『書店と僕』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:ア・ボウイ                

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 僕は数時間眠ってしまったようだ。部屋の明かりは消えてないし、小音量だがラジオも喋っている。秒針のない時計の分針が、今、五回目に動いたが、他はただ夜の静寂だけだ。

 僕がこのことに気づいたのは目を覚ましてから五分ほどで、だ。その間、僕は僕という人間の体がどこか異空間にでも行っていたのではないかという浮きそうな心地を感じていたのだ。そして五分が経つと僕は、机の上で二時間ほど休憩もせずにボールペンを走らせていた事を思い出した。それに疲れ、筋肉を休ませる為に――少しの休憩のつもりで――ベッドの上に転がった事も。さらに分針の動く音を二回ほど聞いて、僕は体をゆっくりと起こした。その時、ラジオは流行のロックバンドの新曲を演奏し始めた。開け切れない目で時計を見る。四時半だ。最後に時計を見たのは二時だと記憶しているので二時間半も眠ってしまったのだろう。それでも窓の外は寝る前と変わってはいない。青黒い空に輝く粒が散りばめられ、その下で波状の山脈の線が左から右へと踊り、視界をさらに下に送ると人々の生活の明かりが、星よりは少なく、しかし池の上に映っているように見える。僕は体をのんびりと動かしてラジオを消した。
 僕の家は丘の上にある。こじんまりとした神社の横にある階段を五分かけて登り、左に見えるモダン喫茶を横目に、右の狭い道に入る。そこから四軒目の右が、僕の家だ。東京に住んでいる小島さんという人から借りている。二階の寝室からは丘の下の町がよく見える。緑が少ない。
 僕は今は会社員だが、いつかは小説家になってやろうと、思っている。去年新人賞に応募したが、一次選考も通らなかった。しかしそれぐらいで諦めないのはもちろんで、来月の末に新人賞の締め切りがあるので、それに向けての小説を書いている。その作業途中で、寝てしまったのだ。
 僕は夜の町を全て見尽くしたような気になると、もう一度机に向かってみた。が、どうもペンを持つ気力が出ないので、電気を消してもう一度ベッドに飛び込んだ。

 僕が朝起きると日曜だった。時計は九時過ぎを指している。窓の外を見ると、昼の町だった。太陽は邪魔するものが無い空を我が物顔で照らしている。
 僕はなぜか町を散歩したくなった。そういえばこの町に来て半年、この町に何があるかなんて知る気になれなかった。しかし、今日は妙に心地よい気分だ。僕はパンで朝食を済まし、三千円を持って家を出た。
 僕は思った。あれだけの太陽のわりに、寒い。まだ春分を過ぎたばかりだからだろう。それにしてもあのモダン喫茶は季節感が無い。この町で夏、秋、冬を過ごしたがあそこはいつも同じに見える。そしてこの階段はうんざりだ。最初の一ヶ月は登るだけで足が筋肉痛になった。それに秋は枯葉、冬は雪で滑りやすいときた。恥ずかしいが、三回ほどこの階段で滑った。二回目に至っては、そうだ、登ってる時にあのモダン喫茶の常連客らしいおばさんが上からやってきて僕の滑るのを見やがった。そうさ、ここらで滑ったんだ。一度この階段が何段あるか数えてみたいものだな。
 僕がそうこう考えている内に階段を降りきった。神社の前に菓子のごみが落ちている。だからといって拾おうともせずにそのまま直進する。民家を何軒も通ると、やがていつもなら駅に向かう為に右に向かう、二股の道がある。僕はそこで左に曲がってみた。少し嬉しいような、一種の冒険心を掻き立てられた。息を少し深く吸った。
 僕はコンビニエンスストアを無視して六軒目に、古びた書店を見つけた。そこは季節感が分からないような無神経な建物ではなく、寒々しい、しかし何かが向こうにある、そういう風な早春を感じさせてくれた。僕は、最近本を読んでいないなと思ったので、その書店に入った。レジには誰も居ない。真っ直ぐに文庫の棚に向かった。どの本も紙が茶色くなっている。しかし今の僕にはそれさえも何か、迷宮の奥で発見した伝説の本のように思えて、楽しくてたまらなかった。ただ、二十分ほどかけた選んだ四冊は、今生きている作家たちの本ばかりであった。考えてみると、そんな本が茶色くなっているというのは、よっぽどこの本屋が売れていないという証拠ではないか、と、自分のさっきまでの無邪気さに恥を感じた。
 僕はレジに立って、すみません、と呼びかけた。すると奥から、はぁい、と若い女の人の声がした。僕は少しばかり喜んだ。これから出てくる人が、もしや、美人なのではないか。この書店に私が入った事によってラヴ・ストーリーが始まるのではないか、と期待した。果たして、その人は綺麗だった。目は澄んでいて、鼻はすっきりしている。唇が紅く、潤んでいた。黒髪が爽やかに揺れている。僕の喜びは高潮となった。やり取りは瞬く間に終わり、お釣りをもらう時に彼女の指が僕の掌に触れ、それだけだった。しかし、僕はスキップしたいほどの気持ちで店を出た。この町で、少し道を変えてみると、これだけの幸福が味わえるのだ。
 僕は、今日はこれで帰ろうと考えた。家に帰って、この運命の本をじっくり読もうと考えた。またコンビニエンスストアを素通りする。
 僕は階段の下に着いた。ここまでの道程は一瞬だ。歓喜が感情を支配している。階段の一段目に足を着けた時に僕ははっとして、神社の方に向かった。そして、菓子のごみを拾ってさらに十メートルほど向こうにあるくず箱に歩いていき、捨てた。なんと気持ちの良い事か。神社に入るのにごみを越えなくても良いのだ。
 僕は階段を気持ち良く登った。半分ほどまで来て数えるのを忘れていたことに気づく。それでも、しょうがないな、と思い、また明日、会社の帰りにでも数えよう、そう思った。
 僕は階段の頂上で、またモダン喫茶をちらりと見た。やはりいつもと同じ顔をしている。しかしどうだろう。窓の中に見える白い花瓶には、タンポポが刺さっているではないか。花瓶にタンポポなんてのは奇妙だが、不思議に可愛らしい。そう思いながら、僕は狭い道に入った。
 僕は家に帰った。静寂に優越感を感じる。
 僕はベッドの上で茶色い本を開いた。そして、読む前に思いついた。あの本屋は経営が難しそうだ。そう、僕が小説家になろう。有名な、売れっ子になろう。そして、あの本屋で僕の本にサインでもしてやれば、たちまち売れ出すだろう。あの美しい女性を助けよう。これが夢だ。僕の、将来の夢だ。あの店に、白いページの本を置こう。
 僕は窓の外を見た。快晴の空の下で、さっきの本屋の屋根を見つけた。太陽は、さっきより高く上がって、ますます光り輝くばかりだ。
 僕は、その光で本を読もうと思った。












 ……ただ、僕は次の日曜日に落胆する。あの時、気をつければ良かったんだ。単純なことだ。看板をよく見れば……
 中古書店
と書いているのは分かったはずだったんだ……

2004/03/07(Sun)04:41:19 公開 / ア・ボウイ
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■作者からのメッセージ
初めまして。16歳のア・ボウイです。
軽く書くつもりが、熱入れちゃって
こんなに夜更かししてしまいました。
そのわりにつまらない作品だと思いますが、
ご批評よろしくお願いします。

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