『月の詩(うた) 一話 』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:鈴(すず)                

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First night 『Knock’n on He-vn’s Door』

     ―――  誰かが、ドアを叩いた気がした。  ―――

 いつもの見慣れたハデに飾られた扉を開けると、耳が痛いくらいの大音量の音楽と、見慣れたメンツの顔が彼を出迎えた。Bar「Angel’s Paradise」。この街で暮らす奴等の溜まり場だ。
 「あー、シュウじゃん!ひっさしぶりー!」
 シホがひらひらと手を振りながらやってきた。
 「ほかに女でもできたのー?全然来ないから寂しかったんだよ。」
 「店のNo.1が随分と暇そうだな。おれだって色々忙しいんだよ。」
 シュウと呼ばれた青年は、セブンスターを口にくわえながら、シホの頭をポンポンと叩いた。少しウェーブのかかった金髪と、人なつっこそうな屈託のない笑顔が印象的な少女はいつものシュウらしい挨拶に満足したのか、嬉しそうにシュウの後に続いた。

 2999年、歴史上地球に最も月が近づいた。当時この日本と呼ばれる国は世界的にみても1,2を争うほどの力を持っていたが、たった一晩ですべてが崩壊した。月の大接近により、この国を完全に制御していたコンピューターにバグが生じ、この国の政治体制は一夜にして崩壊した。また、月の大接近の影響は地球規模の異変をもたらした。世界中で突如凶暴化する人が続出し、この夜、実に世界の10分の1の人間が彼らに殺された。その後この夜の出来事は、「満月の暴走(フルムーン・エクスプロージョン)」と呼ばれる。
 
 そして3032年、現在。日本もほとんどのシステムが復旧し、人々は普通の暮しを取り戻している。しかし、一部の地区はスラム化し、法の外にあった。ここ「He‐vn(ヘヴン)」も、そんなスラムのひとつだ。他国からの密入国者やマフィアといった、普通の世界には生きられないような人間たちが毎日のように流れ込んできてはまた流れていく、銃も、ドラッグも、殺人も、何だってアリの天国。シュウも、そんなHe‐vnで暮らす一人だった。
 「おら、エースのフォーカード。」
 シュウは勝ち誇ったように手札をテーブルに叩きつけた。
 「マジかよー、勘弁してくれって。」
 相手の男は泣き出しそうな声をあげている。
 「ほれ、さっさと金出せ。」
 「ほーんとシュウってば強いねぇ」
 シュウの後ろから見ていたシホが、シュウのバーボンを口に含みながら言った。
 「だからお前は人の酒を飲むなっつーの。金払わねーぞ。」
 シュウがそのグラスを奪い返しながら言うと、
 「なによー、お店のNo.1と飲めてるんだから文句言わないの。第一お金払わなかったら、ウチのマスターのバックについてるこわ〜いお兄さんたちにコンクリ抱かされるよ?」
 シホはコロコロと笑いながら言った。
 「さらっと怖いコト言うなって。」
 まんざら嘘じゃないだけに、痛い一言だった。
 
 「じゃーねーシュウ。今度長いこと来なかったら浮気しちゃうかんねー。」
 シホが少し酔った赤い顔で手を振った。
「バーカ、勝手にしろ。」
 シュウは笑いながら手を振り返した。
 これがシュウの日常だ。シュウだけじゃない、He‐vnで暮らす人間の日常は大抵こんな感じだ。
 He‐vnで暮らす人間は「天使」と呼ばれることがある。天国に暮らす奴等だから天使。単純なネーミングセンスだ。そして天使たちが集まる店が「Angel’s Paradise」。つくづくなんのひねりも感じられない。天使たちのほとんどは毎晩のように「Angel’s Paradise」に集まり、賭け事で毎日の生計を立てる。力のない者はいつの間にか消えている。そんな日常の中で、シュウは子どもの頃から生き続けてきた。
 シュウは捨て子だった。He‐vnに暮しているやつらの中では、大して珍しいことでもないが、親の顔なんて覚えちゃいない。物心ついたころには、彼はジンと呼ばれる男と暮していた。ジンはシュウより8歳(もっともこの街の人間の大半は、自分の正確な年齢など知らないので、おおまかな年齢差でしかないが。)しか年上でなかったが、それでもシュウにとっては父親のような存在だった。
そのジンも今はもういない。シュウは誰と群れるでもなく、つかず離れずの立場を維持していた。こんなゴミ溜めのような街に生きている自分や周りの人間に価値なんて感じなかったし、別にいつ死んだっていい、ただ今日も生き延びたから、明日がくる。そんな考えが彼の中のどこかにあったのだろう。

 シュウは空を見上げた。ひどく大きな月が、少し赤みがかったような金色で怪しく輝いている。「満月の暴走」以来、月と地球の距離は極端に近くなった。昔は月はもっと遠くにあって、周りには星という、小さな月のようなものが輝いていた。いや、今も星というものは存在するのだが、あまりに月が明るすぎるため、その姿がみえないのだ、と、なにかの本で読んだことがあるのを、シュウは思い出した。思い出しながら、しばらく月をみていた。「この光が、人々を狂わせるのか。」ぼんやりと夜空を見つめながら、ほろ酔い気味の思考回路は何とはなしにそんなことを考えていた。そんなシュウの考えを知ってか知らずか、月の輝きは、夜の深まりと共に一層怪しさを増していった。

 シュウの言う、月の光が人を狂わせるというのは、Lu:na(ルーナ)のことだ。「満月の暴走」の時、凶暴化した人々のほとんどは、世界的に組織された特殊部隊によってほとんどがすみやかに処理された。しかし、今だに逃げ回っている者たちも多い。また、「満月の暴走」以降に、彼らと同じ現象を引き起こす者たちもいた。彼らは普段は普通の人と全く変わらないのだが、満月の夜、その瞳は月明かりを映し出したような金色になり、意思の弱い者は満月の力に支配され、人を襲ったりする。そういった、月の力に魅せられた人々のことを、人々はLu:naと呼んだ。

 月明かりの中を再びシュウは歩き始めた。明日もきっといつもの日常が繰り返されるのだろう。いままで生きてきて、そのことを疑ったことなんてなかったし、この夜だってそうだった。ビルとビルの間の細く暗い路地に、彼を見つけるまでは。普通なら、誰も気付かずに通り過ぎてしまうほど、その存在は弱々しかった。しかし、その時シュウは、誰かが自分を呼んだような気がして、その路地に目をやった。一人の青年がうずくまっていた。顔ははっきり見えなかったが、シュウの黒髪とはまるで対象的な、ひどく明るい金髪がシュウの目をひいた。シュウはその金色が、どこか月明かりに似ているような印象をうけた。
 怪我しているのだろう。ひどく衰弱した様子で、その青年はシュウを見上げた。目が合った瞬間、シュウは心臓をブチ抜かれたような、今まで感じたことのない感覚に陥った。
 青年はひどく衰弱しているにもかかわらず、シュウには、その瞳が哀れみとも、喜びともつかない憂いを含みながら、シュウを見て笑った気がした。

 巨大な月が、いつもと変わることなく、怪しく輝く夜だった。

                         Next night will coming soon… 

2004/04/03(Sat)00:35:22 公開 / 鈴(すず)
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初めまして、鈴と申します。(ペッコリ45°)
ナニブンこういう書き物は初めてなので、色々至らないところだらけかと思いますが、楽しんで読んで頂けたらありがたいです。
もし嬉しいことに皆様から続編の希望をいただけたらまたのっけたいと思いますので、感想、批評などお願いします。

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