『〜図書室・虐待、虐待、また虐待〜』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:rathi                

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1冊目「図書室」

蝉の音が鳴り響く、静かな図書室の中でただ一人の少年が居た。
彼の名は白銀 士郎(しろがね しろう)、この学校で図書委員を務めていた。
他にも図書委員は居るのだが、ちゃんと来ているのは彼一人。
誰も来ない図書室、管理するにも彼一人で十分な為、実質彼一人で図書委員をきりもりしていた。
彼は、誰も来ない図書室で本を読む。
それが日課であり、それが日常だった。
ふと外を見ると、真夏の炎天下の中を集団で走っている人達がいた。
今は放課後、部活動で走っているのだろうが額に汗の粒を作り、それでも走り続けるその様はまさに青春、といったところだろうか。
(ご苦労様)
興味を失い、本に目を戻す。
ガラガラと、少し強めに引き戸が開けられた。
「毎日毎日ご苦労様ね、カビとか生えない?」
憎まれ口を話すのは士郎と同じクラスの女子、碧間 桜(あおま さくら)だった。
胸の辺りまで伸びた髪の毛が特徴で、クラスでも目立つ存在だ。
「寝る前に風呂には入ってるからな、問題ない」
戸に向けられていた目を本に戻す。
桜は肩をすくめ、ため息をひとつ吐いた。
彼女はそのまま歩を進め、本が立ち並ぶ奥へと入っていった。
つり目の目を細めつつ、見慣れぬ本と睨めっこを開始する。
一つ、気になるタイトルが目に入り、手に取ってみる。
タイトル名は『Not Reason』、表紙には少年らしき人が一人書いてあるだけで、背景も真っ白だた。
「ねぇ白銀、これ知ってる?」
士郎が座る図書委員専用カウンターに近づきながら、本を少し高く掲げる。
「Not Reason、日本語に訳すと『理由がない』だ」
士郎は読みかけの本にしおりを挟み、話しに興ずる事にした。
桜はカウンター近くの椅子に座り、本を士郎に手渡す。
「理由がない? それがタイトル?」
「あぁ、正式というか本当は『理由なき殺人』だけどな。六年前に二つの家族、計7人を殺害した少年は知ってるか?」
「……あぁ、思い出した。新聞の一面でもデカデカとこう書いてあったわね」
桜はもう一度表紙のイラストを見る。
「この表紙の少年が殺人者、というわけね」
「顔写真は公開してないから、似てるかどうかも不明だけどな。読むのか?」
桜は顔をしかめる。
「冗談、こんな難しいものは読まないわよ。でも、気になるから要所だけ話して」
またか、と士郎はため息混じりに言う。
「はいはい、分かったよ。第6回、白銀本解説コーナー」
わー、と棒読みの感性をあげながら拍手する桜。
士郎は一度咳をしてから話し出した。
「少年の年齢は、当時16歳。近くの公立の学校に通う、至って普通の学生だったそうだ。家庭内の暴力もなく、いじめもなく、交友関係もよく、どこにでも居る普通の少年だそうだ」
「少し前だけど、確かにそういうのが多かったわよね。『キレる少年』とかいう題材で随分とお茶の間を楽しませてたみたいだけど」
「そういうニュースというか、少年犯罪が注目、脚光を浴びるようになったのはこの犯罪のお陰だろうな。さっき桜が言ったように『キレる少年』と同じように、何らかの因子で溜まっていた『何か』が暴発したのさ、この少年の中で」
まるで演説化のように、言い方に強弱をつけ、相手を話の中に引き込んでいく。
「面白いと言ったら不謹慎だが、この少年の中で『キレた』のは一般世間で言う『キレる』とは違った。人間の道徳に反するような部分が、『キレて』歯止めが効かなくなった。まぁ、これは精神鑑定した医者の話でしかないがな。一番有名な部分、それは裁判の時の少年の発言だろうな。はい、桜」
士郎は桜に人指を指す。
「『理由はありません』……だっけか?」
明後日の方向を見ながら、遠い記憶を引っ張り出すように言う。
「ま、正解。本当はもっと長いんだ、『僕はいつの間にか人を殺していました。なので、理由はありません』。で、俺が一番好きな部分が、弁護士が『理由はないと? それが殺害理由ですか?』と問うと、少年は『はい、それが理由です』って答えるんだよ」
「……小説の内容と関係ある?」
「多少な、桜が要所だけっていうからほとんど省いてある。本当はもっと精神鑑定の話とか、殺害された家族の生い立ちとか、もっといっぱいあるけど、話すか?」
桜は首を横に振る。
「もう十分」
桜は持ってきた小説を、元在った場所に戻す。
士郎からここまで聞いた後では、この小説を読む気にはならないのだろう。
「解説、ご苦労様」
「行くのか?」
「うん、じゃね」
「そうか、じゃ」
短い別れを告げると、桜は図書室を出て行く。
それを見届けた後、士郎は再び本を読み出す。
外からはうるさいほどの蝉の声。
時折聞こえる何かのかけ声が、ほどよい音楽になる。
士郎は、生徒が居られる時間ギリギリまで本を読んでいた。



2冊目「魂の定義」

HRが終わると同時に、帰宅部集団の流れに乗って士郎は教室を出る。
皆が昇降口に向かう中、彼は図書室へと向かう。
図書準備室の鍵を開け、今日は入った新刊をチェックする。
それらを持って図書室へと行き、新刊コーナーへと並べる。
図書委員専用のカウンターに入り、鞄から本を取り出す。
しおりが挟んであるページを開き、読み始める。
これが彼の日課であり、これが日常だった。
しばらくすると、引き戸が開けられた。
「毎日毎日、よく飽きないわね」
ため息混じりに憎まれ口を話す桜。
最近、この時間帯に図書室へ来るのは桜ぐらいなモノで、見なくても士郎は誰か分かっていた。
「飽きないよ」
彼の答えに、あっそ、と短く答える。
いつものように、本が立ち並ぶ奥へと入っていった。
時折、桜の妙な唸り声が聞こえるが、士郎は一切気にせず本を読み続けていた。
「ん?」
桜は気になった本を手に取る。
本自体の厚さは対したことはないのだが、古いのかかなり日に焼けていた。
タイトルは『コピー&ペースト』、表紙には映画『マルコヴィッチの穴』のように同じ顔をした人が沢山並んでいた。
流し見るようにめくってみると、本に積もった埃が宙を舞う。
「白銀ー」
桜は士郎を呼びながら、いつものポディションに座る。
本を士郎に手渡すと、ほぉと関心した様子を見せた。
「懐かしい物を引っ張ってきたな、随分と昔にこれを読んだよ」
「じゃ、よろしく」
はいはいと返事をし、読んでいた本にしおりを挟んで閉じる。
咳払いを一つしてから士郎は話し始めた。
「第7回、白銀本解説コーナー」
わー、と棒読みのような歓声をあげ、ぱちぱちと拍手する桜。
「タイトルにもなっている『コピー&ペースト』、まぁパソコン用語だな」
「意味は?」
「『複写した物を貼り付ける』、と言ったところか。略して『コピペ』なんて言ったりするがな。表紙を見て分かると思うが、大量の同じ人物が居る」
「人を複製ってこと? それってクローン技術と同じじゃないの?」
士郎はニヤリと笑った。
『いいところを突いているな』、そんな笑いだった。
「ここで言っている複写は、クローンとは違う。考えてみろ、何故タイトルでわざわざパソコン用語なんか使っていると思う?」
桜は額に人差し指をあて、唸りながら考える。
だが、結局思いつかず、両手を開いて『さぁ?』とジェスチャーした。
「クローンってのはな、遺伝子を使って相手を複写するワケだ。だが一つ欠陥がある」
「遺伝子情報の欠落、または劣化、でしょ?」
士郎は満足げな笑みを浮かべる。
「そう、完全な複写ではないということだ。クローン技術では、1から同じ1を複写することは出来ない。さて、ここからが肝心だ」
喋っているうちに熱がこもってきたのか、士郎は立ち上がった。
「人の遺伝子は四種類の塩基によって構成され、約三十億対からなっているんだ。これをヒト・ゲノムを呼ぶ。これを全てクローン技術なんかで複製することが出来るわけがない。何らかの因子によって、一つや二つは変質するに決まっている」
「せんせー、何らかの因子って?」
桜は手を上げ、先生となった士郎に質問する。
「そうだな、成長する過程で起きる事故、何らかの細胞の混入などだ」
士郎は先生と呼ばれて悪い気はしなかったので、そのまま先生を気取ってみる。
「さて、確か2005年辺りにヒト・ゲノムが解析終了するらしい。ここからがテストに出るぞ、メモしとけ」
「はーい」
「仮にだ、ヒト・ゲノム、つまり遺伝子情報をコンピュータ言語に置き換える、1と0の数字に置き換えることが可能だとする。どのくらいのケタになるかは不明だが、この時点でその人が持つ遺伝子の完全な『コピー』が完成されるワケだ」
桜は首を傾げる。
「1と0の数字の羅列だけで?」
「そう、二つの数字だけで。この方法でいけば、遺伝子と言わずその人そのものを『コピー』することが可能だと俺は思っている。その人を定義する物、それは『魂』だと思う。これほどあやふやで、人を定義する物は他に置いてないからな。また仮にだけどな、その魂ってのは記憶の複合体によって生まれた物だとする。そして、その記憶も所詮は細胞と電気によって生み出される物でしかないとする。そうすれば、1と0の数字に変換することが可能なんだ。これで、完全な『コピー』が完成した。後は『ペースト』、そうすれば全く同じモノが出来上がるワケだ」
桜はしかめっ面になる。
「随分と無理がない?」
「まぁな、でも理論上は可能だと思うぞ。そして『コピペ』を繰り返すと、大量の完全な『コピー』が出来上がるワケだ。この小説の一番最後に書かれている文が、この本で最も言いたいことなんだろうな」
士郎は本の一番最後のページをめくり、そこに書いてある文章を読み上げた。
「『さぁ、これで『あなた』は大量に増えた。記憶も、体験も、全て同じだ。『あなた』は、どうやって『あなた』を定義するかな?』」
「……意味深ね」
「まぁな」
士郎は一度背伸びした後、席に座った。
彼が座ると同時に桜は立ち上がり、首を左右に動かし音を鳴らす。
「ご苦労様、今回は随分と熱が入ってたわね」
「好きだからな、こういう話は」
「そう、じゃあね」
「あぁ、じゃな」
短い別れを告げ、桜は図書室を出て行った。
先ほどの騒ぎとはうってかわって、静寂がこの図書室を包む。
士郎は再び本を広げ、読み始めた。
外からはフレーフレーという応援の声。
校舎の中からは吹奏楽部の練習の音。
それをラジカセ替わりにし、士郎は本を読み続けていた。






三冊目「無力な子供達」

HRも終わり、桜は今日最後の礼をする。
今週は掃除当番なので、廊下に出て掃除ロッカーからホウキを取り出した。
隣のクラスも終わったようで、帰宅部の面々が廊下に出る。
その中に、白銀の顔もあった。
どうせ図書室に行くんだろうな、と桜は思った。

掃除も終わり、桜は図書室へと向かった。
引き戸を開けると、彼女はまるでここだけ時が止まったような錯覚を覚えていた。
図書委員専用カウンターの中にはいつものように士郎が座り、少々湿っぽい空気が流れている。
この図書室では、これが日常なのだろう。
「よ、今日も来てやったよ」
既に桜と分かり切っているので、見もせずに士郎は返答する。
「ご苦労様」
やれやれ、というように、両手を上げてため息をはく桜。
士郎が座る、カウンターには『新刊コーナー』というモノが設けられているのだが、見知ったタイトルが置いてあるのに彼女は気が付いた。
それを手に取り、士郎に見せた。
「あんたはこれ読んだ?『耳を塞ぐ大人達』ってタイトルなんだけど」
本を見るのを止め、本の表紙を見た後、士郎は首を横に振った。
ただ、その表紙は随分とインパクトがあるなと、士郎は思った。
幼い子供を象ったような人形なのだが、手はもげ、髪は燃やされたのか縮れており、顔は何度も殴られたような形跡があった。
「気にはなっていたんだがな、まだ手が回ってない」
それを聞いて桜は、勝ったと言わんばかりに微笑む。
「あたしはもう読んだんだ〜」
「……それで?」
士郎はもう既に察していた。
「解説してあげようか?」
士郎は短いため息をはき、やっぱりかと小声で呟いた。
本にしおりを挟み、『どうぞ』と手でジェスチャーをする。
「第一回、桜本解説コーナー!」
いつも士郎ばかりに本の解説をされて悔しかったのか、妙に張り切る桜。
わー、と棒読みのような歓声をあげて拍手する士郎。
「そこ! 歓声が足りない!!」
士郎はもう一度ため息をはいた後、まるでサクラのように大きな声と拍手をした。
それに満足した桜は、士郎を真似て一度咳をした後、話を始めた。
「この本はね、幼児虐待に関する本なのよ」
「まぁ、流行ってるからな」
「そう、ムカツクぐらいにね。冒頭からすごいわよ、『泣き叫ぶ子供達の声を、聞こえないように耳を塞いだ大人達』って最初のページに一行だけ書いてあるのよ。分かる? この作者が言いたいことが。誰だって殴られれば、『痛い!』って言うわよね? 子供なんだから、泣いてしまうわよね? それを、聞いてないように、聞こえないようにしてるのよ、親達は」
パタンと本を閉じ、表紙を士郎に見せつける。
「これ、何だと思う?」
士郎は悩むまでもなく答えた。
「虐待を受けた子供を表しているんだろう? ……酷いもんだな」
ボロボロになった人形を本物の子供の人間と想像して、士郎は顔をしかめた。
「写真もあるわよ? 虐待を受けた子供達の」
士郎はしかめっ面のまま、首を横に振った。
「……そうね、見てもあんまり気の良いものじゃないし。話を続けるわよ。なぜ子供を虐待すると思う?」
はい、と士郎を指さす。
「言うことを聞かないから?」
「そうね、それが一番多いわ。いくとこまでいった親達の証言として、一番多いケースね。二歳児の子供を、何度もおねしょをするから殴り殺した。服を汚すなと言ったのに、汚してくる5歳児をビルの4階から放り投げた……とかね」
「ニュースではよく聞くけど……、酷い話しだよな……」
「……うん。でもね、それは過剰すぎる愛情から来ることもあるの。それが良いとは思わないけど、最も許せないと思うのはね、『子育てが面倒になった』とか『いらないと思った』とかの方が私は許せない」
桜は本を開き、あるページを士郎に見せた。
「見て、虐待の理由ベスト5よ。分かる? 上位5位以内に育児放棄が入っているのよ? それがどれだけ酷い行為か、その親達は分かっているのかしらね。自分達が生んだ子供を真っ向から否定してるのよ? 『あんたはいらない』って。いらない存在だって。捨てることの出来ない人形のように扱い、鬱憤を晴らすかのように嬲る。子供は人形じゃないわ、自分達と同じ人間よ。ちゃんと生きているわ。殴れば痛いって感じるし、悲しければ泣くことだってある。子供達は無力だから、どうすることも出来ない。……悲しいよね」
喋っているうちに感情が入ったのか、桜は涙ぐんでいた。
「実はね、この作者は捨て子なの。四歳ぐらいの時に、児童施設の近くに置き去りにされたらしいわ。そんな作者が最後にこう言ってるのよ」
本の最後のページを開き、桜はゆっくりと読み上げた。
「『I see request me』」
「……意味は?」
「『お願い、僕を見て』だってさ。虐待されている『僕』を見て、止めて欲しいのか。それとも、捨てられていく『僕』が言ったセリフなのか。残念だけど作者は、これに関して何も書いてなかったけどね……」
一時の沈黙の後、桜は大げさに喋り始めた。
「さて、これにて私の解説は終了よ」
「ご苦労様。どうだ? 結構疲れるだろ?」
「ちょっとね、でもたまにはいいかも」
「そうか、まぁ楽しみにしてるさ」
「期待しててね。じゃ」
「あぁ、じゃな」
桜は引き戸を開け、図書室を出た。
随分と長い間話し込んでいたのか、外は日が傾いていた。
教室に鞄を取りに行き、昇降口を出る。
玄関口で一度止まり、士郎が居る図書室を下から見上げた後、桜は学校を後にした。


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2004/04/18(Sun)00:42:09 公開 / rathi
■この作品の著作権はrathiさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ニュースで幼児虐待に関する報道をする度に、悲しい気持ちに囚われます。
家には兄の赤ちゃんが居るんですが、そんなことをする親達の神経が知れません。
今回、桜に私の気持ちを代弁させて貰ってます。
良ければ、この小説を読んでくれた方々は、子供を持ったときにこれを思い出して下さい。
ではでは

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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