『甘いケーキとコーヒーを』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:藤原ポン太                

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 ふと、空を見上げてみた。
 彼女は、そうやって何気ないことをしてみせる、風のような人だった。


 その日は卒業式にふさわしいほどの晴天だった。
 式典が終わり、会場となった体育館の後片付けを済ませ、慌てて笹方先輩の姿を探し校内を走り回った。清掃時間ということも忘れて。
 三年生たちは卒業式後、決まって駅のファミレスに行く。いわゆる打ち上げというヤツだ。つまり運が悪ければ、先輩とはここでお別れ。
 流石にそれはできない。
「畑原君」
 声をかけられたのは、中庭を通りかかった時だった。
 まさか向こうから見つけてくれるとは思わなかったが、間違いない。笹方先輩だ。
 今はオレたち以外誰も居ない中庭で、一体先輩は何をしていたのだろうか。
 それを尋ねると、先輩は何気なく空を眺めた。
「畑原君、わたし卒業するのよ」
 知っている。だからこそ探したのだ。
 だが彼女の姿を見つけて初めて気付く。

 オレは先輩に何を伝えに来たんだろうか……。


「あれ……」
 一月の終わり。
 昼休みに入り、いつものように食堂で買った昼飯を持って、オレは屋上のドアを開けた。
 こんな寒い時期に屋上に来るヤツは、オレしか居ない。なので、ここにはオレ意外誰もいないはず。なのだが……。
 屋上の、一番眺めのいい場所に、一人の女生徒がフェンスにもたれていた。
 肩にかかるほどの艶のいい黒い髪はストレートで、背は、オレより低い。スカートを見ると、裾に紫のラインが入っている。オレの一つ上の学年、三年生を示すラインだ。
「先輩?」
 見慣れたその背中に声をかけると、一息置いて彼女――笹方先輩は振り返った。
「畑原君」
 笹方先輩は特に驚く様子もなく、無表情なその顔でオレの名前を呼んでくれる。
 先輩は、オレが中学の頃バスケ部で世話になった、大切な先輩だ。考えてみると、長い付き合いかもしれない。ため口で話せるのも、部活以外での付き合いの長さがそれを物語っている。
「なにやってんの、こんなところで」
 先輩の隣のフェンスに体重を預け、先輩が見ている景色に眼をやる。
 ここからだと本当に街がよく見える。駅ビルも商店街も、たった今駅を出て東京方面ヘ向かう電車も。
「見納めよ」
 しばらく黙っていると、先輩はそう答えた。
 最初この言葉の意味がわからなかったが、先輩の顔を見ていると、突如として理解した。
 今日で、三年生の卒業試験が全て終わった。つまり、あとは卒業式を残すのみ。もう、ここに来る必要はないのだ。
 こんな時に何を言えばいいのか。
 『また遊びに来いよ』とか、『卒業してもまたいつものように付き合ってくれよな』とか。色々あるが、どれもこれも違うことに気付く。
 こんな、陳腐な言葉ではいけない。そう思う。
 先輩のいつもの無表情に、かすかに浮かぶ寂しげな表情を見ると……。
「畑原君」
 街を眺めながら思考錯誤していると、いつもと変わらない声で先輩が名を呼んだ。視線はまだ、街に向けられたままだ。
 次の言葉を待っていると、先輩はようやくこちらを振り返り、やわらかく口を開いた。
「これからヒマ?」
「え……」
 突然の問いに、ヒマだけどと付け加え答えると、先輩はほんの少しだけ口元を歪めて。
「甘いケーキとコーヒーを奢ってあげる」

 ……言い忘れたが、これほどクールな先輩は、ヒドイほどの甘党だった。
 そしてこの後、オレは授業をサボることになる。



 先輩の背中を見つめながら、必死に言葉を探した。そしてようやく搾り出す。
「……また」
 かすれた声を、はたして先輩は聞き取ってくれただろうか。
 一度思うとどうしても不安になり、今度は叫ぶように告げた。
「また、甘いケーキとコーヒーを奢ってくれよ!」
 突然のことに流石の先輩も驚いたようで、こちらを振り返った。
 しばらく先輩は呆気に取られたような表情をしていたが、ふいに口元を歪めると、最初で最後の笑みをオレに見せた。
「そうね。また、甘いケーキとコーヒーを奢ってあげる」
 そうして、先輩は何気なく、また空へと視線を戻した。その先輩の黒い髪を、風が撫ぜる。
 つられて、オレもふと、空を見上げた。

 何気ない、初めてのことだった。



2004/04/11(Sun)15:18:00 公開 / 藤原ポン太
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