『わたしとメグとアヤノ』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:葉瀬 潤                

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  <わたしの『雪の人』>

  『あんね、今すごく辛くて、泣きそうなんだ。
   だから今週の土曜日は、あなたの体の埋め合わせでもいいので、
   そばにいさせてください。………』

 紙の上でシャーペンが止まる。
 また悲しいストーリーが思いつき、また行き詰る。
 たまには明るいストーリーを書きたいものだが、わたしの心が病んでいるのか、《光》はみえない。
 今日、こことは都会にあたる街から親友がバスに乗ってやって来る。
 それまでの時間、退屈凌ぎにルーズリーフにちょっとしたストーリーを書いてみようと、五分が経過した。
 気がつけば、わたしが書く『女性』はいつも泣いている。男に傷つけられて。気がつけば、わたしの書く『男性』はいつも優しい。女を振った後でも。
 たまには『女性』にも、至福のひと時をあげてもよかった。
 でも、きっと男が彼女を傷つけるから、また不幸になる。
 そう、今のわたしに似せている『女性』。
 わたしを振った奴に似せている『男性』。
 紙をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に投げ込んだ。見事ゴール。一人ガッツポーズを決める。
 時計をみると、もう少しで親友が待ち合わせのバス停に到着する時間だった。わたしは慌てて、自分の部屋をでた。いつ連絡がきてもいいように、携帯をズボンの後ろポケットに入れた。
 小さな机には、白紙のままのルーズリーフと、その上を転がるシャーペンだけが置いてあった。
 
「トモちゃん、小説まだ書いてるんだ?」
 親友のメグを迎えに行った帰りに、風に散る桜を見つけた。メグは目を輝かし、桜の木がある公園に入っていった。
 あの時のわたし達には、大きな遊びだった公園も、十年も経てば小さなブランコをこぐだけでも正直無理を感じた。
「まだ小説書いてちゃ悪い?」
 ブランコをこぐのを止め、そのまま立ち上がった。メグもブランコの板に乗ったまま立ち上がった。
「悪くはないけど、どんな小説書いているのかなって、思ったの」
「読む?」
「人に読まれるのに抵抗とかないの?」
「メグがそれを読んで、どんなことをいってくれるか知りたいから、別に読んでもいいよ。てか、読んでくれ」
 メグは遠慮なく思ったことをはっきり口に出してくれる。だからなのかな。こっちも遠慮とかしないで、自然に付き合えるのは。
 メグとブランコを降りて、公園から出た。また夕方来ようと彼女は振り返り、瞳が桜を映した。

 わたしの書いた小説はこんな話。
 題名は『雪の人』。
 ある男が、三人の女性と同時に付き合ってから三年後に、結婚相手を決めるという、男の身勝手さを書いたもの。
 彼はいうのだ。
 明るい君とは『晴れの日』に会おう。
 気分屋な君とは『雨と曇りの日』に会おう。
 そして、優しい君とは『雪の日』に会おう。
 この物語の主人公は、彼を一途に愛する『雪の人』。
 でも、結局、男は大金持ち令嬢の『雨と曇りの人』と結婚するのだ。
 『雪の人』は、ショックを受ける。彼はわたしだけを愛しているといったのに。
 それまでの幸せが、泡のように消えていく最後。
 男は最初から、逆玉の輿を狙っていたのだ。
 三年間三股をかけ続けて遊びつくした後に、二人の女を裏切り、目当ての女の財産を手に入れるという、計画された恋愛。
 物語はそこで終わっている。
 メグは、わたしの書いた小説を真剣に読んでいる。とても汚い字だ。何度も消したりして、修正した跡が今も残っている。
 クッションを抱きしめ、彼女が読み終わるのを待った。
「読んだよ」
 彼女は三十分で読み、ノートを閉じた。
 親友のことだから、厳しい一言が帰ってくるはずだ。わたしは覚悟して目をつぶった。
「いいと思うよ。けっこう面白かったし」
「ほんと?」
 内心ホッとしたりした。
「でもね……」
 親友はもう一度ノートを開き、ある部分を指でなぞった。わたしは横からみる。それは、身勝手な男のセリフの中にあった。
「雪の日だけに会うって、ちょっと無理があると思うの。それに振り回される主人公も、ちょっと純粋すぎるかも」
「そっか。また出直してきます」
 深く頭を下げた。メグの指摘はそれぐらいだった気がする。二人でゆっくりと部屋でくつろぐ。お茶を一口飲んだ後、メグは思い出したように、声を上げた。
「トモ、あんたハッピーエンドな小説を書きなさいよ」
「無理。わたしの書くものは」
「もし、トモがハッピーエンドを書けるようになったら、あたしは読んでいてすごく幸せな気分になるよ」
「………」
「わかった! まずはこの『雪の人』を少しでもハッピーエンドに近づけることができたら、トモを褒めてあげる」
「褒めるだけ?」
「それかさ、あんたが自己満足して書くんじゃなくて、あたしみたいに読む人が、感動できる小説書いてみなよ」
「無理に近いよ」
 首を大きく横に振った。
 メグはそんなわたしに笑いかけた。
「トモがハッピーな小説を書けたら、きっと書いているトモも幸せな気持ちになれると思うよ」
 メグはページを開き、わたしの目の前で続きが書けるようにと、机の上に置いた。何度も首を振っても、彼女はいうのだ。
「大丈夫だって」と。わたしの背中を優しく叩いて、なんとなく元気付けてくれた。そして、さりげなくノートを閉じた。

 彼女が都会へ帰った後、わたしは何気なくノートをまた開いた。
 『雪の人』は、不幸のどん底状態。
 わたしは、最終的に彼女を不幸の谷底に突き落とすために、こんな悲しい小説を書いているのか。
 人生楽ありゃ、苦あり。
 わたしの人生も、苦ばかりではなかったことは確か。
 だから、『雪の人』の凍った心を、解かしてくれるのは、
 温かい心を持った人の登場だ。
 わたしは転がるシャーペンを右手に握り、続きを書き始めた。
 あなたに今、至福を届けてあげるからね。

 『雪の人』はある日出逢う。新入りでバイトに入った青年に。
 彼は『雪の人』に一目惚れした。何度も彼女にアタックした。
 やっぱり彼も純粋すぎたかもしれない。
 でも、優しい言葉、温かい態度が、彼女の心の雪を解かすのだ。
 『雪の人』に春が訪れようとしている。
 そして、あなたは『笑顔が似合う人』になる。
 きっと、彼は、あなたのことを本気で愛してくれるから。
 もう泣いたりしないでね。


 書き終えた。
 これで少しはハッピーエンドに近づいたかな?
 メグがまたこの町に来たら、読んでもらおう。
 やっと手に入れた彼女の幸せを。

 
       <インドア生活志向>


 畳の上、天井を見上げた。昼寝から目が覚めた。
 睡魔を誘う部屋のぽかぽか感に、うっかり気を抜いてしまった。気がつけば、日曜日の時計の針はもう昼の二時をさしている。
 机の上には、書きかけの小説が、日光を浴びている。
 そしてあの日から、わたしの書く「女性」は、強く生きている気がする。 前向きで、積極的で、たまにすごく悩みすぎる面があるけれども、ちゃんと彼女たちなりの「幸せ」をみつけている。
 わたしにも、いつか「幸せ」が訪れることを信じて。
 外は暑いだろうな。冷たいお茶を飲みながら、のん気な顔で、青空を見上げた。
 今頃、こんな暑い中を、わたしぐらいの若者は街をブラブラと歩いている。無駄な買い物と、無駄なお喋り。日焼けをできるだけしたくないわたしは、夏に入ってからは滅多に外にでなくなった。学校から帰れば、即パソコンを開き、ネットを楽しんでいるという日常生活。そろそろ卒業後の進路を決めなくてはいけない年齢なのだが、まだその重大さには気づいていないのがわたし。
 腕を伸ばして、机の下から体を起こすと、ちょうど携帯が目の前で鳴っている。
「はい、もしもし……」
 まだ眠気眼をこすりながら、携帯にでた。すると電話の向こうから、寝起きの人なら頭が割れそうなぐらいの元気な声が聞こえてきた。
「トモちゃん! お久しぶりです!! 元気ですか?!」
 言葉を返すより早く、しばらく携帯電話の受話器を耳から離した。電話の相手はわたしの友達。それもすごくうるさい人。
 向こうの声が一瞬だけ聞こえなくなると、やっとわたしから話をすることができて、嘆息する。
「あの、用件は?」
「今から、トモの家行くから!」
 顔が歪んだ。日曜日という充実された空間が、潰された一言だった。
「何分でこっちに着くの?」
「多分、もう着くから!」
「へ?」
 意味がわからず、首を傾げた矢先に、背後でものすごい音がした。方向は玄関。指が勝手に電話を切り、わたしはおそるおそる玄関に足を運んだ。 
 アヤノは、わたしを驚かすつもりでこっそり玄関に忍び込んだみたいだが、慌てていたせいもあって不意に足がもつれ、そのまま前に倒れてしまったのだ。その無様な姿をわたしがみるのは、それからすぐのことだった。


 気楽に付き合える友達といえば、二人が挙げられる。
 一人目は、メグ。悩み事や、真剣な話をすると、彼女はストレートな意見をだしてくれる。たまに言うキツイ発言が胸に痛いが、六年も付き合えば、慣れたものだ。
 二人目が、アヤノ。一言でいえば元気娘。気を使わなくていいというか、気を使う必要がないというか。彼女の持ち前の明るさにはどこか元気付けられる。たまにうっとうしいと思うときがあるけど、今日まで大きな喧嘩をしたことがないのが事実であった。
 性格が正反対な二人は、滅多なことでは会わない。お互いを避けているのか、二人が会うときは、わたしが加わって三人で遊ぶ時だけな気がする。
 彼女のイマドキの服を眺めた。わたしは黒のパーカーにジーパンだけなのに、彼女の着ている服は、雑誌のモデルが着ているようなファッションだ。ちょっとそのセンスが羨ましかったりする。
 もしメグなら、ずっとこの部屋でくつろぎながら、いろいろな話をするのに。アヤノは部屋の中をうろうろして落ち着かない様子で、みているこっちがイライラする。
 本当の予定では、今日はネットしたりして、自分の時間を有意義に使うはずだった。
 窓からみる景色をみたあとで、アヤノが唐突な発言をする。
「海行こうよ!」
「え?! なんで?」
 ただでさえ外が暑いっていうのに、それも日焼けしやすい場所に今から行くとなると、かなり焦る。
 アヤノに引っ張られながら、わたし達は近所の海に歩いた。
 彼女にとって海は、ベストプレイスらしい。わたしの家に来るたびに、必ず海に行こうとわたしを無理やり連れていく。
 彼女が海へ行くときは、なにかを語りたい時でもある。
「海に到着!」
 早速暑さにやられているわたしと違って、彼女はかなりテンションが高い。砂浜を歩いて目立つのが、あちこちに捨てられているゴミ。すがすがしい風が吹き、それと同時に塩のにおいがする。
 砂浜というより、石と砂利が多い。
 アヤノは波の近くまで来ると、その場で腰を下ろす。帽子さえかぶらず、わたし達は確実に日焼けするな。
「あたし、彼氏に振られたの」
 アヤノは膝を抱え込み、明るい顔とは一変して、その声は泣きそうだった。心のもやもやを、きっとここで晴らすつもりだ。わたしは、彼女の背中をさすった。
「大丈夫よ。アヤにはまたいい男がみつかるって」
 こんなセリフをいうのは確か五回目だった気がする。恋多き友達を持つと、たまに疲れるときがある。同じグチを何回も聞いたりしなくちゃいけないし、新しい彼氏ができたらできたらで、のろけ話三昧。正直しんどい立場に立たされている。只今彼氏のいないわたしからしてみれば、男の話をする友達に、内心嫉妬とかしてしまう。
「そうだよね。またいい男を見つけて、今度こそ大恋愛してやるぞ!」
 アヤノのいいところは立ち直りが早いところ。立った一言で慰めの言葉をかけるだけで、すぐに元気になれる。人前では辛い顔をみせない彼女だが、なぜかわたしの前だけは、本音を語る。もちろん男の話だけではない。友達のこと。将来のこと。彼女を悩ませる問題が発生すると、わたしの都合など考えず、家に飛び込んでくる。
 そう思うと、わたしはけっこう頼られている存在かもしれない。
 アヤノは立ち上がり、昼の海に向かって、思いっきり叫んだ。
「頑張るぞー! あたしー」
 近くで犬を連れている人が、こちらをみている。付近にいる人たちも、びっくりしている。彼女の大声は、広く他人の耳に聞こえたらしい。恥ずかしくて、彼女の服を引っ張った。
「ちょ、ちょっと。人がみてるから」
「そして、トモちゃんにもぉ、素敵な人がみつかりますようにぃ!」
 さらに恥ずかしくなった。
 言い終わった後、彼女はわたしに笑った。まるであなたの分まで、海に叫んでやったぞって感じのやつ。別にお礼はしないけど、なんか嬉しかった。 わたしも立ち上がり、彼女に続いて叫んでみた。
「タカトの馬鹿野郎―!! 絶対後悔させてやるぅー!」
 スッキリした。言い終わった後に息を大きく吐いた。わたしの心のもやもやも、綺麗さっぱり海に捨てた。
 ずっと家にこもっていたせいで、たまっていた不満をぶちまける機会がなかった。周りの人たちから注目とかされているけど、この時だけは気にはしなかった。
「ねぇねぇ。タカトって、トモの元彼?」
 隣りのアヤノが問う。
「そうよ。すっごくムカつく別れ方したから、ついでに叫んじゃった」
「やっぱり海は最高だね! 波の音がいいし! 青い色もいいし、ストレス発散には、最高の場所よね!」
「だね。たまには外に出るのもいいかもしれない」
 風が気持ちよく吹いている。髪を揺らし、埃だらけだったわたしの心を、掃除機のように吸い取ってくれた感じだった。
 家に帰った後、アヤノは机の上のルーズリーフに気づいた。書きかけの小説に目を通し、わたしが声をかけるまで読んでいた。
「アヤノも確か小説書いているよね?」
「うん、そうだけど。まだ完成した作品がないから、こうやって研究しています」
「でも、アヤノはいつも外で遊んでいるから、けっこういっぱい発見することがあるんじゃないの?」
「遊びに夢中になってまして、小説の材料がなかなかみつからないんですよ」
「あ、そうなの」
 あっさり納得したわたし。
 それから夕方。最初と同じように、元気なアヤノが手を振って帰っていった。わたしが部屋に戻ると、また静けさが戻った。
 一息をつくと、台所に向かい、夕食の準備に取り掛かった。
 野菜を切りながら、ふと今日の出来事を振り返りながら、また新しいストーリーがひらめいた。
 持つ包丁を置き、すぐに紙に書いていく。

 ひきこもりの少女を訪ねて、都会から幼馴染が家にやって来る。 
 限られた時間の中で、幼馴染にいろいろな場所に連れまわされ、少女はうんざりする。
 そして最終日には、足を運んだ海で、少女の気持ちが変化した。
 ひょんなきっかけで、少女は幼馴染と意気投合する。

「うーん。ちょっと安直すぎるよね。メグがみたら絶対辛口評価をもらうな。でも、アヤノがみたら感動とかしてくれるかな」
 友人の反応を楽しみながら、夕食のことなどそっちのけで、書き始めていく。
 一面に広がる砂浜と、綺麗に光る海が、きっとひきこもっていた少女の心に、何らかの衝撃を与えてくれることを信じて。



 


 

2004/04/25(Sun)22:04:09 公開 / 葉瀬 潤
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■作者からのメッセージ
 付け足す形で、もう一話書いてみました。。これで終わりです。
 『雪の人』は、『ヤスイチ!』より先に思いついた作品ですが、
 やっぱり展開的に無理があるので、こういう形で登場させました。。
 『インドア生活志向』も同じ理由です。

 付き合いが長くなると、女同士の関係も落ち着いた感じになると思います。。
 今の友達とも、こんな感じになればいいなって、思う今日この頃です。

 

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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