから。それに、携帯電話に爆弾が仕掛けられていたなんて・・・・・・・知ってるわけが無いじゃないですか」
 2人の答えを聞き終えた瞬間。隆一の口元がニッと緩んだ。ポケットに手を突っ込んで壁にもたれかかり、「なるほどね」と笑いながら呟いた。もちろん、その態度は原田にとって腹がたつ対称であって、またガンを飛ばして隆一を睨みつけた。
 「おい、お前なめてんのか? あ? 調子ノンなよ?」
 睨まれているにも関わらず、隆一はその態度を直さずに返答した。
 「そんなに怒ることは無いですよ。今の質問で全部わかりましたから。あなたは犯人じゃない。犯人は・・・・・・」
 そこで言葉を区切る。ポケットに手を突っ込んで目線をある人物に向けて続きを話した。


 「・・・・・・あんただ。宇梶美穂さん。あんたが遊園地に爆弾を十個仕掛け、摩奈を殺そうとした犯人だ」
 その言葉に、宇梶の目が見開かれた。なぜ? どうして? といった表情だ。
 「ちょ・・・・・待ってください! なんであたしが? たった一つの質問でなんであたしが犯人って決め付けられなきゃいけないんですか!?」
 体勢を変えることなく隆一がそれに答える。たった一つの質問で、全てを確信したような表情で。
 「しゃべりすぎたんだよ、宇梶さん。逆に質問するけど、なんであんたは摩奈の“携帯”に爆弾が仕掛けられてたって知ってんだい?」
 さっきまで自分は犯人じゃないと主張し、威勢のよかった宇梶はハッとして俯いてしまった。その態度からしてもう一目瞭然。宇梶美穂が犯人であることは誰が見てもわかった。
 「知ってて当然だよな? あんたが携帯に爆弾仕掛けたんだからさ」
 その部屋にいる、宇梶以外の3人の視線が彼女に集中する。宇梶はそんなことにも気付かないほどびくびくしており、不安でたまらないといった表情だった。そして次の瞬間・・・・・・・
宇梶は突然走り出して、油断していた隆一を弾き飛ばしドアから部屋の外へと出て行った。
 「チッ・・・・・・。バカ! 油断するな!」
 沢松が隆一に文句を言いながら部屋から飛び出していく。宇梶の逃げた方向へと走っていった。
 「原田さん。あんたはもう帰っていいと思う。お疲れさんでした」
 そう言って原田に目で礼をすると、2人を追って隆一も部屋を飛び出していった。
 「・・・・・・なんだったんだ・・・・。俺、来た意味あったのかぁ?」



 「動かないで!!」
 宇梶は一人の婦警を不意打ちで人質に取り、ホルスターにあった銃を抜いて婦警の頭に向けていた。どこにそんな力があったのだろうか?
「宇梶・・・・・・・宇梶!?」
隆一はその名前を改めて聞いて驚いた。彼女は・・・・・・高校生のときに柔道で3年間連続全国一位なのだ。それなりの力があってもおかしくはない。
「動いたら・・・・・・・撃つわよ。あたしはもう既に人を殺してるんだから・・・・・」
その言葉が、宇梶が犯人であることを物語っていた。人を殺しているというのは、従業員で事件のたった一人の被害者である坂田のことだろう。とにかく、宇梶が坂田を殺して遊園地全体を爆弾の恐怖に落としいれ、そして何よりも摩奈を殺そうとした張本人であることに間違いはないようだった。
「やめるんだ。これ以上罪を重くしたいのか?」
沢松が説得を試みるが、宇梶は完全にパニック状態に陥っており何を言っても無駄のようだ。
「もう罪なんて関係ない! あたしは・・・・・・あたしはもう何も怖くない!!」
涙をこぼしながら宇梶が叫ぶ。隆一はやっと追いつき、警察署のホールのその状況を見て頭を抱えた。
「この女・・・・・・・」
「あたしは・・・・・全てを捨てた!! 最初は柔道強いってちやほやされたけど、後々ゴツイとか色々言われて・・・・。それが憎かった! 必死にがんばってたことを逆にバカにされることが許せなかった!!」
叫ぶ。とにかく泣き叫ぶ。銃を持つ右手はガタガタと振るえ、いつ暴発してもおかしくはなかった。宇梶の悲痛の叫びは警察署全体に響き渡るほどで、署内にいる全員がホールへと集まっていた。
 「バカかあんた」
その言葉にそこにいる全員が静まり返った。興奮してる犯人を挑発するなんて馬鹿げてる。
 「あんたに、なにがわかんのよ! ヒーローとか言われてちやほやされてるあんたにあたしの気持ちがわかるわけない!」
 「わかるわけねーだろ。ちやほやされるからなんだ? ゴツイからなんだ? どんなことがあったにしても、それがあんた、宇梶美穂じゃないのか? それにいちいちぶち切れて、人を殺したあんたはバカだ。自分を受け入れることもできねーやつは、昔のことを“がんばってた”なんて自慢する資格ねーよ。あんたはバカで、ただの人殺しだ」


「うるさーーーーーーい!!」


その次の瞬間。銃口は隆一に向いた。そして引き金にかけられた人差し指が動き、発砲。リボルバー式の拳銃から発射された銃弾は隆一の左胸――心臓を打ち抜いた。
 「う・・・・・っそぉ・・・・」
血を吐いて倒れる隆一。激痛が走ってたまらない。ドクドクと脈打って血が流れ出すのがわかる。意識が朦朧としてきて足元がふらつくと思ったら、次の瞬間仰向けに倒れこんだ。
 「死ぬ・・・・のか・・・・・? 俺・・・・」
沢松をはじめとするたくさんの人が隆一を取り囲む。沢松が何かを必死に叫んでるが、聞こえない。宇梶を何人かの警官が取り囲んで押さえつけていた。
 「秋山!! 死ぬんじゃない!! おい! 目を開けろ!! 秋山ァ!!」
(は? 何言ってんの? 聞こえねぇって・・・・・・)
 途切れ途切れになっていく意識の中で、摩奈の笑顔が何度も何度も隆一の頭に浮かんでは消えていった。優しい笑顔。もう二度と失いたくないと思った大切な人。
(失われるのは・・・・・・・俺の命・・・・・か)

 「摩・・・・・・・奈・・・・・」
隆一がそう一言呟いたところで、隆一の意識は途絶えた。




『秋山家葬儀式場』
白地に黒い文字でそう書いてある看板が立っている葬儀場。多くの参列者が涙を流して並んでいた。声を出して泣く者もいれば、必死に涙をこらえる人もいる。
 
だが間違えてもらっては困る。これは隆一の葬式じゃない。秋山は秋山でも、全く関係のない秋山だ。ビックリしましたか?みなさん?

 隆一はあの場で、死んだのではなくてただ眠っただけ。銃弾はうまい具合に心臓を避け、肺も傷つくことなく無事だった。ありがちなパターンかもしれないが、とにかく隆一は生きている。ピンピンと。
 「おー、摩奈。また来てくれたんだ」
病院の休憩所。絶対安静なのにも関わらずに婦長の目を掻い潜って歩き回っている。何度も婦長に見つかって、まるでSMクラブにでも置いてあるような鎖や綱で亀甲縛りにされたりして身動きを封じられたりしたがお構いなし。あるときはベッドの端で擦って綱を切ったり、どうやったのかはわからないが鎖をも抜けて駆けずり回っていた。    
今日もいつもと同じように病室を抜け出して休憩室で入院仲間と楽しく花札だ。
 「りゅうちゃん・・・・・。絶対安静じゃないの?」
ため息をついてあきれた顔で隆一を見る。そんなこと気付きもせずに隆一は花札に夢中だ。しかも負け。
 「だーーーっ!俺の500円がぁぁ!!」
 そんな隆一を見て、摩奈はニッコリと笑って花札を見物した。いつまでもこんな隆一でいてほしい。いつまでもずっと・・・・・。
 「秋山君!! また病室抜け出してぇぇ!! 絶対安静だって言ってるでしょうがぁ!!」
病院中に響くような大声。少し低くておばさんの声だ。
 「やっべ・・・・・婦長だ!」
花札を摩奈に預けて逃げ出す隆一。隆一は入院して二週間。毎日のように行われる秋山隆一逃走劇。今となってはこの病院の名物となってしまった。
 エレベーターから出て来た沢松の目の前を猛然と走り抜けていく隆一。胸の怪我などなんのその。ドタバタと病院を逃げ回る。それを追い回す婦長。その光景を見て、摩奈と沢松はずっと笑っていた。




HEROは永遠に・・・・・・・。




【終わり】

2004/05/30(Sun)01:21:24 公開 / 紅い蝶
■この作品の著作権は紅い蝶さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
終わりましたぁぁぁ!!
長かった・・・・。Tから考えてみると結構長かった。それなりに。


最後まで付き合ってくださったみなさん。本当にありがとうございます。こんなふがいない小説を読んでいただいて、感想をくれた方に心から感謝します。もう涙モンです。
本当にありがとうございました!


作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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