『HERO 1』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:仮名                

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「保護者の方々へ。    四月十九日                  

…………四月十八日の夕方、児童の一人が『南武三丁目公園』のあたりで不審者を目撃したと通報がありました。…………
幸い児童に怪我はありませんでしたが、最近、不審者に関する事故が相次いでいます。暗くなる時間帯にはお子様を一人で出歩かせないよう…………      」

……これはいる。お母さんに見せなきゃ。

「学級通信 わんぱくっ子!!   四月十九日  第二号

 さいきん、みんなの忘れ物が多くなっています。朝学校へ来るまえに、ちゃんとランドセルの中をたしかめてください。エンピツもちゃんとけずりましょう…………

…………四月十八日、四年生の女の子が『南武三丁目公園』のそばで変な人を見たという話がありました。
 さいきんは、よく変な人が外を歩いていたりします。
 『知らない人にはついていかないこと!』 『困ったときは近くの『子ども110番』というステッカーが貼ってあるお家に…………
                                                                  」

 半分に折って折り目に角を合わせてひっくり返してまた折って……。
出来上がった紙飛行機を少し赤みがかった空に飛ばした。飛行機はふらふらと飛んだ後、風に乗るというより風に思いっきり吹き飛ばされて、春の夕空に消えていった。
 浅野小学校一年一組、出席番号一番の青木啓太は、学校でもらったどうでもいいプリントは下校途中、飛行機にして飛ばすという習慣を持っている。いま飛ばしたのは『わんぱくっ子』だとかいう〈父母に対するちょっとした報告〉やら〈児童に対する先生の個人的な感想〉やらが書いてあり、毎週金曜日に配られる、彼の中で[どうでもいいプリント]ナンバーワンだ。もちろん毎週金曜日の下校途中の空に離陸することになる。
 そんな空には、やたらと光と影がはっきりした雲が浮かんでいる。夕焼けが綺麗だから明日も晴れるのだろう。
 日本国に属する、田舎と都会の真ん中くらいの中途半端な町、浅野町。住宅街やら繁華街は少しあるものの、山や畑の面積の方が大きいと思われる町。
そんな町の中に青木啓太の通う浅野小学校はある。正式には『第二浅野小学校』という名前だが。
 そしてそんな穏やかな町で、いまちょっとした事件が起こっている。不審者アンド変質者事件だ。
 四月に入り、この第二浅野小学校の学区内だけで三件。町全体で数えれば両手両足の指では足りない。そしてなんとそれらのほとんどは同一人物である、という情報がある。
そしてその人騒がせな変態男の特徴とは
 「黄色い服を着て、変なメガネをしたおじさん……かぁ……」
 空はますます赤みが増して、その赤が浅野町の少し寂れた住宅地の端のさらに端の、いちおう『武山』という名前がついているちっちゃーな山のふもとに位置する『南武三丁目公園』を綺麗に染める。
 その『南武三丁目公園』のベンチに座り、青木啓太が呟いた。公園の真ん中にそびえるポールのそのてっぺんの時計を見ると、四時五十二分を差している。
 公園にはこの少年しかいない。もう夕暮れも近いせいか、公園の遊具が寂しげに佇んでいるだけだ。この公園、夜になると不良の族が集まる。だからこの暗くなりかけの時間帯には怖くて誰も近寄らないのである。
 そんな公園のベンチに一人ちょこんと座り、青木啓太がポケットから紙を取り出した。ほとんどがひらがなの、可愛らしく汚らしい字で書かれたメモ。
(5じくらいに、きいろいふくをきてへんなメガネをしたおじさんが来た)
間違いない、と自分で自分を励ますようにうなずく。ここで待っていれば……来る! はず……。
 『保護者の方々へ』のプリントで情報を聞きつけて、すぐに被害にあった四年生の人に詳しい話を聞いた。
(変な人に会ったって本当ですか?)
(あっかわいー。なに? 一年生? えっ、うん会ったけど……)
時間も場所も完璧、あとは《不審者》オア《変質者》の登場を待つだけ。青木少年の拳に力が入った。
 別に不審者だって変質者だって、毎日同じ場所に現れるわけではない。が、若干七歳のこの少年は「現れる」ことを信じてやまなかった。さらに拳に力が入る。少し緊張しているようだ。時間は少しずつ、確実に過ぎていく。
 そして……この少年の想いは……神に通じた。いや、神に「通じてしまった」。

 夕日の赤みが増し、公園はますます寂しさを増す。空気がどこか爽やかで涼しげだ。そんな時、
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
夕暮れの町の公園、という雰囲気を思いっきりぶち壊す大声が響いた。ベンチに座っていた青木啓太が驚いて立ち上がり身構えた。そして同時に一つの影がばっと公園に現れた。
「そこの少年! もう暗くなるぞ、早く帰りなさい! はっはっはっはっ」
声の主が公園の真ん中に立ち、啓太を見つめて言う。啓太も声の主を見る。声の主は赤い夕日に照らされて、その姿がよく見えた。
 服、といっても普通の服ではなく、水着のように体にピッタリ張り付いて、どちらかといえばタイツに近い。全身タイツ。もちろん全身だから頭も隠れる。ダイビングをする人の水着はこんな感じだったはず。顔だけが出ている状態。体のシルエットが浮き出て、がっしりした体型が分かる。筋肉のふくらみが見える。股間のところのふくらみまではっきりと夕日に浮かび上がる。男だ、と啓太は思った。
 そして顔にはなにやら変なメガネをかけている。メガネというよりはゴーグル。レンズが黒く、目は見えない。
 この水着のような服とこのゴーグル、海にいればまだ許せる格好かもしれないが、町中では全身タイツの変態である。
そして極めつけのタイツの色は……黄色。夕日に照らされ鮮やかに光る。黄色。
 全身タイツの変態がニッと笑った。夕日に白い歯がキラーンと光った。
「うわ―――――――――――――――!!」
 青木少年は叫んだ。力の限り、叫んだつもりだった。だが驚きと恐怖のせいで喉がちゃんと機能せず、かすれた声が出ただけだった。
 青木少年は逃げた。だが逃げる方向を間違えた。こっちへ逃げたら家から遠くなる、というか公園の裏の山へ突っ込む。だが止まるわけにもいかない、走り続けようとする。ところが
「おいっ! 少年! 君の家はそっちじゃないだろうっ」
 何でお前が僕の家を知ってるんだよ、と青木少年が叫ぶまえに、変態の腕が伸びて青木少年の肩をつかんだ。
「あぎや―――――――――――――――!!!」
 絹を裂くような叫び声があがる。だがその時、高速道路でなにかあったのか大量のクラクションが鳴り響き、その叫びはかき消された。

 高速道路が騒がしい。どうやらなにかちょっとした事故でもあったらしい。
 青木啓太が地面に座り込み足をさすっている。肩を掴まれたと同時に転んでしまい、足を捻ってしまったのである。
「すまない、大丈夫かい少年?」
怪我の原因である変態野郎が話しかける。啓太は痛そうに顔をゆがめてなにも言わない。
「もう暗くなる頃だから早く帰った方がいいぞ、と諭すつもりだったのだが、驚かせてしまったようだね。すまなかった」
「おじさん……だれ?」
そこで啓太が口を開いた。
 全身黄色いタイツのゴーグルをつけた変態は待ってましたとばかりにニカッと笑った。綺麗に並んだ白い歯がキラーンと光った。もう一度キラーンと光った。
そして変態は啓太から少し離れて、くっと身構えたかと思うと、
「町にうごめく悪の権化」右手を斜め左上にに突き上げる。
「真実を求める人々の叫び!」左手を右手とクロスさせる。
「我こそはっ、光と影の正義の味方!」右手を腰に当てて右足に体重を乗せて左手を前方に突き出す。
「ヒーローマサオっ!」ジャンプして着地と同時に右手を真上に突き出し左手をそれに添えてフィニッシュ。
「……、……、……!」啓太が逃げた。
だが捻った右足の痛みに負けて、また倒れこんだ。
「はっはっはっ、大丈夫だ、心配は要らない。私が来たからにはもう安心だ。足が痛いのなら私が君の家へ連れて行ってあげよう」
なぜ僕はこんなところでこんなやつに会ってこんな目にあっているのだろう。《変な人》に会う、という自分のバカな願望を恨む。そんな願望を生んだ自分を恨む。
「もう遅いからな。少年、本当に帰った方がいいぞ。近頃は変な輩が増えてきたからな」
それはあんたのことだ! 啓太は心の中で思いっきり叫んだ。
 やはり逃げよう、と立ち上がろうとして、いきなり足の痛みがひどくなった。そして同時に涙が出た。
「どうした少年?」変態が少し慌てた。
 別に不思議なことではない。青木啓太は若干七歳である。なのに変なおっさんに肩を掴まれて転んで足が痛くて……。そこで涙するのは逆に自然なことといえよう。
 夕日に照らされて涙が光る。風が少し湿った頬に心地よい。
 少しの間だけ泣いて、落ち着いてから啓太が変態に訊ねた。
「おじさん、だれ?」
「さっき言っただろう。ヒーローマサオだ」
「本当の、名前は?」
「スーパーヒーローマサオ三世だ」
「……、……名前は?」
そこで変態は返答につまり、会話に少し間が空いた。少しだけ困った顔をして、変態が答えた。
「ヒーローとは『謎』だ。ヒーローは素性を明かさないものさ」
そこで変態は人差し指を立てて「ちっちっちっ」とやった。
 少しの沈黙。そして今度は変態が訊ねた。
「少年はいったいここでなにをしていたのかね? 早く家へ帰らないといけないぞ。ここは不良の族が集う場所として有名だ」
また少しの沈黙。そして啓太が答えた。
「おじさんに……会いたかったんだ……」
「私に? それはまことに光栄だな、はっはっは」
啓太がうつむいた。その時の啓太は、七歳の小学一年生という雰囲気がかなりにじみ出ていた。
「お父さんが全然遊んでくれないから……うっ」
 そこでまた啓太の目から涙がこぼれた。変態がまた慌てる。公園の時計は五時六分を差している。夕日がどんどん地面に近くなり、二人の影がどんどん伸びる。

「つまり……警察官である少年のお父さんにかまってもらいたかったと」
「うん……」
 啓太は涙がおさまってから、少しずつ説明した。
僕のお父さんは警察で仕事してるんだけど、最近ずっと忙しくて遊んでくれなくて、僕が変な人に会ったといったらお父さんも「忙しいんだ」「疲れてるから」と無視したりしないだろうと思って。
「寂しかったんだ。僕……お父さんと、キャッチボールがしたくて……」
「それで私に会いに来たと」
「うん……」
「しばし待て」
 そう言ってから変態は〈考える人〉のポーズをした。なにやら考えているようだ。そして
「少し解せぬのだが……変な人に会ってお父さんにかまってもらいたかったのであろう? なぜ私に会いに来た?」
「……」
啓太は答えない。何も言わない。変態も何も言わない。
「……まあいい。とりあえずこれで君の目的は果たしたことになる。さあもうお帰り。君の母上が心配しているはずだ」
「うん……分かった」
  そう言って啓太は立ち上がった。泣いてる間に足の痛みも引いて、家までなら歩くのに問題はなさそうだ。そこで一つ思った。
「なんでおじさんはそんな格好をしてるの?」
変態は返答につまった。そしてさっき本名を聞いたときみたいに少しだけ困った顔をして
「なんで、と、ほら、ね」とかなりはっきりしない答えを返した。
そして
「正直、私のほうが知りたいんだがな」
と小さな声で呟いた。本人は聞こえてないつもりだったようだが、変態と話しているせいで神経がピリピリしている啓太にははっきり聞こえた。
「なんで? 分からないの?」
 これは本当にヤバイ人間なのか、と啓太は思った。そしてその質問には、啓太自身がなんとなく『こう返すんじゃないかな』と考えていた返答が返ってきた。
「……使命みたいなもの……だからな……」
 その時、変態はなんだか何も見ていないという感じがした。目の前にいる少年も見ていない。周りの景色も見ていない。ただ呆然と答えているという感じがした。メガネのせいで目が見えないので、はっきりとは分からないが。
 啓太は自分が思ったとおりの返答だったので、これは本当にヤバイんだろうなと心の隅で考えて、さっさと帰ろうと変態から離れた。
その時
「君は寂しいかもしれないが、君のお父さんもきっと寂しいんだ。それを忘れないことだよ。そうすれば、人は優しくなれる」
と変態が呟いた。
啓太にはそれが聞こえた。聞こえたが、その意味は半分も飲み込めなかった。
だがそれよりも、啓太にはそう言った時の変態の雰囲気の方が気になった。一瞬だけ、一瞬だが……変態が、すごい人に見えた。なぜだか。
「なぜこんな格好をしているか……と私に聞いたね?」
変態が言った。啓太は変態の雰囲気の変化に驚いて、少しだけ呆然としたまま首を縦に振った。
「……それは……私がヒーローだからさ」
 変態の歯がキラーンと光った。
 その時、ふっと風が吹いた。啓太は、風が吹くと同時に反射的にパッと瞬きをした。そして前を見た。
ところが、それまで話していた相手、全身タイツの変態、自称ヒーローの姿はどこにもなかった。
 公園の時計は、五時二十分を差している。夕日が地面に吸い込まれるようにして沈んでいく。東の空の方から夜が溶けていく。

 それからも変質者アンド不審者事件は続く。春。春はあらゆる命が目を覚ます。大地には芽が吹き、花が咲き誇り、変態が冬眠から目を覚ます。
 町にはパトロール中のパトカーの数が倍に増えた。警察もずいぶん手を焼いているようだ。実はそのころ警察はある他の事件も掛け持ちしていた。のだが、その事件については町民はなにも知らない。だが警察は大騒ぎだったようだ。
そんな警察大忙しの中でも、当然のように時はとどまることなく果てなく流れ続け、いつのまにか気温も上がり、全国の初々しい雰囲気は消え始めていた。
 そして快晴の爽やかなある日、浅野町のある住宅地の端の端の『南武三丁目公園』で少年と男がキャッチボールをしているのが見える。
(最近、遊んでやれなくて悪かったな、啓太)
(ううん。それよりもお母さんが寂しがってたよ)
(あー、なにか服でもプレゼントして機嫌とらないとなあ。ほらカーブだ)
(全然曲がってないよお父さん。それどころか普通に投げる球よりまっすぐ飛んできたよ)
 公園に笑い声が響く。本当に楽しそうな少年の笑顔。どこか疲れているが、それでも明るく楽しそうな男の笑顔。
 ひたすら青く爽やかな春の空が広がる。雲はどこにも見当たらない。天気予報ではあと二日ぐらいこんな天気が続くらしい。予報が当たれば、の話だが。

2004/04/22(Thu)23:28:31 公開 / 仮名
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■作者からのメッセージ
続きます。どんな風に続くか僕もまだよく決めてません(汗)
面白みのある文、を目標にしたのですがちょっとくどくて読みづらいだけかもしれませんね。批評いただけると嬉しいです。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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