『赤い紅茶と春の午後』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:髪の間に間に                

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       空になったティーカップに桜の花びらが舞い落ちた 







             赤い紅茶と春の午後









 私は桜を眺めながら熱い紅茶を啜っていた。 どんな安物でもこんな景色の中で飲めば否が応でも美味いと感じることが出来る。
 ビーチパラソルの立った木製のテーブル。 その周りに有る三つの内の一つの椅子に私は腰掛けていた。 気持ちが良い。 これこそ優雅な時というのだろう。
 私は毎春母方の実家に帰る。 そこはごたごたとした建築物が見当たらない田舎、そんな田舎が私は好きだった。

 確かにコンビニは無いけど、私が買い物に行くと、久し振りだと言ってまけてくれる雑貨屋さんが有る。
 確かにパソコンは無いけれど、そこにはオフラインの付き合いが有る。
 そして、何より楽しみにするものは、『桜』だ。

 まるで家を守るように裏に立つ桜の木達。 その景色がたまらなく好きだ。 だから何時も実家に帰ると、沸騰したお湯の入った薬缶と自前の紅茶と大振りなカップを持って外に行く。
 誰がそこに置いたのか分からないという木製のテーブルと椅子、青と白のビーチパラソルはなぜかいつも清潔に保たれている。 
 地元の人達は、「山の神様が桜を眺めるんだろうよ」 と特に不思議がらない。
 私は母に、「何でここの人達はそんなに呑気なの、恐いじゃない」 と言った事が有る。 そんな私に母は笑って言った。

「あんたねぇ、そんな恐い所で毎年快適に紅茶飲んでんのかい? 寧ろ感謝した方が得策って物さ」

 私は単純な上楽観的に物事を見てしまう為、あぁそうかと納得してしまった。
 その後母は、私にこっそりと「あんたが喜ぶから、祖父ちゃん達がやってくれてるのよ」 と教えてくれた。

 ……?……あれ?何だか眠くなってきた。 春眠暁を覚えず、全くその通りだ。


 テーブルに突っ伏して寝ていた私は違和感を感じ目を覚ました。
 目を開けると、そこは私の知らない世界だった。 パラソルは破れ木製のテーブルと椅子は腐っている。 私は驚き立ち上がった。

 無い。

 目を開けると桜色が私を迎えてくれる筈だった。 しかし、これは何だ?
 桜の木が一本残らず消えていた。 綺麗サッパリ切り株さえ無く、それは消失したと言うのが最も正しい表現だと思えた。
 私は目をごしごしと擦り、夢ではないかと疑うが、夢という気配は無い。
 母の声が遠くから聞こえた。 その声は私にとって命綱のように感じられ、その声のした方へ振り向くと何も変わらぬ母の実家。
 後ろを振り向くと、清潔なパラソルと綺麗な木製のテーブル、それに乗ったカップと椅子、そして咲き誇る桜色、何も変わらぬ私の好きな景色であった。




 そんな事があって四年、去年は父方の祖父が老衰で死亡し、母方の実家には来れなかった為、余計楽しみにしていた春。
 桜は、無くなっていた。 
 私は泣いて母に言った。 何故教えてくれなかったのだと。
 母は困ったように言った。 余りにも私が桜を楽しみにしていた為言い出せなかったのだと。
 泣くなんて何年ぶりだろう。 私はボロボロのパラソルの下あの腐った椅子に座り腐ったテーブルに突っ伏して泣いた。 声もなく、只只静かに泣き続けた。
 私は余程泣いたのか、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。


 テーブルに突っ伏して寝ていた私は違和感を感じ目を覚ました。
 目を開けると、そこは私の良く見知った世界だった。 パラソルは綺麗でテーブルや椅子は清潔に保たれていた。 私は驚き立ち上がった。

 有る。

 目を開けたら桜色が私を迎えてくれたのだ。 一体これは何だ?
 どこか『違い』を感じたが、桜の木がそこには有ったのだ。 それは復活したと言うのが最も正しい表現だと思えた。
 私は目をごしごしと擦り、夢ではないかと疑うが、夢という気配は無い。
 母の声が近くから聞こえた。 その声は桜同様私に少し『違い』を感じさせ、その声のした方を振り向くと一人の老婦人が、カップを右手にポットを左手に持ちこちらを見て笑っていた。
 まさかと思い後ろを振り向くと、ボロボロのパラソルと腐ったテーブルと椅子、そして何も無い光景、何も変わらぬ現実の光景であった。
 老婦人は、落ち着いた声で言っていたのだ。 そう、諦めないで、と。
 私は決心をした。




 色々な事が有ったと考えながら家の裏の道を行く。
 右手にはカップを左手にはポットを持ち、私が何十年も前に貯金はたいて買った桜の木に段々と近づく。 私が手入れをしているので皆綺麗だ。
 予想通りそこには女の子が居た。 私は静かに言ってやった。

「諦めないで」

 女の子は振り向き私を見た後、消えた。
 私は一つだけ疑問がある、最初に消えた時間はどうなったのだろう?
 
 紅茶を淹れながらその時間も待つことにした。








 もう、息が出来ない。 苦しい。
 私はもう死ぬ。 そう思ったとき、急に世界は開けた。
 私は目を開けて周りを見る。 大きな桜と綺麗なパラソルの下、木製の椅子に座っている。 あぁ懐かしい、今来たか。

 カップの中の赤い海の中、桜色の舟は漂っていた。



 私は、テーブルに突っ伏し眠る事にした。





 
  

2004/04/09(Fri)01:02:04 公開 / 髪の間に間に
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■作者からのメッセージ
突発作品完成。
春なのに春関係を書かないのは嫌だ。
という事で咄嗟に思いついたネタで書きました。
何分咄嗟なので決定的な可笑しな所がありましたらコメントしてください。 即座に直します。
では、批評お願いします。

※誤字発見の為更新
※指摘箇所矯正

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