『先生の事件記録 問題編』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:吉岡上総                

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プロローグ

 虐められる方に、原因があるんだ。

 俺は小学校三年生のとき、妹が死んだ。小学校一年生だった妹は、旧友達に虐められ、そしてそのまま死んでしまった。
 七年しか生きることが出来ず、そして虐められる最中で死んでしまった妹。哀れというべきか、なんというべきか。小さかった俺は、そんなことはまったくわからなかった。
 だって、妹の死ですら、分からなかったのだから。
 
 俺が妹の死体を見たのは、町では一番大きい病院の、霊安室であった。白い布が被さっていた妹。その身体には、無数の痣があった。
 そっと、妹に触れる。すると、まだ暖かかった。

「何故、妹は死んでしまったんだよ」

 敬語を知らない俺は、その場に居た医師に、そう尋ねた。
 医師は少しだけ悲しそうな顔をして、

「…事故だよ」
 
 と言った。
 後に分かったことなんだが、俺の妹は、ある意味事故で死んだらしい。
 ある意味事故というのは、言い換えれば殺人にもなるからである。
 
 妹の死因は、脳挫傷である。階段付近で虐められていた妹は、殴られた事で足を滑らせて、階段から転落した。
 だが、そのときまだ、妹は生きていた。
 でもそいつらは、妹を助けることなく、逃げ出してしまった。小学校一年生では『人の死』というものをしっかり考えれなかったのだろう。幼さゆえの判断は、妹を殺してしまった。
 
 それを罪である、と俺が主張したって、無駄なのである。例え罪になったとしても、子供であるそいつらに罰が与えられることはない。そしてそいつらも、罪の意識を抱くことはない。

 俺は、妹の死を、泣き寝入りしているしかなかったのである。

 どんなに悔しくても。苦しくても。

 
 小学校六年生になった俺は、妹を死なせてしまった原因であるそいつらと、ばったり出くわしてしまう。

「…行こうぜ」

 そいつらはやはり居づらかったのか、さっさと俺の前から姿を消そうとする。大きくなれば、自分達のしでかした物の重さを、理解するのだろう。
 だが、俺はそう簡単に行かせはしなかった。

「待てよ」

 腕をがしりと掴んで、動きを封じる。

「どうして俺の妹を虐めたんだ」

 ずっと、聞きたかったことだ。
 妹は、どう考えても虐められるような人間ではなかったと思う。優しくて、七歳の癖にちょっと自分よりしっかりしていて、お喋りではなかったけど、明るい子だった。
 どうして虐めたんだ。
 それが聞きたくて、仕方がなかった。

「そんなの、昔のことだから忘れた」

 上級生に脅されたような感覚だったのだろう。そいつは逃げ出したくて、俺にそう言う。
 だが余計にそれが、俺の神経を逆撫でした。

「忘れただと?」
「いいじゃないか。もう、三年も前のことなんだし」

 気がつけば、俺達の事に気がついた生徒達が、教師を呼びに来ていた。

「三年前だから、良いって言うのかよ!」
 
 三年間溜まりに溜まった悔しさが、俺の身体を動かしていた。
 思い切り殴りつけ、そいつを飛ばす。

「ってーな、何するんだよ!」
「お前のクソみたいな命がこうしてこの世に存在するのに、どうしてあいつの命はここにないんだよ! どうしてあいつは死ななければならなかったんだ! まだ七歳だったんだぞ! 楽しい事だって、これからだったんだ!」 
 もう一度拳を振り上げ、叩きつける。力の限りぶつける。
 ようやく教師が止めに入り、そいつは俺から解放される。

「虐められるほうに、原因があるんだよ!」

 そう吐き捨てると、そいつは走って逃げ出していく。
 やりきれない思いが、俺の中に渦巻いていた。

 じゃあ、虐めたほうは悪くないのかよ。そもそも、原因があるって、どんな原因があったんだよ。
 どうしてそれをいわねぇで、卑怯な手段使ったんだよ。
 虐める事は正しいのか?
 虐めは正当行為なのか?
 虐めはすばらしい行為なのか?

 なんで虐めた奴等は、罰を受けないんだ。

 俺には判らなかった。
 
 
 1

「白銀隆信(しろがね たかのぶ)。これが今日から6年一組を受け持つことになった、俺の名前だ」
 
 あれから九年。俺は小学校の先生になった。
 何で教師になったのか、それは実際良くわかってない。ただ、俺はあいつが言った台詞の意味が、判らなかったのである。
 虐められる方に原因がある。果たしてそうなのだろうか。
 もしかしたら、教師になることでそれが判るのではないだろうか。
 だから教師になったのかもしれない。

「白銀せんせー、知ってる?」
 
 6年一組を受け持つようになってから数ヶ月。季節は花粉症が鬱陶しい春から、むわっとした暑さが襲い掛かる夏になっていた。
 授業中に呼び出された俺は、呼び出した生徒のほうを向く。

「この学校に、幽霊が出るんだって」
 
 呼び出したのは、このクラスのワンパク坊主、大藪健斗(おおやぶ けんと)であった。しかしワンパクなくせに、微妙に押しに弱いところが、妙に愛着のある生徒である。
 しかし健斗の幽霊、という言葉に、俺は首を傾げた。

「この学校で昔虐めに会った、生徒の幽霊なんだって」
 
 俺は、ドキリ、とした。
 実はこの小学校は、昔俺が登校していた学校なのである。そして、勿論、妹である、白銀あすかが死んだ場所でもあった。
 考え込んでいると、後ろから健斗の話を聞いて、叫び声が上がる。

「あ、私も知ってるよの噂!」
 クラス、いや学年一オカルト類の話が大好きな少女、吉岡愛美(よしおかえみ)が、叫ぶ。

「とある女子生徒なんだけど、その子は、虐めにあってたの。毎日毎日すっごい酷い虐めにあって、ある時、虐めの最中に階段から転落して、死んじゃったんだって。しかもすぐに救急車を呼べば助かったかもしれないのに、その虐めた子達は、その子を助けなかったの。そしたらその子は死んじゃったんだ。その子はまだ七歳で、これから楽しいことが待っていたのに、死んじゃったの。その無念が、霊となってこの学校に留まっている原因なのよ」

 どこかで「やだ…」と震えた声が聞こえる。
 俺は、どうしていいのか困ってしまった。話の流れや、設定から考えても、それは俺の妹の事である事は明らかだった。
 自分の妹が幽霊として噂されるのは、嫌だった。

「その子にはお兄ちゃんが居たんだけどね、ある時急に暴れだして、虐めた子達を半殺しにしてしまったらしいの。それでそのまま消息不明。今でも妹の敵を討つために殺人を繰り返しているらしいの」

 へえへえへえ…3へえ。
 俺って殺人鬼になってるんだなぁ…ってをい!
 
「そんなのはただの迷信だ! いいか、こんなくだらない事を一々考えているんじゃない。下級生達が怯えて、管理等の階段に近寄らなくなってしまうだろうが」
 
 俺がそういうと、愛美が不思議そうにする。

「なんで管理等の階段だって、知ってるの?」
 
 俺はやってしまった、というポーズを心の中でとる。知っていて当然のことなのだが、殺人鬼にまで祭り上げられてしまっては言い出しにくい。なにか適当な言い訳をしておきたかったのだが、どうにも思いつかない。
 ため息をつきながら、俺は話す。

「その事件な、ノンフィクションなんだよ」
「ノンフィクション?」
 
 聞きなれない横文字に、生徒達は疑問符を浮かべる。

「現実に起こった話。それは俺が小学校のときに、実際に起こった話なんだよ」
 
 生徒達は驚きのあまり、言葉を失ってしまった。そして同時に、彼等の好奇心を逆なですることになる。
 それもそうである。実際に起こった話となれば、この噂は真実味を帯びることになる。つまり、この噂はさらに尾ひれ背びれがついて、最悪妹のあすかの噂は『悪霊』だのなんだの、曲がったものになってしまう。
 死んでもなお、そんなふうに扱われるのは嫌だった。

「いいか、これだけは言っておく。さっきも話したように、そのこは悲しい一生を終えてしまったんだ。君達は、死んでもなお、幽霊だの何だのといって、馬鹿にされ続けて嬉しいか? 嫌だろう。もし彼女の冥福を祈るというのならば、こんな噂は忘れてしまえ。それが彼女にとっても、その遺族にとっても、いいことなんじゃないのか?」

 今まで浮かれていた生徒も、悲しそうな表情をする。
 この歳で、『死』についての意識を完全に持たせるのは不可能である。だからこそ、こういう話に敏感になってしまうだろう。
 それにしても、妙な感じだった。

「その噂、いつから広まったんだ?」
「いつって、そんなの分かんないけど…でも、最近になって広まったのは確かだよ」
  
 愛美は困ったような表情でそういう。
 俺は首を傾げた。
 最近広まった噂にしては、過去の出来事が正確すぎるのである。大抵学校の噂というのは、生徒達が面白半分で広めるため、事実が曲がってしまうものなのだが、現実と幾分変わらぬ噂だったのである。
 俺は妙な胸騒ぎを覚えた。


 職員室でテストの採点をしていると、いつまにやら他の先生は居なくなっていた。

「ああ、もうこんな時間か」

 今はフリーである俺だが、他の先生は色々と授業なり何なりで忙しいらしい。
 まあ、居ないからと言って、なにがどうなるわけでもないのだが。

 気を取り直して授業を進めていきくと、がら、と職員室のドアが開かれた。

「あ、荒井先生じゃないですか」
「ん…?」
「忘れ物ですか?」

 荒井椿(あらい つばき)先生は、ワイルド・カットの髪の毛と、真っ黒な瞳が印象的な女性である。年齢は俺と同じなのだが、俺よりしっかりしているし。俺よりもずっと…怖い。
 
「三角定規を取りに来たんだが、どこにあるか知らないか?」
「ああ、あの数学につかうでっかいやつね」
 
 彼女は美人なのだが、祖父が軍人であったためか、軍隊のような口調が抜けないらしい。もっともきりりとした顔立ちとはすっごく合っているのだから、問題ないか。
 俺はそんなことを考えながら、三角定規を彼女に手渡す。
 すると、彼女はため息をつく。

「最近、妙な幽霊の噂が凄いな」
「ああ、今日俺も聞きました」
「あの年頃ゆえにそういう事に興味を持つのはしょうがないが、あまり噂になられても困るな」

 そういって、俺のほうを見る。
 まるで俺の事を心配してくれているように見えて、少しドキドキしてしまう。だが、その幽霊の兄であるということを、彼女は知らないはずなのである。
 気のせいなのは残念だが、しょうがない。

 彼女が出て行った後、俺は再び採点に入ろうとするが、また誰かが職員室に入ってきて、気がまぎれてしまった。

「あれ、白銀先生じゃないですか」
「…小枝先生?」
 
 小枝幸則(こえだ ゆきのり)先生は、俺が小学校のときから居る、歴代先生である。そして彼は、俺の恩師でもある。

 昔俺があの少年を思い切りタコ殴りにしてしまったとき、小枝先生とともに相談室へ連れて行かれた。

『どうしてあすかが死ななければいけなかったんだ! あいつらが死ねばよかったのに! あいつらを打ち殺してやる! そうすればあすかも救われるんだ…』

 俺が泣きながらそう訴えると、小枝先生は思いっきり、俺の頬をひっぱたいた。

『きみはあすかくんが死んだとき、悲しかっただろう。殺した相手がにくかっただろう。でもな、その殺した相手を殺したら、その相手を大切に思っている人たちが、悲しくて辛い思いをするんだ。憎しみは、永遠に人々に受け継がれていくんだ。そんな悲しいことを繰り返すんじゃない』

 震える声でそういう小枝先生は、すごく悲しそうだった。
 俺は初めて、声を上げて泣いた。妹の葬式でも泣かなかった俺は、ようやくここで泣いた。
 小枝先生も泣いてくれた。
 俺はようやく、黒い思いから開放されたのである。

「あの時のことが噂になってしまっているね」
「はい…まあ変死というのは、こうやってタチの悪い噂になりやすいですからね。しょうがないですよ」

 俺がそう言うと小枝先生は「そうだな」軽く言う。
 小枝先生は自分の席に座って、なにやら色々と書いている。次の授業の準備だろうと思って、それ以上は何も追求しなかった。覗こうにも、小枝先生は俺に背中を向けるようにして座っているのでどうしようもない。
 もっとも、覗くつもりなんてないのだが。
 

 仕事を終え、俺は帰宅をすることになる。だが車がどうにも苦手な俺は、自転車で通勤している。へ、日本一地球に優しい先生だぜ、まったく。
 
「白銀先生じゃないか」

 俺に話しかけてきたのは、荒井先生だった。
 彼女はいそいそと準備をして、何かを引きずってくる。

「あ、荒井先生もチャリンコっすか」
「悪いか? 私は車が苦手なんだ」
「俺もです」
「そうか」
 
 彼女は自転車にまたがろうとして、俺のほうを向く。
 もう真っ暗闇だというのに、彼女の姿は映えて見えた。

「幽霊騒ぎの噂が、三つ流れてきている」
「三つ?」
「そうだ。幽霊は同じなのに、四つ流れている」

 何故彼女は、俺にこんな話しをしているのだろうか。
 ともかく、話しを聞く。

「一つ目は、裏にある井戸。あそこで溺れて死んだ。二つ目は理科室の薬品によって有毒ガスが発生し閉じ込められていたために死んだ。三つ目は階段から転落して死んだ」
 
 正解しているのは三つ目の階段から転落して死んだ。どういうことだ。三つ目の話はあれほどまでに正確だったというのに、どうして場所だけが違うのだろうか。
 荒井先生は真剣な表情で、話を進める。

「四つ目は相談室で死んだ。これだけは死因が流れていない。もっとも生徒の中では『教師に殺された』とか、『自ら自殺した』とか色々流れているのだがな」
「そうなんですか…」

 そう呟くと、彼女は頬を掻く。

「この四つは同時期に流されたものだ。でも出所がわかっていない」
「そうですか…でも、なんでそれを俺に報告するんですか?」

 尋ねると、少し戸惑ったような表情を見せる。だがすぐに表情を元に戻して、

「あまり大きく流れると教育に良くないからな。ある程度歯止めをかけておこうと思っただけだ」

 と言って、さっさと自転車で帰宅してしまった。

 



 六年二組の尾川恵子(おかわ けいこ)は、忘れ物を取りに、学校へ訪れていた。

「気味が悪いよぉ…」

 真っ暗の学校は、それだけで恐ろしい。しかも自分の足音が反響し、さらに彼女が忘れ物をした場所は、今噂になっている幽霊話の一つ、理科室だったのである。

 取り合えず彼女は、どういうわけか数珠を持って、理科室へ向かっている。しかしこの数珠、いかにもボロボロで、あまり乱暴に扱うと壊れてしまいそうである。よって、数珠は握り締めるだけにしておく。

 彼女は理科室を見つけ、誰にも見つからないように理科室へ進入。あまり大きな音が鳴らないように、慎重に開けて、中に入っていく。
 
「ヒィィイ」
 
 何かの動物の剥製やら、人体模型やらがある理科室は、昼間でも不気味である。だが夜になるということで、不気味さを増しているようだった。
 恵子が忘れたのは、宿題をするのに必要な、ノートである。これがないと宿題をすることが出来ないし、それにこれは、一組に居る岩城栄太(いわき えいた)から貰った大事なものなのである。
 栄太とは幼馴染なのだが、この歳にもなると、そういう感覚は薄れて、いつしか恋愛感情を持つようになった。もっともそれを知っているのは、小枝だけなのだけども。

(小枝先生なら、話を聞いてくれるかも)

 まだ十二歳の恵子は、恋愛感情というものがなんなのか解かっていなかった。それで苦しんでいたとき、相談の先生でもあり、理化学教師である小枝に相談したのである。もちろん彼は快く話を聞いてくれ、恵子の悩みを解決させてくれた。
 そして誕生日にこのノートを貰ったことを、小枝に報告もした。彼は笑顔で『良かったじゃないか』と言ってくれた。そして『絶対大切にするんだよ』と言ってくれた。

 恵子は勇気を振り絞り、ノートを捜す。あちこち捜しているうちに、やっとノートを発見する。ノートは、どういう訳か机と机の間に挟まるようにして落ちていた。

「ああ、良かった」
 
 安堵して、ノートを拾おうとする。
 
「!!!」

 その刹那、恵子の首を誰かが締め上げる。月明かりに恵子は、ようやく肌色の手が自分を締めているのだと理解する。だが窓に映った映像だけを頼りにしていた恵子は、誰が締め上げているのかわからなかった。
 思わず数珠を落とす。すると、ぼろかった数珠はバラバラに砕け散る。
暴れてノートを犯人の体のどこかに当てると、犯人はノートを掴んで、机の上に乗せる。
 そして、恵子から手を話した。

「キャアアアアアアア!」

 ようやく声が出せる状況になった恵子は、力の限り、叫んだ。




 2               
                 
 荒井先生から電話がかかってきた。内容は『二組の尾川恵子が、何者かに襲われた。彼女は気が動転してしまっている。取り合えず、きてくれ』とのことだった。
 俺は急いで自転車にまたがって、転倒。く、めげるもんか。
 そして自転車をガシャガシャと漕いで、学校に到着。職員室へ駆け込んでいく。
 そこにはガタガタと震えている尾川恵子と、どうしたもんかと困っている荒井先生。そしてこちらも飛んできたらしい、小枝先生。

「彼女が忘れ物を取りに理科室へ向かったら、何者かに首を絞められたそうだ」
 
 荒井先生はそう言うと、彼女に触れる。

「落着いたか?」
 
 いつもピリピリした態度とはまったく別人である。ん、というかそうやって話されているのは俺だけか?
 ちょっと悲しくなりつつも、俺は彼女を見る。

「も、もう…平気です」
「尾川…」

 俺は尾川の頭をそっと撫でる。

「無理に頑張ろうとするな。誰だって、そういう目にあったら、怖くなる。無理しなくても良いんだぞ」

 そう言うと尾川は、ついに泣き出してしまった。だが何故か、しっかりとノートは握り締めている。

「今、警察に電話したところだ。だが一回私が校舎内を探し回ったが、向こうの窓が割れていること以外変わった事はないよ」
 
 俺は向こうの窓が解からなかった。それに気がついた荒井先生は、

「少しいったところにあるフリースペースの窓だ」
 という。
 フリースペースとは、廊下を少し大きめにしたような場所である。ここに二クラスの生徒が整列して、集会の場所へ移動するのである。
 そこの窓が割れているということは、そこから犯人が出入りしたということなのだろうか。

「俺、もう一回見回ってきます」

 そういって、割れた窓のところへと行く。
 窓の破片は確かに内側に飛び散っており、外側にはひとかけらも落ちていなかった。やはり外から割ったということなのだろうか。
 ついでに理科室へも行っておこう。
 そう思って、理科室へいく。

「尾川には感心させられるな」
 
 夜の学校は、俺でも怖い。ましてや理科室だし、しかもそこは幽霊の話しが噂になっているのだ。
 恐る恐る入っていくと、俺はすぐにずっこける。

「い、いてて。なんだぁ?」

 転んだ原因は、あたりに散らばっている丸い物体であった。一体なんなんだこれは。
 辺りに無数に散らばっているそれにはなるべく触れず、理科室を見回す。どうにも変わったところはない。
 俺は首を傾げる。
 何故犯人は、理科室へ行ったんだ?
 物取りの犯行なら、どうして金がたっくさんある(えっと、あるとはかぎらないですよ?)職員室ではなく、薄暗く、大人でも怖がる理科室へと移動したのだろうか?
 どうして尾川を殺さなかったのだろう。
 実に不思議な犯人である。
 

 もう一度職員室へ戻ると、警察が来ていた。

「それじゃ、きみを殺そうとした犯人の特徴を教えてくれ」
 
 あまりに無責任な言い方に、俺に掴みかかっていた。

「な、なにを…」
「あんた、もうちょっとこの子の気持ちを察してやれよ。十二歳であんな怖い思いをした女の子を前に、その言い方はないだろう」

 そういって、俺が質問する。

「尾川、ゆっくりでいいから、さっきのことを教えてくれ。どうして君は学校に着たんだ?」
「…えっと、その。ノートを忘れて」

 警官は罰の悪そうな顔をしながら、話しをメモしていく。
 こういう状況下に陥った場合、先ほどの警官の言い方は逆効果である。特に『殺す』『死』という言葉は、恐怖をもう一度蘇らせたり、最悪、記憶を封じてしまう事だってある。
 この警官は、事情聴取には向いていないと思った。

「うん。理科室へ行って、ノートはどこにあったの?」
「机と机の間にありました」
「そっか。そして、ノートを拾おうとしたんだな」
「はい…」
 
 冷静になってきたらしく、声の震えも収まっていた。

「そしたら、ああなったと」
「はい…」
「そうか。気がついたことはあった?」

 なるべく回りくどく尋ねると、尾川は少しだけ考えていた。

「犯人は、人だったと思います。幽霊じゃなかったです。肌色だったし」

 まだ錯乱しているのか、妙なことをいう。うーん、でも幽霊と人間の違いって何なんだろう。
 微妙に考えていると、尾川は話を進めている。

「後ろから急に首を絞められて…そうです。数珠を落としました」
「あの丸い玉は、数珠だったのか」

 先ほど俺が転んだきっかけとなった丸い玉は、数珠の玉だったらしい。

「それと…ノートを捕まれました。首を絞められたとき暴れて、ノートが犯人に当たったんです。そしたら犯人がノートを私から取って、机の上に置いたんです。それで、たしか首から手を離してくれました…。楽なったから、私、ようやく叫べたんです」
 
 警官はメモを取り終える。

「…なるほど。大体の話はそんなところでしょう。まだ解からないことがあるので何度かお話しを伺うかもしれません。それとそのノート、一様調べてみますので、一日だけお借りします」

 そう言って、ノートを受け取る。そして警官は立ち去っていった。
 

 あの後尾川は小枝先生によって家まで連れて行かれ、俺と荒井先生は、学校で一晩明かすこととなった。

「それにしても尾川、大丈夫かな」

 俺は呟く。この事件がトラウマとなって、彼女の将来に、なんらかの影響を与えるんじゃないか、と不安になる。まだ子供なだけに、心配がぬぐえない。
そんな俺を察してか、荒井先生は微笑む。

「どうなるかはわからんが、あとは彼女の心の強さしだいだ。大丈夫、そんなに弱い子には見えなかった。心の支えになる人が出てくれば、彼女はきっとこの問題からも立ち直れる」

 優しく微笑む彼女を見て、顔が熱くなる。おいおい、どうした俺。
 慌てふためいている俺に、荒井先生は呟く。

「窒息とは、またどういう偶然なんだろうな」
「どういうことですか?」
「噂になっている幽霊話のことだ」
 
 どういうことなのだろうか。
 俺が彼女を見つめると、彼女は頬を掻く。

「噂の幽霊話で、理科室の死に方は有毒ガスによる死因となっている。なんのガスだか解かるか?」
 
 有毒ガスなんて、学校で使われている薬品だけでもかなりある。その中から一つだけ当てるのなんて、難しい。
 考えている俺を無視して、荒井先生は答を言う。

「一酸化炭素だよ」
「一酸化炭素って、ドライアイス?」

 ドライアイスは一酸化炭素を固めたものである。たかがドライアイス、されどドライアイス。侮ってはいけない。
 特に一酸化炭素は、ストーブの不完全燃焼とかで、毎年死者が出ているという恐ろしい気体なのである。しかも無味無臭。気がつかないうちに死に至る。
 一酸化炭素が体内に過剰に入ると、血液中の酸素を奪って、その人を酸欠状態に追い込む。なるほど、確かに窒息だ。
 だが絞殺と違うところは、ジワジワとその症状が現れるということである。
 一酸化炭素が充満した空間にずっといればそりゃ死ぬだろう。

「ドライアイスじゃないが、一酸化炭素中毒で死んだことは間違いないだろうな。噂でも一酸化炭素中毒で死んだと流れているし」

 なるほど。しかしなんで荒井先生は、そんなことをわざわざ俺に報告するのだろうか。オカルト趣味でもあるのか、この人は?
 そんなわけないか。

 こんな暗い話しをしていてもしょうがないので、俺は話題を変えた。

「荒井先生は、どうして教師になろうと思ったんですか?」
「は?」
「いや、なんとなく気になって」

 あまりに素っ頓狂な質問だったのか、荒井先生はかなり疑問符を浮かべている。
 まあ、先に俺のほうから理由を言っておくかな。

「俺は答を探すために、教師になったんです。もっとも、答えを探そうとするキッカケになったのは、小枝先生のおかげなんですけどね」
 
 俺は照れくさそうにそういうと、荒井先生も少しだけ、笑う。だがどこか悲しそうだった。

「私が教師になろうと思ったのは…」

 そういいかけたとき、乱暴に職員室のドアが開かれた。

「なんだ、職員室でイチャイチャお暑いねぇ」
「江戸前先生…」

 時間を見ると、おい。まだ夜中の三時だぞ。何をしにこの教師はこの学校に来ているんだ??
 江戸前宗次(えどまえ そうじ)先生、いや、教師と呼ぶにふさわしいか謎の男は、雑誌を机の中から持っていく。
 な、アダルト雑誌じゃないか! なんでそんなの学校に持ってきているんだ、この男は。
 俺は唖然となっていた。

「おいおい、教師が職員室で色々やっているくせに、人のこと言えんのか?」
「なにもやっていないですよ。ただ、話しをしていただけじゃないですか」
「話しねぇ。真夜中に、二人きりで何を話していたのだか」

 正直俺は、こいつを殴り飛ばしてやりたくなる衝動に駆られえた。だが、一教師として、それを食い留める。
 俺を馬鹿にするだけならまだしも、荒井先生も巻き込んでまで馬鹿にしたような言い方をするのが、気に食わなかった。

「それじゃ、ごゆっくり」

 そういうと、江戸前先生はどこかへ消えていく。あーうっとうしい。
 俺は話す気もなく、いらいらしていた。
 江戸前先生は、四年前からこの学校に居るらしい。その前にも色々な学校を転々としているのだが、あの性格でたびたび問題を起こして、今はここにいるのである。
 あれが教師だというのだから、不思議である。
 
「ふう、大変な奴だな」
「?」
 
 何故か微笑む荒井先生の真意を探る前に、俺は眠っていた。


 荒井は白銀が眠ったことを確認して、そっと机の引き出しを開ける。そこには学校の過去を記録しておく、資料があった。
 それをぺらぺらとめくっていく。この学校のものだけではなく、他の学校のものもあった。

「…なるほどね」

 荒井はそっと、天井を見上げた。

 空はいつの間にか、明るくなっている。

 それと同時に、殺意も降りかかろうとしているのだった。



 3


 俺は、ずっと考えていた。

(どうして犯人は、まるで今噂になっている幽霊騒ぎを知っていたかのように、わざわざ理科室へやってきたんだ…?)

 これが単なる強盗事件でも、ちょっと怪しいお兄さんがやった事件でもないことは、超が頭につく馬鹿でもわかるだろう。だが、わかったところで話にならない。問題なのは、こう解決していくか、だ。

(やはり噂を流した張本人が、犯人なんだろうな…)

 結論はやはり、そうなってしまう。
 だってそうだろう。この幽霊騒ぎに乗っ取って、犯人は理科室で尾川の首を絞めた。
 しかし、どうして尾川がそこに来ることを、犯人は知っていたんだ?

(まっさか、毎晩あそこで待っていたとか? いや、それはないな。夜中に理科室にやってくる奴なんて、よっぽど変わった奴か、それとも本当に幽霊
か、のどちらかだな))
 
 他にも疑問なのは、どうして犯人は尾川を殺さなかったんだ?

(殺そうとする意識が、途中でなくなったのか? それとも…尾川を襲ったのには別の訳があるのか?)

 別の訳があるのだとしたら。また被害者が出る。
 俺は、舌打ちをするのだった。


 
「おい、白銀先生」
「うわっ! なんですかいきなり!!」

 考え事をしている最中に、行き成り話しかけてこないでくれ。二秒くらい寿命が縮んだよほんとに!
 心臓をドクドクさせながら、俺は荒井先生の方を向く。

「なんかようですか?」
「用も何も、こんなところで何している?」
「へ?」

 こんなところとはどこだろう。そういえば、考え事をして、ろくに回りも見ていなかった。
 ちらりと横を見ると、そこには『女子トイレ』と書かれた、ドア…。
 意味深な目で見つめてくる、荒井先生…。

 沈黙。

「すいませんでしたあああああ!」

 別に妙な意味があったわけじゃないのに、俺は全力で廊下を駆け出していく。何回か同僚に「廊下は走るんじゃない!」と嗜まれたが知ったことではごぜーません。
 すだだだ〜、と俺が走り去ると、そこには荒井先生が残った。

「暢気な奴だ」
 
 荒井先生は、そのまま踵を返していった。



 いつの間にやら、お昼になっていた。

「んー、謎不可思議」

 俺はそう言って、寝そべる。
 ここは屋上だ。生徒達は立ち入り禁止なのだが、どういうわけか教師は立ち入りオッケーである。なんだかなぁ、と思うがしょうがない。だってそういう規律なんだもん。
 自分自身を無理やり納得させて、俺はグラウンドを見る。今は昼休み、生徒達は自由気ままに遊んでいる。

「子供は元気がイチバンだな」

 微笑ましい気分になった。
 幼少時代の俺は、同級生を毛嫌いしていた。それはやはり妹の自殺が関係あるのだが、悪しからず。あの頃は、幼さゆえに割り切れないことが多すぎなのだ。
 まあともかく、そのため俺は、同級生と遊んだ記憶が無い。いつも日陰で眠っていた気がする。

(あれ?)

 俺は悩んだ。
 そういえば昔、誰かと遊んだ覚えがあるようなないような。ずっと昔のことなので完全に忘れていたのだが、うーん。どうだっただろうか。
 真剣に悩もうとしたとき、俺は裏校舎に小学生とは思えない人間達が居るのを目撃した。
 詰襟に、セーラー服。間違いない、中学生である。

「なんで中学生がここに…?」
 
 俺は慌てて、裏校舎に向かう。

「こらー、お前等何している!」
「ぐふふ、なにちぇるって、わかんないの?」

 メガネをした、どっからどう見ても成人病患者と思しき少年(言動にもちょっと問題あり)は、カメラ(これもどこでも撃っていそうな使い捨てカメラ)を持って、俺にそう言う。

「わかんねぇよ。ともかく、何をしていようともここは小学校だ。お前達中学生が来るべきところではない」

 そう言うと、後ろでビデオカメラを持っていた、いかにもクールな感じの少年は、呟く。

「僕等、幽霊事件の調査に来たんだ」
「ユーレー事件?」
「まったまた、惚けないでよ」

 行き成り俺の背中を、セーラー服女子が叩き飛ばす。いってぇ、この怪力。
 俺の怒りを無視して、セーラー服は話し始める。

「昨日女子生徒が幽霊に殺されかけるって事件があったんでしょ? だとしたらさぁ『オカルト・ミステリー研究会』としては、放って置くわけにはいかないのよ」
「オカルト・ミステリー研究会ぃ?」

 俺は語尾を上げてしまった。なんだ、そのどこの学校でも一つはありそうなクラブは。
 最近の中学生、一体何を考えているのだろうか。それ以前に、お父さんお母さんはこれでいいのだろうか?
 沢山疑問は浮かんだのだが、とりあえず目先の疑問を片付けておこう。

「君たち、いつその事件を嗅ぎつけた?」
「いつって、数日前から噂は流れてたんだけどねぇ。あ、そうそう。あたし梅宮静香(うめみや しずか)。こっちのカメラデブが、大河内啓太(おおこうち けいた)。そんでスカしているビデオカメラが平林勇作(ひらばやし ゆうさく)。覚えた? で、どこまで話したっけ?」
「全然初めのほうだ。噂が数日前から流れていた、というのは聞いた」

 この静香と言う少女、名前とは裏腹にうるさい。親の願いむなしく、このような結果になってしまったのには、涙するしかない。
 ともかく、静香は思い出したように話す。

「そうそう。で、噂はずっと気になってたんだけど、中々行けなかったのよ。それに、大抵の噂って、でっち上げとかばかりじゃない。一様情報収集をしてから、この噂を調査するかしないかを決めようとしたって訳。でも、そしたら、本当にあった事件が元にされたってのがわかったの。しかも、昨日は昨日で、噂の理科室で事件があるじゃない。だ・か・ら、これは調べるっきゃないって思ったの」

 よく噛まずにそこまで喋れるな。
 妙なところで感心しながら、俺は彼女の話に耳を傾ける。

「事件なんて立派なもんじゃない。これは単純な強盗だ。まあ、ちょっとお馬鹿な強盗だったみたいだけどな。つーわけで、君たちが思うような事件ではないのだ。分かったら、中学へ帰りなさい」

 ため息混じりにそういうと、勇作はビデオカメラをおろす。

「そうですか。では、また来ます」
「え、僕やだよぉぉ。まだ確認したいこととか…」

 啓太がそういうと、勇作は鋭い眼光で、

「うるさい。引き上げるといったら引き上げるんだ」
「くっ」
「それじゃーね!」

 啓太は不服の顔を見せ、静香は喧嘩にならないように気を使いながら立ち去っていった。
 残された俺は、頭を掻いた。

「…まだ、事件は続くかもしれない」

 予感は的中するのだった。


 4


 まったくあの野郎、まったくオカルトというものをわかっていない。
 
 大河内啓太は、舌打ちをしながらこっそりと、小学校に戻っていた。

「いっつもいっつもワケワカンネェこと言いやがって。一々ムカつくんだよ」

 啓太はカメラで、学校を取り捲る。
 彼は筋金入りのオカルトマニアであり、また死体マニアでもあった。だから早く、幽霊とやらが人を殺してくれるのを待ち望んでいた。
 だがどうせ殺すなら、あの一々スカしている平林勇作を殺してくれたほうが嬉しいってモンだ。
 ニヘラ、と変質者のような笑いを見せながら、歩いていく。

「ん?」

 啓太は足を止めた。
 そこは問題になっている、井戸である。

「ここにも幽霊が出るって話だったよな。どれ、いっちょ写真でも取ってやろうかな」
 
 枯れ果ててしまった井戸を、何度も写真に収める。角度を変えたりして、しばらくの間、健太は熱中して写真を取っていた。
 一折り写し終えた健太は、もう外が暗くなっていることに気がついた。

「やっべぇ、もうこんな時間かよ。…もし幽霊の写真が取れたら、あの馬鹿に見せてやらねぇとな。くっく、どんな顔するのか楽しみだ」

 啓太は、他人の前ではああしているのだが、実はかなり正確が捻じ曲がっていた。どうしてそうなったのは定かではないが、本人も気にしていないようだし、回りも気がつかないことから、どんどん性格は悪化していた。
 帰ろう、と思って、啓太は後ろを向く。
 
「虐められて自殺ねぇ。けっ、阿呆らしい。世渡りが下手な馬鹿なだけじゃねぇかよ。そんなんで自殺して、しかも殺されたら溜まったもんじゃないぜ。人騒がせもいいところだ」

 タンを吐き捨て、啓太は歩いていく。

 すると。

「ん?」

 がさ、と物音がした。風で草が揺れたのだと思ったが、どうにも違う。

「ま、まさか…?」

 振り返るより先に、啓太の頭は殴られていた。




 
 俺は、一日の仕事を終えて、ようやく帰路につけそうだった。

「はぁ、まったく。どうしてこうなんだ?」

 視線の先には、生徒達のテスト。昨日本来ならやり終わるはずだったのだが、色々あって忘れていたのである。だから今日採点したのだ。
 だがどうだ。この七十点、六十点のオンパレードは。主役はやはり、どうどうの零点だろう。こいつら、本当に真面目に答えているのか?
 頭が痛くなったのだが、テストに怒ったところで何もならない。明日生徒達に言ってやらないとな。
 そう心に決めていると、小枝先生が帰ってきた。帰ってきたというのは、彼が昨日の一軒もあって、校舎内を見回りしていたからである。

「あ」

 俺の呟くが聞こえたのか、小枝先生は立ち止まる。

「どうしましたか?」
「いえ、先生、いつも思っていたんですけど、服をちゃんと着替えてます?」

 俺がそう指摘すると、小枝先生は「バレました?」と照れたように笑う。

「実は私、四年ほど前に妻と離婚しまして。それから一人暮らしなんですよ。そのため一週間おきにズボンを交代しているのです」
「一週間? 先生…今は夏ですよ。汗臭くなります」
「あっはっは。私はラッキーなことに、クーラーのある職員室と理科室を出入りしているだけですから、ほとんど暑くないのです」
 
 うらやましいな、と俺は正直思った。
 この学校は、図書館・職員室・理科室のみクーラーが設置されている。特に小枝先生は理化学教師なうえに担当の学級も無いから、つねにクーラーの部屋を出入りしていることになる。
 これは大変うらやましい。
 俺なんか毎日汗だくっすよ。

「まあそれはともかくとして、これは誰にも言わないでくれよ。不潔な先生なんて嫌じゃないか」
「分かってますって」
 
 俺がそういうと、小枝先生は安堵の表情で、自分の席へと移動していった。
 それを確認しつつ、また事件のことについて考える。

(やはり事件の事を知ろうと思うけど…。その前に、もう一度噂の事を確認しておいたほうが良いな。だが、どうやって調べればいいんだ?)

 たぶん、学校の出来事を記録してあるものが、あるはずである。図書館なら置いてあるかもしれない。
 そう思った俺は、さっそく図書館へと移動する。

「げ、もう真っ暗だ」

 採点が長引いたのか、外はもうお月様が浮かんでいる。うーん、一人図書館で調べものをするのは、怖いなぁ…。
 なんて考えつつも、ちゃんと図書館へは行く。
 図書館は二階にある。その間には例の理科室がある。いつ来ても怖いんだよな…ここ。
 弱り果てながらも、なるべく見ないようにして、図書室へ向かう。うう、怖いなぁ。怖いなぁ。
 
 やっとの事で図書室に着くと、ボソボソと話し声が聞こえてきた。

「これは…荒井先生と江戸前?」
 
 悪いとは思いつつも、俺は耳を傾けてしまった。


「いいじゃねぇか。あんなボウフラに抱かれるよりは、俺に抱かれたほうがいいぜ。前々からあんたはいいと思ってたんだ。どうよ、ここで?」
「冗談じゃない。話しがそれだけなら、どっか行ってくれ」
「おいおい連れないなぁ」

 こいつ、教師のくせに何考えているんだ! 俺は憤怒のあまり、飛び出していきそうになる。だが、なんとかそれを抑えた。
 
「用が無いならどこかへ行けと言っているだろう?」
「おい、優しくしているからって、図に載るなよ? 俺はずっとあんたを見てきたんだぜ。へへ、今までずっと楽しみにしてたんだ。無理やりでもやらせてもら…」

 江戸前はそれ以上、なにも言うことが出来なかった。何故なら、俺がドアを蹴破るようにして、図書室に入ってきたからである。

「あ、お二人とも此方にいらしたんですか?」
「ちっ、何のようだよ」
 
 江戸前はあからさまに、俺の事を嫌そうな眼で見てくる。御生憎さま。俺もあんたが嫌なんだ。
 睨み付けると、江戸前は気分を害されたのか、そのまま出て行く。図書室には、俺と荒井先生の二人が残った。

「…貸しとは思わないぞ」
「俺もそういうつもりでやったわけじゃないですから」
 
 爽やかにそう言うと、荒井先生はそれ以上何も言わない。
 それはそうと、一様何があったのかを、荒井先生に尋ねた。

「知らん。行き成り呼び出されて、襲われそうになった。ま、何とかなっただろうがな」
「どういうことですか?」
「知らんのか? 私はこれでも、八極拳の使い手だぞ」

 俺はそのロールプレイングの技みたいなものがなんなのか、まったくわからなかった。

「八極拳は、中国の武術だ。なんというか、強いて言うなら、私レベルの人間の本気の蹴りなら、あの男の骨の二・三本は砕いていただろう」

 ひょえ、と俺は思った。彼女を助けに来たつもりが、江戸前を助けてしまう結果となった。なんてこった、これは。
 がっかりしていると、荒井先生は頬をかいた。

「で、お前は何しに来たんだ」
「俺ですか? 俺は、ちょっと幽霊話の一軒について調べてみようと思ってね」
 
 そう言い、俺は学校の過去が記されている書物を探していく。

「お前、尾川の事件の犯人を、捜すつもりか?」
「そうです」

 疑問に思われるだろうか、と思ったのだが、荒井先生はため息を吐いていた。

「だったら、ここに資料は無いぞ」
「?」
「こっちへ来い」

 乱暴な言葉に誘われて、俺は荒井先生の後を着いて行く。
 そして、管理等の階段のところで、荒井先生は動きを止めた。

「お前、何故尾川の事件の犯人を捜す?」
「え?」
「単純な正義感ではないのだろう」

 あまりに当然の疑問だった。だが、俺は妙な違和感を覚えた。
 荒井先生は、まったく疑問になんて思っていないような顔だったからだ。疑問に思ったから聞いたのではなく、むしろ、確認のために聞いた、という感じであった。
 俺は、正直に、今回の幽霊騒ぎと自分の関連を話した。

「…つまり、妹の身の潔白のために、犯人を捜したいのだな」
「はは、笑っちゃいます。死んだ人間に汚名を着せるのが嫌だから、俺犯人を捜すんです。生徒が襲われたとか、そういうのもあるんですけど。…俺は身勝手ですね」

 生徒が襲われた事は、はっきり言って言い訳でしかない。本音は、あすかがこれ以上、辛い思いをするのが嫌だったからなのである。だが、あすかはモウ死んでいるのだ。辛いもへったくれもない。
 解かっていても、遣らずには居られない。

「そんなことないさ。お前らしいよ」
「え…?」

 どういうことですか、と俺が尋ねようとする。
 しかし、それをすることは出来なかった。

「うわ!」
「くっ!」

 誰かが背中を突き飛ばしたような感覚に襲われる。いや、間違いない。誰かが突き飛ばした。
 俺と荒井先生は、階段をゴロゴロと転がっていく。
 そして、夏の気温にしては冷たい床の上で、二人ともぐったりと横になってしまった。
 意識は混濁する。



 次に俺が目を覚ましたのは、保健室のベッドの上だった。気がつけば朝になっており、周りには警察官が居る。

「一体何が…」

 戸惑っている俺に、隣とベッドで寝ていて荒井先生は、言う。

「私達は階段から突き落とされたんだ。何者かによって」
「階段…」
 
 これじゃ噂の二の舞である。しかもよりによって、管理等の階段から突き落とされるなんて。
 消沈していると、向こうのソファで、見慣れた顔があった。

「君たちは…!」
「あ、昨日の」

 あの中学生である。だが静香は昨日ほど元気は無い。まあ、勇作は相変わらずなのだが。
 何故ここに居るのか疑問に思ったが、その疑問はすぐに解決される。

「…大河内という少年が、誰かに襲われたらしい。…重症だそうだ」
「なっ」

 俺は再び荒井先生の方を向く。だが荒井先生の顔は、かなり深刻そうだった。

「大河内という少年が血まみれになって、例の井戸の所に倒れていたそうだ」




 俺は、驚いた。





 理科室、井戸、階段。これで三つの場所で、事件が起こった。残るはあと一つ。
 だが、俺は妙な感覚に襲われていた。

(被害者に何の関連性もない)

 第一の被害者は、尾川恵子。これは単純に、たまたま理科室にノートを取りに来たところを襲われている。
 第二、かどうかは不明だが、第二の被害者は大河内啓太。警察の話しによると、井戸付近を撮影中に、何者かによって殴られたらしい。未だ彼は意識不明の重症である。
 第三は、俺と荒井先生。二人とも階段から突き落とされている。もっとも、かすり傷程度の傷でしかない。
 俺はうーん、と唸った。

(全部、たまたまそこに居合わせただけだ。つまり、衝動的な犯行か? いや、たぶん違う。だったら、わざわざ幽霊事件の噂を流したりするか)

 つまり犯人は、被害者は誰でも良かったということか? 犯人の目的は、事件現場で被害者が出てくるということなのか?
 
(それをすることで、犯人にどういった利益があるんだ?)

 考えていると、保健室に尾川恵子が入ってきた。


「どうしたんだ?」
「えっと、鑑識さんがノートを返してくれるって」

 すると近くに居た鑑識は、ノートを差し出す。

「誰の指紋が?」
 
 俺はそう尋ねると、鑑識は少し悩んだあとに「ま、ばれるからいいか」と小さく言う。

「指紋は、この子のもの。それとこのノートをプレゼントした男の子の指紋。そして、小枝幸則氏のもの」
「なんだって!」
 
 じゃあ、小枝先生が犯人なのか!?
 俺が愕然とした気分に襲われていると、尾川が「それは違う!」と声をあげる。

「小枝先生の指紋がついていない方が変なんだもん」
「? どういうことだ」

 どうやら小枝先生を取り調べていた刑事が、声を聞きつけたらしい。さっそく尾川に事情聴取。

「誰にも言いませんか?」
「秘密厳守。それが警察のモットーだ」

 優しい笑顔で、尾川に語りかける。うん、前のヘボ警察官より全然上手。
 安心した尾川は、話し出した。

「このノートをプレゼントされる前に、私小枝先生に相談したんです。…その、私このノートをくれた男の子のことが好きで、そのことを相談したんです。相談のあと数日して、男の子が私の誕生日にノートをプレゼントしてくれて。私嬉しくなっちゃって、すぐに小枝先生の所へ急いだんです。そのとき小枝先生も触っていますから、当然指紋はついているはずです」

 聞いていた警察官は、小さく返事をする。
 それ以上なにも詮索することは無く、警察官は今の事を確かめに、どこかへいってしまった。
 残された俺と、新井先生は(中学生は、一時帰宅としたらしい)、そっと尾川に語りかける。

「それでそのノートを大事に持っていたんだな」

 どんなに怖い思いをしてでも、大切なノートを取りに出かけたのである。
 恋する乙女は、こんなにも強く、気高いものなのだ、と俺は思った。そして同時に、彼女が異性を意識し始める年頃でもある、というのが分かった。 尾川は照れくさそうにしていた。

「でも、小枝先生と私以外に指紋がないってことは…やっぱり幽霊?」
「そんなことはないよ。手袋してたんじゃないの?」

 俺がそう尋ねると、尾川は首を振る。

「私が人間が首を絞めている、というのがわかったのは、手袋をしていなかったからだもん」
「ああ…」

 俺は襲われた夜、尾川が話していたことを思い出した。
 窓に映った自分の首には、確かに肌色の手がまきついていたらしい。それに、暖かかったようだ。

「だから、人間だよ。それに、小枝先生は犯人じゃない」
「そうか」

 俺も、小枝先生は犯人じゃないと信じている。あの人は、むやみに子供達を襲ったりするような先生じゃない。
 安堵の色を浮かべる俺とは対照的に、荒井先生は顔をしかめていた。


 俺は、ふと疑問に思った。

「なあ、尾川。理科室に丸い玉が沢山転がっていたんだけど、あれは一体なんだ?」
「ああ、たぶん数珠だと思います。私幽霊騒ぎがあって怖かったから、家の数珠を持って行ったんです。でもボロボロだったから、落とした拍子に壊れてしまったんだと思います」

 なるほど。数珠ね。ずっと疑問には思っていたのだが、今の今まですっかり忘れていた。 
 そして、もう一つ疑問に思った。

「どうしてノートを忘れたんだ? 大事なノートなんだろ?」

 そう尋ねると、尾川は少し言いにくそうだった。

「実は、私最近幽霊騒ぎがあるから、急いで理科室をあとにしたんです。そのとき最悪なことに、私理科室の掃除当番で…。みんなさっさと帰っちゃうし、私なんか変な生き物がホルマリン漬けにされているところを担当していて。だから掃除が終わると同時に、逃げるようにして出て行ったんです。ちょうど掃除の前に理科の授業がありましたから、そのときノートを持っていたんです」

 ふむ。なるほど。確かに幽霊騒ぎがあるときに、一人でそんなところに居るのは嫌だろう。俺だって嫌だ。
 俺は尾川を帰宅させ、ベッドにもたれる。
 すると、今まで黙っていた荒井先生が、口を開いた。

「お前、幽霊事件のことについて調べたいと言っていたな」
「あ、そうだった!」

 俺ははっとしてしまう。また、今の今まで忘れていたのだ。
 恥かしくなった俺とは裏腹に、荒井先生は真剣な顔になっていく。

「無茶はするな」
「え?」

 そういうと、荒井先生は立ち上がり、「着いて来い」と小さく言う。
 俺は急いであとを追いかけた。

 職員室に行こうと思ったが、玄関で大暴れしている生徒を発見して、注意しに行く。
 何故玄関で暴れていた、と聞くと「今日が雨だったから」と言う。
 どうやら今日は雨で外で遊べないために、生徒達は室内で遊ぶことを余儀なくされる。だが、室内で遊べることなどは限られていて、生徒達は我慢できず、広い玄関で遊んでいたというのだ。

「雨が降っている日は、床が滑って危ないんだ。もちろん玄関もだ。だから、早く教室に帰って、ハンカチ落としとか、室内で出来る遊びをしろ」

 生徒達は納得できない顔をしていたが、それでも教室に帰っていく。
 俺はもう誰も居ないか確認しにいく。
 確かに外は雨が降っていて、傘立てには何本かの傘が立っている。うわ、真っ赤な傘まである。おい、校則では黒か青か黄色の傘しかだめだとあれほど言ったのに。まったく。
 俺は誰も居ないことをしっかりと確認して、職員室へと向かっていく。
 
「あ、せんせー!」
「なんでここにいるんだぁ!」

 職員室に居たのは、梅宮静香・平林勇作である。

「ん、勇作くん。手を怪我しているぞ?」
「え?」
 
 驚いたように、勇作は手を見る。すると、手のひらから血が出ていた。

「もしかして、カマイタチ?」
「かもしれない。痛くもないし、傷も浅いから」
「いや…たぶん、そこの画用紙じゃないか?」
 
 二人は後ろを向く。画用紙は確かに手が切れることもあるのだが、どうやったらそんなところを傷つけるのだか。
 ともかく俺は、二人に事情を聞く。
「だって、仲間が幽霊に襲われたってのに、見捨てられるわけ無いじゃん。まあ、確かに変な奴ではあったけどさ。だから真相を暴いてやろうと思ってね」
 どうやら彼女、仲間意識が強いようだ。もっとも隣の勇作は、面倒だ、という顔を見せているが。

「仲間を思いやるのも大事だが、それで死んでしまったら手遅れだろう。わかったら…」
「きゃー、そのせんせー彼女!?」
「へ?」

 行き成り話題を振られた荒井先生は、硬直してしまっている。
 
「ば、馬鹿を言うな! 荒井先生はただの同僚…」
「ただの同僚と、並んで歩いちゃったり、二人っきりになっちゃうもん?」
「大人の世界ではそうなの!」
 
 本当かどうかは知らないけど。
 適当に言い聞かせ、彼女達を職員室から追い払う。にしてもここの学校の職員室、常に誰も居ないなぁ。
 そう思いつつも、荒井先生のあとをついていく。
 そして何を思ったか、彼女は自分の引き出しから、色々な学校の記録帳を取り出した。

「…私は、この噂が流れた直後から、ある理由で事件を調べていた」
「ある、理由?」
「そうだ。お前には言うわけにはいかないが、とにかくそうだ」

 そういって、何冊か取り出す。

「これは十一年前、○○小学校で起こった事件だ」

 そこには、『十一年前、とある少女が過って有毒ガスを発生させ、理科室で死亡が確認される。』と書かれていた。

「それだけじゃない。十年前、『××中学校の裏庭にある井戸に、少女が意図的に井戸に落とされる。しばらく意識不明の重態だったが、翌日に死亡する』とかいてある」
 
 さらに荒井先生は読み上げる。

「そして九年前、この小学校でお前の妹が死んでいる」
「それじゃあ…」
「ああそうだ。事件が起きた順番に、事件が起きているんだ」

 俺は、息を呑んだ。
 だとすると、次は相談室で、誰かが襲われるのか。
 だが、荒井先生は困った表情をした。

「最後の相談室の事件なんだが、それだけ記録が無い」
「ない?」
「そうだ。これこそでっち上げなんだろうか」

 しかし俺も、荒井先生もそれは無いだろうと確信していた。ここまで本当の事件が続いていて、最後の最後ででっち上げはないだろう。
 とすると、誰かがこの事件を隠蔽した、ということだろうか。

「ともかく、相談室へ行こう」
「だな」
 
 俺達は、嫌な胸騒ぎを思えていた。だからだろうか。微妙に小走りになっており、冷や汗も出ている。
 相談室に着くと、妙な生臭さを覚えた。
 この匂い、まるで…何日も洗ってない水槽みたいな感じ。

「相談室から?」

 俺はノックをする。だが、返事が無い。
 なんだか嫌な感じがする。
 俺は、そっとドアを開けた。

「!」

 そこには人は居なかった。
 だが、頭に大量のガラスが突き刺さり、胸を真っ赤にして、全身水びたしになっていた、江戸前宗次の死体があった。




 死因は、胸を刺されたことによるショック死。だが犯人は、江戸前が死んだあと、設置されていた水槽を頭に叩きつけ、失踪したようだ。

「それにしても先生、この部屋暑いですな」
「本当だ」

 俺はようやく、暖房が設定されていることに気がついた。ただでさえ雨でじめじめしているし、夏なのに。
 俺はすぐに暖房を切って、窓を開けた。もっとも、開けたところで、どうにもならないが。

「それじゃあ、先生は、次に相談室で誰かが被害にあうんじゃないか、と思って此方に着たと」
「そうです」
 
 明らかに疑惑の目を向けているが、本当のことなんだからしょうがない。警察官は、うーんと悩む。

「しかし、凶器は一体…?」

 胸には鋭利な刃物が刺さった痕跡が、確かにあった。しかし、肝心の凶器が見つからないのである。

「それに、結構な血が出ていたと思われます」

 近くの警官が、そういう。確かに江戸前の血は、飛び散っている。もしも犯人が人間なら、返り血を浴びているだろう。
 だが、この学校内で、そんな格好をした奴がいたらすぐ見つかるだろう。

「でもこの時間帯は、教師も生徒も授業をしているから、普通は通りませんよ」
「本当か?」
「はい」

 実は今の時刻は、授業中だったのである。だから警察のことが大きくならないよう、こっそりと行われているのだ。
 つまり、進入しようと思ったら、簡単に進入が出来る。逃げるのもそうだ。

「飯島警部」
「なんだ」
「指紋のことなんですが。色々な生徒や教師が出入りするため、犯人の指紋の特定は不可能です」

 どうやらこの人、飯島と言うらしい。しかも警部だった。
 まあ、それはさておき、俺は気になることがあった。

「どうして江戸前…先生はこんなところに?」
「呼び出されたんじゃないだろうか、という事になっています」

 呼び出された。つまり、初めから江戸前を狙っていたのだろうか。
 うーん、と頭を捻りたくなる。
 すると、飯島警部は、頭をガリガリと掻いた。

「うーん、江戸前かぁ。こりゃやっかいだ」
「やっかい?」
「おっと失礼。ま、そのうちわかるさ」

 そのうち、とはそれから三秒後のことである。

「宗次ちゃん。ああ、私の宗次ちゃんがこんな哀れな姿に…」

 このおばちゃんが着ている服は、どこかの高級品だろう。バッグもブランドだ。
 しかし、なにもんだ、この人。

「失礼ですが、あなたは?」
「江戸前和美。このこの母親でございます」

 俺は、溶岩を飲み込んだような顔をしている。
 このいかにも成金!、という感じのおばさんが、こいつの母親。なんか傲慢っぽいし、血筋を感じる。
 かなり失礼なことを考えつつも、俺はこのおばさんを、前に見たことがあるような気がした。

「江戸前和美といえば、ワイドショーで有名だろう」
「ああ、あの!」

 やっと思い出した。
 この人は昔、俺の妹が自殺した事件で、散々学校教育がどうとか、子供の個性がどうとか、延々と話していた人だ。
 たしか、本などを出したりして、かなり金持ちになったとか。
 そうこうしているうちに、和美はどんどんヒートアップしていく。

「もう堪忍袋の尾が切れたわ! あの時はかばってあげたけれども、今回ばかりは全てをワイドショーで話してやるんだから!」
「あの時と言いますと?」

 飯島警部がそう聞くと、和美は鼻を鳴らして答える。

「四年前、この学校の生徒が死亡した事件ですわ」

 え、と俺と荒井先生は驚く。
 さっきの記録には、そんな事件は無かったことになっていたぞ!

「四年前、赤野あすかという生徒が、失踪したの。そして数日後、その生徒は相談室で死亡していたわ。それをこの学校は、宗次ちゃんが拉致監禁、そして婦女暴行を行ったと決め付けたのよ。もちろん無実だったけれども」

 本当に無実だったんだろうか。俺は、失礼ながらそう思った。
 この男、職務中にアダルト雑誌を読むわ、荒井先生と無理に犯そうとするわで、何かと問題がある。こんな男が、教師を遣り続けていることに問題がある、とすら思えるのだ。
 もっとも、確かめるのは無理っぽいが。

「ともかく、落着いてください」

 警察も苦労している。
 苦笑していると、なにやらビニールの切れ端が、落ちているのが見えた。

「警部さん、あれなんですか?」
「ん?」

 飯島警部は、ビニールを摘み上げる。

「ふむ、犯人が使用していた手袋の切れ端かも知れぬ。おい、鑑識」

 これ以上なにもすることがないと判断した警察は、俺たちの事情聴取のために、保健室へと移動する。


 あれやこれやと質問地獄に陥り、ようやく開放された俺たち。

「うーん。奇妙だ」

 明らかに他の事件とは、レベルが違う。なんだろう。この感じ。
 顎に手を当てて、廊下を歩いている。

「白銀くん、お疲れ」
「ああ、小枝先生。これから事情聴取ですか?」
「そうなんだよ」

 はは、と先生は笑う。右ポケットに手を突っ込んでいる姿は、どこか不似合いである。言うべきかで悩んだが、これが彼の流行だったら失礼なので、それ以上なにも言わないことにした。

「む?」

 再び玄関で戯れる生徒発見。あ、あいつら、懲りてない。

「くをら!」
 
 俺が正義の雄たけびを上げて、生徒達を注意する。もっとも、途中でずっこけたため、格好がつかなかったが。
 床に寝そべりながら、俺はあるものを発見する。

「…! もしかして」

 そうか『これ』を使ったら、返り血を浴びる心配は無い。
 俺は泥を払いつつ、職員室に行く。
 自分の席に座り、そして荒井先生から借りた学校記録に目を通していく。
 調べるのは、四年前に起こった事件のことだ。たぶん、少しくらい記録が残っていてもいいはず。
 しばらく調べ、俺は記録を発見した。

「赤野あすか、失踪する。ん、なになに。このこは…」
 
 え?

 俺は文字を凝視していた。

「そんな馬鹿な」

 急いで立ち上がり、鑑識さんのところへと走っていく。

「ど、どうなさったんですか?」
「実は一つだけ言い忘れていたことがあってですね…」

 しばらく説明すると、鑑識さんは飯島警部のところへと行く。

「なるほど、分かりました。調べておきます」
「それともう一つ質問があるんですが…」

 俺の質問に興味を持った飯島警部は、急いで鑑識さんに調べるように、と命令する。
 

 犯人は分かった。動機も、なんとなく分かっている。だが、信じたくない気持ちが大きかった。
 だから、賭けてみる。

 俺の後ろでは、何故か荒井先生が居た。

「…警部さん、この事件の関係者を、集めてください」
「どういうことですか?」

 俺は一呼吸おく。

「今回の事件の、犯人が分かったんです」

 

 何故か昔の思い出が、頭を掠めていくのだった。

2004/04/26(Mon)13:08:11 公開 / 吉岡上総
■この作品の著作権は吉岡上総さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 今回は問題編としてまとめさせて頂きました。
 私のミステリは、犯人が一目瞭然でございます。ですが、どうしてそういうことをしたのか、どういうトリックなのか、というのをこだわっております。肝心なのは、証拠はなんだ、ということです。
 「こんなの三流だ」といわれたら、まったくそのとおり…(汗)
 感想のほうで、バシバシ言ってください。死ぬ気で直します。
 それでは、次回答えといきましょう。

 感想をくれた方々、本当にありがとうございました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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