『大切なこと』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:霜                

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 初めに、私の名前は鈴木夏海です。私は今、いじめにあっています――。

 初夏。セミの羽音が鳴り響き始め、若干気温が暑く感じるこの頃。太陽の光を浴びてぐんぐん成長する草木とは反対に、私はどんどん衰えていく。
 
 時は放課後、場所は体育館裏。ありきたりなその場所で、私は今、いじめにあっている。
 どかっ、と音が立つ。私が手に持っていた鞄がコンクリートの地面に落ちた音だ。同時に私も地面に寝そべっている。誰にも見つからないところというだけあって、その地面はひんやりと冷たかった。
 しばらくしてから私はゆっくりと起き上がる。もう少し、湿った地面でからだを冷やしたかった。だけど、今の私は私じゃない。
 目の前に同じ制服を着た女子が三人いる。真ん中の人が中心で、他は少し後で傍観している。私は虚ろな瞳で彼女らを見ている。
 不意に、体が前に傾く。髪の毛をつかまれ引っ張られていた。足を蹴られ、顔面を殴られ、水落に彼女の拳がもぐりこむ。耐え切れずにからだを折り、吐いた。何かは分からない。急に足の力が抜けた。だけど、倒れることは無かった。彼女が支えてくれていたから。顔面を蹴られてようやく地面に着いた。……その暴行は十数分続いた。
 倒れる私に向かって、最後に言葉が吐き出される。何を言っているかは分からないけど分かる。『明日も来いよ』だ。何十回聞いたせりふだろうか。それでも私は同じことを繰り返す。なにやってんだろ……ほんとうに。

 痛む身体を引きずるようにして家に帰る。待っているのはお母さん。いつも帰ると玄関まで出てきてくれる。
「どうしたの!? なんでそんなに顔が腫れてるの!」
「ああ……これね。前に転んでできたの。そう簡単には治らないから……」
 いつもこのやり取り。お母さんが顔をくしゃくしゃにして泣きそうになるのを見たことがある。もちろん嫌だ。でも、どうしようも無いじゃないか。だからこうするしか……。
 そして、母の手を振り払うようにして自分の部屋へと駆け上がる。入ったとたんにベットに倒れこむ。明日も、明後日も、どんなに月日が経っても変わらないだろうこの一日。
私の時が止まったのはいつだろうか。
でも、今更そんなことはどうでもいい。もう、慣れたよ。私は暗闇の中、誰にも邪魔されずに眠り込む。
カーテンが閉じたままになったのはいつだろうか。
もう一度、再び開く日が来るのだろうか。

 私には、友達がいない。
 クラスの中にはおろか、学年にも、一人もいない。なんて社交性の無い人間だろう。だからといって、周囲が避けるというのは自分のせいなのかな。
 私の机は分かりやすい。一目見ただけで分かる。落書きがたくさんされているから。綺麗にしても、一晩過ぎれば元通り。
 私の椅子は座れない。画鋲が落ちているから。朝、学校に来てやることは画鋲を先生の画鋲ケースに入れること。接着剤がついているときは無理矢理剥す。
 私は今、いじめにあっています。ですが、先生に言うことができません。そう、とあるラジオ番組にハガキで送ったことがある。その時は、まだ元気だった。
 一週間後にラジオで放送された。
「えーと、ペンネーム、ナッチャンからのお便りです。何々? 私は今、いじめにあっています。ですが、先生に言うことができません……ふむふむ。そうか。ナッチャンはいじめにあっているんだね。でも、今勇気を持って先生にいわないと何も変わらないよ? 自分を変えたいと思うなら、一歩踏み出してみるといいと思うな。頑張ってね」
 なんて無責任な人だろう、と思った。奇麗事で片付けられるのなら、とっくに解決してる。とある番組でやっていたことだけど、先生に言ったことがきっかけでさらに激しくなった例もある。でも、私は、そのラジオの人が予想した通りになってしまった。
 もう、変わることはできないのかな……。

 神様、私はもう駄目かもしれません。
一時だけ、母と父にとてつもない悲しみを与えるかもしれません。だから、許してください。人間って、いつでも生きることと死ぬことの選択ができるけど、生きているときが苦しいからいつでも死ねるようになっているんだよね。
私は、この日を最後にしようと思った。早く寝たかったから。
いつもより痛みの増したビンタが私の横顔を撫で付ける。いつもより鋭さを増した肘が水落に入る。拳が顔に当たる。足が太ももに突き刺さる。足の裏が私の鼻を押しつぶす。全てがいつもより痛く、そして新鮮な感じがした。これが私の走馬灯なのかもしれない。
もう、これで終われるかな……。
時の額縁に亀裂が入った。
彼女らは、暴行だけでは飽き足らず、鞄の中からカッターナイフを取り出した。カチカチ、と音を立てて、刃の全部を出す。
「お前に髪をボロボロにしてやる」
 彼女の口は、口裂け女のように、ニヤリと笑ってそう言った。その光景に私は茫然としていた。全てが真っ白だった。
 彼女が私の髪を鷲づかみし、その切っ先を触れさせた、その時。
 私は、いまだかつてあげたことの無い程の音量で叫んだ。なんて叫んだのかは分からない。喉にありったけの力を入れて空気を出していただけだったから。
 その突然の悲鳴に、三人は驚いて走り去った。
 私は、その後、その場に崩れ落ちた。地面は相変わらず冷たかった。けど、腫れた私の顔を冷やしてくれるのにはちょうど良かった。

 時の額縁は崩れ去った。

 カーテンで覆われていない窓から差し込む陽は暖かかった。ラジオの人が言っていたことは半分正解で半分当たっていたような気がする。何かを変えるには勇気が必要だということ。私のは勇気じゃないかも知れない。でも、良かった。

2004/04/22(Thu)22:10:48 公開 /
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■作者からのメッセージ
題名と、内容はほぼ関係ありません。
ただ、これを読んで誰か一人でもこの意味に気づいてくれたらなあ。と思っています。

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